「奉仕部の比企谷君」
「それがどうかしたのか」
「いやぁー、君は知らないと思うけど雪ノ下さんとは在学中は仲良くしてたんだよ」
そういえば、雪ノ下は一人だったが仲間外れという訳ではなく行事のグループ分けの時など誘ってくる女子がいたそうだし、二階堂七海がその内の一人だったのだろう。
「へぇー、そいつは意外だな」
「そうだよ、奉仕部以外の彼女は本当に可愛いんだから」
二階堂は雪ノ下雪乃ファンクラブの一員らしく、その後も仕草とか喋り方だとか語彙力を総動員して褒め続け、このままでは貴重な休憩時間を潰されてしまうので本題に入ることにした。
「えっと、これ何の話だっけ?」
「つまりね、男女共に雪ノ下さんの行動は気になっていて、その中でも彼女と仲良くしていた貴方は目立っていたんだよ」
昔、似たような事を気にして距離を取ろうとしていたが、どうして雪ノ下雪乃に対しても同じ行動を取らなかったのだろうと、ふと考えてみたが過去にすぎないので気にしないことにした。
「で、悪目立ちしてた俺に今さら何の用だ?」
「もう相変わらず卑屈だなぁ。別に私は比企谷君が嫌いな訳じゃなくて、君の話をしている時の彼女がもう可愛くてさぁ。件の噂を聞いて変わってないみたいで安心したって話だよ」
「はぁ?あの噂は俺が雪ノ下と会っただけだし、それに三年ぶりだぞ。それに知っての通り、あいつは冷たい態度だったぞ、二階堂の勘違いじゃないか?」
今までの人当たりの良い笑顔を止めると、じっとこちらを見つめてきたが、腐った目では見通す事が出来ないと諦めたのか溜息をつくと。
「それ、本気で言ってるの比企谷君。こりゃあ彼女も苦労する訳だ」
「一体どういう意味だよ、いつも雑用ばかりで苦労してたのはこっちだっての」
「もうこれは駄目だね、彼女に同情するよ。
比企谷君は反省会として週末私と会議をします」
「は?、いや休みくらい休ませてくれよ。俺が何したってんだよ」
「君が何もしなかったからでしょ」
二階堂は出来る限りの感情を込めないように言葉を放ち、その瞳は俺を見透かしているかのようで気味が悪い。どこか雪ノ下陽乃の似ているように思うのは雪ノ下を可愛がる姿からか、それとも唐突に俺を巻き込み感情を乱す言動からだろうか。
「そういうことなんで、よろしくね比企谷君」
慣れたもので仕事をてきぱきと終わらせた俺は早く帰ろうとしたが、何故か他人の仕事を押し付けられ陽はとっくに沈んでしまっていた。ちなみに二階堂は夕方前に他の実習生と共に既に帰っていて、この扱いの差を感じて社会への恨みは強くなるばかりである。当初は社会人練習の一つであったはずなのに、ますます専業主夫の夢は心の中で輝きを増すばかりだ。強い決意を胸に仕事を片付けると、エネルギー分を補給するためにラーメンでも食べようと繁華街へと向かった。
「あと二週間なんだし、頑張りますかね」
いつものように世間の不条理を飲み込み、こりゃあ目の腐りは止まらんなぁと感じつつも腹を満たすと心の余裕は生まれるもので、頭を悩ませる問題が浮かんでくる。小町と二階堂か、つまり雪ノ下と俺の現状である。どうやら目をそらし続ける限界なのかもしれないな、と何度目か分からない地雷の埋まった過去を掘り出そうとして記憶を探ったが痛々しい傷だらけの日々は未だに心をざわつかせる。そんな事をしていたからかスマホの着信に気付けず、何度も履歴を残してまで連絡をしてきた奴なので電話を繋ぐことにした。
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「何度も連絡してどうかしたか?急ぎじゃないなら話聞くが」
「.....あのさぁ、どうかしたかじゃないでしょ」
「もしかして小町から話聞いてる?」
「ヒッキー、あたし今回は本当に呆れてるからね」
「面目ない。でも由比ヶ浜って俺に優しくしてくれるし本当良いやつだよな」
「ひ、ヒッキーさぁ。最近私の扱い小町ちゃんと同じテキトーに口に出してるでしょ」
「いやいや、そんな事ないぞ。それに逆説的に由比ヶ浜は俺の中で妹と同じポジションってことだよ、これは八幡的にポイント高いでしょ」
「はぁー、ヒッキーはこんなもんだけど、ゆきのんも何してるんだろう。早くしないと私が奪っちゃうのにー」
「まぁ、俺も悪いから」
「私をスルーして、ゆきのんのフォローとか言ってくれるねぇ。結局さぁ、ヒッキーが踏み込むだけで終わると思うんだけどなぁ」
「そうかねぇ、三年会ってなくて偶然会話しただけだぞ」
「ゆきのんから話かけてきたんでしょ?それだけで理由は十分じゃない?」
「そんなもんか」
「そんなもんだ。ってホントあたし何やってるんだろうなぁ。言っとくけど、これ以上アドバイスもしないからね」
由比ヶ浜結衣は変わらず俺と交流を続けてくれる本当に大事な友人の一人だ。小町とも雪ノ下とも付き合いは続いているらしく時たま自慢話のような報告会は定期的に電話で行われていて、今日の会話もその延長線に過ぎないのだろう。
「心配してくれてありがとうな。由比ヶ浜は最近どうだ、何かあったか?」
少しでも感謝の気持ちを返し、彼女のためになることが出来るならばと、らしくないこともしてみる。彼女の言うとおり小町と同じく自分の中での優先事項となっていて、それから彼女の近況を聞き元気に過ごしていることを確認出来て安心し一息つけたが、彼女のことだから辛い事を伝えようとはしないだろう。
「そんな訳だから私は大丈夫だよ、だからヒッキーもガンバってね」
「.....由比ヶ浜、困った事があれば何でも言えよ。出来る限り俺は努力するから」
「ねぇ、ヒッキー実は女たらしになってたりしない?」
「.....いや、そんな事ないぞ。それで相談なんだが総武の同級生で二階堂七海って知ってるか?今総武高校で教育実習してるんだが」
「うわぁーん、ヒッキーが浮気してるよー。周りに言いふらしてやる!二階堂さんなら、ゆきのんを超好きな人で私にも結構ゆきのんの話を聞いてきてたなぁ。も、もしかしてヒッキー口説き落としちゃった?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ、ただ雪ノ下の件で週末会うだけだよ」
「やっぱり口説き落としてるじゃん。あぁー私の好きな人はこんなにクズだったのかぁー」
「ま、待ってくれ由比ヶ浜頼む、誤解なんだ
許してくれ。お前に嫌われたら俺生きていけないぞ」
「.....ホント、女の敵だね。優美子が言ってた通りのダメ男と同じセリフ言ってるよ」
「悪かったって、由比ヶ浜と話してるとついな」
「はぁー、もういいよ。ヒッキーは二階堂さんにも報告して痛い目見ればいいんだよ」
「その件に関しては前向きに検討して可能な範囲で善処します」
「やっぱり私で遊んでるでしょ!もう勝手にヒッキーなんて幸せになっちゃえばいいんだよ。それじゃあ、お休み」
余りにもからかいすぎたせいか後半はツッコミばかりしていた彼女だったが最後には俺の返答を待たずに早口で反応に困る発言を放ち電話を切っていった。こうして俺と彼女の問題だったはずなのにいつしか多くの人の心遣いから事態は進んでいくのかもしれないと、我ながら夢見がちな部分は変わらんと呆れながら今日も日々は過ぎていく。
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そして週末、二階堂との約束の日。いや、確かに日々は過ぎてくとは言ったが早すぎない?前日に二階堂からはメモ書きに時間と場所の指定がされていた。今時紙で約束とは古風な女の子なのかしら、と思ったが騙されるなよ俺チョロすぎるだろ。小町の教育の甲斐あって集合10分前には到着していたがどうやら二階堂はまだらしく、今日何を言われるか考えただけで滅入ってくる。10分後彼女は約束していた時間丁度にやって来たが、実習中はスーツなので私服姿だと見つけることが出来ず彼女の方から声をかけてきた。
「早いね比企谷君、実は楽しみにしてたとか?」
「違ぇよ、面倒事はさっさと済ませる質でな」
「はいはい、それじゃあ本題に入るためにもお店向かおうか」
俺は返事になっているかも分からない了承を示して歩き始める。店の場所も知らないので
二階堂の三歩後ろをキープし続ける大和撫子を貫いたが、一度彼女が不思議そうに見てきたが首を横に振ってからは彼女も納得したのか目的地であろう喫茶店に着くまで変わることはなかった。年季の入った店内には休日であっても人はまばらで落ち着いた雰囲気は好ましく、隠れ家的な外観も含めて読書が捗りそうな場所であった。適当に注文を終えると二階堂はこの店について語っていたが俺の感想とは大差がなく、彼女も人づてに知ったらしい。
「で、比企谷君は雪ノ下さんの何なの?」
「いや、ただの知り合いだろ」
「ただの知り合いがあんな美少女を可愛くする訳ないでしょ」
「前にもその話してたな。あいつは元々美人だろ、自分でも言ってたし」
「私はね、総武時代の君達は知ってるつもりだよ。でもね、貴方が卒業式に何かして今の距離になっちゃったんでしょ」
「いや何で俺がやった前提なんだよ」
「だって雪ノ下さん一人で泣いてたもん」
雪ノ下は決して弱い女の子ではない、だが危うい脆さを持っていた。奉仕部は進路が決定し卒業式の日まで大きな変化はなくとも少しずつ前に進もうと足掻いていた。平塚先生の勝負は結局『君たちは互いに成長した。それに強制されて行動するのは奉仕部の信念ではないだろう』と引き分けと呆気ない幕切れであった。俺達も期待していた訳ではなかったので納得し自分らしくあろうと過ごした。式の終わりに雪ノ下に呼ばれた俺は部室に向かい、もう開ける事はないのだと初めて来た日をふと思い出しつつ扉をゆっくり動かした。その部屋の主はらしくなく視線を右へ左へしながら椅子に腰掛けていた。
『卒業おめでとう比企谷君。まさかあなたが卒業出来るなんてね、ここは進学校のはずなのだけれど』
『おめでとさん、相変わらずだなお前も。それに俺の追試助けてくれたのはお前だろうがよ』
『由比ヶ浜さんの料理の方がよっぽど教え甲斐があるわよ』
『あんまり由比ヶ浜をいじめてやるなよ、あいつ泣いちゃうぞ』
『そうね、彼女は誰かさんと違って日々努力しているものね』
『うるせぇよ、俺は長所を伸ばしただけだろうが』
『致命的な短所は直すべきだったとは思うけれどね』
『で、こんな会話をするために呼んだ訳じゃないだろ?』
『いえ、こんな会話をするために呼んだのよ。もう会うこともなくなるだろうから』
『じゃあ会う機会があればまたな』
『待って!そ、その....』
『俺からも一ついいか?』
『えぇ、構わないわよ』
『もしよかったら俺と友達になってくれないか?』
『......』
『なんだよ、前みたいに食いぎみに断らないのか』
『ごめんなさい。それは止めて』
『どうなるのがいいんだろうな』
『ままならないわね、私たち』
『だな。それじゃあ問い直すとするか』
『えぇと、まず友達の定義からかしら?』
『最初からだよ、雪ノ下。もしよかったら俺と付き合ってくれないか』
その後雪ノ下は驚いたのか数秒固まった後に部室を飛び出していった。いや、本当黒歴史確定かと思っていたんですけどね。次に会ったのがこの前の会話である、脈なしでしょこれは。今まで一言も話に割り込むことなく聞いていた二階堂は俺が話終えたのを確認すると。
「他人のコイバナとか甘すぎるわ、ブラックコーヒーにして正解だったよ」
「しつこく聞いてきたのはお前だろうが。だから別に俺があいつに酷い事した訳じゃないから安心しろよ」
「いやいや余計問題でしょ?連絡の一つぐらい入れて確認すればすむ話じゃん」
「いや、俺あいつの知らないし」
「君たちの恋愛は中学生以下ですよ。まぁいいや、比企谷君の認識を変えるための反省会ですから」
こいつあれだけ恥ずかしい話させといてまだ聞いてくるの?ほぼ初対面なのにずかずかパーソナルスペース入ってきて本当に苦手だ。
「そこ、嫌そうな顔しない。大丈夫君は私の話聞いてるだけでいいから」
「説教とかなら勘弁な、もう疲れたし」
「本当ダメ人間だね。安心して、君から雪ノ下さんの事は聞けたからその分君の知らない彼女の話をしてあげるだけだから」
こんな話をされる当たり目立つ奴は本当大変だなぁとつくづく思わされる時間が始まった。