初めて訓練を終え、梅雨ちゃんと仲良くなり、八百万さんに狼藉を働き、峰田くんに羨ましがられたり、常闇くんに一目置かれた津上くん。
充実した高校生活をスタートした彼は、夢を見る。彼の原点とも言える出来事の夢を。
忘れじ過去
『これで全部だ、偉いぞ。保』
『保はきっと立派な■■■■になれるわ』
もうキープしていられないよ。こんなに入らない。体が重くて痛いよ。
『いいか、これから警察とヒーローが来る。ほんの30分我慢してくれ』
『じっと手を握って待ってなさい。終わったらお寿司を食べに行きましょう』
痛いんだ、手のひらが千切れちゃいそうだよ、お父さんお母さん。
『ごめんね、でも、貴方にしか出来ないの』
出来ないよ、もう限界なんだ。半分だけでも出したい。
『我慢するんだ。保なら出来る』
『ようやく突き止めたぞ! 連続窃盗犯、Mr.……』
『誰の許しで入ってきてるんだ! ここは俺達の家だぞ』
『窃盗犯だなんて言いがかりです!』
『とぼけても無駄だ、許可状も出てる。家を改めさせてもらう』
『仕方ないですね、ヒーローや警察に協力するのは市民の役目ですから』
『子供と一緒に外食に行く予定なんですから、早く終わらせてください。そういうの得意でしょう? ターボヒーロー』
ああ、ごめんなさいごめんなさい、もうだめだ。ごめんなさい
「……夢、か」
嫌な汗で濡れたシャツが体にまとわりつく不快感で目を覚ました俺は激しい動悸を深呼吸して落ち着ける。
久しく見ていなかった夢だ、俺の人生の全てが変わったあの日の夢。
何も知らなかった俺の失敗によって、家族が崩壊したあの日。
キープしきれなかった宝石や貴金属、紙幣に押しつぶされる俺が最後に聞いたのは両親の声だ。
記憶に残った両親からの最後の言葉は「この役立たず」「お前のせいだ」。
きっと、今の楽しい雄英生活が、楽しかった家族との日々の終わりを夢に見せたのだろう。俺の罪を忘れるな、と。
◇
じっとりとした寝汗をシャワーで流したり、昼食となるおにぎりを用意したりしてる内に気付けば相澤先生との約束の時間になっていた。昨日の訓練の疲れのせいで、いつもより眠りが深く、長く寝てしまったのも原因のひとつだろう。
そして現在、通学路を相澤先生の背を追って普段より重い足取りで歩いている。
足取りが、と言うより体が重いのは相澤先生が道中で買いすぎたらしいゼリー飲料をキープしているからだ。
もちろん雑用ではなく、これは訓練の一環だ。
「津上、マルチビタミン────緑のを出せるか?」
「はい、少し待ってください」
目を閉じてキープしているものに意識を向ける、指定された緑のパッケージがぼんやりと頭に浮かんできたのに合わせ右手から出すイメージをする。
そうして目を開けると、右手にはイメージ通りのマルチビタミンと書かれた緑色のゼリー飲料がひとつ握られていた。
「これでいいですか」
「ああ、仕舞ったり出させたりで悪いな、朝飯食いそびれたんだ」
差し出したゼリー飲料を受け取った相澤先生は手早くそれを開封して一気に飲み下した。10秒チャージどころか1秒も掛かってない、さすがは相澤先生だ。
ゴミを預かる為に黙って手を伸ばすと、意図を察した相澤先生がまた「悪い」と言って俺の手に空の容器を乗せる。そのまま握りつぶすように空き容器をキープした。
意識を体内────と言っていいかは分からないが、キープしているものに傾ける。今キープしてるのは、ゼリー飲料の青5つ、緑4つ、赤5つ、紫5つ、黄色5つ。空き容器1つ。次は指定されたものをすぐに出せるようにイメージを整理しておこう。
ついでに、通学用のカバンも丸々キープしている。これも相澤先生の指示で、昨日の訓練を映像で見たところ、俺の個性の練度が抜きん出て低いらしく、とにかく使う事が重要だと言われたからだ。
周りに言われてから使うようではダメで、自分の個性をどう使うのが最も効果的か即座に判断出来なくてはヒーローは務まらない。そのためには自分の個性を正確に把握すること、つまり個性を使い慣れる事が重要と、相澤先生は言っていた。
「どうやって色を判断したんだ?」
「と、いいますと?」
「キープしているものはどうやって知覚してるか聞いたんだ、映像が見えるのか、頭の中でリストアップされてるのか、どうなんだ?」
「ええと……」
どう説明すべきだろう。意識を向けるとイメージが浮かび上がるなんて漠然な説明で良いのだろうか。そうか、そういう部分の説明も出来るようになれという事か。
今はとりあえずありのままを話すしかないだろう。
「意識すると、イメージが浮かんでくるんです。イメージがはっきりしたものはこんな感じで手から出せます」
手元には青いデザインのゼリー飲料。
「なるほど。なら正確にイメージして素早く出し入れが出来るように訓練を続けろ、現場ではその一瞬が生死を分ける。お前も、その周りもな」
「分かりました」
気合と共にゼリーを握りしめキープする。正確なイメージを素早く、それなら普段から訓練できそうだ。
────青、緑、赤、紫、黄、ゴミ、カバン。頭の中でイメージを整列させる。何をどのくらいと指定されても今なら一瞬で出せるはずだ。
そうやってイメージトレーニングをしていると、いつの間にか学校の前まで着いていた。昨日よりも遅い時間だからか人影が多い。
「マスコミか……掴まったら面倒だ。立ち止まるなよ」
「マスコミですか?」
人だかりを注視すると学生服の人間は一人もおらず、多くの人がカメラを抱えていて相澤先生の言う通り報道関係者なのが見て取れる。こんな朝早くに一体何が目的だろうか。
「大方、オールマイトに関する取材だろう。No.1ヒーロー、平和の象徴は話題になるからな」
なるほど。相澤先生の言う通り、オールマイトが目当てなのだろう。だから、きっと俺にカメラが向けられる事なんて無いはずだ。
大丈夫、普段どおりしてればいい。もし声を掛けられても適当に挨拶をすれば大丈夫。大丈夫だ。
「おはようございます、イレイザーヘッド」
「……よくご存知で」
前を歩いていた相澤先生に壮年の男性が声を掛けた。反射的に相澤先生の影に入って男性から身を隠してしまった。これでは却って怪しいかもしれない。
それでもきっと相澤先生に用があって声を掛けたはずだから、俺には見向きもしないと思ったのだが、不自然な動きを取ったためか男性は身を乗り出して俺へ視線を向けた。
「そちらに居るのは、ヒーロー科の生徒さんですか?」
「は、はぃ……」
男性の視線に萎縮し、小さな声で答えた。堂々としなければ怪しまれると思ってはいるが、体は言うことを聞いてくれない。どうしてもマスコミは苦手だ。
◆
両親が逮捕され、叔父にあたる人の四人家族に引き取られた俺は、1年ほどは比較的穏やかな日々を過ごしていたと思う。
両親と再び会える日を信じていた俺を、叔父たちは何も言わず静かに見守ってくれていた。
しかし、その平穏はマスコミが切っ掛けで崩れていく。家や学校近くに現れたマスコミが取材を進める中で俺が
その事実を知った人たちは俺を避けるようになる。最初のうちは嫌疑の目を向けられる程度で済んでいたが、真実を知る人数が増えるに連れ段々とその目は深く暗くなっていき、中学に入る頃には何かしらのトラブルが起きる度に容疑者として真っ先に名前が上がるようになってしまった。
弁明をしても殆ど意味を成さなかった。父親が犯罪に使っていた個性とよく似た俺の個性は物を隠すのに長けており、連続窃盗犯である親と同様に巧妙に隠しているだけだと判断され疑いの目は日に日に強さを増していく。
そうして望まないトラブルに巻き込まれ続ける俺は叔父夫婦に多大なる迷惑を掛け、謝り続ける生活を送っていた。けれども叔父たち──新しい家族はそんな俺に気にしなくていいと、許し慰め続けてくれた。
その心遣いが俺をどれだけ助けてくれただろうか。
けれどそれも、
悔しかった、何も出来ない事がこの上なく悔しかった。だから、俺は自分の時間全てを使って反
そんなこんなで、俺はマスコミの事が苦手で、大嫌いだ。
◆
「その……記者の方ですよね? 沢山いらっしゃってる様ですが、何か有ったんですか?」
意を決して堂々と俺を見つめる記者に言葉を返した。
いつまでも質問されっぱなし、やられっぱなしでは居られない。
「皆目当てはオールマイトさ。そうだキミ、オールマイトには会えた?」
「ええ、昨日授業を受けました」
「ほう、どうだったかな、感想は?」
このままオールマイトの話をすればきっと追求は俺には向かない。相手が満足する情報を与えればこの場はそれで済む。そう考えて言葉を探していると、記者の顔が相澤先生の背で隠された。
「すいませんが、急いでるんで」
「イレイザーそんな殺生な。ね、キミ一言でいいから感想聞かせてよ」
俺と記者の間に入った相澤先生の様子を伺うと、一言だけくれてやれ、と言ってるように見えた。記者の男性もメモを構えてじっとこちらを見ている。
一言、オールマイトの授業を一言で表すと。
「イメージ通り、コミカルでした」
現実感なくて、笑いどころが多かった。まさしく画面の向こうで見たオールマイトそのものだ。
「そうか、協力ありがとう」
手帳を閉じた記者が握ったペンを軽く掲げる。軽く会釈を返して、言葉もなく歩き始めた相澤先生の後を追う。
無事切り抜けられようやく人心地ついた。
校門の近くでカメラのセッティング等をしている記者の方々に一瞥を加えた相澤先生がボソリと呟く。
「面倒なことにならなければいいが」
それに釣られてか、俺もなんだか嫌な予感がした。
「ここまで持たせて悪かったな、もう大丈夫だから全部
「わかりました」
校舎前に着いた俺に相澤先生がそう言った。それに従って口を広げられた寝袋に次々と預かっていたゼリーを入れていく。
「これで全部です」
「じゃHRでな。それまではイメージトレーニングでもしておけ」
「はい、ありがとうございます」
「礼を言われることじゃない、俺はお前の担任だからな」
背を向けて相澤先生は昇降口とは別の方角と歩いていく。その背が見えなくなるまで見送って俺も校舎へと足を踏み入れた。