「学級委員長務まるか不安だよ……」
俺が米を一粒一粒噛み締めている間に3人は今朝のホームルームでの委員長決めが話題に上っていた。
「大丈夫さ、緑谷君のここぞというときの胆力や判断力は多を牽引するに値する。だから君に投票したのだ」
飯田くんの意見は最もだ、昨日の訓練では激戦の中にあって冷静な状況判断を行い勝利をもぎ取った。それが記憶に新しい。
だが、それは飯田くんにも言えることだ。
「飯田くんだって負けてないさ、いつも率先して先生に疑問をぶつけているし、規律を重んじてる。今回の投票だって飯田くんが提案したことじゃないか、誰にでも出来ることじゃない、俺はそんな飯田くんこそ委員長に相応しいと思ったよ」
「じゃ、じゃあ僕に入っていた1票は」
「ああ、俺が投票したんだ」
そう伝えると飯田くんは神妙な面持ちで胸に手を当てる、何処か誇らしげな表情にどう声を掛けるべきか少し戸惑った。
「津上くんの言う通りかもしれない、いや、そうだよ。僕なんかより飯田くんのほうが……」
「待ちたまえ、緑谷くん。
「う、うん! ……ありがとう」
飯田くんの言う通りだ、比較すれば優劣が決まる、しかしそれで決まるのはどちらかがより優れているかだ。どちらがより劣っているかではない。
そして飯田くんは「それと」と言いながら俺の方へ向き直った。
「君もだ、津上君。今朝のホームルームで君も自分なんかと卑下しただろう、僕からすれば君だって誇れるクラスメイトだ」
「そんなことは……いや、ありがとう」
素直に嬉しく思った。でも、こういう時にどんな顔をすれば良いのかよくわからない。
「さっきからちょっと気になってたんだけど、時々僕って言ってるし、もしかして飯田くんって坊ちゃん?」
言われてみれば、普段飯田くんは自分の事を俺、と言っている。麗日さんもよく人のことを見ているなあ。
その指摘に飯田くんは若干表情を少し歪ませて言った。
「そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが……ターボヒーロー・インゲニウムは知っているかい?」
「勿論だよ! 東京の事務所に65人もの
インゲニウムという名を聞いて緑谷くんが目を輝かせる。
ヒーローや社会情勢に疎い俺でもその名前は聞いたことがある。何処で聞いたのかは思い出せないが俺でも知っているという事は相当有名なヒーローなのだろう。そして話の流れから察するに……
「それが俺の兄さ! 俺の家は代々ヒーロー一家でね、俺はその次男にあたる」
「すごいや」「人気ヒーローの家族とか私初めて見たわ」「凄いな……」
「規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー。俺はそんな兄に憧れヒーローを志した」
家族に憧れ同じ道を目指す、それが飯田くんの原点。立派で俺には眩しい。俺なんか比ぶべくもない。
もしも彼らに、俺の両親が
ジリリリリリリリリリリ────!
頭の中で広がっていた靄はけたたましい警報の音で切り裂かれた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』
「セキュリティ3ってなんですか?」
「校舎内に誰かが侵入してきたってことだよ、3年間でこんなの初めてだ」
俺が動揺して辺りをキョロキョロと見回している間に、飯田くんは隣に座っていた上級生から情報収集をしていた。こういうところが本当に凄い。
この人数が屋外へ避難するとなるとしっかり統制を取らなければパニックになるだろう。
「うわああああああ」「早く外に出るぞ!」「皆出口に急ぐんだ」
しかし俺がそんなことをのろのろと考えている内に、雄英生たちはすぐさま行動を起こし出口に殺到、案の定食堂はパニック状態に陥った。
人波にさらわれて出口の方へと流された俺は、一緒に食事をしていた3人とは離れ離れになってしまった。
足を踏まれ脇腹に肘打ちをくらい、気付けば俺は集団の外側に追いやられてしまっていた。
無理に抵抗するのも危険で、かといってこの状況が続けばいつ事故が起きるかも分からないので傍観はしていられない。
けれど、俺にこの状況を打開するだけの力なんてないのは明らかで、出来るのは地面を踏みしめて将棋倒しになるのを防ぐためにこの状況をキープすることくらいだった。
そんな決意を抱いていたが、一際体格の大きい生徒が周りを押し退けるように動いたとき、目の前でひとりの女子生徒が窓際のテーブル席へと弾き出された。
その女子は大きく体勢を崩して床へと倒れこみ、その衝撃でテーブルの上に残されていた食器も落下した。
ガシャガシャと落下音が続いている間に、目の前で起きた事故にすぐさま体が動いた。
倒れている彼女を他の生徒が踏んだり、彼女の上に倒れ込んだりしないよう、テーブル席の真横で両足を広げパーティションを掴んで圧力に抵抗を開始。
体勢が安定し女子生徒の様子を確認する余裕が出来たのは数秒後、改めて様子を伺う俺の目に真っ先に飛び込んできたのは、女子生徒の黒髪を染める鮮やかな赤色。
「大丈夫ですか!」
「ん」
焦っている俺の呼びかけに対して彼女の反応は淡白だ。
「頭以外に痛いところは有りますか?」
「ん?」
要領を得ない返答と、一切の動揺の見られない落ち着き払った表情。静謐な群青色の瞳に見つめられながら、最悪の状況が頭を過る。
頭を打った後に呂律が回らなくなったり、会話が成立しなくなるといった症状がある場合、脳内出血を起こしいる兆候だ。それはすぐさま外科手術の必要な緊急事態だ。
「ケチャップ」
「本当にヤバそうだ……大丈夫、必ず助けます!」
彼女は自分が怪我をして出血している事にも気付けないほどのダメージを受けてしまっているようだ。文章ではなく無意味な単語が出てきているのもその影響だろう。
俺が考え込んでいる間に彼女は立ち上がろうとしてしまっていた。頭を打ったら動かすなというのはヒーローを志す者としては常識だ。
「動かないでください、貴女は今頭を打って出血しています」
「ケチャップ」
駄目だ、こちらの言葉も理解できていないのかもしれない。今すぐにでもリカバリーガールに診てもらわないと、取り返しのつかないことになる。
避難はしようとしてる生徒たちはほとんど動けていない以上、別の道を開ける必要がある。
それを、俺の個性は出来る。
「ん?」
壁に右手を伸ばし、個性を発動する。彼女を安全に運べるだけの大きさの穴を素早く開けるために意識を集中してイメージを固めていく。
コンクリートの硬さ、重さ、冷たさ。焦っているせいか、急げば急ぐほどイメージがブレて焦れったくなるほどにキープは進まない。
「小」
そんな声が聞こえたと同時にいきなりブレザーが縮まり、全身を締め付けられた俺は我に返り個性を解除した。ふと真下に目を向けると、さっきと変わらない群青色の瞳とガッツリ目が合った。
この現象はどうやら彼女の個性によるものらしい。
「解除」
彼女が手を合わせてそう言うと、たちまちブレザーは元のサイズに戻り、締め付けも収まった。
一息ついた俺に対して彼女はおもむろに真っ赤に染まった手のひらを差し出してこう言った。
「ケチャップ」
その手に着いていたのは見紛うことなきケチャップで、さっきから何度も口にしていたその言葉の意図がはっきりと理解できた。
「早とちりしてました。すみません」
穴があったら入りたい。トマトの香りを感じながら俺はそう思った。
「皆さん! 大丈────────夫!! ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません!」
俺の早とちりで寝かせっぱなしなっていた彼女を起こしていると、出入り口の天井近くに張り付いた飯田くんがそう叫んでいた。
緊急事態に多くを導く、やっぱり飯田くんはリーダーに相応しいと、自分のことのように誇らしくなった。
「飯田くん、流石だ」
「ん?」
俺のつぶやきに、目の前のケチャップ塗れの彼女が反応した。その姿を見て、俺は慌ててキープしていたタオルとボトル入りの水を取り出して手渡した。
「とりあえず今はこれで拭いてください。新品なのでご安心を」
「ん」
彼女の返答からはなんとなく感謝の意思を感じた。どうやら彼女は元々口数が非常に少ないようだ。
「名前」
そう口にした彼女はボトルの水で湿らせたタオルで髪を拭きながらも、目だけはじっとこちらを見つめている。口数の少ない人だけれど、大体の意図は掴めるのは少し不思議だ。
察するに今ここでの借りをいつか返す為に俺の情報を彼女は欲して居るのだろう。
「名乗るほどでは」
「ん」
何故だろう、今までで一番言葉数の少ない食い下がりだと言うのに、トップクラスの迫力だ。彼女の目がそうさせるのか、早とちりによる後ろめたさがそういう気持ちを抱かせるのかは分からない。
まあ同じ雄英生である以上そのうち校内で出会う可能性は有るので、名乗らないのは自己満足以上の意味はないので、さっさと自己紹介をしてしまおう。
「俺は1-Aの
俺は何らかのトラブルに備えてほぼ常に水1リットル、清潔なタオル数枚、救急キット、裁縫道具、駄菓子は常にカバンに入れて携帯している。数年の人助け癖の成果だ。
今日それらをカバンごと
目立つ汚れを拭き終えたのを見て、俺は新たに乾いたタオルを取り出して彼女に差し出した。
「ん」
タオルを交換した後、目の前の彼女はおもむろにブレザーのポケットから小さな板状の物を取り出して俺に手渡して来た。
「解除」
彼女がそう言うと手のひらに乗っていた板は大きくなり、それがパスケースということが分かった、入っているのは学生証だ、察するに自己紹介ということだろう。
「名前は……
「ん」
落ち着き払った立ち振舞いと高めの身長から彼女────小大さんは上級生だと思い込んでたが、同級生だったらしい。
しかも同じくヒーロー科で隣のクラスなのはちょっと運命じみたものを感じる。
俺が学生証を眺めている間に、小大さんはどこからともなく取り出した手鏡を持ち、身だしなみを整えていた。あの手鏡も個性で仕舞っていたのだろう
「小大さんのは、ものを小さくする個性ですか?」
「んん。……大」
すると手鏡は手鏡と言うには大きすぎるマンホールぐらいのサイズに変わる。俺が驚いていると、すぐさま個性は解除され元のサイズへと戻った。
大小自在、小大さんの個性はもののサイズを変更する個性のようだ。何故かはよくわからないけれど、その能力に妙な親しみを抱いた。
「小」
手鏡でのチェックを終えたらしい小大さんは手鏡とタオルを小さくしてポケットへ仕舞った。その様子を見ていた俺は今さっき抱いた親近感の正体に思い至る。
小大さんの個性は俺の父の個性、物を圧縮する個性によく似ている。だから親近感が有ったんだ。
「いい個性ですね」
「ん」
◇
その後、飯田くんのお陰で避難は粛々と進み、小大さんとも別れた。
個性で削ってしまった壁は謝罪を兼ねて相澤先生に経緯を含め報告すると、校舎の損壊は割とよくあることと、なんでもないことのように受け取られお咎めなしで驚いた。
正直それよりも驚いたのは土下座しようとした瞬間に頭を捕まれ、まずそのまま報告しろと言われたことだ。完全に俺の行動を理解されていて、相澤先生の観察能力には脱帽だ。
ちなみに、あれだけの騒ぎが起きたにもかかわらず午後は何時も通りの授業が展開された。トラブルへの対応力も超一流とは、やはり雄英高校は凄い。
そして、午後のホームルームの時間を使って残りの委員を決める事になり、委員長である緑谷くんが進行を任された。
けれど緑谷くんは驚きの提案をする。
「委員長はやっぱり飯田天哉くんがいいと思います」
あの恐慌状態において、冷静に状況を判断し、皆を導いた。クラスの多くがそれを見ていたのだろう、緑谷くんの提案にほとんど皆が賛同した。
1-Aの学級委員長にして、緊急事態における絶対の活路“非常口・飯田”が誕生した瞬間だ。
俺はそれを力の限りの拍手で称賛した。
「頑張れ、飯田くん」
翌日、小大さんが俺にタオルを返しに来た時にクラス(主に峰田くん)がザワついたのは余談だ。
三章 決めろ委員長は3話で終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
小大さん、マジのガチでほぼ「ん」しか喋らないの想定外でした。
次章、USJ襲撃事件。津上はこの困難に何を思いどう立ち向かうのか