俺のヒーローアカデミア ピースキーパー   作:色埴うえお

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敵意に燃ゆ

 黒いモヤに包まれた視界が開けると、眼前には燃え盛る街が広がっている。何も出来ず、移動させられてしまった。

 

「みんなは?」

 

 背後を振り向くと20人のクラスメイトの姿はそこにはない、モヤ男の狙い通りクラスメイト全員散らされてしまったらしい。

 あちこちで登る火の手、作り物の天井、恐らくここはUSJ内の火災エリアだ。そしてこの場に似つかわしくない多くの(ヴィラン)

 

 きっと他のエリアでもクラスメイトたちが同じような状況に立たされている筈だ、散らされてしまった皆と可能な限り早く合流して脱出するの事が現状の最善手。

 そのためには俺たち(・・・)だけで目の前のヴィランを突破しなければならない。

 

「一緒に居てくれて心強いよ、尾白くん」

「俺もだ、津上。……他の皆が心配だ、早くここから離脱して合流しよう」

「ああ」

 

 尾白くんと背中合わせになって俺たちを取り囲むヴィランと対峙する。見えている限りで数は15人ほど、そのまばらな包囲は敵が寄せ集めであることを如実に示してる。

 

「2人だけか、痛くないように瞬殺してやるから抵抗するなよ!」

 

 側面に居たトカゲ顔の敵がその言葉と共に火を吐いた。

 

「尾白くん、下がって!」

 

 真っ直ぐ飛んでくる炎を、正確な火のイメージを浮かべながら右手で受け止める。何の変哲もないその炎は右手を焦がす間もなく全てキープされた。

 炎を吐いた敵のみならず、他の敵も何人かが俺が炎を防いだ事に動揺している。その中で一番俺たちの近くにいるのはヘッドギアを付けている筋肉質の男だ。

 

「尾白くん、そいつのところを突破しよう!」

「分かった!」

 

 俺が指差したヘッドギアの男を尾白くんが尻尾で蹴散らし、その後ろに伸びている路地へと駆け込む。

 路地に入ると同時に先程キープした炎を放出して足止めを行った。

 

「包囲網を突破出来た、このまま火災エリアを……」

「こんなトロ火で俺様が止まるかよ!」

 

 火災エリアを離脱しよう、そう言いかけた時、岩石のような男が炎の中から飛び出してきた。

 岩石男はその勢いのまま左拳をまっすぐ俺に叩きつける。

 

「オラァ!」

 

 岩石男の攻撃を咄嗟に両腕で防御をする。防御を正面から貫く重い衝撃に、体が大きく吹き飛ばされた。

 幸いにも吹っ飛んだ先に居た尾白くんに受け止められ、俺は体勢を崩さずにすんだ。

 

「津上、逃げよう!」

 

 尾白くんの言葉に同意して走り出す。しびれの残る左腕をちらりとみると、そこに有ったはずの手甲は粉々に砕け、敵のパワーの強さを物語っていた。

 

 逃げながら路地裏の構造物をキープで破壊し倒壊させ簡易的なバリケードにしていき、敵が見えなくなったところで火の手の少ない建物の外壁を抜いて身を隠した。

 

「ハァ…ハァ…出入り口はキープしてた瓦礫で塞いだ……少し不自然だけどすぐには気づかれないはずだ」

「ありがとう、フゥ……」

 

 敵から逃げながらの全力疾走に俺たち2人は思った以上に息を上げ、その場に座り込み、揃って肩で息をしていた。

 

「フー、ここからどうしようか」

「なんとかして、火災エリアの外壁まで行ければ、俺の個性でくり抜いて、脱出出来るはず」

「なるほど、ハァ、ハァ、じゃあこのまま身を隠して壁まで行こう」

 

 現在位置や火災エリアの構造は分からないが、1つの方向に進んで行けばいずれ外壁にたどり着くだろう。そこから他のエリアに向かいクラスメイトと合流すればいい。時間はかかるが確実だ。

 俺たちが転移させられたときの(ヴィラン)たちの不完全な包囲、こちらの抵抗に対する反応はどちらもあまりに稚拙だった、多くは数合わせに連れてこられたただのチンピラである可能性も頭に浮かび、先程よりも危機感が薄れていた。

 

 

 

「見つかったか?」

 

 直ぐ側でしたヴィランと思われる声に息を潜める。気配からすると壁の向こうに居るのは2人のようだ。

 

「いや居ねえ。文字通り尻尾を巻いて逃げたんだろう」

「ヒーロー志望のくせにつまんねえ事しやがる……適当に切り上げて他のとこ行くぞ」

「ああ、ガキをぶっ殺せるから来たってのにとんだ期待はずれだ」

「しかも男だからな。女飛ばして来いってんだあのモヤ野郎」

 

 薄れた危機感は使命感にとって替わる。こいつらはここで止めないとダメだ。と。

 その覚悟を決めた俺は尾白くんを見る。その目の輝きに彼も同じ考えだと分かった。

 敵の気配が離れていくのを確認し、尾白くんと向き合う。

 

「戦おう、みんなのところには行かせられない」

「うん! けどあの岩石男はどうする? 炎もダメだったし、あの見た目じゃ俺の打撃もあまり……」

「それなら、尾白くんの尻尾で俺の手を攻撃して衝撃を溜めよう。溜めた衝撃を一度に解放すればダメージは与えられるはずだ」

「なるほど……」

 

 そうと決まればさっさと初めようと立ち上がったが、尾白くんは表情を歪めて首を横に振った。

 

「やっぱりやめよう、リスクが有りすぎる。外したらヤバイし、当たっても倒せなければその時は津上に危険が及ぶ。先に他の方法がないか考えよう」

「他の方法……」

 

 尾白くんの言うことはもっともだ。俺自身がリスクを負うのはさほど気にはならないが、俺が倒れたら尾白くんや他のエリアの皆に危険が及ぶ。それは出来ない。

 であれば、あの強力な岩石男を突破する方法を考えなければいけない。しかし、そんな方法が都合よく思いついたりはしなかった。

 

「そうだ、津上の個性で直接相手をキープすればいいんじゃないか? コンクリートや鉄だって貫けるんだ、あいつも……」

「いや、ダメだ。俺の個性は人には使わない。それがヴィランであっても」

 

 

――――君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。助けるためにあるのだと心得て帰ってください。

 

 いまさっき聞いた13号先生の言葉が蘇る。

 俺の個性はキープの過程でものを切断することも出来る。むしろ、集中を欠けば多くのものを破壊してしまう危険な個性だ。

 

 まだ未熟だった頃の俺は、不用意に使った個性で同級生の指を切断したことが有る。耐え難い激痛に襲われた彼の悲鳴は今でも耳に残っている。

 あの時に誓ったんだ、この個性を決して人には向けないと。

 

 

「当たりどころが悪ければ致命傷だもんな、手加減できる相手でもないし……」

「ごめん」

「いや、俺がよく考えず提案したのが悪いんだ。今はとにかく他の手を探そう」

 

 尾白くんは腕を組み大きく息を吐いた。頭痛がするほど知恵を絞っても妙案は浮かびはしない。悩んでいる間にも他のクラスメイトたちは危機に瀕しているのだろう。

 迷っている内に俺の関心は敵の打開策よりも皆が無事かどうかに向けられていった。

 

 今でもあの黒いモヤは俺の中にキープされている。大体のイメージを掴めたから次はもっと抵抗できるだろう。

 改めて思うと、あのモヤの個性は俺の個性と少し似ている。例えば対象は俺が手で掴んだものに対して、奴はモヤで包んだもの。移動先は俺は四次元空間のような何処か、奴は異なる場所。言ってしまえばそれだけの違いだ。

 だからきっと、転送を中断することで物体を切断することだって出来るはずだ。遠距離から、一方的に。

 バラバラに散らして足止めし、モヤの個性で確実に殺す。数合わせのようなチンピラばかりなのはそんな作戦だからなのかもしれない。

 

 そこに考えが至るとこんな場所でゆっくりと休んでは居られなかった。

 未だ収まらぬ息切れを深呼吸で誤魔化して立ち上がる。

 

「……すぐに皆のところに行かないと」

「何か、案があるのか?」

「いや、でもじっとしていたら危険ばかりが大きくなる……」

「それはそうだけど……動くならせめて息が整ってからにしよう、俺たち、思ったよりも消耗してるんだ」

 

 2人揃って大きく息を吸う。さっきから何度も深呼吸を行っているのに息は一向に整わない。尾白くんの顔も何処か青白くなっている。

 

「全然呼吸が治まらない。尾白くんもあんまり大丈夫そうではないね……」

「うん。なんか、空気が薄いみたいだ」

「……それだ、炎で酸素が消費されてるんだ」

 

 今いるこの建物も勢いはそこまででもないが燃えている。ほとんど気流のないこの部屋の酸素が薄いのはごく自然な事だろう。

 

 そして、この方法だ、俺がここ数日研究していた暴徒の鎮静法。それを応用してヴィランを酸素濃度の低い部屋に誘い込み気絶させる。微かにではあるが光明が見えてきた。

 

「尾白くん、これだ。ヴィランを酸素の薄い部屋に誘い込んで気絶させよう」

「なるほど、名案だ。あ、でもそのまま放置したら死んじゃわないか? 気絶したら部屋から出すとかしないと……それに俺たちがそこに入ったら終わりだし」

 

 酸素濃度が6%ほどの空気を一度でも吸うと酸素交換が逆に行われ、体内の酸素が奪われる事となり、結果一瞬で意識が奪われる。読んだ本にそう記されていた。

 であるなら酸素の薄い空気を予めキープして敵の眼前で放出(リリース)すればいい。それならその後は普通の空気を吸えるから後遺症も出ないだろう。

 

「俺の個性なら、必要最低限、たとえばひと呼吸だけとか吸わせられる。俺たちのリスクもかなり下がるよ」

「名案だ、それでいこう。……ここから出て目一杯深呼吸してからだけど」

「いや、任せて」

 

 直ぐ側の壁をキープで貫通させ右手だけを外に出し、部屋の中よりもずっと酸素の多い空気をキープしていく。

 右手でキープした外の空気を、尾白くんと俺の顔の間で左手から放出する。

 

「本当に、便利な個性だね」

 

 一分もしないうちに尾白くんの顔が血色を取り戻していく。俺の方も微かに感じていた頭痛がみるみる回復していった。

 新たに人が通れる大きさの穴を壁に開け、部屋の隅でくすぶっている炎や可燃物ごと周囲の空気をキープした。

 

「まだ酸素があるけど、燃え尽きるまでキープすれば酸素は限界まで薄く出来る。……一酸化炭素とかがちょっと心配だ」

「そういうのは調整出来ないのか?」

「毒ガスのイメージが掴めないんだ。漠然と空気って印象で……いや」

 

 通りに出て左右に敵の姿ないことを確認してから目を閉じて意識をキープしているものに向ける。

 キープの空間内で燃えて出たガスのみを選り分ける。少し待てば程なくして火は弱まり、燃えて出たガスと燃えカス、酸素の極めて薄い空気という3つの塊にイメージが分かれた。

 

「うん、これなら大丈夫だ」

「良かった。(ヴィラン)と遭遇したら俺が……」

 

「居たぞ!こっちだ!」

 

 

 

 

 打ち合わせをしようとした矢先、俺たちを探していたヴィランに発見される。俺が身構えた頃には尾白くんは既に刃物を持っているそのヴィランに向かって駆け出していた。

 

 尻尾を操り壁を利用した三次元運動で敵を翻弄。刃物を巧みに躱しながら尻尾を叩きつけ、ヴィランを俺の方向に吹き飛ばす。

 俺はすぐに倒れているヴィランに近付き、息を止めて右手をヴィランの顔の前に出す。

 

「チィッ!」

 

 俺の存在に気付きヴィランは仰向けのまま刃物を構えるが、俺の攻撃は既に完了している。

 瞬間、糸の切れた人形のように力なく倒れるヴィラン。酸素濃度5%の空気、ひと呼吸で意識を奪い取る致命的な有害物質だ。

 

「本当に一瞬だ、凄いな……」

「尾白くん、次だ」

 

 勝利の余韻に浸る暇はない。こうしている間にもヴィランの魔の手はクラスの皆へと迫っている。

 しかしそれは俺たちも同じ、岩が転がるような重い足音が遠くの路地からこちらへ向かって近付いて来ていた。

 

「クソガキ共が、今度は逃さねえぞ!」

 

 現れたのは先の岩石男、だが今は逃げはしない、こちらには倒す術があるからだ。

 尾白くんはさっきと同じ様に立体的な動きで岩石男の攻撃を躱しカウンターを決める。だが、敵の防御力を貫くことは敵わない。

 

「尻尾で撫でるならもっと毛並みを良くしたらどうだ!」

「クッ……!」

 

 動きに慣れ始めたヴィランの攻撃がどんどん的確になっていく。尾白くんはもういつ攻撃を受けてもおかしくないだろう。

 それでも彼は攻撃の手を緩め回避の比率を高めることで敵の攻撃を躱し続けた。

 

「ぴょんぴょん跳ね回りやがって、鬱陶しいんだよ!!」

 

 攻撃を当てられないことに苛つき始めたヴィランの攻撃が激化する。尾白くんへ注意が向いてる今こそ俺が隙を突いて敵を気絶させるべきなのだが、そのためには尾白くんが敵と近すぎる。

 今空気を放てば尾白くんも巻き込んでしまう。今の俺には気絶した尾白くんを守りながらこの場の敵を全滅させる自信がない。

 

 打ち合わせが出来ていれば空気を放つときに尾白くんが息を止めるように言えたが、既に遅い。攻撃の瞬間に「息を止めて」と声を掛けたら岩石男もきっと危険を察知するだろう。

 ならば、と俺は尾白くんが敵と十分な距離を取る瞬間を狙う為に少しずつ2人へ近づくことにした。

 

「コソコソと……ならテメェからだ!!」

 

 敵の攻撃がこちらを向いたのは、尾白くんが大きめの回避運動を取ったその瞬間だった。

 一発目と同じ左拳のストレート。その威力を俺は知っている。

 

「その攻撃のイメージはもう掴めてる!」

 

 敵の左拳が生み出す衝撃を正確にイメージしながら右手を伸ばす。数歩後退するも、敵の拳は俺の手のひらでピタリと止まった。

 

「何!?」

 

 攻撃が思いもよらない方法で完全に防がれて動揺している岩石男の懐へ踏み込む。息を止めて敵の眼前へと伸ばした左手から無色透明の攻撃を音もなく放った。

 

――――ドスン。

 

 岩石男がその場に倒れ伏す。どんなに強固な鎧を纏おうとこの(ヴィラン)も紛れもない人間だ。酸素欠乏症からは逃れられない。

 

「さあ、早く終わらせて皆のところへ行こう」

「うん!」

 

 振り返ることなく俺たちは路地裏を駆け出す。待っていてくれ、皆。




19巻発売しましたね。耳郎ちゃんを筆頭にクラスの面々がとても魅力的で18巻ぶりに最高のコミックと出会えました。素晴らしい原作に感謝です。

今回の章はひとつの山場であり、それに加え今更小説版全3巻を読んでいるので、投稿は少し時間を頂くと思います。楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません。
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