俺のヒーローアカデミア ピースキーパー   作:色埴うえお

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覚悟

「これで全員かな」

 

 ヘッドギアを付けた筋肉質な(ヴィラン)を独力で倒した尾白くんが言った。

 ここに来て最初に見た敵は約15人。無力化したのは計16人。恐らく全て倒せただろう。

 

「敵が集まって来てくれたからかなり早く片付いたね」

「ああ。それと、この数をいっぺんに倒せたのは尾白くんのお陰だ」

 

 尾白くんが前衛で多くの敵を捌いてくれたからこそ確実に一人ひとりに対して低酸素攻撃を行えた。更に敵の中にはガスマスクを付けた者も何人かおり、そいつらは尾白くんが単独で倒してしまった。

 僅かに取れた打ち合わせの時間のお蔭で密な連携が取れたのも功を奏した。

 

「いや、津上のトドメ有ってのことさ。2人だから勝てたんだ」

 

 その言葉と共に伸ばされた尾白くんの拳に、俺も拳を合わせる。共に死線を超えた俺はより強い信頼を彼に感じていた。

 

「余韻に浸ってる暇はない。次に行こう」

「ああ」

 

 火災エリアの扉を開きUSJの広場へと出る。きっと何とかなる。俺の胸にはそんな感情が湧いていた。

 

 

 

 

 

 尾白くんと何処へ向かうか相談したところ、モヤに散らされる直前、飯田くんや障子くんがクラスメイトを守っていたらしく、まずそこに合流することにした。

 火災エリアにいた(ヴィラン)がさほど脅威ではなかったことも、その考えに至った要因だ。あの程度であればみんな乗り越えられると俺たちは信じている。

 

「あの岩石男のパンチ、どうやって防いだんだ?」

 

 火災エリアから中央の広場へ向かって走っている途中、尾白くんがそう口にした。

 

「衝撃をキープしたんだ。ヴィランの吐いた炎をキープするみたいなのをゼロ距離でやっただけさ」

「なるほど、手のひらで受けた衝撃はキープ出来るからか……津上の個性ホント凄いな」

「そんなこと……いや、ありがとう。でも、正確なイメージを掴めてない攻撃はキープしきれないから初見の攻撃は基本的に防げないんだけどね」

 

 その一撃で決まってしまうのが実戦の常だ。そもそも俺の個性で防げるのは、俺が反応できて手のひらで受け止められる攻撃だけ、そんな欠陥だらけの防御能力だ。

 

「じゃあ今も衝撃は残ってるのか?」

「ああ、後は炎と、瓦礫の破片が少し、それと今キープしてる途中の空気かな」

「今も個性を使ってたんだ、全然気付かなかった」

「いざってときに一度に放出すれば推進力とかに使えるから無いよりかいいと思って、一応」

 

 特に考えはない、なんとなく何もしていないのと手ぶらが不安なだけだ。

 手から意識を放して前を見ると、中央の噴水の向こうに何人かが立っている。あそこは相澤先生が多数のヴィランと戦っていた場所だったはずだ。

 

「相澤先生は、一体どこに?」

 

 首魁らしき手だらけの男を含め、敵に大きな動きはなく、相澤先生の姿も見えない。

 俺たちがモヤに捕まった出入り口の辺りを見るが、現在位置からでは誰の姿も確認出来ない。

 

 今は運良く敵に見つかっていないが、これ以上近付けばどうなるか分からない。尾白くんもそれを承知してか、近くの物陰を指差しそこに姿を隠した。

 

「津上、これからどうする?」

「相澤先生が居ないのが気になるけど……とにかく学校と連絡を取るのが先決だと思う」

 

 学校と連絡をとり、先生たち(プロヒーロー)を呼ぶ。その後で他のクラスメイトと協力しヒーローの到着まで耐える。それが最善手。

 ヒーローが来る。その事実は生徒たちにとっては希望、(ヴィラン)にとっては絶望だ。その事実が有るだけで生存率は大きく上がるだろう。

 

 次の一手を決める為には情報が足りない。既に連絡は出来たのか、散らされたクラスメイトの被害は、相澤先生の行方は、その何もかもが分からない。

 少しでも情報を求め、見える範囲を隈無く見回す、すると水難エリアの岸辺に浮かぶ3人の姿が目に留まった。

 

「緑谷くん、梅雨ちゃん、峰田くん……良かった、無事みたいだ」

「ああ。……でも様子がおかしくないか?」

 

 少なくとも3人は無事、それを知れて焦りは幾分かは軽減された。しかし尾白くんが口にした通り、彼ら3人の表情はこの上なく強張っている。まるで今も尚恐怖にさらされているかのように。

 3人の視線の先を追う、そこには脳がむき出しの大男が膝をついて地面に向かって何かしていた。

 

 ドガン、と、地面に何かを叩きつけたであろう音が響く。

 異状を察知した俺たちは、敵に気づかれないよう、ゆっくりと物陰に隠れながら接近する。

 

 十数メートルの距離まで近付いて、脳男が何をしているのかがようやく理解できた。

 

「相澤先生……」

 

 見えたのは、脳男の下敷きになり腕があらぬ方向にへし折れている相澤先生の姿だった。

 

「個性を消せる……素敵だけどなんてこと無いね。圧倒的な力の前では、つまりただの無個性だもの」

 

 近付いた事で聞こえるようになった手の男の言葉、そして脳男は相澤先生の抵抗を意に介さず頭を掴んで地面へと叩きつける。

 信じられない光景に全身が戦慄(わなな)く。早く助け出さなければという焦燥感と、俺には絶対に不可能だという絶望感が全身を駆け巡っていた。

 

「死柄木 弔」

「黒霧」

 

 そこにモヤの男──黒霧がゆらりと現れる。震えを隠すこともせず、俺の全神経はそこに集中していく。無意識が司令を発し続けている、命に代えてでも相澤先生を助け出せ、その方法を見つけろ、と。

 

「13号はやったのか?」

「行動不能にはできたものの散らし損ねた生徒がおりまして、1名逃げられました」

「は? はあ――――黒霧……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしてたよ」

 

 手の男──死柄木が不機嫌そうに首を掻きむしり黒霧にそう言った。言葉の中で出てきた“ワープゲート”。それが黒霧の個性だろう。

 思わぬところで欲しい情報が手に入った。黒霧は生徒を1人取り逃し、脱出を許した。その人はきっと学校に連絡し、先生……ヒーロー達がすぐに駆けつけてくれる。

 

「さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。あ~あ、今回はゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

「……今、帰るって言ったのか?」

 

 安心したかのような尾白くんが死柄木の言葉を繰り返す。敵の撤退宣言に俺は尾白くんと同じく安堵する。

 ヒーローたちが来るまでの時間稼ぎを行うつもりだった俺は物陰にしっかりと身を屈める。敵が撤退するつもりならば徒に刺激しない方が利口だと思ったからだ。

 

 しかしその考えも束の間、黒霧の方へ向いた事で見えた死柄木の目に渦巻く悪意が俺の中の警鐘を激しく鳴らした。

 

「あっ、そうだ。帰る前に平和の象徴としての矜持を、少しでも……」

 

 

 悪意と害意と殺意、ただ人を一方的に傷つける事が目的の、この世で最もおぞましい目だ。

 俺が今まで向けられたどの目よりも死柄木のそれは深く底なしに濁っている。

 

 

「黒霧を見たんじゃない……」

 

 

 おぞましい目が捉えているのは死柄木の位置から見た黒霧の更に先、岸辺に浮かぶ3人の姿だ。

 

 

「へし折って帰ろう」

「やめろっ!!!!!!」

 

 死柄木が動き出すのと、俺が動いたのはほとんど同時だった。

 直線距離では死柄木の方が近く、身体能力も恐らく死柄木に分がある。何とかして引き留めなければいけない。その凶行が誰かに届く前に。

 

 全速力で走りながら、キープしていた瓦礫を空気と共に放出して打ち出す。こちらの存在に気付き速度を緩めていた死柄木は迫る瓦礫の1つ手で受け止める。その瞬間、瓦礫は砂の塊の様に音もなく崩れて消えた。

 さっき黒霧に粉々と言っていた、今見たものが死柄木の個性だろう。触れたものを任意で粉々にする個性、危険極まりないものだ。

 

 足を止めた死柄木とは未だ10メートル以上の距離がある、だがそれは炎の射程内だ。

 

 右手を前に向け最大限の勢いで炎を放出する。その熱が手のひらを焦がすが、止めることはしない。

 しかし放った炎は死柄木に届く前にワープゲートに阻まれる。

 

「させませんよ」

 

 黒霧の声が何処からともなく響き、突如として眼前にワープゲートが現れる。俺は減速せずそのままワープゲートに突撃する。

 既にモヤのイメージは掴めている。

 

「邪魔だ!」

「ゲートを消された!?」

 

 視界を遮っていたワープゲートをキープでかき消し、再び死柄木を見る。ヤツは足を止めその右手をワープゲートに突っ込んでおり、隙だらけだった。

 手男まで残り数メートル。イメージを確立する、岩石男の衝撃、その全てを放出できるように。

 

「脳無」

 

 その小さな声は俺と死柄木の間に黒い壁を呼び出した。

 それはワープゲートではない、さっきまで相澤先生を傷付けていた脳男・脳無だ。

 

 元より衝撃で敵を大きく吹き飛ばす事が目的だ、それが脳無ごとになっただけ。そう思い右手が脳無の腹部に触れると同時にイメージの固まっていた衝撃を一度に放出した。

 

「効いてないっ!?」

 

 しかし、脳無はまるで何事もなかったように、身じろぎのひとつ取らずその場に立っていた。その光のない目が俺を射抜く。

 その向こうで死柄木は俺に興味を失くしたように再び3人の方へ目を向ける。

 

 この距離だから分かる、その目は間違いなく蛙吹梅雨ちゃんへと向けられていた。

 

 悪意は弱いものに向けられる。大人より子供、男より女、死柄木が彼女を選ぶのはきっとただそれだけの違いだ。

 

 

『――――貴方、優しいのね』

 

 

「やめろっつっってんだよ!!!」

 

 体勢を低く、脳無の脇を抜けようするもその腕が邪魔をする。おぞましい悪意が目の前に迫っているのに時が止まったように水の中の3人は動かない。

 いや、動けないんだろう。強烈な害意を向けられると人は思考能力を失ってしまう。

 

 覚悟をするのに時間はかからなかった。

 

────彼女を、彼女たちを守れるならば俺の手が血に汚れようと構わない。

 

 

 相澤先生を傷付けた目の前の化物を、脳無を、人体を、イメージする。俺にはその経験がある。

 

 

 

「邪魔だ。死ね……ッ!」

 

 

 

 染み出した言葉と共に、右手を脳無の胸から右肩にかけて振り上げる。

 

 

 ザラザラの肌が、ブルブルとした筋肉が、鉄骨のように硬い骨が、ドロリとした血液が、じわりとした体温が、俺の中へとキープされる。

 

 

 ぼとりと道を遮っていた脳無の右腕が地面へ落ちる。拓かれた道を力の限り蹴って死柄木へ向け体を押し出す。

 殺されないように、殺す。俺の頭の中はその思考で満たされていた。

 

「脳無!」

 

 その声から、憤り、仲間を殺された憎しみのようなものを感じた。それが、お前が作ろうとした感情だ。

 

 左手を大きく振りかぶる。後はそれを振り抜くだけで死柄木の命を奪えるというその刹那、背後から迫る黒い塊の存在を視界の端に捉えた。

 

 それは軌道上に有った左手を巻き込みながらひたすら真っ直ぐに俺の顔面へと突っ込んでくる。

 

 

 

 強烈な衝撃と浮遊感、そして激痛。それらが俺の意識を一瞬で塗りつぶした。

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