梅雨と峰田が広場へと戻ると、既に広場は
他のエリアに散っていた
「凄い血じゃない! 2人共、大丈夫?」
林から出た梅雨たちにボンデージ姿の18禁ヒーロー・ミッドナイトが驚いた表情で声をかけた。
その言葉で梅雨は自分の頬や髪に貼り付いている物の存在に気が付いた。
手で拭い、真っ赤に染まった手のひらを見る。黒に近づきつつ有る赤い液体――血液が頬や手だけでなく全身を染め上げている事を梅雨は今になって知った。
「これは、津上ちゃんの血……私は大丈夫」
「津上? ああ、あの子ね……ゲート近くに水道があるから、洗い落とすといいわ。そっちのキミも」
梅雨の横で、同じ様に手や膝を血で汚した峰田が首肯した。
縛られたり、気絶しているヴィランを横目に、広場からゲートへ続く階段を登っていく。進むに連れクラスメイトの声が段々と大きくなっていく。
ヴィランに打ち勝ったことと、戦闘の余韻がいつもよりもA組を賑やかにさせているようだ。
「つ、梅雨ちゃん!?」
「峰田も、2人共血まみれじゃねえか!」
階段を上がりきると、そこにはA組のほぼ全員が集まっていた。声を発した麗日と切島に限らず、血だらけの梅雨と峰田を見ると誰もがギョッとする。
普段の梅雨であれば大丈夫だと答える状況であるが、さっきまでの状況に憔悴しきってそんな余裕がない。峰田も同じく反応が乏しい。
そんな時、特に反応の大きかった切島の肩を押さえた尾白が言った。
「二人共怪我をしてる訳じゃない。……あっちに流し有るみたいだから、そこで洗い流してくるといいよ」
「尾白ちゃん、ありがとう」
神妙な面持ちで2人を見るクラスメイトを尻目に梅雨と峰田はゲート近くの水場へとフラフラとした足取りで歩いて行く。
そんな足取りは片方だけ靴を履いているせい、だけではないのは誰もが分かっていた。
「梅雨ちゃん肩貸すよ。あと、靴片方どうしたの?」
「三奈ちゃん、ありがと。 靴は……津上ちゃんに貸してるの」
余計な心配を掛けまいと、取り繕った笑顔には涙が浮かんでいる。そんな表情の梅雨に対して掛けられる言葉を芦戸は見つけることが出来なかった。
梅雨が津上に対して明確に出来たことはブーツを使った止血程度。そう思う度に悔しさと悲しさが梅雨の心を染めていった。
全身の汚れを洗い流した梅雨は、もう片方のブーツを脱いでクラスメイトの集団の中へ静かに入った。八百万がサンダルを創造してくれたり、麗日がただ静かに隣に居てくれたりとささやかで温かな心遣いは梅雨の気持ちを少しだけ軽くした。
「17、18、19…………治療を受けている彼ら以外は全員居るね。目立った怪我もなくひとまず安心だ」
USJに駆けつけた刑事・塚内がA組を前にして言った。
各エリアで待ち構えていた
しかし梅雨の関心はさっきまでの事ではなく今現在の事に向けられていた。普段の賑やかさに影を落としたA組の面々も恐らく同じことが気がかりなのだろう。
「刑事さん、津上ちゃんは……?」
梅雨の声は如何にも恐る恐るという調子だった。オールマイトが大丈夫と言っていたのに、何処かで未だに不安を拭いきれなかったからだ。
それに「今確認してみる」とスマホを取り出した塚内は如何にも事務的な調子で電話口に話をした。
『一命は取り留めました。ですが、頭蓋骨の陥没骨折、左腕全体に及ぶ重篤な損傷、多量の失血とかなり危険な状態でした。現在脳系の精密検査を行っていますが……残念ながら後遺症は免れないでしょう』
「だ、そうだ……」
一命は取り留めた。しかし安心することが出来ないその報告に、クラスの空気は凍りついた。
再び電話口に耳を傾けた塚内は少しだけ安堵したような様子で返答をして電話をポケットにしまった。
「それと、『もし後数分、左腕や頭部の止血が遅ければ、最悪の状況になっていました。素晴らしい判断だったと、ブーツの持ち主に伝えてください』と言っていたよ。よくやったね」
内から溢れる涙と声を梅雨はこらえる事が出来なかった。「よかった……よかった」と人目も憚らずただ涙を流す。その隣にいた麗日が泣き腫らす梅雨を何も言わず胸に抱き寄せた。
その光景から男子の多くが目を逸らし、同じく搬送された相澤や13号、出久の容態について塚内に質問を投げかけた。
「3人共命に別状はない。イレイザーヘッドと13号は病院で治療及び検査中、緑谷くんは保健室で十分対応可能らしく彼は保健室だそうだ」
「良かった……」
誰かが言った安堵の言葉も、梅雨の嗚咽にすぐに消えてしまう。
一命を取り留めたといえ、津上は未だ予断を許さない状況だ。直接見ていない者も梅雨や峰田、尾白の様子を見てその状態を察しているのだろう。
「Hey!ボーイズエンドガールズ! 後のことはケーサツに任せてGO HOMEだ、イレイザーの代役でこのオレ、プレゼント・マイクが引率するぜぇ着いて来な!」
緊迫した空気を壊したのは、
「さあ、皆、捜査の邪魔になってしまう、すぐにバスに乗ろう!」
「おう!」「はーい」
いつもの調子で飯田がクラスを牽引する。梅雨も麗日に手を引かれ、とぼとぼとバスへ乗り込んだ。
◇
クラスの皆がバスで移動している頃、重症の出久は保健室でリカバリーガールの治癒を受けていた。
怪我は左手の指2本と右腕。出久がこうして治癒を受けるのは既に4度目だ。
横になり点滴を受けて体力の回復と治癒に専念していた出久はノックと共に開いた扉の方へ目を向ける。
「失礼します。リカバリーガール、緑谷少年の状態は」
「もう治癒は終わってるよ。体力も減ってるから残りは後日になるけどね。今回は事情が事情なだけにお小言も言えないよ」
保険室に入ってきた
個性による治癒と言えど、回復には体力を要し、完全に元に戻る訳でもない。戦闘の度に大怪我をしていたらいずれ大きな影響が出ると釘を刺されていた。
だが出久には自身の体よりも気がかりな事が有った。
「オールマイト、津上くんは……」
「病院に搬送され、治療を受けているよ。一命は取り留めたと聞いている」
「そう、ですか……」
普段の出久であればその詳細を聞いただろうが、疲労と心労で疑問は浮かんで来なかった。代わりに浮かぶのは津上の勇姿。
出久は起き上がってベッドに座り、うつむきがちに言葉を紡ぎ始めた。
「主犯格……死柄木の悪意に染まった目を向けられて僕、動けなかったんです。でも津上くんは死柄木の意図にすぐ気付いて動き出して、黒霧っていう奴のモヤも脳無の妨害も突破して死柄木まであと一歩のところまでたどり着いたんです」
「そうか、凄い子だな津上少年は」
「なのに、僕は……相澤先生の援護を受けて片腕を犠牲にして脳無を少し吹き飛ばしただけで……」
「それで充分さ。私だって相澤くんの援護が無ければもっと苦戦をさせられていただろう。いや、もしかすると負けていたかもしれない。それほど強力な相手だったんだ」
仮に相澤が完全に倒れ、脳無のショック吸収や超再生が無効化出来ていなかった場合、オールマイトはその身を削り戦う事になっていただろう。
そうなっていれば、オールマイトはこうして立っていられず、活動限界は大幅に短くなっていたかもしれない。
「津上少年と緑谷少年を除けば、クラスメイトは皆無事だそうだ。相澤くんと13号も病院で治療中、命に別状はない」
「良かった……」
大息を吐いた出久の体から緊張感が薄れていく、それを見たオールマイトが出久の肩に手を置いて瞳の輝きを一層強めて言った。
「……強くなろう、緑谷少年。津上少年のように、津上少年を守れるように……!それが
「はいっ!」
決意を新たに、出久は立ち上がる。
明後日の朝にもう一度保健室に来るように言われながら、保健室を後にした。
(津上くん、大丈夫なのかな……)
保健室を出た出久が一番最初に考えたのは、自らの目標ともなったクラスメイトの安否だ。
早足で更衣室へ向かいながら、こんな事件の起きた当日にお見舞いに行く事の是非を検討していた出久に女生徒の声がかかる。
「デクくん、もう大丈夫なの?」
「うっうん。今日の分の治療はもう終わったんだ。……ところで、麗日さんはこんなところで一体?」
「えっと……みんな津上くんの事が心配で、病院に行くみたいなんやけど……デクくんにも伝えとこうと思って」
声を掛けてきた女生徒・麗日は両手の指先を合わせながら途切れ途切れに言った。
出久自身、行って咎められたらどう言い訳するかくらいまで思考が進んでいたため、ほぼ二つ返事で津上の搬送された病院へ行くことを決めたのだった。
◇
時は少し進み梅雨を含む多くのクラスメイトは津上が搬送された病院に集まっていた。
治療と検査が終わり、ナースステーションから最も近い部屋へと移されていた津上を窓越しに見つめる。
「絶対安静で面会謝絶。仕方ねえけど、もどかしいな」
「尾白は津上の怪我とか見たんだよな。ぶっちゃけどんな感じ?」
「……酷かったよ、二度と思い出したくないくらいに」
「上鳴あんたさ……デリカシーとか無いの?」
「わっ悪ぃ」
病院に到着してから既に数十分、ほとんど変化のない病室内に若干の退屈を感じるのも仕方のない事だった。
その中で縋るように見つめる梅雨と峰田や尾白は、津上が時折起こす僅かな身じろぎひとつに安堵の息を漏らしていた。
「津上くんの様子はどう?」
そこに遅れて出久と麗日が顔を出した。
「緑谷か。容態は安定しているが目は覚ましていない」
「というかその腕、緑谷くんも大変だろうに」
常闇の言葉に続いて飯田が右腕をギブスで固定している出久を案じた。
笑顔で「平気」と答え病室内を出久が覗く、部屋の中では津上の脇に置かれた心電計が一定のリズムで同じような図を描き続けている。
津上の生存を確認できたからか、出久は少し大きく息を吐いた。
「そろそろ撤収いたしましょう。長居しては他の患者さんや職員の方々に迷惑ですわ」
「ああ。皆も疲労が溜まっているはず。今は身を休めるべきだ」
副委員長と委員長の言葉に多くのクラスメイトが賛同した。梅雨だけは何も言わず、窓の向こうの津上をじっと見つめていた。
その目や顔には涙の跡がくっきりと残されている。
「梅雨ちゃん、今日はもう帰ろう?」
「……私はもう少し見ているわ。お茶子ちゃんは気にせず先に帰ってちょうだい」
「蛙吹さんこそ、お休みになるべきです、見るからに憔悴されていますもの」
梅雨の様子を見れば誰もが休むべきと言うだろう、梅雨も自身の疲れを認識しているが、津上が意識を取り戻すところを見届けるまで動こうとは思えなかった。
それでもクラスメイトは梅雨の身を案じ、帰るように促し続ける。ただ断るだけではダメだと理解した梅雨は胸の内を吐露することを決めた。
「私、津上ちゃんに助けられたの。怖いなんて感じる間もなくて……何にも出来なくて……」
けれど言葉は途切れ途切れにしか出てこず、要領を得なかった。その様子を見かね出久が言葉を添える。
「あす…っゆちゃんだけじゃない。僕も、何も出来なかった。あの時
「勇敢なんてもんじゃなかったぜあれは。 手の
峰田の言葉であの場に居合わせた4人は思い出す。津上が宿した殺意と言うべき覚悟の意志を。
冷たく鋭い覚悟は「邪魔だ、死ね」という短い言葉に集約されていた。
「かっちゃんも死ねとかってよく言うけど、津上くんの言葉はなんだか冷たく感じて、津上くんはきっと本当に
「皆を守ろうと真剣だったんだ」
出久の言葉を静かに力強く遮ったのは尾白だった。あの瞬間の津上だけを見れば、明確な殺意と取るのも仕方がない。だが、尾白は知っている。
「俺、津上と一緒に火災エリアに飛ばされて、そのとき『
「戦闘訓練の時も聞いたわ、怪我をさせてしまうから、人や生き物には使わないって……」
「そんな津上だから、あの時決めたんだと思う。たとえ
「友の為に、命も自分の未来もなげうったのか、彼は……」
飯田が言った言葉にクラスの全員は改めて病室で眠る津上を見る。少し前とは違い全員、真剣な眼差しだった。
「帰ってこいよ」
誰かが口にしたその言葉を皮切りに、思い思いに声を漏らす。そのどれもが津上の帰還を祈るものだった。
そのとき、意識が無いはずの津上の顔がA組の皆が立つ窓の方へ向いた。目も開いておらず、ただの寝返りのようでもあった。
しかし、津上の頬が僅かに上がったように見え、それを見た誰もが“また会える”と、確信を持った。それは梅雨も例外ではない。
「津上ちゃん、また会いましょう。お礼はその時にちゃんと言うから」
「またね」「んじゃ」「学校で待ってるぞ」「待ってます」
別れの言葉を残し、全員がその場を後にした。それぞれの胸に、強くなるという決意を抱いて。
USJ襲撃事件はこれで終了です。お付き合いいただき有難うございます。
津上の活躍によって原作とは僅かに異なる状況になっています
・相澤の怪我は軽くなり、目の下に傷はありますが眼窩底骨は無事で、個性発動への影響はほとんどありません。
・オールマイトは相澤の援護によって無茶をすることなく脳無の撃退に成功。活動限界の短縮は最小限に抑えられました。
・脳無を圧倒出来たため、死柄木と黒霧は脳無を囮に早々に退散。出久の無茶による両足の粉砕は起きず“オールマイト並のパワーとスピードを持った生徒”の存在を敵は認知していません。
以上の3点が物語にどう影響するか、私にも分かりません
次章は雄英体育祭編へと進みます
主人公なのに意識不明重体の津上は体育祭までに復帰出来るのか、免れないであろう後遺症とは