雄英体育祭午前の部が終わり、最終種目がある午後の部まで1時間の昼休憩となった。
着替えの為に先に行った梅雨と別れた津上は、会場外へ通じている通路内で独りとぼとぼ歩く尾白を見掛けて声を掛ける。
「尾白くん、最終種目進出おめでとう!」
「津上! ……それは俺のセリフだ、おめでとう」
勝利の余韻で浮かれていた津上だったが、尾白のどこか後ろ暗いような煮え切らない様子が気になった。
そんな友人に対して気の利いたことを言える人間ではない津上が言葉に迷っていると尾白の方が言葉を続けた。
「騎馬戦、どうだった?」
「どうって言われると……えっと、俺が居たのは梅雨ちゃんとB組の人2人のチームだったんだけど、みんなの個性を活かした作戦を梅雨ちゃんが立ててくれて、それが上手くハマった感じかな」
「なるほど」
「尾白くんの方はどうだった? 最後にスコア見たときはそっちのスコアは0だったから、2位って聞いた時は驚いたよ!」
そう言葉にしながら思い出すのは、誰もが驚いた心操チームの2位通過だ。自チームの事で精一杯だった津上は殊更どうやったのか気になっていた。
しかしそんな偉業を成し遂げた当の本人である尾白は、声をかけた時と変わらず思い詰めた表情を浮かべている。
「覚えてないんだ」
「えっと、どういうこと?」
「騎馬戦の間の記憶、ほとんど残ってないんだ……多分だけど、あの普通科のヤツの個性で」
「心操くんの?」
「あいつと知り合いなのか?」
そう問われて津上は答えに困った。心操と会話したのは覚えてる限りで2回、限りなく他人に近いが、互いの名前は知っている。そんな関係の相手はなんと呼ぶべきだろうか。
「知り合いだと思う……多分。さっきの騎馬戦のチーム決めの時含めても2回しか話せてないから自信はないけど」
少なくとも津上はそう思いたかったが、向こうがどう認識しているかは分からない。そんな気持ちだ。津上がそう伝えると、尾白は驚いたような反応を見せた。
「あいつ、心操と話したときなんとも無かったのか?」
「うん、特には。それで、何が有ったの?」
津上の問いに、尾白は小さく息を吐いてから言葉を紡いでいく。
「それが、騎馬戦のチーム決めの時にいきなり話しかけられたんだ。チームにならないかって。知らない相手だったからその場で断ったんだけど、それきり記憶が無いんだ。次に気が付いたときには競技終了間際で、B組の騎馬とぶつかってた。記憶がない間も動いてたっぽいからそういう個性なんだと思う」
「意識を奪って操る個性か、すごく強力な個性だ」
強力どころか最強と言っても過言ではない。
心操の個性への考察もほどほどに、津上は尾白の身に起きていた現象にこそ注目し、安堵していた。
「でもよかったぁ……チーム決めの時尾白くんに声掛けても反応無かったから、何か気に障る事しちゃったのかと思って結構気になってたんだ」
騎馬戦の前からずっと言葉を交わせていなかった事が津上の心に引っ掛かっていた。尾白を見かけてすぐに話しかけたのはそれが理由だった。
「そうだったのか。ごめん」
「ううん、尾白くんが謝ることじゃないよ! 異変に気付かなかった俺が悪いんだし」
尾白の異変に気が付いて体を揺すったりしていれば同じチームで戦えたのかもしれないと、微かな後悔が顔をもたげる。けれどそれよりも互いが最終種目に進出し、尾白と変わらず友人だと確認出来た事の喜びの方が勝っていた為、暗い気持ちはすぐに消えていった。
そして再び話題は心操の個性へと戻る。
「ぶつかるとか、ある程度の衝撃を受けると解除されるのは間違い無いんだけど、発動条件の方はよく分からないんだ」
「何か手がかりとか無いの?」
「俺の予想は呼びかけに答えることだったんだけど……」
「だとすると俺が操られてないのが変だよね」
「うん、そうなんだ」
津上と尾白は揃って頭を悩ませた。
実は尾白の予想は完全に当たっているが、津上が個性を受けていないと認識しているせいで話は拗れてしまっている。
そしてその誤解は解けることはなかった。
「とにかく対戦相手になったときは警戒するんだ。意識を奪われたら一人だとどうすることも出来ないから」
「うん。尾白くんも気を付けて」
「俺は……」
何かを言いたそうにする尾白、どうしたのかと津上が声を掛けようとしたその時────
『1-A津上、第一救護室に来るように』
「この声、相澤先生?」
スピーカーから響いたのは相澤からの呼び出しだ。呼び出された場所に思い当たる節がある津上だったが、今は尾白の内心を知ることを優先した。
「尾白くん、どうかしたの?」
「いや、なんでもない。先生が呼んでるし、早く行ったほうが良いんじゃないか?」
「う、うん」
尾白が何かをはぐらかしているのは津上にも分かった。本心を知りたいとも思った。しかし、自分の興味の為に尾白が隠そうとしていることを暴くという選択を取る気は起きなかった。
後ろ髪を強く引かれる思いを振り切って津上はその場を後にする。
「じゃあ、また」
「ああ、後で」
◇
尾白と別れてから数分、施設内に設置された第一救護室に津上は到着した。
「失礼します!」
ノックと共に室内に入るとそこに居たのは担任の相澤とリカバリーガール。その2人を見て津上は心当たりが的中したことを悟った。
第一種目の障害のひとつ『ザ・フォール』で女子生徒────跳崎を救おうとした際に受けた左腕へのダメージを見抜かれたのだ。既に痛みは引いているが、だからといって診察を受けなくて良い理由にはならない。
津上はすぐさまキープしたままだった空気や小さな瓦礫を部屋の端の方に静かに放出し、続けて左腕に装着されている手甲を部品の一部を右手で一瞬キープすることでロックを解除した。
「なんで呼ばれたかは分かってるみたいだな」
「はい! 場所が場所だったので」
これが他の場所でかつリカバリーガールが居なければ失格など他の可能性も頭に過ぎっただろう。
リカバリーガールの前の椅子に腰掛け、手甲を外していく。その中から現れたのは乾き黒ずんだ血にまみれた左腕だった。
「ひどい出血じゃないか、なんで黙ってたんだい!!」
「うわっ、こんな血が出てたんですね。知りませんでした」
「いや、お前は気付け」
すぐさまリカバリーガールが消毒液の染み込んだガーゼで乾いた血を拭き取っていく。
血が拭き取られていくと共に褐色にくすんだ大きな傷跡が露わになっていく、その傷痕は言うまでもなく半月ほど前の
その傷跡が広がるでも薄くなるでもなく、朝に見たままの状態で左腕に刻まれていた。
「やっぱり治りが早いね、傷が塞がってて何処から出血したのか分からないよ」
確認の為に手を動かすが、状態は特に変化なし、相変わらず人差し指と中指がほとんど動かないところまで朝の状態から一切の変化は無かった。
「治りが早いのって俺の個性の効果なんでしょうか?」
「まあ、
津上のあまりにも早い治りを不思議に思ったリカバリーガールはこれまで幾つかの検査を行ったが、現在に至るまで原因を突き止められていない。
原因が突き止められないという事態こそが、この現象が個性によって引き起こされている何よりの証拠であり、現状最も有力な仮説は、津上の
治りが早いならそれに越したことはないと、リカバリーガールの話は区切られる。原因究明の途中で藪をつついて蛇を出す可能性がゼロでない以上、津上の傷に対して出来ることは無い。
「終わりだよ。さっさと
「はいっ」
検査と消毒を終えて津上は、手甲に手を伸ばす。内側にべっとりと着いていた血の汚れは診察の間に相澤が落としてくれていた。
「ありがとうございます!」
一際大きい声で感謝を伝えた津上は手甲を左腕に装着していく。
この手甲はコスチュームの一部でありサポートアイテムだ。傷跡の保護をすると共に、意識していても
これが無くては津上は右手でキープしたものが左腕の傷から全部漏れ出し、最早キープという個性ではなくなってしまうのだ。
「ほら、ハリボーをお食べ」
「ありがとうございます」
「先に言っておくけど、治りが早いからって午後の部でバカなことはするんじゃないよ。イレイザー、ちゃんと視ておきな」
「ええ、解ってます」
釘を差すように見つめる相澤とリカバリーガールに対して深々と頭を下げながら返事をして津上は部屋を後にする。
入学以来繰り返し指摘されてきた過ぎた自己犠牲の無意味さや、自分が危険に晒されることで周囲の人間が抱く心配の重さは、津上の中に確りと刻まれている。
「津上、忘れ物だ」
無理をしない範囲で頑張ろうと決意を固めてドアに手をかけた津上は相澤の言葉に振り返る。相澤が指差す部屋の片隅には治療の前に放出した瓦礫が散乱している。
「すっすいません!」
大慌て部屋に戻ってそれらをキープし、ペコペコと謝りながら津上は部屋を後にした。
「……これ何ゴミだろ」
手のひらサイズの瓦礫を見つめて津上はそう思った。
余談だが、津上が握っている瓦礫は雄英高校にセメントスが居るため再利用可能資源とされている。
◇
診察を終えた津上は人でごった返す食堂でなんとか昼食を購入し、現在はそれを食べる場所を探している最中である。
おにぎり2つにカップに入った味噌汁と摘まめるおかず、津上が普段からよく利用しているセットメニューだ。どんな場所でも素早く片手で食べられる利便性が特に気に入っている。
「ここも人でいっぱいか」
津上が普段の学校生活で利用する場所は軒並み一般客に占拠されており、目星を付けていた穴場は雄英生が利用していた為、津上はそういった場所で昼食を摂るのを断念し、クラスに割り当てられた観覧席で昼食を取る事にした。
「ごめんなさい……僕……」
地図を思い起こしながら関係者用通路を歩いていた津上の耳に、涙ぐんだ男子の声が届いた。
曲がり角の向こうから聞こえたその声に津上は聞き覚えが有る。
「緑谷少年、何を謝る! 第一種目も第二種目もその中心に居たのは間違いなく君だった!」
そこに居たのはクラスメイトの緑谷出久とオールマイトだ。どうも込み入っている2人の様子に津上は別の道を通ろうと思いその場で引き返した。
「でも、僕、オールマイトから……「ストップだ緑谷少年」
そして二、三歩歩いたところで大きな影に回り込まれる。
「誰かと思ったら津上少年か! 最終種目進出おめでとう! 見てたよ、すごい活躍だった」
「ありがとうございます!」
サムズアップしているオールマイトの称賛に津上は舞い上がってしまった。ずっとテレビの向こうで憧れていた存在に直接褒められれば誰だってそうなってしまうだろう。
けれど、さっきまでのやり取りを思い出して我に帰る。不用意に近付いたことで2人の会話を邪魔をしてしまったと思い至った。
「お話の邪魔をしてすみません。盗み聞きするつもりは無かったんですが、通りがかりで聞こえてしまって……」
「津上少年はなにも悪くないさ。気を使わせたね、ありがとう」
穏やかな笑顔でそう言ったオールマイトは、津上から見て何だがとても人間らしく感じた。
「昼食を食べるので僕はこれで!」
「おお、すまない。邪魔してしまったのはこちらの方だったね」
「いえ!」
そう言ってオールマイトと分かれる最中、少し離れたところで涙を拭っている緑谷が目に入り、津上は邪魔してごめんと謝罪を伝えた。
ぐっと涙を拭いた緑谷は滲む声で「気にしないで」と言った。悔しさに滲む涙を拭って胸を張るその姿は津上の目に輝いて映った。
(俺も負けたら、緑谷くんのように涙を流すほど悔しいと感じられるのかな……)
2人と別れて通路を歩く津上はふとそんな事を思う。
津上には緑谷が抱いている体育祭への思い入れがどれほどか見当もつかないが、少なくとも、津上自身は敗退しても緑谷のように涙を流したりはしないだろうと考えている。
だからこそ、負けた悔しさに涙を流せるだけの物を積み重ねてきた緑谷に後ろめたさに近い憧れを抱いた。
そのままふと、津上は自分の左手を眺める。
怪我をしてからリハビリや治療はしっかり行ってきたと自信を持って言える。傷のせいで個性がまともに使えなくなりかけても、相澤の助言を頼りに今も着けている手甲を作ることで解決し。右手だけの生活や、左手に負荷を掛けない接近戦、個性のコントロール等のトレーニングも十分に行ってきた。
しかし振り返ると、出場の許可が降りた段階で津上の胸中には確かな達成感が有った。体育祭に出場することそのものが自身にとってのゴールだったのかもしれないと今更ながら思い至った。
出ることが目標の人間と、出ることが前提の人間、抱く感情に差が出るのは当然だ。そう締めくくった津上は少しだけ重い左手を振り、歩調を少しだけ早めた。
昼休み、つなぎの回でした。
本当はトーナメントの抽選までやりたかったのですが、キリのいいところで5千字超えたので抽選は次回に。