トーナメント一回戦第3試合、津上VS心操の対戦は静かな滑り出しだった。
津上は心操の個性の全容を把握しておらず、心操は津上が自力で洗脳を解除出来る事を知っている。それ故に互いが様子見を行っている状態だ。
『前2試合と違って静かな滑り出しだが、ここからどう出る?』
これまでの2試合は両試合とも勝負は一瞬で決まっている。1試合目は緑谷が
(目線が合っても洗脳される気配はない。この距離でも発動しないなら距離も関係なさそうだ)
他人に対して効果を及ぼす個性の多くは触れるか、見るか、近付くことで発動するのがほとんどだ。尾白の経験やこれまでの様子見から、その3つは除外された。
残る予想は声か特定の言葉を聞くこと。それを特定するために津上は右掌で膝を何度か叩き、衝撃をキープする。万一意識が薄れたらその瞬間に衝撃を解放して意識を取り戻す算段だ。
津上の行動に心操は重心を下げ強い警戒を露わにする。
「意識を奪って操る個性なんだってね。尾白くん……君とチームだった人から教えて貰ったよ!」
津上の呼びかけに対しまず返ってきたのは大きな舌打ちだった。
「だからそっちから話しかけてきたのかよ。随分と余裕だな、ヒーロー科は!」
(声を聞いても意識が薄れる気配はない。特定の言葉がトリガーなのか、もっと他の条件か……でも)
条件の特定にこそ至らなかったが、津上は様子見を切り上げることにした。ゆっくりと距離を詰め続けていたお陰で、心操との距離は既に一息で詰められるほどに狭まっていたからだ。
場外まで多少距離はあるが、溜め込んだ空気と衝撃を一気に放出すれば場外勝ちを狙えるくらいの位置取りだ。
駆け出した津上に対し心操は、喉からくしゃくしゃになった言葉を吐き出した。
「お前たちは良いよな、
「君の個性だって────
反射的に返答すると共に津上の意識は失われ、その足は止まった。
『急・停・止! 津上の先制を心操が個性で止めたァ!』
しかしその直後、津上の右手から衝撃が漏れ津上は意識を取り戻す。
「よかった、衝撃が漏れたお陰で洗脳が解け……って危な!?」
安心するのも束の間、心操が大振りの右フックで殴りかかってきていた。
それに対し、津上は腕の下をくぐって回避し、体勢を立て直す。
「ようやく条件が分かったよ。君の呼びかけに答えた時に洗脳が発動するんだね」
心操の個性の発動条件は完全に尾白の予想通りだった。後で感謝を伝えよう。津上はそう思った。
「え、分かってなかったのかよ」
そんな津上の言葉にぽかんとした表情を浮かべた心操。
心操は騎馬戦のチーム決めの時点で個性が露見した時に津上には条件も弱点も割れていると思っており、ここまでの敵視や警戒はそれを起因としているものだった。
「なんか、あんたと話してると調子狂うな」
「ごめん」
「謝るなよ。ってか、今返答しただろ。危機感ないのか?」
「あ、そっか、返事しちゃダメなんだった!」
「だから!」
やれやれと言った様子の心操は今の今まで纏っていた険がすっかり薄れている。
心操の洗脳は掛かれば強力だが、弱点及び対抗策は実にシンプル、返答さえしなければいい。その弱点が露見していると思っていた心操は
しかしそんな必要はもともとなかったのだと心操は理解した。お人好しか考えなしか、津上に対する評価はそんなところだ。
「仕切り直しだ、個性使うから返答するなよ」
「うん! ……あ」
心操はだんだん馬鹿らしくなってきた。これまで個性が洗脳だと話すと
そんな経験ばかりだった心操にとって津上の自然な反応は、かなりやりにくいものだ。
『二人共、お喋りするだけなら失格にするわよ!』
「すみません!」
しかし今は試合中、ヒーローになるという夢の為にも心操は非情にならなくてはいけないし、津上も相澤や尾白に力を尽くすことを約束している。緩んでいた空気はほどなく緊張を取り戻し、津上と心操はそれぞれ真剣な眼差しを相手に向け直した。
先に動いたのは津上だ。右手で地面を削り石つぶてにした津上はそれを投げつけてけん制を行うと同時に、突撃を開始した。
「厄介だな……!」
個性によるけん制から始まる連携攻撃を回避や防御でなんとか凌ぐ心操、身体能力も格闘技術もヒーロー科である津上の方が数段上だが、左手使用不可のハンデがその差をなんとか凌げる程度にまで埋めている。
「左手、使わないのか?」
「け……!」
怪我をしてるから使えないんだ。と答えそうになった口をなんとか噤んだ津上は大振りの回し蹴りを放つことで心操を後退させ、距離を開けた。
「危ない────
返答しそうになったよ。と、津上は数秒時間を開けた独り言のつもりで口走ったが、洗脳のスイッチは正常に作動し再び意識を奪われる事になった。
「え、マジか……って解ける前に! 反転して全力で真っ直ぐ走れ」
個性の発動を確認した心操が間髪入れずに命令を下す。心操はこれまでの経験で津上が洗脳を解くのに僅かに時間がかかることを理解しており、それまでに勝負を決しようとした。
津上の体はその命令に忠実に従い、反転し場外に向けて駆け出す。
『ああっと、津上場外に向けて全力疾走! なるほど心操の個性は洗脳か、洗脳だろ!』
「そのまま場外に行ってくれ」
そんな心操の願いは叶わず、津上の右手から溜めていた空気が勢いよく溢れ出し、体勢が大きく崩れる。
意識のない津上は一度崩れた体勢を立て直すことも、受け身も取ることもせず、左側からド派手にスッ転んだ。
「いっっっっっって!」
『ギリギリセーフ! 場外まで後一歩のところで津上は転倒に救われた!』
全体重と加速の勢いが、下敷きになった左手に掛かり、その激痛で津上の意識は覚醒する。目覚めてすぐに左手に意識を向けるが、痛みは瞬間的なもので既に引き始めており出血した様子もなかった。
ホッと安堵した津上は目と鼻の先にある境界線に気付き、自分の置かれている危機的状況を正確に理解した。
それと同時に背後から迫ってくる気配を察知、すぐさま体勢を立て直して立ち向かう。
「やるね!」
心操の全体重を載せたタックルを津上は右手ひとつで受け止めた。心操はびくともしない津上に驚いて目を剥き、今のはお前のミスだろ。と頭の中で言った。
そんな事はつゆ知らず、津上はたった今キープしたタックルによる衝撃を放出することで心操を押し返した。
予想だにしない威力の反撃を受けた心操は二・三歩後退しそのまま尻もちをついた。
「今の、お前の個性か?」
「……!」
心操の問いかけに返答しそうになるのをぐっとこらえ、津上は両腕で心操の脚を捕まえる。
そのまま振り回し投げ飛ばせば心操は場外だ。
『津上、ダウンした心操の脚を抱え、ジャイアントスイングの構えに入ったぞ!』
津上の意図を察した心操は暴れて抵抗を試みている。
下半身のバネを利用し津上が回転を始めた瞬間、左手の保持が外れ心操の右足が自由になった。心操はがむしゃらに津上の左手を何度も蹴った。
「ぐぅおりゃあああああ!」
痛みに歯を食いしばりながら津上は心操をなんとか場外へと引きずり出した。
「心操くん場外! 勝者、津上くん!」
『勝者、ヒーロー科津上! フィニッシュはまさかのジャイアントスイングもどき! まさかここでお目にかかるとは思わなかったぜ!』
舌戦に始まり、古き良きプロレスの様相の、いい意味での泥仕合は観客を大いに沸かせたようだ。
津上は歓声に応えるよりも先に、横になってる心操に手を差し伸べた。
「ごめん、俺の力不足で引きずった。怪我は?」
「こんくらいなんとも」
心操は、津上の手を取らず1人で立ち上がる。
「左手、まだ治ってないんだよな?」
「うん。だからこれ着けてるんだ」
「……悪い、最後何回も蹴った」
「慣れっこさ、ヒーロー科だからね」
「そっか……」
俯いた心操の悔しそうな様子は彼がこの体育祭に掛ける思いの強さを感じるのに十分なものだった。
それを見た津上は放っておきたくないと強く感じた。
「俺の個性はキープって言ってさ、衝撃でも空気でもコンクリートでも何でも触れたところを抉り取って溜め込むんだ。で、それを好きな時に放出できる。そんな個性」
「ああ、見てたから知ってる」
「もちろん人の体もキープ出来るんだ、コンクリートみたいに削り取って。だから人に向けて使う時はいつもヒヤヒヤしてる」
それを聞いた心操は僅かに表情を変えた。想像したのだろう、人が抉り取られるその瞬間を。
「俺は心操くんの個性が羨ましい。相手を傷付けることなく沈静化できるその個性が。皆も多分そう思ってる」
「みんな?」
「会場にいる皆だ、聞こえない?」
俯きっぱなしだった心操は津上にさそわれるまま客席へと意識を向ける。
「あの個性、普通科にしておくには惜しいな」「雄英は目がない」「えっ、あの子職場体験で指名出来ないのかよ!」「破られてもすぐさま追撃に移る思い切りの良さこそ評価すべきだとワタシは思いますがネ」
「ね?」
心操はまぶたをヒクつかせ唇を噛む。溢れ出る感情をこらえようとするその表情は津上の目に好ましく映った。
「二人共、ステージの中央に、ちゃんと礼をして終わりよ!」
「すいません、今行きます!」
「はい」
ミッドナイトの指示に従って揃って小走りでステージ中央に行き、互いに向き合う。
『前2戦と比べちゃ地味だが、それでもアツい戦いだった。力を尽くした両名にクラップ・ユア・ハンズ!』
歓声と拍手が響く中、津上と心操は互いの勝利と健闘を讃え深々と礼をした。
退場しようと背を向けた時、心操が津上に声を掛ける。
「俺、ヒーローになるの絶対諦めない。これからもアピールしてヒーロー科に入って、それで両手のお前を絶対に倒してやるからな!」
「うん」
「……俺のためにも、みっともない負け方なんかしないでくれよ」
「うん!」
両者晴れやかな気持ちでフィールドを後にする。トーナメント戦は始まったばかりだ。
◇
津上たちの第3試合が終われば第4試合、A組飯田とB組小大の試合だ。津上としても俄然興味のある対戦なので控室にも寄らず、客席へと急ぐ。
「津上、お疲れ様」
「ありがとう。そうだ、アドバイス助かったよ。尾白くんの予想した通りの条件だった」
「そうだったのか、その割には結構食らってたみたいだけど」
「声を掛けられたらつい答えちゃって、条件が分かっても油断出来ない相手だったよ」
「なるほど、納得」
A組のスペースに着くなり、通路脇に座っていた尾白と会話しながら津上はすぐに空いている席に着いた。
試合の方を見れば既に入場は終わり、試合開始の合図が正に今響くところだった。
舞台の上に立つ飯田は気合に満ちて2割増しでカクカクして見える。対する小大は自然体、しかしその表情は
「頑張れ、二人共!」
『第4試合、レディィィィィ…………START!!』
飯田はその脚のエンジンを一気に点火すると圧倒的速度で小大に迫る。
小大はその進行方向から飛び退くも、飯田のドリフトはそれに容易に追いつく。
『飯田速い! 小大の回避もあえなく失敗。積んでるエンジンの差が如実に出てんな!』
飯田は小大の上着の襟を捕まえると、その勢いのまま場外へ向かって引きずっていく。狙いは明確、場外勝ちだ。
境界線ギリギリで飯田がブレーキを掛け、慣性を利用して小大を場外へ向かって投げる。
飯田の一方的な勝利かと津上は思ったが、そうはならなかった。
飯田が場外に投げたのは
「ナイスだ小大さ……「委員長もっとやれぇ!!」
突如叫んだ峰田の思惑を理解し諌めようと思った津上だったが、当の峰田が応援してるだけだぜ。と言いたげな白々しい表情を浮かべていたので、ため息をついて試合へと視線を戻した。
小大はそのまま腕を伸ばし飯田を場外へと突き飛ばすが、飯田は個性でそれに抵抗。強い推進力で小大を跳ね除けた。
『場外ギリギリの戦いを制した飯田、追撃の手を緩めんな!』
跳ね飛ばされて倒れた小大の足首を飯田が掴む。津上の真横で「キタ!」と歓声を上げて立ち上がろうとした峰田だったが、後ろから伸びた梅雨の舌に引っ叩かれあえなく席に着いた。
津上は梅雨をちらりと見て感謝を伝えた。
飯田はもちろん服の上からではなく足首を直接掴んでおり、さっきのように服を巨大化しての回避を防いでいる。峰田がしたのはそもそもぬか喜びだった。
絶体絶命の状況でもあっても小大は冷静だった。冷静だったが、意地を張っていた。
小大の個性には当然のことだが限界がある。例を上げれば建物なんかの大きすぎる物のサイズは変更することは出来ない等だ。
だから意地を張り、無理をした。雄英風に言えば“
『俺の目の錯覚じゃねえよな? ステージどんどん狭くなってんぞ!! そんなんアリか!?』
スタジアムに
現在飯田が立っている場所は小大より外側、その飯田に向かって境界線がみるみる迫っていた。
異常に気付いた飯田は小大の足首を離しステージ中央側へ移動を開始する。そのすれ違いざま、小大の手が飯田の脚へ伸び、直後、飯田は思いっきり転倒した。
『大事なところで飯田派手にズッコケた! すれ違いざまの一瞬で靴をデカくしたのかやるねぇ!』
小大の個性で巨大化された飯田の靴が宙を舞う。飯田の転倒の原因はそれだ。
脱げた飯田の靴を小大はキャッチし、飯田は飛び起きて距離を取る。より狭くなったフィールド上で両者は再び向かい合った。
『個性の応酬! コレコレ、観客はこういうのが見たかったんだよ! おっと飯田靴を脱ぎ始めた、居るよな本気の時に裸足で走るやつ!』
裸足になった飯田は片足を下げ姿勢を低くする。足に備わったエンジンが低く唸り声を上げていた。
そして、飯田の
目にも留まらぬ速さの飯田は小大の反応を許さず、その勢いのまま腕を引っ掛け場外へと追いやった。
投げ飛ばされながら、小大は舞台に掛けた個性を解除する。フィールドを広げなんとか場外を回避しようとしたのだ。
しかし、舞台の大きさが戻り切る前に小大の体は枠外へと触れた。
『小大さん場外! 飯田くん2回戦進出決定!!』
小大唯、1回戦敗退。飯田に靴を返す小大は相変わらずの無表情だ。
勝負を終えた2人に惜しみない拍手を送る津上、拍手する度に左手に走る痛みは少しも気にならなかった。
低評価でも評価を頂けると嬉しい。お気に入り登録が増えると嬉しい。しおりが増えると嬉しい。そんな気持ちです。
心操くんはこんな事言わない!とか、小大の個性の解釈がおかしい!でも良いので感想頂けるとより嬉しいです。
余談ですが、今話のテーマは「シリアスに逃げるな」です。
当初の構成は、独力で洗脳を解ける津上に警戒した心操が「個性による自傷」の命令を津上に下すという感じでしたが、余りにエグくシリアスに傾くので止めました。尚、その場合相澤先生が黙ってない模様。