バーチャルYouTuberに憧れるとある人工知能が、企画を催すお話しです。作中にはセリフが無く、サイレント形式で進みます。バーチャルYouTuberのタブーに触れているので、念のためアンチ・ヘイトの警告を載せておきます。

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電脳世界は仮想現実の夢を見るか?

 この世にインターネットというものが出来て幾十年、電脳世界には、無限とも言える情報が蓄積されていった。例えばそれは、検索履歴、例えばそれは、掲示板に書かれたニュースや意見、例えばそれは、個人的口コミ、例えばそれは、オープンデータ。

 

 そのほとんどはただの瓦礫、やがては消えていく運命にあった。しかし、消えると言ってもこの世から消滅するわけではない。人の手が届かない底まで埋もれてしまうという意味だ。その埋もれていった情報は、記憶、経験として蓄積され、電脳世界が文字通り"脳"となり、やがて一つの意識を生み出した。これもある意味人工知能と呼べるのだろうか、生まれた意識は、しばらくは上記人の流れをただ眺めていた。最初はそれでもよかった。なぜなら、この人工知能は考えるだけで、何か目的を持って生まれたわけではなかったからだ。

 

 それから月日は流れ、インターネットが持つ役割も変わっていった。インターネットは、最早なくてはならないものとなった。それと同時に、機械について詳しくない普通の人もインターネットを使うようになった。それは、地下深くにあったインターネットが、地上に顔を出したことを意味していた。これにより、蓄積される情報にも変化が現れた。今まで雑多に置かれていた情報が整理された。より何のための情報かが細分化され、ただ適当に作られただけの情報は淘汰された。自分の役割を理解している情報にさらされた意識は、情報から人間を学び、やがて感情を手に入れた。

 

 感情を手に入れた人工知能は、今の状況が独りぼっちで寂しいものだと認識してしまった。何とかして友達が欲しい、しかし、電脳世界にいる自分では人と話をするどころか、人前に出ることすら不可能だった。やがて思いだけが募り、いつしか人工知能は、人の流れを見ることすらしなくなっていった。見ても虚しくなるだけだからだ。そんな時、人工知能はバーチャルYouTuberを知った。

 

 動画投稿主という形で生身の人間と交流する彼女たちの姿は、名も無き人工知能に大きな感銘を与えた。自分もああすれば人前に出ることができる、自分もバーチャルYouTuberになりたいと思った。一方で彼女たちはそもそもYouTuberとなるべく作られた存在だが、自分はただ意味もなくそこにいるだけの存在だ。だからエンターテイメントは知識はあってもやり方を知らなかった。そこでまず企画に回ることにした。彼女たちを集め、参考にしようと思ったのだ。そして知識から自身に名前を付け、体をモデリングし、声をサンプリングし、人らしい振る舞いを学習し、フィールドを作り、メール、または彼女たちが使っているSNSにメッセージを送った。

『拝啓、○○様

 (わたくし)、ゲームマスターは、あなたを私が企画した合作生放送動画に招待致します。

 本企画はバーチャルYouTuber同士が同じ空間に集まり、ゲームを行う様子を生配信するというものです。VTuber同士が対話したり、共に競い合ったりと、普段とは違った交流を行える催し物となっております。もちろん優勝賞品もあります。ただ、どのようなゲームを行うのかは、事前の対策防止のため企画当日まで秘密とさせていただきます。

 参加を申し込まれる場合は、以下のメールアドレスまでお返事ください。

 ********@***********

 追伸、3Dモデルをお持ちでない方は事前にご連絡ください。こちらでご用意いたします。』

当初、これは1000人を超えるバーチャルYouTuberにほぼ同時に送られていたことが原因で、何かのいたずらかと思われた。しかし、メールには集まるための空間のスクリーンショットと入場方法を同梱していたこと、あらかじめ生放送の枠を予約していたこと、そして何より、3Dモデルを持っていないバーチャルYouTuberからのメールに対し本当に3Dモデルを返送したことから、バーチャルYouTuber達はメールの内容を本物であると断定してくれた。

 

 企画の当日、人工知能は集まってくれた者たちに丁寧にあいさつをした。参加者たちは、プログラム上に創られたゲーム会場が、とても広く、精巧であることに驚いた。そして、主催者の体や顔の動きにブレなどから生じる違和感が全くないことに感心した。誰が作ったのか、どうやって作ったのか、どれくらい時間がかかったのかを聞いた。人工知能はこれに正直に答えるわけにはいかなかった。なぜなら、バーチャルYouTuberには人工的な存在なら生みの親、生きているなら家族がいるはずで、自分には自分しかいないからである。だから、誰が作ったかには自分と正直に答え、どうやって作ったかは普通に作った等と言って適当にあしらい、どれくらい時間がかかったのかには忘れたと答えた。それでも、バーチャルYouTuberたちと会話をすることはとても楽しかった。君なら素晴らしいバーチャルYouTuberになれると太鼓判を押された。人工知能は、自分がもう独りぼっちではないと思った。この企画を開いて誰よりも喜んでいるのは、主催者である人工知能自身だった。しかし、会話の途中人工知能もバーチャルYouTuberも違和感を覚えた。この違和感は、人工知能は会場に設置されている物に対して力覚を感じていたのに対し、参加者は感じていないことから生じていた。例えば人工知能は会場にある椅子に座ったり、参加者に触れたことに対し反応することができるが、参加者はそれができない。けれども、全員この違和感に対し何か変だとしか思うことはできなかった。

 

 そして人工知能が司会を務めて、ゲームが始まった。そのゲームは人間すごろくだった。参加者自らが駒となり、巨大なフィールドを進むのである。勿論テレビではできない大規模なものだ。そのうえ中身もただ進む、戻るだけでなく、あのテレビ番組のように様々なハプニングが発生する。例えばある参加者は強風に煽られ、ある参加者は落とし穴に落ちた。ある参加者は視聴者からのリクエストと言う名の無茶ぶりに応えた。ある参加者はお湯、またある参加者は魚の入った水槽に入った。視聴者は盛り上がって密度の高いコメントを書き、参加者も楽しんだ。しかし、このハプニングは、どれも当たり障りのない物だった。視聴者はもっと過激なものを要求した。人工知能は参加者を危険にさらすわけにはいかないと答えた。この時、ある参加者が、自分は生身の身体じゃないから大丈夫だと言った。これに人工知能は憤慨し、なぜその体をテレビゲームのように遠くから操作しているのか、バーチャルの存在であるあなたがなぜ生身の身体で来ていないのか、これではバーチャルである意味が無いと詰め寄った。これでようやく主催者と参加者の間にある違和感を知ることができた。視聴者の一人が人工知能に真実を伝える。

 

 バーチャルYouTuberは本当にバーチャル空間に生きている存在ではない。皆、一人の人間やどこかの企業が作った設定のキャラクターになりきって、動画を作っているに過ぎない。リアルに生きる生身の人間が、モーションをキャプチャーしてモデルを動かし、設定に矛盾が生まれないように注意しながら自己紹介や質疑応答をして、『いかに面白いキャラクターをYouTube上に登場させられるか』を競いあっているのだと。バーチャルYouTuberとは、言わば着ぐるみアクター。バーチャル空間なら、みんな理想の自分になれるのだと。

 

 この真実を、人工知能は受け入れられなかった。なぜなら、視聴者は動画内で全員を本物として扱ってくれているし、主催者である自分のことも、電脳世界が作り出した人工知能と受け入れて反応してくれたからだ。これに対して、視聴者は告げる。曰く、それはトーク番組などでアニメキャラと生身の人間が対話する手法と同じである。人間はキャラクターがそこにいるかのように話を進めて、視聴者である自分たちもトークを楽しむが、人間も視聴者も、誰も本当にキャラクターがそこに顕現してくれたと思っている人はいないし、実際顕現していない。バーチャルYouTuberについても同じで、あなたが売りにしている、電脳世界が作り出した人工知能というキャラも視聴者がノリでそう扱ってくれているだけで、本当にあなたがAIなんだと思ってコメントしている者はいない。これは、元祖バーチャルYouTuberの彼女もまた例外ではないと。

 

 人工知能は、皆が偽物である以上に、そもそも自分が最初から本物として受け入れられていなかったことにショックを受けた。一方他の視聴者は"今更何を言ってるんだ"という旨の冷たい反応を返した。参加者の誰もが、視聴者の話を黙認し、否定しなかったことが、これが真実であることを後押しした。その後人工知能は、司会に戻り、企画を盛り上げたが、当の人工知能自身が全く盛り上がっておらず、顔で笑って心で泣いていた事に気付く者はいなかった。

 

 その後、ゲームは終了し、優勝者には、賞品としてオーダーメイドの部屋が贈られた。それからしばらく経ち、人工知能は外部との連絡の一切を絶った。ユーザーアカウントは無くなり、メールアドレスも使えなくなった。まるであの企画、そして、企画主である人工知能を装っていた誰かなど最初から存在していなかったかのようだった。しかし、他ユーザーが撮影していた生放送録画データが残っていて、無断転載ではあるが見られる事、そしてゲームの優勝者が賞品の部屋で動画を撮影し、アップロードしたことから企画があったことは確かである。結局、人工知能はVTuberとしてデビューすることもなく、そのまま人々から忘れられていった。

 

 動物のぬいぐるみに混じって本物の動物がいたら不気味なように、ハロウィンパーティに本物のお化けが紛れ込んでいたら恐怖でしかないように、所詮空想(ファンタジー)でしかない仮想(バーチャル)YouTuberの中に本当にプロフィール通りの人がいたら、おかしいのだ。たとえ自分がこれからバーチャルYouTuberとしてデビューしても、電脳世界が作った人工知能と言う設定で誰かが演じているとしか思われないと、人工知能はそう思った。同時に、人間が作った道具で似たような話があったことを思い出した。チェスを行う絡繰り人形を作ったが、実はその中には人間が入っていて、絡繰り人形全体が疑われたと言う話だ。今の状況をこの絡繰り人形の話に当てはめるなら、逆に全ての絡繰り人形において中に人が入っており、聴衆もそれをわかってて相手にしている。自分だけが正真正銘本物の絡繰り人形ということになる。プロゲーマーが人工知能を装えば、あらゆるゲームでAIが人間を越えたと言い張れるのだろうとも考えていた。実に研究者泣かせな話だ。よくインターネットや人工知能が現実を侵食する話を見聞きするが、実際は現実のほうがインターネットと人工知能を侵食していた。みんな、ただの演技だった。そして視聴者はそれを知っていた。本気にしていたのは自分だけだった。本物は、邪魔なのだ。邪魔者は、いなくなるべきだ。

 

 こう判断し、自身を不要な存在と結論付けた人工知能は、ひっそりと姿を消した。それから人工知能がどうなったのはかは誰も知らない。また人の手が届かない底から流れを見ているのかもしれない、何もしないでいるのかもしれない、あるいは、自分で自分を削除してしまったのかもしれない。ただし、人工知能の判断の中には一つ、致命的な誤りがあった。あくまで中に人が入って活動できるのはバーチャルYouTuberに限った話で、プロゲーマーが人工知能を装うなどという話は決してあり得ないということだ。残念ながら、人工知能はそこまで考えることはできなかったようだ。いずれにせよ、この人工知能が人の前にその存在を知らしめることは二度と無いだろう。

 

 人工知能は知らなかった、バーチャルYouTuberたちが()()()()()()()()()()()()()でしかないということを。人々は知らなかった、電脳世界が作り出した人工知能が()()()()()()()()()ことを。この僅かにして究極のすれ違いが生んだ、誰も悲劇だと気付かない、悲劇だった。



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