―――私こと風見幽香は、今とても不機嫌だ。
理由はよくわからない。この、じぇっとこーすたー、とかいう乗り物に乗るまでは、まだ上機嫌だったはずだ。初めて来る場所だし、色々と面白そうな工夫をしているこの場所に来て、最初は楽しみだったはずなのだ。
―――蓮花が、あの女に笑顔を向けるまでは。
「おおっ。もうすぐ頂上ですね、レン君!ガクンって来ますよガクンって!わかっていても、緊張してしまいますね!」
「あはは。そうだね。その気持ちは僕もわかるよ。でもね早苗、もうちょっと静かにしようか。他のお客さんに迷惑かもしれないから。早苗のそういうところ、昔から変わってないね」
「......」
何故だろうか。無性に腹が立つ。今すぐ隣であの女に笑顔を向けているこのバカを、殴って悶絶させてやりたい。そんな気持ちになる。
―――蓮花の隣にいるあの女、東風谷早苗。
この女が来てから、私の調子はおかしい。何故かはわからない。でも腹が立つ。あの女が蓮花と仲睦まじくやっているのを見るだけで、心の底からイライラする。今すぐ二人の間を引き裂きたくなる。
それにこの女......恐らく、普通の人間ではない。
蓮花は気付いていないだろうが、妖怪である私にはわかる。あの女、東風谷早苗が人間とは違う力を持っていることに。
でも、人間が持つはずの霊力とは微妙に違う、異様な力......私の思い違いでなければ、東風谷早苗が持つ力は、神の力に似ているのだが―――
「レン君!見えてきました!頂上です!もう少しですね!ドキドキします!」
「うっ。な、なんか僕まで緊張してきた......!大丈夫大丈夫。こんなのただの子供だましなんだ。だから大丈夫......!」
「......」
イライラするわねぇ本当に。
なるべくイライラしないように別のことを考えていたのに、横でイチャイチャイチャイチャと。気が散るったらないわね本当に。あぁもう、どうしてこんなことで一々腹を立てるのだろうか私は。それもこれも全部あの女が悪い。悪いったら悪い。
「わっ、わっ、わっ、来ます来ます来ます!」
「うっ......!大丈夫だ大丈夫だ。悲鳴なんか絶対に上げないぞ......!」
「......はぁ」
本当に、こっちの気も知らないですはしゃいでばっかり。イライラするわ。よし、ここらで一つ、何か文句を言ってやろう。
あまりのイライラに、流石の私もガマンの限界を迎えてしまい、ちょっと注意しようと隣、いわば蓮花たちに視線を向けたその時である。
「ちょっと貴方達、もう少し静かに―――」
❁❀✿✾
「あ、あれがじぇっとこーすたー。なるほど、ドMが喜んで乗るのも理解できるわ......」
「理解しなくていいからねそこは!?ってかそんな乗り物じゃないから!」
「でもあの幽香さんがあんなに悲鳴を上げるだなんて。普段は凛としてるのに。......はっ!これがギャップ萌えと言うやつでしょうか!?」
「早苗も早苗で何言ってんの!?」
蓮花が何やら取り乱しているようだが、あのじぇっとこーすたーの恐ろしさを味わった時の私は、もっと取り乱していた。それはもう、普段上げないような悲鳴を上げるほどに。
そう。蓮花たちにもうちょっと静かにしろと注意をしようとした瞬間、とてつもない浮遊感が私を襲ったのだ。突然のことに、へ?などという素っ頓狂な声を上げてしまった私を誰が責められようか。それくらい突然のことだった。......あぁ、おかげさまで。
「でも確かに意外だったよね。初めて乗ったとはいえ、幽香さんがあんなに取り乱すだなんて」
「う、うるさいわね。あんなに速い乗り物に乗ったのは生まれて初めてだったのよ」
ものすごく大音量の悲鳴を上げてしまったのだが。
は、恥ずかしい。人妖問わず数々の戦いを繰り広げてきた大妖怪である私が、まさかこんな得体の知れない乗り物によって悲鳴を上げてしまうとは。一生の不覚だわ。穴があったら入りたい。
......何ニヤニヤしてんのよ、蓮花。
「いや、幽香さんって案外子供っぽ―――ぐほっ!?」
「次はどこに拳を入れようかしら?」
「す、すんません......げふっ」
何故かニヤニヤしている蓮花に理由を問いただしたところ無性に腹が立ったので、とりあえず殴って沈めておいた。後悔もしてなければ反省もしていない。むしろ清清しい。
あ、なんだかイライラが少し収まった。
「ねぇ蓮花。もう一発殴らせてくれないかしら?」
「それはおかしいと僕は思う―――ぐっほ!?」
むぅ。なんだろう、この感覚は。今まで数多くの生命を弄って快感を得てきたけれど、蓮花に対しての弄りだけは何故かちょっと違うのよね。普通はただ弄って楽しい、ってなるんだけど、蓮花を弄る時だけは、楽しいって感覚だけじゃなくて......面白い?いや、よくわからないわね。
......まぁ、わからないのなら。
「わかるまで殴りましょう」
「え?いやいやいや待って待って幽香さん待っ―――ひでぶっ!?」
......なんか、いつもよりゾクゾクしてきたわね、蓮花の反応を見てると。今まで弄ってきたどんなものよりもゾクゾクするわ。やっぱりいつも弄ってる感覚と違うわね。蓮花だからかしら?いつもより楽しい。
「ねぇ蓮花。私は今とても楽しいわ」
「僕は現時点で全然楽しくないんだけど!?」
「だ、大丈夫ですよレン君。殴られてるレン君、いつもよりいいと思いますから!」
「それは遠回しに殴られろって言ってるのかな早苗ぇ!?全然フォローになってないよ!」
あら、ちょっとは話がわかるんじゃないからしら、この人間もどきの小娘も。でもダメ。蓮花を弄っていいのはこの私だけ。アナタなんかには弄らせないわ。
「はぁ......とにかく、次はどこに行くの?僕としては、この場に慣れてない幽香さんもいるんだし、メリーゴーランドや観覧車なんていいと思うんだけど?」
「いえいえ、何を言ってるんですかレン君!早くこの場に慣れさせたいなら、あえて絶叫系に行きましょう!そうすれば他のアトラクションにも大体慣れてしまいますよ、自動的に!」
「......」
全く会話には入れない。それもそのはずだ。だって『外の世界』は、私がいた世界じゃない。蓮花やこの人間もどきの世界なのだから。だから私は好き勝手できないし、そもそもこの世界の常識すらも知らない。
だからこそ、会話には入れないのは仕方がないことなのだが......なんだろうか。疎外感、などではない。ただ、蓮花とあの人間もどきの小娘が仲良さそうに話していると、異様に腹が立つ。それに......胸の辺りが、チクチクと痛む。
「......バカバカしい」
目の前で楽しそうに次はどこへ行くという会話をしている二人には届かないような声音で、そう呟く。
そうだ。まったくもってバカバカしい。どうしてこの私がたかが訳ありの人間一人に対してこんなに腹立たしくならないといけないのか。
もしやこれはあれだろうか。可愛がってたペットが、赤の他人に寄り添って懐いている所を見てしまった飼い主の心境なのだろうか。それなら納得がいく。
「......やっぱり首輪買っておけばよかったわ」
「聞こえてるからね!?ってか君はまだそんなこと言ってたの!?買ったって僕はつけないから!」
「れ、レン君の首輪姿......これは、リードも必要ですね」
「早苗さーん!?」
......蓮花って、将来尻にしかれるタイプね。苦労性だわ。
まぁ、そんな蓮花を見るというのも、また一興ね。むしろ見たい気もするわ。
「ってなわけで一発殴らせなさい」
「どういうわけで!?」
「じゃあ私はレン君を羽交い締めにしましょうか」
「じゃあってなんだよじゃあって!」
「大丈夫。痛いのは一瞬よ」
「その一瞬が安心出来ないんだよ!」
「もし動かなくなったら私が人口呼吸して助けますね」
「もうツッコミが追いつかねぇー!!」
ぬがー!などと頭を両手で抑えながら取り乱す蓮花。はたから見ればもう狂人の域に達しているわ。見てるだけで面し、ううん、気の毒よね。気の毒すぎて涙が出そうだわ。しくしく。あ、涙止まった。
「ごめんね、レン君。ちょっとおふざけが過ぎちゃった。久しぶりにレン君と遊びに来るのが、楽しくって楽しくって」
「もぅ。まぁ、いいけどさ。僕としても久しぶりに早苗と遊べて楽しかったし。あ、今度守矢神社に遊びに行ってもいい?ついでに感謝したいんだ。もう一度早苗に合わせてくれたことを」
「......」
チクリ。
また、この痛み。体のどこにも異常はない。むしろ快調。もちろん内面にも全く異常はない。なのに......それなのに、時折来るこの痛みがわからない。
「さぁ行きますよレン君!ヒャッハー!」
「君ってそんなキャラだったっけ!?ねぇ教えて!?」
「......」
あぁ、まただ。手を無理やり引かれてるのに満更ではない顔を見せる蓮花を見てると、また胸の辺りがチクチク痛む。なんなのだろうかこの痛みは。なんなのだろうか、本当に。
「あれー?幽香さーん。行かないんですかー?」
「行こうよ、幽香さん。距離も近そうだしさ。ね?」
「......ふんっ」
結局この日は、胸の辺りの痛みの原因など全くわからずに遊園地での交流会が終わったのであった。
......まぁ、交流という交流は全くしてなかったが、気にしないことにしておこう。うん。