最近幽香さんの様子がおかしい。
妙にイラついていたり、ふとした拍子に無言になったりと。いつも余裕の態度を崩さず堂々としている幽香さんからは考えられないほどの様子のおかしさだ。
ーーーしかも幽香さんの様子がおかしくなり始めたのは、早苗が帰ってきてから。
もしかして幽香さんの様子がおかしいのは、早苗に関係しているのだろうか。だとしたら何故?早苗の態度は全て、幽香さんと仲良くするためのものだったはずだ。交流会の提案にしても、遊園地の乗り物に誘う時にしても。......最初のちょっとした言い合いは、まあ、あれだよ。夢だったんだよ。
「......おはよう、幽香さん」
「あらおはよう、蓮花。今日は休日だと言うのに起きるのがいつもより早いのね。......あの女のところに、お出かけ?」
そんなことを思いながらリビングに出ると、そこには予想通り、起床の早い幽香さんが、笑顔で僕の花達に水をやっていた。ありがたい限りである。......でも、僕の思い違いなんかじゃなければ。
ーーーその笑顔はどこか、悲しげな物なのだ。
「......うん。今日こそ、幽香さんと一緒に向かった神社に行って、お礼を言わないとって思ってね。あそこが早苗の今の家なんだし、あながち早苗の家にお出かけって言っても過言ではないかな」
そう、とだけ呟いて、幽香さんは再度花達の世話をし始めた。
......幽香さんの様子が何でおかしいのか、なんて僕にはわからない。その悲しげな笑顔の理由も。わかるはずがないんだ。だって彼女は人じゃない。人より幾倍もの力があり、長い年月を生きる、人とは何もかも違う妖怪。
それに比べて僕は?そう、ただの人間。花と話すこともできなければ、妖怪の幽香さんの助けになってやれることもできない、使えもしない妙な力を持っているだけのただの人間。
「......幽香さんは来ないの?」
「いえ、私は遠慮しとくわ。今回は乗り気じゃないの」
「そっか。わかったよ。留守番よろしくね?もし泥棒が入ってきても、ほどほどにね?」
わかってるわよ、と微笑んで幽香さんはこちらに行ってらっしゃいと手を振ってきた。
それにこちらも手を振って返し、靴を履いて玄関を出る。扉を開ける際、行ってきます、と言うのも忘れない。
いつもの会話。いつもと何も変わらないはずの会話。何ら変わりない日常だったはずだ。はたから見れば。
でも当事者からすれば、何かが違うんだ。決定的な何かが。でも何が違うのか、それを僕はわからない。幽香さんの様子の理由もわからない。それら全て、当事者の幽香さんなら、わかっているのだろう。
......何も言ってくれない幽香さんに対して僕は、妙なイラつきを感じてしまった。
❁❀✿✾
「......ってな感じだったんだけど、早苗はどう思う?女子視点から話を聞いてみたいんだ」
「ううむ。風見さんの様子が変わってしまった理由、ですか......」
所変わって場所は早苗の家である守矢神社の居間。相変わらずこよ神社はでかく、挙句にこの神社を早苗一人で手入れしていると聞いたので、僕としては心配だった。
しかし早苗が、『我が家は三人いるので全然寂しくなかったです!』などと元気いっぱいで言ってきたため、大丈夫だろうと思った。明らかに一人暮らしをしているのに、三人いるなどと言ってる時点で頭の方は大丈夫じゃないような気がするが、彼女ならまあ、大丈夫だろう。うん。早苗はちょっと、人とどこか違うというか、そんな感じがするから。うまく言い表せないけど。
さてさてそんな早苗はといえば、未だにううんと頭を唸らせ、ついに観念したかのような顔をすると、僕にすいませんと告げてきた。
「う、うーん。力になれず、ホントにすいませんレン君。私ではよくわからないですねぇ。風見さんと直接会って話しましょうか?」
「い、いや、わからないのはしょうがないけど、僕の家に来るって、流石にそれはいいよ!早苗の家と僕の家は遠いしさ、バス代もかかるだろうし。そこまで迷惑かけるつもりはないよ!」
早苗が僕の家に来る、という提案を、即時却下する僕。ただでさえこんなに広い神社だから、早苗は神社の仕事ーー内容は早苗からは聞いたことないがーーが忙しいだろうし、お金も使わせたくない。特に、幽香さんの様子のおかしさが早苗に関係しているとしたら、今二人を会わせるのは逆効果な気がするのだ。だからこそ、早苗には悪いが、今は彼女を幽香さんに会わせることはできない。
「......やっぱり幽香さん、レン君のことを?」
「ん?早苗?」
「あ!なんでもないです!女子視点から話を聞いてみたいんなら、レン君を女装させてみるのはどうかなと思いまして!」
「ファッ!?」
え?なんでなんで?なんで僕が女装することになったの?おかしいよそれ。
早苗の突然の発言に混乱を隠せない僕。そんな僕をよそに早苗は、ちょっとまっててください、と言ってバタバタと客間から退出していった。
しばらくしてから、ドタバタという音と共に、客間に入ってきた早苗の右手にあった物は......。
「さ、なえ?それは一体、なんのつもりかな......?」
ーーー早苗が中学時代に来ていたであろう、女子用の制服である。
「大丈夫ですよレン君。そんなに後ずさらないでください」
「じゃあ今すぐその右手に持ってる学生服を元あった場所に戻してくれないかなぁ!?」
身の毛もよだつ寒気に襲われた僕は、瞬時に回避行動を取り、客間から出ようと......いや、早苗から逃げようとする。大丈夫だ。客間から出るためのふすまは二つある。早苗が入ってきたふすまと、僕の横にあるふすま。この間には距離がある。僕の横にあるふすま、いや、出口は、僕の方が早苗より断然近い。いける。
しかし流石学力優秀運動神経抜群の早苗。逃げようとした僕のことなどお見通し。そうして進路方向に立ち塞がった早苗に、瞬く間に足を刈られ、コケさせられる僕。
あれぇ?早苗って、こんな幼なじみだったけなぁ......って考えてる場合か。
「痛く、しませんから......!」
「だったら、この手を、離してくれないかなぁ......!」
女子に組み伏せられる情けない男。それが今の僕の姿である。だがその右手だけは近寄らせないぞ。絶対にだ。誰が女装なんざするものか。
「絶対にレン君なら似合いますからぁ......!」
「そういう問題じゃ、ないんだけども......!」
「携帯に撮って永久保存してトプ画にしますからぁ!!」
「もっとダメに決まってるでしょうが!?」
その細い腕のどこにそんな力があるんだ、というほどの怪力に少しずつ押され、徐々に迫ってくる早苗の右手。もとい、女子用の制服。だが、僕は負けない。負けてたまるか。相手は女の子だから、というのもあるが、男として、女子物の服を着るなどということを許すわけにはいかないんだ。
ーーー命に代えてでも、僕は男としての尊厳を守りきってみせる!!
「はーいレン君!こっち向いて!もっと笑顔!!」
「......ぐすっ」
結果として僕は、男としての尊厳を守りきることはできなかった。ほんとうに、あの細い腕のどこにそんな力があるんだろうか。鍛えてるのだろうか。あぁ、どうしよう。自殺を考えたいくらいの恥ずかしさだ。どうして早苗は興奮してるんだ。僕の見ない間に、変わりすぎだろう幼なじみよ。
ーーー結局この日は、幽香さんの様子のおかしさに対する情報は何も得られず、逆に僕の中にある大切な何かを失うこととなってしまったのである。