『......うん。今日こそ、幽香さんと一緒に向かった神社に行って、お礼を言わないとって思ってね。あそこが早苗の今の家なんだし、あながち早苗の家にお出かけって言っても過言ではないかな』
「......はぁ。どうしてあの時、引き止めなかったのかしら」
蓮花が出て行ってから数十分が経った後、そう後悔して私は、リビングにある机の上に突っ伏した。
全く持って、理解ができない。なぜあの時止めなかったのか。力ずくでも。いつもそうしてきたはずだ。欲しいものは力ずくで手に入れてきた。気に入らないものは力ずくで潰してきた。昔も今も、それは変わらない。そうやって生きてきたのだから。
「......」
じゃあなぜあの時......蓮花があの女の所へ出かけようとした時、力ずくで止めなかった?体中を縛りつけて動けないようにしたり、力で無理やりねじ伏せて行かせないようにしたりと、方法はいくらでもあったはずだ。
『ゆーか。げんき、だして?』
『そーだよ。ゆーかげんきないと、わたしたちも、げんきでない』
『ね?ゆーか。れんかいなくても、わたしたちいるよ』
「......あなたたち」
あぁほんと、花は良いわ。時には美しく咲き、時には凛々しく咲き、そしていつかは枯れて散ってゆく。刹那の時しか生きることのできない花だってあれば、刹那の時にしか咲かない花もある。花達は一つ一つに、咲く意味がある。理由がある。こうやって気分の沈んでいる時に癒してくれるのも、その理由の一つ。
......私だけが、知っている。いや、もしかしたら、蓮花も知っているのかもしれない。花達は、誰かに見てもらいたくて、誰かに自分の存在を、生きる意味を見出してほしくて、咲いて輝こうとする。死ぬまで、ずっと。散りゆくまで、ずっと。その姿勢がとても健気で、それでいて儚げで。だから私は、好き。
尊く生き、儚く散る。そんな花達が。
「......人も、花と同じ、なのかしらね」
少なくとも、妖怪である私から見れば、そう思う。思ってしまう。
私達妖怪の寿命と、蓮花達人間の寿命は違いすぎる。それこそ、人間にとっての一生は、妖怪にとっては刹那の時。尊く生き、儚く散る。それは人間も同じなのではないのだろうか。ふと、そう考えてしまう。
つい最近までは、人間なんてただの生き物、私達とは何もかも違う、興味すらわかない存在だったはずなのに。
『ゆーか、またれんかのこと?』
『ゆーか、さいきんれんかのことでなやんでる』
「......まぁ、あながち間違いではないけれど、今は考えないことにしてるから。さ、あなたたち。そろそろお昼寝しましょ?」
はーい!ととても愛らしい返事に微笑みを零す。ほんと、花は良いわ。嫌な気持ちにならない。
......ふと、私の畑に咲き誇っている家族、向日葵たちのことが気になったが、あのスキマ妖怪に任せてあるから大丈夫だろう。何かしでかしてたら、ただでは済まさないけど。
......今頃蓮花、何してるのかしら。
❁❀✿✾
ーーー夕方、蓮花が帰ってきた。とても暗い顔で。
花達の世話を終え、てれびという人間の道具を見ていた私を待っていたのは、いつも笑顔でただいまという蓮花ではなく、物凄く暗い顔でただいまと言う蓮花の姿であった。これには流石の私も困惑した。
「......どうしたの、蓮花。元気がないわよ?」
「なんでも、ないよ幽香さん。すぐにご飯の準備するね」
「あ、ちょっ」
私の呼びかけも虚しく、蓮花はそのまま台所まで夕食の準備をしに向かっていってしまった。
なぜ蓮花があんなに落ち込んでいるのか、そんなものはわからない。だが、なんでもない、などと簡単にバレるような嘘をついてまで私にも言えないということは、それ相応のことがあったのだろう。それだけは予想できる。それだけはわかる。
ーーーどうして、何も言ってくれないのだろうか。
......誰しも、言えないことの一つや二つはある。それは当たり前だ。私だって蓮花には絶対に言えないようなことは多々ある。それと同じように、蓮花にも言いたくないことだってあるのだろう。
頭ではわかってても、納得がいかない。
どうして何も言ってくれないのだろうか。どうして何も相談してくれないのだろうか。納得がいかない。イライラする。そんな感情が、私の中で渦巻く。
どうして、こうなったのかしら。どうして?どうしてどうして?
そんな中、ただ、これだけはわかる。......普段から明るい蓮花が、あんなになってしまった、その『原因』だけはわかる!
「東風谷、早苗......!」
あぁ、そうだ。あの女だ。蓮花は、あの女の所に行ってきたはずだ。そこから帰ってきた蓮花があんなになっているということは、あの女の場所で何かあったのは一目瞭然。
あぁ、あぁ。またか。またあの女なのか。あの女さえいなければ、蓮花が幼少時代に傷付くこともなかった。あの女さえいなければ、蓮花があんなに苦労することはなかった。あの女さえいなければ、今日蓮花がこの家から出ることも、あんなに暗い顔で帰ってくることもなかったかもしれないのに......!!
アノオンナサエ、イナケレバ!!
カエセ!!アカルカッタレンカヲカエセ!!タイヨウノヨウナエガオヲカエセ!!
「......アノオンナサエ、イナケレバ」
欲しいものは力ずくで手に入れてきた。気に入らないものは力ずくで潰してきた。昔も今も、それは変わらない。そう思ったのは他でもない私自身。
ーーーナラコタエハ、キマッテイルデショ?
❁❀✿✾
「幽香さーん!ご飯できたよー!!」
一秒、二病、三秒、四秒......数十秒経っても返事が帰ってこない同居者に、不審がる蓮花。
「......幽香さん?」
キッチンから離れ、幽香の部屋に向かう。が、そこに幽香の姿はなかった。ほかの部屋すべてを探すが、幽香の姿は見えない。一応トイレも見たが、誰も入っていない。
「もしかして......散歩、とか?」
ポツリと、そうつぶやく。
そう、そうだよ。幽香さんはただの散歩に出かけたんだ。そう自分に言い聞かせ、帰ってくるのを待とうかと思い、リビングへと向かった蓮花。テレビをつけようかと思い、リモコンを探すために部屋を見渡す......すると。
「ん?......え?これ、早苗の、だよね?あれ?確かこんなの、この部屋にはなかったような......」
どうして今になって気付いたんだろう、と首を傾げながら蓮花が拾ったソレは、『守矢!』とデカく中心に刺繍されてある早苗の所有物であろうお守り。
......このお守り、って、なんのお守りかわからないけど、早苗にとっては大切なものだよね?
そう考えた蓮花は、まだ帰ってきてない同居者のことを気にかけたが、この際仕方無いと書き置きを用意してお守りを幼なじみに届けに行こうと、自分の部屋へ用意をしに向かう。
(書き置きも残してるし、大丈夫、だよね......?)
夜は冷え込むため、防寒着を着用し、財布をポケットに入れ用意を済ました蓮花は、よしっ、と言って玄関の扉を開く。......ふと、幽香のことが気になった蓮花は、後ろを振り向く。大丈夫だ。書き置きもあるし、花達も僕が出ていくのを、理由を知っているはず、と。そうやって自分に言い聞かせ、前を向きなおす。
ーーー心の奥底に、言いようのしれない不安をかかえながら、蓮花は行ってきますと呟き玄関の扉を静かに閉めた。