「ごめんなさい、東風谷さん。あなたを、傷付けてしまって……本当に、ごめんなさい」
「あはは、いいんですよ幽香さん。結局怪我もなかったんだし、それが一番ですから!だから、顔をあげてください」
後日、僕たちは改めて早苗の家に来た。理由はまあお察しの通り、幽香さんが早苗に謝りたいから、というものだ。結局昨日は、疲れて謝るどころの話じゃなかったしね。その証拠に僕たち二人は帰ってからすぐに寝た。治ったとは言え僕なんて、足の骨折れてたしね。
「僕からもごめんね、早苗。幽香さんの調子がおかしいことは、薄々気付いていたのに、止められなかった」
「ですからいいですってば!私はこうして無事なんですし、お二人が謝ることはないですよ!」
やはり早苗は優しい。僕の予想通り、怒ることもなければ、許さないなんてこともなかった。むしろ自分が無事だったからと、僕たちを気遣ってくれている。こんなにできた幼なじみ、他にいるであろうか?いたとしても少ないはずだ。僕ら幸せものである。
そんなできた幼なじみ早苗は、顔を上げた幽香さんに、手を差し延べた。……なるほど。早苗も、粋なことをしてくれるね。流石はできた幼なじみ。手を差し延べる、それはつまり。
「ほら幽香さん!仲直りしましょう!これからは幽香さんも、私のことは東風谷さんじゃなく、名前で早苗って呼んで下さいね!」
「……さ、早苗?こ、これでいいのかしら?」
グッジョブです!と親指を立てて満面の笑みを浮かべる早苗に、幽香さんもどうやら毒気を抜かれたらしく、ようやくいつもの態度に戻って、笑いながらよろしくね、と握手をした。
……友達、か。
思えば幽香さんは、こっちにきてから友達という存在を作ったことはなかった。友達と言えるかどうかはわからないが、僕という存在だけはいたが、それだけだった。
つまり、これが幽香さんにとっての、こっちの世界に来てからの初めての友達になる、というわけだ。昨日の敵は今日の友、とはよく言ったものだね。
「さて、幽香さん。仲直りも無事に済み、私達も晴れて友達になりました!というわけで、どこか遊びに行きませんか?今日も休日ですし!」
「あら、それはいいわね。気分転換に持って来いだわ。じゃあ、蓮花もーー「いえ、レン君は今回外れてもらいますよ」ーー……なるほどね。わかったわ」
え?え?何がなるほどなの?何がわかったの?僕には何もわかんないから、外された事実しかわかんないから。いじめだ、これは。僕抜きで君たち二人は遊ぶだなんて。僕はその間何をすればいいのさ。花達を愛でるくらいしかやることないよ?
「いいじゃない、それで。ご飯作って待っててね、蓮花」
「あはは。大丈夫ですよ、レン君。そんなに落ち込まないでください」
いいよいいよ、とイジイジしてしまう僕は、女々しいのかもしれない。まあ、仕方ないか。幽香さんも早苗も乙女。たまには年頃の女の子同士、遊んでみたいこともあるのだろう。ガールズトークとかにはいささか興味はあるが、まあ、それこそ仕方ないと割り切ろう。……幽香さんが何歳かは、予想もつかないが、そこはほら、見た目上ってことで。
「蓮花。帰ったあとが楽しみね?」
「誠に申し訳ございませんでした」
瞬時に土下座へと行動する僕。迂闊だった、彼女は勘が鋭い方なのだ。頭もいいし。……なんて、考えながらも。
ーーー実はいつもの幽香さんが久しぶりに見れた気がして、嬉しかったりするのだ。
❁❀✿✾
場所は変わって、蓮花の住んでいる街にあるクレープ店。この店のクレープはおいしいという評判を聞いていた早苗は、幽香が帰るときに蓮花の家に近いということもあり、この店に幽香を連れてきたのだ。
二人は目の前に既に出されているクレープを食べながら、ガールズトークに花を咲かせていた。
「あら。早苗の言った通り、ほんとにおいしわね、このくれーぷとやらは」
「ふっふっふ。年頃の乙女たるもの、そういったお店の情報は抑えているんですよ、幽香さん」
ドヤ顔で語る早苗に、微笑ましい表情を浮かべている幽香。昨日の時点からは考えられないくらいの仲の良さだ。それもやはり、早苗の人柄の良さ故か。
「さて、と。早苗、何か話があるんじゃないのかしら?」
と、唐突に。突拍子もなく、幽香は食べていたクレープに一段落をつけて、未だにドヤ顔を浮かべながらクレープを頬張っている早苗に話しかけた。
話がある。
そう、それだ。幽香はわかっていた。早苗が蓮花を抜きにしてまで自分を遊びに誘ったのは、何か話すことがあるからだと。もちろん自分と遊びたいというのもあるのだろうが、ほとんどはその話すということが目的なのだろう。
勘が鋭い幽香は、それを感じていた。感じていたからこそ、それに応じて、蓮花を家に帰らせたのだ。
「流石、鋭いですね、幽香さんは。伊達に妖怪をやってませんね」
「あら、気付いてたのかしら。そういうあなたこそ、その力……霊力でもなければ、妖力でもない。どちらかと言うと神力に似ているわね」
驚きました、そこまでわかっているなんて、と、驚愕の声を上げる早苗。自分の力の本質を、一介の妖怪が見破れるわけがない。ここで改めて早苗は、妖怪としての幽香に対する認識を改める。只者ではない、と。
ちなみに早苗の幽香個人に対する認識は、ツンデレであるが、それは秘密だ。早苗のみぞ知ることである。
「それに、私があなたに攻撃したあの時……あなた以外にも、『誰かいた』わね?でも、あなたのことを手を出して守れなかったところからすると、力が弱ってるのかしら。それこそ、実体を保てないほどにね。いずれはこうなると思ってたけど、最近は特に化学だの何だのと、妖怪に対する畏れも神に対する信行もあったものじゃないし……この推論からすると、あなた、『違う』わね?」
今度こそ早苗は心の底から驚愕する。驚きすぎて声も上げられないくらいだ。鋭いとは常々思っていたが、まさかここまでとは、と。
確かに彼女、東風谷早苗は普通の人間とは何もかもが『違う』。現人神という、神に近い人間なのだ。故に頭のキレもよく、身体能力も高い。要はスペックが高いのだ。
だがしかし、彼女だって元からそうだったわけではない。そうなるために、血の滲むような努力をしてきたのだ。
更に、彼女自身にも能力があることがわかり、その力を上手く使いこなすために、彼女は修行をしなければならなかった。
これが、その昔、蓮花と別れることになった引越しの理由だ。彼女だって蓮花とは別れたくなかったが、力を上手く使いこなすことができなければ、何時か彼にも危害を加えてしまうかもしれない。健気にもそう考えた彼女は、頑張って修行に耐えた。
そうして彼女は今、彼がいるこの街に帰ってきた。つまり、力を上手く使いこなすことができるようになったのだ。
そうして彼女は成った。現人神へと。……彼を、力を持っているが使いこなすことができず、それで苦しんでいる蓮花を助けるために。
……しかし。
「幽香さん……私は、本当は、あなたが羨ましかったのかもしれません。私が何日かけても、どうすることもできなかったレン君を、あなたはいとも簡単に直してみせた。レン君の道を。隣に、いることを」
「……」
早苗は、ポツリポツリと語り始めた。蓮花を助けるために修行して頑張ってきたこと。しかし帰ってきてみれば、もう蓮花は助かっていたこと。私が隣にいても、彼が見ているのは、隣にいてほしいと心の奥で思っているの、自分ではないことを。彼女は、幽香に語った。
「だから私は、あなたが……いえ、この際、はっきりと言いましょう。あなたが羨ましかったです。どうして?あの時、私がまだ未熟だったから?あの時、私が早く帰ってくれば?あの時、彼の元へ行ったのがあなたではなく、私だったら?……考えれば、キリがありませんでした」
でも、と。彼女は続けて言った。
「それでも私は……東風谷早苗はーーーそう、彼が好きです。神谷蓮花が、レン君が、好きなんです。ずっと、子供の頃から」
今度は、幽香が驚いた。実は彼女、恋愛については疎いのだ。蓮花はただの鈍感なのだが、恋愛について何も知らない幽香は、早苗の行動が普通のことだと考えていた。はたから見れば早苗が蓮花のことを好きなのは一目瞭然。何故なら早苗の行動のほとんどは、蓮花の気を引くものばかりだったからだ。
だがしかし、そこは鈍感な彼とそういった経験のない彼女。案の定早苗が蓮花のことを好きだなんてことなどわからず、今こうして率直に伝えられることにより、初めて幽香は知ったのだ。
ーーー早苗が、蓮花のことを好きだということに。
「伝えたいのは、話というのは、それでした」
「……わ、わからないわ。どうして、私に?なぜ私にそれを伝えるの?」
事態を掴めず、困惑する幽香に早苗は、やはり、と言った顔をする。なぜそんな顔をするのか、幽香にはわからない。しかし、早苗が蓮花のことを好きだということを知った幽香に、また、最初にあったあの時の、蓮花が早苗と話していた時に感じた、ズキリとした痛みを胸に感じた。
「気付いていないようですね、幽香さん。それとも、気付きたくなかったのでしょうか。私にはわかりませんが、これも言っておきましょう」
ーーー物語は、一旦幕を下ろす。一度止まるのだ。終焉に至るまでの間の、つかの間の休息みたいなもの。……しかし。
「あなたは……幽香さんは、
ーーーレン君のことが、好きなんですね」
ーーーこの一言により、物語は再び動き出すことになる。