「やぁ、初めましてアリさん。アリさんは偉いよね、女王アリのためにせっせと働いてさ……ははは」
「「……うわぁ」」
逃げ出していった蓮花を探すこと数分。結果的に言うとするならば、蓮花を見つけることはできた
ーーー決して、無事とは言えないような状態で、だが。
公園の砂浜で体操座りになり、虚ろな目でアリに向かってブツブツと何かを語りかける高校生……それが今の彼、神谷蓮花。
うん、これはあれか、もしかしなくてもやり過ぎた、というやつなのだろうか。確かに思い返せば、二人きりと思ったら早苗が呼ばれてて、それにイライラしていたとはいえ、蓮花に強く当たりすぎた記憶はあるが。
「まさか、ここまでになってるとは……」
「ち、ちょっとやりすぎましたかねぇ……?」
早苗と二人で反省の色を出すが、そんなことをしても今の蓮花が元に戻ってくれるわけもない。さて、どうしたものかしら。
「ほら、蓮花。元気出しなさい」
「……いいんだよ、どうせ僕みたいな下等な種族は、アリさんとしか仲良くなれないんだ」
「何言ってるのよ。アリのほうがあなたより上の位に決まってるじゃない」
「うわああああああああああああああああんちくしょおおおおおおおっっ!!!」
しまった、いつもの癖でついやってしまった。これでは今の蓮花に対して逆効果だ。……だが、蓮花を弄るのは楽しいのだから、これはある意味仕方のないことなのかもしれない。そう、つまり私は悪くない。うん。
しかし、いつまでこの状態でいるつもりなのだろうか蓮花は。いい加減にもとに戻ってほしいものだ。これでは話が進まないし、これからの予定も進むことができないではないか。……はぁ、この際だ。仕方ない。
「蓮花、元気出しなさい。……さもないと、あなた、死ぬわよ?」
メキィッ。
「それは君に殺されるってことなのかなぁ!?」
「あ、治りましたね」
「じゃないと殺されるからね!!」
理不尽だ!なんて声を荒らげる蓮花だが、私には一体全体何のことだか想像もつかない。別に、蓮花の耳元で拳を握り込む音を聞かせながら言ったとか、そんなことはない。断じてだ。私はそんな脅迫まがいのことなどしない主義なのだから。
「ダウト!それダウトだよ幽香さん!」
「蓮花、あなた、疲れてるのよ。それはきっと幻。さっきあんなことがあった後なんだし、仕方ないわよ……ね?」
「あんなことも何も、あれも幽香さんがーーーぐほぉっ!?」
とりあえずお喋りな蓮花には腹パンを一つ。これ以上喋るなら更に腹パンをする、という意味を込めて、蹲りながらこちらを上目遣いで見上げてくる蓮花ーーすごくゾクゾクしたのは内緒だーーを睨む。……うん、どうやら快くわかってくれたようだ。すごい勢いで首を縦に振ってるし。
「じゃあ、予定はだいぶ狂っちゃったけど、お出かけを再開しましょうかしら。まだまだ見たいもの、いっぱいあるし」
「そうですね!それがいいです!行きましょう、レン君!」
「はぁ、もう……なんで出かけるだけでこんなに前途多難なのかなぁ」
早苗に手を引かれて立ち上がる蓮花はそう愚痴っていたが、こちらの知ったことではない。そもそも、今日のお出かけに早苗が来るなどと、私は一言も聞いていないのだ。それ相応の罰というものを与えてしかるべきである。
ーーー……折角楽しみにしていたのに、これではこちらが馬鹿みたいではないか。
「……ばか」
❁❀✿✾
「レン君!見てください見てください!猫カフェですって!!行ってみましょうよ!」
むはーっ、と変な鼻息をしながら、早苗はそのまま私たちの了承も得ずに、いの一番で目の前の猫かふぇ?という物件へと消えていった。
「なんであの子がはしゃいでるの?」
「ううーん。まあ、早苗は少し前にこの街に戻ってきたばかりだしね。ここら辺も……そしてあそこも、だいぶ変わったみたいだし、新天地って感覚になってるんじゃないかな?」
なるほど、と思ったと同時に、あれ?とも疑問に感じる。
「ねぇ、蓮花。私はそこら辺、あなたに詳しく聞いてなかったけど……あなたの学校は、あなたが選んだのよね?自分のことを知ってる人がいない、遠くの街の学校って」
「うん?あぁー……なんて言うんだろ。簡単に言えばね、早苗の家と、僕が通ってた学校って、離れてたんだ。早苗は遠距離の通学だったんだよ。だから、僕は早苗の住んでた、この近くに引っ越したんだ。だから、僕がもともと住んでた場所じゃないんだ、あそこは」
「……なるほどね」
このあたりに来る人がいないのはわかってたからね、と蓮花はつぶやく。その顔は……決して、いいと言えるものではなかった。
トラウマなんてものは、そう簡単に消え去るものではない。いくら私があの時に彼を認めて、それに彼が救われたのだとしても……根本的な解決には、何もなっていない。
トラウマの克服……それは、紛れもない、蓮花自身の問題。私ができることは、あの時みたいに、彼を認めて、彼のことをわかってやれるだけ。
ーーーだから、なのかもしれない。
「ーーーへ?ゆ、幽香さん?」
無意識に、蓮花の頭に手を置いてしまっていたのは。
「……な、なんですか?」
突然の私の行動に、戸惑いを隠せない蓮花。それでも私は構わず彼の頭をなでる。優しく、傷付けないように。
「大丈夫よ、蓮花。あなたは悪くない」
だから蓮花、そんな顔はしないで。そんな顔は、あなたには似合っていない。あなたには、向日葵のような……あの暖かく、眩しい笑顔が似合っているのだから。
「幽香さん……」
「乗り越えることは難しいかもしれない。けれど、あなたはもう一人じゃないでしょ?私が隣にいるわ」
確かに、トラウマの克服は他でもない蓮花自身が乗り越えるもの……けれど、一人じゃない。私はもちろんのこと、早苗もいるだろうし。
「……こんな大通りで、泣かせる気ですか?まったく、幽香さんは」
「ふふ、そんなつもりはないわ。それに、あなたの泣き顔……知ってるのは、私くらいでいいのよ」
「わ、わかったよ!わかりましたから、いい加減頭なでるのやめて!流石にそろそろ恥ずかしいから!」
「あら、恥ずかしいの?ならもっとしてあげるわ」
と、さらに頭をなでようとしたが、蓮花に手を振りほどかれてしまった。残念である。もっとなでたかったのに。……いや、いじりたかったのに。
「ほら、幽香さん!いい加減カフェに入ろうよ!早苗が中で暴れてるかもしれないし」
「……まあ、それもそうね。今回はこれくらいで許してあげるわ」
私も、この猫かふぇ?というの、気になってたし。そもそも、猫……とはなんだろうか?動物らしいけど、見たこともなければもちろん、触れたこともないし……紫の式の式みたいなものだろうか。ふふ、楽しみね。
……まあ、
「幽香さん、絶対気に入ると思うんだ!僕が案内してあげるよ!おーい、早苗ー!戻っておいでー!!」
あなたとなら、どこだって楽しいでしょうけどね。