「蓮花、そっちの子達にもお願い」
「はいよ、っと」
幽香の指示に従い、『太陽の畑』の向日葵達に水をあげる。
ここ、『太陽の畑』は、花妖怪である幽香の花畑だ。辺りにあるのは、色とりどりの綺麗な花達に、見た者を思わず魅了させてしまうかの様な、黄金色の向日葵。
これら全てを彼女は一人で世話していたのだから、凄いと素直に思ってしまった。
......さて、何故僕が幽香の花畑にいるか、不思議に思ったのではないだろうか?
それもそうだ。幽香の居た場所は、僕が居た世界とは隔離されているのだから。
必然的に、僕が『ここ』に居るのもおかしい。
―――『ここ』と言うのはもちろん、『幻想郷』の事である。
何故僕が幻想郷に居るのかと言うと......まぁ、色々あったのさ、色々とね。それだけしか言い様がないのだから、仕方ない。
いやしかし、まさか本当にここが外の世界と隔離されている世界だったとはね......。最初幻想郷に来た時は、分からないことだらけで不安だったものだよ。
そしてもう一つ、朗報があるのです。
そのもう一つとは......。
「フフ。れーんか」
「ぬわっ!ちょ、ちょっと幽香......?や、やめて欲しいんだけど?」
「あら、もしかして照れてるのかしら?そんな必要ないわよ。だって私達は、『恋人』なのだから」
「う、ううっ......」
僕の背中に抱きついている幽香のその一言に、思わず顔を赤くしてしまう。
そう。もう一つの朗報とは、僕と幽香が『恋人』になったことなのだ。
これも何故かと聞かれたら、色々あったとしか言い様がない。
とにかく、なんやかんやで僕と幽香は、『恋人』同士になったのだ。
ま、まあ、恋人同士になった途端、こういったスキンシップも増えてきたけどね......。
「幽香。まだ向日葵達の水やり終わってないんだから、ほら離れた離れた」
「むぅ、蓮花は意地悪ねぇ......」
「ハハ。ごめんごめん」
『仕方ないわね』と、幽香はそう言い残して、残りの花達の世話をしに行った。
......え?『恋人』にその反応はないんじゃないかって?いやまあ、確かに僕としても嬉しいよ?あんな美人に抱きつかれて嬉しくないわけが無い。
ただちょっと......ただ......。
「や、柔らかかったなぁ......。い、いやでも、幽香はスキンシップが激しすぎるんだよ。あ、あんなにくっつかれたら、何時か幽香を襲っちゃいそうだし......」
ううっ、どうしよう。と頭を唸らせる僕。
べ、別にチキンとかじゃねーし!た、ただ恥ずかしいだけだし!
そう。恋人が出来たのなんて、僕としては人生で初めてなのである。
そのため、どう接していいか分からず、代わりに幽香からスキンシップが来る日々。
このままではいけない。
そうだ。今日こそは、今日こそはそんな日々に終止符を打たなければいけない。
「......よし!」
思いだったが吉日。
と言う事で、今日の僕は一味違うぜ。
❁❀✿✾
あれから結構な時間が経ち、今現在は夜。
場所は変わり、幽香の向日葵達が良く見える縁側。
この縁側で、咲き誇っている向日葵達を見ながら他愛もない話しをするのが、最近の僕たちの趣味。
その縁側らで腰掛けながら僕たちは、お互い寄り添うようにして、肩と肩を寄せあっていた。
これがまた、非常に和むのだ。
「ねぇ蓮花......」
「ん〜?」
そうやって和みムードになっていると、唐突に幽香が口を開いた。
僕も言葉を返したのだが、いかんせん、和みムードに入っていたため、如何にも間抜けそうな返事をしてしまった。
「今日の貴方、随分と積極的だったけど......どうして?」
ああ、その事か。
確かに今日は、幽香に積極的にアタックした。
結果としては、成功だったね。
幽香のことを褒める度に、顔を赤くする。手を握ったりすると、これまた顔を赤くする。どうやら幽香は、責められるのは慣れてないらしいね。意外な弱点だ。
......でもそれは、それは。
「それは。君と......幽香と、対等な関係になりたかったから。君の恋人として、恥のない者になりたかったから」
「ほら、またそうやって......今朝だっていきなり、『君のその緑の髪は、エメラルドよりも綺麗に輝いているね』って。その他にも色々と褒めてきて......正直、は、恥ずかしかったんだからね?」
「でも、本当の事だよ?君のその緑の髪も、君の全ても、どれもが綺麗なんだから」
「だ、だからまたそうやって......んっ」
また何か言おうとした幽香の頭を、優しく手で触れ撫でる。
幽香は頭を撫でられた瞬間、黙り込んでしまった。赤くした顔を俯かせ、嬉しそうに口元をニヤつかせている。今ではもう、させれるがままだ。
幽香の髪は、本当に綺麗だ。触る度にサラッとした手触りが心地よく、飽きることもない。余程入念に手入れされてるんだろう。それが僕のためだと言うのだから、すごく嬉しい。
それから数秒。再び僕たちは、目の前に広がる向日葵達を見ていた。
「綺麗......ね」
「うん。綺麗だね......」
綺麗なのは、僕たちの前に広がっている光景の事だ。
前にも言った通り、今の時刻は夜。ここから見上げる空にも、既に星達が輝いていた。
空を見上げれば輝く星。辺りを見渡せば、月明かりに照らされる向日葵。
そして隣を見れば、微笑んでくれる想い人の姿。これを綺麗と呼ばずして、なんと呼ぶ?
どれもこれも、今過ごしている時間全てが幸せだった。
「フフ。幸せね......」
「そうだね」
「こんな幸せが、ずっと続けばいいのにね......」
「......そうだね」
幽香の言葉に僕は、少し間を置いて答えた。
口ではそう言っているが、分かってる。
僕も幽香も、本当は分かっているんだ。僕と幽香は、ずっと一緒には居られないという事を。この幸せな時間が、ずっとある訳がないという事を......。
僕は人間で、幽香は妖怪。
必然的に、僕の方が幽香より先に死ぬだろう。
そうなれば、この幸せも終わり......。
そう考えるだけで、僕はとても怖くなってくる。
「認めたく、ないわね。この時間も、いつかは終わりを迎えるだなんて......」
「......幽香」
そう言って微笑んでいる彼女の声は、微かに震えていて、それでいて今にも泣きそうで......。
だからだろうか?
そんな幽香のことを、守りたいと思ってしまったのは。
大妖怪としての『風見幽香』ではなく、一人の女の子としての『風見幽香』を、守ってあげたいと思ってしまったのは......。
「......蓮花?」
僕は縁側から腰を浮かせて立ち上がり、真っ直ぐと、向日葵達の方へと歩き出す。
僕の突然の行動に幽香が疑問を口に出すも、構わず歩く。
一歩、二歩、三歩。そして四歩歩いた所で、僕は後ろを振り向いた。
そこに見えるのはもちろん、まだ縁側に腰掛けている幽香の姿。
僕はそんな幽香に、言葉を発する。僕の思ったことを。
「辛気臭い話はやめようよ。大事なのは嫌な『未来』じゃなく、僕と幽香が一緒に居て、僕と幽香が幸せだと感じる『今』なんだから。......ね?」
僕のその言葉に、幽香は目を見開いて唖然としていた。しかしそれから数秒して、『フフ。それもそうね......』と呟き、縁側から腰を浮かして、こちらに歩み寄ってきた。
幽香は僕の一歩手前に来ると、僕を見つめてきた。僕も幽香を見つめ返す。緑色の髪にも負けず劣らずな、真紅の瞳をジッと......。
その中で先に動いたのは、幽香の方だった。
幽香は、僕の背中にその華奢な手を回すと、顔をこちらに近づけてきた。僕も、幽香の背中に手を回し、体を抱き寄せる。
そして......。
「んっ......」
「んむ......」
―――僕と幽香は、確かにキスをした。
唇と唇を合わせるだけの、簡単な行為。
けれども、それを人は簡単に出来ない。それを今、僕たちはやってのけたのだ。
傍から見れば、なんて雑なキスだと思われるだろう。経験者から見れば、なんて下手なんだとおもうだろう。けど、それでもいい。
僕たちは愛し合っている。ただそれだけの事実があれば、周りから何を言われようと別にいいんだ......。
僕と幽香はそれぞれ唇を離すと、お互いまた見つめあった。
言わなきゃ。この一言を、伝えたい。
「幽香......」
「蓮花......」
―――愛してる......。
僕はいつか、幽香を置いて先に死んでしまうだろう。
でも......でも今だけは、今だけはこの幸せな時間を過ごしていたい。
幽香と共に、僕が生きているまで、ずっと......。
幽香......愛してる......。