現在、帰宅部の部室には部長とアリア、そして鈴奈の3人がいる。
「せっ、先輩! 残りは先輩一人です!」
何かを決意したような、まるで数多の猛者を倒してきたような顔つきの鈴奈。その手には水色の小さな紙が握られている。
「い、い……」
何か言おうとする鈴奈。
「あれ? 前にもこんなことがあったような……」
「ハッ⁉ くる‼ You! 耳を塞いで‼」
引きつる部長とアリアの表情。
「今度の日曜日、一緒に遊園地に行ってくださーーーーーーーーい!」
放たれた大音響は、部長とアリアの耳に容赦なく響いた。
◇◇◇
なんてことがあったのが、数日前のこと。
部長たちは今日、シーパライソに遊びに来ていた。
メンバーは部長、アリア、笙悟、鼓太郎、鍵介、美笛、そして皆を誘った鈴奈の7人だ。鈴奈によると、これも人を誘う練習のためということだったが、帰宅部の活動ではないためか、全員集まるとまではいかなかった。
「おー! 遊園地だ遊園地!」
「もー、鼓太郎先輩はしゃぎ過ぎですって」
子どものように目をキラキラさせて騒ぐ鼓太郎に、鍵介は苦笑いだ。
「だってよ、前回はマトモに遊べなかったじゃんか! な? な? 何から乗るんだ⁉」
だが、鼓太郎のテンションは上限を知らずにどんどん上がっていく。
「やっぱり、全員を誘えなかったのは残念です……」
「まあまあ、仕方ないよ。琴乃先輩はまだシーパライソに苦手意識あるみたいだし、維弦先輩や彩声先輩はまだ大勢や男と一緒に遊ぶのに慣れてないみたいだし。琵琶坂先輩も用事があるみたいだしさ」
しょんぼりとする鈴奈に、美笛がフォローを入れる。
「まあ来れないものは仕方ないよ。その分私たちがしっかり楽しむ方が相手も喜ぶってば!」
「そ、そうですよね!」
アリアの言葉に、鈴奈も自信を取り戻したような表情になる。
「そういえば、部長はどうした? さっきから姿が見えないが」
「あー、なんかトイレに行くとか言ってましたよ?」
笙悟の疑問に答えたのは鍵介だ。
「なんだ? アイツ腹でも壊したのか?」
鼓太郎がそう言ったと同時に全員の携帯が短く震える。部長からのWIREだ。
『長くなりそう……後から追いつくから先に遊んでてくれ……』
なんとも鬼気迫る様子の文面に先程の鼓太郎のセリフが合わさり、全員が「お腹壊したんだろうなあ……」と思う。
「まあ、部長もこう言ってることだし、先に遊んどくか。何かあったらWIREで連絡とればいいだろ」
笙悟の言葉に、とりあえず皆はシーパライソに入ることにした。
◇◇◇
さて、件の部長であるが、彼は今もトイレの個室で苦しんでいる……訳ではなかった。
「待たせたな」
どこぞの蛇よろしくなセリフで現れた彼は、部長ではなくLucidの姿だ。
「お待たせー!」
その横には小さくなったμもいる。
「お、ようやく来たか!」
「もう、待ちくたびれたわよ? Lucidちゃん」
そしてLucidの前にはイケP、スイートP、Stork、少年ドール、梔子の姿が。
「すまない。ちょっとトイレに行っていた」
「お腹でも壊した? 体調が優れないなら無理しなくてもよかったんだけど……」
Lucidの言葉に、梔子が心配そうに声をかける。言ってしまえば、Lucidがこんなことをしているのも、彼女が原因といっても過言ではなかった。
◇◇◇
鈴奈に遊園地に誘われ、特に予定もなかったのでOKした部長は次の日、Lucidの姿になって楽士の控え室にやって来た。
「Lucid、ちょうど良かった。今度の日曜日は暇か?」
控え室に来て早々、Lucidは梔子にそんなことを聞かれた。
「日曜日? 何かあるのか?」
「えっと、これなんだけど……」
首を傾げるLucidに梔子は水色の1枚の紙を渡す。
「シーパライソ、テーマパーク1日無料チケット?」
「母がくじ引きで偶然手に入れて、それで『友達を誘って遊んでこい』って言うから……仕方なくよ」
何かを誤魔化すように言う梔子。
「みんなで遊園地なんて、いつ以来だろう? ああ、きっと気合いを入れて私服を選んだ女の子がいっぱいいるんだろうなあ!」
「まったく、アンタはそればっかりねえ……」
「だ、誰かとゆゆ、遊園地なんて1度も行ったことないよ……緊張してきた……」
「今から緊張してどーすんだよ。人に慣れたいんなら、これも経験だと思っとけって」
少し離れたところでは、他にも誘われたであろう面々が話している。
「あー、その日は……」
都合が悪い。そう言おうとしたその瞬間、Lucidは感じた。これは選択肢を間違うとヤバイやつだと。ここでもし断りでもしたら、キャラクターエピソードに大きくバッテンがついてしまうと。
「……もちろんOK!」
「そう、良かった」
Lucidの返事に梔子は安心したような声を出す。
やってしまった。予定の重複。
「Lucid! みんなで遊園地、楽しみだねー!」
仲良しイベントにテンションの上がったμがLucidの所へやってくる。
「μ……」
「どうしたの? Lucid?」
「……相談がある」
頼みの綱は彼女しかいない。Lucidは藁にも縋る思いでμを楽士の控え室から連れ出した。
「えー⁉ 帰宅部のみんなとも予定が入ってるのー⁉」
「こ、声が大きい……! 他の楽士や帰宅部に聞かれたらどうするの……⁉」
駅前広場、駅の入り口前。そこにLucidとμはいた。電車の走っていないメビウスでは駅に用事がある者はいない。そもそも駅の内部をμが作っていないため、駅前広場に来ても、駅に近づく者はいない。内緒話をするにはぴったりの場所だ。
「ど、どうするの? なんでそんなことになっちゃったの?」
「いや、どっちも断りにくくて……」
だってどっちも断ったらバッテンつきそうだし……というLucidの訳の分からない言い訳にμは首を傾げるしかない。
「どうにかならない? 例えばμの力で俺の影武者を出してもらうとか」
「それは無理だよ。私がLucidをもう1人作っても魂がないからNPCになっちゃう。メビウスが現実じゃないって気付いてる楽士たちにはNPCってバレちゃうよ」
首を横に振るμに、Lucidはがっくしと肩を落とす。なんでもかんでに引き受けるのも考えものだ。
「……Lucidは、どうしたいの?」
「できれば、楽士も帰宅部も両方悲しませたくない」
「だったら、やるしかないよ!」
唐突に、μは真剣な表情になる。
「やるって、何を?」
そう尋ねるLucidに、μはガッツポーツを作りながら
「やるしかないよ! Lucidと部長の姿を切り替えながら、2つの約束を同時に叶えるんだよ!」
と、自信満々に叫んだ。
こうしてLucidとμによるダブルブッキング誤魔化し作戦は幕を開けたのだった。
続く