「……元気出しなさいよ」
「まあ、仕方ないっちゃ仕方ない気もするが……」
呆れたように言うスイートPと苦笑いするイケP。梔子の姿は見えない。
2人の目には、項垂れる4人の姿が映っている。
Lucid、Stork、少年ドール、そしてμ。皆が皆、がっくりと肩を落としていた。
「まさか全員揃ってお化け屋敷を出禁になるとはな……」
イケPの続けた言葉に項垂れた全員の肩がピクリと震えた。
考えてみてほしい。相手を驚かそうとして飛び出したら、そこにいたのが黒い骸骨、不気味な人形、ペスト医師のようなマスク、ピンクの光る球体だった時のお化け役の人の気持ちを。例えNPCだったとしても、驚くなという方が無理な話である。
「ほら、気を取り直してジェットコースターでも乗りましょう?」
そう言ってスイートPが慰めても、
「いや、どうせ絶叫マシンに乗っても『絶叫させる側の見た目の奴が絶叫マシンで絶叫してた』って笑われながらgossiperに拡散されるんだ……主に帰宅部のメガネあたりに……」
「い、いやに具体的な落ち込み方ね……」
Lucidの言葉に顔を引きつらせる結果となる。
「ほら、これでも食べてとりあえず落ち着いて」
そんな中、梔子がたくさんのクレープを抱えて姿を現した。6人分である。
「ありがとぉ、梔子ちゃん」
「サンキュー! ほら、お前らも食えよ」
素直に受け取るスイートPとイケP。落ち込んでいた4人もクレープを受け取り口に含む。さあ、想像してみたまえ。上半身透明の黒ガイコツ、不気味な全身人形、変態ペストマスク、ピンクの人魂、そんな彼らがクレープを頬張る姿を。どうやって飯食ってんの? なんてついつい考えちゃう彼らの食事シーンを!
「……やっぱり、若干納得いかねぇ」
「普通、もっと奇抜な方法を想像するわよねえ」
クレープを食べながら、ある一点をじっと見つめるイケPとスイートP。その目線の先には、普通にマスクを外してクレープを食べるStorkの姿が。
「君たち、さりげなく失礼なことを言うね……というか」
当然、Storkは反論する。
「僕はまだマシな方だろう⁉ Lucidや少年の方がよっぽど摩訶不思議じゃないか!」
そんなStorkの必死の叫びに皆の目線は件の2人へと移される。
「まあ、確かに透明だと食べた物が見えちゃうんじゃないかと思ったりはする」
「仮に見えたら生命の神秘とでも思ってくれ」
冷静に分析するように語る梔子に、冗談まじりに言葉を返すLucidは
「ドールちゃんも人形の体のどこに食べ物が入ってるんだと思うわよねえ」
「ほっといてよ……」
一方の少年ドールは、ふいと恥ずかしそうに横を向く。
「といいうか、僕なんかよりもμの方がよっぽど不思議じゃないか。あの小さな体になんで大きなクレープが1コそのまま入るのさ」
自分から話題を逸らすように少年ドールが指さすのは、既にクレープっを食べきって満足そうにお腹をさするμだ。
「まあ、μだし」
「μだもんねえ」
「μだからねえ」
「μだもんなあ」
「μだからな」
梔子、スイートP、Stork、イケP、Lucidと、返ってくるのは全員揃って「μだから」の一言。実際、何でもアリと化しているメビウスでツッコムべき部分ではないのかもしれない。聞くだけ野暮というヤツだ。
「だったら僕の見た目だってどうでもいいじゃないか⁉」
予想外に落ち着いた皆の反応に頭を抱える少年ドール。
そんな昼休みの学生のようなふざけたやりとりの後、
「ちょっとトイレに行ってくる。長くなるかもしれんから待ってなくていいぞ」
Lucidは少し慌てるように小走りで去って行く。
「アイツ、トイレ多くね? 腹でも壊したか?」
「ど、どうなんだろうねーアハハー……?」
Lucidの背中を見つめながら呟くイケPに、μは引きつった笑みを浮かべて誤魔化すことしかできなかった。
◇◇◇
「おう、部長おせーよ!」
「悪い、途中で迷子の子どもを見かけて一緒に母親を探してた」
「そうか、なら仕方ねーな!」
あっさりと態度を変える鼓太郎に、部長は彼の将来が心配になる。騙されて怪しい壺でも買わなければいいのだが。
何度目かの入れ替わり。こんなのは今日のイベントの一部に過ぎず、既に何度も部長とLucidの姿を入れ替えて、帰宅部と楽士たちの間を行ったり来たりしている。どちらにも怪しまれないように振る舞うだけでなく、帰宅部と楽士がばったり鉢合わせしないように行先をさりげなく調整したりもしている。
「せ、先輩! 私と一緒にお化け屋敷に入ってくれませんか!」
「鈴奈ってば、お化け屋敷で勇気を鍛えたいんだけど1人じゃ怖いんだって。You、ここは部長らしく付き合ってあげなー?」
部長に頭を下げてお願いする鈴奈と、そんな鈴奈の頭の上に乗って彼女をフォローするアリア。
「ああ、一緒に行こうか」
快く引き受ける部長。単純に部長として、あるいは先輩として可愛い後輩の願いは叶えてあげたいという純粋な想いと、Lucidの姿じゃなくて部長の姿ならお化け屋敷にもう1度入れるだろうという不純な狙いがあった。
んで。
「……」
「……」
数十分後、項垂れる部長と鈴奈の姿がそこにあった。理由は単純、鈴奈の悲鳴が大きすぎて営業妨害と見なされてしまったのだ。暗闇の中で脅かしに来たお化け役の人を相手に鈴奈が悲鳴をあげれば、どうなるのかは予想できるだろう。一緒にいた部長も何故か巻き添えで出禁に。
「まあ、なんだ……。お化けにも恐れられる大声を持ってたんだってことで、納得……は、できないよなあ……」
「ほら、2人ともクレープ食べて元気出しましょ?」
フォローにならないフォローを入れようとして諦める笙悟に、両手にクレープを抱える美笛。
「え、あ、うん。ありがと……」
美笛からクレープを受け取る部長。さっき梔子から貰ったからクレープはちょっと……とは口が裂けても言えない。しかも見れば、梔子から貰ったクレープと全く同じ種類ではないか。
「……」
「部長、食べねーのか?」
「い、いや! 食べるよ⁉」
鼓太郎の言葉に、部長は無理矢理クレープを口の中に押し込みながら答える。口に広がる甘さがキツイ。
「あ、ちょっとトイレ……」
そのままクレープを全部口に頬張ると、部長は走り出す。
「アイツ、トイレ多くないか?」
「体調が悪いんでしょうか?」
不思議そうに語る笙悟の言葉に、鈴奈は心配そうに走る部長の背中を見つめていた。
◇◇◇
「も、もう限界だ! これ以上は精神的にも物理的にも胃がもたない‼」
トイレの個室で部長は悲鳴のような声をあげる。帰宅部と楽士たちが鉢合わせしないように予定を調整し、ボロがでないように帰宅部と楽士たちで普段の2倍の食事量を食べている部長の体は限界が近かった。
「だけど、あと少し……あと少しだ。あと1時間もあれば今日の予定は終わる……」
自分を奮い立たせ、部長はLucidへと姿を変えてトイレを出る。
すると、
「あ、いた! Lucid!」
慌てた様子のμがLucidの前に現れる。
「μ? どうした?」
「大変だよLucid! すぐに来て‼」
血相を変えたμの表情に、Lucidは嫌な予感を感じとる。
「あ、Lucidちゃん!」
「何⁉ 例の楽士か⁉」
μに引っ張られて来てみれば、ちょっと離れている間に帰宅部と楽士たちが出くわしていた。
「な、何で……いや、そうじゃない……」
何故、出会ってしまったのかを考えている場合じゃない。考えるべきは今、この状況をどうするかだ。Lucidはすぐさま脳ミソをフルスロットルに回転させる。
そして……
「ふ、フフフ、フハハハハ! ハァーハッハッハァ‼」
突然、大声で笑いだすLucidに、帰宅部の皆も、楽士たちもビクリとしてLucidを見る。
「奇遇だな帰宅部諸君! ところで、メンバーが1人足りないようだが?」
「アイツ、アタシたちが何人でシーパライソに来たのか知ってる⁉」
続いたLucidのセリフにアリアは動揺を隠せない。
「なんで知ってんだそんなこと! 奇遇でもなんでもねーじゃねーか! 部長に何しやがった⁉」
嫌な予感を感じたのか、額に冷や汗を浮かべながら鼓太郎が吠える。
「君たちの部長は私が攫った! 今頃どこかで孤独に震えながら助けを待っているだろうさ‼」
大げさに腕を広げ、Lucidは叫ぶ。当然、嘘だ。自分自身を攫うなど不可能だ。しかし、出会ってしまった帰宅部と楽士たちをどうにかするためにも、部長とLucidが同時に存在しない矛盾を解消するためにも、Lucidにはこうするしかなかった。
この状況をどうにかするため、今、Lucid一世一代の自作自演が始まった。