「ふと思ったんだけどさ」
「はい?」
お昼時、駅前広場のとある飲食店で、部長と鍵介は話をしていた。
「僕が帰宅部に入ったのは入学式のすぐ後のことだったけど、それより前から帰宅部は笙悟に鼓太郎、琴乃さんに美笛ちゃんに鈴奈ちゃんの5人で活動してた訳じゃん?」
「まあ、そういうことになりますね」
話の意図が分からぬまま、鍵介はとりあえず部長の言葉に頷く。
「僕らが入部する前ということはだよ? 学年が繰り上がる前ということだろう? つまり2年生の笙悟と鼓太郎と琴乃さん、3年生の美笛ちゃんと鈴奈ちゃんで活動してたということだよ?」
「それはつまり……」
真剣な目の部長。息をのむ鍵介。
「そう、笙悟や琴乃さんが美笛ちゃんや鈴奈ちゃんを先輩として扱っていたという可能性があるんだよ!」
「な、なんだってー⁉」
部長により明かされる衝撃の事実! ……というほどでもないが、鍵介にとってはわりと衝撃的な発言だったらしい。
「……って先輩、鼓太郎先輩は?」
「鼓太郎は正直、学年関係なしに敬語とか使ってる場面が想像できない」
「確かに……」
鼓太郎は『メビウスでは学年なんて関係ない』という言葉を1番体現している男かもしれない。
「まあ、鼓太郎のことは置いといて、僕達が今話すべきは美笛ちゃんと鈴奈ちゃんについてだよ。想像してごらん? 食べるのが大好きで元気いっぱいの美笛ちゃんが先輩として僕らに接してくる姿を!」
「先輩権限とかで強引にいろいろ連れまわされそうですね……だがそれがイイ!」
「想像してごらん? 気が弱いけど優しい鈴奈先輩がお昼を一緒に食べようと誘ってくる姿を!」
「鈴奈ちゃんに先輩という言葉がくっつくだけで母性が凄そうです!」
話しながらガシッと互いの手を握る2人。
「いやあ、こんな話は先輩とじゃないとできませんね」
そう言って鍵介は笑う。
「笙悟先輩や鼓太郎先輩、維弦先輩に琵琶坂先輩はこういうのに興味はなさそうですしね」
「鼓太郎の場合は興味はあるけど、たぶん『そういうのは卒業した』って言うだろうからね」
こういった男同士の下世話な話はなんだかんだ楽しいものだ。
「でもよくよく考えたら僕、美笛ちゃんとも鈴奈ちゃんとも同学年なんですよね。留年でもしない限り3年生だろうと1年生だろうと2人との関係性が変わることはないんですよね」
そう言って鍵介はため息を吐く。そもそも高校生活がループするメビウスで留年なんてシステムが本当に機能しているのか分からないが。
「だったら琴乃さんや彩声はどうだ? その2人なら鍵介とも学年が違うだろう?」
「そういえばついこの前までは僕も3年生だったんだから、琴乃先輩も彩声先輩も後輩だったんですよね……」
ふむ……とアゴに手をあてて考えてみる鍵介。
「想像してみなよ。普段先輩と呼んでいる2人を琴乃ちゃん、彩声ちゃんと呼ぶシチュエーションを!」
「な、なんでしょう⁉ 先輩としての2人を知っているからか、ひどく背徳的な感じがします!」
まるでいけないことをしているようで、テンションの上がる2人。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「そうですね」
馬鹿らしくも男子高校生らしく楽しい一時を終え、席を立つ2人。
ここまでがただの下世話な話だ。
◇◇◇
さて、ここからがちょっぴり真面目な話。
「1つ気になったことがあるんだけどさ」
次の日、帰宅部の部室で部長は皆に呼びかける。
「昨日、鍵介と話してたんだけど、僕が帰宅部に入部する前から帰宅部って活動してた訳じゃない? 例えば美笛ちゃん、この前まで3年生だった訳だけど、笙悟や琴乃さんとかに後輩ってイメージはある?」
「え、私ですか⁉ うーん……」
不意に指名され美笛は少し驚いたが、すぐに指を唇に当てて考え始める。
「いや、ないですね。今現在は1年生ですし、笙悟先輩も琴乃先輩も、部長も先輩ってイメージしかないです」
「鈴奈ちゃんは?」
「私も美笛ちゃんと同じです。先輩方は先輩としか思えませんし、後輩だなんておこがましいです」
美笛も鈴奈も反応は同じだった。
「だったら逆はどうだろう。笙悟、今の1年に先輩ってイメージはある?」
「いや、ねえな。今の美笛や鈴奈を見ても先輩ってイメージは浮かばないな」
部長の言葉に笙悟は首を横に振る。
「琴乃さんは?」
「私も笙悟と一緒ね」
琴乃も同じで、不思議そうに首を傾げる。
「でもおかしいわね……。確かについこの間まで美笛ちゃん達の方が先輩だったはずなのに……」
メビウスに気付いた帰宅部でさえ、誰も気付かない。それはつまり……。
「メビウスにいる人達は皆軽い洗脳を受け記憶を操作されている。それはメビウスに気付いた僕らであっても、未だμによる洗脳から抜け出せてはいないということなんじゃないかな?」
部長の言葉に部室にいる全員の顔色が変わる。
「だからこそ、みんな自分を保つことだけは忘れないで欲しい。自分を見失ったらあっという間にデジヘッドに逆戻りだ」
真面目な顔で語る部長にみんな頷く。……1名を除いて。
「それにしても部長もよくそんなこと気付くよな。鍵介と話してたってことは鍵介も気付いてたんだろ?」
「え? ええまあ、僕も部長も入部した時期が近いですからね。気付くポイントも近かったんじゃないですか?」
笙悟にそう言われ、鍵介はビクリと体を震わせる。
まさか帰宅部メンバーで妄想してただけですとは言えない鍵介だった。
個人的には女部長でも鍵介と下世話な話をしてそうな気がする。