「Lucid! いらっしゃー……ってどうしたの? その杖? 足ケガしたの?」
楽士の控え室にやって来たLucidを迎えたμは、彼が左手に持っている杖に注目する。昨日までの彼は杖なんてついていなかったはずだ。あらかじめ断っておくと、Lucidが手に持っているのは松葉杖ではない。
「足が痛いなら私が治してあげるよ?」
「いや、これは怪我をしたとかではないんだ。すまないね」
「じゃあ、なんで?」
心配するμにLucidは右手を上げて、大丈夫だと意思表示をする。
「いやあ、メビウスが現実でないことには気付いていたが、昨日現実での自分の姿をはっきりと思い出してしまってね。メビウスでは高校生の体だから杖なんて使わなくても本当は問題ないんだが、現実の自分を思い出したらどうにも杖がないと落ち着かなくて」
そう語るLucidの声は心なしか年老いて弱々しく聞こえる。
「る、る、る……」
「る?」
「Lucidがおじいちゃんになっちゃったー⁉」
Lucidの声に反比例するように大きいμの叫び声が楽士の控え室に響いた。
◇◇◇
「おじいちゃんになったあ⁉」
その場にいる全員の声がハモる。
とりあえず他の楽士達を呼び集めたμ。ソーンとミレイとウィキッド以外は来てくれたようだ。関わりは薄いといっても、なんだかんだ協力してくれるのが楽士達だ。
「Lucidちゃんがおじいさんになっちゃったって……バグとかじゃなくてぇ?」
「なんだか、現実の自分を思い出したら一気に老け込んじゃったみたいで……」
「むしろ、今まで思い出せてなかったことの方に驚きだよ」
「楽士やってるんだから、普通現実の記憶は取り戻してると思っちゃうよねえ」
上からスイートP、μ、少年ドール、Storkと会話が続く。件のLucidはよっこらせと椅子に座って一息ついていた。
「おじいちゃん、大丈夫?」
「ああ、すまないな」
そんなLucidの背中を梔子が優しくさする。
「あ、頭がガイコツなだけに『おじいちゃんっぽさ』が凄まじいな」
「く、梔子ちゃんとセットで見てると完全におじいちゃんと孫娘よね」
イケPとスイートPが引きつった顔で語る。本来ほのぼのしているハズの光景なのだが、見知った相手であるため全然笑えない。
「でも、要は現実を思い出して精神が年老いたってだけでしょ? 何が問題なのさ?」
少年ドールが小さな声で問いかけると、μは不思議そうに首を傾げた。
「……あれ? 何が問題なんだろう?」
「か、考えてなかったのかい⁉」
驚いたようなStorkの声にμは「えへへー」と恥ずかしそうに笑う。
「Lucidがおじいちゃんになって驚いちゃって、とにかくみんなを呼ばなきゃ―って」
「まあ、問題がないならいいんじゃない。Lucidちゃんも特に困ってる風でもなさそうだし」
スイートPがそうまとめると、他の楽士達も頷く。
「いや、問題ならある」
が、そこに待ったをかける者が1人。それまで一言も喋らなかったシャドウナイフだ。決して「あ、いたの?」とか言ってはいけない。
「シャドウナイフ、問題って?」
「知れたこと。Lucidがいなければラガード狩りの効率に支障がでるということだ。Lucidはラガード狩りにおける戦力の要。ラガード狩りはメビウスの維持にも必要不可欠な儀式だ」
μの質問に答えながら、シャドウナイフはLucidを指さす。そこには梔子に肩を揉んでもらっているガイコツおじいちゃんと化したLucidの姿が。
「それがなんだそのザマは⁉ 帰宅部がいる以上、Lucidが老いて戦えないとなれば、メビウスを維持することすら危うくなる可能性もある。共に吉祥天女を守護する仁王として見過ごす訳にはいかん‼」
カッ! と目を見開いて叫ぶシャドウナイフ。
「まあまあ、落ち着きたまえ」
そんなシャドウナイフをLucidはゆっくりと手を横に振るう。
「年老いたといっても、体は高校生だ。まだまだ若いモンには負けやせんよ」
そう言ってLucidが立ち上がった瞬間、ギクリと嫌な音がした。
「こ、腰が……‼」
腰を押さえてすぐにまた座るLucid。ガイコツなのに汗をかいてガタガタと震えている姿はなんとも頼りない。
「ぎ、ギックリ腰……」
μの呟きに、皆が思った。
(大問題だ……)
「おじいちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫……」
梔子がLucidの腰をさする。全然大丈夫なようには見えなかった。
「さっき体は高校生って言ったばかりだろ……」
信じられないものを見るような顔でイケPが呟く。
「たぶん、現実の記憶に引っ張られて体も少し老化しちゃってるんだと思う。ことわざでも『病は気から』って言うでしょ?」
「それそういう使い方だったっけ?」
μの言葉に少年ドールが首を傾げる。
どうしよう。なんだかグダグダになってきた。このままLucidはよぼよぼのおじいさんになってしまうのだろうか。そんな不安が楽士達の心を支配し始める。
そんな時である。
「待たせたわね」
バン! と勢いよく扉を開けた……訳でもなくソーンが控え室に入って来た。
「ソーン!」
μの嬉しそうな声にソーンも微笑む。
「Lucidを元の元気な高校生に戻すための方法を持って来たわ」
そう言ってソーンが皆に見せたのはヘッドホンだった。いや、これはヘッドホンではなく……。
「ソ、ソーンちゃん、これってまさか……」
「ええ、マインドホンよ。これを使えば万事解決、数分後には元気な姿で走り回るLucidの姿が見られるはずよ」
引きつったスイートPの言葉にソーンは自信満々にそう答えた。ご丁寧に親指まで立てて。
ウチのリーダーは若干ポンコツかもしれない。楽士達にそんな認識が広まった瞬間だった。
◇◇◇
この後、Lucidにマインドホンをかぶせる度にLucidの人格が変わってしまう話があったとかなかったとか……。なんにせよ、それはまた別のお話だ。