まだ見てくださっている人はいらっしゃるのか……。
筋違いの期待も込めて第23話です。
「桜乃ちゃん、えっと……決勝のコートってこっちで合ってる?」
「そ、そのはずなんですけど……」
私、烏野冥は桜乃ちゃんの先導のもと、決勝が行われているというコートへと向かっていた。
しかし歩いて数十分、そのコートは一向に見当たらない。それどころか、いつの間にか私達は試合会場の敷地外にある遊歩道を歩いていた。
桜乃ちゃんは見るからにその表情を青くしている。
こ、これは迷ったやつだね……。
「えっと……一旦誰かに聞こっか」
「っ!冥先輩、本当にすみません!私のせいで……」
「ううん、私も事前に調べてなかったから……。任せっぱなしになってごめんね」
「冥先輩……」
そんな時、私達の前から歩いてくるテニスウェアを着たショートカットの女の子の姿が視界に写った。その子の肩にはラケットカバーも提げられている。
あの子なら場所を知ってるかも……。
「桜乃ちゃん、あの子に聞いてみよっか」
そうして私は声をかける。
「すみません今日この辺りで公式戦が行われていると思うんですけど、どのコートでやってるか、とかご存知ですかね?ちょっと道に迷っちゃって……」
「あぁ、地区予選のことなら私今から見に行きますよ」
「ほ、本当ですか?!」
先程まで落ち込んでいた桜乃ちゃんの声がぱっと明るくなる。
「えぇ。良ければ一緒に行きます?」
「ぜひ、お願いします」
そうして、私と桜乃ちゃんはその子と共にコートへと向かうことになった。
道中、私達3人は自己紹介も兼ねてお互い色々なことを話し合う。
「へぇ……桜乃と冥さんは青学の人なんですね」
「はい、少し男子の見学を」
「杏ちゃんはどうしてここに?私達みたいに見学?」
女の子の名前は橘杏というらしく、まだ会って間もないけど、すごくしっかりした子という印象だ。
「んー、まあそうですね。うちの学校も地区予選出てるんで、それを見に来たって感じで」
「へー。あれ?そういえば杏ちゃんはどこの中学校?」
「私は……「おー!冥にゃんじゃん!」にゃ、にゃん……?」
そんな時突然、聞き覚えのある声が辺りに響いた。
はぁ……その呼び方控えてって言ってたのに……。
「き、菊丸くんその呼び方は」
「いいじゃんいいじゃん気にしなーい。ありゃ、こっちはおちびの……あいつも隅に置けねぇなぁ」
「こ、こんにちは菊丸先輩……」
相変わらず自由奔放なんだから。
「菊丸ってあのゴールデンペアの?」
杏ちゃんが確認するように口を開いた。
「お?俺のこと知ってるんだ」
「それはもう。青学の大石・菊丸ペアと言えば有名ですから。あ、私不動峰中の橘杏と言います」
「げっ!君不動峰中なの?!」
菊丸くんが驚きの声を上げる。
不動峰中……聞いたことないけど……。
「菊丸くんどうしたの?」
「いや、今俺らが試合してる相手が不動峰中でさ」
「え?!そうなの?!」
「申し遅れてすみません」
杏ちゃんがそう言って舌をペロッと出す。
ちょっと小悪魔っぽい。
「あれ?そう言えば試合は?今その時間じゃないっけ?」
「やってるよー。俺はさっき終わったからクールダウン中〜」
「そうなんだ、お疲れ様!どうだったの?」
「へへーん、そっちの子には悪いけど大勝利〜!」
菊丸くんはそう言ってVサインをする。
杏ちゃんはそれに対し純粋な賞賛を送った。
「さすがゴールデンペアですね。ですが、不動峰も負けてないと思いますよ。兄まで回れば……」
「兄……?」
そうこう話している内にコートへとたどり着いた。
私と杏ちゃんはコートで試合をしている人物にそれぞれ違った意味で驚く。
「「悠(不二さん)がダブルス?!」」
え、一体どういうこと?!それも不二くんとダブルスだなんて……。悠ってダブルスもできるってこと?
その時、スコアボードには、【不二・立川4-1伊武・神尾】という文字が刻まれていた。
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「よっしゃぁ!不二先輩ナイスボール!」
「ふふ……立川のボールがいいからだよ。僕もやりやすくて助かる」
「ゲーム青学!ゲームカウント4ー1」
俺と不二先輩は最初のゲーム以降、とある作戦の元で不動峰を翻弄していた。
その作戦とは、俺があえて浅いボールを打ち、相手にネットより低いボール、すなわちドライブ回転が必要なボールを打たせることで不二先輩がツバメ返しにより得点を重ねていくというものだ。
ではドライブ回転で返さなければいいのでは?という疑問もあるかもしれないが……。
「くそっ……不二の野郎ことごとくツバメ返しで返球してきやがる。それにスライス回転で返球してもオウム返し……だったか、あの技で結局やられてる。あの1年も1年だ、あんなくっそ浅ぇ球打ちやがって」
「神尾、落ち着け」
そう、神尾さんの言う通り今の不二先輩はスライス回転対応のオウム返しを習得しているのだ。
しかも俺の返球が浅いから伊武さんのポーチに出るタイミングがなくなり、最初のゲームのあえて空けていたスペースも結果的に封じることになっている。向こう側は泣きっ面に蜂だろう。
「いいぞ2人とも!不二はさすがの安定感だな。立川もあの浅い球はいやらしすぎる、まさに普段通りだな!」
「いや、大石先輩俺のどこ見て言ってるんすか」
「うーん、烏野さんへの対応とかかな?」
「なんでそこで冥?!」
なぜ冥が出てくるんだ、解せぬ。
「立川と言えば烏野さんだからな。今さっき応援に来てくれてあそこにいるし」
「え、冥いるんですか?!」
俺はそう言って大石先輩が目を向けた方向に顔を向けると、そこでは冥がこっちを向いて笑顔で手を振っている様子があった。俺は来てくれてありがとうという念を込め、手を振り返す。
てか、竜崎さんも来てるのか……え?!横の人って橘杏?!
なんであの子がこっちサイドに……?
そんな俺の疑問をぶった斬るようにベンチコーチの竜崎先生が口を開く。
「あー、いいか立川?」
「あ、すんません……」
「よし、まあ特に言うこともないんだが……2人とも良い攻めだ。向こうも思うように攻撃できず浮き足立っておる。強いて言うなら2人とも自信を持ってラケットを振り切るくらいだな。このままペースを崩さないように。部長の言葉を借りるなら、油断大敵!以上」
「「はい!」」
一瞬手塚先輩の眉がピクリと動いた気がするがまあそれはいいだろう。
そうして意気揚々とコートに戻ろうとしたその時である。
「っ!」
「不二先輩?どうかしましたか?」
ん?不二先輩、一瞬動きがおかしかったような……。
「いや、大丈夫。……気のせいだといいが」
最後不二先輩が何か呟いたような気がしたが、俺はそれをもう一度聞くことは無かった。そうして俺はそのことをあまり気にとめず次のゲームへと入っていくのだった。
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「くそっ……不二の野郎ことごとくツバメ返しで返球してきやがる。それにスライス回転で返球してもオウム返し……だったか、あの技で結局やられてる。あの1年も1年だ、あんなくっそ浅ぇ球打ちやがって」
「神尾、落ち着け」
チェンジコートで自陣のベンチに戻る際、神尾は苛立ったようにそう話す。
それとは対照的に伊武はいつもの落ち着いた様子で神尾を宥めていた。
それがまた神尾の気に触ったのか、神尾は伊武に苦言を呈する。
「深司はなんとも思わねぇのか?このままやられたい放題で……」
しかし、神尾は自分の発言を少し後悔する。
なぜなら伊武が本性を表すトリガーを引いたからだ。
「あームカつく。なんだよあの回転、俺が取れない場所で打ってきやがって。しかも何、負けてるからってやられたい放題?今はそういう風に泳がしてるだけじゃん。神尾も神尾でもう少し厳しいコースとか打ってくれたら……ブツブツ」
「おいおい、勘弁してくれ」
「ははっ!出たな深司のボヤキ」
ラケットのガットをギシギシ握りながらボヤく伊武にベンチコーチでもある橘はようやくか、といった表情である。
「なんだよあの1年もただただ浅い球打ってるだけじゃん。あの3年ちょっとはやるみたいだけどあいつ、良い環境に良い先輩、1年はもっと苦労すべきだろ嫌になるなぁ。あの3年はもうそろそろノックダウンするだろし1年に現実見せるためにもぶっ倒そ」
「おい深司、不二がノックダウンってどういう……」
留まることを知らない伊武のボヤキ、そんな中神尾にとって聞き逃せない単語があった。
「橘さん、あれやります」
不動峰陣営の目にはちょうど不二が腕に違和感を感じている様子が映っていた。
「深司まさか、この土壇場で完成させたのか……これは面白いぞ」
「橘さん、こうなった深司は止められねぇっすよ」
圧倒的不利な状況にも関わらず、期待を込めた視線を橘初め不動峰のメンバーは伊武と神尾に送っていた。