関西サイクルスポーツセンターに行った、その翌日――――
俺は今、凄まじいまでの筋肉痛と戦っていた。
大阪府の河内長野市にある自転車テーマパーク、関西サイクルスポーツセンター。
そこには大小様々なオモシロ自転車たちが存在し、たくさんのオモシロが俺を待ち構えていた。
確かに俺は喜び駆け回り、そして色々な自転車を心行くまで堪能した事だろう。
しかし、今俺の身体を蝕む痛みの原因は、決して自転車などではない。
山だ。“坂道“なのだ。
関西サイクルスポーツセンターは河内長野市の山の中に存在しており、アトラクション間を移動する為には、もう毎回凄まじいまでの坂道を歩かなければならない。
娯楽を得る為、ショーを観る為、果てはトイレに行く時でさえ……、来園者は常に足腰に登山めいた苦行を強制されるのだ!
あのテーマパークは、自転車に乗る為の場所じゃない――――
むしろ坂道を歩き、足腰を酷使する為の場所だったのだ!
「俺は決して、自転車に負けたワケじゃねぇ……。
あの関西サイクルスポーツセンターという“登山場“に負けただけだ」
戦場では、常に想定外の出来事に遭遇する。
そんな教訓めいた事を改めて実感した、関西サイクルスポーツセンターであった。
………………………………………………
「ふじお! せっかくの日曜日だっていうのに、いつまで寝てるつもりなんだい!!
アンタたまには母さんに、カーネーションの一本も買って来たらどうなんだい!!」
午後三時。全身の痛みに耐えてベッドでごろごろとしていた俺のもとに、突然うちのお母さんがエンカウントしてきた。
「うるせぇババア! 俺は今、凄まじいまでの痛みと戦っているんだよ!!
戦場にも行かなかったヤツが俺にそう言うのかよ! ラブ&ピースと歌うのかよ!!」
あの戦いは無駄だった。この世はラブ&ピース。
安全な所にいた連中が俺にそう歌う。まるでベトナム帰還兵の心境だ。
「なに言ってるの! そんな事よりアンタ、はやくおやつ食べちゃいなさい!
ほらこれがお父さんが通信販売で買ってきた、
“ひと箱で一年分のカルシウムがとれるウエハース“よ」
「そんなウエハースがあってたまるかッ!!
お父さん騙されてるから! かつがれてるから!!」
「なに言ってるの! そんなイノセントなお父さんと結婚できて、
母さんとっても幸せだと思ってるわ!」
そう言い残し、ウエハースを置いて部屋を出ていくお母さん。
仕方がないので、ウエハースをサクサクする俺。
「まったく世の中はファックだぜ! ブルシットだぜ!!
こんなにもまずいウエハースを、まさか有難がる日が来るなんてな!!」サクサク
――――俺の血となれ。肉となれ。
――――――我と共に生きよ、ウエハースよ。
そう心で念じながら、雪印コーヒーでウエハースを流し込んでいく。
俺達はひとつだ。共に戦おうじゃないか人生を。この人生を。
関係ないけど、ちょーチャーハン食いてぇ。今ちょーチャーハンが食いたかった。
そんな事を思っている時、突然ドタバタという物音が聞こえてくる。
そして部屋のドアが開き、今俺の目の前に、うちの妹の姿が現れた。
「……おにいちゃん!!」
「のり子っ! 入る時はノックをしなさいと、いつも言っているだろう!!
もしおにいちゃんが部屋でふしだらな事をしていたら、いったいどうするつもりだ!!」
「きいてっ、おにいちゃん!!」
ウチの妹、のり子。
ポニーテールに、ワカメちゃんのようなスカートを穿く14才。
兄として妹の無作法を窘めるも、今はそんな場合ではないとばかりに息を弾ませるのり子。
「――――おにいちゃん! わたしたち、ほんとうの兄妹じゃないの!!」
「マジでかチキショウ!!!!」
突然言い放たれる、妹の衝撃発言。
人がウエハースを食っている時に、なんて事を宣言してくれるんだ。
「そうなのっ。だから今までどれだけユーを愛しても
3分の1も伝わらなかったけれど、今はそんな事ないわ!」
「落ち着くんだ! のり子!!」
「おちついてなんかいられないっ! 走り出した恋はもう止められないのよ!」
ときめく想いに駆け出しそうなのよ!
そう言って掴みかかってこんばかりの勢いの、のり子。
「とりあえずこれを食べて落ち着け! これがお父さんが通信販売で買ってきた、
ひと箱で一年分のカルシウムがとれるウエハースだ!!」
「嘘よっ、そんな物がこの世に存在するわけないわっ! フィクションよ!!」
おにいちゃんのうそつきっ! 抱きしめて!
そう言い放ち、ついには掴みかかってくるのり子。
誰だ! そんな事をのり子に吹き込みやがったヤツは! お父さんか!
つかそんな事を言うヤツぁ、ウチのお父さんしかいねぇ!!
「のり子! いまから俺はお父さんに、一世一代の腹パンをかましてくるぞ!!
お前もついてくるんだ!!」
「わかったわおにいちゃん! のり子はいつだって、おにいちゃんといっしょよ!!」
………………………………………………
なかよく手を繋ぎ、ドタバタと階段を上がっていく俺達二人。
目指すはウチのお父さんの部屋。この家の最深部にある、お父さんの書斎だ。
俺はもう、すでに拳を振りかぶりながら走っている。この勢いのまま、ヤツの腹に拳を叩きこんでやるのだ。
「――――たのもうっ、お父さん!! チィエストォォォーーーウッッ!!!!」
そう言い放ち、扉を開けた瞬間に拳を繰り出す。しかしそこにお父さんの姿は無かった。
拳はお父さんの書斎の椅子に直撃し、そして俺はグキッと拳を痛めた。
「おぅファック! ファック!!」
「おにいちゃん、おとうさんの姿がないわ! すでにランナウェイよ!!」
書斎の床をゴロゴロとする俺。すると床に、一枚の画用紙が落ちているのを発見する。
そこに書かれていたのは、イカダの設計図。子汚いクレヨンで書かれた、お父さんが作成したであろうイカダの設計図であった。
【海に行く。――――父】
……絵に書かれたメッセージ。それを読み、ただ愕然と立ち尽くす俺達。
「……お、おにいちゃん…………」
不安な表情を浮かべるのり子の手を、俺は強く握り返す。
……季節は1月。この三が日が明けたばかりの新年ムードまっさかりの時期。
お父さんは手作りイカダひとつを持ち、長年の夢である、海を目指していった。
「――――完成していたと言うのか」
BGM推奨曲、Blood Stain Child - “Freedom“