hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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14、青い髪のサムライ。

 

 

「ふむ。ファースト、ちょっとこっちに来なさいな」

 

「?」

 

 毎度おなじみ第三新東京市にある、葛城さんのお宅。

 現在惣流・アスカ・ラングレーは、同じエヴァのパイロットである綾波レイを自室に招き、共に休日のひと時を過ごしていた。

 アスカにちょいちょいと手招きされ、テテテとばかりに寄って行くレイさん。

 

「そーれ! ギュ~ッ! …………うん、良いわねコレ。

 人のぬくもりには、問答無用の癒し効果があると思うの。

 やっぱ良いもんねハグって」

 

「……暑いわ」

 

 後ろからハグをし、頭をぐりぐり撫でまわして猫可愛がりする。レイが大人しいのを良い事にアスカは好き放題だ。

 まぁ自分は遠くドイツからやって来た身だし、たまに無性に人恋しくなるお年頃。いつも頑張って世界の平和を守っているのだから、こうしてハグするぐらいは許して頂きたく思う。

 

 ちなみにアスカとレイがこんな風に仲良くする事など、本来なら有り得なかったかもしれない。

 レイは自己主張が薄いというか、あまり自分の感情を表に出すタイプでは無い。なのでアスカは「つまんない子!」と思い、以前は毛嫌いしてたりしたのだが……。

 

 しかしアスカは最近になって、いつもレイが自分の愚痴や辛辣な言葉を、黙って「じ~っ」と聞いてくれている事に気が付いた。

 自分は結構キツイ物言いをする方だというのに……、それでもレイはいつも自分の傍にいてくれるのだ。

 無口ではあるけれど傍に寄り添い、我が儘な自分について来てくれる。そしてよく見ると可愛い。

「えっ。この子って実は、凄く良い子なんじゃないの?」と、最近思い始めたアスカなのである。

 

「我慢なさい。どうせ第三新東京市はいつも夏真っ盛りよ。

 暑いモンは暑いんだから、それならハグでもしてた方が良いでしょ?

 これも幸せの対価だと思いなさいな。ぽかぽかよ。」

 

「ぽかぽか……」

 

 最近は、よくこうしてレイを抱きしめ、二人でのんびり過ごす事も多い。

 テレビを観たり、ポケ~っとしたり。そんな何気ない時間ではあるが、アスカにとっては癒しの時なのである。

 

「アタシはこうしてる時が一番幸せだけどさ?

 アンタは何やってる時が幸せ? どんな時にぽかぽかする?」

 

「……分からない。 家に居る時も、特に何もしていないもの」

 

「そうなの? 花盛りの女子中学生が、随分と寂しい話よね。

 ん~……そうねぇ~……。出来れば何か趣味のひとつでも欲しい所だけど。

 アンタは何か、興味のある事とかない? やりたい事とか」

 

「やりたい事……」

 

 アスカの腕の中、レイが「ウムム……」と唸る。後ろからなので顔は見えないが、なにやら真剣に悩んでくれているのが見て取れた。大変微笑ましい。

 

「じゃあ、あれをやってみたいわ。最近テレビで観たの」

 

「ん、なによ? どんな事したいの?」

 

「――――かかと落とし」

 

 一瞬フリーズするアスカ。しかしレイの声色は、真剣そのものだ。

 

「かかと落とし、やってみたいわ。

 あれ、とてもカッコいいと思う――――」

 

 恐らくTVで格闘技番組でも観てたんだろう。まるでロッキーに影響されて夜中に公園を走りに行く青少年のように、レイの頬が高揚しているのが分かる。

 

「かかと落とし、ぽかぽかする。

 私もあんな風に、かかと落としをしてみたい」

 

「…………あ、うん。

 いやあの……興味を持つのは良い事だと思うけどね?」

 

 やりたい事を聞かれて、かかと落とし――――

 あまりの意外な答えに硬直してしまうも、ようやく回復してきたアスカ。

 

「……ダメ? かかと落としは、いけない?」

 

「いや、ダメではないんだけどね……? そりゃアタシだって、

 アンタのやりたい事は出来るだけ叶えてあげたい~って思っているのよ?

 だからそんな目で見ないで頂戴。

 ……でも、アンタ出来る? アレって結構難しい技だと思うんだけど……」

 

 ちなみにかかと落としを修得したいなら、普通は1~2か月ほど足の柔軟体操をし、まずは足が高く上がるようにしなければならない。

 レイが特別身体の柔らかい子であるならば、それは省略出来ようが……。

 

「ん~……。じゃあアンタいっぺん、そこで足を高く上げてみなさいな。

 とりあえず見ててあげるから」

 

「わかったわ」

 

 トテトテと部屋の真ん中あたりに移動し、レイはサッカーのように右足を蹴り上げてみる。

 ひょいっ! すってん! ドテェーッ!!

 

「わぁーっ!! ……ってちょっとアンタ大丈夫なのっ!?

 思いっきり頭ぶつけてたけど!!」

 

「……いたい」

 

 勢いよく足を蹴り上げた瞬間、軸足がツルッと滑り、そのまま転倒。レイは床に後頭部をぶつけるハメとなる。

 

「……じぃ~」

 

「え、なんでこっち見てるの?

 ……もしかしてこれ、私が悪いみたいになってるの?」

 

「アスカの言うとおりにしたら、頭を打ったわ。いたい」

 

「いや、あの……ゴメンね?

 でもアンタ、ぜんぜん足上がってなかったからさ……?

 ちょっとかかと落としは……、無理なんじゃないかな?」

 

 レイの身体は固かった。

 かかと落としをやりたいなんて言い出すのだから「もしかしたら……」とは思ったんだけど、儚い願いだったようだ。

 

「やる。練習すればできるわ。

 私も板とか人体とかを粉砕してみたい」

 

「けっこう闘争本能あるのねアンタ。

 意外な一面を知る事が出来たわ……。

 じゃあとりあえず、今日は練習しよっか?

 そのよく分からない情熱があれば、いつかは修得出来るでしょ」

 

 念のためレイの後ろに沢山のクッションを敷き、かかと落としの練習を開始する二人。うら若き乙女が休日にやる事では無かった。

 

「あの、お菓子持ってきたんだけど……。二人とも何やってるの?」

 

「お、ちょど良い所に来たわシンジ。ちょっとそこに座りなさいな」

 

 ここでシンジくんが部屋に来訪。

 アスカはシンジを部屋の真ん中あたりに座らせ、その眼前にレイを立たせる。

 

「――――よし、やりなさいファースト」

 

「かかと落とし」

 

「 !?!? 」

 

 行儀よく正座していたシンジくんの肩口に、レイのかかと落としがヒットする。

 

「……えっ、何するのさ綾波!? どうしちゃったの!?」

 

「いやね? この子がどうしてもって言うもんだからね?

 今かかと落としの練習をしてるのよ」

 

「おす」

 

〈ポスッ!〉という感じではあったが、レイにかかと落としをされて驚愕するシンジくん。

 ちなみにシンジくんを座らせていたのは、レイの足が高く上がらない為である。

 

「えっと……なんで綾波は、かかと落としがしたいの?

 今までそんな素振なかったじゃないか」

 

「なんかTVでやってたのを観たらしいわよ。

 せっかくファーストが興味を持った事なんだし、叶えてあげたいじゃない」

 

「おす。おねがいします」

 

「そりゃぼくだって、叶えてはあげたいけど……」

 

 なんでかかと落としなんだろう? なんで興味もっちゃったんだろう?

 そう思いはしたものの、シンジくんだってレイの事は好きだし、なによりとても付き合いの良い子であるので、ここは黙って応援する事にした。

 部屋の端っこに座り、アスカと共に声援を送る。

 

「良いわよファースト! だいぶキレが出てきたわ!」

 

「気をつけてね綾波っ。怪我とかしちゃダメだよっ」

 

 部屋で黙々とかかと落としの練習をするレイ。それを傍で応援する二人。

 重ねて言うが、とても遊び盛りの中学生の子達が休日にする事では無かった。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「よし、ネルフ本部に来てみたわ。 後は実戦をこなすわよファースト」

 

「がんばってね綾波」

 

 部屋での反復練習を終え、「もう充分だ」と判断したアスカ師範の指示により、三人はネルフ本部へと場所を移した。

 ここから綾波レイの、かかと落としによるサクセスが始まるのだ。

 

「あっ、そこミサトさんがいるよ。どうする綾波?」

 

「あのグラサンを叩き割ってくるわ」

 

「気合充分じゃないのアンタ! やる気に満ち満ちてるっ!!」

 

 無表情ながらもシンジたちにサムズアップを決め、レイはスタスタと歩いて行く。

 デスクに座っていたミサトが、レイに気が付いて書類から顔を上げる。

 

「あらレイ? どうしたの~こんな所で。

 今日って訓練も無かったでしょう?」

 

「――――かかと落とし」

 

 レイのかかと落としが、葛城三佐の脳天にヒットした。

 

「おごっ!! ……って、えっ? 何!?

 あたし何かした?! どうしてかかと落とし?!」

 

「胸がぽかぽかする……。はじめての気持ち」

 

 頭を押さえてオロオロするミサト。それを余所にほっこりしているレイ。

 

「ミサトさんごめんなさいっ、綾波も悪気があったワケじゃないんです!」

 

「そうなのミサト! 悪気なんか無かったのよ!!」

 

「悪気無いのにかかと落とししたのっ!?!?

 シンちゃんあたし何か悪い事した?! ビールばっか飲んでるから?!」

 

 半泣きになって縋りついてくるミサトを宥めながら、一同は「かくかくしかじか」と事情を説明する。

 

「そういう事なら仕方ないわ。

 あたし子供の自主性は尊重する方よ」

 

 ――――許してくれるらしい。

 なんかよく分からないが、ミサトはとても懐の広い人だった。許された。

 満足気に頷き、レイの頭をいい子いい子と撫でてやるミサトさん。

 

「ちょうどそこにリツコもいるわよ?

 レイ、いけそう?」

 

「赤木博士はもう、歩いて帰れないわ」

 

「今日カッコいいよ綾波! 頼もしいよっ!!」

 

 みんなの声援を背に受け、赤木博士の方へトテトテ歩いて行く綾波。

 

「あら、どうしたのレイ? 私に何かご用?」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ふぬ゛ごっ!! 」

 

 レイのかかと落としが、赤木博士の額にヒットする。

 

「痛いじゃないのレイ!

 なんだかんだあっても、貴方とは仲良くやってきたつもりよっ?!」

 

「ごめぇ~んリツコ! この子も悪気は無いのよ~」

 

「そうですリツコさん! 綾波に悪気は無かったんです!!」

 

「悪気も無いのにこんな事するの!? 最近の若者はモンスターなの?!」

 

 そして「かくかくしかじか」し、なんとかリツコさんも納得してくれた。

 たとえどんな事であれ、レイが物事に興味を持ったのは大変喜ばしい。まぁとりあえずはやってみなさいと太鼓判を押してくれる。

 

「あっちに加持くんいるけど、今から行ってみる?」

 

「二度とスイカの作れない身体にしてやるわ」

 

「良いわよファースト! アンタいま輝いてるっ!!」

 

 リツコさんも仲間に加わり、みんなでゾロゾロと歩いて行く。

 自動販売機のある休憩所に、加持さんの姿はあった。

 

「やぁシンジくん達。……って珍しいな葛城たちまで。

 俺に何か用かぃ?」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ごっほ゛ぁ!! 」

 

 飲んでいたコーヒーを吹き出し、しばし床をのたうち回る加持さん。

 

「レイくんっ、女の子がそんな事をしちゃいけないぞ!?

 俺は確かにちゃらんぽらんな男だが、それでも暴力は……!

 ……って、何々? ……あぁそれだったら仕方ないな」

 

 理解のある大人で良かった。やはり加持さんはみんなのお兄さんである。

 

「次は父さんの所に行ってみよっか? いま会議室に居るんだって」

 

「えぇ、碇指令の墓に唾を吐いてやるわ」

 

「ダーティねレイっ! ちょっちキュンときちゃったわ!!」

 

 勢いそのまま一同は会議室に向かい、バーンと扉を開け放つ。

 

「……どうしたレイ? 今は会議中だ。用があるならば後に」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ん゛っ!?!? 」

 

 例の“口元で手を組むポーズ“を上から押しつぶすように、かかと落としが脳天に炸裂した。

 

「――――ぺっ!」

 

 気絶した碇指令の頬に、レイの唾がベチャッとかかる。

 

「次は冬月副指令ね。どこにいらっしゃるのかしら?」

 

「確か作戦指令室の方に居たと思うぞ?

 マヤくんや青葉くん達もそこに居るハズだ」

 

「それじゃあ行ってみましょうか。

 綾波、いっぱいいるみたいだけど平気?」

 

「問題ないわ。サーチ&デストロイ(見敵必殺)よ」

 

 気を失った碇指令、そして会議中であったお偉いさん達を残し、一同はゾロゾロと作戦指令室へと向かって行く。

 

「ん? やぁシンジくん達じゃないか」

 

「どうしたのシンジくん達? 遊びに来てくれたの?」

 

「ちょうど俺達も休憩だ。どっかでお茶でも飲むかい?」

 

「すいません日向さん! マヤさん! 青葉さん!

 ちょっとだけ綾波の自分探しに付き合ってあげて下さいっ!」

 

 ペコーリとシンジくんが頭を下げると、その後ろからノシノシと歩いてくる綾波。なにやら身体からオーラのような物が立ち昇っている。

 

「……なんかレイの雰囲気がいつもと違うんだけど」

 

「どうしたのレイ? なにか嫌な事でもあった?」

 

「そうだぞ? 遠慮せずに話してみろよ。もし俺で力になれる事だったら」

 

「――――かかと落とし」

 

 レイのかかと落としが青葉さんに炸裂。「の゛ごッ!」という面白い声を出した。

 

「え……かかと落とし? いや、俺はなんとか大丈夫だが……何で?」

 

「どうして青葉にかかと落としを? レイはそんな事する子じゃないだろ?」

 

「そうよレイ? レイはとっても良い子じゃない。話してみて?」

 

 青葉さんは軽く頭を擦りながら、他の二人は少し困惑しながらも話を聞いてくれる。「かくかくしかじか」と事情を話し終えた時には、すっかり三人共納得してくれたようだ。包容力バンザイ。

 

「……じゃあ次は俺か……。お手柔らかに頼むよレイ」

 

「――――かかと落とし」

 

「 い゛どぁ!! 」

 

 日向さんの脳天にかかと落としが炸裂。メガネがちょっとずれる。

 

「えっと……あんまり痛くしちゃイヤだよ……?

 信じてるからねレイ」

 

「――――かかと落とし」

 

「 ぴぃや゛っ!! 」

 

 マヤさんの頭にもかかとが炸裂。涙目になって頭をクシクシと擦っている。

 

「あ、冬月副指令なら、そこの椅子の後ろに隠れてるよ」

 

「!?!?」

 

「ホントだ! こんな所に隠れてたわ!」

 

「ズルイよ! 自分だけ隠れるなんて!」

 

「ダメですよぉ~副指令ぃ~?

 ちゃんとレイに協力してあげて下さいっ」

 

「――――かかと落とし」

 

「 んごぁっ!! 」

 

 即座にかかとを叩きこみ、副指令の粉砕に成功するレイ。

 

「ネルフの美しき獣……人はそう呼ぶわ」

 

「そうだね、今日の綾波カッコよかったよ。

 じゃあそろそろ、帰ってご飯食べようか」

 

「――――待ってシンジくん!

 今ちょうど第三新東京市に向かってくる敵影を発見!

 パターン青、使徒ですっ!!」

 

 突然のマヤさんの叫びに、一気に慌ただしくなる作戦指令室。オペレーターの皆は頭を擦りながら席に着き、副指令もヨタヨタと歩いて位置に着いていく。

 

「こんな時に使徒が現れるなんてっ! でも丁度良かったかもしれないわっ。

 ……行けるわね、三人ともっ!?」

 

「もちろんですミサトさん!」

 

「あったりまえよっ! アタシを誰だと思ってんのよっ!!」

 

「敗北を知りたい」

 

 即座にプラグスーツへと着替え、エヴァへ乗り込んでいく三人。

 今、この第三新東京市の守り手たる少年少女たちが、勢いよくリフトで地上へと射出されていった。

 

 

「――――かかと落とし」

 

 

 チュドーンという音と共に、使徒が爆散する。

 零号機の放つ渾身のかかと落としが、強大な敵を討ち滅ぼしたのだ!

 

「……なんか、役に立っちゃったね。かかと落とし……」

 

「やっとくモンよね、なんでも。

 きれ~に入ってたわ……、使徒の脳天に……」

 

 呆然としながらも、そう呟き合うエヴァパイロットの二人。

 芸は身を助ける――――

 やっぱ人間、趣味という物は持っておくべきなのだ!

 

「あれかな……?

 これから零号機の新武装に、かかと落としを強化する為の装甲とかが……」

 

「……さぁ? あたしゲルマン民族だからよく分からないわ……」

 

「僕らも練習する……? かかと落とし……」

 

「エヴァってそんなロボだったかしら……。まぁいいけど……」

 

 使徒を殲滅し、爆炎を背にしてこちらに歩いてくる零号機。

 その姿は雄々しく、風格すら漂っている。

 

「かかと落とし……、胸がぽかぽかする。はじめての気持ち」

 

 綾波が幸せなら、もうそれでいいんじゃないかな。

 シンジくんは思った。

 

 

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