「ふむ。ファースト、ちょっとこっちに来なさいな」
「?」
毎度おなじみ第三新東京市にある、葛城さんのお宅。
現在惣流・アスカ・ラングレーは、同じエヴァのパイロットである綾波レイを自室に招き、共に休日のひと時を過ごしていた。
アスカにちょいちょいと手招きされ、テテテとばかりに寄って行くレイさん。
「そーれ! ギュ~ッ! …………うん、良いわねコレ。
人のぬくもりには、問答無用の癒し効果があると思うの。
やっぱ良いもんねハグって」
「……暑いわ」
後ろからハグをし、頭をぐりぐり撫でまわして猫可愛がりする。レイが大人しいのを良い事にアスカは好き放題だ。
まぁ自分は遠くドイツからやって来た身だし、たまに無性に人恋しくなるお年頃。いつも頑張って世界の平和を守っているのだから、こうしてハグするぐらいは許して頂きたく思う。
ちなみにアスカとレイがこんな風に仲良くする事など、本来なら有り得なかったかもしれない。
レイは自己主張が薄いというか、あまり自分の感情を表に出すタイプでは無い。なのでアスカは「つまんない子!」と思い、以前は毛嫌いしてたりしたのだが……。
しかしアスカは最近になって、いつもレイが自分の愚痴や辛辣な言葉を、黙って「じ~っ」と聞いてくれている事に気が付いた。
自分は結構キツイ物言いをする方だというのに……、それでもレイはいつも自分の傍にいてくれるのだ。
無口ではあるけれど傍に寄り添い、我が儘な自分について来てくれる。そしてよく見ると可愛い。
「えっ。この子って実は、凄く良い子なんじゃないの?」と、最近思い始めたアスカなのである。
「我慢なさい。どうせ第三新東京市はいつも夏真っ盛りよ。
暑いモンは暑いんだから、それならハグでもしてた方が良いでしょ?
これも幸せの対価だと思いなさいな。ぽかぽかよ。」
「ぽかぽか……」
最近は、よくこうしてレイを抱きしめ、二人でのんびり過ごす事も多い。
テレビを観たり、ポケ~っとしたり。そんな何気ない時間ではあるが、アスカにとっては癒しの時なのである。
「アタシはこうしてる時が一番幸せだけどさ?
アンタは何やってる時が幸せ? どんな時にぽかぽかする?」
「……分からない。 家に居る時も、特に何もしていないもの」
「そうなの? 花盛りの女子中学生が、随分と寂しい話よね。
ん~……そうねぇ~……。出来れば何か趣味のひとつでも欲しい所だけど。
アンタは何か、興味のある事とかない? やりたい事とか」
「やりたい事……」
アスカの腕の中、レイが「ウムム……」と唸る。後ろからなので顔は見えないが、なにやら真剣に悩んでくれているのが見て取れた。大変微笑ましい。
「じゃあ、あれをやってみたいわ。最近テレビで観たの」
「ん、なによ? どんな事したいの?」
「――――かかと落とし」
一瞬フリーズするアスカ。しかしレイの声色は、真剣そのものだ。
「かかと落とし、やってみたいわ。
あれ、とてもカッコいいと思う――――」
恐らくTVで格闘技番組でも観てたんだろう。まるでロッキーに影響されて夜中に公園を走りに行く青少年のように、レイの頬が高揚しているのが分かる。
「かかと落とし、ぽかぽかする。
私もあんな風に、かかと落としをしてみたい」
「…………あ、うん。
いやあの……興味を持つのは良い事だと思うけどね?」
やりたい事を聞かれて、かかと落とし――――
あまりの意外な答えに硬直してしまうも、ようやく回復してきたアスカ。
「……ダメ? かかと落としは、いけない?」
「いや、ダメではないんだけどね……? そりゃアタシだって、
アンタのやりたい事は出来るだけ叶えてあげたい~って思っているのよ?
だからそんな目で見ないで頂戴。
……でも、アンタ出来る? アレって結構難しい技だと思うんだけど……」
ちなみにかかと落としを修得したいなら、普通は1~2か月ほど足の柔軟体操をし、まずは足が高く上がるようにしなければならない。
レイが特別身体の柔らかい子であるならば、それは省略出来ようが……。
「ん~……。じゃあアンタいっぺん、そこで足を高く上げてみなさいな。
とりあえず見ててあげるから」
「わかったわ」
トテトテと部屋の真ん中あたりに移動し、レイはサッカーのように右足を蹴り上げてみる。
ひょいっ! すってん! ドテェーッ!!
「わぁーっ!! ……ってちょっとアンタ大丈夫なのっ!?
思いっきり頭ぶつけてたけど!!」
「……いたい」
勢いよく足を蹴り上げた瞬間、軸足がツルッと滑り、そのまま転倒。レイは床に後頭部をぶつけるハメとなる。
「……じぃ~」
「え、なんでこっち見てるの?
……もしかしてこれ、私が悪いみたいになってるの?」
「アスカの言うとおりにしたら、頭を打ったわ。いたい」
「いや、あの……ゴメンね?
でもアンタ、ぜんぜん足上がってなかったからさ……?
ちょっとかかと落としは……、無理なんじゃないかな?」
レイの身体は固かった。
かかと落としをやりたいなんて言い出すのだから「もしかしたら……」とは思ったんだけど、儚い願いだったようだ。
「やる。練習すればできるわ。
私も板とか人体とかを粉砕してみたい」
「けっこう闘争本能あるのねアンタ。
意外な一面を知る事が出来たわ……。
じゃあとりあえず、今日は練習しよっか?
そのよく分からない情熱があれば、いつかは修得出来るでしょ」
念のためレイの後ろに沢山のクッションを敷き、かかと落としの練習を開始する二人。うら若き乙女が休日にやる事では無かった。
「あの、お菓子持ってきたんだけど……。二人とも何やってるの?」
「お、ちょど良い所に来たわシンジ。ちょっとそこに座りなさいな」
ここでシンジくんが部屋に来訪。
アスカはシンジを部屋の真ん中あたりに座らせ、その眼前にレイを立たせる。
「――――よし、やりなさいファースト」
「かかと落とし」
「 !?!? 」
行儀よく正座していたシンジくんの肩口に、レイのかかと落としがヒットする。
「……えっ、何するのさ綾波!? どうしちゃったの!?」
「いやね? この子がどうしてもって言うもんだからね?
今かかと落としの練習をしてるのよ」
「おす」
〈ポスッ!〉という感じではあったが、レイにかかと落としをされて驚愕するシンジくん。
ちなみにシンジくんを座らせていたのは、レイの足が高く上がらない為である。
「えっと……なんで綾波は、かかと落としがしたいの?
今までそんな素振なかったじゃないか」
「なんかTVでやってたのを観たらしいわよ。
せっかくファーストが興味を持った事なんだし、叶えてあげたいじゃない」
「おす。おねがいします」
「そりゃぼくだって、叶えてはあげたいけど……」
なんでかかと落としなんだろう? なんで興味もっちゃったんだろう?
そう思いはしたものの、シンジくんだってレイの事は好きだし、なによりとても付き合いの良い子であるので、ここは黙って応援する事にした。
部屋の端っこに座り、アスカと共に声援を送る。
「良いわよファースト! だいぶキレが出てきたわ!」
「気をつけてね綾波っ。怪我とかしちゃダメだよっ」
部屋で黙々とかかと落としの練習をするレイ。それを傍で応援する二人。
重ねて言うが、とても遊び盛りの中学生の子達が休日にする事では無かった。
………………………………………………………………………………………………
「よし、ネルフ本部に来てみたわ。 後は実戦をこなすわよファースト」
「がんばってね綾波」
部屋での反復練習を終え、「もう充分だ」と判断したアスカ師範の指示により、三人はネルフ本部へと場所を移した。
ここから綾波レイの、かかと落としによるサクセスが始まるのだ。
「あっ、そこミサトさんがいるよ。どうする綾波?」
「あのグラサンを叩き割ってくるわ」
「気合充分じゃないのアンタ! やる気に満ち満ちてるっ!!」
無表情ながらもシンジたちにサムズアップを決め、レイはスタスタと歩いて行く。
デスクに座っていたミサトが、レイに気が付いて書類から顔を上げる。
「あらレイ? どうしたの~こんな所で。
今日って訓練も無かったでしょう?」
「――――かかと落とし」
レイのかかと落としが、葛城三佐の脳天にヒットした。
「おごっ!! ……って、えっ? 何!?
あたし何かした?! どうしてかかと落とし?!」
「胸がぽかぽかする……。はじめての気持ち」
頭を押さえてオロオロするミサト。それを余所にほっこりしているレイ。
「ミサトさんごめんなさいっ、綾波も悪気があったワケじゃないんです!」
「そうなのミサト! 悪気なんか無かったのよ!!」
「悪気無いのにかかと落とししたのっ!?!?
シンちゃんあたし何か悪い事した?! ビールばっか飲んでるから?!」
半泣きになって縋りついてくるミサトを宥めながら、一同は「かくかくしかじか」と事情を説明する。
「そういう事なら仕方ないわ。
あたし子供の自主性は尊重する方よ」
――――許してくれるらしい。
なんかよく分からないが、ミサトはとても懐の広い人だった。許された。
満足気に頷き、レイの頭をいい子いい子と撫でてやるミサトさん。
「ちょうどそこにリツコもいるわよ?
レイ、いけそう?」
「赤木博士はもう、歩いて帰れないわ」
「今日カッコいいよ綾波! 頼もしいよっ!!」
みんなの声援を背に受け、赤木博士の方へトテトテ歩いて行く綾波。
「あら、どうしたのレイ? 私に何かご用?」
「――――かかと落とし」
「 ふぬ゛ごっ!! 」
レイのかかと落としが、赤木博士の額にヒットする。
「痛いじゃないのレイ!
なんだかんだあっても、貴方とは仲良くやってきたつもりよっ?!」
「ごめぇ~んリツコ! この子も悪気は無いのよ~」
「そうですリツコさん! 綾波に悪気は無かったんです!!」
「悪気も無いのにこんな事するの!? 最近の若者はモンスターなの?!」
そして「かくかくしかじか」し、なんとかリツコさんも納得してくれた。
たとえどんな事であれ、レイが物事に興味を持ったのは大変喜ばしい。まぁとりあえずはやってみなさいと太鼓判を押してくれる。
「あっちに加持くんいるけど、今から行ってみる?」
「二度とスイカの作れない身体にしてやるわ」
「良いわよファースト! アンタいま輝いてるっ!!」
リツコさんも仲間に加わり、みんなでゾロゾロと歩いて行く。
自動販売機のある休憩所に、加持さんの姿はあった。
「やぁシンジくん達。……って珍しいな葛城たちまで。
俺に何か用かぃ?」
「――――かかと落とし」
「 ごっほ゛ぁ!! 」
飲んでいたコーヒーを吹き出し、しばし床をのたうち回る加持さん。
「レイくんっ、女の子がそんな事をしちゃいけないぞ!?
俺は確かにちゃらんぽらんな男だが、それでも暴力は……!
……って、何々? ……あぁそれだったら仕方ないな」
理解のある大人で良かった。やはり加持さんはみんなのお兄さんである。
「次は父さんの所に行ってみよっか? いま会議室に居るんだって」
「えぇ、碇指令の墓に唾を吐いてやるわ」
「ダーティねレイっ! ちょっちキュンときちゃったわ!!」
勢いそのまま一同は会議室に向かい、バーンと扉を開け放つ。
「……どうしたレイ? 今は会議中だ。用があるならば後に」
「――――かかと落とし」
「 ん゛っ!?!? 」
例の“口元で手を組むポーズ“を上から押しつぶすように、かかと落としが脳天に炸裂した。
「――――ぺっ!」
気絶した碇指令の頬に、レイの唾がベチャッとかかる。
「次は冬月副指令ね。どこにいらっしゃるのかしら?」
「確か作戦指令室の方に居たと思うぞ?
マヤくんや青葉くん達もそこに居るハズだ」
「それじゃあ行ってみましょうか。
綾波、いっぱいいるみたいだけど平気?」
「問題ないわ。
気を失った碇指令、そして会議中であったお偉いさん達を残し、一同はゾロゾロと作戦指令室へと向かって行く。
「ん? やぁシンジくん達じゃないか」
「どうしたのシンジくん達? 遊びに来てくれたの?」
「ちょうど俺達も休憩だ。どっかでお茶でも飲むかい?」
「すいません日向さん! マヤさん! 青葉さん!
ちょっとだけ綾波の自分探しに付き合ってあげて下さいっ!」
ペコーリとシンジくんが頭を下げると、その後ろからノシノシと歩いてくる綾波。なにやら身体からオーラのような物が立ち昇っている。
「……なんかレイの雰囲気がいつもと違うんだけど」
「どうしたのレイ? なにか嫌な事でもあった?」
「そうだぞ? 遠慮せずに話してみろよ。もし俺で力になれる事だったら」
「――――かかと落とし」
レイのかかと落としが青葉さんに炸裂。「の゛ごッ!」という面白い声を出した。
「え……かかと落とし? いや、俺はなんとか大丈夫だが……何で?」
「どうして青葉にかかと落としを? レイはそんな事する子じゃないだろ?」
「そうよレイ? レイはとっても良い子じゃない。話してみて?」
青葉さんは軽く頭を擦りながら、他の二人は少し困惑しながらも話を聞いてくれる。「かくかくしかじか」と事情を話し終えた時には、すっかり三人共納得してくれたようだ。包容力バンザイ。
「……じゃあ次は俺か……。お手柔らかに頼むよレイ」
「――――かかと落とし」
「 い゛どぁ!! 」
日向さんの脳天にかかと落としが炸裂。メガネがちょっとずれる。
「えっと……あんまり痛くしちゃイヤだよ……?
信じてるからねレイ」
「――――かかと落とし」
「 ぴぃや゛っ!! 」
マヤさんの頭にもかかとが炸裂。涙目になって頭をクシクシと擦っている。
「あ、冬月副指令なら、そこの椅子の後ろに隠れてるよ」
「!?!?」
「ホントだ! こんな所に隠れてたわ!」
「ズルイよ! 自分だけ隠れるなんて!」
「ダメですよぉ~副指令ぃ~?
ちゃんとレイに協力してあげて下さいっ」
「――――かかと落とし」
「 んごぁっ!! 」
即座にかかとを叩きこみ、副指令の粉砕に成功するレイ。
「ネルフの美しき獣……人はそう呼ぶわ」
「そうだね、今日の綾波カッコよかったよ。
じゃあそろそろ、帰ってご飯食べようか」
「――――待ってシンジくん!
今ちょうど第三新東京市に向かってくる敵影を発見!
パターン青、使徒ですっ!!」
突然のマヤさんの叫びに、一気に慌ただしくなる作戦指令室。オペレーターの皆は頭を擦りながら席に着き、副指令もヨタヨタと歩いて位置に着いていく。
「こんな時に使徒が現れるなんてっ! でも丁度良かったかもしれないわっ。
……行けるわね、三人ともっ!?」
「もちろんですミサトさん!」
「あったりまえよっ! アタシを誰だと思ってんのよっ!!」
「敗北を知りたい」
即座にプラグスーツへと着替え、エヴァへ乗り込んでいく三人。
今、この第三新東京市の守り手たる少年少女たちが、勢いよくリフトで地上へと射出されていった。
「――――かかと落とし」
チュドーンという音と共に、使徒が爆散する。
零号機の放つ渾身のかかと落としが、強大な敵を討ち滅ぼしたのだ!
「……なんか、役に立っちゃったね。かかと落とし……」
「やっとくモンよね、なんでも。
きれ~に入ってたわ……、使徒の脳天に……」
呆然としながらも、そう呟き合うエヴァパイロットの二人。
芸は身を助ける――――
やっぱ人間、趣味という物は持っておくべきなのだ!
「あれかな……?
これから零号機の新武装に、かかと落としを強化する為の装甲とかが……」
「……さぁ? あたしゲルマン民族だからよく分からないわ……」
「僕らも練習する……? かかと落とし……」
「エヴァってそんなロボだったかしら……。まぁいいけど……」
使徒を殲滅し、爆炎を背にしてこちらに歩いてくる零号機。
その姿は雄々しく、風格すら漂っている。
「かかと落とし……、胸がぽかぽかする。はじめての気持ち」
綾波が幸せなら、もうそれでいいんじゃないかな。
シンジくんは思った。