hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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【Fate】士郎のメシがまずい。1皿目【stay night】





21.衛宮さんちの今日のごはん(まずい)

 

 

 

「やっぱチャーハンはパッラパラじゃねぇとな!

 パラパラのチャーハン以外、俺ぁ認めねぇよ」

 

 ここは冬木商店街のお魚屋さん。

 今チャーハンへの想いを熱弁しているのはクー・フーリンという男だ。

 彼はここ冬木に召喚された槍の英霊であり、このお魚屋さんの店員でもある。エプロンとねじり鉢巻きが妙に似合っている。

 

「最近バゼットや言峰に連れられて中華食いに行く事が多いんだけどよ?

 ……そこで俺ぁ悟ったね。色々と食い比べちゃーみたが、

 美味いチャーハンってのは例外なく米がパラパラしてやがんだよ」

 

 その立ち話の相手は、私ことアルトリア・ペンドラゴン。剣の英霊だ。

 本日は我がマスターより買い物の任を仰せつかり、エコバッグ片手に馳せ参じた次第である。

 

「特に昨日食ったチャーハンなんざ……もう絶品だったぜっ!

 この商店街にある、ありふれた中華飯店のヤツなんだけどよ?

 だが、まぁこれが見事なモンでよ。あれこそがプロの仕事ってヤツだ。

 一度レンゲを入れれば、チャーハンの山がサラッと崩れてく……。

 あんなパラパラのチャーハン、俺ぁ今まで食った事なかったね!」

 

 ランサーは腕を組み、満足そうにウンウンと頷いている。きっと昨日食したというチャーハンの味でも思い出しているのだろう。

 その姿を見ているうちに、なにやら私の脳裏に、ある思い付きが浮かんできた。

 

「ランサーよ、我がマスターの作るチャーハンは、他に類を見ない程のパラパラだ」

 

 私の言葉を聞いた途端、ランサーの目の色が変わる。

 その顔には驚愕と共に、隠しきれない好奇心が浮かんでいるのが見て取れた。

 

「そんなにパラパラが好きならば、一度食べに来ると良いでしょう。

 シロウには私から話しておきますよ?」

 

「まっ、マジかよ!? あの坊主、そんなすげぇチャーハン作れんのかッ!

 ……でも俺ぁ、ちぃとばかしチャーハンにゃーうるせぇぜ?

 おめぇを疑うワケじゃねぇが……、並の一品じゃあ納得しねぇぞ?」

 

「心配いりません。まごう事無き至高のパラパラです。

 あれほどパラパラに作れるのは、世界広しと言えど我がマスターのみだ。

 楽しみにしていると良いでしょう」

 

 注文していた商品を受け取り、私はお魚屋さんを後にする。

 なにやら上機嫌になったランサーにサバだのアジだのをおまけしてもらったので、我がマスターにもきっと喜んでもらえる事だろう。戦果は上々である。

 

「すまねぇなぁセイバー! さっそく明日にでも邪魔すっからよっ!

 坊主にもよろしくなぁ~っ!」

 

 今も背後から、手を振って見送ってくれるランサーの声がする。私もそれに笑顔で答えた。

 

 彼は今、まるで少年のようにパラパラのチャーハンに想いを馳せ、まさに幸福の絶頂にいる事だろう。

 聖杯戦争で争い合った仲とはいえ、ある種の戦友とも言える彼が幸せでいる事は私も喜ばしい。

 

 たとえその笑顔が明日には曇ってしまうとしても(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『パラパラのチャーハンは美味い。パラパラは最高だ』

 

 私はこの言葉を聞いた時、「この男は何も分かっていない小物である」と感じた。

 パラパラであれば美味しい。パラパラだから美味いなどと……。

 コイツは何も分かっていない。童にも等しい存在であると。

 

 我がマスターの作るチャーハンは、パラッパラだ。

 どこの家より、誰の物より、どんな料理人が作る物よりもシロウのチャーハンはパラッパラなのだ。

 その食感もさることながら、見た目もこの上なく美しい。大変に食欲をそそる一品だ。

 

 ――――――でもそれが美味しかった事なんて一度もない(・・・・・)

 

 一回も無い。いつもマズイのだ。

 ブリテン(イギリス)生まれのこの私ですら、神に祈りながら、何かに縋りながらじゃないと食べられない程にマズイ。

 覚悟を決め、気合を入れ、思考と味覚を騙し続ける事でようやく食べられる一品だ。

 これはランサーの言う、まごう事なきパラッパラのチャーハンであるというのに!

 

「井の中の蛙ですね、ランサー……」

 

 貴方は知らない、この世にはパラッパラなのにマズいチャーハン(・・・・・・・・・・・・・・・・)があるという事を。

 世界を知れ。そして絶望なさい。

 まるで子供のように“パラッパラ“を信じるその心……その幻想をぶち壊します。

 

 私は嘘は言っていない。

 シロウの作るチャーハンは、きっとランサーがこれまで出会った事のないようなパラッパラだろう。

 当日は彼も、喜び勇んでレンゲを握り、口に運ぶ事だろう。

 

 だが私は、それが“美味しい“とは一言も言っていない。

 ただ言っていないだけである。

 

「貴方が想いを馳せる明日こそが、クランの猛犬の命日となるのだ――――」

 

 ランサー、文句は食べた後に聞きます。

 もしシロウのチャーハンを完食する事が出来たなら、どのような罵詈雑言でも謹んでお受けします。

 まさか英雄ともあろう者が、出された物を残すなどという無作法はしませんね?

 

 サバとアジをおまけしてくれた、優しい貴方に感謝を。

 だが衛宮の家に住むこの私に対し『料理が美味しかった』などと話をする事が、一体どういう事なのか……、その身をもって知るが良い。

 

 

 …………なにより私は、まずは今日を超えなければならない。

 明日の事などを気にする前に、まずは今日という日を生き残らねばならないのだ。

 

 王にも民草にも、時という物は平等に進む。

 だが時折私は「時なんて、止まってしまえばいいのに」と思う。

 私は毎日の、午後6時半という時刻(・・・・・・・・・・)が、怖い――――

 

「くっ!? ……静まれ、静まれ私の両足ッ……!!」

 

 足がガクガクと震える。

 まるでこの身体が、衛宮の家に帰る事を拒んでいるかのように。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「今日はセイバーの好きなカレーだぞ。たくさん食べてくれな」

 

 愛しのマスター、シロウによって料理が運ばれてくる。

 行儀よく席に着いていた私は、いま目の前に置かれたカレー皿を見つめる。

 暖かな湯気が立ち、食欲をそそる良い匂いがする。思わずお腹が鳴ってしまいそうだ。

 

「やっふー♪ 今日はカレーなのね士郎! お腹いっぱい食べちゃうわ!」

 

「私せんぱいのカレーだいすきですっ! いつもありがとうございますっ!」

 

「お、良い出来じゃん! さすがは衛宮って感じかな」

 

 ヒャッホーイとばかりに喜ぶ、凛と間桐兄妹。料理を作ってくれた士郎に対し、とびっきりの笑みで感謝を伝える。

 それに対して、桜の横に座るライダーは静かだ。それになにやら覚悟を決めるような悲痛な雰囲気を漂わせている。

 もちろんこれは、シロウには悟られないようにだ。

 

「おう、お粗末さま。

 それじゃあ俺、いまから柳洞寺まで行ってくるよ。

 今頃アサシンも腹を空かせてると思うし、早くカレー持ってってやんないと。

 いつも通り、みんなは先に食べててくれな」

 

「おっけーよ士郎! 車に気をつけてね!」

 

「お疲れ様ですせんぱいっ。ステキですっ!」

 

「寄り道するんじゃないぞ! 後でモノポリー大会するんだからな!」

 

 皆にフリフリと手を振って、シロウが玄関に向かう。私は一旦席を立ち、玄関までお見送りに向かう。

 本来ならば私も柳洞寺まで付き添うべきなのだが、シロウの「暖かいうちに料理を食べて欲しいんだ」という要望もあり、この時ばかりはお見送りに徹する事になっている。

 もしかしたらこれは、聖杯戦争を戦ったサーヴァント同士という事で、私とアサシンの両名に気を使ってくれているのかもしれない。

 彼は私のマスターであり、ここの家主でもあるというのに……、その細やかな気遣いに、私はいつも頭が上がらない。

 

「よっし! じゃあ行ってくるよセイバー。すぐ帰ってくるから――――」

 

「はい、いってらっしゃいシロウ。お待ちしています――――」

 

 私は親愛を込めて、ニコリと微笑みかける。シロウも思わず見惚れてしまう程の優しい笑みを、私に返してくれた。

 このやりとりが、私はたまらなく好きだ。暖かな気持ちで胸が満たされていく心地がする。

 

 彼の事が好きだ。彼と共にいられて幸せだ――――

 そんな気持ちを、いつも確認出来るから。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……士郎は行ったわね? それじゃあおっぱじめましょうか……」

 

 居間に戻った私を待っていたのは、悲痛な表情で食卓を囲んでいる4人の姿であった。

 

「今日のメニューはカレー。……カレーなのよ。

 恐らくこれ一皿じゃ、事は終わらない。

 おかわり分を含めて、一人2.3杯は食べないとね……」

 

「わかってます姉さん。覚悟は出来ています……」

 

「それに加えて、今回はカレーという“刺激物“なんだ。

 一応胃薬は準備してるけど、ヤバイと思ったら迷わずに言えよ?

 お前らは女の子なんだ、絶対に無茶するんじゃないぞ!」

 

 マスター勢の3人が、まるで戦地に赴くような真剣さで頷き合っている。

 それもそのはず。今から我らはまごう事無き死地へ向かうのだ。言うなれば我ら5人は、同じ戦場に挑む戦友。鋼の友情で結ばれているのだ。

 

「AEDの準備が出来ました。

 願わくば、これを使う事なく乗り切りたいものです……」

 

 このたび衛宮家の居間には、間桐家遠坂家の協力によりAED(自動体外式除細動器)が導入された。

 これは心肺停止をした者を、音声ガイダンスに従って処置する事により蘇生出来るという優れものなのだ。

 ライダーはまるで看護婦さんのようにAEDの傍に控えている。

 

「具は人参、タマネキ、ジャガイモ、お肉ね……。オーソドックスな面子だわ」

 

「色も普通ですし、匂いもおいしそう……」

 

「なんでこの匂いと見た目でッ、いつも……いつもッ……!」

 

 マスター勢の三人が、もう血が滲まんばかりに拳を握りしめているのが分かる。

 何故? どうして? Why? そんな事を答えてくれる存在はこの場には居ない。

 この戦場に、神は居なかった。

 

「それじゃ……いつも通り僕が先にいく。

 僕のリアクションを見て、各自心構えをしてくれ」

 

「兄さんっ……! 兄さんッ!!」

 

 悲痛な覚悟を持って、スプーンを手に取るシンジ。

「僕が一番アイツと付き合い長いんだ! 僕がやらなくてどうする!」と言い、いつも先陣を切る役目を引き受けてくれるのだ。

 そんな気高い兄の姿に、妹であるサクラの目は涙で滲んでいる。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……!

 よし、よし、よしッ! ……いくぞッッ!!」

 

 シンジが呼吸を整え、目を見開いてスプーンを見つめる。

 そして気合一閃、勢いよくスプーンを口に入れた。

 

「南無三ッ! ぱくっ! ――――――え゛ん゛っ゛!!!!」

 

 カレーを口に入れた瞬間、それを“噛む前“に仰け反るシンジ。

 まるでバーサーカーにでもブン殴られたかのように、思いっきり〈ガッシャーン!〉とひっくり返る。

 そのあとは白目を剥き、打ち上げられた魚のようにピクピクとし始めた。

 

「 あ゛あ゛ぁ゛……。あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛…… 」

 

「……兄さんっ!? 兄さぁぁーーん!!」

 

「ダメっ、白目剥いちゃってる! 衛生兵っ! えいせいへぇーーい!!」

 

「シンジ! ペッってして下さい! シンジ!!」

 

 あれだけの覚悟で挑んだ男を、一撃で折る――――それ程の威力か! 此度の敵は!

 恐らく彼の意識は今「ま、ず、い」の三文字で埋め尽くされている事だろう。

 たとえ床をのたうち回ろうとも、柱に頭をガンガン打ち付けようとも、それ以外を想う事は決して許されない程のインパクトだったハズだ。

 そうでなければ、人間はあんな風になったりはしない。

 

「……動かないっ!? 兄さんが動かなくなっちゃった!!

 ライダー! ライダァァーーーッッ!!!!」

 

「AEDを使いますっ! 全員離れて下さいッ!!」

 

「慎二!? しっかりしなさい!! 慎二ぃぃぃーーーッッ!!!!」

 

 糸が切れたようにグッタリしたシンジに対し、ライダーがAEDを装着し始める。

 元地母神であるライダーの祈りも虚しく、これで我が家のAEDが使用されたのは実に3度目となる。

 本当に購入してみて良かったと頷き合う一同。これで尊い人命が何度も救われているのだ。

 

「ライダーは引き続き慎二をお願い。…………次は私がいくわ」

 

 慎二の姿にホロリと涙を流しつつ、それでも遠坂凛は雄々しく立ち上がった。

 再び食卓へと向かい、自分のカレー皿と対峙する。その姿をサクラが悲痛な目で見守っている。

 

「食べる……食べるわ。私なら全部食べられる。

 だって私は遠坂凛。“いかなる時も優雅たれ“でお馴染みの、遠坂凛なのよ……」

 

 えへへ……えへへ……と、なにやらリンは怪しい雰囲気を醸し出し始める。

 視線は定まらず、言動も少しおかしくなっていた。

 

「いつも勝ってきた。今日もそうする。こんなの私にかかれば大した事ないの。

 だって士郎の作ったごはんを、私が食べられないハズないもん。

 ……そうでしょう士郎……? 士郎……」

 

 近頃のリンは、これまで毎日のように行ってきたマズメシとの戦いにより、心が崩壊しかかっていた。

 マズメシを一皿食べる度、ひとつ乗り越える度に、その代償として心を壊していったのだ。

 

「士郎の事……好きだわ。 あんな向こう見ずで危なっかしいヤツ、

 私が付いててあげないと、どうなるか分かったもんじゃない。

 ……だから私、食べる。

 士郎と一緒にいる為に、このカレーを食べるの――――」

 

「……ッ!? 姉さんっ……!!」

 

 スプーンを握りしめる手がガクガクと震えている。

 意志で身体を動かそうとも、心がそれを拒否しているかのように。

 そんな姉の姿を見た途端、サクラは駆け出すようにして、共に食卓に並んだ。

 

「私もせんぱいの事すきですっ!

 姉さんもせんぱいも、だいだい大好きなんですっ!!」

 

「…………桜」

 

「だから私もカレーを食べます!

 姉さんといっしょに、ぜったい完食しますっ!!」

 

 サクラは目に涙を浮かべて、しかし強い決意の宿った瞳で姉を見つめる。

 やがて二人は手を繋ぎ、絆を確かめ合うようにしてコクリと頷いた。

 

「そうね……一緒に食べましょう桜。

 アイツが帰ってくる前に完食して、一緒にビックリさせてやりましょう」

 

「えへへ……。これぜんぶ食べたら、せんぱい喜んでくれるかな?」

 

「もちろんよ桜。きっと喜んでくれるわ。

 ……そして一緒に『ごちそうさま。美味しかった』って言おうね」

 

 綺麗な涙を流し、とても幸せそうに微笑み合う姉妹。

 私はその姿を、「とても美しい」と感じたのだ。

 

「いくわよ、桜?」

 

「えぇ、姉さん」

 

 そしてこの美しい姉妹が、ふたり同時にカレーをひとくち。

 

『――――――ほ゛ふ゛っ゛!!!!』

 

『――――――ん゛ふ゛っ゛!!!!』

 

 即座に噴出する、米粒やらなんやら。

 さすがは姉妹と言った所。そのタイミングもばっちりシンクロしていた。

 

「ライダー! リンとサクラが倒れました!! 処置をお願いします!」

 

「とりあえず仰向けに寝かせて下さい! 口の中を濯ぎます!」

 

 なんとかAEDの出番は免れたものの、二人とも一瞬にして意識を持っていかれた。

 あれだけの決意を持った乙女二人を、易々とヘシ折ったのか――――

 世間一般で“女は苦痛に強い“と言われているが、シロウの作ったカレーは軽くその上を行ったらしい。

 

「よくもサクラたちを! もう勘弁なりませんっ!」

 

「ら、ライダー!?」

 

 やがてサクラたちの処置を終えたライダーが、猛然と食卓に向かって行く。

 止める間もなく、自分の分のカレー皿を引っ掴んでしまった。

 

「何ですかこんな物! サーヴァントには毒も科学兵器も通用しないのです!

 たかがカレーを食べた位で、

 私がどうにかなるとでも思って――――――い゛ん゛っ゛!!!!」

 

 カレーを口にした瞬間、勢いよく天を仰ぐライダー。

 まるで歌舞伎役者のように、長い髪がファッサーと翻る。

 

「……ま、まだです! まだいけます私は!

 こんな、ちょ~っと美味しくないだけのカレーで、

 英霊をどうにか出来ると思ったら大間違――――――ひ゛ほ゛っ゛!!!!」

 

 口元を押さえ、まるで南極にいるかのようにガクガクと身体を震わせるライダー。

 シロウのゲーム機のコントローラーだって、こんなバイブレーションの仕方はしない。

 

 シロウの作ったカレーは、見事サーヴァントであるライダーをも撃沈せしめた。

「味のブレイカー・ゴルゴーンや~」みたいな言葉が脳裏に浮かんだが、口に出すのは止めておいた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「――――さて、残るは私ひとりとなったワケですが」

 

 まるで野戦病院の如く床に転がっている仲間たち。

 その額に冷たいタオルを乗せてやってから、私は今一度カレー皿と対峙する。

 

「皆、大儀でした。あとは私に任せて下さい」

 

 誰もが譲れぬ想いを抱え、シロウのカレーに挑み、そして散っていった。

 友情、恋、親愛。そのどれもが尊く、また輝かんばかりに眩しき物であった。

 

「しかし、真打はこの私。

 シロウのサーヴァントである私が、このカレーを食べきってみせます」

 

 貴方のサーヴァントとしての矜持。

 そして守護者としての矜持を持って、今私は、貴方の笑顔を守ろう。

 

 この大きなカレー鍋は、貴方が帰る頃には空となっているでしょう。

「もう食べちゃったのか!? そんなに美味しかったのか!?」と、貴方の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 その姿を見んが為、私は鬼にも修羅にもなりましょう。

 

「――――――ん゛い゛ぃ゛ぃ゛~~ん゛!!

 なるほど……これはとんでもない強敵だ……」

 

 宝具に換算すれば、威力はA++といった所か。

 あのライダーやリン達が沈むのも頷ける。確かにこれを“文字通り“食らえば、ひとたまりもないだろう。

 

 いつもであれば、私の他にも何人かは残る。

 ライダーはシーフード類に関して無類の強さを持つし、シンジは揚げ物や麺類が得意だ。

 リンなら中華料理で沈む事は無いし、サクラも洋食に対して強い耐性を持つ。

 彼らは決して役立たずなどでは無い。この衛宮の食卓を一緒に戦ってきた、まごう事なき戦友であるのだ。

 

 しかしながら……、今日は相手が悪かった。

 このインド料理とも日本料理ともつかない、誰の得意ジャンルでも無いカレーというメニューであった事が、悲劇を引き起こしたのだ。

 

 それに加え、この前代未聞の破壊力――――

 この料理には家庭ごとの作り方があると言うし、色んなアレンジで腕が振るいやすいメニューであるのだろう。

 そして今日、たまたまシロウの元に“神が降りてきた“

 私たちにとっては死神だったのかもしれないが、とにかくシロウは見事に会心を、ビッグワンを引き当てたのだ。

 

 ――――――まずい。

 間違いない、これは今までで、一番まずい料理だ。

 こんなまずい物、私はブリテンでも食べた事はない――――――

 

「み゛ょん! …………ふふ、やりますねシロウ。

 私のアホ毛が立つ事など、滅多にないというのに」

 

 そのあまりのマズさに、私のアホ毛が〈ピーン!〉と立つ。

 さすがはシロウ。さすがは我が主。

 こんなにも私の心を揺らす人間など、貴方をおいて他にいるハズもない!

 

「……ふぅ、とりあえずは一皿目、完食です。

 おかわりをよそいに行きたい所ですが、なにやら目が霞んできましたね」

 

 目の前の景色が〈グンニャ~!〉と歪み、私のビジョンは今、大変に面白い事となっている。

 身体は震え、寒気がし、汗が滝のように流れてくるが、それでも止まるワケにはいかない。

 

「仕方ない、ではリン達が残した物から頂いていきましょう。

 ぱくっ。――――――ぇぇえええエクスカリバァァァーーーーッッ!!!!

 …………ふむ。極力インターバルを空けてはいけませんね。

 死んだ味覚が復活する前に、一気にいってしまわないと」

 

 思わず窓に駆け寄り、おもいっきり「エクスカリバー!!」と叫んでしまう私。その脳天を貫くような凄まじいマズさが、私を突き動かしたのだ。

 気を取り直した私はワイルドに皿を引き寄せ、ガツガツとカレーを掻っ込んでいく。

 ひとつ分かっている事は、ちんたら食べていてはいけないという事。“まずい“を感じる時間など、短ければ短いほど良いのだ。

 ゆえに私は流し込むようにして、カレーを飲み込んでいく。

 

「手元に鏡はありませんが……、

 きっと私の顔は今、青とか紫の色をしている事でしょう」

 

 そんな確信がある。

 そうでなければ、この身体の異変はおかしい。説明が付かないのだ。

 

「っ……ぐすっ……うえぇぇ~~~ん。……うえぇぇぇぇーーーーんっ!!

 ――――ふぅ、とりあえず5皿目、完食です。

 確かリンは『一人当たり3杯ほど』と言っていましたから、

 これで3分の1は消化した事になりますね」

 

 いつの間にやら零れていた涙。それをキュッと拭ってから、私は台所へ向かう。

 普段はあまり入る事は無いが、この台所はとても整理整頓がされている。

 主である士郎の心を表すかのような、とても綺麗な台所であった。でも料理はマズい。

 

「カレー鍋、そして炊飯器をテーブルに持ってきて、準備は完了です。

 この中身を全て食べ尽くせば、私達の勝利となるのです」

 

 倒れていった仲間たちの分まで、私は戦わなければならない。

 私はイソイソとカレーを皿によそい、再び食事と向き合おうとする

 しかし、一度置いたスプーンを再び握る事が、何故か出来ない。まるでこの身体が、カレーを食べる事を拒否しているかのように。

 

「ふふ……この身体は、私に逆らっているのか。

 ……しかし侮るなかれ、我は剣の英霊、アルトリア・ペンドラゴン。

 この程度の危機、幾度も越えてきたぞ――――」

 

 私は即座にテーブルに額を打ち付け、「シャーおらぁッ!」とばかりに気合を入れてカレーを掻っ込む。

 今〈ドゴーン!〉という凄い音が鳴ったが、ここで眠っている四人は、幸いにも目を覚まさずにすんだ様子。

 どうやら私の額が割れたらしく、なにやらポタポタと水音が聴こえてくるが、それに関してはさしたる問題ではあるまい。

 

「あぁモードレット……、おかわりをよそってくれるのですか?

 ……ランスロットもここにいたのですね。

 さぁ貴方たちも、シロウのカレーを食べていくと良い」

 

 そして懐かしい人達の姿が見え始める。あの頃とは違い、心からの笑顔で私を応援してくれている。

 これは王として、友として、ひとつ頑張らぬワケにはいくまい。

 

「思い出しますね……シロウと初めて会った頃の事を。

 自らの願いを想うあまり、頑なだった私の心を、解きほぐしてくれた。

 いつも暖かく、照らしてくれたのだ」

 

 モグモグとカレーを咀嚼しながら、私はあの愛しい少年に想いを馳せる。

 

 不器用な優しさが、嬉しかった。

 心から私を案じる瞳が、時に辛かった。

 間違った私を叱る貴方に、反発した事もあった。

 

 ――――いらない。そんな間違った望みは、持てない。

 ――――――今までやってきた事は間違いじゃないって、そう信じてる。

 

 心身共に傷つき、ボロボロになりながらも、彼はそう言ってのけた。

 置き去りにしてきた物たちの為にも、過去を無かった事になんて出来ないと。

 そして私の歩んできた道も、決して無意味な物では無かったのだと。

 価値ある物だったと、向かうべきは過去ではなく未来なのだと、そう示してくれたのだ。

 

 私はシロウに、返しきれない程の恩義を感じている。

 それと同時に、愛しさを。

 貴方と共に居たい――――そう強く感じるのだ。

 貴方こそが、私の翼だ!!

 

「おや、これが最後の一杯ですね。

 この一皿くらいは、ゆっくり味わって食べる事としましょう――――」

 

 気が付けば、あれだけあった鍋と炊飯器の中身は空となっていた。

 私は慈しむようにお皿を持ち、大切な物を扱うようにしてスプーンを操る。

 我がマスター、シロウの作ってくれたこのカレーを、ずっと憶えておく為に。

 これを作ってくれたシロウの心を、しっかり受け止める事が出来るように。

 

「まじゅ~い……まじゅいですぅシロウ~……。

 ドブに唐辛子を入れたら、きっとこんな味ですぅ~……」

 

 この頬を伝う涙は、貴方への感謝の証。

 いつも料理を作ってくれてありがとう。私を想ってくれてありがとうの印。

 決してこのカレーがマズくて流した涙ではないのだ。他ならぬ私自身が、そう感じているのだから。

 

 

 ……そして最後の一皿を食べ終えた頃……、ちょうど玄関の扉が開く音が聞こえた。

 私は生まれたての小鹿のように、脚をガクガクさせながらお出迎えに向かう。

 壁にもたれかかり、時に家具にしがみつきながら、ヨタヨタとシロウの元へと歩いて行く。

 

「ただいま、セイバー。

 あっ、口のまわりにカレーが付いてるぞ? ほら、ちょっとこっちに来な?」

 

 私の顔を見るや、眩しい程の笑顔を見せてくれるシロウ。

 そんな彼の笑顔を見る事が出来ただけで、全てが報われた心地がする。

 

「……よし、ほらキレイになった。

 いつもセイバーが喜んでくれるから、俺も料理のし甲斐があるよ。

 ありがとな、セイバー。俺の作った料理を食べてくれて」

 

 口の周りをハンカチで拭ってくれた士郎が、今また、もうとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。

 それだけで、いい。

 私はもう、それで充分だ――――

 

「最後に……ひとつだけ伝えないと」

 

 ん? とキョトンとした顔のシロウに向けて、私は出来る限りの笑顔を持って。

 

 

「――――――シロウ、貴方を愛している」

 

 

 

 それを言うと同時に、私は膝から崩れ落ちたのだそうだ。

 

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 次に気が付いた時は、もう朝となっていたのだが……。シロウは夜通しで、私を看病してくれたそうな。

 

「いくらカレーが好きだからって、倒れるまで食べちゃうのはやり過ぎだぞ?

 ……でもまぁ、セイバーが無事で良かったよ」

 

 そうプリプリと怒るシロウに対し、私は「えへへ」とお茶を濁す。

 無事なのは当然、この身はサーヴァント。剣の英霊である。

 それに加えて私には、シロウより返却されたアヴァロン(治癒宝具)まである。負ける要素が見当たらない。

 ――――そう、シロウがマスターである限り、私は無敵なのだ。

 

「じゃあ今日は何を作ろう?

 食べやすい物が良いだろうし、雑炊がお粥にでもしようかな?」

 

 そうですね、出来ればまっさらな水だけで煮込んだお粥をお願いします。

 夏だからとてオ〇ナミンCで煮込んだお粥は、流石に私とて「お゛ふ゛っ゛!」とならざるを得なかったので。

 あの酸っぱい匂いは、何故か目にも来るのです。

 

 そんな事を思うも、私がそれを口に出す事は無い。

 

 

 ――――さぁ、料理をもて。

 貴方の如何なる料理も、私は完食してみせよう。

 

 我が名はアルトリア・ペンドラゴン。メシマズで名高きブリテン国(イギリス)の王。

 そして、貴方のサーヴァントだ。

 

 

「はい、お願いします。

 楽しみにしていますね、シロウ」

 

 

 

 

 

 今日もまた、貴方の挑戦を受けよう――――

 

 

 

 

 

 

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