「次の提督さん…良い人だといいですね…」
私の隣で、吹雪がそう呟く。
私は一言「あぁ」とだけ返した。
「長門、誰が来た所で一緒よ。私はもう人間には何も期待をしていない」
吹雪の隣に並ぶ加賀がそう言い放つ。
彼女の目には失望と侮蔑の色が滲み、深いため息を吐いて言葉を続ける。
「誰が来ようと関係ない。私達は海を守る。その為にここにいる」
「加賀さん…」
その言葉を最後に加賀は目線を切る。
吹雪は悲しそうに俯き、私も何も言えず押し黙る。
そのまま私達は言葉を交わす事無く、これからこの食堂で行われるという新しい提督の着任挨拶とやらが始まるその時間まで、ただ俯いて過ごすばかりだった。
いつからだろう。加賀だけではなく鎮守府みんなの瞳から力が消え、笑う事すら出来なくなってしまったのは。
あの自らの私腹を肥やす事しか頭になかったつまらない男が提督を止めさせられ更迭された後も、未だ私達に笑顔が戻る事はない。
昼夜を問わない無理な出撃、食事や睡眠すら満足に与えられない生活、繰り返される罵倒。
そんな日々から解放された今でも私達の受けた心と身体の傷は消えず、未だ多くの者達がその苦しみと共に日々を生きている。
「お前たちは兵器だ」と罵られ、尊厳を奪われ、酷使され続け。
今の私達は一体何の為に戦っているのか、一体何を守るために戦ってきたのかという事すらわからなくなっているのが現状だ。
加賀のように無理にでも割り切れてしまえば多少は楽なのかもしれない。だが吹雪のようにまだ幼く、そして優しい心を持つ子程辛いだろう。
守るべき存在であるハズの人間に裏切られ、傷つけられた。
だがそれでも信じていたい、¨艦娘¨でありたいという葛藤と恐怖。
それこそが、今の私達を苦しめる物の正体。
今こうして食堂に集まる艦娘の誰もが下を向き、黙り込んでいる。
まるでこの後確実に訪れるであろう絶望の時間を待っているかのように。それに耐える心構えを必死でしているかのように。
私は未だに、自分の心がわかっていない半端者だ。
吹雪のように信じたいのか、それとも加賀のように割り切ってしまいたいのか。
それでも、ひとつだけわかっている事。
それは、この先何があろうとも「私が皆を守る」という事だ。
もう誰一人として、仲間を傷つけさせたりはしない。
私の誇りにかけて、それだけはさせない。
もう人の為に生きる¨艦娘¨じゃなくてもいい。ビッグセブンの誇りなどどうでもいい。
たとえ¨人に歯向かった艦娘¨として後にどう思われようとも、何をされようとも。
私は、この仲間達を守る。
それだけが、この長門に残った最後の心だ。
「只今より提督着任のご挨拶を行って頂きます。全員、整列!」
条件反射のように私達の背は一斉に伸び、そして一切の乱れもなく敬礼が行われる。
この自分の身体に沁みついた動作に内心苦笑しつつも、私は食堂の入り口を注視する。
さぁ、どのような人間だろうと構わない。早く現れるがいい。
どのような挨拶を述べようと私達がそれを鵜呑みにしようハズも無ければ、今後私のする事にも変わりなどない。
久々に、なにやら愉快な気分だ。
迷いが晴れ、腹が決まるいうのはこんなにも爽快な気分だったのか。
大丈夫。もう私は大丈夫だ。
さぁ見てやろうじゃないか、お前の顔を。
私達の新しい¨提督¨とやらの顔を、この目でみてやろうじゃないか。
さぁ、お前は一体誰だ? 言って見せるがいい人間よ。
言って見せろ、提督とやら! この長門に向かってっ!!!
「よぉ! 俺の名前は熊田薫。みんな¨ブタゴリラ¨って呼んでくれよな!」
\ ズコォォォーーーーーーーーーーーッッッ!!!! / =☆☆☆☆
――――ひっくり返った。私達は盛大に、食堂でひっくり返った。
水色の野球帽に、水色の服。
八百屋の息子だという小太りの少年は、不思議そうに長門の頭を見て問いかけた。
「なぁ姉ちゃん、なんで姉ちゃんは頭にネギ2本もぶっさしてんだ? ネギ女か?」
「ちっ、違う! これはネギなどではない! 艦装だっっっ!!」