「次の提督さんも……良い人だといいですね」
私の隣で、吹雪がそう語り掛けてくる。
それを聞き、私は短く「あぁ」と答える。
「長門、言ったでしょう? 誰が来ても一緒よ」
吹雪を挟んだもうひとつ隣で、加賀が私に言い放つ。
「誰が来ようが関係ないの。私達は海を守る、その為にここに居る」
……そんな事を言うワリに、実はコイツが一番ブタゴリラ提督にデレッデレだったのだが。もう片時も傍を離れん程に。
このオネショタの総本山みたいな女は、ブタゴリラ提督が鎮守府を離れると聞いた時、もう一晩中泣いた。愛宕も一緒に。
この度私たちのブタゴリラ提督は、任期満了につき、家業の八百屋を継ぐべく鎮守府から去っていったのだった。
『美味い野菜をたくさん届けてやっからな! みんながんばれよ!』
そんなエールを私たちに送り、彼はひとり八百八へと帰っていった。
幼い駆逐艦から大きなお姉さん達まで、みんな涙しながら彼の門出を見送ったものだ。
私たちにとってあの少年は、まさに心優しき最高の提督であったのだ。
………………………………………………
現在私達艦娘は、この食堂へと整列し、今日この鎮守府へと着任してきたという新人提督が来るのを待っている。
例によって、着任挨拶のお言葉を聞く為だ。
今この場に集まっている艦娘たちの表情は、皆異なる。
ソワソワしている者、俯いている者、黙って歯を食いしばっている者、実に様々。
だが皆一様に、それは決して希望に溢れた表情などでは無い。まるでこれから訪れるであろう絶望に対して、心の準備をしているかのように思える。
『あのブタゴリラ提督こそが、奇跡だった』
『私達が出会う事が出来た、唯一の人だった』
そんな声を、皆からちらほらと聞いていた。そしてその意見には、私こと長門も賛成票を投じる所だ。
ふと耳をすませてみると、前の列にいる駆逐艦の一人が、エグエグとすすり泣いている声が聞こえてくる。
前回ブタゴリラ提督が着任挨拶を行った時には、このように涙を見せる者などは居なかったハズだ。皆一様に俯き、苦しみに耐える心構えをしていただけであったハズだ。
なぜ今、あの時と同じ状況ながら、涙を流している者が居るのか。
その答えはとても簡単。なぜなら前回よりも、今の方がずっと辛いからだ。
……私達はもう、知ってしまっている。
暖かい人のぬくもりを。心から信頼する人に仕える喜びを。
だからこそ今……、こんなにも心が辛い。
私、そして加賀たちは戦えるだろう。
今までブタゴリラ提督にもらった思い出を胸に、彼から貰った“戦う意義“を胸に、この先も戦っていける。
貴方のような人が居てくれる事を忘れず、そして貴方の住むこの国を守る為にこそ、これからも戦っていける。
……しかし、未だ幼さを残す艦娘たちの心境は、いったい如何ばかりか。
私達の提督がこの鎮守府を去り、はや数日。
今日この日まで、夜になると不安に襲われ「眠れない」と、私の部屋を訪れた多くの駆逐艦たちがいる。
彼から貰った暖かい思い出、そして過去に自分達が受けてきた“兵器“としての非道な仕打ち。
それを思い出し、私にしがみつく彼女達の身体は皆、ひどく震えていたのだ。
眠るまでそっと頭を撫でてやり、ようやく寝付いた彼女達は皆、涙しながら夢の中でも提督の名を呼んだ。
「助けて」「行かないで」「いっしょに居て」
……そんな寝言を、幾度も幾度も私は聞いた。
そして少し時間が経つと、決まって彼女達は悲鳴を上げて跳ね起きる。ガタガタと身体を震わせ、嗚咽をもらしながら私の胸で泣くのだ。
それは、過去に自分が受けてきた仕打ち、虐待の記憶――――
そういった物が夢の中にまで出てきて、彼女達はいつもベッドから跳ね起きる。夜眠る事さえ困難になっていったのだ。
……私は、あの時の誓いを、果たす事が出来なかった。
皆を守るという誓い。この身に代えても、決して皆には近づけさせないという誓い。
それは、やってきたのが“彼“だったからだ。私達を心から想ってくれる、優しい彼だったからこそ……、私はいつも、ありのままの自分でいる事が出来たのだ。
――――しかし、その誓いを今こそ果たそう。
――――――貴方が居なくなってしまった今、私が代わりに皆を守ろう。
貴方の愛した、艦娘たちを。
貴方が愛してくれた、この鎮守府の仲間達を。
今、この長門が、命に代えても守ろう――――
『 只今より、提督着任の挨拶を行って頂きます! 全員、整列ッ!! 』
一糸乱れぬ動きで、私達が敬礼をする。
そしてこの場にいる皆が覚悟を決め、出入り口に向かい強い瞳を向けているのが分かった。
あの時とは違い、皆の瞳が強い光を宿しているのを感じた。
――――そうか、あの時とは違うのだな。
――――――私達は、“彼“の艦娘なのだから。
負けない。もう挫けたりしない。
どんな事があろうと、彼に恥じる生き方はしない――――
そんな想いが、皆の表情から見て取れるようだった。
……そうだ、私達は彼の艦娘だ。
彼が愛してくれた、彼自慢の艦娘だ。
貴方が「好きだ」と言ってくれた、カッコいい艦娘たちなのだ。
その誇りは今も、確かにこの胸にある。
……さぁ、現れるがいい。新提督とやら。
たとえどんな事があろうと、私達の心が揺らぐ事は無い。
どんな事をしようと、この誇りを奪う事など、出来はしない。
顔を見せろ、お前の顔を。
さぁ出てこい。姿を現すがいい!
この長門の前にッ!!!!
………………………………………………
♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪ (音楽)
\ ポォーーーーッッ♪ /
ガッシュガッシュガッシュ……!
……気のせいか、なにやら軽快な音楽と、そして機関車が走るような音が聞こえる。
やがて食堂の出入り口が開き、そこから人ではない、何か大きな青い物体がこちらに入って来るのが見えた。
「……あーあー! ん゛っ! あ~!」
そして壇上に控える大淀が、なにやらマイクを構えて、喉を作っているような仕草を行う。
やがて私達の目の前に、その大きな青い物体が到着した。
その青い物体はどうやら“乗り物“のようで、なにやらその前面には、大きな顔のような物が付いているのが分かった。
大淀「 きかんしゃっ↑ …………トーマスッ↓ 」(森本さん声)
青い物体は、皆に向かって満面の笑みを浮かべる――――
大淀「 提督っ↑ 着任というっ↑ …………お話っ↓ 」(森本さん声)
♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪
\ ポォーーーーッッ♪ /
ガッシュガッシュガッシュ……!
…………………
………………………………………………
「……ほう、そうきたか」
私は腕を組み、人知れず呟く。
ガッシュガッシュと音を立て、再び出入り口へと引き返して行く“きかんしゃトーマス提督“
その後ろ姿を見つめ、私は声を漏らす。
――――そうか、ついに人ですら無くなったか。
八百屋の息子の次は、人外を送り込んできたか。
ついに人ですら無くなったか、この鎮守府の提督は。
大本営が、私達をどんな風に思っているのか分かった。
もう私達をまともに戦わせる気など無い。むしろこの国を救うつもりがあるのかどうかすら怪しい。
私達と人間達にある、深い溝。……そんな物を垣間見た気がする、今日の私だ。
というか、きかんしゃトーマス提督、何も喋らんまま帰って行きおったな。
ちょっと微笑んだだけだったな。着任挨拶はどうした?
つか大淀、お前は何をしとんねん。そのナレーションどういう事やねん。
いつの間に練習していたのだと、私は関西弁を駆使して呟く。後でしっかり問い詰めてやろうと思う。この裏切り者め。
♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪ (音楽)
\ ポォーーーーッッ♪ /
未だ鳴りやまぬ、あの軽快なBGM。
その音楽と、きかんしゃトーマス提督を追いかけて、駆逐艦の娘たちが駆けていく。
どうやらあの貨物車に乗ってみたいようだ。ゾロゾロと奴らは食堂から出ていく。
少しだけ戸惑いながらも、隣に居た吹雪が「やっぱり私も!」とばかりにこの場から駆け出して行く。
その後ろ姿を見送った後、この場には私と、加賀の姿だけが残った。
♪パッパッパッパ~♪ パッパ~♪ パッパッパッパ~♪
\ ポォーーーーッッ♪ /
遠くから、きかんしゃトーマス提督の汽笛の音が聞こえる…………。
「……言ったでしょう? 誰が来ても一緒よ」
「 嘘つけぇッッ!!!! 」
加賀はまだ、若干混乱している。
正直この先、やっていけるかどうかは不安だ。
しかし「でもあの提督、人間ではないしな~」と、ちょっと光明を見出しちゃう私であった。