hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

30 / 89
30、衛宮さんちの今日のごはん(まずい) その2

 

 

「おっはよーう士郎! 今日の朝ごはんは何っ?」

 

 早朝。私は満面の笑みで衛宮家の玄関を開け、弟分の少年に右手を上げる。

 

「おはよう藤ねえ。今朝は焼き魚と玉子焼き、あとシジミの味噌汁もあるぞ」

 

「フゥー♪ でかしたわよ士郎!!

 それじゃあお邪魔しまーすっと! あーお腹すいたぁーっ!」

 

 いそいそと靴を脱ぎ、ごはんごはんとルンルン気分で居間に向かう。そんな私を見て士郎が苦笑する。

 勝手知ったる衛宮の家。私にとってここは、自分の家と同じくらい慣れ親しんだ場所。大切な居場所だ。

 

「あっ、おはようございます藤村せんせい♪」

 

「おはようございます、大河」

 

 襖を空ければ、そこには愛らしい笑顔を浮かべる少女が二人。彼女達も私の大切な家族だ。

 

「おはよう桜ちゃん! セイバーちゃん!

 今日もすっごく良いお天気よっ! なのではりきってごはんを食べましょう♪」

 

「ふふっ♪ なんですかそれ♪」

 

 笑顔で挨拶を交わし、私も席に着く。今もキッチンの方からは、お味噌汁の良い香りがしてきている。

 

「あれっ? ライダーちゃんと遠坂さんは?

 それに慎二くんも居ないみたいだけど」

 

「あ、兄さん達は……今日は……」

 

「ん、そっかそっか♪ そういう日もあるわよ。無理は良くないっ!」

 

 一瞬、この場を覆いになった重い空気。それを元気な声で振り払い、グビッとお茶をあおる。

 せっかくの朝ごはんタイム、湿っぽい空気なんかいらない! 私は即座に話題を変えて陽気に雑談する。彼女らもすぐに笑顔を取り戻してくれた。

 

「ほい、おまちどうさん。沢山食べてくれな」

 

 やがてこの場に料理が運ばれてくる。

 暖かな湯気を放つ沢山の料理たちが、私達の前に置かれた。

 

「わーい! 待ってました待ってましたっ! それじゃあいただきまぁーす!!」

 

「おう、召し上がれ」

 

 桜ちゃんにごはんをよそってもらい、私はすぐさま目の前の料理に飛びつく。もうガガガッと音がする位の勢いで、猛然と平らげていく。

 

「こら藤ねえ! そんな急がなくたって誰も取らないよ。喉に詰まっちまうぞ?」

 

「らいじょうぶらいじょうぶっ! 鍛えてるからね! わたひはっ!

 ……ん? ねぇ士郎、このおっきなお皿のは何? 真ん中に置いてあるヤツ」

 

「あぁ、それ昨日の晩飯のヤツだよ。

 煮込みハンバーグなんだけど、材料が余ってたからまた作ってみたんだ。

 良かったら食ってみてくれよ」

 

「おぉ!! 食べる食べるぅ!! やったぁー! ハンバーグだぁーーーっ!!」

 

 即座に大皿を引き寄せ、もりもりとハンバーグを取っていく。いま私のお皿にハンバーグのタワーが完成した。

 

「ん~~っ! 幸せぇ~~~っっ♡♡♡」

 

「だから藤ねえ……。もう、しょうがないなぁ藤ねえは」

 

 まるで出来の悪い子供を見つめるような……でもとても幸せそうな、士郎の笑み。

 それをしっかりと目に焼け付けながら、私はガツガツと朝食を平らげていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……う゛っ!! ……お゛っ!!!!」

 

 朝食を終え、士郎に見送られながら「行って来まぁーす!」と原付に乗り込んだ、その30秒後……。

 

「お゛っ……! ごッ……!! ン゛オ゛ォォア゛ッッ……!!!!」

 

 角を曲がった瞬間……士郎から見えない位置まで来たその途端、私は原付を飛び降りて地面にうずくまった。

 

「……は、吐くなっ! 吐くんじゃない私ッ!! ……耐えろッッ!!」

 

 胃が焼けるように痛い。全身から謎の寒気がする。吐き気が収まらないっ!

 私は渾身の力をもって口元を押さる。全神経を胃、食道、口内の3つに集中し、ひたすら耐え続ける。

 

 

「――――士郎の作ったごはんだッッ!!!!

 吐くんじゃないっ!! 耐えろッッッッ!!!!」

 

 

 抑えた手の隙間から、もう血だか何だか分からないような液体が滴り落ちる。

 それでも私は必死に耐える。

 米粒ひとつ、料理のひとかけらたりとも、無駄にしない為に。

 

「凄いわ、あのハンバーグ……。なんて破壊力……」

 

 アレか。アレのせいだったか。

 遠坂さん達が今朝、あの場に居なかったのは(・・・・・・・・・・・)

 

「食べたのね……昨日の晩。それで……」

 

 無理もない、アレを喰らったなら――――

 むしろあのハンバーグを食べ、よくぞ入院もする事も無く、無事で居てくれた。生き残ってくれた。

 それに比べれば今朝起きられなかった位、一体なんだと言うのか。本当にあの子らは、強い子達だ。

 

 あのハンバーグを口にした瞬間、私の身体は5㎝ほど跳ねた(・・・・・・・)

 それと同時に心臓が波打つ〈ドクンッ!〉という音がハッキリと聞こえたように思う。

 目がカッと見開き、その突き上げるような凄まじいマズさに、意識がブラックアウトした。

 しかし渾身の気合を持って、なんとか0,3秒ほどで意識を取り戻す事が出来たので、士郎には気付かれずに済んだのだ。

 

「うっぷッッ!! ……ん゛ーッ!! ん゛ーッ!!」

 

 引き続き地面に蹲り、頭をブンブン振り回しながら耐える。

 アレは“調子の良い時の士郎“のヤツだ。あのハンバーグはきっと、彼にとって会心の出来だったに違いない。

 もう食べている間「ま、ず、い」の3文字しか考える事が出来なくなる程の威力だったから。いくら衛宮家の食卓とはいえ、あのクラスの物は滅多にお目にかかれない。

 

「そっか、ビッグワンを引き当てたのね……。おめでとう士郎……」

 

 彼の料理に対する情熱、絶え間ない努力。それが報われた事によって辿り着いた境地。彼の理想とする味。

 残念ながらそれは、私達にとってはもう涙がちょちょ切れんばかりのごっつい味なのだが。

 

「ふぅーっ……! ふぅーっ……! ふぅーっ……!」

 

 消化、消化しろ。

 私は呼吸を整えながら、必死に肉体に命じる。

 

 あの玉子焼きは、一撃で私の味覚を破壊した。

 白米の香りは臭覚を狂わせ、玉子焼きは耳鳴りを引き起こし、シジミ汁には身体の感覚すら奪われた。

 ただ焼くだけのハズ……そんな一抹の望みを掛けていたあの焼き魚は、口にした瞬間凄まじい頭痛を引き起し、同時に私の中にある“希望“という物を完膚なきまでに粉砕せしめた。心を折りに来た。

 そしてトドメとばかりに、あのビッグワンである。

 

「……消化するのよ。消化してしまえばなんとかなるッ……!」

 

 思い描くは、マグマのイメージ――――

 燃え滾るマグマが全てを溶かしていく様をイメージし、自らの胃を強く意識する。

 一分でも、一秒でも早く。

 我が胃よ、マグマの如くこれを溶かし、完膚なきまでに消化せよ。溶かし尽くせ。

 

「血肉に……。士郎のごはんを、血肉にッ……!」

 

 消化しろ。消化するんだ。

 

「 おおおぉぉっ! おおおおぉぉぉぉあ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーッッッ!!!! 」

 

 消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ消化しろ――――

 

 

 

 

「おや、おはようございます藤村せんせ……ってどうしたんですか先生っ?!

 顔が真っ青ですよ?!」

 

「あ……おはようございます教頭先生……おほほ」

 

 ……やがてしばしの時が経ち、フラフラになりながらも職員室に辿り着いた私。

 それを見た教頭先生が驚愕の表情を浮かべている。

 

「いや教頭、いつも藤村先生はこうなんですわ。

 どうも朝は体調がイカンらしくて」

 

「そうですか……体質かもしれませんが、一度医者に診てもらうのも手ですよ?

 ご自愛くださいね」

 

「ありがとうございます大丈夫ですっ!

 いや~ご心配おかけしちゃってすいません! あははは……」

 

 

 心配げな顔の先生方に、必死で笑顔を振り絞る。

 そんな風にして、また私の一日が始まる。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「俺、今年はおせちに挑戦してみようと思うんだ。みんな楽しみにしててくれな」

 

 12月最後の日、大晦日の朝。

 そんな士郎の何気ない一言により、衛宮家に激震が走った――――

 

「あら! すごいじゃないの士郎! やるわねっ!」

 

「これは大仕事ですねせんぱいっ!

 手伝える事があったら何でも言ってくださいっ♪」

 

「いいじゃないか衛宮! 僕完成したら写真撮ってやるよ! がんばれよっ!」

 

 遠坂さん、桜ちゃん、慎二くん。内心の動揺を微塵も表に出す事無く、士郎にエールを送る子供たち。

 私は教師ではあるが、こんなにも良い子たちを他に見た事がない。

 

「――――」

 

「……ッ」

 

 ふと視線を横に移せば、そこには何やら覚悟を決めた顔のセイバーちゃん。そして祈るようにギュッと手に力を込めるライダーちゃんの姿がある。

 もちろんこれは、士郎には悟られないようにだ。

 

「さって、それじゃあ早速買い物に行ってくるよ。

 何を入れようかな? 気合入れて選んでこないと」

 

「お供しますシロウ。今日は荷物が多そうですから」

 

「わたしも! わたしもご一緒しますね♪」

 

 和気あいあいとスーパーへ出かけていく士郎たち。

 そんな彼らを笑顔で見送った後……即座にライダーちゃんはAEDのバッテリーの確認、遠坂さんは病院の手配、慎二くんは応急箱の準備をしに行く。

 

「私はちょっと道場に行ってくるわね。――――今の内に、気を静めておきたいの」

 

「……はい。頼りにしています、大河」

 

 悲痛な表情を見せるライダーちゃん。そんな彼女にとびっきりの笑顔を返してから、私は居間を後にしていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ――――士郎は将来、どんな大人になりたいの?

 

 私の脳裏に、過去の記憶が浮かぶ。

 

 ――――そうだなぁ。笑われるかもしれないけど俺、正義の味方になりたいんだ。

 

 いま脳裏に浮かぶのは、まだまだ小さかった頃の少年の姿。

 真っすぐで、優しくて、暖かな笑みを浮かべる……私の宝物のような男の子。

 

 ――――あ! でもそれとは別にひとつ、夢があってさ?

 ――――“料理人“になりたいんだ。俺の作った料理で誰かを笑顔に出来たら、それって素敵だなって。

 

 

 うん。きっと叶うよ士郎。

 

 お姉ちゃん、いつも士郎の事応援してるからね。約束するよ――――

 

 

 

 

 

 

「………………………………ハッ!!!!」

 

 暖かな思い出が頭を過ぎ去り、私はこの場に意識を戻す。

 ふと周りを見渡せば……そこには白目を剥き、口から泡を吐き、グッタリと床に倒れ伏す子供たちの姿があった。

 

「リン! サクラ! シンジッ!! 目を覚ましなさいッ!!」

 

「いまAEDを準備します! 仰向けに寝かせて下さいッ!!」

 

 ぼんやりとしていた頭が、一気にクリアになっていく。

 そう……さっきのは夢。こっちが私の現実(リアル)だ!! 

 

 今日は元旦、一月一日の朝。

 いま私の眼前には、目を覆わんばかりの凄まじい惨状が広がっていた。

 

「あれほど……あれほど栗きんとんは危ないと言ったじゃないですか!!

 なぜ貴方は、自ら死にに行くようなマネをッ!!」

 

「確かにここは、大人しく紅白かまぼこを食べておく手もありました。

 しかしシンジは、恐らく誰かにこれの相手をさせる事を、嫌ったのでしょう……。

 仲間の為……自らの命を賭し、見事栗きんとんと相打ちに持ち込んだのだ!!」

 

 その気高き心! 男気ッ!! 武士道とは死ぬ事と見つけたり!!

 セイバーちゃんが散っていった慎二くんへ、心からの称賛を送る。

 

「しかしッ……しかしリンもサクラも! すでに筑前煮の餌食にッ!!」

 

「彼女らはちゃんと味の染みにくい具材を選んでいたというのに……。

 間違いない。この筑前煮も……ビッグワンです!!!!」

 

 最上級の称号、ビッグワン――――

 私達が一番聞きたくない言葉であるそれが、新年一発目から飛び出した。

 

「いくつかの具材を食べてみましたが……ライダー、覚悟するが良い。

 このおせちの中に、弱い相手などひとつも無い……。

 その全てが、ビッグワンを冠するに相応しい猛者だ」

 

「!?!?」

 

 タラリと冷や汗を流すセイバーちゃんが、衝撃の事実を私達に告げる。

 この五段重ねの重箱は、パンドラの箱。しかもその中に“希望“など残されていないバージョンなのだと。

 いま私の脳裏にふと「マズいの宝石箱や~」という言葉が思い浮かんだが、口に出すのは止めておいた。

 

「ど……どういう事なのですかセイバー!!

 これじゃあまるで……マズいのオリンピックじゃないですか!!」

 

「そうだ。これはシロウの作り上げし、マズメシの祭典だ」

 

 いったいどの具材が金メダルを獲るんだろうか? 全然知りたくはないのに、何故か気になって仕方ない。がんばれニッポン。

 関係ないけれど、二人とも外人さんなのに、けっこう語呂力あるのね。

 

「しかし幸いにも、この中には海老や数の子といった、

 貴方の得意な海鮮類もあります。

 無理のない範囲で構わない、それらの相手をお願いしたい。

 私は……残りの全てを引き受けよう」

 

「せ……セイバー?!」

 

「三が日? 三日も要るものか。

 今この場で片を付けます。おせちよ――――」

 

 カッと目を開き、セイバーちゃんが射抜くように重箱を見つめる。

 何やらお箸を持ったその手は〈ガタガタガタ!〉と恐怖で震えているが、それを除けばその姿は、まごう事無く気高き騎士のそれだ。

 

「――――いざ突貫ですっ!!

 刮目せよッ! 我が名はアルトリア・ペンドラゴ……

 

「おーいセイバー! 悪いけどちょっと付き合ってもらえるかー?

 今から新年の挨拶回りに行くんだよー。荷物が多くなるからさー」

 

「あ! はーいシロウ! いま行きまーす♪」

 

 そしてお箸を放り出し、テッテケテーと玄関へ向かうセイバーちゃん。

 私とライダーちゃんは〈ズコォー!!〉と後ろにひっくり返った。

 

「……あのグータラ騎士王ッ!! 友情より恋を取ると言うのですかッ!!」

 

「あの……許してあげてライダーちゃん。

 セイバーちゃんいつも頑張ってくれてるしさ?」

 

「チッキショー!」とか言いながら桜ちゃん達の為に濡れタオルを絞るライダーちゃん。若干エグエグし始めてしまったので、ヨシヨシと頭を撫でてあげた。

 

「た……大河?! 気を失っていたのでは?! 大丈夫なのですか?!」

 

「ええライダーちゃん。ちょっと意識が飛んじゃってただけ。

 ……まさか手網こんにゃくがあんなにもマズいなんてね……。

 味が染みにくいヤツだと思って、油断してたみたい」

 

 最初に齧ったローストビーフ(今風の具材ね)には何とか耐えたのだが、次に箸をつけた手網こんにゃくに、私は意識を持っていかれた。

 というか……市販の物であるはずのローストビーフですら凄まじくマズかったのは一体何故なのだろう。

 もう何をしたら、どんなソースをかけたら天下の牛肉がここまでマズくなるのかと、不思議で仕方ない。

 もしかして士郎は、魔法使いか何かなのかもしれない。マズいの錬金術師だ。

 

「セイバーちゃんはもう居ない……。

 ここからは私が、士郎のおせちを食べるわ――――」

 

 

 眼前にある、どっしりとした五段重ねの重箱。

 私は静かにお箸をとり、それをしっかりと見据えた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

(何故……何故そんな事が出来るのですか……貴方は)

 

 ライダーちゃんが、驚愕の表情で私を見つめる。

 

(何が貴方をそうさせるのですか。大河……何故貴方は……)

 

 しかし私には、彼女に反応を返す余裕はない。

 私の口、そして気力は、いま士郎のおせちと戦う事に使われているから。

 

笑っている(・・・・・)。……なぜ貴方は今、笑みを浮かべているのです。

 そんな殺人的なマズさのごはんを、食べていながら――――)

 

 

 士郎のごはんを、口に運ぶ。

 絶え間なく、勢いよく、掻き込むようにして。

 

 その度に私の口角が“ニッタァ~“と上がる。次第に吊り上がっていく。

 今きっと、私の顔色はもうとんでもない色になっている事だろう。さぞ目も血走っている事だろう。

 しかしその表情は……口元だけは。まごう事無く“笑み“を浮かべていた。

 

 ――――――笑え! 笑うのよ大河ッ!! 笑え!!

 

 私は箸を動かしながら、モゴゴゴっと咀嚼しながら、自身に言い聞かせる。

 

 ――――――あなた士郎のお姉ちゃんでしょう!? 士郎の作った料理でしょう!?

 ――――――なら笑いなさい大河! 笑ってこれを食べるのよッ!! 笑えッッ!!!!

 

 感謝を、そして親愛を――――

 あの子に対する全ての想いを込めて、この料理を完食する! 笑顔で美味しく頂くッ!!

 それがお姉ちゃんの務めってもんでしょうがッッッ!!!!

 

「 そぉぉおおおおおいッッ!!!! 」

 

「!?!?」

 

 お重のひとつをひっつかみ、そのまま丼のようにして掻き込む。その光景を目にしたライダーちゃんが絶句している雰囲気だけが分かった。

 

 れんこん――――これは極楽浄土の池には蓮の花が咲くことから、“穢れのない“ことを表すという縁起物。また穴が多く空いていることから、見通しの良い1年を祈るという意味もあるそうな。

 

 伊達巻――――これは“伊達“という、洒落た、見栄えの良いという意味を持つ言葉の縁起物。また形が巻物に似ていることから、学問成就や文化の繁栄を願う意味もあるらしい。

 

 そんなおせちの具材ひとつひとつの意味を思い出しながら、私はお重の中身をガガガと掻っ込んでいく。

 その甲斐もあって、お重の内の一段が綺麗に空になった。

 

「えいしゃああああぁぁぁーーーーいっ!!!!」

 

「!?!?!?」

 

 そこで手を止める事無く、私は二つ目のお重を引っ掴む。

 ライダーちゃんはもう言葉も出ない様子だ。

 

 黒豆――――まめに健康、丈夫に過ごせるように願う縁起物。

 またこれは敢えてシワが出るように煮て“シワができるほどの長寿を“という願いを込めるそうな。

 

 かぶ――――このかぶは“菊花かぶ“という種類の物で、菊の花には繁栄や健康、そして長寿を願う意味があるのだそうだ。

 

「 なんで長寿の縁起モン食べてんのに、身体がガクガク震えるのよ!!

  コレぜったい寿命縮んでるわよ!!!! 」

 

 そんな悪態をついてみるも、決して箸を止める事はしない。

 額に嫌な汗が吹き出し、舌は感覚を無くし、恐ろしい寒気により激しく全身がバイブレーションしているが、それでも止まるワケにはいかない。

 

「えいしゃオラ! えいしゃあああぁぁぁーーーーーッッッ!!!!」

 

「もうやめてください大河ッ!! 無茶ですッ!!」

 

 二つ目のお重も空にし終わり、即座に三つ目を掴む。すると今まで固まっていたライダーちゃんが私に駆け寄り、ガバッと腰に抱き着いて来た。懇願するようにして。

 

「死んでしまいます大河ッ!! 死んでしまいますッ!!」

 

「大丈夫よライダーちゃん! これ縁起物なんだし!

 お腹は焼けるように痛いけど、きっと神様とか七福神とかが見てくれてるハズ!

 後でプラマイゼロくらいにしてくれるわよ!」

 

 もう自分が何を喋っているのかも分からない。それでも私は「大丈夫だよ」とライダーちゃんの頭を撫でてやろうとした。

 ……しかし、ふいに私の鈍くなった聴覚に、何やら〈ポタッ!〉という水音のような物が聞こえてきた。

 それはとても近く。私のすぐ足元から。

 

「ッ!?!?」

 

 ――――血涙。血涙だ。

 

 いま私の涙腺から、真っ赤な血涙がポタポタと滴っている事に気が付く。

 どこぞの血管でも切れたのか、それとも身体をおかしくしたのか。それは分からないけれど。

 

「た……大河ッ?!?! そ、その血はっ?!」

 

「あ、だいじょぶだいじょぶ! これさっきアセロラドリンク飲んだから。

 アセロラなのよコレ」

 

「 何を言っているのですかッ! 貴方はッッ!! 」

 

 心配を掛けまいとしておどけてみるが、大 失 敗。

 先ほどまでよりも更に力を増し、ライダーちゃんが私を止めようとしがみついてくる。

 

「ドクターストップです大河! 大人しくなさいッ!

 こんな目からアセロラ出すような人、放っておくワケには……

 

「ごめんねライダーちゃん――――――フッ!!!!」

 

「ウッ?!?! …………ばったり……」

 

 ライダーちゃんの首元にトスッと手刀を入れ、そのまま優しく床に寝かせる。

 

「ごめんねライダーちゃん、こんな事して……。

 でもマズメシでお腹を壊すよりはマシだと、そう思って頂戴……」

 

 空いている左手で拝み手をしながら、私はライダーちゃんの安らかな眠りを祈る。

 彼女が居てくれるから、処置をしてくれるライダーちゃんがいるから、私達はいつも安心して戦いに臨んで行ける……。

 彼女を失うワケにはいかないのよ。

 

「さぁ~ごはんだごはんだぁーー!! いっただっきまーーす!!」

 

 声だけでも、笑顔だけでも、私は元気を振り絞って再び箸を進める。

 今もなお私の眼からは血涙が滴っているが、それはさしたる問題ではあるまい。私は元気。

 

「モゴゴゴ!! ……うんマズい! マズいわ士郎! 腕を上げたわねっ!!」

 

 年を重ねるごとに、日を追うごとにマズくなっていく士郎の料理。

 私はそれが、“士郎が理想に近づいている証“だというのを知っている。彼の成長の証だという事を知っている。

 だからこれを食べ続けていくのは、お姉ちゃんである私の責務なのだ。

 

「よっし! 残りはこの一重だけっ! それではいっただっきま…………?!?!?!」

 

 気が付けば、あれだけあったおせちも、この一段を残すのみ。

 改めて気合を入れて掻き込もうとしたその時……私は自分の身体に起こった、ある変化に気づく。

 

「……あ、あれ? あれれ……?」

 

 頭が痛い、寒気がする、身体の感覚が無い、もう目がほとんど見えない。それは良いのだ、それは。いつもの事だから。

 ……しかし私はふいに、自分の身体がだんだん冷たくなっていく(・・・・・・・・・・・・)のに気が付いた。

 

 

「――――心臓が止まっている!! 動いてないッ!?!?」

 

 

 感じない。自身の心臓が波打つ鼓動が、まったく感じられない――――

 私の心臓が、いつのまにか止まってしまっているッッ!! まったく動いていない!!!!

 

「えっ……ちょ! ウソ! ライダーちゃんAEDを……」

 

 ふと視線を向ければ、そこには〈グッタリ!〉と床に倒れ伏したライダーちゃんの姿。

 そうだった。さっき私が手刀で眠らせたんじゃないか。トスッとやったんじゃないか私が。

 

「あ……あれっ?! ……これって私……死……?」

 

 やばい、やばい、やばい。ヤバイヤバイヤバイ……!!

 もう随分と前から真っ青だった顔面から、さらにサーッと血の気が引いていくのが分かった。ついでに体温もグッと下がった気がする。2℃くらい。

 

「 う……うわぁぁぁあああああ!! うわぁぁぁぁああああああーーーーッッ!!! 」

 

 即座に私は駆けだし、思わず庭に飛び出す。

 

「 うわぁぁぁぁあああああああ!! うわぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

 殴る――――左胸を殴る。

 

 ドゴゴゴと大きな音を立て、何度も何度も自分の左胸を殴りつける。

 殴る、殴る、殴る。

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るッッッッ!!!!

 

 

「――――動けッ! 動けッ! 動けッッ!!!!

 動いてよぉぉおおッ!! まだごはん残ってんのよぉぉぉおおおーーーッッ!!!!」

 

 

 やがて自分の体内から、再び心臓が活動した〈ドクンッ!!!!〉という鼓動を確認。

 同時に「ごっほぁ!!」と血反吐を吐きながら、私は地面に倒れ込んだ。

 

「――――ッ!?!? ッッッ!!!!」

 

 血涙、血反吐、いつのまにやら出ていた鼻血。そんな色んな液体を顔面から垂れ流しながら、私は即座に居間へと戻る。

 再び席に着き、料理と対峙する!!

 

「うぉあああああああああああぁぁぁーーーーッッ!!!!」モゴゴゴゴゴ

 

 生きてる! いま私生きてる!!

 

 死に直面した時だけ、生きていると実感出来るッ!

 ――――マズメシと向かい合う度、生を実感できるッッ!!!!

 

「モゴゴゴゴ!! ……士郎ッ………士郎ぉぉーーッッ!!

 モゴゴゴゴッ!!!!」

 

 もう目の前が見えない。段々と意識がボンヤリしてく感覚がある。

 ……でも分かる。士郎のごはんが分かる。感じる事が出来る。

 目など見えなくても、身体の感覚を無くそうとも、私はごはんを食べる事が出来る。

 

 だってこれは、士郎の作ったごはんだから。

 だって私は……士郎のお姉ちゃんなのだから――――

 

「腕を上げたわね、士郎……。ほんとうに上手になったわ……」

 

 

 今も、憶えている――――士郎が初めて料理を作ってくれた日の事を。

 

 幼少期。貴方が滅多に家に居ない切嗣さんを待ちながら必死に家事をこなし……そしてその寂しさを埋めるようにして、料理に打ち込んでいった事も……。

 

 

 

 

 

 

 

『おぉ、これ全部士郎が作ったのかい? 凄いじゃないか!』

 

 今からもう数年前の、ある日。

 久しぶりに家に帰って来た切嗣さん、そして遊びに来ていた私の為に、貴方は初めて料理を振る舞ってくれた。

 照れ臭そうにしながら、でもどこか自信なさそうに下を向きながら。

 

『それじゃあせっかくの士郎の料理だ。冷めないうちに頂こうか大河ちゃん』

 

 切嗣さんが暖かな表情で、静かに手を合わせる。

 初めて作った料理の感想が気になるのか……士郎がチラチラと切嗣さんの方ばかり見ているのが分かり、すごく微笑ましかった。

 

『――――うん、美味しいッ!

 こんな美味しいハンバーグ、いままで食べた事がないよ士郎!!』

 

 一口食べた途端、まるで花が咲いたように切嗣さんが笑う。

 それを見た士郎も、隠しきれずに花のように笑ったのが見えた。

 

『驚いたよ……士郎は料理の天才だったのかい?!

 こんな美味しい物が作れるなんて! きっと将来は有名なコックさんになれるよ!』

 

 食にあまり関心がない為か、普段はとても小食な切嗣さん。そんな彼が大喜びしながら士郎のハンバーグを頬張っていく。ニコニコしながら食べ進めていく。

 私は自分の分に箸を付ける事も忘れ、思わずその姿に見入っていたのを憶えている。

 

『よっし! 僕もうひとつ食べちゃおうかな? 士郎、おかわりを貰えるかい?』

 

 元気よく「おう!」と返事をして、切嗣さんのお皿を受け取った士郎が台所に消えていく。

 その後ろ姿を見送った後、ようやく私の身体は動き出し、そしてまだ自分が何も食べていない事に気が付いた。慌ててお箸を握り直す。

 

『いやぁ、まさか士郎にこんな才能があったなんて! ビックリしたよ僕は!

 ほらっ、大河ちゃんも暖かい内に食べるといい。とっても美味しいよ』

 

 そうニコニコと嬉しそうに微笑みかけてくれる切嗣さん。その笑顔にまた見入りそうになりながらも、私はイカンイカンとぶんぶん頭を振り、強く意識を保つ。

 切嗣さんを心からの笑顔にした、士郎特製ハンバーグ。それが私の目の前で暖かな湯気を放っていた。

 

 そして私はこの日……そんなこの上ない幸せの中で、初めて士郎の料理を口にしたのだった。

 

 

 ビックリするくらい、マズかった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……味オンチだったのね切嗣さん。もうとんでもないレベルの」

 

 やがて綺麗に空になった、最後のおせちの重箱。それを静かに机に置きながら、私は過去の回想を終える。

 

「食に関心が無いと言うより、普通の料理じゃ満足出来なかったんでしょうね……。

 唯一、士郎の料理だけが切嗣さんの口に合った。笑顔にする事が出来た……」

 

 大好きなお父さんに料理を食べて貰える、喜び。

 お父さんが笑ってくれるという、幸せ。

 それこそが士郎の料理の、原体験――――

 

 

「あれからも士郎は、料理を作り続けています。

 貴方の笑顔を思い描き、貴方の好きな味を追い求めて。……切嗣さん」

 

 

 

 先ほどとは違う、透明な涙の雫――――

 

 死屍累々の衛宮家の居間で、何故だかそれが私の眼から、ポロリと零れ落ちた。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「えっ、あれ全部食っちまったのか藤ねぇ?!」

 

「そうよ~士郎♪ あー美味しかったごちそうさまっ!」

 

 新年の挨拶回りを終えて帰宅した士郎に、コタツに入った私がほののんと告げる。

 

「ちょ……ホントかよ藤ねえ。あんなに沢山あったっていうのに」

 

「そうね~♪ でも全部食べちゃったわ! だってお腹空いてたんだもーん!」

 

 やれやれと呆れながらも、どこか嬉しそうな顔。そんな士郎の笑顔を見られただけで、私は報われたような心地になる。

 

 ――――今も私の胃は、地獄ような痛みを発している。

 だがそれを私が顔に出す事はない。汗ひとつかく事は無い。

 

 これが私の、お姉ちゃんの心意気という物なのだ。

 

「それはそうと、あいつらはどうしたんだ? 姿が見えないけど」

 

「あぁ、みんないったん実家の方に戻るって。また夕方に来るって言ってたわ!

 それとみんなから、『おせち美味しかった。ごちそうさま』って」

 

「……そっか。うん、よかったよ。

 頑張って作ってみた甲斐があった」

 

「んふふ! 良かったね士郎♪」

 

 幸せそうに笑う士郎の後ろで、なにやら申し訳なさそうな顔でチラチラこちらを見るセイバーちゃん。

 別に私は気にしてないから良いのよ? でもライダーちゃんには後で謝っておいてね……。私も必死に謝ったわ。

 

「そんじゃあ今日は、何を作ろうかな?

 なんか食いたいモンあるか藤ねえ?」

 

 そうねぇ、とりあえず今日一日は何も胃に入れず、ハーブとか正露丸とかを飲んで泥のように眠りたいわねぇ。

 生きながらにして心臓が停止するという貴重な体験もしたし、頑張ってくれたこの身体をゆっくり労ってあげたい所だけれど、戦いってのは待ってくれない物なのよ。悲しい事にね。

 

 

「――――何でも良いよ♪ 士郎のごはんなら、お姉ちゃん喜んで食べちゃう!」

 

「そういうのが一番困るんだけどなぁ……。

 まぁいっか。なんか藤ねえが好きそうなもん考えてみるよ」

 

 

 

 いまお仏壇にお供えされている、私達が食べた物とは別の、小さなサイズのおせち。

 

 切嗣さんの笑顔を思い浮かべ、私は今日のごはんに想いを馳せていった――――

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。