hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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 これはホラー映画の名作「スゥイートホーム」を題材とした、「涼宮ハルヒの憂鬱」原作のクロスオーバー作品。
 その序章になります。

 テストを兼ね、現在までに完成している“物語の導入部“にあたる部分を、先行して投稿致します。
 完成をお待ちの間のお試し版として、これで雰囲気を掴んで頂けたらば幸いです。


※2月21日、追記。

 完全版を投稿致しました。
 この序章の内容も含め、完結までを全て書き終えていますので、もしよろしければ下記のリンクからどうぞ。

https://syosetu.org/novel/215067/
 








31、序章

 

 

 赤ん坊の、笑い声が聞こえる。

 キャッキャと笑う、嬉しそうな声が――――

 

 

 暖かな表情で我が子を見つめている、お母さん。

 母に見守られながら、嬉しそうに声を上げている赤ん坊。

 

 今ベビーベッドにいるその子が見つめる先には、代わる代わる現れる、沢山の動物たちの姿があった。

 

 影。これは手で形作る影絵の動物たちだ。

 お母さんは見事な腕前で両の手を動かし、まるで生きているかのように動く沢山の動物たちを、次々に作り出していく。

 

 ――――わんわん、わんわん。ぼくは犬だよ。

 ――――コンコン! ぼくはきつねだよ。コンコン!

 ――――ピョンピョン。私はうさぎよ。いっしょに遊びましょう?

 

 時に愛らしく、時にコミカルに。

 赤ん坊は影絵の動物たちに夢中だ。キャッキャと笑いながら小さな手を伸ばす。そんな微笑ましい我が子の姿に、お母さんが幸せそうに笑みを浮かべる。

 慈愛に溢れた、美しい笑みを。

 

 ――――カサカサ。ぼくはカニだよ。

 ――――ワオーン! 僕はオオカミだよ。遠吠えが得意なんだ!

 ――――めぇぇ~。あたしはヒツジよ。友達になりましょう?

 

 やがて赤ん坊の前に、一羽のハトが現れる。

 手影絵で作られた美しいハトが、いま大きくその羽を動かし、優雅に大空を飛んでいく。

 

 その幻想的な光景に……赤ん坊は口を大きく開け、キラキラと目を輝かせる。

 

 

 ――――ハトは飛んでいく。自由に、どこまでも。

 ――――――高く高く。この上なく優雅な羽ばたきで、空を昇っていく。

 

 

 この子の幸せを、祈るように。

 この幸せが、いつまでも続きますように。

 

 

 そんな願いを、空に届けにいくようにして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スゥイートホーム ~涼宮ハルヒの慟哭~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「 遅いッ! 罰金ッ!! 」

 

 強い風が吹きつける、大きな建物の門前。

 いま腰に手を当て憤怒の表情を浮かべる涼宮ハルヒの怒声が、辺り一帯に木霊する。

 

「まったく! いつまでかかってるのよっ!

 こんなのただちょちょい~っと行って、パパ~ッと許可取ってくるだけでしょ!?」

 

「す、涼宮さぁん……。落ち着いてぇ~……」

 

 ハルヒがムキーと地団駄を踏む。

 朝比奈みくるがビクビクしながらもなんとか諫めようと奮闘しているが、彼女の怒りはとどまる事を知らない。

 

「まぁまぁ涼宮さん、お役所というのは時間のかかる物ですよ。

 仕方ありません」

 

 SOS団副団長の古泉一樹も、苦笑しながらフォローを入れる。

 彼もいま頑張っている、もうしばらく待ちましょうと、優しく団長を諭す。

 

「あたしは早く間宮邸に行きたいのよぉーっ!!

 こんな所にいても、ちっとも面白くないじゃないっ!

 ……まったくキョンったら!

 せっかく今回は雑用じゃなくプロデューサーにしてあげたのに、

 ちっとも使えないんだからっ!」

 

 今ハルヒの左腕には“超ディレクター“と書かれた腕章がある。今回SOS団で制作するドキュメント企画、その全権を取り仕切るのが彼女の役割だ。

 そして彼は、そのプロデューサー。

 この企画を発案し、珍しい事に自分から「やってみないか」とハルヒに提案したのが、他ならぬ彼なのである。

 

 ……この話が出た時、ハルヒは非常にご機嫌であった。

 散々彼に対しグチグチと文句は言ったものの、隠し切れない程にニマニマと緩んだその表情に、SOS団のメンバー達が微笑ましい気持ちでいたのは言うまでもない。

 なにせ普段は無口で消極的に見える彼からの、初めての提案(おねがい)だ。

 それに気を良くした彼女は「キョンのくせに生意気よ!」などと言いつつも、実質その場で案を即決した。

 

 そして本日、無事その企画は決行されるに至る。

 皆は今、今回のSOS団企画【伝説の画家、間宮一郎。その謎に迫る】というドキュメンタリー映画を撮影する為、間宮邸に入る許可を取りに役所まで来ているワケなのだ。

 

「もう我慢できないわっ! あたしちょっと行ってくるっ!」

 

「だっ……ダメですよぉ涼宮さ~んっ!

 ここで待ってろって、キョンくんに言われたじゃないですかぁ~っ!」

 

「えーい離して頂戴みくるちゃん!

 行かなきゃ! 行かねばならないのよあたしはっ!

 やっぱり二人には任せておけないわ!」

 

 必死に腰にしがみ付くみくるをズルズル引きずりながら、役所の門へ猛進していくハルヒ。慌てて古泉も加勢に入る。

 

「……なぁ、俺の記憶が確かなら、

 キョン達が出かけてから、まだ10分と経ってねぇんだが」

 

「元気だよねぇ涼宮さん。きっとパワーを持て余してるんだよ。

 それか……キョンに置いていかれちゃって寂しい、とか?」

 

 ワーワーと騒ぐSOS団の様子を車中でのんびりと見つめながら、谷口が大きく欠伸をする。その向かいに座る国木田も、のほほんとジュースに口を付けている。

 

「相手はお役所だぞ? あの涼宮が行ってもややこしくなるだけだっつの。

 キョンもそれが分かってたから連れていかなかったんだろ」

 

「うん。ハルヒを見張っといてくれーって、みんなに念を押してたもんね。

 代わりに鶴屋さんを連れて行った事も、もしかしたら気に喰わないのかも」

 

「なんであたしじゃなくて鶴屋さんをー! ってか?

 いつも一緒にいるじゃねーかお前らは……。ちっとは我慢しろよ……。

 どんだけキョン好きなんだよアイツ」

 

「心配しなくても、キョンは涼宮さんしか見てないのにね」

 

 国木田は苦笑しながら、谷口の手から一枚カードを抜き取る。それは見事に当たりだったようで、谷口が「げっ!」と変な声をあげる。トランプ勝負は国木田の勝ちのようだ。

 

 やがてそうこうしている内、二人とは離れた席に座っていた長門有希がトテトテとバスを出ていき、外にいるハルヒ達の方へと歩いて行くのが見えた。

 今までひとり静かに読書をしていた彼女だったが、表の状況を見かねたのだろうか。

 

「むきぃー! 離してよみくるちゃん! 離してちょうだいッ!

 ……確かにあったかいわ! すっごく良い匂いする!

 でもハグのぬくもりなんかで、あたしをどうにか出来ると思ったら大間違……、

 って、ん? どうしたの有希?」

 

「これ」

 

 ジタバタと暴れていたハルヒに、有希がよいしょと何かを差し出す。それは“サクマ式ドロップ“と書かれた、キャンディーの缶だった。

 

「ん? 蓋が開かないの? おっけおっけ! あたしが開けてあげるっ」

 

 ハルヒが缶を受け取り、気合を入れて「ふんっ!」と蓋を開ける。パカッという良い音がした。

 そして優しく微笑みながら有希と目線を合わせ、缶を渡してやる。

 

「はい」

 

「あら、ひとつくれるの? ありがと有希っ。

 ……ん~っ♪ おいしっ! やっぱりメロン味は至高ね!!」

 

 キャンディーを貰い、幸せそうに頬張るハルヒ。有希といっしょにコロコロと舐める。とてもご満悦の表情だ。

 

「私もトランプがしたい。相手をしてほしい」

 

「トランプ? いいわよ有希! やりましょやりましょ♪

 よ~し、それじゃあバスの中に戻りましょっか♪

 ほらみくるちゃーん! 古泉くーん! 行くわよ~」

 

「……」

 

「……は、はぁ~い」

 

 有希と手を繋ぎ、ハルヒが「ルンルン♪」とバスに戻っていく。

 先ほどまで汗だくになりながら彼女を止めていた両名は、若干脱力しながらも慌てて後に続いた。

 

 

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「……なにぃ? 間宮邸ぇ?」

 

 役所の応接室。不機嫌そうな男の声が響く。

 

「駄目に決まってるだろうそんなの。あそこはもう数十年も閉鎖してるんだ」

 

「はい課長……。私もそう言ってはおるんですが……。

 しかしあの子たち、どうしてもと言って聞かなくて」

 

 職員の男が困った顔で自らの背後を指す。

 そこには今「ふふ~ん♪」とのんきに鼻歌を歌う鶴屋、そしてペコリと頭を下げるキョンの姿がある。

 

「なんでも、間宮一郎のドキュメント映画を撮りたいんだそうで。

 あの屋敷には間宮一郎の残した絵が沢山あるハズ、

 それを世間に伝えるのが私達の役目だ、と言って……」

 

「それでこんな田舎町までやって来たっていうのか。

 まったくご苦労な事だ……。他にやる事は無いのか都会の子たちは」

 

 靴を脱ぎ、中に入っていた砂をサラサラと落としながら、話半分に部下の言葉を聞く課長の男。

 

「ほら、いいから帰って貰え。可哀想だが、あそこはずっと立ち入り禁止なんだ」

 

「しかし課長……? 実はあそこにいらっしゃるお嬢さんは、

 なんでも鶴屋財閥の一人娘だそうで……」

 

「なにぃ?! つ……鶴屋財閥のぉ?!」

 

 男の顔色が変わる。そして何かを考え込む仕草をした後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「……えっとぉ、君達? 間宮邸を撮影したいんだって?」

 

「あ、はいっ! 間宮邸に入る許可を頂きたくて、伺いました。

 ドキュメンタリー映画を撮って、間宮一郎の絵の素晴らしさを伝えたいんです!」

 

 思わず“気をつけ“をし、キョンは緊張しながらも必死に伝える。普段は飄々とした所のある彼であるが、どうやらこういう交渉事には慣れていない様子だ。

 横にいる鶴屋は、のほほんと微笑みを浮かべているが。

 

「あー……。まぁそりゃ立派な事だとは思うがね?

 まだ若いのに大したもんだと、感心せん事もないよ。

 ……でもなぁ。残念だが間宮邸への立ち入りは禁止してるんだよ。

 ひどく老朽化もしてるし、何かあったら困るだろう? 君たちはまだ子供だし」

 

「いえっ、そこはちゃんと気をつけてやるつもりです!

 今回は俺たちだけじゃなく、信頼出来る大人の人にも協力してもらってて。

 だから決して危ない事はしませんし、建物にも充分に配慮してやるつもりです!」

 

「ん~……」

 

 目の前の少年は、熱意を持って必死に訴えている。その気持ちは分からないでもないし、出来る事なら叶えてやりたくもあるのだが……。

 課長の男はウムムと頭を抱える。

 

「別に間宮邸じゃなくてもさ? 映画だったら他でも撮れるだろう?

 ドキュメンタリーもいいが……ほら、恋愛映画とか、アクション映画とか。

 君達は学生だし、そういうのの方が好きなんじゃないのかい?」

 

「は……はぁ」

 

「……ん~。間宮邸なぁ。ん~……」

 

 やがてウンウンと唸り声をあげ続けていた男は、「ふぅ」とひとつため息を付いた後、意を決したように背中を向ける。

 そして後ろにある小さな金庫の前に立ち、おもむろに鍵を差し込んだ。

 

「ちょ……課長?! 本当によろしいので!?」

 

 慌てて職員の男が傍に駆け寄り、ヒソヒソと問いかける。

 

「仕方ないだろう、あぁまで言っているんだから。

 それにあのお嬢さんは、アレなんだろう? ……流石に無碍には出来んよ」

 

「しかしっ! しかしあの間宮邸ですよ!?

 もし何かあったら……どう責任を取るおつもりで……?」

 

 職員の男は冷や汗を流している。それに対し、ゆっくりと振り返る課長の男。

 

「何かって……何だ?」

 

「い、いえっ! あの……! その……」

 

祟り(・・)、か?」

 

「…………はい……」

 

 男の口元が歪む。ニタァと醜悪な笑みを浮かべる。

 

「――――なら丁度いいじゃないか。確かめてみよう」

 

「!?」

 

「あの子らが無事に帰って来たなら、あの屋敷は大丈夫って事だ。

 いい機会だ、確かめてみようじゃないか」

 

 

 もう数十年も閉鎖したままだという、間宮一郎の屋敷。

 今まではこの地に伝わる噂話を恐れ、ただただ触らぬように閉鎖してきた、古い屋敷。

 

 しかし、もし何事もないなら(・・・・・・・)、あの屋敷は大変な観光資源になる。なんと言ってもあそこは伝説の画家、間宮一郎の屋敷なのだから。

 この何も無い寂れた田舎町に、さぞ多大な利益をもたらす事だろう。

 

 

「なぁに、もし何か起こっても、それは“超自然現象“という物だ。

 誰も責任の取りようがないさ――――」

 

 

 幾重にも厳重に保管されていた、さび付いた古い鍵。

 それを金庫から取り出し、男がゆっくりとキョン達の方に向き直る。

 

「ほら、これが間宮邸の鍵だ。

 撮影頑張ってね。応援してるよ」

 

 

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 長い雑草が伸び散らかす田舎道を、SOS団を乗せたバスが元気に走って行く。

 

「やれやれ……流石に気疲れした。

 まぁ許可は取れたんだから御の字だが」

 

「お疲れ様です。

 すいませんでした、貴方に任せきりにしてしまって」

 

 辺りは一面、雑木林だ。ひたすら間宮邸を目指してバスは走る。

 今回運転手を買って出てくれた新川さんに感謝しつつ、いま皆は思い思いの席で寛いでいる。

 そんな中で古泉一樹が、彼の隣に腰掛け、ジュースを手渡した。

 彼は「サンキュ」とそれを受け取り、ゴクゴクと飲んでいく。冷たい飲み物が身体に染み渡り、生き返る心地だ。

 

「いいさ、こういうのはいつもお前にばっかやらせてたんだ。

 たまには俺達がやるのもアリだろ」

 

「恐縮です。しかし、貴方には本当に感謝している。

 これで間宮一郎最後の絵が、見られるんですね……」

 

「おっ、珍しくテンション高いじゃないか古泉。

 まぁ俺も似たようなモンさ。こんな機会、滅多にあるもんじゃない」

 

 嬉しそうに微笑む古泉、そしてそれは彼も同じだ。二人は祝い合うように、コツンと拳を合わせる。

 

「正直な? 今ドキドキしてる。こんなのはホント久々かもしれん。

 いったいどんな絵があんだろうって……、昨日はあまり眠れんかったくらいだ」

 

「僕としては、ここまで貴方が間宮一郎のファンになるとは、少々意外でしたよ?

 確かにきっかけを作ったのは僕ですが……まさかここまで好きになって頂けるとは」

 

「あぁ、お前に付き合わされて間宮一郎展に行ったのがきっかけだったもんな。

 まぁ俺も芸術なんて高尚なモンには興味なかったし、

 未だによく分からん部分も多い。ちゃんと理解出来てるとは思わんよ。

 実際あの時も、暇つぶしのつもりでお前に付き合ってたんだから」

 

 そう苦笑しつつ、ジュースをもう一口。

 

「……だが間宮一郎の絵、ありゃ問答無用だったな……。

 一目みた瞬間、電気が走った気がしたよ。一目惚れってヤツかもな」

 

 彼が“一目惚れ“という言葉を放った時、なにやらどこかで〈ガタッ!〉という音がした気がするが、それに気づかず話を続けていく二人。

 

 

「なんて言うか……“生きてる“って思ったんだよ。

 よく美術品には生き生きとしたって表現が使われるが……、

 でも間宮一郎の絵は違う。本当に“命がある絵“なんだよ。

 こんなあったかくて、強くて、心にガツンとくる絵があるもんなのかって――――」

 

 

 どこを見つめるでもなく、彼は間宮一郎の絵に想いを馳せる。

 あの日、心に感じた衝撃を追想する。

 

「ええ。僕も間宮一郎氏の絵を見た時は、震えました。

 生命への賛美、そして途方も無く大きな愛を感じたんです」

 

「というか、こういう時に自分の語呂力の無さが嫌になるな……。

 なんとか言葉を探してはみるんだが、お前みたいに上手いこと言えん」

 

「いえいえ、貴方らしい素敵な表現だと思いますよ。

 少なくとも僕は、すごく共感していますから」

 

 通路側の席に座る古泉は、今ふと目線の先でコソコソとこちらを伺っているハルヒの姿を発見。

 彼女は隠れているつもりなのだろうが、座席の上からカチューシャとリボンがチラチラと見えてしまっていた。大変残念な事に。

 

「というか、俺はハルヒがこの企画をOKした事の方が意外だったけどな。

 別にアイツは絵になんて興味なかったろ? 間宮一郎を知ってたワケでも無いし」

 

「ああ、涼宮さんの場合、芸術よりも“ミステリー“の要素に惹かれたのでしょう。

 間宮一郎は生前、ずっと人里離れた山奥で暮らし、

 そして若くしてひっそりと息を引き取った、謎の多い画家ですから。

 ドキュメンタリーを撮り、その謎に迫る、というのが本願なのではないかと。

 こうして皆で撮影をしに行くというのも、この上なく楽しいですし」

 

 まぁ一番は、他ならぬ貴方の提案(おねがい)だからですけどね――――

 そう言いたいが、古泉は言葉を飲み込んで笑顔を作る。彼にはこの企画の為に頑張って貰った恩義があるのだ。

 我慢ガマンである。この朴念仁め。

 

「うーん。俺が思うに……、

 アイツにとっちゃ幽霊屋敷にでも行くような感じなんじゃないか?」

 

「ふふっ。間宮邸は数十年も放置されてきた屋敷ですから、さぞ雰囲気はあるかと。

 不思議探索は我々の得意とする所。そちらの方でも、楽しんで頂けそうだ」

 

「まぁ不思議はともかく、ハルヒがおばけを怖がってる姿なんぞ想像できんがな。

 アイツはそんな可愛いモンじゃない。

 大はしゃぎで屋敷中を駆けまわる姿しか浮かばんよ」

 

「あのっ……えっと……」

 

 古泉が言葉に詰まる様子に気付く事無く、彼は話を続ける。

 

「おばけをふん捕まえるわよ! なんてバカなこと言い出さなきゃいいけどな。

 いくらSOS団でも、流石におばけの団員が増えるのはごめんだ。やれやれ……」

 

 ……あぁ僕の友人よ。どうかその口を、閉じては頂けませんでしょうか?

 ふと古泉が目線をやれば、そこには例のカチューシャ&リボンがブルブルと怒りに震えているのが見える。座席がギリギリと軋みを上げている音も。

 

 となりに座るみくるは「あわわわ……」と怯え、谷口などは恐怖で目をひん剥いている。

 

 まぁその後なんだかんだとあったが、なんとか古泉一樹の携帯から、閉鎖空間発生の知らせを聞かずには済んだ。

 

 

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 やがて元気に走っていたバスが停止し、いま皆の前に、ここから先が間宮邸の敷地である事を示す大きな門が現れた。

 

 運転手の新川さんには車内で待っていてもらい、門の千錠を解きに一旦バスを降りる一同。

 

「よっし、ちょっと待ってろお前ら」

 

 門にグルグルと巻かれている、錆びた鎖と南京錠。彼がそれにガチャガチャと触れ、解除しようと試みる。

 しかしサビついていて、なかなか上手く外れない。

 

「キョンくぅん、大丈夫ですかぁ?」

 

「おや、これは厄介だ。

 まぁ何十年も雨風に晒されていた物ですからね」

 

「俺がやるかキョン? 鎖を切ってやろうか?」

 

「いや、せっかく許可とったんだ。出来るだけそのままにしときたい。

 えっと……油か何かを差せば……」

 

 そうこうしている内、なにやら後ろの方から〈ズンズンズン!〉という勇ましい足音が聞こえてきた。

 嫌な予感がし、彼が咄嗟に後ろを振り返った瞬間……、辺り一帯に凄まじい轟音が響き渡る。

 

「うりゃぁぁああーーーーーっっ!!」

 

「 ッ!?!? 」

 

 ――――吹き飛ぶように開く門、粉々に砕け散る鎖。

 そう、いま涼宮ハルヒ渾身のドロップキックにより、間宮邸への門は見事開かれたのだ。数十年ぶりに。

 

「 お前なにしてんだッ!! なに無茶してんだッ!! 」

 

「うっさいわね! アンタに任せてたら日が暮れちゃうでしょうが!

 あたしは早く中に入りたいのっ!!」

 

 プイッと顔を背け、ハルヒがズンズンとバスに引き返して行く。その姿を呆然と見送る一同。

 

「涼宮さん……すごく機嫌悪いですぅ……」

 

「どうやら、先ほどの一件が尾を引いているようですね……」

 

「……」

 

 すでに座席に戻り、有希を抱きしめながらツーンと口を尖らせているハルヒ。

 その姿にため息なんかを漏らしつつ、彼らもゾロゾロとバスに戻っていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「ここが……間宮邸……」

 

 ハルヒが門を開けて(破壊して)からすぐ、バスの窓から間宮邸が見えてきた。

 遠くから見えるそれにも感心させられたものだが、今こうして目の前にしてみると、その巨大さに圧倒されてしまう。

 間宮邸はそれ程に大きく、立派な屋敷だった。

 

「すっげ……俺洋館なんて、初めて見た」

 

「確かに……。ぼくもこんな立派なお家、見た事ないよ……」

 

「良いお屋敷だねっ! アタシも洋館とかは久しぶりっかな~♪」

 

 谷口、国木田が驚嘆の声をあげる。鶴屋に関してはのほほんとした物だったが。

 

 長年放置され、辺り一帯を森に囲まれた廃屋ではあるが、その風格は健在だ。

 大きな噴水や、天使をかたどった石像。そして屋敷の玄関には、装飾の施された大きな扉。

 

「ここで、間宮一郎は……」

 

「あぁ、絵を描いてた。俺達が見てきた、あの絵を」

 

 驚嘆、そして感慨深さが入り混じった瞳で、彼と古泉が屋敷を見上げる。

 

「そりゃあ、あんな凄い絵を描いてたんだ。

 当然だが、スケールが違うな」

 

「壁画やフレスコ画の作成には、非常に広いスペースが必要です。

 ……しかし、いやはや驚きました。ここで間宮一郎の感性は、

 磨かれていったのですね」

 

 二人並び、まだ見ぬ間宮一郎最後の絵に想いを馳せる。

 ……しかし、そんな彼らの様子を、少し後ろの方でブスッと見つめている少女の姿があった。

 

 SOS団団長、涼宮ハルヒ。

 彼女は今回快く(?)彼の願いを了承したものの……、しかし現在は少しばかりご機嫌斜めであった。

 

(キョンったら……古泉くんと絵の話ばっかり)

 

 過去に美術部に仮入部し「君こそハルトマン鈴木の再来だ!」とかなんとかワケの分からない褒められ方をした経験はあるものの……、彼女には芸術に対する興味は無い。

 そりゃあ絵を描くのは楽しいと思うし、自分だって美しい絵を見れば心が躍る。……しかしキョンや古泉のような憧れも情熱も、抱いた事は無かった。

 

(なによキョン。……ちょっとくらい、こっち向きなさいよ)

 

 彼らについていけない。中に入れない――――

 今も目の前で、嬉しそうに語り合っている二人。その背中を、どこか寂しい気持ちで見つめていた。

 

 

「?」

 

「……ん、あら有希。どうしたの?」

 

 気が付くと、裾をクイクイとひっぱる有希が隣にいた。

 有希は「どうしたの?」とコテンと首をかしげ、悲し気な顔をするハルヒを心配している様子が見て取れた。

 

「たべる?」

 

 はい、と差し出されるキャンディーの缶。その愛らしい仕草に思わずハルヒは苦笑いだ。

 有希の頭をワシャワシャと撫でてやり、とびっきりの笑顔を返す。

 

「平気よ。ありがとね有希♪

 よ~し! それじゃあそろそろ撮影を始めましょうか!」

 

 有希と手を繋ぎ、皆に向かって大声で指示を出す。そして一気に動き出していく時間。

 メンバー達が慌ただしくバスと玄関を往復し、照明やカメラなどの機材の荷下ろしを行っていく。

 

「それはこっちに運んでちょうだい! あ、谷口それはまだいいわ。積み直しといて。

 ほーら時は金なりなんだからねっ、みくるちゃんっ!

 さっさと着替える着替えるっ!」

 

 

 繋いだ手の暖かさ。有希の優しさ。

 それを強く感じながら、ハルヒがあーだこーだと指示を出していった。

 

 

………………………………………………

 

 

「あっ……あのっ……! これ本当に着るんですかぁ……?」

 

 朝比奈みくる。彼女はSOS団の専属女優である。

 過去に彼女を主演にして映画を撮影した事もあり、そのオロオロとした愛らしい演技と何とも言い難い味のある歌声は、今や北高においてちょっとした伝説となっている。

 

 そして今回のドキュメンタリー映画でも、彼女をメインとして作成する。

 女優ではなく“リポーター“という役柄ではあるが、おっかなびっくりと廃屋を探検していく彼女の姿は、さぞ観覧者諸君の共感を呼ぶ事だろう。呼べばいいなぁと思う。

 

「そうよみくるちゃん! 今回の映画はホラーなの!

 ならこれしかないってピンときたわ!」

 

「ふ……ふぇぇ~~っ!!」

 

 例によって、ハルヒにより“衣装“にお着換えさせられるみくるちゃん。ただのコスプレとも言う。

 そして今回彼女が着用させられる衣装は、過去に例を見ない程、えっちぃ物となった。

 

「――――ん゛ふ゛っ!!」

 

「――――こ゛っほ゛ぁ!!」

 

「みっ……見ないでぇ! 見ないで下さいぃ~~っ!!!」

 

 お着換えタイムを終え、ハルヒに伴われバスから降りてくるみくる。その姿を見た彼と谷口が思わず噴き出した。

 

 ――――それもそのハズ。今みくるが来ているのは“ビキニ“だ。

 それも何故か星条旗の模様をあしらった、大変に生地面積の少ない水着である。いわゆるアメリカ水着である。

 みくるの肉付きの良い女性らしい身体は、もう色々と食い込んだり、はみ出したりしちゃって大変な事になっている。ぷるっぷるしている。

 

「キョンくん見ないでぇ! 見ちゃダメぇ~~っ!!」

 

「いやあのっ……! ちょ……!」

 

 なんとか屈んだり覆ったりして胸元を隠そうと奮闘するのだが、悲しいかなその仕草は、ぷるぷる、たゆんたゆんと大変えっちぃ事となっている。

 後の谷口の言葉を借りるなら「来て良かった。生まれてきて良かった」、そう言わしめる程のお姿であった。

 こうして恥ずかしがる姿や、そのウルウルとうるんだ瞳も、存分にみくるのエロさを際立たせている。

 映画に18Rが付かなければ良いのだが。ドキュメンタリーなのだし。

 

「お、お前っ! 朝比奈さんに何着せてんだっ!」

 

「良いでしょキョン! コレすごいでしょ!?

 あたし今回、すっごい自信あったの!」

 

 なんとか衝撃から立ち直った彼が詰め寄るも、ハルヒはニコニコと満面の笑み。「いやぁ~良い仕事したなぁ」と満足気な表情だ。笑顔が眩しい。

 

「ホラーと言えば、エロは必要でしょ?

 ん~っ! いったい誰が考えたんでしょうね! この組み合わせ!

 恐怖とエロの親和性……、これってホントとんでもないレベルよ!」

 

「お前普段どんな映画観てんだ! 今すぐ止めさせろ!!」

 

「ん? なによ、気に入らないの?

 アンタだってホラー映画借りたのにおっぱい出て来なかったら、

 ブルーレイディスクを叩き割るんでしょう?」

 

「割らん! ちゃんと丁寧に扱う! レンタル期限も守るッ!!」

 

「この頭悪そうなアメリカ水着にしたのも、あたしのこだわりなの!

 そしてこのブロンドのカツラ! もうどこからどう見てもアメリカ人女性よね♪

 ……あ、関係ないけどみくるちゃん、今回の舞台が屋内で良かったわね?

 もし海ならアンタ、ぜったいサメに喰われてるわよ?」

 

「朝比奈さんをサメのエサにすんな!!

 確かにサメ映画じゃ、喰われる用の女優さん達いるけどっ!!」

 

 もしサメ映画において、いきなり導入部でセクシーダイナマイトな女性が出てきたら……その人は十中八九、サメに喰われる。

 むしろ喰われる為だけに出てきた、通称“サメのエサ“と呼ばれる役どころの人達なのだ!

 しかし今回の撮影は屋内。決してサメ映画では無い。

 

「わっ……わたしどうなるんですかぁ~?

 たべられちゃうんですかぁ~?」

 

「大丈夫よみくるちゃん! ……今回はね。

 さぁさぁ! それじゃあ早速始めていくわよ!」

 

 なにやらハルヒの目が一瞬〈キラッ!〉と光ったような気がするが、奇しくもそれは皆に気づかれる事は無かった。

 なにか次回作の構想でも思いついたのだろうか?

 

 何故か間宮邸を訪れた、アメリカンビキニの女――――

 そんなシュールとエロさをもって、撮影は開始されていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「はい、みくるちゃん。これ鍵」

 

 間宮邸の扉の前。そこに今みくるが立っている。

 いまハルヒが懐から間宮邸の……彼から預かった大切な鍵を取り出し、みくるに手渡した。

 

「さ、カメラまわして。

 みくるちゃん、そのまま開けちゃおっか?

 よーい………………アクション」

 

 谷口がカメラを構え、国木田と古泉が反射板を受け持つ。

 鶴屋、有希、プロデューサーであるキョンが見守る中……ゆっくりとみくるが扉の前に歩いて行き、鍵を差し込んでいく。

 

「……あ、あれぇ? ……あれぇ?!」

 

 緊張しつつも、しっかりと鍵穴に差し込む。しかしどれだけガチャガチャと回そうとも、鍵が開く様子は無い。

 みくるの困った声だけが、静かに辺りに響く。

 

「カットぉ! ……どうしたのみくるちゃん? 開かない?」

 

「えっと……あれぇ? あれれ?」

 

「ふむ、古い建物ですからね。中が錆び付いているのかもしれません」

 

「鍵は合ってるハズなんだが……。

 ちょっと貸して下さい朝比奈さん。俺がやります」

 

 鍵穴には入る、サイズから見ても決して間違ってはいないんだろう。

 しかし、やはりどれだけやっても開かない。あまり無理にやると鍵が壊れてしまいそうだ。

 

「んっ! んっ! このッ!!

 ……うーん、イカンな」

 

「あらら、だいじょぶにょろキョンくん?」

 

「一度サビ取りスプレーを試してみますか? 確か車に積んでいたハズです」

 

「うん、それが良いよ。

 壊しちゃってもつまらないもんね。ぼく取ってくるから」

 

「おう、すまんな国木田」

 

 扉から視線を移し、国木田に礼を言おうと振り返ったその時……。

 ふと彼の視界の端に、なにやら「おいっちに! おいっちに!」と準備運動をしているらしきハルヒの姿が映った。

 

「――――――取り押さえろッ!! ハルヒがアップをしている!!!!」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 突然の声に驚きつつも、即座に行動を開始するSOS団のメンバー達。

 今にも扉に向かって突進しようとしていたハルヒに勢い良く組み付き、くんずほぐれつしながら取り押さえる。

 

「……ちょ! なによアンタ達!? なんで分かったのよっ!?」

 

「うるさいバカたれ!! 無茶すんなって言ってんだろうが!!」

 

「落ち着いて下さい涼宮さん! 殿中です!!」

 

「ドロップキックはダメですぅ! 危ないですぅ!」

 

「だめ」

 

 キョンが羽交い絞めにし、みくると有希は腰にしがみつき、古泉が通せんぼ。

 SOS団の勇気ある行動が今、見事涼宮ハルヒの蛮行の阻止に成功したのだ!

 

「離してよ! 離してよキョン!

 あたしのこの手が光って唸るッ! 扉を破れと轟き叫ぶのよっ!!」

 

「破らんでいい! 落ち着け! 仮にも人様の家だろうが!!」

 

「この衝動を大切にしたいの! いつだって心に従って生きてきたのよ!

 そんな人間が一人くらいいたって良いでしょう?! ねぇキョン!!!!」

 

「かもしれん! だが扉は壊すなッ!!

 お前ただドロップキックしてぇだけじゃねーか!!」

 

「なによ! いいじゃないっ!

 激情に身をゆだねても良いじゃない! こんな時代だもの!」

 

「何がお前をそうさせんだッ!!

 暴れんな! 止まれっ! やめんかッ!!」

 

 三人がかりで拘束されるも、がんばって「ふんぎぎぎ……!」と振りほどこうとするハルヒ。額に青筋が浮いている。

 

「いい? 人間はね? 普段は全体の30%ほどの力しか使う事が出来ないのっ!

 しかしあたしは残りの70%を引き出す事に成功したのよ!

 ぜったいに振りほどいてやるわっ!!」

 

「どこの北斗神拳だお前!! ユリアに殴られろバカ!!」

 

「むきぃー! 離しなさいよアンタ達! ……なによ! あったかいじゃないっ!!

 こんなみんなに抱き着かれたってね? ハグされたってね?

 別にあたし『あったかいな……嬉しいな……』とか思ってないんだからねっ!!!!

 ほら! もっと来なさいよほら! ギュってしなさいよ!」

 

 ギャーギャー喚きながらドタバタと暴れるSOS団のメンバー達。辺りに騒がしい声が響く。

 

 

「面白いよねぇ、SOS団って」

 

「だねっ。けどアタシは見てる方が好きっかな~?

 そっちの方が、きっと面白いにょろ♪」

 

 

 国木田と鶴屋の両名は、少し離れた場所でみんなを見守る。

 

 やがて扉が駄目だと知った谷口が窓から侵入し、中の方から玄関を開けてくれた事に気が付くまで、このドタバタは続いた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……わぁ。広いですぅ……」

 

 ギギギギ……と音を立てて、大きな扉が開いた。

 肩を寄せ合って扉を抜ければ、そこにあったのは広大なエントランスホール。

 

「本当に城だぜコリャ……。

 いったいなに考えて、こんなバカでかい家建てたんだよ?」

 

「豪華だね……。とてもいち家族が住む家とは思えないや」

 

 一歩屋敷の中に入った途端、驚嘆の声を漏らす一同。各々が手にある懐中電灯やランプで、中の様子を照らしていく。

 

「さすがに埃っぽいな。それにカビの匂いもする」

 

「老朽化に加え、どこかで浸水もあるのかもしれません。

 この数十年、誰一人として入る事が無かった屋敷ですから。致し方ないかと」

 

「有希、あんましウロチョロしちゃ駄目よ? 暗くて危ないからね。

 ……じゃあみくるちゃん、とりあえずそこの階段に上がってみてもらえる?

 ゆっくりと階段を歩きながら、屋敷の印象をリポートする感じで」

 

「は……はいっ!」

 

 装飾の施された、曲線を描いて二階へ続く大きな大きな階段。そこをビクビクしながらみるくが上っていき、ちょうど中ほどあたりの位置で立ち止まる。

 

「そうね、そこらへんで良いわ。じゃあカメラまわすわよ、みくるちゃん。

 よーい………………アクション」

 

 心細い薄明かりだけが照らす暗闇の中、ハルヒの声がエントランスに響く。

 今、SOS団の間宮邸ドキュメント映画の撮影が、開始された――――

 

 

 

『え、えっと……。わたしは今、間宮邸にいます。

 すごく暗くて、とても埃っぽい匂いがしますぅ。こわいですぅ……』

 

 

 縮こまりながらも必死にマイクを持ち、少しづつ階段を降りながら、みくるがリポートを行っていく。

 その様子を、皆が固唾を飲んで見守っている。

 

 

『天才画家、間宮一郎は……数十年前ここでひっそりと、息を引き取りました』

 

 ギギギ……。ギギギギ…………

 

『以来、間宮家は……後を継ぐ者もなく断絶』

 

 ギギギギギ……ギギギギギギギ……!

 

 ザザザ……

 

 

「……ん?」

 

「おい……何だ?」

 

 何かが軋む音。何かが崩れていくような音がきこえる――――

 

 

『この数十年もの間……誰ひとりとしてっ……』

 

 ギギギギ……ギギギギギギ……!!

 ギギギギギギギギギギ…………………!!!!

 

 

「……おい、何の音だこれ!」

 

「!?」

 

 音が大きくなる。

 屋敷が揺れるような、轟いているような音がする。

 

「いかん! ハルヒッ!!」

 

「ッ!」

 

 何者かが、うめいているような(・・・・・・・・・)――――

 

 

『足を踏み入れるものは……なかったのですぅ!!』

 

 

 ギギギギ……ギギギギ……。

 

 ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!

 

 

 

『き―――――キャァァァァアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みくるの叫び声――――――

 

 その瞬間、凄まじい轟音と共に、天井が崩れ落ちた。

 

 

………………………………………………

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

 目を見開き、放心している一同。

 頭を抱え、その場で蹲っている、みくる。

 

「…………ハルヒ。大丈夫か」

 

「……ッ」

 

 気が付くとハルヒは、キョンに覆いかぶさられ床に倒れ込んでいた。

 その胸にしっかりと、有希を抱きしめたまま。

 

「……えっ。……あ、あたし……」

 

「どこか痛む所は? 怪我は無いか二人とも」

 

 分からない。何が起こったのか――――

 ただ突然轟音が鳴りびいた瞬間に、咄嗟に身体が動き、傍に居た有希を抱きしめた所までは憶えている。

 必死で。この子を守るようにして。

 

「天井が崩れやがった。お前と長門の上に落ちてきたんだよ。

 焦ったぜ俺は……」

 

 鼓膜を揺らす程の音を立て、突然崩れ落ちてきた瓦礫。

 もし彼が助けてくれなければ、抱きしめていた有希ごと床に押し倒してくれなければ……今頃どうなっていたかなど想像もしたくない。

 それ程に、巨大な瓦礫だった。十二分に人を殺せる程の。

 

「ほら、立てるか? 歩けるか二人とも」

 

 やがてゆっくりと彼の身体、ぬくもりが離れていき……そこでようやくハルヒは思考を取り戻す。ぼんやりしていた思考が晴れていく。

 

 

「みんな、気をつけていこう。

 この屋敷、相当ガタがきてやがる――――」

 

 

 立ち上がり、彼が声をあげる。

 その途端、止まっていた時が動き出したかのように、皆が彼の下に駆け寄った。

 

 

………………………………………………

 

 

「大丈夫だって言ってんだろ。ただの擦り傷だって」

 

「し、しかし……」

 

 彼が怪我を負った。落ちてきた瓦礫が肩に直撃し、軽度ながら打撲を負ったようだった。

 いま皆はいったん明るい外へと出て、心配そうな顔で彼を取り囲んでいる。

 

「ちゃんと腕も動くし、大した痛みじゃないさ。

 まぁ荷運びとかはしばらく勘弁して貰いたいが……谷口、頼めるか?」

 

「お、おう! 任せとけよキョン!!」

 

「ねぇ、車もあるんだし、念のため病院で診てもらった方がさ……?」

 

「大丈夫ですって鶴屋さん。ほんと何でもないです。

 でももし腫れてくるようなら、ちゃんと鶴屋さんの言う通りにしますから」

 

 嫌がる彼の服を無理やり引っぺがしたハルヒが、彼に処置を施していく。

 どうやら彼の言う通り本当に軽度の打撲で済んだようなので、患部を冷やして湿布を張る程度で済んだが、先ほどの事を思い返すと身体が震えてくる。

 

 彼の健康的な肌や、意外とたくましい身体を見ても、今は赤面などしていられない。ハルヒは真剣その物だった。

 

「ごめんなさい、僕が付いていながら……。

 貴方と涼宮さんを危険に晒すなど、あってはならないというのに……」

 

 奥歯を噛みしめ、古泉が痛恨の表情を浮かべる。

 彼の肩に施された治療の後を見つめ、思い詰めている様子だった。

 

「お前なぁ……堅苦しく考え過ぎだぞ。

 せっかくの間宮邸だろ? もっと気楽にやったらどうなんだ。

 あんなに楽しみにしてただろう」

 

「し、しかし……」

 

「それにな? 言いたか無いが、これは俺が勝手にやっちまった事だ。

 ……俺なんぞが出しゃばらんでも、長門なら絶対に、ハルヒを守ってくれた。

 なら俺がやったポカなんだから、お前が気に病んでんじゃない」

 

 古泉にだけ聞こえるよう、ささやき声に話す。

 ふと視線をやってみれば、有希もいま心配そうな瞳でこちらを見ているのが分かり、彼は苦笑してしまう。

 

「ほら、お前もだぞハルヒ? いつまでもしょぼくれてるんじゃない」

 

「でも、キョン……」

 

「お前ディレクターだろ? お前以外の誰が指揮するんだ。みんなを引っ張るんだ。

 いつもみたく、元気にやらんでどうする」

 

 いつもらしからぬ、シュンとした顔。

 そんな彼女を元気づける為、彼が出来るだけの、精一杯のあたたかな笑みを浮かべる。

 想いを託すように。

 

「な? 頼むよハルヒ。

 今回の企画、全部お前にかかってるんだ。……任せたぞ?」

 

「――――う、うん!!

 分かったわキョン! まっかせときなさい!!」

 

 花のような笑顔が咲く。

 彼の想いを受けて、ハルヒが自分らしさを取り戻していく。

 

「とにかく、あの暗闇の中で大人数が歩き回るのは無茶よ。

 老朽化も酷いし、床が突然崩れるかもしれない。ランプを頼りに歩くのは危険だわ。

 見た所、ここ電気も電話も通ってないみたいだけど……、

 でもこれだけ大きな屋敷だもの、きっとどこかに“発電機“があると思うの。

 あたしの勘だけどね」

 

 ハルヒがバスまで歩いて行き、積んであった小型のガソリンタンクを取り出し、谷口に手渡す。

 

「谷口、何人か連れてって良いから、発電機を探してきて頂戴。

 きっとおっきな機械だから……屋敷の中というより、この敷地内のどこか。

 小屋か何かの中にあるんじゃないかと思うわ。行ってきてくれる?」

 

「了解だぜ涼宮! うっし、そんじゃあ行こうぜ国木田!」

 

「うん! じゃあ行ってくるよキョン、しばらくじっとしててね?」

 

「アタシも行くよんっ! 屋敷の周りを探検っさ!」

 

 

 意気揚々と駆け出して行く三人。

 その頼もしい背中を、SOS団のメンバー達が微笑んで見送った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あっ、きっとこれだよ! 涼宮さんが言ってたの!」

 

 草や木の伸び散らかした、間宮邸の中庭。

 そこをもう泳ぐようにして必死こいて歩き、やがて三人は、古びた小屋のような建物を発見するに至った。

 

「あー鍵かかってんな。

 よっし、ちょっとどいてろ? ――――ふんぬっ!!!!」

 

「おぉ! すっごいねぇ谷口くんっ! 力持ちっだね!」

 

 小屋の扉には錆びた南京錠が掛けられていたが、気合一発。谷口がそれを破壊する。

 風化寸前だった扉の金具は、谷口によってあっさり引き千切られた。

 無事に扉を開ける事が出来た三人は、ゾロゾロと小屋の中に進んでいく。

 

「……ビンゴだぜ、アイツの言った通りだ」

 

「うん、間違いない。これが間宮邸の発電機だよ」

 

「にょろね♪」

 

 中にあったのは、予想通り、大きな機械。

 さっそく手分けして機械を確認し、中に燃料となるガソリンを注ぎ込む。そして機関部にベルトを巻き付けていき、最後に勢いよく始動の為の紐を引っ張る。

 

 古びた機関部からブワッと埃が舞うと共に、大きなエンジン音が辺りに響く。

 彼らは見事、発電機を動かす事に成功したのだ。

 

「うお゛っ! ……おぉ電気つきやがったじゃねーか! 眩しっ!!」

 

「うん、これで屋敷の中も、今ごろ明かりが灯っているハズだよ」

 

「やるねぇー谷口くん国木田くぅんっ! お姉さんちょっと見直したっさ♪」

 

 発電機が始動した証として、小屋の内部に明かりが灯り、一気に視界が明るくなる。

 これでもう、暗闇とはおさらばだ。思う存分屋敷を探検できる。

 そう三人は笑い合い、皆の待つ屋敷へと引き返していった。

 

 

 

 

「………………あれ? ねぇ二人とも、あれ何だろう?」

 

 任務を終え、堂々の凱旋。

 そう誇らしい気持ちで帰還している道中……国木田が二人に声をかけた。

 

「ん? なんだありゃ? 石かぁ?」

 

「石が……積んであるのかぃ?」

 

 国木田が指さした方を見てみると、そこにあったのは、積みあげられた石で出来たオブジェ。

 その姿はどこか、小さな“塔“のように見えた。

 

「気味が悪ぃなコレ。まるで墓じゃねーかよ」

 

「いや……これはお墓なのかもしれない。石を積み上げて作ったお墓なんだ」

 

「ホントに……? でもな~んでこんな場所に、お墓があるのかなぁ?」

 

 近づいて見てみれば、明らかにそれは人工的に作られた物。何かしらの目的を持って建てられた物だという事が分かる。

 だがその意図も分からなければ、名前を示す物も見当たらない。

 

 この石の塔が、どことなく“物悲しい雰囲気“をしている事……。それだけが三人に分かる、全てだった。

 

「……ちょ! ふたりとも!」

 

 塔を観察しながらウンウンと唸っていた二人の意識を、国木田の声が呼び戻す。

 

 

「――――この塔、崩れてる(・・・・)。壊されてるよこれ!」

 

 

 ふと見渡せば、辺りには恐らく塔の一部であったであろう、いつくかの大きな石が転がってしまっているのが見えた。

 

「なにぃ!? お、俺ぁ別になんにもしてねぇぞ!? 悪さはしてねぇ!!」

 

「分かってるよ谷口、ぼくらずっと一緒にいたじゃないか。

 でも、なんで壊れて……」

 

「ここには何十年もの間、だれも入ってないんでしょ?

 なら嵐や台風で崩れたのかもだけど……。ひどいよ……」

 

 

 元の形なんて、分からない。これがどういった物だったのかも分からない。

 けれど三人は辺りに転がっていた石を集め、せめてもの想いで、塔のそばに集めておいた。

 勝手に触れてしまったけれど……どうか許して下さい。そう想いを込めながら。

 

「なんまんだぶ、なんまんだぶぅ……。成仏してくれぇ……!」

 

「谷口……なんだよそれ。これが何なのかも、ぼくら分からないのに」

 

「でも大事だよ。こういうの。

 よし、アタシもや~ろおっと! う~ん、なむなむ……」

 

 

 手を合わせる。せめて、祈りを込めて――――

 しばらくの間、そうして三人はこの場で佇んでいた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「キョン、埃ついてる、埃」

 

「ん、まだ付いてるか? まぁ構わんよ、家に帰ったら洗うさ」

 

「何いってんのよアホキョン、ちょっとそっち向きなさいな」

 

 ハルヒが彼の背中をパンパンと叩き、服に着いた埃をはたいていく。隣にいる有希もそれをマネし、一緒になってパンパンとはたく。

 なにやら女の子ふたりに甲斐甲斐しくお世話され、若干気恥ずかしい気持ちになっている彼だった。

 

 そうこうしながらSOS団の面々は、間宮邸の中を歩いていく。

 先ほど谷口らも帰還し、無事に屋敷中に明かりが灯った事を確認。彼らに労いの言葉をかけた後、行動を再開するに至った。

 まずは一階を探索してみる事となり、いま皆で屋敷の廊下を歩いている最中だ。

 

 明かりが灯り、彼らの目に屋敷の全貌がハッキリと映るようになった。

 やはりそこは途轍もなく広く、そして古びてはいても美しいと感じられる、まるでお城のような洋館だった。

 一同は興味深く辺りを見回しながら、みんなで固まって歩いて行く。

 

 先ほどの撮影時に怖い目に合い、未だビクビクとしている朝比奈みくる。そんな彼女の傍に優しく付き添う鶴屋の姿が、とても印象的だった。

 

「おっ、ここ入ってみるかハルヒ?」

 

「そうね。目につく所は、全て入っていくわ。

 扉という扉を開け放つのよ! 開けずにはおかないわ!

 あたしを誰だと思ってんのよ!」

 

 なにやら妙なテンションになっているハルヒはさておき……やがて一同はひとつの扉の前に辿り着く。

 ハルヒが率先して前に出て、ゆっくりとノブを回す。

 そして扉を開けた先。そこには学校の教室よりも大きく作られているであろう、ただっ広い空間があった。

 

「おい古泉、あれ……!」

 

「ええ。間違いありません」

 

 壁画だ。

 部屋に入った途端、視界いっぱいに広がる、大きな大きな壁画がそこにあった。

 

 

「やはり、あったんですね。

 間宮一郎、最後の絵が――――」

 

 

 その壁画は長い年月の経過により埃に覆われており、未だその全貌はハッキリとは伺えない。

 しかし、それは間違いなく、彼らが追い求めてきた物。

 間宮一郎が描いた、生涯最後の絵――――

 

「おっけ! いったん探索は中断! ここを拠点としますっ!!

 とりあえずこの部屋に機材を運び込むわよっ!

 照明、モニター、ケーブル、脚立、掃除道具……その他ぜんぶ!

 じゃんじゃん持ってきなさいっ!」

 

 ハルヒの指示の下、また慌ただしく動くメンバー達。ついに目的の物を発見し、みんなの志気が最高潮に高まる。

 それに釣られておもわず彼も動こうとしたが、ハルヒにゲシッと蹴りを入れられ、その場にあったソファーに押し込められる。

 

「――――アンタはいいのよ! じっとしてなさい!

 一歩でもそこを動いたら、タダじゃおかないからねっ!」

 

 ハルヒの命により、有希がチョコンと彼の膝に座る。

 まるで「ここを動くな」と言わんばかりに。重しの代わりなのだろうか?

 

 

「さぁ忙しくなるわよみんな!

 最高のドキュメンタリー映画、撮ってやろうじゃないっ!!」

 

 

 

 

 威勢よく手をパンパンと叩き、みんなを鼓舞するハルヒ。

 

 その大きく元気な声が、間宮一郎最後の壁画の間に、響いていった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――つづく――

 

 

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