hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

32 / 89
 ~あらすじ~

 ロシアの赤きサイクロンこと、ザンギエフ。
 いま彼に、幼女さまの虐待の魔の手が迫る!







32、汚いザンギエフを見つけたので虐待する事にした。

 

 

 退屈なだけで意義の見出せない、ピアノやバレエのお稽古。

 それを終えたわたくしが深夜の街角を走るリムジンの助手席から、何気なく窓の外を眺めていた時……。

 ふと視界に映った路地裏の暗がりに、一人の汚いロシア人プロレスラーが倒れているのを見つけた。

 

「――――とまって! とまってくださいまし!」

 

 慌ててお付きの運転手に叫び、車を急停車させる。

 何事かと目を白黒させている彼に構う事無く、わたくしは「よいしょ!」とドアを開け、車を飛び出した。

 

 背後から「お、お嬢様ッ?!」と追いすがるような声が聞こえてきたが、それに構う事はしない。

 わたくしは即座に路地裏へと駆け込み、そこに倒れていた赤パン一丁の男へと駆け寄った。

 

「……ざんぎえふ、ですわ」

 

 わたくしがボソリと呟いた声が、路地裏の暗がりの中に消えていく。

 お気に入りのウサちゃん人形をギュッと抱きかかえながらも、わたくしはマジマジとその巨漢を観察する。

 

「ぐっ……ぬぅぅ…………」

 

 今この上なく情けない姿で……ばっちい地面に〈グッタリ!〉とうつ伏せになって倒れているのは、ザンギエフ――――

 砂や泥で汚れてはいるけれど、確かにそれは以前TVのニュースで見た赤きサイクロンの異名を持つロシアの巨漢プロレスラー、その人だった。

 

 意識は朦朧としている様子で、苦しそうにうめき声を上げている。

 そして恐らくはソニックブームや波動拳にでもハメ殺されたのか、今もその全身からはプスプスと煙が上がっているようだった。

 

「――――」

 

 わたくしはジッとザンギエフを見下ろす。彼から目を離す事が出来ずにいる。

 こんなに大きな人を見たのも初めてだし、こんな所で半裸で倒れている人を見たのも初めてなので物珍しさもあったのかもしれない。

 でも、今なによりも強く感じるのは、胸のドキドキ感――――

 

 くだらない小学校の授業、退屈なお稽古、堅苦しいばかりの生活。

 その繰り返しだけで生きてきたわたくしの人生に今、始めて面白い事が起こった(・・・・・・・・・)

 そんな予感に胸が高鳴り、どんどん気分が高揚していくのが分かる。生まれて初めてワクワクしているのを感じる。

 

「ざんぎえふ、ですわ――――」

 

 いま情けなく地に伏している男。恐らくは戦いに敗れ「国に帰るんだな」などと吐き捨てられて、そのままここに放置されていた男。

 速さも、ジャンプ力も、突進技も飛び道具すら持たない、哀れなストリートファイター……。

 そんな名ばかりの自称レッドサイクロンをじっと見つめ、わたくしは立ち尽くす。

 

「おっ、お嬢様! どこへ行かれるのですか! お嬢様っ!!」

 

 わたくしの後を追い、老体に鞭を打ちながらお付きの運転手が駆けてくる。すると今わたくしの目の前で倒れている男を見て、運転手は「ぎょっ!?」と声を上げた。

 

「お……お嬢様、この男性は……?」

 

「ふふふ。さおとめ、よくお聞きなさい」

 

 わたくしは早乙女(運転手)の方へと向き直る。そしてビシッと腰に手をあて、満面の笑みで言い放つ。

 

 

「――――きたないざんぎえふを見つけたので、

 つれ帰ってぎゃくたい(・・・・・)する事にしますわ!」

 

「お嬢様ぁぁぁあああーーーーッッ?!?!」

 

 

 

 オーマイゴッドとばかりに頭を抱える早乙女。そんな彼のお尻をペシペシと叩き、ザンギエフをリムジンへと運ばせる。

 

 早乙女もけっこうお爺さんだし、とても大きなザンギエフの身体を運ばせるのはちょっと可哀想だったが、これは仕方のない事なのだ。

 だってザンギエフはロシア人だし、もしかしたら不法滞在? してる外国人と間違えられて、お巡りさんに怒られるかもしれない。

 ゆえにそんな事にはならないよう、早乙女には老体に鞭打ってもらった。なる早でお願いした。

 

 わたくし? わたくしはまだ小さいので手伝えない。ここで見てるだけだ。がんばれ早乙女。

 仮にわたくしがどんなに頑張ろうとも、ザンギエフの履いてるブーツさえ持ち上がらないんじゃないかしら?

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「まずは"水ぜめ"ですわ! かくごなさい、ざんぎえふ!」

 

「――――ッ?! ――――ッ?!?!」

 

 シャワーのコックを捻り、勢いよくザンギエフに水を浴びせていく。身体の大きなザンギエフが身体を縮こまらせてお風呂場を逃げ回る姿は、大変に愉快だ。

 

 あれからわたくし達は無事にザンギエフを実家のお屋敷へと運び込み、今はようやく目を覚ました彼を、お風呂場まで連れてきた所だ。

 

 

 なにやらわたくしの部屋で目を覚ました時、ザンギエフが早乙女とゴニョゴニョ話をしていたが……声が小さくて上手く聞き取れなかった。

 わたくしに内緒話をしている事に腹が立ったので、二人まとめてお尻をペシペシと叩いてやると、早乙女の方は「ひぃー!」とか言って逃げ出していったので、そこからはザンギエフと二人きりになった。

 

 これからわたくしに虐待される日々が始まるともしらず、ザンギエフはニコニコとわたくしに話しかけてきた。

 いま身体中傷だらけで、顔だって青アザだらけだというのに……それでもとても暖かな笑みでわたくしに接してきた。たいへん生意気な事に。

 

 しかしまだ小学校に上がったばかりのわたくしにロシア語など分かるハズもなく、何を言っているのかはチンプンカンプン。

 またしても腹が立って来たわたくしはザンギエフの手を「んー!」と一生懸命ひっぱり、今こうしてお風呂場へと引っ張って来た次第なのだ。

 

 ちなみにわたくしは今シャツ&ぱんつ姿、ザンギエフはそのまま赤パン一丁である。

 

「おとなしくなさい! ざんぎえふ! 男らしくなくってよ!」

 

「――――ッ! ――――ッ!!」

 

 ロシア語なのでよく分からないが、恐らくは「熱い!」だの「うわっ!」だのと叫んでいるであろうザンギエフ。そんな彼に対し、わたくしの持つシャワーヘッドからお湯が発射されていく。

 もう頭から足まで全身ずぶ濡れにしてやったが、それでもシャワーのお湯を止める事はない。

 この家に入る以上、わたくしの虐待用ペットになる以上、ばっちぃ身体のままでは困るのだ。

 遺憾なく虐待魂を発揮し、容赦なく水攻めをおこなっていく。

 

「さぁざんぎえふ! ここにおすわりなさい! 次のぎゃくたいですわ!」

 

 ひとしきりシャワーでの虐待を終えた後、ザンギエフをお風呂場用の椅子に座らせる。

 身体の大きなザンギエフは、お尻も大きい。とてもそれは椅子に納まるサイズでは無く、すごく窮屈そうだったが我慢してもらおう。これも虐待の一環なのだ。

 

「さぁ! 次はこの"しゃんぷー"をつかって、ぎゃくたいしていきますわ!

 かくごなさい、ざんぎえふ!」

 

 わたくしはポンプを一押しし、手にシャンプー液を乗せる。そして意気揚々とザンギエフの頭に触れようとしたのだが……ぜんぜん手が届かなかった。

 とても身体が大きなザンギエフは、座っていても余裕でわたくしより背が高い。ゆえにちょいちょいとジェスチャーで指示し、手が届くようこっちに屈んでもらった。

 

「しゃんぷーはっとなんか、つかわせませんわ! あれはわたくし専用ですもの!

 ざんぎえふはしゃんぷーが目にしみて『いたいいたい!』ってなればいいのです!」

 

 ザンギエフの変なモヒカン頭を洗う。両手でワシャワシャと大胆に掻き回していく。

 今ザンギエフは、いつ目にシャンプーが入って痛い痛いとなるのか、気が気じゃない事だろう。その心は恐怖におののいているに違いない。

 わたくしは「~♪」と鼻歌なんかを歌いつつ、たまにシャンプーの泡でモヒカンをピシッと立てて遊びつつ、ザンギエフへの虐待をおこなっていった。

 

 その後は土や砂埃で汚れたザンギエフの身体を無理やりゴシゴシと洗ってやり、それから恐らく外人さんには到底理解出来ないであろう「肩まで浸かって100数える」という非常に過酷な日本式の入浴法を強要する。

 これは文化の違うザンギエフにとって、この上ない拷問だった事だろう。自分はソーセージのように茹でられてしまうのではないかと、もうとんでもない恐怖体験だったハズだ。

 

 

 わたくしとのファーストコンタクトではニコニコとしていましたが、いったいその笑顔はいつまでもつのかしらね、ザンギエフ?

 

 わたくしは勝手に湯舟から逃げ出せなくする為、重しとしてザンギエフのお膝にちょこんと乗り、一緒に湯船に浸かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 水攻めによりザンギエフの精神をごっそりと削り終わった後、次は熱風攻めにより虐待をおこなっていく。

 

「ざんぎえふ! うごいたらしょうちしませんわ!」

 

 ザンギエフを例によって低く屈ませ、わたしは容赦なくドライヤーの熱風を浴びせていく。

 聞いて驚くなかれ、しかも"強"だ。今ドライヤーのスイッチはMAXパワーである強に設定してあるのだ。

 ザンギエフのトレードマークであるモヒカンの髪がサラサラと揺れ、情け容赦なく水分という水分を飛ばされていく。

 貴方にはトリートメントなんて百年早いのです! 風邪などひかないよう、徹底的に乾かしてやりますわ!

 

 

 ザンギエフのモヒカンが水分を失い、なんかフワッといい感じになった後は、いよいよその鋼の肉体へと直接虐待をおこなっていく。

 恐らく波動拳だかヨガファイヤーだかでボロボロに傷ついてしまったその身体に「消毒の為よ」と言い張って、刺激的な薬品をぶっかけていく。

 たぶん今「痛っ!」だの「しみる!」だのと言っているんだろうけど、何度も言うようにわたくしにはロシア語は分からない。

 ので、ここは一切耳を傾ける事無く、容赦なく薬品をぶっかけていった。

 

 これはマキロンだか何だかという、わたくしでもじんわり涙目になった事がある位に痛い薬品だ。

 以前転んで膝を擦りむいてしまった時に使った事があるので、その効力は身をもって知っている。ザンギエフを虐待するのに持ってこいだ。

 

「さぁ、ざんぎえふ! 身動きとれなくしてやりますわ!」

 

 そしてマキロンによる目を覆わんばかりの虐待を終えた後、今後ザンギエフがここから逃げ出せなくする為、その身体に包帯を巻いていく。

 いわばこれは、彼の自由を奪う"鎖"なのだ。

 

 わたくしは酷く火傷を負ってしまっている胸元、そして同じく傷だらけになっている腕を中心に、グルグルと包帯を巻きつけていく。

 ザンギエフの身体はとても大きいので、わたくしは何度も彼の周りをクルクルと周りながら、一生懸命まいた。

 これよって身体の自由が阻害される上、いま無理に動かせば痛みが走るというオマケ付き。

 これで今後ザンギエフがこの部屋から逃げ出す事は出来ないだろう。ついでに言えば、怪我にバイキンが入らなくなるという副次的な効果もある。

 

「Спасибо」(スパシーバ)

 

 たくさん彼の周りを走ったので、お風呂に入ったばかりだというのに汗だくになってしまった。

 そんなゼーハーと疲れているわたくしに向かい、今ザンギエフがとても優しい声で、何かを言ったのが聞こえた。

 それがどういう意味の言葉なのかは知らないけれど、なにやら今の彼の顔を見るに、まだまだ随分と余裕がありそうに思える。

 

 流石は鋼の肉体。流石は赤きサイクロン。

 このわたくしをしても、虐待するに不足なしの男。その表情が絶望に染まる瞬間が楽しみという物だ。

 

「さおとめ! しょくじにいたしますわ! れいのものを!」

 

 パンパンと手を叩いて早乙女を呼び、あらかじめ伝えておいた料理をこの部屋に持って来るように指示する。

 その間に逃げてしまう事がないよう、わたくしはしっかりとザンギエフのお腹にギューっと抱き着きついておいた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 早乙女に言って作らせた"ボルシチ"とかいうワケの分からない料理を、ザンギエフに食べさせる。

 いま利き腕を負傷している、いわば全く抵抗が出来ない状態にあるザンギエフに対し、わたくしは容赦なくボルシチを食べさせていく。

 背伸びをしつつ、よいしょよいしょとザンギエフの口にスプーンを運んでいく。

 

 これはキャビアやフォアグラや松坂牛すらも使っていない、しかもわたくしの大っ嫌いなニンジンやタマネギがゴロゴロ入っているという、とても人間に食べさせる物とは思えないような代物だ。

 こんな物を食べさせられて苦痛を感じない人間などこの世に居ないし、しかも自分の意志とは関係なく無理やり食べさせられるというこの状況も、非常に虐待度が高いと思う。

 恐らくザンギエフの尊厳や自尊心は今、もうゴリゴリと音を立てて削られている事だろう。流石わたくし!

 

「ん、おかわりですの? わかりましたわ! ざんぎえふ!」

 

 空になったお皿を持ち、テテテとお鍋の所まで駆けて行く。そしてお皿がいっぱいになるまでボルシチをよそう。

 その内面の絶望を表に出す事無く、今もザンギエフはニコニコとわたくしを見つめている。まるでこのボルシチがとても美味しい物であるかのような笑顔で、幸せそうにパクパクと頬張っていく。

 

「ふふふ、さすがはざんぎえふといったところ。

 でも、これはどうかしら?」

 

 スカッ! っと指を鳴らし(本当はパチンとやりたかった)、わたくしは早乙女に合図を送る。するとこの場にお酒の入った瓶を持って来てくれる。

 

「さぁおのみなさい、ざんぎえふ! ぐいっといくのですわ!」

 

 これはウォッカという、通称"火の酒"と呼ばれる物。

 わたくしは飲んだ事はないけれど……なにやらとても度数? の高いお酒であるらしい。

 ゆえに今ザンギエフの喉は今、もう炎で焼かれたかの如くヒリついている事だろう。涙がちょちょ切れんばかりの地獄の苦しみのハズだ。

 よく知らないが、世間では"アルハラ"という拷問があると聞く。きっとこうやってお酒を飲ませるという虐待の一種なのだろう。今回はそれに倣ってみる事とした。

 

 わたくしはザンギエフの隣に座り、「おっとっと」とお酌をしていく。零さないように気をつけなければ。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 やがてわたくしの目論見通り、ゴクゴクと機嫌よくお酒を飲み続けていたザンギエフも、次第にグッタリとしてきた。

 こうなるまで1時間近くもかかったのは、流石はザンギエフと言った所。赤きサイクロン。

 しかし、今回はわたくしの勝利だ。いまザンギエフは情けなくグッタリと酔いつぶれ、机に突っ伏している。

 

「飛び道具など卑怯だ、男らしくない……と彼は申しております」

 

 なにやらムニャムニャと呟いているザンギエフの言葉を、早乙女が通訳してくれる。流石は我が家の使用人。語学も堪能だ。

 彼の言葉によると、どうやらザンギエフは今日のストリートファイトでの敗北を悔しがり、対戦相手への愚痴を零しているようだった。

 恐らくはわたくしの予想通り、ソニックや波動拳やヨガファイアーなんかにハメ殺されたんだろう。何もさせてもらえずに。

 

 

「――――おとこらしくないのはどっちです! いいかげんになさいっ!」

 

 

 目の前が真っ赤になる。その言葉を聞いた途端、わたくしの怒りは即座に天辺まで行った。

 腹が立ったわたくしは、カゴ一杯に入ったテニスボールを早乙女に持ってこさせる。これはわたくしが習い事で使っている物だ。

 

「なにが飛び道具ですの!?

 そんなおおきなからだをして! 泣き言なんて、なさけないですわ!」

 

 わたくしはボールを投げつける。ビックリして「!?」となっているザンギエフの身体にポコンポコンとボールがヒットしていく。

 

「そんなに飛び道具がいやなら、たくさんぶつけてあげますわ!

 ばか! ざんぎえふのばか!」

 

 もう泣きながら、罵倒しながら、ワケも分からなくなりながらボールを投げる。

 ザンギエフはポカンとし、ただただ飛んでくるボールを受け続けるばかり。

 

「なにが"あかきさいくろん"ですの! なにが"はがねのにくたい"なんですの!

 ――――よわむし! なんじゃくもの! へたれ! ばかばかばかっ!!」

 

 やがて泣き叫びながらボールを投げ続けるわたくしを見て、ザンギエフが椅子から立ち上がる。

 そしてゆっくりとわたくしに歩み寄り、そっと包むようにして抱きしめてくれる。

 

「きらい! ざんぎえふなんてだいきらい! だいきらいです!!」

 

 わんわんと泣くわたくしをあやすように、優しく頭を撫でてくれるザンギエフ。

 どれだけポカポカ叩こうが、ギュッとしがみつこうが、ザンギエフは全てを受け止めてくれた。その並ぶ者なき鋼の肉体で――――

 

「ばか! ざんぎえふのばか! ばかばかばか! ばかぁーーっ!!」

 

 

 後で聞いた話によると、どうやらわたくしは泣き疲れて、そのまま眠ってしまったのだそうだ。

 どれだけ引き剥がそうとしても決してザンギエフに抱き着いたまま離そうとしないわたくしに、早乙女は大変苦労したらしい。

 

 その夜はザンギエフに抱っこしてもらって自室に運んでもらい、そのまま一緒に寝た。

 もう寝ているハズなのに是が非でも離そうとしないわたくしを見かね、早乙女がザンギエフにお願いして一緒に寝て貰ったのだそうだ。

 

 筋肉でゴツゴツし、でもとても暖かいザンギエフの大きな身体。

 それをぎゅーっと抱き枕にし、わたくしは朝までグッスリと眠った。

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「なんという事だ……。

 早乙女、この方は大変な要人だよ。

 まさかあの子が、ザンギエフ氏を連れてくるなんて……」

 

 翌朝。ザンギエフのお膝でモグモグと朝食を摂っているわたくしを余所に、なにやらお父様と早乙女がゴニョゴニョとお話をしていた。

 

「丁重におもてなしをしておくれ。彼は敬意をはらうべき大切な客人だから。

 よろしく頼んだよ、早乙女」

 

「はい、旦那様」

 

 食堂の隅っこで、コソコソと話す二人。でもわたくしは今いそがしいので、構っていられない。

 わたくしにはザンギエフを虐待するという大切な仕事があるのだから。

 

「さぁざんぎえふ! なっとうをおたべなさい!

 なんか、いそふらぼん? というのが身体にいいらしいですわ!」

 

 聞く所によると、外人さんにとって納豆というのは、もう信じられないくらいのゲテモノ料理なのだそうだ。こんなに美味しいのに。

 なのでわたくしはザンギエフを虐待する為、がんばってグリグリと納豆をかき混ぜ、ご飯の上にかけてやる。

 

「おぉ! とってもおはしが上手ですのねざんぎえふ!

 さすがは"あかきさいくろん"ですわ!」

 

 納豆ご飯を苦にする事も無く平らげ、そればかりか焼き魚をお箸で綺麗に食べて見せるザンギエフ。

 流石はわたくしが見込んだだけの事はありますわ。相手にとって不足無しという物です。

 

「やぁお二人さん、とっても仲が良いんだね」

 

 やがて早乙女とのお話が済んだのか、お父様がニコニコしながらわたくし達の元にやってくる。

 お父様はほがらかにザンギエフに挨拶し、ザンギエフの方も「ふんっ! ふぅん!」とか言って筋肉を見せつけるポーズを取りながら、笑顔で談笑している。

 

「私は仕事柄、家を空ける事が多いですが……もう貴方が傍にいてくれるなら、

 こんなに心強い事はない。

 どうか娘をお願いします、ザンギエフさん」

 

 握手を交わし、そう流暢なロシア語で告げるお父様。

 ちなみに早乙女が横で「……と、旦那様は申しております」とわたくしに教えてくれている。

 

「それにしても、どうやってザンギエフさんと知り合ったんだい?

 お父さんにも教えておくれよ」

 

 わたくしと目線を合わせるように屈み、優しく微笑んでくださるお父さま。

 モグモグしていたご飯をごっくんと飲み込み、わたくしもとびっきりの笑顔を返す。

 

 

「ろじうらですわ! おとうさま!

 ――――汚いザンギエフを見つけたので、虐待する事にしたのです!」

 

「おぉぉぉぉおおお嬢様ぁぁぁーーーーーーッッ!!」

 

 

 即座に早乙女がすっ飛んできて、わたくしの口を塞ぐ。

 お父様はひとりポカンとし、「?」と首を傾げるばかり。

 

 ふと目を横にやれば、そこには朝食を終えたザンギエフが、元気にグルグルとダブルラリアットの練習をしている姿。

 

 そんな彼のたくましい肉体を見つめながら、今日はどんな虐待をしてやろうかと思いを馳せる、わたくしであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―2―

 

 

 

 汚いザンギエフを見つけ、虐待する為に拾ってきてから3日が過ぎた。

 

 その間もずっと一緒にお風呂に入り、傷口にマキロンを塗りたくり、包帯で身体中グルグル巻きにし、夕食にはボルシチを食べさせ続けた。

 もちろんその後、ウォッカで喉攻めするのも忘れない。わたくしもお酌をするのがとても上手になってきたと思う。

 

 しかも2日目の夜からは、なんと"ベッドで寝る"という睡眠時の安らぎさえも取り上げてやった。

 外人さんにはとても理解出来ないという「床で寝る」という行為。その屈辱的な体験を味合わせる為に、ザンギエフをベッドではなくお布団で寝かせる事にしたのだ。まさに鬼畜の所業!

 

 もちろん「わたくしは別に平気ですのよ?」という耐え難い屈辱を与える為に、わたくしも一緒のお布団で眠る。

 

 小学校でも一番の力持ちであるわたくし。その怪力で一晩中抱き着かれ、ザンギエフもさぞ衰弱していく事だろう。

 その鋼の肉体がいま悲鳴を上げているのが聞こえてくる気がする。

 

 ザンギエフはわたくしが寝付くまで、何故か保母さんのように背中をポンポンしてくれるという健気な抵抗を見せていたが……、あれは今壮絶な虐待の最中にいる彼にとって、せめて余裕を見せて心の平穏を保つ為の行為なのだろう。

 あぁ! わたくしの虐待の前に膝を折り、情けなく許しを請うている様が目に浮かぶようですわ!

 それに反してわたくしの方は、ザンギエフの身体はポカポカ暖かいので、いつもグッスリ眠る事が出来る。

 

 

「だいぶ、けがも良くなったようですわね!

 さすがは"はがねのにくたい"ですわ!」

 

 その刻々と虐待によって衰弱しているであろう精神とは違い、ザンギエフの身体はどんどん元気になっていった。

 いくら耐え難い苦しみを味わうとはいえ、あのボルシチも食事である事には違いない。栄養は栄養なのだ。

 それに加えてザンギエフの身体は、もうそこいらのストリートファイターの物とはワケが違う。その強靭さは折り紙付きだ。

 わたくしが毎日せっせと食事を食べさせてあげている甲斐もあり、順調に回復しているようだった。

 

 ……まぁそうでなくては、わたくしも虐待のし甲斐が無いという物。

 裏を返せばザンギエフほどの男で無ければ、とてもわたくしの虐待には耐えられない、という事でもある。

 あぁ自分の才能が恐ろしい。虐待の申し子ですわ!

 

「хорошо!!」(ハラショー!!)

 

 やがて包帯も取れ、なにやら嬉しそうにボディビルめいたポーズをとっているザンギエフ。その筋肉は山のように隆起し、触れば鉄のように固い。

 どんな攻撃にも耐え、跳ね返す――――正に鋼の肉体だ。

 

 今ザンギエフは、「ふんっ! ふぅん!」とわたくしに筋肉を見せつけている。元気になったのをアピールしているんだろう。

 

「ふふふ、はたしてそのえがおが、いつまでつづくのか。

 ひじょうにたのしみなことですわ!」

 

 とりあえずは「ムキッ!」っとポーズを決めたその大きな腕に飛びつき、ブラーンとぶら下がってみる。

 一見、子供が「キャッキャ☆」と遊んでいるように見えるかもしれないが、これは"ザンギエフの体力を奪う"という虐待。

 しかもはた目から見ても全く不審に思われず、ただ子供が大人に遊んでもらっているようにしか見えないという、非常に考えられた高度な虐待でもあるのだ。

 

 その後もわたくしはザンギエフに高い高いをさせたり、その大きな肩に座って二人で散歩したり、肩車したままダブルラリアットでクルクル回らせたりする。

 

 楽しい! すっごく楽しいですわ! 虐待!

 これだから虐待はやめられませんわ!

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あら、ぷろていんが切れていますわね。かってこないといけませんわ!」

 

 ザンギエフの肉体を維持するには、食事の他にも一日3回のプロテイン(タンパク質)が必須だ。

 それはさておき、わたくしは買い物に出かけるべく、いそいそとコートやマフラーの準備をする。ちゃんと手袋をはめる事も忘れない。

 外の寒さに備え、ちょっとモコモコした格好になったわたくしは、淑女らしく鏡で身だしなみをチェック。よし、今日もバッチリですわ。

 

 するとそんなわたくしの前に、まるで「荷物持ちは任せろ!」とばかりにフンスフンスと筋肉を誇示するザンギエフが現れた。

 おおかたわたくしの虐待に耐え兼ね、この屋敷を抜け出すチャンスを伺っているのでしょう。そうは問屋が卸さない。

 

「あなたはおとなしくしていなさい! 赤パンいっちょうで、

 いったいどこへ行くつもりなのです! せかいがあなたを許しませんわ!」」

 

 なのでわたくしはしゃがみ強キックを繰り出し、〈ごろん!〉とザンギエフを布団に転ばせた。

 皆さまもご存知の通り、しゃがみ強キックにはヒットした相手をダウンさせるという効果がある。

 これは威力の問題ではなく"この世界のルール"なので、たとえわたくしのような幼女の物であっても、それは例外ではないのだ。

 

「このもひかん! むきむき! 赤ぱんつ! きょうさんしゅぎしゃ!」

 

 そう罵倒しつつ、次々とザンギエフにテニスボールを投げつけるわたくし。

 ザンギエフは「何をする! やめろ!」とでも言っているのか、垂直ジャンプやダブルラリアットを駆使して必死にボールを避けようとしている。

 けれど8割方のボールがヒットし、たくさんポコンポコンという良い音が鳴る。

 

「わたくしにさからおうなど、10ねん早いのですわ!

 でなおしていらっしゃいな!」

 

 こんな対ダルシム戦のダイアグラム2対8、対豪鬼戦に至っては0対10という男などに、わたくしが負けるハズがない。

 途中からは投げるのではなくラケットに切り替え、矢次にザンギエフにサーブを放ってやった。ツイストサーブを破らぬ限り、お前に勝ち目はないのです!

 そして10分程それを続けていると、ザンギエフは全ての力を使い果たしたのかグッタリと布団でダウンし、やがてグースカとイビキをかき始める。

 うむ、いい気味だ。

 

「それではおでかけしてまいります!

 ちゃんといい子にしているんですのよ、ざんぎえふ?」

 

 情け容赦ない飛び道具の前に屈した、まごう事無き敗北者(ルーザー)の姿。

 それをしっかりと見届け「うんうん」と頷いてから、わたくしは車を出してもらうべく、早乙女のもとへと向かう。

 

「あ、そうだ! ざんぎえふの服もかってこないといけませんわね!

 いっしょにかいものに行き、にもつ持ちをさせるためには、ひっすですわ!」

 

 やっぱりトテトテと部屋に引き返し、わたくしはメジャーを使ってザンギエフの身体のサイズを測っていく。

 未だグッタリしているザンギエフを転がしたりひっくり返したりしながら、「よいしょよいしょ」と容赦なく測定していった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「どうですかなお嬢様? ザンギエフさまとは仲良くされていますか?」

 

 ドラックストア、スーパー、洋服屋さん。そんないくつものお店を周っている時、ふと早乙女がわたくしに、にこやかに笑いかけた。

 

「しんぱいありませんわ! さおとめ!

 わたくしのぎゃくたいに、ぬかりはありません!

 だきょうという文字はないのですわ!」

 

「あの……ザンギエフさまは病み上がりですので……。

 どうかあまり、無茶をされませんように……」

 

 早乙女も甘い。あのザンギエフがこんなのでどうにかなるモノか。彼は赤きサイクロンなのですよ?

 このわたくしの虐待にすら、今も笑顔すら見せて耐えきっている、正に鋼の肉体なのです。

 

 まぁわたくしも今は全然本気じゃありませんし、真綿で首を締める? ようにジワジワと追い詰めていく計画なのですけれど。

 事を急ぐのは品が無いという物。わたくしは淑女ですから、優雅に参るのですわ。

 

 そんな風に早乙女と問答し、彼の額に大量の汗が浮かんできた時……ふと目をやった電気屋さんの店先にあるTVに、なにやら見覚えのある人物の顔が映っているのを見つける。

 

 

『――――おめでとうございますガイルさん。

 見事エドモンド本田選手との初戦を勝利で飾られましたが、今のお気持ちは?』

 

 

 ドクンと、わたくしの心臓が跳ねた。

 

 

『イージーだった。特に思う事も無い』

 

 

 目が釘付けになる。一歩もこの場から動く事が出来なくなる。

 

「おや、お嬢様? 如何なさいました?」

 

「…………」

 

 いまTVに映るのは眩しいカメラのフラッシュに照らされ、沢山の記者に囲まれてインタビューを受けているらしき男の映像。

 そり立つような金色の髪に、緑色のタンクトップ。迷彩柄のズボンに、金色のネックレス。

 

 ――――ガイル少佐。

 

 彼はアメリカの軍人であり、ソニックブームという必殺技を代名詞とする、とても高名なストリートファイター。

 そして今大会の、優勝最有力候補。

 

「――――いきますわよ、さおとめ」

 

 ふんっ! と顔をそらし、わたくしはパタパタとこの場から歩き出す。

 背後から沢山の荷物を抱えた早乙女が「お、お嬢様?!」と急いで追いかけてくるが、それに構う事無く急いで歩き去る。

 

『必ず優勝する。このネックレスにかけてな』

 

 今もTVから聞こえる、ガイル少佐の自信に満ち溢れた声。それを振り切るようにして必死に歩く。

 

 

「……なにが、そにっくぶーむですの。

 そんなのより、ざんぎえふの方がずっとつよいんですわ……!」

 

 

 強く奥歯を噛みしめ、この場を後にした。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 買い物を終えて家に帰って来ても、わたくしの気分は優れない。

 

「なんですの、あの変なかみがた。

 まぁざんぎえふも、もひかんですけれど……」

 

 けれどウジウジしていても仕方ない。わたくしはプルプルと頭を振り、気合を入れ直す。

 わたくしにはザンギエフを虐待するという、崇高な使命があるのだから。落ち込んではいられないのですわ。

 

 やがてそんな部屋の隅っこで三角座りをしていたわたくしを見かねてか、ノシノシと音を立てながらザンギエフがこちらに歩いて来た。

 

「――――ッ! ――――ッ!」

 

 ザンギエフは「どうした少女よ! 元気を出せ!」とばかりに、もう満面の笑みでニカッと笑いながら筋肉を見せつけてくる。

 まるで、どうだ眩しいだろう! 逞しいだろう! 筋肉を見ると元気が出るだろう! とでも言わんばかりに。

 

 だんだん腹が立って来たので、ボフッとその顔にウサちゃんを投げつけてやった。

 

「うるさいんですのよ! 顔が! おもにその顔が!」

 

 ザンギエフはとてもカッコいいけれど、今だけは話は別だ。

 わたくしは「ぱぁっ!」という掛け声と共に、ちゃぶ台返しの如くザンギエフをブン投げてやる。接近して→強Pの通常投げだ。

 くどいようだが、この世界では腕力よりも"世界のルール"が物を言う。幼女であるわたくしの技もしかりだ。

 

「むきぃぃーー! なにがガイルなんですの!

 あんなひょろひょろな人、みんなどこがいいんですの!!」

 

 わたくしのスパコンゲージが真っ赤に点滅し、怒りの炎が燃え上がっていく。さっきまで冷静になろうと努めていたハズが、今はもうどこ吹く風である。

 

 クッション、リモコン、ティッシュの箱。そんな様々な物を矢次に投げつける。

 ザンギエフはムカつく笑みをし、いちいちポーズを決めながらそれを鋼の肉体で弾いていく。もう「効かん! 効かぬわ!」とでも言うように。

 

「よいどきょうですわ、ざんぎえふ!

 きょうはとことん、ぎゃくたいしてあげます!」

 

 スッと早乙女が音も無くわたくしの横に立ち、「どうぞ」とラケットを手渡してくれる。流石わたくしの執事、以心伝心。

 わたくしはポンポンと数回ボールを床にバウンドさせた後、「ぬぅえぇぇい!」とばかりに高く飛び上がる。いわゆるサーブの態勢だ。

 

「よがっ! よがっ! よがっ! よがっ! よがっ!」

 

 ダルシムの折檻パンチ(接近して→中パンチ)の如く、ヨガヨガ言いながら次々にボールを放つ。ザンギエフは「うわっ! ちょまっ!」みたく丸まってガードする。ポコポコ良い音が鳴る。

 

「よがっ! よがっ! よがっ! よがががががが……!!」

 

 わたくしのサーブが回転数を上げていき、もう「ヨガガガガ!」とSEが追いつかない事になっていく。LV8のCPU戦でよく見る光景だ。

 どんどん部屋中にテニスボールが散乱していくが、ザンギエフは落ち着いてボールをガードし、時に垂直ジャンプやダブラリを駆使しながらも、ジリジリとこちらに近寄って来る。

 

「ちょこざいな! このままけずり殺してさしあげますわ!」

 

 画面上に表示されているカウンターが、25、24、23と残りタイムを減らしていく。

 このままゲージを削り切る事は出来ないかもしれない、しかしこのままではザンギエフもタイムアップで判定負けしてしまう。それでもザンギエフは慌てる事無く、着実にわたくしとの距離をジリジリと縮めていく。

 

「――――ッ!?」

 

「今だ!」というザンギエフの声が聞こえた気がした。ロシア語の分からないわたくしにも。

 その一瞬キラリと光ったザンギエフの目に、〈ゾクリ!〉と背筋が凍る程の悪寒を、確かに感じた。

 

『――――フゥゥンッ!!』

 

 ザンギエフが身体をクルッと反転させる。そしてオーラを纏ったその右手で、わたくしの飛び道具を掻き消してみせた(・・・・・・・・)

 

『――――パァッッ!!!!』

 

 ガバッと、両腕を開いた。

 今まで見せた事のない技……裏拳にも似た張り手を繰り出して一気にわたくしとの距離を詰めたザンギエフが、今その両腕をグリズリーのようにガバッと広げて、わたくしを掴みに来る(・・・・・)!!

 

(す、すくりゅーっ!?)

 

 ――――投げられるッ!

 いま脳裏にハッキリと、わたくしの身体がザンギエフのスクリューパイルドライバーによって天高く舞い上がり、そしてグルグル回転させられる映像が浮かぶ。

 残酷なまでに確実な、死の予感と共にッ!!

 

(これが、ざんぎえふ!? これが――――ろしあの赤きさいくろんっ!!)

 

 ギュッと目を瞑り、投げの衝撃に供える。

 もうわたくしに出来る事は何もない。投げキャラに対して接近を許すという愚を犯し、後は死を待つばかりのウサちゃん人形と化したわたくしに! もう出来る事など何もありはしないのだ!!

 

(な……なむさーんっ!!!!)

 

 フワッと、身体が持ち上がる感覚。

 わたくしはやってくるであろう衝撃に備え、ただひたすらにギュッと目を瞑る。それだけがもう、わたくしに出来る事の全て!! 祈るだけが全て!!

 

 

(……………………?)

 

 

 でも、いくら待っても衝撃がやってこない。

 どれだけ身を固くし、プルプルと震えていようとも、わたくしの身体がスクリューパイルの嵐で回転し、そして叩きつけられたわたくしの血がロシアの大地を赤く染める時は、やって来なかった。

 

 

「――――――」

 

 

 ふと、恐る恐る目を開いてみると――――

 そこにはわたくしを高い高いするように持ち上げ、そして太陽のように暖かな微笑みでわたくしを見つめている、ザンギエフの顔があった――――

 

 

「Большая, победа」(ボリショイ、ヴァビエーダ)

 

 

 やがてザンギエフが、わたくしをそっと床に降ろしてくれる。

 未だポカンとしているわたくしと目線を合わせるように屈んで、ニッコリと笑顔を見せてくれる。

 

「――――す、すごいですわ、ざんぎえふ!!

 なんですのさっきの技! すごいすごい!! すごいですわ!!」

 

 暖かなザンギエフの笑顔に溶かされ、凍っていたわたくしの時間が動き出す。

 その途端ピョーンとザンギエフの胸に飛び込み、もうギューッとしがみつく。

 

 あの、身体を反転させて打つ張り手のような技。とっさの瞬間にザンギエフが編み出し、そして見事に飛び道具を相殺してみせた技。

 その手に青いオーラを纏う、まるでバニシングフラット(・・・・・・・・・)とでも言うかのような……。

 わたくしも初めて見る――――ザンギエフの新必殺技!!!!

 

 

「勝てます! 勝てますわざんぎえふ!

 そのひっさつ技があれば、どんなあいてだってもう、こわくありませんっ!」

 

 

 もうわたくしの胸は喜びで一杯。思わず叫んでしまう位に嬉しいのに、何故かポロポロと涙が零れてくる。

 

 勝てる!! もう飛び道具なんか怖くない!!!!

 どんな飛び道具だってこの技で潰し、そしてスクリューでブン投げる事が出来るッッ!!

 

 ザンギエフにギューっと抱き着きながら、わたくしはそう強く確信する。

 もう波動拳も、ヨガファイアーも、ガイル少佐のソニックだって怖くないんだと!!

 

 もう感情の制御が出来なくなり、ワケが分からなくなり、ただただわんわんと泣くばかりのわたくし。

 そんなわたくしの身体を、ザンギエフは優しく、そしていつまでもいつまでも抱きしめてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 でも実は、わたくしは知っている。実はずっとずっと前から、知っていたのだ。

 だってそれは、わたくしが知っている唯一の、そして大好きなロシア語なんですもの。

 

 

 ――――Большая, победа。

 

 これはロシア語で、「素晴らしき大勝利」という意味。

 

 

 世界で一番カッコいい男の、決めセリフ。

 

 大好きなザンギエフが使う、世界で一番カッコいい言葉なのだから――――

 

 

 

 

 

 

―3―

 

 

 

「おやおや、今日もお嬢様はザンギエフさまにベッタリですな」

 

「んーっ!」

 

 給仕の仕事をこなしながら、なにやら微笑ましいと言った様子でわたくしを見ている早乙女。

 そんな彼をよそに、ギュ~っとザンギエフのお腹にしがみついているわたくし。

 

「んーっ! んーっ!」

 

「あはは、まるでコアラみたいだね。可愛いじゃないか」

 

「恐らくは、ザンギエフさまが旦那さまとばかりお話されているので、

 少しばかり拗ねていらっしゃるのでしょう」

 

 久しぶりに早い時間帯に帰っていらしたお父さまは、現在ザンギエフと一緒にお酒を飲んでいる。

 二人がニコニコと朗らかにお話していのは分かるけど、わたくしにはロシア語が分からない。とても退屈なのだ。

 なのでもう二人がお話をし始めてから、わたくしを放って話し始めてからッ! それに抗議するようにしてずっとしがみついている。まさにコアラの如く。

 

「んーっ! んーっ!」

 

「ほらお嬢様、そろそろお風呂に入りませんと。

 寝るのが遅くなってしまいますよ?」

 

「やーです! ざんぎえふと入るんですわ! やー!」

 

「ふふ、きっと僕にザンギエフさんを盗られてしまうんじゃないかって、

 気が気じゃないんだろうね。構わないよ早乙女、好きにさせてあげておくれ」

 

 ザンギエフのお腹にしがみつき、「んー!」と顔をぐりぐりする。お父さまと早乙女の二人は、そんなわたくし達の姿を微笑ましく見守っている。

 

「貴方が来てくださってから、この子は本当に明るくなった。

 こんなにも楽しそうな姿を見るのは、僕らも初めての事なのです。

 本当に感謝しています、ザンギエフさん」

 

 お父様が感謝を告げる。ザンギエフの方も「そうですな! 筋肉ですな!」みたくガッハッハと笑いながら肉体を誇示する。

 ちなみに二人の会話は、横で早乙女が「と、旦那様はおっしゃっております」と通訳してくれていますわ。

 

「貴方と出会えた事は、娘にとって一生の宝です。

 改めて、娘をよろしくお願いします」

 

 静かにチンッとグラスを合わせる二人。お父さまは暖かな笑みを浮かべ、ザンギエフの方も「ですな! ベンチプレスですな!」と熱く語っている。……しかし。

 

(――――ふっ! あまいですわ! おとうさま!)

 

 わたくしは「ニヤッ!」とカメラ目線で笑う。キラーンと目を光らせて。

 ……お父様は夢にも思うまい。まさかこんなにも和やかなムードの中、わたくしが今ザンギエフを"虐待"しているだなんて事は!

 

「んー! んーっ!」

 

 一見、ただ甘えているようにしか見えないであろう、コレ。

 構って欲しくて、こちらを向いて欲しくて、小さい子供が愛らしくダダをこねているようにしか見えないであろう、この姿。

 ――――しかし驚くなかれ。これはザンギエフへの強力な虐待なのである。

 

 これは"サバ折り"という、かのエドモンド本田氏も通常投げとして使用している技。

 しかも大相撲においてはこの技は、そのあまりの危険性によって"禁じ手"とされ、使用を禁止されている程の物なのだ。

 もし力士の怪力によって胴体を締め上げられたらば、貴方の大切な背骨がいったいどんな事になってしまうのかなど、想像に難くないだろう。

 

 そして今、クラスで一番の力持ちであるわたくしによって行使されている、このサバ折りという技が! いったいどれほどの甚大なダメージをザンギエフに与えているであろう事か!

 ああっ! 想像するもの恐ろしい! ですわ!

 

「んー! んー!」

 

「おやおや、今日はいつにも増して甘えん坊ですな、お嬢様」

 

 締め上げる。力いっぱいザンギエフを締め上げる――――

 早乙女はにこやかに見つめているが、まさか水面下でこんなにも恐ろしい虐待が行われていようとは夢にも思うまい。知らぬが仏。

 

 うん、関係ないけれど、なにやらこうして「人にバレないように虐待する」というのも、なんかゾクゾク来ますわね。新しい発見ですわ。

 

 しかもわたくしが「ぎゅ~っ!」とコアラのようにしがみついてから、もう10分以上は経過している。

 いかに力士であろうとも、このサバ折りという危険な技を10分以上も耐えられる人間がこの世にいようハズも無い。

 きっと「ギブ! ギブでごわす! ちゃんこでごわす!」とか言って謝っちゃう事だろう。

 

 その鋼の肉体を持つザンギエフだからこそ、こうしてわたくしの行使する強烈無比なサバ折りを受けても、かろうじて意識を保ってはいるが……。

 もし仮にこれが他の人間であったなら、その人の背骨は踏んづけてしまったポッキーみたくなっている事だろう。

 流石はザンギエフ、流石は赤きサイクロンと言った所。

 

 しかし、わたくしのサバ折りによる虐待は、まだまだ続きますわ!

 そう! お父様とお話するのをやめて、こっちを向かない限り!

 

 ……いいんですの? 背骨折れちゃいますわよ? こっちを向きなさいザンギエフ!

 

 

「んー、むにゅむにゅ……ざんぎえふぅ……」

 

「おや? 眠ってしまわれたようですな」

 

 

 後で聞いた話だが、どうやらわたくしはザンギエフにしがみついている内、そのまま眠ってしまったのだそうだ。

 ザンギエフとお父さまは沢山お話をされていたので、待ち疲れて眠ってしまったのだろうとの事。

 

 ふふふ、まさか"1年2組のヘラクレス"と名高きこのわたくしのサバ折りを耐え切るとは。敵ながらお見事。天晴れと言うものですわ。ハラショー。

 

 

 わたくしが眠ってしまった事により、お父様たちのお酒もここでお開き。

 わたくしはいつものようにザンギエフに運んでもらい、一緒のお布団でグッスリと眠った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 チュンチュン……チュンチュン……とスズメさんたちがお空を飛ぶ早朝。

 とても空気の澄んでいる、まだ薄暗い中。

 

 

「――――いきますわよざんぎえふ。さぁ、れっつごーですわ!」

 

 コートとマフラーをしっかりと着込んでモコモコしたわたくしが、鉄製の大きなソリに乗り込む。

 そしてわたくしの合図と共に、ザンギエフが勢いよくソリを引っ張って走り出した。

 

「きゃー! すごいですわざんぎえふ! はやいはやい!」

 

 きっとお馬さんを何頭も繋がなければ、決して動かないであろう鉄製のソリ。それを微塵も苦にする事無くザンギエフが引っ張っていく。

 

 これはわたくしの考えた新しい虐待。わたくしの乗ったソリをまるで家畜か何かのように引かせる事により、主人とペットという主従関係をしっかり植え付けるという物。

 その肉体のみならず人としての尊厳は破壊され、また副次的な効果としてレスラーに必要な足腰がとても鍛えられるという効果もある。

 

「もっと! もっとですわざんぎえふ! もっともっと!」

 

 どんどんスピードが上がる。まるで飛ぶように周りの景色が流れていく――――

 

「はらしょーざんぎえふ! はらしょーろしあれんぽう! はらしょーれすりんぐ!」

 

 そのあまりの楽しさに、痛快さに! わたくしはソリの上で「キャッキャ☆」とはしゃぐ!

 うん! この虐待は大成功ですわ!

 

………………………………………………

 

 

「にひゃくごじゅうろく! にひゃくごじゅうなな! にひゃくごじゅうはち!」

 

 わたくしを背負って、ザンギエフがスクワットをする!

 

「せんさんじゅういち! せんさんじゅうに! せんさんじゅうさん!」

 

 この虐待により、文字通りザンギエフの足腰を「苛め抜く!」

 ついでに言えば、そこには早乙女とお父さまも一緒に乗っかっている。

 厳密に言うと、「わたくしを背負った早乙女を背負ったお父さま」をザンギエフが背負っているという形である。

 

「よんせんよんじゅうよん! よんせんよんじゅうご! よんせんよんじゅうろく!」

 

 滝のように流れる汗! ザンギエフから滴り落ちた汗が水たまりを作り、その身体が発する熱が白い蒸気となって上がっている!

 

「きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうはち!

 きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう!

 い…………ってあれ? せんの次はなんでしたかしら?」

 

 流石はザンギエフ。まさかわたくしが数えられる数の限界を超えてくるとは。

 でもこの虐待も大成功ですわ!

 

………………………………………………

 

 

「ありましたわ! "いほうちゅうしゃ"です!

 やっておしまいなさい!」

 

 ザンギエフが車を破壊する(・・・・)

 腕で、足で、膝で、拳で! ガシガシと破壊していく!

 

「こんなところに車をとめるなんて! ひじょうしきな大人もいたものです!

 ねぇざんぎえふ?」

 

 凄まじい轟音を上げながら、ザンギエフが車を破壊していく。

 吹き飛ぶボンネット、粉砕する窓ガラス、グシャグシャに凹んでいくドア。みるみる内にスクラップと化していく!

 

 これは車の破壊という肉体労働であり、我が家への奉仕という虐待。ついでに言えばお屋敷の前に車を止めた不届き者への制裁を兼ねている。

 

「ゆーうぃん! ぱーふぇくと! 12秒をのこして、くりあですわ!」

 

 見事ボーナスステージをクリアし、違法車をボコボコにしたザンギエフが「ワハハハハ!」とマッチョなポーズを決める。

 

 なにやらすぐ後に車の持ち主のお兄さんがやってきて「オーマイガッ!」とか言ってポロポロ泣いていたが、そんな事も気にせず笑顔で筋肉を誇示するザンギエフ。

 

 虐待とは時に非情な物なのです! 恨むのならパーキング代をケチった己を恨みなさい!

 

………………………………………………

 

 

「ざんぎえふ! せっきんして←強P!」

 

 ザンギエフがダルシムさんをブン投げる!

 もう「インド人を右へ」と言わんばかりに、おもいっきりブレーンバスターで放り投げた!

 

「にがしたらだめですわ! そのままじゃんぷ↓強P!」

 

 ダルシムさんの起き上がりに、ザンギエフのボディプレスが迫る!

 ちゃんとピョーンと飛び越して、ガードをめくる(・・・)ようにしてヒットさせる。

 ちなみにダルシムさんは、声を掛けたら快くスパーリングパートナーを引き受けてくださった。良い修行になるのだそうだ。

 

「あぁ! もえてますわざんぎえふ! すんごくもえてますわ!」

 

 飛び道具を躱そうとダブルラリアットを放ったが、残念ながらそれはファイアーではなくフレイムの方だったようだ。

 炎に包まれたザンギエフのシルエットは、何故か若干ほっそりして見えた。

 

 ちなみにこれは"火責め"という虐待。初日に水攻めをやったので、ぜひ押さえておきたかった虐待方法だ!

 

「さぁざんぎえふ! この後はさすかっちさん? とのすぱーですわ!」

 

 ここまで来たら"氷攻め"とかもやりたかったので、特別にサスカッチさんという人にもご協力いただいた。

 この雪男みたいな見た目の人は、なんと口から雪や氷を吐く事が出来る。ちなみにバナナを沢山あげたらついて来てくれましたわ!

 

 この他にもジャングルに住むという"電気攻め"担当のブランカさん、謎の力を操る"サイコパワー攻め"担当のベガさんにもご協力いただき、どんどん虐待していきますわ!

 

………………………………………………

 

 

「ぶれいく! ぶれいくですわざんぎえふ! ひたすらぶれいくです!」

 

 上から落ちてくるタルを、ザンギエフが破壊していく!

 

「どんどんおちてきますわよ! ひたすらぶれいくですわ!」

 

 チョップ、キック、グーパンチ! あらゆる技を駆使して次々に樽を破壊していく!

 

「かんがえてはだめ! ……なんで樽が落ちてくるんだろう?

 これはどういう事なんだろう? いったい自分は今何をしているんだろう?

 ……とかかんがえてはだめです!」

 

 無心! 無心で壊すのです! 落ちてくるタルを!! 意味など考えず!!

 

 これはそういう物なのですザンギエフ!

 理解する必要など無い! これはただひたすらに"落ちてくるタルを壊させる"という虐待なのです!!

 

………………………………………………

 

 

「おーザンギエフさん! 頑張れよーっ!」

 

「キャー! ザンギエフさぁーん!! ステキー!!」

 

 商店街を駆け抜ける! わたくしを肩車したザンギエフが「えっほえっほ!」と走り抜けて行く!

 

「ザンギエフさーん! ファイトォー!!」

 

「応援してるぜザンギさぁーん!! 頑張れーっ!!」

 

「ザンギさぁーーん!」

 

 みんなが声援をくれる! お花屋さん、たい焼き屋さん、魚屋さんに向かって、ザンギエフがとびっきりの笑顔と共に「ムキッ!」と筋肉を見せつける!

 

「へいお嬢ちゃん! パース!!」

 

「ありがとーですわー!」

 

 通りすがった八百屋さんが、わたくしにリンゴを投げてくれる! それを「よいしょ」とキャッチするわたくし!

 

「りんごをもらいましたわ! 後ではんぶんこですわ! ざんぎえふ!」

 

 沢山の声援を受けながら、商店街を駆け抜けていく!

 うふふっ、みんなこれがザンギエフへの虐待だとも知らずに! 「いっしっし♪」な気分のわたくし!

 でもありがとうございますわ! みなさん!

 

………………………………………………

 

 

「ハッ! ハッ! ハッ!!」

 

 階段を駆け上る!

 わたくしを肩に乗せたザンギエフが、階段を駆け上っていく!

 

「はらしょー! はらしょーろしあ! はらしょーざんぎえふ!」

 

「ハッ! ハッ! ハッ! ハッッ!!」

 

 飛ぶように、羽が生えたようにッ! ザンギエフが全力で! 一気に駆け上がっていくッ!

 

「――――らすとすぱーとですわ! いきなさい! ざんぎえふ!」

 

「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハァァァアアアアッッ!!」

 

 眩しい方へ! 光の差す方へ!!

 わたくし達は一気に、ゴールへたどり着いたッ!!!!

 

 

 

『 ガイルゥゥゥーーーーッッ!! ガイィィィィィィーーーーール!!!! 』

 

 

 叫ぶ。空に向かって――――

 

 わたくしとザンギエフが今! おおきく両腕を振り上げ!!

 ――――空に向けてッ! 思いっきり叫ぶッ!!!!

 

 

 

『 ガァァァァァァイィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーールッッッ!!!! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友の名を。

 愛しい宿敵(ライバル)の名前を。

 

 

 わたくし達は叫ぶ。

 

 わたくし達がここにいる事を、彼に示すように――――――

 

 

 

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

「"なんでザンギなんだよ"って、ばかにされた事があるのですわ」

 

 

 ここはわたくしの自室。

 今わたくしはベッドに腰掛け、お気に入りであるウサちゃん人形に話しかけている。

 

「みんな言うんですわ。『リュウの方がつよい』『ガイルの方がカッコいい』って」

 

「ざんぎえふなんて、かっこ悪いって……わたくしに言うんですわ」

 

 幼稚園の頃、周りの友達たちはみんなストリートファイターに夢中だった。

 やれ昇竜拳が強い、やれサマーソルトがカッコいいと、ワクワクしながら話し合っていた。

 

 でもそんな中、いつもわたくしは皆にイジメられた。

 ――――ザンギエフが好きだから。カッコ悪いザンギエフなんかを好きだって言うから。

 

「のろくて、ださくて、かっこわるいって……。

 飛び道具もないざんぎえふは、よわいって……。

 いつもわたくしを、いじめるんです」

 

 必死に抵抗した。必死に「ざんぎえふはかっこいいですわ!」って言って、みんなに言って聞かせた。

 でもそれをすればするぼど、皆はケラケラと笑い、わたくしをバカにした。

 わたくしが泣けば泣くほど……みんな楽しそうに笑った。

 

「すくりゅーなんて、つかえないって……。

 じゃんぷ力もないざんぎえふは、いいカモだって。

 勝ってるところなんか、見たことないって……」

 

「ざんぎえふが好きなやつとなんか、あそんでやんないよって……言われたんです」

 

 ……なんとなく、本当になんとなく……ウサちゃんに話した。

 ザンギエフは今、食堂でお父さまとお話をしている。そんな寂しさの中でわたくしは、今まで誰にも言った事の無かった秘密を、ウサちゃんに打ち明けた。

 

「ようちえんに行くの、いやでしたわ。

 ばかにされるのは、いやでしたわ」

 

「笑われるくらいなら、言わない方がましですから。

 だからもう、だれにも言わなくなりました」

 

「ざんぎえふが好きだって…………言わなくなりました」

 

 今思えば、わたくしの伝え方も下手だったのかもしれないけれど。

「きんにくですわ! きんにくこそが、至上の価値なんですわ!」とか言われても、みんな困ってたのかもしれないけれど……。

 

「だから、ぎゃくたいしてやりましたわ――――

 ざんぎえふを思いっきり、ぎゃくたいしてやりました」

 

「"あなたのせいだ"って。

 あなたがわるいから、わたくしはばかにされるんだって。

 わたくしがひとりなのは……ぜんぶぜんぶ、ざんぎえふのせいなんだって」

 

「……ふふ♪ そんなこと、あるはずありませんのにね? うさちゃん」

 

 ぎゅっとウサちゃんを抱きしめて、何気なく天井を眺める。

 いま自分が、笑みを浮かべているのが分かる。情けなかった過去の自分を笑って、笑みを浮かべているのが分かる。

 

「だからもう……やめますわ。ざんぎえふを、ぎゃくたいするの」

 

「わたくしがわるかった。わたくしが弱かったからこそ……

 みんなにばかにされてたんですわ」

 

 ボフッと音をたててベッドに寝転がる。最近はお布団で寝てばかりだったなと思ったら、同時にザンギエフの顔が浮かんで来た。

 あったかくて優しかった、ザンギエフの笑顔。

 

「言えばよかった。もっとじょうずに。

 ざんぎえふは、こんなにもかっこいいんだって……言えばよかったんですわ」

 

「今なら、できる気がします。ちゃんとつたえられる気がするんです。

 みんなに、ざんぎえふのかっこ良さを」

 

 明日はガイル少佐との試合。優勝候補と目されるガイルとザンギエフの、ストリートファイトがある。

 だからもう……ザンギエフを虐待するのはお終い。楽しかったザンギエフとの生活も、今日でお終い。

 

 目を瞑る。久しぶりに、とても良い気分で。

 わたくしは一人、優しい眠りへと、落ちていく。

 

 

「これからはみんなと、すとりーとふぁいとのお話ができる。

 お友だちができる気が、するんです――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢うつつの中、誰かが頭を撫でてくれたような気がする。

 

 とても大きくて、優しい。

 そしてこの上なく暖かい、ゴツゴツした手が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―4―

 

 

 

 

「きましたわね! がいる少佐!

 まぁ逃げずにやってきた事だけは、ほめてあげますわ!」

 

「……!?」

 

 ここはザンギエフのホームグランドである、ロシアの工場ステージ。

 今わたくし達二人は、これからガイル少佐とストリートファイトをするべく、向かい合い火花を散らしている所である。

 

「あ……あの、お嬢ちゃん?」

 

「ん、なんですの、がいる少佐? おじけづきまして?」

 

「いや、そうじゃないんだが。その……お嬢ちゃん、君は?」

 

「あぁ、わたくし? わたくしは、ざんぎえふのぱーとなー!

 まぁ飼い主? みたいなものですわ! よしなに♪」

 

 なにやらあっけに取られている様子のガイル少佐に向かい、淑女らしくスカートを持ち上げて一礼する。

 今ザンギエフはわたくしと並び立ち、隣で「ふんっ! ふぅぅん!」と筋肉を誇示している。

 

「か……飼い主? 彼とは今まで何度か戦ってきたが、そんな話は一度も……」

 

「だまらっしゃいな! ごちゃごちゃ言うまえに、男ならこぶしでかたりなさい!

 このミスターしゃがみ中キック!」

 

 腰に手をあてて、バシッと言い放つ!

 わたくしの言葉を受け、ガイル少佐が仰け反るようにして眉をヒクヒクさせる。

 ちなみにザンギエフは今「そうだそうだ!」とばかりに筋肉を誇示している。モストマスキュラーというポーズだ。

 

「なんですの!? いつもしゃがんでばかりいて! あなた歩くのきらいなんですの?!

 いったい何をまっているんですかいつもいつも! ばす? でんしゃ? 給料日?」

 

「ッ!!」

 

 ザンギエフは引き続き「そうだ! 大胸筋を鍛えろ!」とばかりにムキムキとポーズをとっている。フロントバイセップス。

 

「たまに立ったかとおもえば! そにそに! そにそに!

 しゃがみ中キックやってまた、そにそに! そにそに!

 ばかにしてますのあなた?! やる気ありますの?!」

 

「ッ!?」

 

 そしてザンギエフは今「そうだそうだ! 上腕三頭筋だ!」とばかりにムキムキと相手を煽っている。サイドチェスト。

 

「――――男だったら、そのこぶしでかたりなさいっ!

 何のためのきんにくですの?! ちんちんついてますの?!」

 

「~~ッッ!?!?」

 

 ビシッと指をさし、〈ババーン!)とばかりに言い放つ!

 ザンギエフは今も「その通りだ! 大腿四頭筋だ!」とばかりに一人でムキムキやっている。これはダブルバイセップスですわ。

 

「……くっ! もういい、さっさと始めるぞザンギエフ。準備をしろ」

 

 やがて冷や汗をダーダーと流すガイル少佐が、ステージの中央に立ち、ザンギエフを手招きで呼び寄せる。

 どうやらわたくしの挑発は成功のようだ。がんばった甲斐がありましたわ!

 

 

「さぁたたかいなさい! ざんぎえふ!

 ろしあのだいちを赤くそめてやるのです!」

 

「Хорошо!!」(ハラショー!!)

 

 

 わたくしの声と共に、ザンギエフが「のっしのっし」とステージへ歩いて行く。

 

 そして今! ガイル、ザンギエフの両雄が! 中央で向かい合う!

 

 ――――戦いの火蓋は今、切って落とされたのだッ!!!!

 

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「うわーー! ざんぎえふ! うわーーっ!!」

 

 

 ――――負けた。完膚なきまでに負けたッ!!

 

 情け容赦なくしゃがみ中キックを出され、ザンギエフは負けた! 何もする事も無くッ!!

 

「なんでですの?! あんなにあおったのに! わたくしがんばったのに!!」

 

「やかましいっ! もう黙っていろお嬢ちゃんッ!」

 

 どうしてどうしてと問いかけるも、ガイル少佐は渋い顔をするばかり。よく見るとお顔が少し赤くなっている気はするが。

 今ザンギエフは、嵐のようなしゃがみ中キック、そしてソニックブームを受け、〈プスプス~!〉と身体から煙を上げている。うつ伏せでグッタリしている。

 

「ちきしょー! 立ってください、ざんぎえふ! 立つのでーす!」 

 

 もうわんわんと泣いているわたくしの声に応えるようにして、ザンギエフがフラフラとその場から立ち上がる。なんかもうガクガク膝が震えている気がする。

 

「そうです! まだしょうぶは始まったばかりです! 

 らうんどつー! ふぁいとっ! ですわ!」

 

 なんかもう「ああ……あああ……」みたいな声が聞こえてきそうな程フラフラの足取りで、ザンギエフがガイル少佐の方に向かって行く。

 そして先ほどまでと同様ペシペシとしゃがみ中キックを連打され、もう「おごごごご……!」みたくなっている。

 

「いやーっ! がんばってざんぎえふ! がんばってくださいまし!」

 

「頼むから黙ってくれッ! やりにくくて敵わんッ!!」

 

 ガイル少佐のクレームにもめげず、わたくしは声を張り上げる。

 力の限り、声の限りに応援する!

 

 辛いでしょう……痛いでしょう……苦しいでしょう……。

 でも立って下さいましザンギエフ! 負けないで下さいまし!!

 

「ざんぎえふ! 立って! ざんぎえふぅぅぅーー!!」

 

 いったいどれほどのソニックに、ザンギエフが蹂躙されてきたか。

 いったいどれほどの波動拳に、ザンギエフが手も足も出ずにやられてきた事か……。

 

 飛び道具ひとつ……ただ「↓→P」を入力するだけで、ただ「←タメ→」と入力するだけで、いったいどれほどの人が簡単にザンギエフを屠って来た事か……!

 どれほどザンギエフが! やられてきた事かッ……!!

 

「立って! 立ってくださいざんぎえふ! まけないでっっ!!!!」

 

 のろま、モヒカン、赤パンツ。

 遅い、ダサい、使いにくい。

 

 幾千も罵倒され、幾万幾億とバカにされ……それでも「否」と跳ね除けたッ!

 

 どれほど馬鹿にされようとも、俺がやりたいのかこれだ! これなんだ!!

 そう言って、ただひたすらに意志を貫いたッ!!

 

 ――――その誇り、その矜持を今こそ! わたくしに見せてッッ!!

 

「――――フゥゥン!!」

 

「ッ!?」

 

 ガイルのしゃがみ中キックを、ザンギエフのしゃがみ強キックが潰す!

 不用意に連打されたそれのタイミングを読み切り、見事判定の強いしゃがみ大キックで地面に転がした!

 

「フゥゥゥゥン!!!!」

 

 飛ぶ! ザンギエフが宙を舞う! まるで熊のように大きな身体で、フライングボディプレスで起き攻めを狙う!!

 

「シュッ! シュッ!」

 

 ガイルの起き上がり際に、ザンギエフのしゃがみ弱パンチの連打がヒットする。

 

 だが否! そのしゃがみ小パンチは本命に非ず!

 蹴り、突き、殴り……そのザンギエフの全ての技の目的はただ一点、"投げる為"に集約されている!!

 

 

『――――――パァッッ!!!!!』

 

 

 両手を大きく広げ! 掴むッッ!!

 いまザンギエフの丸太のように大きな両腕が! ガイル少佐の胴体を〈がしっ!〉と捕まえ、共に空へと舞い上がっていくッッ!!

 

『ダァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!!』

 

「ざんぎえぇぇーーーふ!!」

 

 物凄い音が鳴るッ!

 グルグルと回転しながらガイルの身体を叩きつけ、その衝撃が! あたり一帯を揺らす!!

 

 

『Большая, победа!!』(大勝利だ!!)

 

 

 

 

 ――――スクリューパイルドライバー。

 

 そのザンギエフの代名詞とも言うべき最高の投げ技が今! ロシアの大地を赤く染めたのだった!!

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ぬぅ……! しくじったッ! なんてミスだッ!!」

 

 ガイル少佐が立膝の状態で座り、苦しそうに額に手をあてている。

 

「さぁもう1ラウンドだザンギエフ! ファイナルラウンドだ!!」

 

 そして雄々しく立ち上がり、ファイティングポーズをとって見せた。その瞳は揺るぎない意志に満ちている。

 

「正直に言う……お前を舐めていた――――

 だがもう俺に油断は無いぞ……来い! ザンギエフッ!!」

 

 思わず飛びついていたわたくしの身体をそっと地面に降ろし、再びザンギエフがガイル少佐と向かい合う。

 ゆっくりと振り向き、胸を張って雄々しく対峙する。

 

 もう今までのザンギエフではない。今まで散々罵倒され続けた弱キャラなどどこにも居ない。

 今ここにいるのは、一人の戦士。今まさに燃えるような闘志をその胸に宿し、いざ眼前の敵を打ち倒さんとする一人のストリートファイターの姿だ。

 

「ぬぅおぉぉぉ! ソニックブー! ソニックブー! そにそにそに!」

 

「フゥゥゥゥン!!!!」

 

 例によってガイルのしゃがみ中キックがペシペシと当たる。だがそれでも決してザンギエフが後退する事は無い。

 

(なんと、すばらしい。なんと雄々しい――――)

 

 耐えて、耐えて、耐えて、そして前に進む。

 

(そのすがたの、なんと雄々しいことか。なんとすばらしいことか――――)

 

 レスリング、プロレスリング、プロレスラー!!

 これが力だ! これが鋼の肉体だと言わんばかりに! 今ッ!! ザンギエフが猛然とガイルに襲い掛かる!

 

(はらしょー。はらしょーですわ、ざんぎえふ……。

 これが、わたくしの好きな……わたくしの心からあこがれた……)

 

 ――――ザンギエフ。ロシアの赤きサイクロン。

 

 わたくしはその姿を、息を止めてただ、見つめていた。

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ほぅらマイガール! これが母の上腕二頭筋よ? まるで山のようでしょう♪」

 

「すごいでちゅわ、おかあさま! はがねのようでちゅわ!」

 

「おっほっほ♪ でもアタクシもまだ、

 かのザンギエフ氏の筋肉には遠く及びませんわ♪」

 

「えっ! ざんぎえふって、だれでちゅの? どんなかたなんでちゅの?」

 

「ほぅら! これがザンギエフ氏の写真よマイガール!

 どお~? まるでエベレストのように隆起した巨大な筋肉でしょ~う♪」

 

「ちゅごい! ちゅごいきんにくですわ! れいぞうこみたいでちゅわ!」

 

「おっほっほ♪ まぁ見てなさいマイガール?

 いつかお母様も、こーんなぶっといタイヤみたいな上腕を手に入れますからネ!!」

 

「わーい! うれしいでちゅわ! おかあさま! きんにくさいこーでちゅわ!」

 

 

 ……けれど、そんなわたくしの幸せな日々は、長くは続かなかった……。

 

 

「くっ……このアタクシとした事が!

 まさかプロテインの飲み過ぎで、余命一週間だなんてッ……!」

 

「しなないで、おかあさま! しっかりしてくだちゃいまし!」

 

「マイガール……母はもう駄目です。

 この母の背中を、広背筋を超えて……強く生きるのですよ……」

 

「いやです! いや! しなないでおかあさま! おかあさま!」

 

「あぁ……無念です。至極無念成ッ!!

 この"筋肉聖母"と呼ばれしアタクシが、筋肉道の道半ばで倒れようとはなッ……!」

 

「しっかりしておかあさま! げんきになって、またべんちぷれすをみせて!」

 

「ぬぅぅおおおお!! せめて、せめて死ぬ前にひとくち、プロテインをッ……!

 神よ! 今こそ我にプロテインを与え給えッ! 筋肉の神よぉぉおおおッッ!!」

 

「だめっ! のんじゃだめおかあさま! のんじゃだめ!

 しなないでおかあさま! おかあさま! おかあさまぁぁぁあああーーーーーっ!!」

 

 

 ……そしてお母様は死に、わたくしはひとりぼっちになった。

 

 

「なんだよザンギって! アタマおかしいんじゃないの!」

 

「そんなことないでちゅわ! ざんぎえふは、かっこいいでちゅわ!」

 

「だっせー! ザンギエフだっせー! やーいきんにくフェチー♪

 ロシアにかえれー♪」

 

「ざんぎえふはかっこいいでちゅわ! はがねのにくたいでちゅわ!」

 

「やーいやーい! 赤パンツー! くやしかったら立ちスクリューしてみろー♪」

 

「えーんえーん! ざんぎえふはつよいんでちゅわ! かっこいいでちゅわ!

 きんにくこそ至高の価値なんでちゅわ! えーんえーん!」

 

 

…………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 見ていますか、あの頃のわたくし――――

 泣いているばかりの、ひとりだった頃のわたくし――――――

 

 ごらんなさい、間違っていませんでしたわ。

 わたくしの好きな物は、大好きな人は今、こんなにも眩く輝いていますわ――――!

 

 

 そうわたくしが過去のセンチなメモリーに浸っている内に……やがて試合は終盤にさしかってまいりましたわ。

 ひたすらソニックとしゃがみ中キックを連打するガイル少佐、それに対していくら傷つこうともひたすら前に出続けるザンギエフ。

 

「いけます! いけますわ!

 のこりたいりょくは五分と五分! しかも、がいるのくそったれは画面端です!

 このまますり潰せますわ!」

 

 別にわたくし、ガイル少佐に恨みは無いんですけれど……むしろわたくしはガイル少佐をリスペクトしているのですけれど……ソニックやしゃがみ中キックを含めて。

 けれどザンギエフを応援してるとき、すこしはしたない事を言ってしまうのはご容赦願いたいですわ。

 嫌いではありませんのよ? その戦い方も。

 

「やっておしまいなさい! ざんぎえふ! あと少しですわ!」

 

 ガイル少佐のしゃがみ中キックを、またしてもザンギエフのしゃがみ大キックが迎撃する! コロンと地面に転がるガイル少佐!

 

「くッ……! ソニックブー! そにそにそにそに……!!!!」

 

 もうやけくそのようにソニックを連発するガイル少佐。しかしザンギエフは決して慌てる事無く、ダブラリで回避していく。しかし……。

 

「――――あっ……」

 

 その時、狙いから外れたソニックブームの一発が、こちらに飛んで来た(・・・・・・・・・)

 それはわたくしの頭上にある、立てかけてあった鉄骨の束に当たり、轟音を響かせた。

 

「あっ……」

 

 落ちてくる――――鉄骨が。

 いまわたくしの見上げた頭上から、バランスを崩した沢山の鉄骨が、ゆっくりと倒れてきた。

 

 それはまるで、スローモーションのように、ゆっくりと。

 

「ッ!? イカン、お嬢ちゃん!!」

 

「いやぁぁぁあああーーーーーーッッ!!」

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音。群がった観客たちの悲痛な声。

 

 それに掻き消されるように、わたくしの意識は落ちていった――――

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ……あれっ?」

 

 

 ふと目を覚ました時、わたくしは地面に寝転がっていた。

 

「あれ? あれれ?」

 

 どうしたんだろうわたくしは。いったいどうなったんだろう? そんなふうに目をぱちくりさせながら、ゆっくりと身体を起こそうとした時……。

 

「――――ッ!? ざ、ざんぎえふ!!」

 

 大きな靴、そして大木のように大きな足が見える。

 ふと目線を上げると、そこには倒れてきた鉄骨を全てその身で受け止めている(・・・・・・・・・・・・・)ザンギエフの姿があった。

 

「ざんぎえふ! ざんぎえふぅぅぅ!!」

 

 やがて不動で立ち尽くしていたその大きな身体が、ゆっくりと地面に倒れていく。

 わたくしを守り、圧倒的な破壊力に身を晒したザンギエフの身体が、力尽きるように地に伏していく。

 

「いやです! いやですざんぎえふ!! ざんぎえふぅぅぅーー!!」

 

 額から血を流し、グッタリと人形のように倒れ込んだザンギエフ。その身体のどこにも、もう力は籠っていないように思えた。

 

「ざんぎえふ! たちなさい! 同士ざんぎえふ!」

 

 目から光が消える。今ザンギエフの虚ろな瞳から光が消え、ゆっくりと瞼が閉じていく。

 

「ざんぎえふ! 同志ざんぎえふ! 赤きさいくろん!」

 

 叫ぶ。泣き叫ぶ。

 ただただわたくしはザンギエフの名を呼び、彼に呼びかける。

 

「ざんぎ! ざんぎえふ! 同志! 同志ざんぎえふ! 赤きさいくろん!!」

 

 いくらユサユサと身体をゆすろうが、ザンギエフが応える事はない。

 それでもわたくしは力の限り、呼びかけ続ける。

 

「ざんぎえふ! 赤きざいくろん! はがねのにくたい! 同志ざんぎえふ!」

 

「……」

 

「……」

 

「ざんぎえふ! 赤きさいくろん! 同志! 同志ざんぎえふ!!」

 

 呆然とする群衆。その中でひとり、叫び続けるわたくし。

 

「……………ッ!」

 

 ――――するとどうだ。この場にいた群衆のひとりが、突然声を上げ始めたではないか。

 

 

「――――立て! 立つんだザンギエフ!! 同志! 同志ザンギエフ!!」

 

 

 ザワザワとざわつく群衆。ただひたすら声を上げ続けるわたくしと、もう一人の男性。

 そんなわたくしたちに感化されるように、ひとり、またひとりと群衆たちが声を上げていく。

 

 

「そうだ立て! 立つんだザンギエフ! 同志! 同志ザンギエフ!!」

 

「ザンギエフ! 同志ザンギエフ! 鋼の肉体! 赤きサイクロン!!」

 

「投げ! 投げキャラ! ハラショー! スクリューパイル!! 同志ザンギエフ!!」

 

「ハラショー! ハラショーロシア! ハラショーボルシチ! 同志ザンギエフ!!」

 

 

 声を上げる。この場にいる全ての者が! ロシア国民たちが!!

 力の限りに声を振り絞り、拳を振り上げ、ザンギエフを呼ぶ! 祖国の名を叫ぶ!! 共産主義者たちが!!

 

 

「「同志ッ! 同志ザンギエフ! ハラショー! ペレストロイカ! 赤きサイクロン!!」」

 

「「投げ! 投げキャラ! ロシア連邦! 同志ザンギエフ!! 鋼の肉体!!」」

 

「「「「ハラショーロシア! ハラショーレスリング! 同志ザンギエフ!!」」」」

 

 

 みんなの声が――――ひとつになる。

 その時――――――

 

 

『――――ヌゥゥオオオオオオオォォォォォォリャアアアァァァッッ!!!!』

 

 

 

 雄たけびを上げて! 今ッ! ザンギエフが立ち上がったッッ!!!!

 

『ヌゥゥオオオオオオオオォォォリャアアアアアアアアアアーーーーーッッ!!!!』

 

「あぁざんぎえふ! ざんぎえふ! 赤きさいくろん!」

 

 ピョイーンと抱き着くわたくし。雄々しく両の足で立ち上がったザンギエフが、しっかり受け止めてくれる。

 輝かんばかりの、「ニカッ☆」とした笑みで。

 

「この子の前では、不倒であらねばならない! とザンギエフは言っているぜ!」

 

「どんな事があろうとも、再び立ち上がる! とザンギエフは言っているよ?」

 

 たまたまこの場にいた日本語の分かる人達が、そうわたくしに通訳してくれる。

 ああザンギエフ! 同志! 同志ザンギエフ! 赤きサイクロン!!

 

「――――だいすきです! ざんぎえふ! だいすき!!」

 

 ギューっと抱きつく。もう泣きながら、ぎゅ~~っとしがみつく!

 

 

「ざんぎえふはさいきょうです!

 ――――ざんぎえふは、せかいいち強いんですわっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大勢の割れんばかりの歓声の中、わたくしとザンギエフが微笑み合う。

 

 胸に秘めたるは闘志、情熱、そして溢れんばかりの優しさ――――

 

 わたくしとザンギエフはいつまでもいつまでも、そうしていたのですわ。

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

【勝負は預ける。また戦おう、ザンギエフよ――――】

 

 

 そう言ってガイル少佐は去っていき、わたくし達は夕日に染まる空の下で、その後ろ姿を見送った。

 そして、その1週間後――――

 

 

「――――まけましたわ! またしゃがみ中キックですわ! この人でなし!!」

 

 

 お互い万全の状態での再戦で、ザンギエフはガイル少佐にボッコボコにされた。待ちガイル戦法で。

 

「しゃがみ中キックの前では、バニシングフラットも無力ですわ!

 ペシペシ足をけられてしまいますもの!」

 

 せっかく飛び道具を相殺する技としてバニシングを覚えたのに、足元に無敵判定のないバニシングは、ガイル少佐になかなか通用しなかった。

 まぁ何発かは当てたけど。負けは負けだ。

 

「そんなそにそに言ってて、はずかしくないんですの?!

 なんですの! ばかじゃないの! ばかじゃないの! ばかじゃないの!」

 

「いや……勝負が終わった後で、そう言われてもだな……」

 

 冷や汗を流しながら、とりあえず大人の対応を見せてくれるガイル少佐。

 ちなみに今わたくしの背後には、出会った時と同じくプスプスと煙を上げながら〈グッタリ!〉と地面に倒れ伏すザンギエフの姿がある。

 

 あぁ! また汚いざんぎえふに、逆もどりですわ!!

 

 

 

 

 ……………まぁそんな事があった後、結局ザンギエフはまた、わたくしのお家で暮らしている。

 また怪我が治り次第、ストリートファイトの為に世界各国を回る予定だけれど……それまではまたこうして一緒に過ごせる事となったのだ。

 

「ざんぎえふ! きょうはわたくしが、ぼるしちを作ってみましたわ!

 さおとめに教えてもらったんですの!」

 

 早く怪我が治って、またファイトが出来るように、今日もわたくしはザンギエフのお世話をする。

 ……いや、これは虐待。さらにザンギエフの鋼の肉体をパワーアッフさせる為の虐待なのですわ。ニンジンも沢山入っているし。

 

 

 この先も、ザンギエフがストリートファイターとして活動し続けていく限り、わたくしはずっと彼を一生懸命おうえんしていこう。力になってあげよう

 そしてザンギエフを、どんどん強くしていくのですわ! あのガイル少佐にも負けないくらい!

 

 

「ざんぎえふ! しょくじが終わったら上半身のきんとれですわ!

 足がなおるまでのあいだ、わんりょくをがんがんきたえましょう!」

 

 

 

 わたくしの虐待は、まだまだ続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

~Fin~

 

 






 やあみんな! ほのぼのしたかい?
 筋肉を見てると、心がほのぼのしてくるよなっ!

 ……そうか、"ほのぼの"って、筋肉の事なんだ!
 ほのぼのというのは、つまり筋肉の事だったんだ! やっと見つけたぞ(錯乱)


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。