hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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「Damn……. I would have never thought it ever would have been like this」
(ちくしょう……こんな風になるなんて、思ってもみなかった)

「―――Fuck you all niggaz wanna do!」
(お前ら、いったい何がしてぇんだよ!)


 そんなカレーパンマンの叫びと共に、いま新たな時代の幕が上がる――――








34、プロレスラーみたいな口調で喋り始めたカレーパンマン。

 

 

 いま夢の国では、カレーパンマンが人気だ。

 

「カレーパンマンってカッコいいよね! あたしファンになっちゃった!」

 

「ボクも! ボクもカレーパンマン大好き!」

 

 カバ男くん達の学校でも、今その話題で持ち切り。

 誰も彼もが興奮気味にカレーパンマンの活躍を語り、心からの笑顔で笑い合っているのだ。

 

「さいきん変わったよねカレーパンマン! 前と全然ちがうモン!」

 

「うん! なんかカッコよくなったよね!」

 

 元々パンパンマンやしょくぱんまんとのトリオで有名であり、みんなを守るヒーローとして慕われていた彼。

 その知名度や地域への貢献度は、言わずもがなである。

 

 ……しかしながらこの国にはアンパンマンという、ヒーローの象徴とも言うべき大きな存在がいる事もあり、どうしてもどこか“三番手“の印象が拭えない所があった。

 どれだけ奮闘し、戦いに貢献していても、いつもバイキンマンにフィニッシュを決めるのがアンパンマンの役目であった事。

 また他の二人に比べて「カレーを吐き出す」というその得意技が地味だった事も、もしかしたら関係していたのかもしれない。

 

 しかし現在のカレーパンマンの人気っぷりは、以前とは比較にならない程の物。

 今ではなんと、あのアンパンマンと人気を二分する程の大躍進を遂げているのだ!

 

「ボクね? カレーパンマンを見てると胸がドキドキするんだ!

 今まで見た事のないカッコ良さだよ!」

 

「そうだよね! あのちょっと乱暴な闘い方がカッコいいよね!」

 

「しゃべり方もカッコいい!」

 

 それもそのハズ。この度カレーパンマンは、“ヒールターン“を果たしたのだ。

 今までの正義のヒーローのイメージを一新し、突然まるでヤクザのような喋り方をするようになった。

 戦い方すらも、以前の彼とはまったく違う物となっている。

 

 今までは〈ピュ~ッ!〉と優雅に空を飛び、まさに正義の味方と言った感じのスタイルだった。

 アンパンマン達と力を合わせてバイキンマンと戦う姿は、とても勇敢でカッコいい物であったのだが……。

 

 しかし今のカレーパンマンは、バイキンマンを見つければ、まず“掴みかかる“。

 以前のように空中で戦うのではなく、まずバイキンマンが現れたら取っ組み合いに持ち込み、そこから泥くさい戦いを繰り広げる。

 

 アンパンマンのようにパンチ一発ですぐ勝負を決めるのではなく……カレーパンマンは小技、大技、決め技を駆使し、試合の流れを考えながら技を組み立てていく。

 そこにはカッコいい必殺技だけでなく、チョップのような小技、泥臭い関節技、通好みな締め技なんかも含まれる。

 

 ただただ圧倒するのではなく、敵(ばいきんまん)にも存分に見せ場も作る。その攻撃を全て受けきり、その上で最後に逆転して勝つというような戦い方をする。

 相手の力を存分に引き出した上で、それを上回る力を発揮して見事勝利する。まさに“風車の理論“と言うべき熱い戦いを見せてくれるのだ。

 

 それを観戦していた子供たちが、その姿に心を奪われるのは、もう至極当然の事。

 胸を熱くし、夢を与えられ、「ぼくもカレーパンマンみたいになりたい」と思う。それは正にヒーローのあるべき姿その物だ。

 まぁ正統派のアンパンマンなんかとは、随分と違うスタイルだけれど……。

 

 

 それに今のカレーパンマンは、戦い方がカッコいいだけではなく、その“喋り方“すらも全然違うのだ。

 以前のべらんめえ口調ではなく、今の彼は物凄く乱暴というか……まるで悪い人のようなヒーローらしからぬ言葉遣いをする。

 それがこの国の人々にとって「なんか新鮮!」と良い風に受け止められ、支持を集めている大きな要因でもあった。

 

 この夢の国の住人達は、なんというか非常に心の綺麗な優しい人達ばかりなので……、今のカレーパンマンのような口調で喋る者は皆無。

 というか、そんなの見た事も聞いた事も無かった。

 

 そんなピュアな人達にとって、現在の“ちょい悪“とも言うべきカレーパンマンの喋り方はとても「カッコいい!」物に映り、新しいヒーローの形として憧れの対象となっている。

 

 まるで何かの間違いでお嬢様学校に入学してしまったレディースの女の子が、その悪的なスタイルと生来の面倒見の良さから、意図せずお嬢さま達からカリスマ的な羨望を向けられてしまうような……。

 そんな現象がいま、夢の国で発生しているのだった――――

 

 

「ねぇ! いま森の方で、ばいきんまんが現れたんだって!

 また悪さしてるみたい!」

 

「ホント?! じゃあカレーパンマンが来てくれるかもしれない!

 みんなで観に行こうよ!」

 

「うん! いこういこう!」

 

 

 カバ男くんら子供たちは、もう目をキラッキラさせながら、いそいそと森へ向かって行った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「うえ~ん! やめてよぉ~! かえしてよぉ~!」

 

「あーっはっはっは! このキャンディは俺さまがいただいたぁー!

 はーひふーへほーぅ♪」

 

 ネコの姿をした男の子からお菓子を取り上げ、それを美味しそうに食べるばいきんまん。

 わんわんと泣いている男の子を余所に、わっはっはと高笑いを上げている。まさに極悪非道の所業だ。許すまじである。

 

「やめろー! ばいきんまーん!」

 

「……んんっ?! なにやつ!」

 

 すると空の彼方から、アンパンマンを始めとする三人のヒーロー達が、颯爽とこちらに飛んでくる姿があった。

 

 

「こらーばいきんまーん! やめるんだー!」

 

「いたずらはゆるしませーん! このしょくぱんまんが相手でーす!」

 

『――――テメェ■■■ぞごらエ゛ーッ!! リング上がれこの野郎おらエ゛ーッ!!』

 

 

 仲良く三人で飛んではいるが、なにやら一人だけ口調がおかしい者がいる。野太い声の者がいる。

 そう、彼こそはカレーパンマン――――このたび正義の味方からヒールターンを果たした、みんなのヒーローである。

 

「むむっ! 来たなぁ~アンパンマンどもー! やぁ~っつけてやるぅ~!」

 

『テメェやっちまうぞ■■オイッ!! ぶっ■されてぇかごらエ゛ーッ!!』

 

 みんな子供らしい愛らしい喋り方の中、ひとりだけプロレスラーみたいな喋り方のカレーパンマン。

 その声量も、他とは一線を画す。

 

「よぉ~し、出て来ぉ~い! ばいきんUF……ほげぇッ!!」

 

『――――しゃーなろオラおーぇッ!!』

 

 いつもの如くメカへ乗り込もうとするばいきんまん。……しかしカレーパンマンのヤクザキックが顔面に直撃し、それを阻止されてしまう。

 

『 歯ぁ食いしばれ■■※※オラッ!! 』

 

「ふにゅごっ!?!?」

 

 活舌が悪すぎて聞き取れない、そんなレスラー独特の喋り方。

 そしておもむろに胸倉を掴まれ、〈バチコーン!〉とビンタされるばいきんまん。情けない声も出る。

 

『アックスボンバーッ!!』

 

「ごっべぇっ?!?!」

 

 距離が空いた所を、走り込んでのラリアット。ばいきんまんの身体が綺麗に一回転する。

 

『やってやんぞオイッ!! 俺のド真ん中見せてやんぞ※※※ごらエ゛ーッ!!』

 

「えっ……? ちょ! まっ……!」

 

 いきなり頬を張られ、その上クルッと一回転させられてオロオロしているばいきんまんの後ろから、カレーパンマンが組み付く。

 いま「正にプロレス!」と言うべき王道の技、コブラツイストが完成した。

 

「ぎゃぁぁーー!! 痛い痛い痛い~~~~っ!!」

 

『ギブかごらッ!! ギブかごら■■オイッ!!

 何のために生まれて、何をして生きるんだおらエ゛ーッ!!』

 

 アンパンマンとしょくぱんまんが見守る中、ばいきんまんの背骨が〈ゴキゴキゴキ!〉という嫌な音を立てる。

 

『いっちまうぞ■■■オラッ!

 アスクヒムッ!! アクスヒムごらエ゛ーッ!!』

 

「うわー! ご……ごめっ……! ごめんなさぁ~~い!!」

 

 いつものようにアンパンチでぶっ飛ばし、うやむやにするのではなく……しっかり痛みで屈服させて「ごめんなさい」と言わせる。ちゃんと謝らせる――――

 そのやり方はともかくとして、一応は正しいヒーローの姿と言えた。

 

 やがてこの場に駆け付けてきたカバ男くん達の歓声を受けながら、カレーパンマンがリング中央(?)で右手を掲げ、堂々と勝ち名乗りを上げる。

 

 

『――――ベルト持ってこいオラッ!!

 アイアーム! カレーパンだごらエ゛ーッ!!』

 

 

 まるでグレー〇ムタの毒霧のように、ブーッとカレーを吹き出すパフォーマンス。野外特設会場(?)はいま大盛り上がりだ。

 

 ちなみに先ほどの“アスクヒム“とは、「ギブアップかどうか彼に訊いてくれ!」という意味の言葉である。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「……ふむ。少し良くないかもしれないね、今の現状は」

 

 大きなパン窯から美味しそうな匂いが漂ってくる中、ボソリとジャムおじさんが呟く。

 

「どうしたのジャムおじさん? なにかあった?」

 

「あぁ……ごめんよバタコ。すこしカレーパンマンの事を考えていてね」

 

 隣で一緒にパン作りの作業をしていたバタコさんが、不思議そうに訊ねる。ジャムおじさんは生地をこねていた手を止め、彼女の方に向かい直る。

 

「カレーパンマンがどうかした?

 今すごく調子が良いように見えるけど。子供たちにも大人気だし」

 

「うむ……そうだね。でもそれが問題なんだよバタコ」

 

「ん?」

 

 手ぬぐいで手を綺麗にしてから、テーブルにあるコーヒーをひとくち。なにやら言いあぐねているような、重い雰囲気をジャムおじさんから感じる。

 

「最近、よく親御さん達から苦情が来ててね?

 ウチの子がカレーパンマンのマネをして、良くない言葉を使うようになったって」

 

「まぁ!」

 

「それだけじゃない、あのカレーパンマンの戦い方も問題なんだ。

 アンパンマンのように華麗に戦うんじゃなく……、

 とても荒々しくて泥臭い戦い方だろう? すごく暴力的な」

 

「それを子供たちがマネするって?

 でもそんなの……カレーパンマンは一生懸命やってるのに……」

 

 アンパンチのようにピュ~っと空に飛ばすのではなく、もう泣いて謝るまでボコボコにするスタイル。確かに見る者によっては「野蛮だ」という感想を持つだろう。

 それを子供がマネし、怪我でもしたら困るというのも分からないでもないが……。

 

 しかしカレーパンマンは、みんなの為にその身を危険に晒し、必死に戦っているのだ。

 痛くても、怖くても、一歩も退かず。みんなを守る為に。

 それを私達が悪く言うなんて……感謝するのではなく、文句を付けるだなんて……。

 バタコさんの胸に今、やり切れない想いが溢れた。

 

「確かに彼の戦い方は、アンパンマンのように綺麗じゃないかもしれないわ。

 でも、それは……」

 

「うん……私も分かっているよ。

 カレーパンマンが今、すごく頑張っているって事は」

 

 ジャムおじさんは知っている。ヒールターンを果たす前の……以前の彼がどこか物憂げだった事を。

 いつも笑顔でいた。とても気の良い好漢だった。ヒーローの鏡のような子だった。……でも以前の彼は時折、何かに思い悩んでいるような節があったのだ。

 

 決して人には見せないけれど、誰にも言わなかったけれど、ジャムおじさんだけはいつも感じていた。

 カレーパンマンが今、人知れずその胸に、何かを抱えているという事を――――

 

 だがある日を境に、突然カレーパンマンの様子は一変した。

 以前のような屈託のない笑顔を見せる事が無くなり、突然どこか大人びた雰囲気を漂わせるようになったのだ。

 

 彼はとても礼儀正しい。今もジャムおじさんやバタコさんの事を心から敬っている。

 そして周りの人々に対しても凄く紳士的な対応をしている。握手を求められれば笑顔で応じ、サインを求められれば喜んで応じてくれる。

 そして誰かが困っている時は、そのマントでひとっとびに駆け付ける。その姿は正にヒーローその物だ。

 

 ……しかし、ある日ジャムおじさんが所用でカレーパンマンのもとを訪ねると、そこにはただひたすらにヒンズースクワットに励んでいる彼の姿があった。

 足元に水たまりが出来る程の汗。恐らくは5時間も6時間もぶっ通しでスクワットをしていたのだろう事が見て取れた。

 その異常なまでのトレーニング量と、鬼気迫る表情――――

 

 かつては人々から愛される、栄光のヒーローであったカレーパンマン。そんな彼を何がそう駆り立ててたのかは、分からない。

 だが彼に何かがあった事……そして何か思う所があるのは、明らかだった。

 

「けれどねバタコ? 私から見ても、今のカレーパンマンの姿は良くないと思う。

 親御さん達が子供を心配する気持ちも、分かる気がするんだ」

 

「……ん」

 

「それにね? 私はやはり、ヒーローとはアンパンマンのような者の事だと思うよ。

 困っている人を助け、お腹を空かせている人の下へと駆けつけ、

 みんなに笑顔を届ける。みんなの幸せを願う。

 ……今のカレーパンマンの姿は、それから外れているように思う。

 たとえどれだけ強くても、それだけはいけないのだよ」

 

 アンパンマンこそが、ヒーローの理想像――――

 これはこの国に住む者達の総意でもあるだろう。誰もがヒーローと言えばアンパンマンを思い浮かべ、彼の存在を求めるだろう。

 

 ジャムおじさん自身も、それに強く同意する。

 ヒーローとは、こうあらなければならないと――――アンパンマンのように。

 

「今度、一度カレーパンマンと話をしてみるよ。

 あのような姿じゃなく、もとの優しい君に戻っておくれと」

 

「……」

 

「もしくは……いちど彼に休養を取らせるのも良いかもしれないね。

 カレーパンマンはいつも休みなく働いているし、

 きっと真面目な彼は、何かを思い詰めてしまっているのかもしれない。

 だから一度、ゆっくり休んでもらうのも良いだろうね」

 

 それにあんな懲らしめ方では、ばいきんまんも可哀想だよ。

 いくら悪い事をしていると言っても、毎回あんな目に合っていたのでは、彼も委縮してしまうだろうしね。

 そう朗らかにジャムおじさんは笑う。

 

 

「彼がいない間は、またアンパンマンに頑張って貰えば良いさ。

 せっかくの機会だ。この一時的なブームと、親御さん達の心配が落ち着くまで、

 カレーパンマンにはゆっくり休んでもらおうじゃないか――――」

 

 

 

 

 アンパンマンとばいきんまんが戦い、その姿に子供たちが胸を打たれ、夢や希望を貰う。

 正義と悪、良い事と悪い事。そんな勧善懲悪という“道徳“を学ぶ。

 

 それこそがこの世界に必要とされている物であり、彼ら二人に求められている、大事な大事な役割。

 絶対に無くてはならない、彼らに課せられた使命なのだ。

 

 その点で言えば……今のカレーパンマンの存在は“異物“だ――――

 

 この間違った流行、そして間違った理想を正す為……ジャムおじさんは今、彼の退場を決める。

 

 

 

 いつまでもいつまでも、同じ所をクルクルと周る……。

 

 そんな揺り籠のように優しく、完結した世界の為に――――

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「うわー! 顔がぬれて力がでない~……」

 

「わーっはっはっは! どうだアンパンマーン! 俺さまの勝ちだぁー!」

 

 ばいきんまんの水鉄砲攻撃の前に、アンパンマンがヘナヘナと地に伏してしまう。

 傍で見守っていた守るべき子供たちが悲壮な表情を浮かべ、力の限り「アンパンマン! 負けないでー!」と応援する。

 そんな美しく……そして何度も繰り返されて来た、いつもの光景――――

 

「アンパンマーン! 新しい顔だー!」

 

 そこに颯爽と駆けつけたジャムおじさんが、アンパンマン号から身体を乗り出し、新しい顔を投げる。

 それは見事に彼の所に届き、濡れてしまった元の顔を跳ね飛ばした。

 

「げんき100倍! アンパンマン!」

 

「くっ……くっそぉ~! アンパンマンめぇ~~!」

 

 太陽のように〈ピカーン!〉と輝き、アンパンマンが復活する。

 その姿に子供たちが笑顔を取り戻し、そして元気に歓声を上げる、いつもの光景。

 

(ふむ……やはりこうで無くてはいけない。こうで無くては)

 

 人知れず、ジャムおじさんがウムウムと頷く。

 

 いまバタコさんはここにおらず、これに乗っているのはジャムおじさんただ一人。なにやら塞ぎこんでしまった彼女を置いて、仕方なしに一人で駆けつけてきたのだが……。

 だが今アンパンマンの雄姿、そして子供たちの微笑ましい姿を見て、ジャムおじさんは満足気な表情を浮かべる。

 自分は決して、間違っていなかったのだと。

 

 ヒーローとは、こうでなくてはいけない――――

 みんなに夢を与える為、子供たちに道徳を学ばせる為には、やはりこうあらねばならないのだ。

 これこそが、ヒーローのあるべき姿、その物なのだと。

 

「もうゆるさないぞー! ばいきんまーん!」

 

「うるさぁーい! こうなったら力づくだぁ~! やぁ~っつけてやるぅ~!」

 

 そしてまたいつものように、やけになったばいきんまんがバイキンメカに乗り込み、アンパンマンへと襲い掛かる。

 ひょいひょいと華麗に攻撃を躱すアンパンマン。それを見て目を輝かせる子供たち。

 

「う、うわー! バイキンメカがぁ~~!」

 

 アンパンマンの頭脳プレーにより、バイキンメカが地面に倒れて壊れてしまう。

 その隙を逃さず、アンパンマンがトドメの一撃を入れに行く。

 

「アーーン! パ…………ん?」

 

「ひぃぃ~~! …………ってあれ? なんだぁ?」

 

 

 ――――――その時、突然辺りに“音楽“が響く。

 

 

「……ん? 何これ、だれの歌?」

 

「どこから聞こえてくるの? ……なんか、とても悲しそうな声……」

 

 ウー……ウーウーー……♪ ……ウーー……ウーー……ウーー……♪

 ……文字にすれば、そんな物悲しい響きの美しい歌声が、辺りに木霊する。

 

 アンパンマンも、ばいきんまんも、子供たちも……そしてジャムおじさんすらも息を止め、ただただこの歌声に耳を傾けている。

 

 

『Damn……. I would have never thought it ever would have been like this』

(ちくしょう……こんな風になるなんて、思ってもみなかった)

 

 

 これは、セリフ……? 語り……?

 寂しげな音楽に乗り、男の人の嘆きのような声が、この場に響く。そして――――――

 

 

『――――Fuck you all niggaz wanna do!!』

(お前ら、いったい何がしてぇんだよ!)

 

 

 ――――デレレデレレ! デレレデレレ! デレレデレレ! デーーン♪

 そんな物凄い超絶技巧で奏でられる、ギターの音色! 突然爆発したようになり響く重厚なヘヴィメタルの音!!

 

 いまこの蝶野〇洋選手の入場曲『CRASH』に乗って……。

 ブルーゲートよりッ! カレーパンマン選手のぉぉーー! 入ぅぅ場ぉぉーーですッッ!!

 

『――――しゃーんなろオイ■■■ごらエ゛ーーッッ!!』

 

「 !?!? 」

 

「「 ?!?!?! 」」

 

 よく聞き取れないプロレスラーみたいな野太い声を上げながら、いつの間にか設置されていた青い花道の上を駆け抜けてくるカレーパンマン! 空も飛ばずに〈ドドドド!〉と走ってくる!

 アンパンマンとばいきんまんのいる、この場(リング)に向かって!

 

「馬鹿な?! カレーパンマンには休養を言い渡したハズ……!

 温泉旅行のチケットと交通費を渡したハズだ!」

 

 驚愕に目を見開くジャムおじさん。だが実際に彼はこの場にいる! カレーパンマンがリングに乱入する!

 

『だっしゃぁぁぁぁーーーおら※※※■■■ごらエ゛ーッ!!』

 

「おわぁーー!」

 

 ロープを潜り、リングインしたカレーパンマンがばいきんまんを吹き飛ばす。ダッシュの勢いそのままのエルポーを喰らわせ、ばいきんまんをリング上から落とす。

 

『いっちゃうぞバカ野郎ごらエ゛ーッ!!』

 

「うわー!」

 

「 !?!? 」

 

 そして何故かアンパンマンに対しても攻撃を仕掛けるカレーパンマン。いま顔面にヤクザキックを喰らい、アンパンマンは〈コテーン!〉とマットに転がってしまう。

 その光景に絶句するジャムおじさん&子供たち。

 

『んへへはぁ~……! んへへはぁ~……!』

 

「わー! いたいいたいいたい! わー!」

 

「何をやっているんだカレーパンマン! やめないか!!」

 

 即座にアンパンマンに組み付き、STF(ステップオーバーホールド・ウィズ・フェイスロック)を決めるカレーパンマン。

 アンパンマンの苦しそうな声を聞き、ジャムおじさんの非難の声を上げる。

 ちなみに「んへへはぁ~……!」というのは、カレーパンマンが発しているサブミッション時の息遣いである。

 

『アスクヒムッ!! アクスヒムごらエ゛ーッ!! んへへはぁ~……!』

 

「いたいいたいいたい! わー! わー!」

 

「止めろと言っているんだカレーパンマン! アクスヒムじゃない!!」

 

 どれだけ邪魔されようが、決してSTFを解こうとしないカレーパンマン。ただひたすらギューギューとアンパンマンを締め上げ、「彼に訊いてくれ! ギブアップかどうか彼に訊いてくれ!」と英語で叫んでいる。

 レフェリーとかは別に居ないのだけれど……。

 

「ぎぶぎぶ! えっと……ぎぶあっぷだよぉカレーパンマーン!

 はなしてぇ~!」

 

『しゃーごら■■■※※※この野郎おらエ゛ーッ!!』

 

 気を利かせたカバ男くんが、そこいらで見つけてきたフライパンをゴング代わりに〈カンカンカーン!〉と打ち鳴らす。

 

 ようやく技を解いたカレーパンマンがその右腕を天高く振り上げ、「ホーッ!」と勝ち鬨を上げる。

【時間無制限一本勝負 〇カレーパンマン VS アンパンマン●】である。

 

「ど……どういう事なんだカレーパンマン!? なぜ君は……?!」

 

『やかましゃあゴラおい■■■ボケェッッ!!

 ベルト持ってこいおらエ゛ーッ!!』

 

「ぬわぁーーっ!?!?」

 

 詰め寄って来たジャムおじさんにモンゴリアンチョップをかまし、ついでにヤクザキックを決めて場外に弾き飛ばす。

 そしてなにやらクイクイとジェスチャーで、こちらに何かを要求している様子のカレーパンマン。

 プロレスファンのカバ男くんが即座に〈ピコーン!〉と閃き、そこいらで見つけたスプーンを“マイクの代わり“として、そそくさと手渡した。

 

 

『お゛いッ! お゛いッ! お゛ぅいッ……!!

 アンパンマンのファンよぉ~っ……! アンパンマンが好きな者達よぉ~っ……!!

 ――――テメェら目ぇ覚ませオラ■■■※※※ごらエ゛ーッ!!』

 

 

 この場にいる全ての観客たちに向かい、カレーパンマンが言い放つ――――

 お前たち、それで良いのかと!! こんな物で本当に良いのかとッ!!

 

『なんだごらぁオイッ! いつもいつもいつもぉ!

 アンパンチ、ばいばいきーん。アンパンチ、ばいばいきーん。 ……その繰り返しッ!!

 ――――テメェら本当にそれで満足か■■■オラッッ!!

 面白れぇのか■■■ごらエ゛ーッ!!』』

 

 もう何を言ってるのかはよく聞き取れないが、彼が言いたい事は分かる。

 なぜならそう……それはこの場の誰もが、いつも心のどこかで思っていた事だから。

 

 平和に戦い、平和に勝つ。そんなお決まりの勧善懲悪。予定調和。その繰り返し!

 ――――そんなのは、もうウンザリだッ!! 俺はもう飽き飽きだッッ!!

 

 カレーパンマンは今、そう言っているのだ!

 ……この世界で初めて……! ただ一人! 大きな声で!!

 

『お゛いッ! お゛いッ! お゛ぅいッ……!!

 ジャムおじさんよぉ~っ……! 我らが父たる、ジャムのおじさんよぉ~っ……!』

 

「……ッ!?」

 

『俺はッ! 俺はッ! 俺はぁぁ~~ッ……!!

 ――――たった今、アンタん所を抜けるッ! 正規軍から脱退するッ!!

 好きにやらせてもらうぞこの野郎■■■オラお前※※※ごらエ゛ーッ!!』

 

「~~~ッッ?!?!?!」

 

 ボコーンと(ホントはチャリーンだが)マイクを床に投げつけ、カレーパンマンのマイクパフォーマンスが終了。

 今も驚愕に目をひん剥き、ただただ口をアングリと開ける事しか出来ないジャムおじさん。

 そんな彼を余所に、いま会場のボルテージは、一気に最高潮まで達する。

 

 

『――――テメェらは俺だけ見てりゃいいんだオラッッ!!!!

 アイアーム! カレーパンだごらエ゛ーッ!!』

 

 

 ――――デレレデレレ! デレレデレレ! デレレデレレ! デーーン♪

 いま再び会場に蝶野〇洋選手の入場曲『CRASH』が鳴り響き、ブーっと毒霧よろしくカレーを噴出したカレーパンマンが、大歓声の中で花道を引き揚げていく。

 

「カレーパンマぁぁーーン!! カレーパンマぁぁーーン!!」

 

「うわあああっ! カッコ良いよぉーカレーパンマーン!! カッコいいーー!」

 

「「「 カレーパンマン!! カレーパンマン!! カレーパンマン!! 」」」

 

 両腕の筋肉を誇示するイカしたポーズをしながら、カレーパンマンが颯爽と歩く。

 この場にいる全ての観客の声援を受けながら、大歓声を受けながらカレーパンマンが去って行く。

 

「な……なんという事だ……!

 カレーパンマン……君は……! 君はどうして……?!」

 

 

 いま観客たちが目にしたのは――――新しい時代。

 

 我らがアンパンマンが成す術もなく倒され、新しい王者が誕生した。

 すなわち! 今までの“正義“という概念が破壊され、勧善懲悪という“常識“が破壊された!

 

 ただただ揺り籠のように優しく、完全な予定調和の中で紡がれる、退屈な時代の終焉ッ! 旧体制の打倒!

 ――――新しき時代が今、産声を上げたのだッッ!!

 

「こんな事は、許されない……!

 こんな……こんな正義はあってはならないッ! あってはならんのだッ……!!」

 

 

 去って行くカレーパンマンの背中を睨みつけながら、ジャムおじさんはひとり呟く。

 

 取り戻さなければならない! 正義を!

 いま一度、正しき正義を! あるべき姿を皆に示さなければならない!

 アンパンマンによる、正義をッ!!

 

 いまジャムおじさんの胸に、えも知れぬ憎悪と憤怒の炎が、燃え盛っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして今日この日より、この国における勢力図は、劇的に変化する。

 

 アンパンマンたちの所属する、パン正規軍――――

 ばいきんまん率いる、チームバイキン――――

 そしてカレーパンマンが立ち上げた新軍団、N・B・O(ニュー・ブレッド・オーダー)――――

 

 

『やってやんぞおらエ゛ーッ!!

 リング上がれこの野郎※※■■ごらエ゛ーッ!!』

 

 

 

 いま平穏なだけの時は終わり、三つ巴の熱き戦いの時代が、やって来たのだ――――

 

 


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