〇月□日(水) 晴れ
花子よ。
早いもので、あたしがひらがなを覚えて以来こうして書き続けてきた日記帳も、これで250冊目を数える事になったわ。
なにやら磯野くんと出会ってから、急激に一日あたりの文章量が増加し、2日に一冊のペースでジャポニカ学習帳を消費するという事態に陥っているけれど、今回からは出来るだけコンパクトに文章をまとめていこうと思っているわ。
これじゃあ日記帳代で、月のおこづかいの大半が失われてしまうからね。気を付けていく事とするわ。
それもこれも、ぜんぶ磯野くんのせい――――
あたしの中にある、もう溢れんばかりの“磯野くん愛”が、こうして無駄に筆を進ませ、湯水の如くジャポニカ学習帳を使わせ、そして紙を大量消費する事による森林伐採や環境破壊に一役買ってしまっているのね。
あぁ、なんて罪深い磯野くんなのかしら……。そしてなんて罪深いあたし。
まさか人を好きになる事で、地球温暖化や家計の圧迫が引き起こされるだなんて、思いもしなかった。
流石は“愛”。伊達に人間の感情で最強と言われてるワケじゃないのね。
もう自分でも恐ろしいくらいよ。とっても強い感情なのね愛って。地球ごめんね。
話は変わるけど……今日磯野くんが「カオリちゃんてやっぱ可愛いよね!」とかふざけた事をぬかしてたから、カオリちゃんのうわばきの中にたくさん画びょうを入れておいたわ。
あたし何食わぬ顔で一緒に下校してたんだけど、気付かずにうばわきを履いたカオリちゃんが外国人みたいに「オーゥ!」とか言ってたのが、とても面白かった。
意外と野太い声も出せるのねカオリちゃん。またひとつ友達の事を知る事が出来たわ。
あ、一応なんだけど、それでもなんか腹の虫がおさまらなかったんで、ついでに磯野くんの上履きにも画びょうを入れておいたの。
磯野くん……「ぎぃやぁぁぁあああーー!」みたいなおっきい声を出してたわ。
ごめんね磯野くん。好きよ。
□月〇日(金) 曇り
花子よ。花沢家の長女よ。
今日も磯野くんと、学校でたくさんお話をしたわ。
あたし今日はじめて知ったんだけど……ホントに人間って
今日ためしにやってみたんだけど、磯野くん……まるで糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちて、あたしビックリしたわ。
力なく教室の床に横たわる磯野くん……そしてその傍らで、立ち尽くしているあたし……。
中島くんが「ギョッ!」とした目でこちらを見ていたから、ついでに中島くんの首筋にもチョップをお見舞いしておいたわ。
中島くん……ピクリとも動かなくなった……。
とりあえず次の授業は教室移動だったから、あたし床に横たわる二人を置いて行っちゃったんだけど、あの後ふたりはどうしたのかしら?
給食の時間に見かけた時は、磯野くんも中島くんも元気そうにしてたから、大した事は無かったんでしょうけど。
一歩まちがえば、あたし愛する人を、この手で殺してしまってたのね。
今後は気を付けていこうと思うわ。好きよ磯野くん。
〇月△日(月) 晴れ
花子よ。右の握力は90㎏よ。
今日は先日に引き続き、本当に人間は“思いっきり鳩尾を殴れば気絶するのか”を試してみようかとも思ったんだけど、磯野くんが可哀想だからやめたわ。
好奇心というのは大切な物だけど……もしそれで愛する人を失う事になれば、あたし絶対に後悔すると思うから……。
磯野くんには将来、あたしと結婚して花沢不動産を継いでもらわなくちゃいけないのよ。
あたしは自制心をフル動員して、握りしめていた拳を、そっとほどいたわ。
今日は磯野くんが、「タオルって坊主頭にひっつくんだよ!」という豆知識を教えてくれた。
磯野くんは自分の頭にタオルを乗っけて、そのままブンブンとベッドバンキングして見せたけど、そのタオルはずっと頭にひっついたまま、決して落ちる事はなかったの。
まるでマジックテープのように、短い毛がタオルの繊維に絡んでいるのね。坊主頭の人にこんな持ちネタがあったなんて、あたし知らなかったわ。
試しにあたし、そのタオルを後ろからグイッってひっぱってみたんだけど、決してタオルは剥がれる事は無かったの。
磯野くんはタオルに首をもっていかれ、思いっきり後ろにひっくり返ってたわ。
磯野くんの首から〈ゴッキィ!!〉って、すごい音が鳴ってた。
すごいのね磯野くんの頭。すてきよ。
しばらくの間、首をお大事にね。
□月△日(木) 雨のち晴れ
花子よ。腕相撲クラス最強の女と呼ばれているわ。
今日も磯野くんとたくさんお話をしたんだけど、磯野くんって猫派なのね。あたし知らなかったわ。
あたし的には犬も良いかな~と思うんだけど、磯野くんは頑として猫だと言って譲らなかった。
そしてウチのタマがどれだけ可愛いか、どれだけ大切なのかを力説していたわ。案外熱い所があるのね磯野くん。家族想いって素敵だわ。
あたしは磯野くんに「タマって雄? それとも雌?」と尋ねた。
そうジリジリと問い詰めてやったんだけど……なんか磯野くん、ドン引きしてたみたい。なんでなのかしら?
タマのタマはいいけれど、磯野くんのタマはどうなのよ。どんな風になってんのよ。アンタいっぺん見せてみなさいよ。出してみなさいよ。
そう問い詰めてやったら、やっぱり磯野くんドン引きしてた。恐怖で顔が引きつっていたわね。
どうせ将来夫婦になるんだから、見せてくれたって良いと思うの。減るモンじゃなし。
でもシャイな磯野くんも、とっても素敵よ。今度見せて頂戴ね。
△月〇日(火) 晴れのち曇り
花子よ。試しにスイカを素手で割ったら、粉々になったわ。
もったいない事をしたわね……。
突然だけど“クロロホルム”というヤツにとても興味があるわ。お父さんに頼めば、どこかで手に入れてきてくれないかしら?
ハンカチにしみ込ませて、それで口元をガバッとやれば、しばらく眠ってしまうんでしょう? その間やりたい放題じゃないの。
あたし磯野くんに、やりたい放題じゃないの。もういろんな事が出来てしまうじゃないの。これは凄い事だわ。
あぁ、なんて夢のような薬品なのかしら? 犯罪行為なのかもしれないけれど、あたしと磯野くんて夫婦になるんだし、親同士も公認なんだし、きっとノーカンよね?
今度風邪でもひいた時に、お医者さんに「クロロホルムく~ださい♪」ってお願いしてみよう。きっと貰えるハズだわ。
あたし女の子だし、世間的には“ロリータ”と呼ばれる存在よ。花の化身なのよ。
日本人はみんなロリコンなんだし、あたしが頼めば大概の事はして貰えるんじゃないかしら? 可愛いは正義だって言うしね。
あ、これは報告になるんだけど、前に日記で書いた“鳩尾を殴れば人間は気絶するのか?”ってヤツ。あれって意外と難しいみたいよ?
磯野くん、床に転がってのたうち回るばかりで、ぜんぜん気絶なんてしなかったもの。
あればむしろ、人間に地獄のような苦しみを与える為の方法なんじゃないかしら?
ごめんね磯野くん。許してね。
今度は腹パンじゃなく、クロロホルムで安らかにおねんねしようね。
〇月◇日(水) 雨のち曇り
花子よ。ドブって意外とあったかいのね。落ちたけど新発見だったわ。
今日は学校に行く前に、切らしちゃってた画びょうを買いに、コンビニに寄ったわ。
最近カオリちゃんのうわばきに欠かさず入れてるから、すぐに画びょうのストックが無くなってしまうの。困ったものだわ。
カオリちゃん、もったいないから少し返してくれないかしら? あたしのおこづかいも無限じゃないし、経費がかさんでいるのよ。
試しに今日カオリちゃんに「画びょう持ってない?」って訊いてみたら、ちょっと待ってね~って言った後、机から大量の画びょうを取り出していたわ。
カオリちゃん、花のような笑みで「はい♪ どうぞ♪」って画びょうをくれたけど、それアンタのうわばきに入ってたヤツよね? 元々あたしが入れたヤツよ?
というかカオリちゃん、画びょう捨てずに全部とってたの? もったいない精神?
おっきな箱の中にゴッソーっと入ってたけど……アンタ画びょう集めてどうするつもり? それで何するつもりなの?
物持ちが良いという、友達の意外な一面を知る事が出来たわ。親近感が湧くわね。
今日の磯野くんは「ちきしょう……ちきしょう! 姉さんめ……! 呪い殺してやる……!」とかなんとか、ひたすらブツブツ言ってたけど、いったい家で何があったのかしら?
元気出してね磯野くん。好きよ。
□月▽日(月) 雨
花子よ。パンツも花柄よ。
今日は雨だったけど、とてもいい事があったわ。磯野くんと相合い傘をして帰ったの。
今日は遅刻しそうになり、慌てて傘を持たずに来たという磯野くんは、あたしが声を掛けると元気にお礼を言って、一緒に傘に入って来た。
そして二人でお話をしながら、楽しく下校したわ。
雨なんかぜんぜん気にならないくらい、楽しくて幸せな時間だったの。
恋愛って素敵ね。あたしそう思ったわ。
外は雷が鳴ってたし、公園の木はへし折れてたし、近所の家の屋根は強風で飛ばされてたし、畑の様子を見に行ったオッサンが3人ばかり用水路に流されちゃったらしいけど……あたしは今日とっても幸せだったもの。
これも、あたしが恋をしているから。
磯野くんが隣にいてくれるから。
そう考えると、恋って凄いと思う。とても凄い力なんだわ。恋って素敵ね。
横殴りの雨にずぶ濡れになり、最終的に傘はめくれ返ってただの粗大ゴミになっちゃったけど、それすらもあたし達は楽しんだ。
磯野くんと一緒にゲラゲラ笑って、ナンボのもんじゃと言って、雨の中を帰ったわ。
「それじゃあね花沢さん。風邪ひかないようにね」
あたしを送ってくれた後、磯野くんはそう言って、家に帰っていった。
あのニコッと優しい笑顔が、今もあたしの胸に、あったかい火を灯し続けている。
あたしの鼻からは、今も止めどなくダーダー鼻水が出ているけれど……なにやら心と体はホットだから何の問題もない。
恋する乙女は、風邪なんかに負けたりしないのだ。
磯野くんは優しい。一緒にいて幸せな気持ちになる。
磯野くんの元気な姿を見ると、あたしまで元気になってくる。まるで太陽みたいな男の子。
さっきお父さんが部屋に来て「おい花子! なんかこの台風で、磯野家が倒壊したらしいぞ!」と教えてくれたけど、きっと磯野くんなら大丈夫だと思う。
また学校で、元気な姿を見せてくれるわ。
好きよ磯野くん。だいすきよ。
明日また、学校で会おうね。あたし風邪なんて一晩で治すから。またお話しようね。
そして大人になったら、あたしと結婚してね。
結婚は人生の墓場だとか言うけど、あたし地獄の底まで磯野くんに付いていくつもりだから、そんな事ないと思うよ?
七生を持って妻として仕え、ずっと貴方の傍にいるから、そのつもりでいてね。決して逃がしたりしないわ。
あたしだったら、双子くらいスポーンと産めると思うから、いっぱい子供も作ろうね。
それで家族になろう。あたし達の家族を作りましょう。
花と海。あたし達が結婚したら、花と海だわ。
なんか素敵な物が二つ揃って、とっても良い感じじゃない?
あ、“花ガツオ”って言葉を聞いた事あるけど……あれって何なのかしらね?
まさにあたし達の事なんだけど、また調べておく事にするわ。今度教えてあげるね。
それじゃあ磯野くん、おやすみなさい。
また明日、学校で。
PS
家が無くなったなら、いつでもあたしの家に来てね。
きっとお父さんも歓迎してくれるわ。