短い物にはなりますが、お愉しみ頂けたら幸い! どうぞ受け取って下さいませ♪
お題は【“〇〇職人の朝は早いコピペ”を使ったコメディ】
迷惑メール職人の朝は早い――――
「まぁ、好きで始めた仕事ですから」
まだ外が薄暗い内から、自室のマシンでテキストエディタを開き、文章を作成していく。
「流行も、時事ネタも、世界情勢も、日々変わっていく。
迷惑メール作りに適したネタは、常に変化していくんです」
何気なく週刊文春をめくり、最近は良い芸能ネタが無いと、軽く愚痴をこぼした。
老若男女に分かりやすく、しかもインパクトのあるキャッチ―なネタは、早々転がっている物では無い。
「この文章は駄目だね。
露骨にエロや金銭を前面に出しすぎて、すぐフィッシング詐欺だとバレてしまう」
彼にかかれば、ひと目見るだけで作品の出来不出来が分かってしまう。
嘘を見抜かれてもギリギリ言い訳が出来るライン、そして怒られてもしらばっくれる事が出来るギリギリを、即座に見極めていく。
これもケータイ電話という物が広く普及するようになって以来、彼が長年の経験で培ってきたセンスと、危機管理シミュレーション能力の成せる職人技。
技術立国日本、ここにあり。
「メールだし、分かりやすくてコンパクトなのはもちろんだけど、
やっぱ読んだ人が思わずクスッと笑っちゃうヤツが良いよね。
何はともあれ、まずはその人の興味を引かなきゃいけないワケだから」
彼はキーボードを叩き『信じられないかもしれませんが、私はチンパンジーです。はじめまして』という文章を打ち込んでいく。
他にもモニター画面には『天皇に即位しませんか?』という物や、『主人がオオアリクイに殺され、早1年になります』、『母がタイ人と再婚して、私の苗字がチョモラペットになりました』などなど……。
職人の独創的な感性が光る作品達がずらりと並ぶ。
そのどれもが、思わずクリックしてしまいそうになる、魅力的な文章。
「もちろん出来上がった物は、妻や娘の友人達に送り付けて、反応をチェックしてます。
これ出会い系サイトのメールで、娘ってまだ13なんだけど……友達たちは面白がって結構クリックしてくれてるね」
今日は納品日。
彼はノートパソコンを鞄に詰め、依頼主の事務所へと向かった。
作品作りの基本的な形は決まっているが、最近のユーザーの嗜好に合わせ、多種多様なものを作らなければいけないのが辛い所であり、また腕の見せ所だと職人は語る。
だがその比類なき完成度とは裏腹に、この仕事には独自の苦労も多いと言う。
「やっぱ娘が学校でイジメられたり、妻がママ友から無視されるのはツライよね……。
それに同業者がしょっぴかれるニュースを聞くと、明日は我が身だって足が震えてくるし。
まぁ愚痴っても仕方ないけど。自分で選んだ道だからね。後悔はしてないよ」
そして今、一番の問題は“後継者不足”であるという。
ケータイ電話が普及し始めた20年前には、それこそ数えきれないほど多くの迷惑メール職人がいたものだが……今では職人は彼一人になってしまった。
現在は消費者庁の対策も進み、ネット犯罪に対する法律も整備され、取り締まりが厳しくなった昨今。新たにこの仕事に着こうという若者の数は減少傾向にある。
なにより迷惑メールの良し悪しや、ギリギリのラインを判断出来るようになるまで5年はかかると、職人は語る。
そしてここ数年は、アダルトサイトや違法DLサイトなどでのポップアップ詐欺広告が主流。
それに翻訳アプリで適当に訳した事が丸わかりの、言葉の意味すら通っていないような質の悪い外国産迷惑メールにも押されているという。
「いや、僕は続けますよ。待ってる人がいますから――――」
「悪徳業者の方々が、わざわざ私を指名して文章の依頼をくれるんです。
お前のおかげでアクセス数が増えたぞって。また頼むって」
「それにね、私が書いた迷惑メールが、まとめサイトで取り上げられてたりもするんですよ。
笑った、元気が出た、才能の無駄遣いだって言って。ちょっと嬉しいですよね」
すでに最盛期を過ぎ、迷惑メール業界の灯火は弱い。
だが、まだ輝いている。
今も彼はパソコンと向き合い、『パキスタン人の彼氏が住職をクビになってしまって……』や、『お婆ちゃんの部屋に謎の生物がいるんですが、これ何だか分かりますか?』といった独創的な作品を生み出し続けている。
「日本語って美しいでしょう?
同じ意味の言葉でも、ちょっとした言い回しで、受け取り側の印象が全然違ってくる」
「感情を表現する事にかけては、他の追随を許さないくらいに、優秀な言語なんですよ。
機械がいくら進化したって、コレだけは真似できないです。やっぱ人間じゃなきゃ」
2010年、法の整備や消費者庁の対策が進んだ事により、摘発者の数が5倍にまで跳ねあがり、一時期は自身も引退する事を考えたという。
「やっぱ大抵の若い人は、すぐやめちゃうんですよ。
安易にAmazonとか銀行の名前を使って、すぐ対策されたり、しょっぴかれちゃうから。
そんな並な発想しか出来ないし、ワードセンスもないじゃね。
とても人の気は引けない。上手く騙せない――――」
「でもそれを乗り越える奴も、たまにいますよ? ほら、そこにいる斎藤もそうです。
こういう奴が、これからのフィッシング詐欺業界を引っ張っていくと思うんですね」
一番弟子であり、職人が手塩にかけて育てた彼。斎藤さん。
今も職人の隣でキーボードを叩き、「拙者、乳首びんびん丸でござる!!」という謎の文章を作成している。
最近では彼もフィッシング詐欺業界で注目され、海外マフィアから依頼が来る事もあるという。
額に流れる汗をぬぐいながら「本物に追いつき、追い越せですかね」と、そんな夢をてらいもなく語る彼の横顔は、まさに職人のそれだ。
「頻繁に引っ越しを繰り返したり、警察を欺いたりするには、しんどいし歳ですし……。
もう私、数えきれないくらい前科ついてますからね。……とても親に顔向け出来ない」
「でもまぁ、身体が続く限りは続けようと思ってますよ。
私にはこれしか無いし、なによりこの仕事が好きですから――――」
知らぬ間に机の上に置かれていた“離婚届”を寂しそうに見つめながら……今日も彼は日が昇るよりも早く、迷惑メールの作成に取り掛かる。
明日も、明後日も、その姿は決して変わる事はないだろう。
今この場には、遠くから聞こえるパトカーのサイレンの音。そして「開けろ! いるのは分かっているぞ!」と玄関をドンドコ叩く、大勢の警察官の声が聞こえている。
そう、迷惑メール職人の朝は早い――――
☆スペシャルサンクス☆
MREさま♪