hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

54 / 89
54 エヴァに乗せたいゲンドウと、絶対に乗らないシンジ。

 

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

 ネルフの格納庫。

 たった今ここに連れてこられ、ワケも分からぬまま汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンとの対面を果たしたシンジの眼前に、碇ゲンドウが姿を現した。

 

「よし、パイロットが到着した――――出撃」

 

 その声に、この場の誰もがうろたえの色を見せる。ここにシンジを連れてきた葛城ミサトですらも例外では無い。

 いま毅然とした態度を取っているのは、淡々と言葉を放つ碇ゲンドウただ一人。

 

「こ、このロボットに乗れっていうの……父さん?」

 

「そうだ、お前が乗るんだ、シンジ」

 

「こんな物に乗らせる為に……ぼくを呼んだの?」

 

「そうだ、他の人間には無理だからな。乗るんだシンジ」

 

 もう何年振りにもなる父との再会、未だ理解できない現状。

 シンジは混乱しつつも、このあまりの理不尽さに、思わず声を上げる。

 

「嫌だよ! こんなの乗れるワケないよ! 無理に決まってるじゃないか!」

 

 格納庫に響く、少年の悲痛な叫び。

 それも当然の事と、傍に立つミサトやリツコが悲し気な瞳を向け、彼に同情を示す。

 

 

「……のってよぅ」

 

 

 だが、この場でたった一人……。

 

 

「乗ってよぉ……ケチぃ……」

 

 

 突然エグエグしはじめる(・・・・・・・・・)者の姿があった。

 

「と、父さん?!」

 

「乗ってよぉ……いいじゃないかジンジ……。減るもんじゃなし……」

 

 シンジが目を見開く中、スッと冬月副司令がゲンドウの傍に立ち、ヨシヨシと頭を撫で始める。

 

「なんで乗らない……? なんで怒鳴るんだよぉ……。

 こんなにお願いしてるのに……ひどいよぉ……」

 

 冬月に優しく肩を抱かれ、エグエグとすすり泣くゲンドウ。

 シンジくんは立ち尽くし、ただただ見守るばかり。

 

「いけない! 碇司令が拗ねてしまったわ!」

 

「駄目じゃないのシンジくん! お父さんにそんな態度とっちゃ!」

 

「えっ」

 

 突然リツコ&ミサトに責められ、目を丸くするシンジくん。

 

「碇司令はね?

 今日は久しぶりに息子に会うんだ~って、すごく楽しみにしていたのよ?!」

 

「そうよシンジくん! いつもは碇司令『人と目を合わせるのが恥ずかしい』って言ってサングラスしてるのに、今日はしてないでしょ?!

 シンジくんと会うからって、ちゃんとしなきゃって、恥ずかしいのを我慢してるの!

 貴方お父さんの気持ちが分からないの?!」

 

「えっ」

 

 突然プリプリと怒り出すミサト達。

 お前は鬼か、どんな極悪人だと、シンジくんを責め立てる。

 

「人前に姿を現すのだってね? もうホント~に久しぶりの事なの!

 アタシだって碇司令を見たの、3か月ぶりなんだから!」

 

「今お父さんは『シンジくんの為に』って、すごく頑張ってるのよ?!

 ちゃんとお話を聞いてあげて!」

 

「?!」

 

 えっ、なんでそんなシャイな幼児みたく?

 シンジくんはそう訊ねたかったが、とてもそんな雰囲気ではない。

 今ゲンドウは声を殺してすすり泣き、冬月先生は必死にヨシヨシと宥め、リツコ&ミサトは真剣な目でこちらを説得にかかっているのだ。

 

「乗ってよぉ……エヴァ乗ってよぉ……。

 地球のピンチなんだよぉ……」

 

「ッ!?!?」

 

「ほらシンジくん! 碇司令、泣いちゃってるじゃない!

 ちゃんと話を聞いてあげて!」

 

「そうよシンジくん! アンタこの人の息子でしょう?! 聞いてあげなさいよ!」

 

 ……いや、シンジくん自身もちょっと内向的な所あるし、人付き合いが得意な方ではないのだが、それにしたってこのゲンドウの態度はどうなんだろう?

 これがぼくの親だというのか、ちっちゃい子供そのものじゃないかと、シンジくんは頭を悩ませる。

 なにやら母性全開なネルフ職員達の姿にも、強烈な違和感を覚える。

 

「あの……えっと、父さん?」

 

「っ!」

 

「あ……泣かないで? 大丈夫、ぼく怒ってないからね?

 あの、エヴァってさ? あのロボットについて、説明してもらって良いかな?

 なんでぼくが乗るのかなって」

 

 だがシンジくんは、とりあえずゲンドウとの対話を試みた。

 何やら必死そうなミサト達の顔を立てる意味でも、ちょっと頑張ってみる事とする。

 

「えっと……無理でしょ? ぼくこんなのやった事ないし。分かるよね?

 それに危険だよね? これ乗ったら、ぼく死んじゃうかもしれないし。

 普通……ヤダって言うよね?」

 

「っ!!」

 

「あぁ! また碇司令が泣き出してしまったわ! ――――シンジくんッ!!!!」

 

「駄目じゃないのシンジくん! もっとこう、優しい言葉とかあるでしょ?!

 アンタには人の心が無いの?!」

 

「えっ、あの」

 

 ぷいっと顔を背け、また冬月先生の胸に顔をうずめるゲンドウ。

 その途端またシンジくんは責め立てられる。もう意味が分からない。

 

「お父さんとは久しぶりなんでしょ?! ならこう……パパ会いたかったーとか!

 お父さん大好きー! チュッとか! 色々あるでしょうがっ!

 なんで優しい言葉をかけてあげないの!」

 

「嫌ですよ! なんでそんな事しなくちゃいけないんだ!

 だってぼく乗りたくないですもん!」

 

「なんでそんな事いうの! 碇司令こんなにも頑張ってるのにっ!

 今日はちゃんと早起きしたし、ヒゲも綺麗に剃ったし、ひとりで歯磨きもしたのよ!?

 朝ごはんだって残さず全部食べたんだから! ピーマンもあったのに!」

 

「知らないよそんなの!

 というか父さん、歯磨き誰かにやってもらってたの?! ピーマン嫌いなの?!」

 

「なによ! アンタ反抗期なの?!

 なにこんな時に自尊心とか芽生え始めてるのよ! 人類のピンチだっていうのに!

 空気読みなさいよ!」

 

「モンスターよ! 14才の子供はモンスターよ! 理解できないわ!

 お父さんの気持ちを考えなさいよ! エヴァに乗りなさいよ!」

 

「嫌だって言ってるじゃないか二人とも! 知らないってば!

 なにその反抗期って?! 誰だって嫌に決まってるよ!」

 

 リツコ&ミサトで必死に説得するも、シンジくんは断固拒否の方向だ。埒が明かない。

 えっ、ぼく何か間違った事いってる? これってぼくがおかしいの?!

 シンジくんはそう自問自答しちゃうも、今もお父さんのすすり泣く声が延々と聞こえていて、物凄く耳障りだ。考え事も出来やしない。

 

「あんた何考えてんの?! エバーに乗らなきゃ人類が滅ぶって言ってるでしょうが!

 天井を見てみなさいよ!」

 

「?」

 

 ミサトに促されるままに、シンジくんはふと頭上を見上げる。

 そこにはいつの間にか開いていた天井の穴から、そぉ~っとこちらを覗いている第三使徒サキエルの姿があった。

 

「うわあああぁぁぁ!

 そこにいるじゃないか使徒! いま目が合ったよぼく!!」

 

「だから言ったじゃないシンジくん! めっちゃこっち見てるでしょ!?

 ほら! サキエルさんも待ってくれてるの!

 あんたがエバーに乗るのを待ってくれてるんでしょうが! はやく乗りなさいよ!」

 

 サキエルは今もそぉ~っと覗き込み、「まだかな~」みたいな感じでこちらをじっと見ている。

 流石にテンパってしまうシンジくんだ。ミサトの『エバー』の発音をツッコむ余裕も無い。

 

「嫌だよ! ぼくあんなのと戦えないよ! ロボットなんて乗れないよ!」

 

「駄目です碇司令! やはり14才の子供はモンスターです!

 いう事をきいてくれませんッ!」

 

 切羽詰まったミサトが声を荒げる。

 未だエグエグしたままのゲンドウであったが、人類の危機と部下の悲痛な叫びを受けて、なんとか冬月の胸から顔を上げる。

「ありがとう冬月先生……もう大丈夫……」というか弱い声も聞こえる。

 

「し……シンジ?」

 

「なんだよ父さん! いくら言われてもぼく嫌だからね!?

 こんなの乗ったら、ぜったいに死んじゃうもの!」

 

「エヴァに乗ったら………………モテるぞ~(・・・・・)?」

 

 ――――その言葉に、格納庫の空気が一瞬で凍り付く。

 

「モテるぞ~? モテちゃうぞぉ~? モテモテだぞぉ~?」

 

「……」

 

 オドオドとしつつ、それでも頑張って語り掛けるゲンドウさん。

 キョロキョロと目を泳がせつつも、必死にシンジくんを説得にかかる。

 

「もうね、すっごいモテちゃう。ほんとモテモテになっちゃう。

 もう女の子がほっとかないと思う。エヴァに乗ったら」

 

「……」

 

 ダーダー冷や汗を流しながらワケの分からない事をいう父親を前に、絶句するシンジくん。

 だが、意外な所からゲンドウに援護射撃が入る。

 

「あ~……そうね、エヴァに乗ったらモテるわね」

 

「!?!?」

 

「私がエヴァを作ったんだけど、それは間違いないわよシンジくん?

 ――――エヴァに乗ったらモテる。これは科学的根拠に裏付けされた事実。

 大多数の人が『エヴァのパイロットはカッコいいと感じる』という世論調査の結果も出ているわ」

 

「!?!?」

 

 ものっすごい白々しい顔をして、赤木リツコ博士が「♪~」っと口笛を吹く。それに便乗してか、なにやらミサトも騒ぎ始めた。

 

「そうよシンジくん!

 そういえばアタシも、『エバーに乗ってる子ってカッコイイな~』って思ってた!

 モテちゃうわよシンジくん!」

 

「えっ?!」

 

「ほらシンジくん? ただでさえエバーに乗ってカッコいいのに、そのうえ使徒を倒して人類を救ったりしちゃうのよ?

 これはもう、天下無双のカッコ良さと言っても過言では無いわよ!!

 いよっ! シンジくんイケメン♪」

 

「えっ?! えっ?!」

 

「あーエヴァに乗る人カッコいいわー。憧れちゃうわー。

 私も14才だったら絶対に乗るのになー。残念だわー」

 

 別にシンジくんはモテたいなんて思った事ないし、どちらかと言えば気軽に語り合える友達とかの方が欲しかったりするのだが、この切羽詰まった状況下で突然出てきた「モテる」という言葉に頭が真っ白になってしまう。

 えっ……ぼくがエヴァに乗って、命を危険に晒す対価って“モテる”なの?

 

「うん、モテるよシンジ……?

 ほら今かわいい子を連れてきてあげるから、ちょっと待っててね?

 きっとシンジのこと、カッコいいって言うから」

 

 ゲンドウの指示のもと、なにやら向こうの方からガラガラと音を立てて、担架に乗せられた少女がこの場に運ばれてくる。

 

「……モテるわ碇くん。……エヴァに乗るの楽しいわ」

 

「――――嘘だ! 君ボッコボコじゃないか!! 血まみれじゃないか!!」

 

 今この場に現れた少女の名は、綾波レイさん。

 腕とか頭とかが包帯グルグル巻きの姿で、とても苦しそうに吐息を漏らしながらも「エヴァに乗るのカッコいい」とのたまっている。

 きっと彼女はエヴァに乗って怪我をしたんだろう、それがアリアリと分かる姿だった。

 

「やっぱりエヴァに乗ったらこうなるんじゃないか! 酷いよみんな!!」

 

「しまった! よく考えたら今、レイは傷だらけだった!」

 

「まさかプラグスーツでパイロットと気付かれるだなんて! 迂闊ッ!!」

 

「そんな事より早く治療してあげてよ! この子死んじゃうってば!!」

 

 もしかして、ネルフにはバカしかいないんじゃないだろうか? シンジくんはそう疑い始める。

 確か人類の平和を守る機関だと聞いていたハズなんだが、こんな事で大丈夫なんだろうか?

 

 そしてレイがガラガラと押され、また治療室へと運ばれていく。

 なんで私は呼ばれたんだろう? そうキョトンとする彼女の顔が、とても印象的だった。

 

「シンジ……? 今のはな、ちょっとした手違いなのだ。

 ほんと、ほんとにモテるから。

 お願いだからエヴァに乗って?」

 

「嫌だよ父さん!

 なんでさっきから『モテる』で釣ろうとするの?!

 ぼくそんなので命を賭けられないよ! 命はひとつなんだよ!」

 

「大丈夫、シンジだったら大丈夫。ぜったい。

 ほら、初号機もそう思うだろう? なっ、初号機?」

 

 ゲンドウがツカツカと歩いて来て、エヴァ初号機に話しかけ始める。

 シンジくんはそれをぼけっと見守る。

 

「ほら、ユイも言ってやっておくれ。

 エヴァに乗ったらモテるよな? そう思うよな?」

 

『モテルワ』

 

「――――エヴァがしゃべった!?!?」

 

 ひっくり返るシンジくん。ビックリしすぎて綺麗にでんぐり返りしてしまう。

 

「ありえない!! 起動確率は0.0000……とかなのに!!」

 

「いや、それよりエバーって喋れたの? なんで言わなかったのリツコ?」

 

「ユイ、言ってやってくれ。

 エヴァに乗るの超カッコいいって。大丈夫だから乗れって」

 

『ノリナサイ、モテルワ』

 

「やだよ! 怖いよコレ!!

 というか、喋れるんなら自分で戦ってきなよ!

 ぼく別に乗らなくていいじゃないか!」

 

 もう三人+一体がかりで責められるシンジくん。

 エヴァに乗れ、エヴァに乗れ、モテるからと、ひたすら連呼されている。

 もう頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「ほら! サキエルさんも『まだかな~?』って天井をゴンゴンし始めたわ!

 待たせたら悪いじゃないの! 乗りなさいシンジくん!」

 

「やだよ! 嫌だったら!

 それならリツコさんが乗ればいいじゃないか! エヴァ作ったんでしょ!?」

 

 まるでノックをするかの如く、サキエルが天井をゴンゴン叩き、プレッシャーをかけ始める。

 もう大人たちは全員汗だくだ。

 

「くっ! 14才しか乗れないと言っているのにっ……このボケッ……!!

 ――――良いわ! なら私が乗ります! よろしいですね碇司令?」

 

 その時、突然リツコが「はいっ!」と挙手をしながら宣言する。

 

「何を言っている赤木博士! 君ではエヴァに乗れないだろう!」

 

「でも仕方ないじゃないですか! シンジくん乗らないと言っているのだから!

 私が乗るしかありません!」

 

 元気に挙手をしつつ「よーしやったるぞー!」とばかりにズンズンとエヴァの方に歩き出すリツコ。

 

「なに言ってるのよリツコ!

 それじゃアタシが乗るわよ! アタシにまかせなさい!」

 

 その肩を掴み、ミサトも「はいはい!」と挙手する。

 二人は取っ組み合いを始め、自分が乗ると喧嘩をし出す。

 

「駄目だ! 君達は作戦指揮を執る大切な役目があるだろう!

 なら私が乗る!」

 

「いや私が乗ろう! ネルフの総司令として!」

 

 その時、冬月先生とゲンドウも「はいはい!」と参戦。4人でワーワー取っ組み合いを始めた。

 

「いや私が乗るわよ!」

 

「私よ! 私が乗るわ!」

 

「いや私が!」

 

「私が私が!」

 

 いま4人が一瞬手を止めて「チラッ」とシンジの方を見た。

 そしてすぐにまたポカポカと喧嘩を再開する。

 

「私が乗るわ! わたしわたし!」

 

『ワタシワタシ』

 

「私がモテモテになるのよ! わたしがわたしが! ……チラッ?」

 

「いや……乗りませんよ?

 そんな事しても、ぼく乗りませんからね?」

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

 驚愕の表情を見せる4人。

 この子は“お約束”という物を知らないのか!? TVを観た事が無いのか?! 14才は本当にモンスターなのか?! そう目を見開いている。

 

「なんで?! なんで効かないのシンジくん?!」

 

「絶対イケると思ったのに!!

 MAGIの計算でも100%と出ていたのにっ! なんで空気読まないの?!」

 

「いや乗りませんからね? そんな目で見ないでくれます? バカじゃないんですか?

 ……それとね、いま君もさりげなく『ワタシワタシ』って言ってたけどさ?

 君までやったらおかしな事になっちゃうんだよ。

 君はエヴァなんだんだから、乗ってもらう方でしょ?」

 

 ミサト達をそっちのけで、シンジくんはエヴァに説教を始める。

 乗って欲しいのか、仲間に入りたかったのかは知らないけど、君は喋っちゃ駄目なんでしょと。

 なにやらエヴァの肩が、心なしか〈ズゥゥン……〉と下がったような気がする。凹んでいるのだろうか?

 

「それとサキエルさんもね? さりげなく手を挙げるのやめてもらえます?

 退屈なのは分かるけど、君まで仲間に入ったら、もう収拾が付かなくなるからね?

 ごめんだけど、もうちょっとだけ待っててね?」

 

 サキエルさんも「ハーイ!」と手をあげて、再びこちらをじぃ~っと見る作業に戻る。

 意外と素直に言う事を聞いてくれる所を見ると、けっこう良い子なんじゃないだろうか使徒って。

 

「し……シンジ? お願いだからエヴァに乗ってくれないか?

 あとでアイス買ってやるから……」

 

「いらないよアイスなんて。

 そんなので釣ろうとしないでよ。ぼくもう14才なんだよ?」

 

「あ、なら私……これ頑張って集めてたヤツなんだけどね?

 全部シンジくんにあげるから……」

 

「いらないですミサトさん。

 というか、パンに付いてる点数のシール集めてたんですか?

 お皿ほしかったんですか?」

 

「え……エヴァに乗ってくれたら、私のネコを撫でさせてあげる。

 とっても可愛い子なのよシンジくん。だから……」

 

「結構ですリツコさん。そりゃ可愛いでしょうけどね?

 ネコと遊びたい時は、ぼくネコカフェとかに行きますから。大丈夫です」

 

「じゃ……じゃあ私が手品を見せてやろう。

 これは100円玉がコップをすり抜けるというマジックなんだがね?

 頑張って成功させるから、どうかエヴァに……」

 

「すごいですね冬月先生。ぼく尊敬しちゃいます。

 でもエヴァには乗りません」

 

「わたし、これいらないからあげる。

 たべて碇くん」

 

「いや、綾波さんは早く治療室に行こうね?

 カップ麺に入ってたチャーシューは、ぼくいらないからね?」

 

 綾波さんの担架をガラガラと押し、治療室まで運んでやるシンジくん。

 そして改めて格納庫へとやってきて、もうキッパリと大人達に宣言をする。

 

「――――乗りません! ぼくエヴァには乗りません! 諦めて下さい!」

 

 するとどうだ、この格納庫の空気が一気に「どよ~ん……」とし始めたではないか。

 いままで頑張って説得にあたっていた大人たちの表情が、一気に暗い物になってしまったではないか。しょぼーんみたいな感じに!

 

「――――そんな顔したってダメですっ!

 子供を無理やり戦わせようなんて、なに考えてるんですか皆さん!

 ちゃんとしたロボット作り直して、それで戦って下さい!

 父さんもミサトさん達も、ちゃんと反省して下さい!」

 

 なにやらそこはかとなく真っ当な事を言われ、ゲンドウ達はさらに「どよ~ん」とした顔になる。

 対してシンジくんはプリプリと、もう腰に手を当ててお説教している。

 

「ダメでしょ! 子供をロボットに乗せたら! 危ないでしょ!?

 父さんも大人なんだから、それくらい分かるでしょ!?」

 

「……っ!」

 

「ミサトさんも! リツコさんも! 冬月先生もそうだよ!

 ちゃんと言わなきゃダメでしょ!? いくら父さんが大事でも、間違ってる事は間違ってるって、ちゃんと教えてあげなきゃダメでしょ!?

 過保護なばかりじゃ、いけないでしょ!?」

 

「「「……っ!」」」

 

「ほらっ! 謝って! ちゃんとサキエルさんにあやまって!

 今日は来てくれてありがとうございます、でも戦えませんごめんなさいって言いなよ!

 またちゃんとしたロボットを作ったら、こちらからご連絡を差し上げますって!

 ほら! 早く言う! サキエルさん待ってるでしょ!?」

 

 もうグゥの音も出ない。シンジくんの正論の前に、この場の誰一人として声を出せずにいる。

 そして、やがてこの場に、ゲンドウのエグエグというすすり泣きの声が響いた。

 

「……乗ってよぉ……乗ってよぉシンジぃ……」

 

 もうこのダメ親父をどうしてやろうか。

 そうシンジくんは説教をしようと一歩踏み出したのだが……しかしよく耳を澄ましてみると、この場に響いている泣き声がひとりの物じゃない(・・・・・・・・・)事に気が付いた。

 

「……なんで乗らないのぉシンジくん……」

 

「……エヴァ乗ろうよぅ……乗ってよぉ……」

 

「……乗っておくれよぅ……」

 

「!?!?」

 

 振り向けば、そこには涙や鼻水をダーダー垂れ流しながらエグエグしている、大人たち三人の姿。

 ゲンドウだけではない、ミサトもリツコも、冬月さえもガン泣きしているのだ。

 

「わたし頑張って作ったよぉ……。

 いっしょうけんめいエヴァ作ったよぉ……カッコいいよぉ……」

 

「シンジくん戦ってくれないと……アタシお給料もらえないよぉ……。

 もうビール飲めないよぉ……」

 

「新しい将棋駒ほしいよぉ……居酒屋いきたいよぉ……エヴァ乗ってよぉ……」

 

「ちょっと! ちょっとやめてよみんな!」

 

 空を見上げながらワーワーと泣き出す大人たち。エヴァ乗ってよぉと、そう悲しそうに呟く。

 キチンと理屈で諭すんじゃなく、メリットや報酬を示すのではなく、ただただシンジくんに「乗ってよぉ」とお願いする事だけが、彼らに出来る最後の手段となっていた。

 

 シンジくんが必死に語り掛けるも、大人たちは「えーんえーん」と泣くばかり。シンジくんの胸に凄まじい罪悪感がこみ上げてくる。

 まるで、子供を泣かせてしまったかのような。何なんだコレは。

 

「――――!?!?」

 

 その時! 突然エヴァ初号機がひとりでに動き出し、シンジくんの身体をガバッと掴み上げる!

 

「わーっ!」

 

 そのまま「ぱくっ!」とシンジくんを呑み込み、ゴギュッと喉を鳴らした。

 

「あっ! エヴァがシンジくんを食べちゃったわ!」

 

「……いや、これ“乗った”んじゃないかしら?!

 エヴァがシンジくんを、無理やり乗せたって事じゃない?!」

 

 この場に「YEAHHHH!!」という歓声が上がる。

 そして大喜びしながら戦闘配置に就くネルフ職員達。これで戦える! やっふー♪

 

「マヤちゃん! 日向くん! 青葉くん! お待たせっ!

 それじゃあ今から、第一種戦闘配置よッ!

 目標、現在ジオフロントの真上にいる第三使……」

 

『――――乗らないって言ってるだろぉぉぉおおおおお!!!!』

 

 その時! シンジくんが初号機の口からピョーンと飛び出し、そのまま「わーっ!」と逃げ出していった。

 

「あぁ! シンジくんが逃げちゃったわ! 捕まえて初号機ッ!」

 

(ズゴゴゴゴ……!!)

 

 再びエヴァがひとりでに動き出し、シンジくんを捕まえようと手を伸ばす。だがそれをヒョイヒョイ避けて「わーっ!」と逃げるシンジくん。

 

「うわっ! シンジくんすばしっこい! 意外と走るのはやッ!?」

 

「乗らないって言ってるじゃないかぁ!!

 なんで乗せようとするのさぁぁぁああああーーー!!」

 

 まるで虫でも叩くみたいに、エヴァが〈ビターン! ビターン!〉と掌を振り下ろす。

 シンジくんが避けてるから良いものの、もし当たったらどうするつもりなのだろうか。

 

「くっそぉ乗ってたまるかぁ!!

 ぼくは絶対エヴァに乗らないぞぉーー!! ちっきしょおぉぉ~~!!」

 

「……あぁシンジくん!? 外に出ちゃ駄目よシンジくんっ!?」

 

 もう「うわー!」っと走る内、シンジくんはエヴァ格納庫を抜け、第三使徒サキエルがいる外へと飛び出してしまう。

 いまシンジくんの目の前に、こちらを「ん~?」という感じで覗き込む、もうドアップになったサキエルの顔があった。

 

 

「――――もう帰ってよ! 今日は戦えないから! もう帰ってよ!!」

 

 

 突然スピーカーから響く、シンジくんの叫び。

 

「――――エヴァとか乗らないよ!! 帰ってよっ!!

 後日ご連絡を差し上げるから、また改めて来てよッ!!」

 

 訴えかけるように手を広げ、シンジくんが大きな声で告げる。

 その声を聞いたサキエルが、一瞬どこか「あーホンマっすかー」みたいな顔をしたように見えた。

 

「……あっ、使徒が帰っていくわよ!?」

 

「きいたんだわ! シンジくんのお願いを聞いてくれたんだわ!」

 

「凄いわシンジくん! 使途を撃退したわ!」

 

 サキエルが背を向けて、ノシノシと第三新東京市を去っていく。

 その後ろ姿を、シンジくんはプンプンしながら見守る。

 

「まさかエヴァに乗らずに使徒を撃退してしまうなんて。

 なんという子なの……! サードチルドレン……!!」

 

「正に運命の子供……我々の計画の鍵となる存在……。

 お前の息子は凄いな、碇」

 

「うん、ありがとう冬月先生。

 あれ私の自慢の息子なのだ……!」

 

 今も雄々しくその場に立っているシンジくんを見つめながら、大人たちが感心したように声を上げている。

 すげぇ! シンジくんとんでもねぇ! まさに人類の救世主!

 なにやら格納庫にいるエヴァ初号機さんも、満足気に「うんうん」と頷いているように見えた。

 

 

「乗らないよ!! なんと言われようが、ぜったい乗らないからねっ!

 ――――ぼくはエヴァンゲリオン初号機パイロットじゃない、碇シンジです!!」

 

 

 夕日が第三新東京市を照らす。

 使徒を撃退し、平和を取り戻した街が、いま眩くキラキラと輝いている。

 

 そんな美しい光景の中で、今シンジくんが「わーっ!」と駈け出していく。

 エヴァに乗せられないよう、行けるトコまで走ってみるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ。後日談~

 

 

 

 

「おい、大丈夫かセンセ? えらい景気悪いやないか」

 

 朝の教室。

 机で「ぐってぇ~」と伸びているシンジくんに向かい、トウジが声を掛けた。

 

「あぁ、碇ちょっと疲れてるんだよ。

 最近ネルフで色々あるらしくてさ?」

 

「ほぉ~、そら難儀やなぁ。

 やっぱエヴァのパイロットって、大変なんやなぁ」

 

「……」

 

 ちょうどやってきたケンスケも会話に加わり、二人で同情する。

 シンジくんは転校してきて間もないが、いつも彼が頑張っている事は知っているので、心から労いの声を掛ける。

 まぁシンジくんは、それに応える余裕もないが。

 

「離れ離れだった父親にいきなり呼び出されて、

 そこからずっと『エヴァに乗れエヴァに乗れ』だろ?

 碇じゃなくてもノイローゼになっちゃうよ」

 

「嫌やゆうてんのに、無理やり乗せられるっちゅーワケか。

 世界の平和は大事やけど、もっとやりよう無いんかいな」

 

「なんか、家に帰っても自室はエヴァグッズで一杯らしいよ?

 エヴァTシャツに、エヴァスリッパ、エヴァ壁紙、エヴァカーテン。

 いま碇が穿いてるのも、エヴァ柄のパンツなんだろ?」

 

「あ、もう洗脳しにかかっとんのやな。

 エヴァ好きになるように、エヴァに乗りたくなるようにか。……えげつな」

 

「……」

 

 いまシンジくんはミサトさんの家にお世話になっているのだが、もう自室に限らず家じゅうがエヴァだらけだ。

 食事の時もお茶碗がエヴァ柄なので、心休まる時が無い。最近シンジくんは夢の中でもエヴァに追いかけられている。

 

 ちなみにトウジの妹さんは、前回の使徒襲来の時も怪我をせず、今も元気にやっている。

 シンジくんはエヴァに乗らなかったし、サキエルも大して暴れなかったのが功を奏したのだ。

 ケンスケはもちろんの事、トウジとも喧嘩する事無く、転校初日から友達になれた。シンジくんは知る由も無い事だが、意地になってエヴァに乗らずにホント良かったと思う。

 

「この前なんて、ネルフの廊下を歩いてたら、いきなり後ろからガバッとやられたらしいよ? 薬で眠らされたんだよ。

 気が付いたら、訓練用のコックピットの中にいたんだって」

 

「そこまですんのかネルフは!

 ……もうアレちゃうか? 大人しく乗っとった方がええんとちゃうか?

 何されるか分からんぞセンセ……」

 

「乗りたくないって言う度に、お父さんがすごく悲しそうな顔をするらしい。

 それが地味にキツイんだってさ」

 

「そら精神的にくるわなぁ。

 つか親父さんって、ネルフの偉いさんなんやろ? なんでそんな子供みたいな……」

 

「話を聞く限り、もう対話の余地は無いっぽいぜ?

 下手に強く言うと、もうえんえん泣かれちゃうらしいし。

 親が泣いてるのを見るのは、そりゃキッツイよ」

 

「……」

 

 トウジとケンスケに慰められながらも、やがてなんとかその日の授業を終えたシンジくんは、その足でネルフへと向かう。

 実はシンジくんは部屋の鍵を持たせてもらっていないので、家に帰れないのだ。学校が終わればこうしてネルフへ来て、ミサトと一緒に帰るしか選択肢が無いのだった。

 

 何故か図書館とかゲーセンとかに行っても、すぐに「帰って下さい」って追い出されてしまうし。きっとネルフの手が回されているのだと思う。

 エヴァには絶対に乗らないが、嫌でもここに来なくちゃならないという、そんな状況に追い込まれていた。大人達の手によって。

 

「うん?」

 

 そんな不条理に頭を悩ませながら歩いていると、シンジくんはふと、廊下に何かが落ちている事に気付く。

 

「なんだろコレ? キャンディかな? どうしてこんな所に……」

 

 そしてよく見ると、落ちているのはコレひとつでは無く、一定の間隔でポツポツとキャンディがある事が分かる。

 まるで何かの道しるべのように。「これを拾いながら歩いておいで」とでも言うかのように。

 

「……」

 

 なにやら嫌な予感がしたシンジくん。拾う事なく、ただ道しるべとしてキャンディをたどって歩いていく。

 やがてシンジくんの目の前にエヴァの格納庫の扉が見えてきた。キャンディはエヴァの搭乗口まで続いているようだ。

 よく見れば、ご丁寧に「ゴール!」と書かれた看板まで設置してある。

 

「……えっと、見てるんでしょ父さん?

 カメラか何かで、いま見てるよね……?」

 

 どこと言うでもなく、ただ前を見ながら呟くシンジくん。

 天井にあるスピーカーから、誰かが「っ!」と息を呑む音が聞こえた。

 

 

「――――乗らないって言ってるでしょ!?

 ぼくは蟻か!! バカにしないでよッ!!」

 

 

 大声を出した途端、スイッチを切るブツッという音がした。

 きっと「やばっ! バレた!」とばかりに、急いでその場から逃げ出したのだと思う。

 

「もっとこう……あるでしょ!?

 乗らせるにしても、もっと方法あるでしょ?! なんでいつもこうなの?!」

 

 

 ちなみに今回はキャンディだったが、昨日はビックリマンシール、その前はこち亀が一冊づつ置いてあったのだ。

 

 シンジくんが「野郎ぶん殴ってやる」とばかりに、その場を駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

――おしまい――

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。