hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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 【童話 パンを踏んだ娘】×【それいけ! アンパンマン】のクロスオーバー作品。





65 アンパンを踏んだ娘

 

 

 あるところに、……と言ってもアンパンマンやジャムおじさんの住む“夢の国”なのですが、とにかく一人の女の子がおりました。

 

「ちょっとぉ~、ばいきんまぁーん!?

 早くオヤツもってきなさいよぉー! このおバカぁ―!」

 

「ひぃ~っ! 少々お待ちをぉ~! ドキンちゃん~っ!」

 

 このドキンちゃんは、とても愛らしい娘ではあるのですが、でもワガママで困ったところのある子でした。

 今日もばいきんまんをこき使い、自分はひとりソファーの上でぐーたらしています。

 

「あぁ、ごめんよぉドキンちゃん……。

 戸棚を見てみたら、今おかしを切らしちゃってるみたいなんだ……」

 

「なぁ~んですってぇ~! この役立たずぅ!

 無いんだったら、さっさとどっかから盗って来なさいよぉ~!」

 

「えっ……盗って来るって!?

 そんな事したら、俺様またアンパンマンに、やっつけられちゃ……」

 

「うーるさーいのぉー!!

 ドキンちゃんはねぇ~!? 今すぐ甘ぁ~いお菓子が食べたいのぉ~!」

 

 ドキンちゃんは、そばにあったリモコンやティッシュ箱を、沢山ばいきんまんに投げつけます。それによってばいきんまんは、頭を抱えて「ひぃ~っ!」と蹲ってしまいました。

 

「なによ! ドキンちゃんの言うことが聞けないなら、こうよ! こうよ! こうよ!」

 

「うわぁ~! やめてやめてぇ~! 痛いよぉ~!」

 

 ポコポコと物を投げつけられたばいきんまんは、急いでバイキンUFOに乗って、外へと飛び出していきます。ドキンちゃんの為にオヤツを盗ってこなければならないのです。

 

「ふーんだ! ばいきんまんのグズッ!

 ドキンちゃんを腹ペコにさせるなんて、まったく役立たずなんだからぁー!」

 

 いつもばいきんまんは、ドキンちゃんのご飯を用意したり、部屋を掃除してあげたり、遊び相手になってあげたりと頑張っているのですが、彼女はそれを感謝するどころか、いつも罵声を浴びせています。

 頑張っているばいきんまんを労うどころか、いつもワガママ放題なのです。

 

「やめるんだ! ばいきんまーん! ――――アーンパンチ☆」

 

「うわ~! ばいばいきぃ~~ん!!」

 

 そして今日もアンパンマンにやっつけられ、ばいきんまんが空を飛んでバイキン城に帰還して来ました。

 悪事を懲らしめられ、お菓子をひとつも持ってこられなかったばいきんまんを、またドキンちゃんがポカポカと叩き、激しく責め立てるのでした。

 

 

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「まったく! ばいきんまんったら! すーぐやられちゃうんだから!」

 

 怪我をしたばいきんまんを家から追い立て、その足でお菓子を買いに行かせたドキンちゃんは、ひとりソファーの上で寝転び、グチグチと文句を言います。

 

「こんなバイキン城なんかにいたって、なーんにも楽しいことがないわ!

 ばいきんまんなんかより、しょくぱんまん様の所へ行きたいなぁ~♪」

 

 カッコ悪いばいきんまんより、カッコいいしょくぱんまんの方が良い。

 これをドキンちゃんは、たとえばいきんまん本人が前にいる時でも、平然と言い放ちます。そんなとても意地悪なところがある娘でした。

 

 彼女は本来、そんなに悪い子ではないハズなのですが……ここ最近はばいきんまんも負け続きで全く良い所がなく、彼女もイライラが溜まっていたのでした。

 ばいきんまんが負けると、パンもお菓子も手に入らず、美味しい物が食べられません。それに少し腹を立てていたのです。

 

「そうよ! もうばいきんまんなんて知らないっ!

 こんなつまらない所より、しょくぱんまん様に会いに行こうっと!」

 

 たった今、怪我だらけの彼にお菓子を買いに行かせたばかりだというのに、それも待たずにドキンちゃんはUFOに乗り込みました。

 自分が無理を言って頼んだのに、これはあまりにも身勝手なことです。

 

「待っててねー♪ しょくぱんまん様ぁ~♪

 いま会いにいきまーす♪」

 

 そうしてドキンちゃんは、この不気味で辛気臭いバイキン城を離れ、愛しのしょくぱんまんに会いに出かけて行きました。

 

 

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 ドキンちゃんはUFOに乗ってピューっと飛び出しましたが、そこをちょうど帰ってきたばいきんまんに見つかり、ついて来られてしまいました。

 

「外は危ないし、しょくぱんぱんに会いにいくんなら、俺様もついて行ってあげるよ」

 

 これはそんな、彼の優しい気遣いでしたが、ドキンちゃんはプンプンと腹を立てました。

 

「なんでよ! ついて来なくてもいいってばぁ!

 あたしはばいきんまんなんて、だいだいだぁ~いっキライなのぉ!」

 

「で……でも! ドキンちゃぁ~ん!」

 

 ばいきんまんを置き去りにしようと、もの凄いスピードで飛びますが、彼の方もドキンちゃんが心配なのか、必死に追いすがります。

 それを見て、またドキンちゃんがプンプン怒ってしまいます。

 

 あたしはこんなにも可愛いのに、なんでこんなカッコ悪いヤツを傍におかなくちゃいけないのよ! しょくぱんまん様こそが、あたしの隣に相応しいの!

 

 ドキンちゃんはそう思い、ばいきんまんなんて無視して飛んでいきます。

 どれだけ彼が献身的に尽くそうが、頑張って助けようとしようが、それを顧みることをしないのです。

 

「あっ! あそこにカバ男くんがいるわ! なんかお菓子もってる!」

 

 ドキンちゃんはUFOを急降下させて、地上を歩いていたカバ男くんの所に向かい、ついて来ていたばいきんまんも慌てて後を追います。

 

「やーい! カバ男くんのおバカ―♪

 お菓子はドキンちゃんが没収よー♪」

 

「やっ……やめてよぉ! ぼくのお菓子かえしてよぉー!」

 

 ドキンちゃんは身勝手にお菓子を取り上げ、それをわんわん泣いているカバ男くんの目の前で、嬉しそうに頬張ります。

 またアンパンマンがやってきて、俺様やっつけられてしまう。そうアワアワと慌てるばいきんまんにも目もくれず、ワガママ放題をするのでした。

 

 

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「しょくぱんまんかい? 今日はまだ来ていないねぇ。ごめんよドキンちゃん」

 

 ドキンちゃんはパン工場を訪ねました。しかしジャムおじさんは申し訳なさそうに、ドキンちゃんに告げました。

 

「今の時間なら、きっと彼は配達の準備をしているハズだよ?

 あぁ丁度いい。もし良かったら、これをしょくぱんまんへと届けてくれないかい?」

 

 彼がここに居ないと分かり、ぷくーっと頬を膨らませるドキンちゃん。そんな彼女にジャムおじさんが、大きなランチバスケットを手渡します。

 

「これはね? 彼が子供達のところへ配達する、給食用のパンなんだ。

 ちょうど新しいのが焼きあがったから、彼に届けてくれるかい?」

 

「……」

 

 ニコニコと優しい顔でお願いされ、さすがのドキンちゃんも断り切れません。

 

 実は先ほど、またアンパンマンに悪事を見つかってしまい、ドキンちゃんは懲らしめられてしまったばかり。

 一緒にいたばいきんまんがやられてしまうどころか、彼女が乗ってきた愛機のUFOさえも壊されてしまったのです。

 だからドキンちゃんは、歩いてしょくぱんまんのもとへ向かわなければなりません。こんな荷物を持っていくのは、まっぴらだったのです。

 

「お願いするね、ドキンちゃん。

 このパンを楽しみにしている子供たちがいるんだ」

 

「……」

 

 頼み込まれるまま、ドキンちゃんは渋々といったようにバスケットを受け取ります。

 そしてプイッと背中を向けて、パン工場を後にして行きました。

 

 

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「ふーんだ! なーんでドキンちゃんが、こんなの運ばなきゃいけないのー!」

 

 ドキンちゃんがブンブンと乱暴にバスケットを振り回しながら、森の中を歩いていきます。

 

「あー重ぉーい! 疲れたぁー! なんであたしがこんな事をーっ!」

 

 しょくぱんまんのいる家までは、また少し距離がありました。

 普段はUFOで移動しているし、いつも家で怠けてばかりのドキンちゃんは、歩くのが得意ではありません。少し歩いただけでも、とても疲れてしまっていました。

 

「これも全部、ばいきんまんが悪いんだわっ!

 アンパンマンなんかに負けたりするからっ! もぉー! おバカぁ―!」

 

 せっかくの愛らしい顔を膨れっ顔にし、ふてくされながら歩いて行きます。

 今日はなんだか、思い通りにならない事ばかり。もう胸がムカムカして、何かに八つ当たりでもしたい気分です。

 

「ん? アレって……」

 

 やがてテクテクと歩いていたドキンちゃんは、すぐ道の先に、何かが落ちているのを見つけました。

 それは恐らく、先ほどの戦いでアンパンマンが交換したであろう、彼の古い顔。

 地面に落ち、少しだけ汚れてしまったとても大きなアンパンが、そこに転がっていたのでした。

 

「うわー、ばっちぃ! ばいきんまんにやられて、砂だらけじゃないのさっ!

 こんなのもう食べられないわねっ! ふふん♪」

 

 するとドキンちゃんは、何かを思い付いたのか、その大きなアンパンをよいしょと拾い上げます。

 

「にっくきアンパンマン! 今日はよくもドキンちゃんの邪魔をしてくれたわね!

 仕返ししてやるんだから~っ!」

 

 そしてそれを、ちょうど目の前にあった大きな水溜りに、ドボンと投げ入れてしまいました。

 アンマンマンの古い顔は、砂どころか泥水に浸ってしまい、今度こそダメになってしまいました。これでは森の小鳥たちですら、食べることが出来ません。

 

「ついでにこのバスケットのパンも、ドサドサ~っと♪」

 

 ああ、なんてことでしょう!

 ドキンちゃんはジャムおじさんに預かっていたパンも、一緒に水溜りに捨ててしまいました。

 このパンを楽しみにしていた子供達は、さぞ悲しむことでしょう。

 

「ふーんだ! あーせいせいしたわっ♪

 こーんな可愛いドキンちゃんをこき使おうだなんて、何様のつもりかしらっ! 

 いーだ!」

 

 ドキンちゃんは手をパンパンと叩き、まるで汚い物にでも触ったかのように、手を払います。

 いま目の前の水溜りには、たくさんのパンがプカプカと哀れに浮いています。

 

「ちょうど良かったわ! 水溜りの上を歩いたら、足が汚れちゃう所だったもん!

 このパンを踏んで歩きましょう♪ ドキンちゃんあったまいー♪」

 

 せっかくジャムおじさんが作ったパンは、もう食べられなくなってしまいました。

 それどころかドキンちゃんは、落としたパンを踏みつけて、それを足場に水溜りを渡ろうというのです。

 きっとこの光景をみたら、ジャムおじさんはさぞ悲しむ事でしょう。

 

 でもドキンちゃんはそんな事も気にせず、ニコニコと水溜りに近づき、落としたパンをグイッと踏みつけます。

 ちょうど一番手前にあった、ニッコリと笑う大きなアンパンの上に、ドキンちゃんの片足が乗りました。

 

「おお~い! ドキンちゃあ~ん! 待ってぇ~!」

 

「あ、ばいきんまんだっ! 見つかっちゃう!」

 

 振り向けば、ドキンちゃんのことを心配して急いで追いかけて来たのであろう、傷だらけのばいきんまんの姿があります。

 体中が砂だらけで、頭にだって包帯を巻いている、そんなカッコ悪い彼に付きまとわれたくないと、ドキンは急いでもう一歩を踏み出します。

 しかし、その時……。

 

 

「えっ?! ――――キャァァァァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 突然ドキンちゃんの身体が、まるで吸い込まれるように水溜りの中へと消えます!

 これは池でも海でもなく、なんの変哲もない浅さの水溜り。なのにドキンちゃんは水溜りに落ち、一瞬で沈んでいってしまったのです!

 

「ああっ! ドキンちゃん?! ドキンちゃぁぁーーーんッ!!」

 

 慌ててばいきんまんが駆け寄った時には、もうすでに姿はありませんでした。

 黒い泥水の水溜りからは、今もブクブクと泡だけがいくつも浮かんできています。

 

「な……なんでっ?! なんでこんなっ!!

 ドキンちゃん……! 返事をしておくれよ!

 イヤだっ……! イヤだぁぁーーー!! ドキンちゃあぁぁーーーん!!」

 

 水溜りを前にして跪き、大粒の涙を流す、ばいきんまん。

 けれどその悲痛な声は、決して彼女には届きません。

 

 何故ならドキンちゃんは、地獄に落ちたのだから(・・・・・・・・・・)

 声どころか、お日様の光さえも届かない、暗い地の底へと落とされてしまったのです。

 

 パンを踏んだ罪で――――

 ジャムおじさんが、子供達のためにと心を込めて焼いたパンを、泥水に落として足で踏みつけてしまったから。

 

 そして、神様に背いた罪で――――

 聖書では、パンというのは“キリストの身体”を表しています。

 人が生きるための糧であり、神の愛であり、決して粗末にしてはいけない物。

 ドキンちゃんはそれを悪戯に踏みつけ、神様の怒りに触れてしまったのです。

 

 

「――――いやぁぁぁああああああああ!!!!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 何も見えない、真っ暗な穴を、ドキンちゃんは落ちて行きます。

 もう二度と這い上がることの出来ない、いつまでも延々と続く、深い深い穴です。

 

 あんなにもワガママだったドキンちゃんは、哀れに悲鳴を上げながら、地獄に堕ちたのでした。

 

 

 

 ……………

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 気が付けば、ドキンちゃんは地面に倒れていました。

 

「……ッ?!」

 

 パンを粗末にし、アンパンを踏んでしまった彼女は地獄へと堕ち、今とても肌寒くて薄暗い地の底にいます。

 身体を起こそうにもあちこちがズキリと痛み、ドキンちゃんは立ち上がる事が出来ません。

 こんなにも深いところに落ちてしまったのだから、それは仕方のない事でした。

 

『――――ひぃぃ~っひっひっひ! 誰だぁお前はぁ? 珍しい姿だねぇ?』

 

 その時、ふと傍から響いたおぞましい声に、ドキンちゃんは飛び上がるほど驚きます。

 

『こんな所に堕とされるなんて、よっぽどの悪人か殺人鬼だけさぁ~!

 お前もさぞ、罪深い子なんだろうねぇっ!』

 

 振り向けば、そこには汚いボロを纏った、薄気味悪い老婆がいました。

 彼女はいま、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべながら、目の前にある大鍋を木の棒でかきまわしています。

 その牛でもスッポリと入りそうなほど大きな鍋の中は、黒とも紫ともつかないような液体で満たされ、それがボコボコと沸騰していました。

 

 この老婆は、地獄に住んでいる“沼女”という名の魔女。

 大きな鍋で毒薬を作り、それで人々に害を成す存在なのです。

 

 ドキンちゃんは身動きすら出来ず、ただただ恐怖で顔を引きつらせました。

 

「……ひっ?! いやぁぁーーーッッ!!」

 

 気が付けば、ドキンちゃんが蹲っているこの場を、沢山の蜘蛛や蛇、そして毒ガエルが取り囲んでいました。

 こいつらは舌をチョロリと出したり、ガサガサと威嚇するような音を出しながら、ジリジリとドキンちゃんの方へと近づいてきます。

 

「こっ……来ないで! 来ないでよッ!! 助けてぇーーッ!!!!」

 

 どれだけ声をあげようと、手をブンブン振り回そうと、こいつらは少しもひるみません。

 そしてすぐに沢山の蜘蛛や、蛇や、毒ガエルがドキンちゃんにまとわりつきます。その身体が見えなくなってしまう程、沢山の醜悪な生き物たちがドキンちゃんを襲いました。

 

「いやぁぁぁああああああああ!! いやぁぁぁぁぁあああああああああああっっ!!」

 

 もぞもぞと身体中を這いまわられ、ドキンちゃんは発狂したように悲鳴を上げます。少し離れた所にいる魔女が、それを愉快そうに「いっひっひ♪」と眺めます。

 

「はっはっは! そいつらの餌にするのも、この毒鍋で煮込んでやるのも良いけれど、お前は少し珍しい姿の娘だからねぇ!

 せっかくだから、別の使い道をしてやろうじゃないか!」

 

 魔女が手をかざすと、あれだけ身体を這いまわっていた蛇や蜘蛛たちが、もぞもぞとドキンちゃんから離れていきました。

 でもドキンちゃんはあまりの恐怖とおぞましさに、未だにそこから動くことも出来ずに震えるばかり。

 

「さぁこっちに来るんだよっ! 今からお前を、魔女の住処に案内してやろうっ!」

 

 ボロきれを纏った汚らしい魔女が、ぐいっとドキンちゃんの腕を引っ張ります。

 そしてそのまま箒に乗り、フワッと宙に浮きあがって、どこかへ飛んでいきました。

 

 

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「ひっひっひ! どうだい、美しいだろう?!

 こいつらもお前さんと同じ、大罪を犯して地獄へ堕とされた者達なのさっ!」

 

 腕を掴まれ、宙ぶらりんのまま運ばれたドキンちゃんは、魔女の住処である薄暗い洞窟へと連れてこられました。

 

「こいつらはもう動けない! 私が魔法をかけて石像にしてやったからねぇ!

 永遠にここで、私のコレクションとなるのさぁ!

 心の汚い、罪深い罪人たちの石像なんだっ!」

 

 ビクビクと怯えながらも辺りを見回せば、そこにはこの魔女の言う通り、所狭しと石像が並んでいました。

 この生生しいまでにリアルな石像たちは、そのどれもが断末魔をあげているような恐ろしい顔をしています。

 男も、女も、老人も、この洞窟の中で石像として、永遠の苦しみを受けているのでした。

 

「さぁ蜘蛛たちよ! この娘に糸を吐きかけておやりっ!

 お前もここの石像たちの仲間入りさぁ!!」

 

 魔女の声を受け、天井から沢山の蜘蛛たちが降りて来て、ドキンちゃんに糸を発射します。

 白くて気持ち悪い糸が沢山ドキンちゃんの身体にまとわりつき、それは何故かドキンちゃんの身体の中に沁み込んでいくのです。

 

「あぁ……! あああああ……っ!!!!」

 

 逃げ出す間もなく、ドキンちゃんの身体中全部を、蜘蛛の糸が襲いました。

 するとドキンちゃんの身体がだんだん動かなくなり、もう腕を曲げることも、足を動かす事も出来なくなっていきます。

 魔女が操る蜘蛛の糸によって、だんだん身体が石へと変わっているのです。

 

「あーーーーっはっはっは! 今日はなんて良い日だろう!

 こんな珍しい娘の石像が手に入るなんてっ!」

 

 魔女が不気味な高笑いを上げる中、やがてドキンちゃんの身体は完全に石となり、カチンコチンに固まってしまいました。

 

「罪の意識を感じることも無い! なんたってこいつは罪人!

 この地獄に堕とされた、罪深い娘なんだからねぇ!

 ここで永遠に石像として生きるがいい!!」

 

 

 

 

 

 やがて魔女がこの場を去り、高笑いが遠くに消えていっても、ドキンちゃんの身体は動くことは無く、この場で固まったまま。

 ドキンちゃんはもうオヤツを食べることも、誰かに意地悪をすることも、大好きなしょくぱんまんとお話をする事も出来なくなってしまいました。

 

 そして石像のまま、日々は過ぎて行きました。

 この薄暗い、石像以外は何もない場所で、ドキンちゃんは石として生きていきました。

 

(なんであたしが、こんな目に合わなくちゃいけないの……!

 ただパンを踏んだだけじゃないのっ! あんな事くらいで……!)

 

 瞬きをすることも、口を動かすことも出来ません。

 それでもドキンちゃんは石として生き続けなければならず、死ぬことも許されません。終わりの無い苦しみの中にいるのです。

 

(どうしてこんな目に合うの?! あたしは悪くないわっ!

 許さないっ……! 神様なんて大嫌いよっ……! 呪ってやるんだからっ!!)

 

 そしてドキンちゃんは、ひたすら神様を呪い続けました。

 私は悪くない。酷いのは神様なんだ。私は悪くなんてない。

 何日も何日も、この地獄の奥底で、それだけを想い続けていました。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 長い月日が流れました。

 ばいきんまんは、ジャムおじさんやアンパンマンに協力を頼んでまでドキンちゃんを探しましたが、結局見つけることは出来ませんでした。

 

『バカだよなードキンちゃんって! あんなことするからだよ!』

 

『なんてバチあたりなんでしょう! 神様に怒られて当然だわっ!』

 

『ぼく、アイツにいっぱい意地悪されたもん! いい気味だよ! ふんっ!』

 

 ドキンちゃんがパンを踏み、それで地獄へ落ちてしまったという話は、人々にも子供達にも広く伝わっていました。

 そして誰もがドキンちゃんを笑い、彼女の愚かさを馬鹿にしました。

 

 しかし、あれからばいきんまんは元気を無くしてしまい、塞ぎ込むことが多くなりました。

 

(神様なんて……神様なんて……! 呪ってやる! 呪ってやる!)

 

 もう随分と長い日々を、ドキンちゃんは石像のままで過ごしました。

 彼女はあれからも一向に反省することなく、ただただ神様を呪うばかり。

 パンを粗末にしたことも、いたずらに踏んだことも、何とも思っていないようでした。

 

 そして石になり、地獄へ堕とされてしまった今、その身体が霊体に近い存在となったせいでしょうか?

 ふとした時に、地上で楽しそうに笑う人々の姿が、ドキンちゃんには見えるようになっていました。

 

 それはいつも、パンを粗末にしたドキンちゃんを「馬鹿だ、愚かだ」と笑う人々の姿でした。

 彼らがドキンちゃんの話題でおしゃべりをする時、まるで神様の嫌がらせのように、それがドキンちゃんの頭にフワッと映し出されるのです。

 

(なによ! みんな嫌いっ! 大っ嫌い!

 アンタたちの事も呪ってやるんだからっ! みんな死んでしまえばいいのよっ!)

 

 動くことも出来ない身体のまま、ドキンちゃんはみんなを呪います。

 憎くて、悔しくて、妬ましくて……。まるでそれしか出来ることが無いんだというように、ドキンちゃんは全てを憎み続けました。

 

 

『ああ、なんて可哀想なドキンちゃん……。ドキンちゃん……』

 

 

 その時、ふと彼女の脳裏に、ポロポロと涙を流す“バタコさん”の姿が映ります。

 ドキンちゃんの石の瞳が、真ん丸になります。

 

『あの子に会いたい。あの子と話したい……。

 ああドキンちゃん……。神様、ドキンちゃんを赦して下さい……』

 

 ドキンちゃんの脳裏に、跪き、涙を零しながら祈っているバタコさんの姿が映ります。

 

 

『誰だって、罪を犯すことはあります。

 私だって、食べ物を粗末にした事があります。誰かに意地悪をした事があります。

 ちゃんと反省しますから……』

 

『ドキンちゃんは、決して悪い子じゃありません。

 本当は明るくて、優しくて、とっても素敵な女の子なんです。

 私はそれを、良く知っています』

 

『だから神様、どうかドキンちゃんを赦してあげて下さい。

 友達の……私達のもとへ、ドキンちゃんを返して下さい――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、今までドキンちゃんの胸にあった憎しみの気持ちが、まるで嘘のように消えてしまいました。

 ポロポロと涙を流し、自分のことを想って祈ってくれているバタコさんの姿に、石になったはずの胸が熱くなるのを感じたのです。

 

 あれだけワガママをやったのに。みんなに意地悪をしたのに。

 それでもバタコさんは、ひとつもドキンちゃんの悪口を言わずに、ただ自分の知っている素直なドキンちゃんの姿を信じてくれたのです。

 私の大切な友達だと――――そう言ってくれたのです。

 

 

(…………っ!)

 

 

 その時はじめて、ドキンちゃんの胸に“後悔”が生まれました。

 自分のしてしまった事、悪かった事を、心から理解することが出来ました。

 

 みんなに意地悪をし、ばいきんまんを困らせ、ジャムおじさんのパンを粗末にしてしまった。

 そして、ワガママを沢山したせいで……こんなにも自分を信じてくれていた人を、ずっと裏切っていたんだ。

 

 好意や、信頼に、背いていた。

 友達の気持ちを、裏切っていたんだ――――

 

 

『神様、もし私が死んだ後に、天使の翼を与えて下さるおつもりなら……、

 どうかそれを、代わりにドキンちゃんにお与えください』

 

『私は地獄に堕ちようとも、構いません。

 どうかドキンちゃんに、翼をお与え下さい――――』

 

 

 バタコさんの涙が、ポタリと床に落ちました。

 それと同時にドキンちゃんの石の瞳からも、涙が零れました。

 

 全部失って、こんな所に堕とされて、友達を泣かせて……。

 それで初めてドキンちゃんは、本当に大切な物に気が付く事が出来たのです。

 

(ありがとう。ありがとうバタコさん。

 あたしの大切な友達――――)

 

 

 

 バタコさんの流した涙が、地面をすっと通り抜けるようにして、どこまでも下に落ちて行きます。

 やがてそれは地獄にいるドキンちゃんのもとへと届き、その上にポタリと落ちました。

 

 彼女の綺麗な涙が、いくつもいくつも、石像になったドキンちゃんの上に降りました。

 

 やがてその涙が身体中を濡らした時……ドキンちゃんの身体は突然神々しい光を放ち、石だった身体に大きなヒビが入りました。

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 そのヒビから、一羽の小鳥が飛び出しました。

 

 その小鳥はすぐに暗い洞窟を抜け、地獄を抜け出すように上空へ向かって飛び去って行きました。

 

 空へと昇るように、高く、高く、高く――――

 

 やがてその小さな小鳥は、バタコさんやみんなの住む表の世界へと、辿り着きました。

 

 

 

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「あっ、あの小鳥がいる! おーこっちだよー♪ おいでー♪」

 

 ある日を境にして、みんなの住む町に、一羽のみすぼらしい小鳥が姿を見せるようになりました。

 

「ほら、パンくずをあげるよ。お腹いっぱいお食べ」

 

 その小鳥は薄汚れ、羽だって小さくて粗末な物でしたが、でもとても人懐っこくて愛らしい鳥でした。

 町の人達はその小鳥を愛し、誰もが見かけたらパンくずなどを持ってきて、その子に与えました。

 

「あはは、変な子だなぁ。

 あの子ってエサを貰ったら、それをすぐ他の小鳥たちにあげちゃうんだよ。

 自分は少ししか食べずに、他はぜんぶ友達にあげちゃう」

 

「うふふ、きっととっても優しい子なのね♪」

 

 カバ男くん達の言う通り、その小鳥はいつも他の小鳥たちに餌を分け与えていました。

 自分よりよっぽど綺麗で、よっぽどしっかりとした身体をしている子達なのに、そのみすぼらしい小鳥は仲間たちの為に餌を探してきては、それを分け与えているのです。

 

 その姿に少しだけ滑稽さを、そして深い愛情を感じた町の人々は、みんなでそのみすぼらしい小鳥を愛し、大切に見守りました。

 

 

 彼らは知らない事でしたが……その小鳥がとてもみすぼらしい姿なのは、“まだ神様が許していないから”でした。

 羽が粗末で小さいのも、身体が小さいのも、全てそのせい。

 少女の願いを聞き届け、羽を与えはしても、まだ彼女の罪は残ったまま。贖罪は終わっていないからなのです。

 

「ほら、パンを持ってきたよ。持っておいき」

 

「おはよう。今日も良い朝ね。いっぱい食べてね♪」

 

「あ、小鳥さんだ! パンを持ってくるねっ!」

 

 来る日も来る日も、小鳥はエサを集め続けました。

 町の人達もそれをあたたかく見守り、その子にパンを与えました。

 

 

「あれっ?! あの子が光ってるよ?!?!」

 

 そしてある日……長い長い日数をかけて小鳥が集めたパンの量が、あの時に粗末にしてしまったパンの量と、ちょうど同じになった時……。

 突然沢山の人々が前で、小鳥の身体が眩く光り輝きました。

 

「おおっ! なんと美しいっ!」

 

「綺麗っ……! 真っ白だわっ!」

 

「うわぁ可愛いっ! 小鳥さん、どうしちゃったの?!」

 

 やがで光が止んだ時、そこから飛び立っていったのは、人々が見た事もないような美しい小鳥でした。

 小鳥……いやドキンちゃんは、犯してしまった全ての罪を償い終わり、神様に本当の翼を授かったのです。

 まるで天使と見まごうような、美しい翼を。

 

 

「あら? いったいどこの子かしら?

 まぁっ! ……とても綺麗なのね、貴方」

 

 そしてドキンちゃんは、すぐさまパン工場にいるバタコさんのもとへと飛んでいきました。

 窓を開き、小鳥を出迎えたバタコさんは、その美しい小鳥を優しく手に乗せてやりました。

 

 

「こんなに美しい子を、今まで見たことがないわ――――

 貴方……もしかして天使様? 神様が私につかわして下さった、天使の鳥なのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小鳥は、大切な友達と一緒に、仲良く暮らしました。

 

 パン工場にいれば、しょくぱんまんにも会えるし、幸せです。

 あの時ワガママや意地悪をしてしまったばいきんまんにも、肩に乗ってチョンチョンと優しくほっぺを突き、ごめんなさいをしました。

 

 

 もしこの先、ドキンちゃんが沢山の徳を貯めて、神様に認められれば、いつか元の姿に戻れる日が来るかもしれません。

 もしくは感の良いばいきんまんが気が付き、得意の科学力で元に戻してくれるかも?

 

 

 とにかく、今日も大切な友達と一緒にいられて、ドキンちゃんは幸せです――――

 

 バタコさんの笑顔を見ると、いつもドキンちゃんの胸は、とってもあたたかくなるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おしまい~

 

 

 






☆スペシャルサンクス☆

 砂原石像さま♪


 PS
 この童話を紙芝居にした物が、昔TVで放送されたことがあるらしいのですが……。
 そこで流れた同タイトルのテーマ曲【パンを踏んだ娘】は、当時多くの子供達の心に拭い去れないトラウマを受け付けた伝説をもつ、名曲です。

 機会があれば……というかYOUTUBEとかで検索したら普通に出てきますので、一度聴いてみるといいヨ! 破壊力バツグン!

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