小3の時、わたし車に跳ねられた事があるんですよ。
ドッカーンいうて、盛大に跳ねられちゃった事がありまして。
今は連載もしていない時期だし、ちょっと暇しているんですよね。なのでいっちょ文章の練習がてら、その時の話を小説風に書いてみようかと思います。
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hasegawa少年、小学三年生の午後。
その日、私はちょっとした風邪にかかっていて、一人で病院に行った帰り道でありました。
実はその病院の真向かいには、当時私のお父さんが働いていたガソリンスタンドがあったんですよ。私のお父さんって、車の整備士さんだったのです。
小学校からもすごく近い場所にあったので、私は学校帰りには、いつもそのガソリンスタンドに遊びに行き、お父さんや同僚さん達と過ごしていたワケなのです。
その日もいつもの如く、帰りにお父さんのガソリンスタンドに寄って「病院いってきたでー」と報告するつもりでおりました。
きっとお父さんも「一人で行けてエライなー」と、私の頭を撫でてくれるに相違ありません。
私はお医者さんの診察を受け、いくつかのお薬を処方して貰った後、ルンルン気分で病院を出て、その真向かいにあるガソリンスタンドへと向かっていったのでした。
ちなみにですが、この病院とガソリンスタンドの間には、大きな道路があったんですよ。
国道〇〇号線という、沢山の車が行きかう二車線の道路が、病院を出てすぐ目の前にあったのですね。
病院をいそいそと出た私は、道路を挟んで遠くに見える、お父さんの姿を見つけます。
今もお父さんは車の整備をしている所で、当時の私から見ても、その姿はとてもカッコよく映りました。
「おとうさぁーん! いってきたよー♪」
道路を挟んだ向こう側に向けて、私は大きな声で言いました。
お父さんも私の声に気が付つき、作業の手を止めて、こちらに手を振ってくれました。
その朗らかであたたかい笑顔に、子供であった私はとても嬉しくなったのを覚えています。
「おとうさぁーん!」
私は駆け出しました。いま目の前にあるガソリンスタンドに向かって。
早くお父さんの所へ行って、一人で病院にいけた事を褒めて貰おうと、満面の笑みで走り出したのです。
そして当然のように、
ドカーンと。そりゃあもう壮大に。
だって私、横断歩道も渡らすに、ただ一直線に道路を横切ろうとしたんですもの。
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先に結果を申しますと、私ぜんぜん大丈夫だったんですね?
大した怪我をする事もなく、無事だったという事をお伝えしておきます。
きっと当時の私が、年齢の割には背が低く、身体が小さかった事も幸いしていたのかもしれません。
車に跳ねられはしましたが、そのぶつかった個所というのが、ちょうど私の腰骨の辺り。言わばとても丈夫な箇所だったのですよ。
後で車の方を確認させてもらった時、車の一番端っこの“ウインカー”のライトの部分が、割れて無くなっていました。
きっと私は、この車の角とも言うべき部分に“かする感じ”で跳ねられたんでしょう。幸運にもまともに当たってしまう事がなかったお蔭で、私は無事でいられたのでしょうね。
身体が軽かった事、背が低かった事、そして衝撃が上手に逃げていってくれた事。
そんな様々な要素が重なった。
何より、もしかしたらこれには、ちょうどその年に亡くなっていた、私の“おばあちゃん”の加護もあったのやもしれません。
もう目に入れても痛くないという程に私を可愛がってくれましたし、きっとおばあちゃんが守ってくれたからこそ無事でいられたのだろうなぁと、今でも思っていますよ♪
――――でも私、
もうね? ありえない位にぶっ飛んだんです。
詳しい距離は、当時の私には分かりませんが……きっとお父さんが務めるガソリンスタンド、その敷地一個分くらいは、軽く飛ばされていたと思います。
単位にすれば“いちガソスタ”ほど飛んだ、と言えるでしょうか?
身長1メートルそこそこの幼い少年が、車にドカーンと跳ねられて、とんでもない飛距離を叩き出して空を舞ったのです。これ想像してみると、ちょっと面白いですね。
そして後で考えてみると、私ちょっと“変な飛び方”をしていたように思うんです。
普通、車に跳ねられたならば、きっと体操選手がやる連続バク天みたいに、クルクルーって飛ばされるのが普通だと思うんです。
そして地面に叩きつけられ、前転だか後転だかを何度もしながら、頭をいっぱい地面に打ち付けてたと思うんです。
きっと、そうやって死んじゃってたハズです。
でもその時の私って、多分“横向き”にぶっ飛ばされてたと思う。
恐らくはフリスビーみたく。もっと言うと
たしかに地面とズザザザーっとなり、アゴや膝にはたくさん擦り傷を作りました。
でも運よく
骨にも身体にも、なんの異常もありませんでした。
そして私、アスファルトをズザザザーっと何メートルも滑って着地した後、すぐに〈ヒョッコリ〉と起き上がったんですね?
間を置くこと無く、すぐヒョッコリと起き上がり、そのままスタスタとお父さんの方に歩いていったみたいなんです。
そして当時の私って、きっとすんごい“アホな子供”だったんでしょうね。状況が理解出来ていなかったんだと思います。
「おとうさーん、跳ねられたぁー」
私は、茫然と立ち尽くしているお父さんに対して、そう普通に報告をしたんですよ。
あの時のお父さんの、目を見開いた顔……今も忘れられないです。
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これは想像するしかないのですが……きっとその時のお父さんって、もう死ぬほどビックリしてたと思うんです。
ガソスタで車の整備をしてたら、遠くから「おとうさーん!」という、我が子の声が聞こえた。
おー病院終わったかー、と思ってそちらに手を振ってあげると……、突然息子が横断歩道を渡ることなく、こちらに向かって車道を突っ切ってくる。
そしてそのまま、車にドカーンと跳ねられるワケですよ。自分の見ている前で。
しかもその息子さん、
何十メートルも吹っ飛ばされて、そのまま地面にズザザザーっとなりましたからね?
そして息子が、すぐに何事もなかったようにテテテとこちらに歩いて来て、開口一番に「おとうさーん。跳ねられたぁー」って、ケロっと報告しやがるワケですよ。
あの時のお父さんの、絶句した顔――――いま思えば、すんごく面白かった気がしないでもないです。
きっとなのですが……お父さんはその時、私を怒りたかったと思うんです。
「何をやってるんだ! ちゃんと横断歩道を渡らなきゃダメじゃないか!」って、そうおもいっきり叱りつけたかったと思うんです。
あの時のお父さんの顔って、心なしかそんな感じで、ちょっとワナワナしてましたし。
――――でも今それどころじゃない! 息子跳ねられとる!!
――――――ガメラみたいに空飛んで、ズザザっといっとる!
きっとお父さん、そう思ってたんじゃないかなぁ? 物凄い葛藤があったんじゃないかと思う。
お父さんは暫くのあいだ絶句した後、そっと私の手を握って「と……とりあえず病院いこう」って言いましたもん。
私を一言も叱りつける事なく。
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最終的に、私はお父さんに手を引っ張られながら、病院へ行きました。
擦り傷しか負っていなかったけれど、傷の治療。そして全身のありとあらゆる箇所をレントゲン撮影し、骨に異常がないかを確認されました(まったく大丈夫でしたけれど)
けれど、確かその時の私って、“ものすっごく不本意だった”憶えがあるのです。
「病院いくのイヤや~!」と言って、すごくお父さんを困らせてしまった記憶があるのですよ。
――――だって私、いま病院から帰ってきたトコやん!
――――――なんでもういっかい病院いかなアカンの! イヤやイヤや!
そう言って、すごくお父さんを困らせた、という思い出があります。
いま思えば、当時の私って「ほんとアホな子供だったんだなぁ」と思います。
病院の帰りに、病院の真ん前で跳ねられて、すぐさま病院にとんぼ返りした子供というのも、面白いなぁと思いますし、
さぞお父さんもお母さんも、私を育てるのに苦労してたのではないかと、お察し致します。
なんだったら私、その年の内に、
しかもこれとまったく同じ跳ねられ方で、同じようにピンピンしてましたからね。骨の一本も折ること無く。
ほんと私のおばあちゃんに「ありがとう」と言いたいです。
バカな子供である私を、守ってくれてたんでしょうな。
ちなみに私のお父さんは、もう数年前に亡くなってしまったのですが、未だにあの時お父さんがした「俺の息子跳ねられとる!」みたいな顔を、よく思い出すんです。
お父さん、あの時はごめんね。二回も車に跳ねられてゴメン。
そんで心配かけたのに、全然ピンピンしててゴメンね? 許してね――――
以上、私が車に跳ねられてガメラみたいな飛び方をした時のお話、でした。
まる。