hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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67 なんか険悪なムードだけど、それいけ!アンパンマン

 

 

「は~ひふ~へほぉーーう! このキャンディは俺さまがいただいたぁー!」

 

 アンパンマンたちが住む“夢の国”。

 みんなが仲良く、笑顔で過ごしている、善人ばかりが住むようなこの地に、ばいきんまんの「うっしっし♪」という高笑いが響く。

 

「さぁ~! 今日もまるでノルマのように、小さな悪事を働いてやったぞぉー!

 アンパンマーン! 出てこぉ~い!」

 

 ここは本当に平和な世界だ。自分が行動を起こさなければ、何一つ物語が始まらない程に。

 それをしっかり理解しているばいきんまんは、今日も“笑って済ませられる程度の悪事”を働き、アンパンマンと戦うための理由作りをおこなう。

 

 そのすぐ傍には、オヤツのキャンディを取り上げられてしまい、「えーん! えーん!」と泣き声をあげるカバ男くん。そしてその隣で「……ごめんね? ちゃんと後でキャンディ買ってあげるからね」と小声で語り掛けるドキンちゃんの姿がある。

 いわば、ばいきんまんが悪事をおこなう役で、ドキンちゃんはそのフォローをおこなう役。二人の役割分担はバッチリだ。

 

 ちなみにカバ男くんは演技力というか……こうしてオヤツを盗られた時のリアクションが素晴らしい。その大きな声もアンパンマンを呼び寄せるのにすごく役立ち、大変グッドだ。

 だからばいきんまん達は、いつも彼に事前にお願いして、オヤツを取り上げられる被害者役をやってもらっている。

 

 もちろんアンパンマンとの戦いが終わった後は、二人でカバ男くんの家にしっかり謝りに行き、沢山のお菓子をお礼として手渡している。

 もちろんカバ男くんのお母さんにも、しっかりご挨拶しているし、関係も良好だ。たまに夕飯までご馳走になったりもする。

 

 こういうのは、持ちつ持たれつなのである。

 お互い気分よく、円滑に仕事をする為には、通しておかなければならない筋なのだ。

 

「――――まてぇー! やめるんだぁ! ばいきんまん!」

 

「おぉ? 来たなぁ~アンパンマーン!」

 

 そしていつもの如く、空の向こうから颯爽とアンパンマンが現れる。

 ばいきんまんは「よっし! こっからが本番だ!」とばかりに、キラキラした瞳で彼の方に振り向いた。

 

「ばいきんまん! お菓子を返すんだ!

 というか……お願いだからやめてよ。ぼく今いっぱいいっぱいなんだ……」

 

「えっ」

 

 だが、この場に降り立ったアンパンマンは、どこか元気がない。

 それどころか、正義の味方らしからぬ「もう勘弁してよ」的な、気だるい雰囲気が漂っていた。

 

「えっ……どうしたのだアンパンマン?

 なんか顔色わるいし、すんごく弱そうな感じするんだが」

 

「うん……。今日つけてるアンパンはね?

 バタコさんが賞味期限切れの小麦粉(・・・・・・・・・・)で焼いたヤツなんだ……。

 だからぼく、ぜんぜん元気が出なくって……」

 

「なっ!? なんでそんな小麦粉つかってるんだ!?

 えっと……もしかしてパン工場の仕入れが、上手くいってないのか?

 倒木か何かで道が塞がれて、配送のトラックが来られないとか。

 もしそうだったら、俺さまがなんとか……」

 

「ううん? 小麦粉はパン工場に有り余ってるよ?

 むこう1か月は補充もいらないくらい。

 これはね、バタコさんの純然たる悪意(・・・・・・)なんだ」

 

「悪意?!?!」

 

 もう〈しょぼーん〉って感じで肩を落とし、立っているのも辛い様子のアンパンマン。

 悪い小麦で頭のパンを作られた、という以上に、なんか心労で参ってしまってるようにも見える。

 

「洗濯もしてくれないから、服も汚れたまんまだし。

 マントの補修もしてくれないから、今日もここまで飛んでくるの、すごく大変だった……」

 

「お前ボロボロじゃないか!!?? なんでそんな事にッ?!」

 

「大丈夫なのアンパンマン?! ちょ……ちょっと座る? ほら休んで休んで!」

 

「ほらアンパンマン! ぼくのクッキー食べる? おいしいよ?」

 

 三人はアンパンマンに駆け寄り、甲斐甲斐しく世話を焼き始める。

 優しくその場に座らせてやり、水分補給や栄養補給をさせてやる。ドキンちゃんに至っては裁縫セットを取り出し、彼のボロボロになったマントをチクチクと直し始めた。

 

「いや……確かにここ最近は、俺さま5連勝くらいしてたし。

 おっかしーなーとは思ってたんだが、まさかそんな事情が……。

 というか、何で早く言わないんだアンパンマン!! 駄目だろうが!!」

 

「ご……ごめんよばいきんまん。ぼく……」

 

「ちょっと! 大きな声出さないでよ!

 アンパンマンいま弱ってるのよ!? 可愛そうじゃないのさぁ!」

 

「そうだよ! 一番つらいのはアンパンマンじゃないか!

 もう心配ないからね、アンパンマン? 大丈夫だからね?」

 

 まるで十年来の親友のように、慈悲と労わりをもって接する三人。

 ここにいるのは悪役と被害者なのだが、なぜか助けに来たハズのヒーローを看護するという、ワケの分からん事になっている。

 

「実は……このダメなアンパンですら、もう3日前のヤツなんだ。

 だからぼく……力が出なくって……」

 

「――――ネグレクトじゃないか!! 立派な虐待だよそれは!!

 なんでアンパンのお前が、育児放棄されてるんだッ!!」

 

「うぅ~、顔が腐って(・・・・・)力が出ない~……」

 

「そんな理由はじめて聴いたぞ!!

 俺様かびるんるん使ってないのに!!」

 

 涙が出そうだ。彼とはもう長い付き合いだが、こんなにも弱々しい姿を初めて見た。

 ばいきんまんはバイキンメカに乗ることも忘れ、ヘナヘナとへたり込んでいるアンパンマンの肩を支えてやるばかりだ。

 

「あー、だっるい!

 なんで私が、こんなことしなきゃ……めんどくさっ!」

 

 ふと気が付くと、いま四人がいるこの場に、アンパンマン号の物らしきエンジン音が響いて来た。

 上部のハッチがパカッと開き、その中から、なにやらふてくされた顔をしたバタコさんが現れる。

 

「な……なんだアレ?!

 バタコさんって、あんな“死んだ魚”みたいな目ぇしてたか?!」

 

「どうしたのバタコさん?! あんなに優しくて可憐だった貴方が!

 今はもう、コンビニにたむろする中高生のようにッ!!」

 

「ぼく見た事あるよ! こういう子!

 実のお父さんに向かって『パパと同じ空気吸いたくないから、息しないで』とか言っちゃうタイプの子だよ! お父さんの洗濯物と一緒に洗わないでとか、ダダをこねるヤツ!」

 

 バイキン&ドキン&カバ男が驚愕する中……まるで制服を着崩す中高生のように、ラフな感じで作業着を着崩しているバタコさんが、遠くからアンパンマンに向かって声をかける。

 

「――――ほらアンパンマン、新しい顔よ?」

 

 そして、袋に入ったままのアンパンを、ポスっと彼に投げつけた。

 

「そ……それって、ヤマ〇キパン(・・・・・・)のヤツじゃないか!?

 スーパーに売ってる、一個100円くらいの!! なんで自分で焼かないッ!?」

 

「あっ! しかもコレ、賞味期限切れてるっ! 廃棄品じゃないの!」

 

「いや、たとえ新しくても無理だよ?!

 こんなの顔になんないよ! てのひらサイズじゃないか!」

 

 悲しそうに顔を伏せるアンパンマンに代わり、ばいきんまん達が抗議の声を上げる。

 しかしバタコさんは、ダルそうにスマホをいじるばかり。一向にこっちを見ようとはしないのだった。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

「すまないね、ばいきんまん……わざわざ来てもらって」

 

「いや、まぁ知らない仲じゃないですし。俺さまもこのまんまだと困るし。

 だから、えっと……なんか力になれたらと、思いましてだな?」

 

 翌日。正装をして菓子折りを持ったばいきんまんは、ジャムおじさんのいるパン工場を訪れた。

 彼らとは長い付き合いであるが、こうして普通にパン工場に来るというのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。

 

「とりあえず、事情を聞かせてくれるか?

 なんでアンパンマン、あんな風にされてるんだ?

 バタコさんはいったい、どうしちゃったんだよ」

 

「そ、それは……」

 

 ばいきんまんはパン工場の中に通され、作業場とは違う畳のある部屋で、お茶を出されている。

 今はジャムおじさんと男二人、向かい合って座っている。

 本当はドキンちゃんやカバ男も心配してたし、一緒に来たがっていたのだが、大勢で押しかけては迷惑になるので、ばいきんまんが代表して事情を聴きに来た次第である。

 

「うん……、これはねばいきんまん? 何も特別なことでは無いんだよ。

 私としては、ついに来たるべき時が来た……という印象でいるんだ」

 

「ん? なんだそりゃ? 来たるべき時ぃ?」

 

「子供をもつ親が、必ず通る道。

 そう、いわばこれは、バタコが思春期に入った(・・・・・・・・・・・)というだけの話でね」

 

「思春期ッ!!??」

 

 ばいきんまんは後ろにひっくり返りそうになったが、なんとか持ちこたえる。

 

「ちょ……ちょっと待ってくれジャムおじさん。

 思春期ってアレか? 年頃の子が反抗的になったり、素っ気なくなったりするっていう。

 たしか子供にとって“自意識が芽生え始める”時期だったか?」

 

「その通りだよ、ばいきんまん。

 バタコは思春期なう、なのだよ」

 

「いやでも! たしか思春期って、13才くらいでなるヤツだろう?!

 バタコさんって、もっとお姉さんじゃないのか?!」

 

「うむ。バタコは人間でいうと、18才くらいにあたる。

 もう大人と言っても差支えない年頃だね。

 だからこういうのは無いのかな~と思って、私も油断していたんだが……。

 どうやら遅れて来たらしい」

 

「遅れてきた思春期?! なんかタチ悪い!?」

 

 悪役であるばいきんまんから見ても、バタコさんはとても良い娘だったと思う。

 いつもニコニコ笑い、微笑みを絶やさない。どんな者にも優しさを持って接する、立派な娘だったように思う。

 それが今では、不良学生のように作業着をラフに着こなし、ダルそうにスマホをいじり、何事にも無気力になってアンパンマンの顔すら作ってやらないという、そんな目も当てられない姿になっているのだ。

 以前の彼女とはもう、似ても似つかない。ついでに言うと、髪も茶髪に染めてたみたいだし。なんか怖い。

 

「以前は共に早起きをして、パン作りをしていたものだが……それも怠っていてね。

 今では人手が足りず、各地に給食用のパンを卸すので精一杯。

 とてもじゃないが、アンパンマンたちの顔を作るまでの余裕は無いんだ。

 私ももう年だからね……」

 

「ずっと部屋に籠って、スマホいじってる感じか。

 外に出てお日様の光を浴びないと、身体を悪くしちゃうぞ?

 まぁ俺さまは別だけど」

 

「それにね? ジャムおじさんと一緒の空気を吸いたくないとか、

 ジャムおじさんの服と一緒に洗濯しないとか、もうメチャクチャなんだよ……」

 

「あ、それやっぱ、やられるんだな。

 カバ男が言ってた通りだ」

 

 もしかしてこれは、全国のお父さん達にとっての通過儀礼なのかもしれない。

 ばいきんまんはまだ子供なので、よく分からないけれど。

 

「とにかく、これはバタコがおかしくなったワケでも、病気になったワケでも無いんだ。

 どんな子供にでもある、当たり前の事に過ぎないんだよ。

 だから私は、暖かく見守っていこうと思っているよ」

 

「うん……まぁそれが良いのかもしれないな。

 いくら反抗的だからって、それを無理やり押さえつけたりしたら、なんかおかしな事になっちゃいそうだし」

 

「あぁ。今はバタコにとって、大切な時期なんだよ。

 ようやくしっかりとした自意識が芽生え、子供ではなくひとりの女性として、羽化しようとしているんだ。

 大人として、受け止めてやらなければね」

 

 今でこそ荒れてはいるが、バタコさんはとても良い子である。その生来の優しさや慈愛は、彼女の本質ともいうべき部分だ。

 たとえ思春期が過ぎても、その大切な人間性は、けして失われることは無いだろう。

 だから今は、じっとこらえて見守ってやるべき時期なのだ。

 もちろん大人として、最低限の注意はしっかりとおこない、道を外れてしまわないように見守りながら。

 

 話を聴きながら、ばいきんまんはウンウンと頷く。

 もう彼女のあまりの豹変ぶりに、ここに来る前はどうなる事かと思ってはいたけれど……でもあまり心配はいらないのかもしれない。

 今も暖かな笑みを浮かべるジャムおじさん。この人が傍にいるのなら、きっと大丈夫なんじゃないかと思う。

 

「しかし……アレは流石に良くなかったかもしれないね。

 私とした事が、失敗してしまったよ」

 

「んん? なんだ失敗って? どうかしたのか?」

 

「実は最近……、私が隠していたエロ本(・・・)が、バタコに見つかってしまうという出来事があってね?

 ブルマやスクール水着のロリッ子が表紙という、極々ありふれた本ではあるんだが。

 でもその日から、バタコが思春期に突入してしまって……」

 

「――――ちょっと待て!! それ思春期と関係ないんじゃないか?!?!」

 

 思わず立ち上がり、ジャムおじさんに詰め寄る。だが彼は「やれやれ、困ったものだ」とばかりに、のほほんとした顔。

 

「最近、少し冷え込んで来ただろう?

 だからあの日、バタコは作業場にいる私のためにと、セーターを取りに行ってくれた。

 でも部屋のクローゼットを開いた途端……、私の秘蔵のエロ本たちが、もう雪崩のようにバサバサーっと落ちてきたらしくてね?

 おそらくは、それがショックだったのだろう……」

 

「そらショックだよ!! 女の子にとっちゃトラウマ級だよ!!

 あんた何してんだよ!? セーター取りに行ってくれた、心優しい女の子に!!」

 

「不幸なことに、ちょうどそこは、私のあらん限りのロリコン魂が詰まった場所だった……。

 せめてそれが熟女本であったならと、後悔してもし切れない」

 

「そういう問題じゃないよ!! ……いやコレもデッカイ問題だけど!

 つかジャムおじさんって、ロリコンだったの?!?!

 聴きたくなかったよ俺さま!!」

 

「ちなみに、これは内緒だがね?

 私が小学校に卸しているパンは、ちょうど私のサイズ(・・・・・)に合わせて作ってある、特製なのさ。

 何も知らない無垢な幼女たちは、毎日それを嬉しそうに咥えている……というワケさ。

 その姿を想像するだけで、毎日の早起きや、辛い朝の仕事だってヘッチャラだ。

 私はパン屋で良かった――――心からそう思うよ」

 

「思うな!! この変態野郎ッ!!」

 

 そらコイツと同じ空気吸いたくないわ。一緒に洗濯されたないわ。ばいきんまんは思う。

 

「けっ、警察を! こいつを豚箱へッ!!

 いや駄目だっ……! この国に警察なんてないッ!!」

 

「ふははは、その通りだばいきんまん!

 あえて言うならば、アンパンマンこそがこの国における、唯一の抑止力だが……いったい彼の頭を作っているのは、誰だと思っているのかね?

 ――――私の行為を咎める者など、存在しないのだよ!!!!」

 

「娘に咎められてるだろッ! おもいっきり嫌われてるじゃないか!!」 

  

 ジャムおじさん改め“ペドおじさん”の笑い声が、高らかに響く。

 この柔らかな笑み、あたたかな笑顔を、今まで好意的に感じていたものだけど……コイツがロリコンの変態中年だと知った途端、一気に印象がひっくり返る。

 

 こいつが子供達を見つめる瞳は、実はとてつもなく邪悪な物だった――――

 子供が大好きなジャムおじさん――――このなんでもない言葉が、今はもう違った意味に聞こえる。

 そらバタコさんもグレるよ! あんなにも良い子が、あんな風になるワケだよ! ばいきんまんはすごく納得した。

 

「くっ! 確かに“キノコパン”と言い張って作ったパンを、バタコに阻止されはしたが! 

 だが私は諦めんぞ! 必ず私のパン(・・・・)を、無垢な幼女たちに食べさせてみせる!!」

 

「黙れよ!! むしろ死んじゃえよ!!

 俺さまもう、お前と同じ空気を吸いたくないよっ!!」

 

「君も、娘と同じことを言うんだね――――」

 

 

 ばいきんまんはゲシッとペドおじさんに蹴りを入れ、部屋を飛び出した。

 もうコイツは駄目だ。もうこんな所には居られない。そう言わんばかりに。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

「ふぅ……やれやれ。とりあえず入れてくれてありがとうなのだ。

 今日はな? 俺さま話があって来たのだ」

 

「…………」

 

 カーテンが締め切られた、薄暗いバタコさんの部屋。

 女の子らしい装飾や、愛らしい人形なんかが並んではいるけれど、主の心境を表すかのように、ドンヨリと空気が濁ってしまっている。

 

 今ばいきんまんは、廊下での長きに渡る説得のすえに部屋に入れて貰い、こうしてバタコさんと向かい合っている所だ。

 彼女の瞳はハイライトが消え、まるでレイプ目のようにはなっているが、こうして座布団とお茶を用意してくれるあたり、まだ本来の優しさは失われていないように思える。希望はあるのだ。

 

「えっとな? さっきペドおじさ……じゃなかった、ジャムおじさんとも話をしてきてな?

 大体の事情は聴いて来たのだ」

 

「…………」

 

「正直、これは酷いと思う……。

 悪のカリスマたる俺さまをしても、弁護のしようが無い……。

 人の業や、欲望っていうのは、ほんと度し難いモンだよ。

 もうなんて言って良いのか分かんないけども……心中お察しするぞ」

 

 ペタンと女の子座りをし、クッションを抱きかかえて「じぃ~っ」とこちらを見つめるばかりのバタコさん。

 そのクッションは、まるでこちらと壁を作っているかのよう。そのクッションごしの瞳は、じっとこちらの出方を伺っているかのよう。

 ぶっちゃけた話、ばいきんまんは物凄い居心地の悪さを感じているのだが……ここは踏ん張りどころとばかりに気合を入れている。

 あんな風になっちゃった宿命のライバル(アンパンマン)の為にも、我慢我慢である。

 

「でもな、バタコさん?

 俺さまから見ても、正直いまの状況は、良くないと思うのだ……」

 

「…………」

 

「バタコさんを責めるつもりは無いぞ?

 あんな事があれば、誰だって落ち込むし、嫌な気持ちになるよ。

 全部がまんして、ジャムおじさんと仲直りしろだなんて、俺さま言えないもの」

 

「…………」

 

「けれど、こうして部屋に閉じこもってるばかりじゃな? バタコさんの心身に悪いよ。

 それに……これはもう俺さまの都合ばっかで悪いんだが、アンパンマンがあんな風になってちゃ、すごく困るのだ。

 アイツは悪いことなんてしてないし、バタコさんだって、アイツのことは好きだろ?

 なんとかしてやって欲しいって、そう思うんだよ。

 ……特に、あの腐れおじさんがああなっちゃった今となっては、バタコさんだけ頼りなのだ」

 

 辛い想いをしているのは、バタコさんだ。

 なんせ、敬愛していた親代わりの存在が、あんな超ド級の変質者だったのだから。そりゃあ年頃の女の子としては、こうして引きこもるくらいの事はするだろう。責められないし、仕方のない事ではある。

 

 けれど……それでもばいきんまんは、アンパンマンの事をお願いする。

 アイツにパンを作ってやってくれ、またアイツと戦わせてくれと、そう頼み込む。

 

「いまバタコさんがしんどいのは、分かってる。

 それでも俺さまは……バタコさんに頼むしかないのだ」

 

「…………」

 

「だからさ……? 言って欲しいのだバタコさん。

 お前は、これからどうしたい?

 どうしたら元気になれる? どうしたら、前みたいにパンを作れるようになる?

 俺さまはそれに、全力で協力する――――全力で叶えるつもりなのだ」

 

 向かい合い、真剣な目でバタコを見つめる。

 その真摯な雰囲気を感じ取り、彼女の方も無気力ではなく、ちゃんとこちらを見てくれているのが分かる。

 

「例えばだけど、いったんこことは別の場所に住んでみる、とかはどうだ?

 俺さまの城に来る……のは嫌だろうし、俺さまが家を建ててやっても良いぞ?

 俺さまなら、もう1日もあれば、パン窯や作業場を備えた立派な家を建ててやれる。

 ……ジャムおじさんもバタコさんも、今はちょっと気まずいだろ?

 なら少しの間でも、別々に住んでみて、いったん距離を置いてみたら良いと思うのだ」

 

「…………」

 

「それか、どっか旅行にでも連れて行ってやろうか?

 アンパンマンやドキンちゃんも連れてってさ? みんなで海でも見に行かないか?

 いい気分転換になるし、きっと楽しいぞ~う?

 なによりバタコさんは、今までず~っとパン作りを頑張ってきただろ?

 たまにはこういうのも良いよ。ちょっとした自分へのご褒美なのだ」

 

 ニッコリと、あたたかな笑みで告げる。

 内心、バタコさんは驚いていた。いつも悪戯ばかりしていた彼だが、こうやって誰かを思いやる事も出来れば、優しく誰かの心に寄り添う事も出来るという事に。

 

 まぁいつもワガママばかり言うドキンちゃんのお世話をしているし、意外とフェミニストな所もあるので、ばいきんまんが女の子に優しいのは元々なのであるが。

 それでも今、彼がこの問題を解決しようとし、誠意を持って自分と接してくれているのが分かり、暗い水の底にいたバタコさんは、あたたかな毛布に包まれたような気持ちになった。

 そして……。

 

「ねぇ……ばいきんまん?」

 

 初めてバタコさんは、静かに口を開く。

 

「何を言っても、良いの……?

 おねがい、きいてくれる……?」

 

 ジッとばいきんまんの顔を見つめる。

 まるで幼い子供が、無垢な瞳で大人の顔色を伺うみたいに。

 

「おう! 俺さまにまかせとけ!

 なんでもきいてやるぞぉ~う!」

 

 でも彼は、一点の曇りもなく、そう言ってのける。

 自らの矜持にかけて。ドンと力強く、胸を叩きながら。

 

「えっと……じゃあね?」

 

 その姿を見て、バタコさんがモジモジしながら、ごにょごにょ喋り出す。

 まるで幼い子供に接するかのように、ばいきんまんは決して急かすことなく、それをあたたかく見守る。

 

「私ね……? お父さんとお母さんが欲しい(・・・・・・・・・・・・・)

 

 だが、彼女が告げたお願いは……。

 

「ばいきんまん、私のパパになって……?

 ドキンちゃんは、私のママになるの」

 

 彼の予想の、斜め上を行った――――

 

「…………えっ」

 

 思わず言葉に詰まるが、バタコさんの目は真剣だ。

 今も無垢な子供のように、「じぃ~っ!」とこちらを真剣に見つめている。

 

「あんな変態が親代わりなんて、イヤ。

 あんな人と一緒にいるなんて、吐き気がする」

 

「いや……それはもう、俺さまも全肯定しか無いけどな?

 でもな? バタコさん……」

 

「みんな知らないけど、あの人ってパチンカスなの。

 いつも夜は、汚いおっさん達を家に呼んで、麻雀ざんまい。

 お酒を飲んで暴れるし、家の前でオシッコするし、家のお金を競艇につぎ込むし。

 真夜中にアンパンマン号を飛ばして、隣町のキャバクラに行ったりする」

 

「そんなことしてたのかジャムおじさんッ!!??

 あの優しい笑顔は外面か?! クズ野郎じゃないかッ!!」

 

「あの人は、パンなんて食べないわ。ほんとは小麦が大嫌いなのよ。

 いつもお酒と、居酒屋にあるような物ばっかり食べてる。

 あぶったイカとか、なんこつ唐揚げとか」

 

「パン食えよジャムおじさん!! 自分で作ってる物だろ?! みんなガッカリだよッ!!」

 

「ダメ……? ばいきんまんは私のお父さん……イヤ?

 私、ちゃんとしたパパが欲しい……。優しいママが欲しいの……」

 

「え゛っ……えっと」

 

 これは、予想外の事態だ。

 彼女の相談に乗る為に来てみれば、まさか悪の権化であるハズの自分が「パパになって?」と頼まれることになろうとは。

 いまバタコさんはウルウルと、もう縋り付くような瞳でこちらを見ている。

 ばいきんまんはダーダー冷や汗をかく。いくら悪役の彼とはいえ、とてもじゃないが邪険には出来ない。

 

「ばいきんまん、優しい……。

 それにちゃんと信念を持って、いつも悪役をやってるでしょ?

 そういう所……ほんとスゴイって思う。ずっと尊敬してたの……」

 

「いや、褒めてくれるのはすんごい嬉しいのだが……。

 でも俺さまも、けっこう好き勝手にやってるしな?

 ほら、いつも悪さしてるし? カバ男とかも泣かせちゃってるし?」

 

「一見、どんな酷いことをしてても、ちゃんとアンパンマンが逆転出来る余地を残してたり……、みんなが大怪我をしてしまわないように、しっかり配慮してくれてるもん。

 それだけでも、ばいきんまんがすごくちゃんとしてて、とても頭が良いんだって分かる……。

 確かにアンパンマンは主役だし、花形ではあるけれど……でもいつも現場をまわしてくれてるのは、ばいきんまんだもん。すごく頼りになるもん……。

 みんな貴方を悪く言うけど……、ぜんぜん分かってないわ」

 

「いや……そのな?

 そこらへんは、知らないフリをしてくれてた方が、俺様やりやすいというか……。

 俺さまは、それが仕事っていうか……。『ばいばいきぃ~ん☆』ってぶっ飛ばされるのを、ただ笑って見ててくれた方が、プロとしてはありがたいというか……」

 

 ヒーローであるアンパンマンを立てる。

 彼の活躍の場を作り、存在を際立たせる――――

 それが悪役たるばいきんまんの役目であり、存在意義だ。この仕事に誇りを持ってやっている自負はある。

 

 けどそんな風に裏側を見られてしまうと、それはそれで困ってしまうのだ。

 子供達には、純粋な心で見てて欲しいし、正しい道徳というのを学んでいって欲しい。その為にこそ頑張ってるんだから。

 

「私のお父さんは、家庭を顧みない人だった……。

 お母さんも、産むだけは産んで育児をしない、愛のない人だった……。

 ――――そして二人とも他所で恋人を作り、私を捨てて逃げたわ。

 ねぇばいきんまん……私のお父さんになって? 私あったかい家庭が欲しい……」

 

 お も た い 。

 子供番組らしからぬ、このヘビーさは何だ。夢と希望はどこへ行った。捜索願を出せ。

 

「いっしょにお風呂に入ろう? 膝だっこして、ご本を読んで? ずっと一緒にいて?

 ……そして私が眠るまで、手を握ってて?」

 

 ――――お も た い ッ !!!!

 もう涙がちょちょ切れそうだ! ばいきんまんは泣いてしまいそうだ!

 

 誰かこの子を愛してやってくれ!

 大至急あたためてやってくれ!

 この冷え切った心を!!

 

 

「そしたら……パン作るよ? わたしばいきんまんのために、いっぱいパン作る……。

 ねぇパパ、ママ……なんでわたしをすてたの……?

 わたし、いい子になるよ……? もっといい子になるから……」

 

「――――もういい! 休めッ!!

 とりあえず今日は、俺さまの所に来いッ!!

 ドキンちゃんと三人で、川の字で寝るぞッッ!!!!」

 

 

 あったかいメシを食わせる! 毛布で包む! 抱きしめる!!

 もうばいきんまんには、それしか出来ることが思い浮かばないのだった。

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

「という事で……バタコさんは今、俺さまんトコで預かってるのだ。

 暫くこっちで様子を見ようと思ってるぞ」

 

「うん……ありがとう、ばいきんまん」

 

 今回の戦場となる、町はずれの森。

 ばいきんまんは暫し悪事を中断し、真剣な顔でアンパンマンと向かい合っている。

 

「いや、いいのだ。なにより俺さまは、お礼を言われるのがだいきらいだからな!

 お前も知ってるだろう?」

 

「そうだね。いつも君は、自分の心に従って行動してる。

 それをぼくがとやかく言うのは、違うのかもしれない。

 でも……ぼくは本当に嬉しかったからさ。

 その気持ちだけ、知っておいて欲しい……」

 

 なんかバツが悪そうに、ばいきんまんは顔をそむけて、ポリポリ頭をかく。その姿をアンパンマンが苦笑しながら見ていた。

 

「とりあえず……お前の頭のパンだけどな?

 なにかあったときは、ちゃんとバタコさんが駆けつけて、新しいのを投げてくれるから。

 もう心配しなくてもいいぞ?」

 

「分かったよ、ばいきんまん。

 これで安心して、君と戦えるね♪」

 

「おうよっ!

 まぁまだ問題は山積みだけど……とりあえず俺さま達のバトルには、もう問題ない!

 手加減はしないぞアンパンマーン! さぁ~かかってこぉ~い!!」

 

「ふふ♪ そうだね。じゃあ今日もやろうか! ばいきんまん!」

 

 そしていつもの如く、ばいきんまんが巨大なメカに乗り込み、アンパンマンがそれを迎え撃つ。

 少しばかり連絡事項はあったが、二人はいつものように宿命のライバルとして、死力を尽くして戦っていく。

 

「うわぁ~! 顔が欠けて力が出ない~っ!」

 

「あーっはっはっは! ざまぁ見ろぅアンパンマーン!

 これで俺さまの勝ちだぁ~!」

 

 果敢に空を飛び、健闘していたアンパンマンだが、ついにバイキンメカが振り回す巨大な腕を交わし損ねて、被弾してしまう。

 地面に叩きつけられ、「ううう……」と苦しそうな声を出しながら、蹲っている。

 

(大丈夫なのだ。

 しっかりバタコさんが家を出たのは確認したし、すぐ傍で待機しているハズ。

 ドキンちゃんもついててくれてるしな!)

 

 よ~しトドメだぁ~! ……なんて声を上げながらも、ばいきんまんは思考する。

 自分の状況判断は完璧だ。ほら、いま向こうの方からバタコさんが、こちらに向かってくるのが横目で見える。

 

「アンパンマン! しっかり!

 新しい顔よぉーーっ!」

 

 そしてこの場に、なにやら“むらさき色”の大きなマシンが現れる。

 このあいだ頑張って作った、アンパンマン号ならぬバイキンマン号だ。

 これはばいきんまんがあのマシンを模して作った、バタコさん専用のマシンであり、本家と同様にしっかりパン窯も備えている。もちろんデザインはばいきんまんの顔だ。

 

「あっ、パパー! 今日もがんばってねー♪ かっこいいよー☆」

 

「こっ! こらバタコさん! そういう事いわないのっ!

 いま本番中なんだからっ!」

 

 笑顔で「うふふ♪」と手を振っているバタコさんを、ばいきんまんはワチャワチャしながら諫める。

 周りで戦いを見守っている子供達は、なんか「?」って感じのキョトンとした顔だ。

 

『元気100倍っ! アンパンマン!』ペッカー

 

「くっそぉ~! アンパンマンめぇ~! もう少しだったのにぃ~!」

 

「あ! パパのために、あえてパンをマズく作っておいたよ♪

 いちおうアンパンではあるけど、甘くもなんともない、犬も食べないような味っ!

 これでアンパンマンもパワーダウンね! がんばってパパ☆」

 

「ちょ……! そういうアドリブは駄目だよぉバタコさんッ!!

 俺さまちゃんと頑張るから! ねっ?! 次からは普通に作るんだよっ?!」

 

 もうばいきんまんの事が大好きで、バタコさんがおかしな事になっていた。

 別に悪に加担するつもりもなければ、ネグレクトのつもりもサラサラない。でもパパが好き過ぎるのだ!!

 

「うわー。転んじゃったぁー。どうしよう俺さまピンチだぁー」(棒読み)

 

 ばいきんまんは上手くアドリブを効かせ、自然な流れで自らバイキンメカを転倒させる。

 こういうトラブルをどう処理するかで、演者の力量という物が分かる。ばいきんまんはこの道何十年というプロなのだ! この程度お茶の子さいさいだ!

 

「今だっ! ア~ン! パァ…………あれ?」

 

「うわぁー! 俺さまやられちゃう~っ! ……って、あれぇ?」

 

 その時、この場に轟音を伴って、アンパンマン号が現れる(・・・・・・・・・・・)!!

 木々をなぎ倒し、森を一直線に突っ切り! 戦っていたアンパンマン達の間に割り込んで来た!

 

「バタコぉぉーーー!! 帰ってきておくれぇーーーッッ!!

 お前がいないと私はぁ~!! 私はぁぁぁあああああっっ!!」

 

 そして上部のハッチを開き、中からボロボロとガン泣きしたジャムおじさんが現れる。

 もう涙ばかりか、よだれと鼻水をも垂らし、大変ばっちい顔のおっさんが!

 

「な……なによジャムおじさん! 何しに来たのよっ!」

 

「おおバタコ! 帰って来ておくれっ! お前がいないと私はぁぁぁあああああっ!」

 

 バタコさんに向かい、涙ながらに訴えるペドおじさんジャムおじさん。

 いまこの場は、アンパンマン号 vs バイキンマン号というような、両機が向かい合う光景となっている。

 

「ほら見ておくれ! 私の顔色をっ! このやせ細った腕をっ!

 お前が食事を用意してくれないから、こんなにもやつれてしまったのだよ!!」

 

「そんなの居酒屋とか、競輪場とかで食べればいいでしょ?!

 いつもそうしてたじゃないの! このクズ中年っ!」

 

「それだけじゃない! 今パン工場は、ゴミと埃だらけなんだ!

 はやく家に帰って、掃除をしておくれぇぇえええ!

 お風呂も掃除してくれぇぇぇええええっっ!!」

 

「そんなの自分でやりなさいよっ!!

 なんでいつも私ばっかり! 私は家政婦じゃないわっ!」

 

 もう戦いもそっちのけで、罵詈雑言を交わすパン工場の二人。

 ばいきん&アンパンはポカンとした顔だ。

 

「お前がいなくなったら、誰が私の世話をするんだ!! 誰が老後の面倒を見るっ!?

 決して逃がさんぞぉバタコぉぉぉおおおっっ!!

 お前はウチの子なんだぁぁぁぁあああああーーーーーーっっ!!!!」

 

「どの口が言うのよッ!! 結局は全部、自分のためじゃないっ!!

 ――――もう嫌ッ!! もう沢山ッ!! 親もジャムおじさんも、だいだい大嫌いッ!!

 みんな死んでしまえば良いのよッッ!!!!」

 

 挙句の果てに、車に装備されたドリルやビームを使って戦いだす両機。

 最新鋭のマシンを駆使した凄まじいバトルに、辺りの地面は掘り返され、木々はなぎ倒され、観客達は悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「ちょ……やめろぉジャムおじさん!!

 あんた子供に何してんだよぉーッ!!」

 

「黙れッ!! 私からバタコを奪う悪党めがッ!!!

 必ずこのアンパンマン号で、捻り殺してくれるッッ!!

 覚悟しろバイキン野郎ッッ!!」

 

「ダメだよバタコさんっ! そんなことしちゃダメ! 正気に戻ってぇ~!」

 

「うっさいのよアンパンマン!!

 アンタもたまに、ジャムおじさんと一緒にキャバクラ行ってたでしょ?!

 ぜんぶ知ってるんだからねっ!!!!」

 

 

 ――――ダメだこりゃ!! 今日はもう駄目だッ!!

 

 ばいきんまんはライバルとの戦いを諦め、怒り狂う二人を諫めることに終始。

 とりあえず、コイツらの家庭問題をなんとかしない内は、アンパンマンとの戦いなど望むべくもない。それが今日でよく分かった。

 

 

(えっと……とりあえず俺さま、カウンセリングの資格を取れば良いのか?!

 それともアルコール中毒やギャンブル中毒者の更生方法とか、そういった本を読むべきか?!)

 

 

 努力家なばいきんまんの受難は、今後もしばらく続きそうだ――――

 

 

 


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