映画【ルパン三世 カリオストロの城】、二次創作。
「あぁ困りました。どうしましょう?」
カリオストロ公国にある、小高い塔の一室。
天窓のある豪華なベッドや、いかにも女の子が喜びそうなヌイグルミ、そして様々な可愛らしい調度品に囲まれる中で、この国の公女であるひとりの少女が、オロオロと困った顔でウロチョロしている。
「どうすれば良いのでしょうか?
このままではわたくし、あの“伯爵”の妻にされてしまう」
うーん、うーんと、愛らしく小首を傾げる。
その表情は真剣で、彼女自身も真面目に悩んではいるのだろうが、もう傍目で見ている分には、その様は「愛らしッ!?」の一言。もうカワイイったらありゃしない。
まだ幼さを残す、まるで花のようにキュートなお顔。
触れたらふんわり柔らかそうな、肩でそろえられた栗毛の綺麗な髪。
清楚さを感じさせる服に包まれた、その線の細い華奢な身体は、きっと見る者に強烈な庇護欲を抱かせる事だろう。
そして今、口元に手を当てて「うーん」と悩んでいるその仕草すらも、彼女の高貴さや清廉さ、そしてお淑やかさを感じさせる。
よくある表現に【歩く姿は白百合の如し】という物があるが、それはまさしく彼女の為にあるような言葉。
彼女の名はクラリス・ド・カリオストロ姫――――
つい先日、長く暮らしていた修道院から戻ったは良いものの、今はこの塔のてっぺんにある私室に、事実上の軟禁をされている少女。
ついでに言えば、この酷い仕打ちは、彼女の婚約者であるラザール・ド・カリオストロ伯爵の指示による物である。
今のクラリス様は、いわば“囚われのお姫様”と呼ぶに相応しい状況だと言えるだろう。
「あの腐れロリコンの変態伯爵は、その権力をかさに着てわたくしを手に入れ、まだ未熟な果実のように瑞々しいこの身体を、己の欲望のままに貪ろうとしているのです。
あぁ恐ろしい、恐ろしい。なんという事でしょう」
クラリス様がトコトコと近づいて来て、私が入っている籠をズイッと覗き込む。
この部屋には彼女の他は誰もおらず、居るのは部屋の外に控えているであろう警備の衛兵達のみである。
ゆえに彼女はその孤独を紛らわす為、こうして言葉も話せぬ私へと語り掛けているのだろう。
修道院から戻ったばかりであり、親しい友人や信頼出来る付き人など、望むべくもない状況である彼女には、そんな事しか許されていないのだ。
まったく意味のない事であるとはいえ、こうして少しでも彼女の救いとなれているのであれば、矮小なこの身にはもったいない程の光栄である。
ですがクラリス様? その
あまりあそこでは、楽しみといえるような物も無かったでしょうし、そうやって空想をする事だけが彼女の慰みであったのやもしれん。
「ぐっへっへ♪ さぁ姫君、自分でスカートをたくし上げて見せなさい。
いやですっ! 近寄らないでっ! このけだものっ!
絶対わたくしは、貴方の思い通りになどっ!(キリッ!)
……あぁなんと
どんどんエスカレートして行く、乙女の空想。
クラリス様は「いやんいやん」と腰をくねらせ、まるで舞台女優のごとく見事に一人二役をこなしていらっしゃる。
重ねてになるが……つい先日まで神の家にお住まいだった御方が、そのような俗っぽい空想をするのは如何な物でしょう?
たしか幼き頃より修道院に入られていたと聞くが、一体それどこでお学びになられたのですか? あそこにはそういった類の本など、無かったハズなのだが。薄い本みたいな。
「あぁ、これではまるで、童話に出てくるお姫様のよう。
貴方はどう思いますか、ケツァクウァトル?」
同感です、私もそう思いますよクラリス様。
ちなみにだが、さっきから喋っているこの私は、この度クラリスさまへと伯爵が贈ったプレゼントのひとつ。人の子らに“セキセイインコ”と呼ばれて親しまれている、緑色の愛らしい小鳥である。
なのに何故、こんなケツァクウァトル*1みたいな御大層な名で、呼ばれねばならんのだ。
クラリス様のネーミングセンスには、少々疑問を持たざるを得ない。我が主といえども。
「そうですね……。こういった場合は、白馬に乗った王子様が助けに来て下さる~というのが、お決まりの流れなのだけれど。
でも、ここは城壁に囲まれた小高い塔の上。しかもあのように残忍な男の手中とあっては、それも難しいでしょうか?
ふふっ♪ 貴方がわたくしの
そう思うのならば、もっとマシな名前を付けて下され――――それっぽいヤツにして下されば良かったのに。
これ魔獣の名ではありませぬか。喰うてしまいまするぞお嬢さん?
そう言いたい所であったが、私は言葉を話せぬ身。加えて矮小な小動物なのである。それも叶うまいて。
檻に入った鳥である私と、悪漢によって軟禁されている彼女。
なにやらクラリス様と私は、奇しくも似たもの同士だ。“自由を奪われた小鳥”なのである。
まぁセキセイインコたる私の場合、とても野生の環境下で生きていける力は無いし、運よく金持ちの心優しいお嬢様に飼われて、毎日たらふく飯を食わせて貰えるという恵まれた身であるので、さして不満を覚えることも無いのだが。
(毎日決まった時間に檻から出して貰えて、決して狭くはない姫君の私室で、散歩のごとく自由に飛び回ることも許されている。小さくか弱い翼しか持たぬ我が身には、それで充分と言えよう)
なれど……我が身はともかくクラリス様のことは、この“檻の中の鳥”である私をしても、非常に不憫だと思わざるを得ない。
幼い頃に両親を亡くしたばかりか、あのように傲慢な男との結婚を強いられておられる。
まだ年端もいかぬ身の上だというのに、彼女が置かれている境遇というのは、もう察するに余りある物だ。
願わくば先の言葉の如く、本当に白馬の騎士のような者が現れて、彼女をここから連れ出してくれると良いのだが……。それも叶わぬ願いなのだろうか?
「さっきから思っていたのですが、このケツァクウァトルという名は、
なので貴方のことを“ケツ”と呼ぶ事とします。どうぞよしなに、ケツ♪」
やめれ――――そんな尻みたく呼ばんでくれ。ペットへの愛情溢れる名を要求する。
さっきまで「なんと不憫な我が主」とか思っていたが、この娘はいっぺん痛い目にあった方が良いのではないか? みたいな感情が頭をよぎる。
修道院帰り、箱入り娘、穢れなき純粋さ。
……そんな“ほわほわ少女”のスリーカードが揃ってしまっているが、どうか末永く大切に飼って頂きたいものだ。
私には貴方しか居ないのだから。よろしくお願い申す。
そんな風に私がパタパタと羽を動かし、全身全霊を持って抗議のボディランゲージをおこなっていると、それを知ってか知らずか、またクラリス様のお顔が「うむむ」と曇っていく。
なにやら真剣に何かを思い悩んでいるご様子であるが、一体どうなさったと言うのだろう。
私に別の名前を考えて下さっている~とかだったら、とても幸いに存ずるのだけど。
「そうですね……。まるで
やはりここは、自分自身で行動しなければなりません。
わたくしは、誇り高きカリオストロの娘なのですから。うん!」
そうクラリス様は「ふんす!」と両手を握りしめる。その瞳には決意の炎が宿り、なんかお一人でコクコクと頷いておられる様子。
口に出さずとも、もうありありと「よしっ!」みたいな声が聞こえてくるかのようだ。
「まずはこの部屋を出て、城から脱出しなければなりませんね。
もう夜も更けていますし、辺りは真っ暗でしょうけれど……、でも逃げ出すには丁度良いやもしれません。今がチャンスです」
ブツブツと独り言を呟きながら、クラリス様は「何かないかしら?」とばかりに部屋中をゴソゴソし始めた。脱出の助けになる道具は無いものかと、探しておられるのが見て取れる。
化粧台の引き出しを開け、ベッドの上をまさぐり、う~んと身を屈めて机の下を覗き込む。
影ながら私も「どうか頑張ってくだされ」と、心の中でエールを送ってみる。おお神よ、彼女を助けたまえ。ってなモンである。
「あっ! これはとても良いかもしれませんっ! 使えますっ!」
突然クラリス様がキラキラしたおめめで、屈んでいたお身体をガバッと起こす。
そしてワクワクという擬音が聞こえてきそうな様子で、パタパタと私の方へ駆け寄って来た。その白魚のようにお綺麗な手に、何かを大切そうに握って。
「見て下さいケツ、“メガネ”です。
あの伯爵から送られて来た品々の中に、紛れ込んでいたわ」
ん? と一瞬思ったが、彼女の方は嬉しそうな表情を浮かべ、ただいま絶好調。
「これをかけていれば、きっとわたくしがクラリスであるとは、誰も思わないハズです。
さぁ行きましょうケツ。これより“自由への逃走”を始めます♪」
そう意気揚々と私の鳥籠を抱え、クラリス様はイソイソと歩き出して行く。
ガチャリと扉を開け、さも自信満々といった風にニコニコとした表情で、廊下を進む。
「お仕事ご苦労さまです♪ ごきげんよう♪」
「えっ、クラリスさま……? いったい何をしておいでで?」
道中、……というか自由への逃走を開始して30秒後、廊下を警備していた衛兵に見つかった。
というか、クラリス様は普通に自分から声をお掛けになられました。
まさにカリオストロ家の公女に相応しい、花のような笑みで、見せつけるようにクイッとメガネを上げる。
「あら? うふふっ、クラリスではありませんよ♪
わたくし、スザンヌ荒川と申しますわ。
では皆さん、ごめんあそばせ♪」
「いや……貴方クラリス様でしょう?
部屋にお戻り下さいませ。もう夜も更けておりますゆえ」
――――離してっ! 離して下さいっ! 無礼者っ!
そう髪を振り乱して悲痛な声を上げながら、クラリス様はズルズルと手を引かれ、お部屋に連れ戻されて行った。
◆ ◆ ◆
「そんな……わたくしの完璧な変装が、見破られるだなんて……。
なんという事でしょう……」
あれから1分後、今この場には「ガックリ!」とばかりに膝を付くクラリス様の御姿がある。
深く項垂れ、前髪で隠れているお顔には、きっと絶望の色が浮かんでいるに相違ない。
「流石は、我がカリオストロ公国の衛兵さん……。
まさか、これほど優秀だなんて……。素晴らしい人材ですね!」
よよよ……と泣き崩れ、深い絶望に沈んでいる。
一見すれば、声を掛けるのも躊躇われる程に、悲痛な御姿に見えるのだが。
「
まさかメガネを掛けていても、わたくしだと見破るだなんて、思いもしませんでした……」
ポロポロ涙を流しながら、クイクイとメガネを上げる仕草。
いま確かに、わたくしはメガネを掛けている。だからこれは有り得ない事なのだと、まるで信じられないようなご様子である。
「え、エスパーですっ! 彼はエスパーに違いありませんっ!
でなければ、これは説明の付かない事態です!
まさかメガネを掛けていたのに、見破られてしまうだなんて!
とても人が成せる業ではありませんものっ!」
貴方のその
なぜメガネ掛けただけで、イケると思われたのですか――――
そうお訊ねしたく存ずるも、この身は物言えぬ愛玩動物
「あっ! こちらにサングラスを発見いたしましたっ!
先ほどの物とはちょっと違いますし、今度はイケるかもしれません(フンス!)」
やめとけ――――無理やて。そういう問題とちゃうて。
思わず生まれ故郷である“ナニワ”の言葉でツッコミを入れてしまうが、私の心の声は彼女に届かない。
今も引き続き「どうしよっかな~?」みたく悩んでおられる様子だ。
「見ていて下さい、お父さまお母さま……。わたくしはやりますっ!
カリオストロ家の名に賭けて、必ずやこのサングラスで、試練を越えて見せますっ!」
――――そのグラサンを外せ。いっかい机に置け。
そのグラサン作った人も、そんな御大層な決意を掛けられるとは、想定してへんわ。
そうパタパタと羽をバタつかせて表現してみるも、「まぁケツ、貴方も応援してくれるの?」とすんごいポジティブに捉えられる。純真無垢か。
「念には念を押して、少しばかり表情を変えておきましょう。
これでぇ~、わたくしがクラリスだとはぁ~、思わないハズですぅ~」
――――やめれ。アゴを突き出すな。変顔をすな。
貴方は某ボンバイエのレスラーでは無く、カリオストロ家のお姫様なのだ。イメージが崩壊してしまう。
今もクラリスは姿見の前に立ち、「しゃーこの野郎!」とか言いつつアゴを突き出している。とてもご機嫌の様子だ。
しかもまだ目元にグラサンがある物だから、もう本当によく分からない状況となっていた。何がしたいのですか貴方は。いったい何を目指しておられるのですか。
「ではでは、参りましょうかケツ♪
危ぶむなかれ、行けば分かるさ! バカヤロォー!!」
そうクラリス様はアゴを突き出しながら、ふんすふんすと再び歩み出す。
――――いっぺん怒られろ。衛兵さんに怒られたらええねん。
そんな私の願いは、これよりきっちり30秒後に、すぐさま叶う事となった。
◆ ◆ ◆
「うぅ……ぐすっ!
まさか、あんなにも怒られるだなんて……思いもしませんでした」
もう大分と深夜の時刻となった、お姫様の私室。
今この部屋には、彼女がグジグジと泣く切ないお声だけが、静かに響いていた。
「知らなかった……わたくしはサングラスをかけちゃ、いけないだなんて……。
アゴを前に突き出したりしたら、いけないだなんて……。
有り得ないほど怒られてしまいました……。わたくし公女なのに……」
そりゃカリオストロ家の姫たる者が、そんな変顔してたら怒られますよ。「いえーい!」とばかりにグラサン掛けてたら怒られますよ。なんなのですか貴方は。
「怖かったです……。本気で怒ってる大人の顔は、いつ見ても足が震えます……。
わたくし、涙が止まりません……。心から反省しました……」
ひっくひっくと啜り泣き、悲しそうに天井を見上げている。
今回のことは悲劇であったが、どうかこれを良き教訓として、今後もクラリス様には強く生きて欲しいと願う。
頑張れ姫様。このケツ……いや名も無きセキセイインコめは、心より貴方を応援しておりまするぞ。
「なれどっ! ここで挫けては、カリオストロの名折れっ!
引き続き“自由への逃走作戦”を実行していこうと思いますっ!」
えっ、まだやるんですか? もう夜も遅いし、そろそろ寝ません?
そうは思うのだが、今も「えいえい、おー!」と愛らしい仕草で拳を振り上げるクラリス様の御姿に、もう何も言えなくなる。そもそも私はセキセイインコであるので、元々なにも言えないのであるが。ピヨピヨ。
「ここで止めたら、お父さまとお母さまに顔向けできません。
そんなの負け犬です。カリオストロの面汚しです。ウジ虫野郎です。
見ていなさいケツ! わたくしはやるわっ!」
貴方のその無駄な根性、いったい何なのですか? ご両親の教育の賜物?
私がそうボケ~っとアホのほうに呆けている内、なにやらクラリス様がテテテとこちらに駆けてくる音が聞こえた。
つい先ほどと同じく、その
「ごらんなさいケツ。
これは以前『護身用に』と持たされた、スタンガンという異国の道具なのです。
これを駆使し、こんなゴミ溜めみたいな場所から、オサラバいたしましょう!
あ~ばよ伯爵ぅ♪ とばかりに」
ちょうど手の平に収まるサイズの、まるで拳銃の持ち手だけをチョキンと切り取ったかのような、黒い色の道具。
それをクラリスさまは、まるで聖剣エクスカリバーの如く高らかに掲げ、\ペッカー!/と後光が差して見えるほどに、眩しい笑みをしておられる。
いま手に持っているこれが、スタンガンでさえなければ……、きっと誰もが見惚れるような、全カリオストロ国民を照らす太陽の笑みであった事だろう。非常に残念でならない。
「あ、やっぱりケツというのは、あまり響きがよろしくありませんね。
なので今後は貴方を、【コキュートス】と呼ぶ事とします」
――――何でそんな名前にするんですか。どっから出て来たんですかソレ。
ちなみにコキュートスとは、ギリシア神話において地獄の最下層に流れる川で、「嘆きの川」を意味する言葉である。縁起悪いわ。そんなセキセイインコ嫌やわ。
むしろそんな名前のペット飼っとったら、御身に不幸が訪れそうな気がするのだが、それでも構わないと仰るのか。
なんと器の広い! なんと大きな御方だ! 流石はカリオストロ公国の姫! イカスぜ!
……もしそんな風に思う者がいたら、私が
そして、そんな私を他所に、クラリス様はスタンガンに電池を入れ、カチャカチャといじり始める。
その仕草はとても危なっかしく、見ていて手を出してしまいそうになる。私の場合は羽であるが。
だがクラリス様のお顔は希望に満ち溢れ、いずれやって来る勝利の時を、微塵も疑ってはおられないご様子だ。もうニッコニコしながらスタンガン(凶器)をいじるという、何やらとても怖い光景が、いま私の眼前にあった。
何故か“ヤンデレ”という知らないハズの言葉も、頭に浮かんで来る。身体が震えてきそうだ。
「ふむ、パチパチと音は鳴りますが……、あまり迫力はありませんね。
お父さまに頂いた大切な品ではありますが、本当に効果があるのでしょうか?」
もしかして、故障しているのかも。もう随分と前に頂いた物ですし。
そんな事を呟きながら、クラリス様が手に持ったスタンガンを、自分の方へ向ける。
私が「ピヨッ?!」と声を出す間も無く、おもむろに自分のお腹に押し当てた。
「――――う゛や゛ま゛ま゛ま゛ま゛!?!?!? あ゛は゛は゛は゛は゛は゛!?!?!?」
閃光が走る――――煌びやかな王女の私室を、眩い光が照らす。
クラリス様のお身体が〈ピーン!〉と仰け反り、なんか漫画みたいに骨が空けて見えている。
ついでにバチバチバチーッ! と凄い音が鳴った。
流石は王家ご用達、特注のスタンガンであった。
ぴ……ピヨ?
そう私が、光から顔を覆っていた羽を下げてみれば、そこにあったのは床に倒れ伏す、カリオストロ公国のお姫様の姿。
気のせいかもしれないが、なんかプスプス~という音と共に、そのお身体から煙が上がっているように見える。ほのかに焦げたような臭いも。
『おい! 何だ今の声は!?』
『姫様のお部屋からだったぞ! 何があったんだ!?』
やがてドタバタと音がして、この場に多くの衛兵さん達が駆けつけてくる。
言うまでもない事だが、彼らは〈グッタリ!〉と床に倒れ伏しているクラリス様を見て、ひとり残らず全員絶句していた。無理もない事である。
「ひっ……姫様ぁぁぁーー!! しっかりして下さい姫さまぁぁぁあああーーッッ!!」
「敵襲か!? どこへ行きやがった!!」
「おのれぇぇーー!! まだ年端もいかぬ、いたいけな姫様を狙うとはッ!!
許さんぞ外道めがッ!! 一体どこのどいつだぁあぁーーーッ!!」
――――いえ。それ姫様ご自身です。自らなさった事です。
私がセキセイインコでさえ無くば、そうハッキリ証言してあげたのだけど、残念ながら現実はままならない物だ。
今も彼らは、居もしない侵入者を探し、ライフル片手にキョロキョロとそこら中を見渡している。とても不憫なことだ。
「隊長、担架を持ってきましたっ! ここに乗せて下さいっ!」
「すぐ医者を呼びますっ! どうかご辛抱を! それまで頑張って下さい!」
「死ぬなぁクラリス様ぁぁぁーー!!
貴方はカリオストロ公国の希望なんだぁぁぁあああーーーーッッ!!!!」
――――アンタらの希望、自分にスタンガン喰らわせてましたよ?
ちょっと教育がなってないんとちゃいます? と僭越ながら進言
まぁ先ほどは私も「大人のひと呼んでぇー! 大人のひと呼んでぇー!!」とばかりに一生懸命ピヨピヨ叫んだので、ここで少しばかりお水を頂こうと思う、休憩させて頂く。
後はお任せします、頑張って下され人間の皆さん。
どうかクラリス様をお救い下されと、私は神とお医者様に祈った。
◆ ◆ ◆
「王族って、あんなに怒られる事あるんですね……。
わたくし、軽くビックリいたしました……」
1時間後。無事に復活したクラリス様が帰還し、私にイジイジと語り掛けていた。
愛らしい小動物と接することで、少しでも心の傷を癒そうとするように。
「おしりをペンペンされたのは、いつ以来の事でしょう……?
とてもヒリヒリするし、スタンガンも取り上げられてしまうし……。
わたくし踏んだり蹴ったりです。うぅ……! ひっく!」
未だ止めどなく流れる涙、アンド鼻から出てくる液体。それをチーンとかみながら、クラリス様はえぐえぐし続ける。
その姿は、まるで幼子のよう。林檎のように顔を真っ赤にして、えーんえーんと泣く。
ペットであり、従者である事を自任する私は、もうこの御姿には「おいたわしや」と言う他ない。ピヨピヨってなモンである。
ちなみに彼女をペンペンしたのは、この城の衛士隊長を務める、グスタフという御仁であるそうな。
彼はこの国で一番身体の大きな男で、その無双と謳われる怪力は、広く国内外に知られている。猛者中の猛者である、
そしてカリオストロ随一の忠義者であるから、きっと内心では滝のような涙を流しつつも、心を鬼にして【クラリス様のおしりペンペン任務】を遂行したのだろう。
これにはセキセイインコである私をしても、まこと大義であったと言わざるを得ない。貴方は立派に大人の役目を果たされたのです。存分に誇られよ。
「部屋に鍵もかけられてしまいましたし。酷いです……。あんまりです……。
仏の顔も三度まで、と言うではありませんか。
なら“あと一回”はイケるはずじゃないですか。今回は許すべきではありませんか。
どういう事なのですかグスタフ……」
――――小賢しいよクラリス姫。貴方がどういう事だよ。
たしか国民達の話では「可憐で、お淑やかで、まるで聖女のような人物」だったハズなのだが、こうして一緒に生活してみると、見たくもない姿をガンガン知ってしまったりするものから、もう何とも言えない気分になる。
ホント貴方、私が物言わぬ小鳥で良かったですな? もし仮に言葉を喋れたら、貴方の姫としての権威が失墜してますぞ? みんなに「おバカ姫」って呼ばれちゃいますぞ?
「関係ないですが、やっぱりコキュートスっていうのは変ですよね?
なので貴方の名前は、【ちょんまげ】にします。
一緒にがんばりましょうね、ちょんまげ……ひっく!」
――――無いわ。私ちょんまげ無いわ。泣きながら何を言うとんねん。
そういうのは、せめて
私が日本生まれだと思って、適当な名前つけやがって。いっぺん噛み付き
「さぁちょんまげ! 次の作戦ですちょんまげ! 元気出して行きましょうちょんまげ!
わたくしに良い考えがあるのですちょんまげ! 聞いて下さいませちょんまげ!」
――――野郎! 気に入りやがった! これで確定だというのか!
きっとこれが、一番言いやすかったんだろう。しっくり来たんだろう。だがそんな殺生な。
まるで電話のベルのように、そうけたたましくピヨピヨ叫んでみるも、クラリス様は「気に入ってくれたみたいね♪」とご満悦。ポジティブちゃんかお前は。
関係ないけれど、さっきからクラリス様の喋り方が「語尾にちょんまげを付ける人」みたくなっているので、どうかご自重いただきたく存じ候。王族の威厳が無くなってしまう。
「この塔は、ビルで言えば10階に相当する高さです。
けれど思い切って、
――――そのファイティングスピリッツなんやねん!! どうなっとんねんカリオストロ公国!!
お前は修道院で、いったい何を学んで来てん! 一般常識は習わなかったのか! そうこの時ばかりは、人と言葉を交わせぬこの身を恨んだ。思いっきり説教してやるのに。
「大丈夫、こういうのは意外と平気な物なのです。
宮崎アニメでは、皆さん高い所から落っこちたりしていますし。
きっと、“ちょっと痛い”くらいで済むわ♪」
――――変なこと知っとるのぅ! この箱入りは!
怒りと不条理で、血管が切れそうだ。なんで私がこんな状態にならんといけないのだろう。私って小動物なのに。
そんな想いを爆発させるが如く、史上まれに見る程の大暴れを籠の中でしてやったのだが、クラリス姫は今も「~♪」と機嫌良さげに、窓からヒョコッと顔を出して高さを確認していたりする。
こっち見ろこの野郎。意外といけそうですね、とか言ってるんじゃない。そんなワケあるかバカ。
「なにやらわたくし、ワクワクして来たわ。こんな気持ちは初めて。
私がんばるわね、ちょんまげ。貴方のように空を飛んで見せます」
やめれ。死ぬぞ。考えなおせ。
滑車を回すハムスターの如く暴れ狂ってやるが、そんな事も気にせずニコニコと微笑むクラリス姫。「わたくしを応援してくれているのね」と、またしてもポジティブに解釈される。
王族ってのは皆、頭がイカレているのか。だから民衆に圧制とか強いるのか。
「では参りましょう、ちょんまげ。
ふたりはいつも一緒よ♪」
えっ、なんで私を〈むんず!〉と掴むの? 素手で捕まえるの?
何でそんな時だけワイルドなの? この一瞬でいろんな事が脳裏を駆け巡る。
そんな哀れな小鳥さんを他所に、まるで風呂にでも入りに行くような軽やかな足取りで、クラリス様が窓際へ歩いて行く。
よぉ~し、いっくぞぉ~♪ とでも言わんばかりに、らんららーんとスキップしながら。
先ほどは従者である事を誓い、御身を心から心配つかまつったものの……まさか今日この場で無理心中をされるとは、思いもしなかった。
いま〈むんず!〉と掴まれているから飛べないし、きっとこのままアホのクラリス姫と共に、固い地面に激突して死ぬのだろう。
何故だ。どういう事だ。私はいたいけなセキセイインコだぞ。こんな理不尽な話があるか。
神はもう死んだのか。動物に慈悲は与えられないのか。それともグァムで休暇でも取ってんのか。ビーチパラソルの下でトロピカルジュースか。
「えーい!」バリィィィン
――――窓を突き破ったぁぁーー! せめて開けて飛んでぇぇーー!!
そうピヨー言うてみたけど、その声は風の音でかき消えた。
まぁどっちにしろ死ぬんだろうが、けれど窓を開ける→心の準備をする→覚悟を決めて飛ぶ、というバンジージャンプにおける必須の行程をすっ飛ばされた事には、大きな悲しみを覚えずにはいられない。*2
落ちる、落ちる、落ちる――――落ちていく。
まるでこの数舜が、永遠にも感じられる、ゆっくりとした時間。これまでの短い人生の思い出が、まるで濁流のように頭の中に押し寄せ、次々に浮かび上がって行く。
はっはっは、これが世に言う“走馬灯”というヤツですな? 最後に良い経験をさせて頂きましたよ。かたじけのう御座いまする。
パパ! ほんとに走馬灯ってあるのね! あたしビックリしちゃった!
天国に行ったらそう報告し、死んだ者同士ひとつ盛り上がってみようではないか。
そんなしょーもない事を思い描くのが、まさかこの人生で最後の意思になるとは……。
許さぬぞ人間共。七代先まで呪い倒してくれようぞ。カリオストロ公国に災いあれ。
「よっ! はっ! ほっ! やっ! うりゃ!」
そうこうしている内、我らは地面へ到着。
いまクラリス姫が、なんか
「ふぅ……、着地成功です。
漫画で読んだ【五接地転回法】というのをしてみましたが、意外と出来るものですね」
――――あ、クラリス様バキ読んではったんですか。貴方グラップラーだったんですか。
彼女は箱入り娘だし、読書とか好きなんだろうな~。だったら有り得るよな~、とかそんなワケあるか。
クラリス姫の手の中で、私はガクガクと震える。寒気が止まらない。
「本来この着地法は、7~8m(ビルの三階相当の高さ)が限界だそうですが……。
でもカリオストロの公女たるわたくしなら、きっとやれると信じていました。うふふ♪」
――――だからファイティングスピリッツ!!??
いま「ふー!」っとばかりに手櫛で髪を整えている彼女を、私は驚愕の瞳で見つめる。
まぁ真の意味で“鳥目”であるのだが。クリクリしておりますぞ。
知識は身を助ける。どんな経験も無駄にはならない。……直訳すると「バキを読んでいて良かった」
そんなクラリス様のムフー! みたいな満足気な顔を眺めながら、私はもうどうにでもしてくれ、と言わんばかりの心境である。
もう世間知らずとか、箱入りとか、常識を知らないとか、そんなレベルではない。
このお姫様は狂っている――――カリオストロ公国の野獣だ。ほっとけば何するか分からん。
とりあえず、微力ではあるが従者として、この困ったお姫様の傍に居てやらなければ。なんとか支えてやらなければ。
地面に降り立ち、パッと手を離されて自由になっても、私が「ギャー!」とばかりにこの場から飛び去らなかったのは、そんな想いがあったからなのかもしれない。
あんな体験をさせられておいて、我ながらどうかとも思うが。未だ私の身体はガクガクと震え、なんかすんごい飛びにくかったりもするけれど。
まぁ“乗り掛かった舟”という言葉もある事だし。私セキセイインコやから、野生ではよぅ生きていかんし。飼ってもらうしかないし(白目)
「さぁ参りましょうちょんまげ! 自由への逃走です!
うふふ♪ またわたくし、胸がドキドキしてきたわ。これって変かしらね?」
変なのは、貴方の頭です――――
そう全力でツッコミたいのだが、もう私は心底疲れました。なのでお好きにして下さい。
チキショウなんて夜だ!! みたいな気分に私が浸っていると……、突然この場に、なにやら慌ただしい足音が聴こえて来た。
『おい! 姫のお部屋の窓が割れているぞ!!』
『姫が庭に降りているぞ! 一体どうやって!?』
人の子よ。この世には貴様らが思いもよらぬ、異形の生命体が存在するのだよ――――
私が小鳥ではなく、ラノベに出てくる魔王とかだったら、きっとそう言ってやる場面であったに違いない。
まぁその“未知の生命体”って、お前らの姫やったりすんねんけどな。
ええからはよ捕まえたれ。はよこっちに来たまえ。はよ。
「何をなさっているのですか姫! さぁこちらへ!」
「あぁ……髪やお召し物にガラス片が……。
いったい何があったと言うのですっ! 誰がこんな酷い事をっ!」
重ねてになるが、これは全て、アンタらの姫自身がやった事だ。
そう教えてやりたくもあるが、なんか「教えない方が良いのかもしれない」みたいな気持ちもある。心と言うのは複雑怪奇、摩訶不思議な物である。
「さぁ姫、城に戻りましょう。またお医者さまに診て貰わなければ……。
なんとおいたわしい。代って差し上げたい程だ……」
「肩をお貸ししますか? ひとりで歩けますか?
なんでしたら、すぐに担架をお持ちいたしますので……」
「いやぁー! 離してぇーっ! 無礼者ぉ~!」
アンタ……こんなにも優しくて良い人たち向かって、無礼者て――――
めっちゃ紳士やないか。めっちゃ想ってくれてはるやないか。報われへんでぇカリオストロ公国。
そうボケッとしている私を置いて、クラリス様がズルズルと手を引かれていく。なんか今日はこの光景をよく見るなぁ~。なんて事を私は思っていたのだけれど……。
これは後日、かの怪盗ルパンとやらが巻き起こした一連の事件に決着がついた後、クラリス様ご本人が語られた事なのだが、このとき彼女の脳裏には、“ある過去”の出来事がふと浮かんでいたのだという。
今は亡き、先代のカリオストロ王。あの優しかったお父上との思い出である。
『わたくしがまだ小さかった頃、お父さまが聞かせて下さった事があるのです。
幼いわたくしを膝に抱き、慈しむような笑みを浮かべながら、お父さまはこう仰いました』
『――――クラリス、よくお聞き?
人間は首の後ろを殴られたら、
だから絶対に殴ってはいかんぞ? 頼むぞ……と』
ギャー! という悲鳴が、深夜のカリオストロ城に響き渡った。
「クラリス様!? おやめ下さいましクラリス様!!」
「なぜ我らの
いま私の(鳥目の)眼前には、クラリス様の手によりバッタバッタと倒れていく、哀れな衛兵たちの姿。
みんな「ふげっ!?」とか「ぬふっ!?」とか間抜けな声を出しては、次々に地に伏していくのだ。首の後ろを殴られて。
「えーい! えーい!」
「お止め下されクラリス様ぁーっ! なぜ我らの首ばかりを狙……ぎゃーっ!!」
「助けてくれぇー! 姫がご乱心だぁー! うぎゃー!!」
「取り押さえろっ! なんとか丁重に取り押さえるのだっ!
カリオストロの衛兵の誇りを見せてやれぇー!」
――――もう何だコレ、みたいな心地だが、彼らはみんな真剣にやっている。
かたや、自由を手に入れる為。かたや心から姫をお慕いし、その身を護らんが為。
なにやら激しく間違っているような気がするが、どちらも真剣に頑張っているのだ。ご理解いただきたく思う。
そして、やがてドタバタとなんやかんやあり、ついにクラリス姫は勇敢なる衛兵殿に後ろから羽交い絞めにされるに至り、ようやくその動きを止める。
ここに至るまで、姫は二桁に迫るほどの人数を気絶させたのだが、これは決して彼らが弱いのではなく、なんとか姫を傷つけぬようにと気遣った結果である。分かってあげて欲しい。
「姫、どうか静まりたまえ! いったい何があったと言うのですか!?」
「――――いやぁーッ! はーなーしーてぇぇーーッ!! お願いぃぃーーッッ!!」
「そんな島〇須美ボイスで、迫真のシャウトをせんで下さいっ!
我らとて縮みあがってしまうっ!!」
無駄に悲痛な声、無駄に胸に迫る叫び。
清廉さと柔らかさ、そして愛らしさを兼ね備える、まさに天使のようなお声だというのに。この場においては大変な無駄遣いと言わざるを得ない。
何が「離してぇー!」じゃ。お前が悪いんやないか。
そして、再びで申し訳ないが、ここから語るお話も、後日クラリス様ご本人から聞かされた物である。
衛兵たち数人がかりで押さえつけられた彼女の脳裏には、この時も幼少期に体験した“ある思い出”が浮かんでいたのだという。
『これもね? 昔お父さまが仰ったの。
幼かったわたくしをお風呂に入れて下さりながら、お父さまは言ったわ』
『良いかクラリスよ?
人間は金玉を蹴り上げられたら、
だから絶対に蹴り上げてはならんぞ? 頼むぞ……と』
ぬわー! みたいな悲鳴が、再びカリオストロの空に木霊した。
「クラリスさま!? なぜ我らの金玉をっ!?」
「おやめ下さいクラリス様っ!
そこは男にとって、命と同じくらい大切な器官で……ぎゃーす!!」
腕を振りほどいて、金的蹴り。
即座に眼前に居た者へも、金的蹴り。
まるで清流のごとく流れるような動作をもって、次々と金的蹴り。
この場に沢山の屍が積み重なっていく(ギリ死んではいないようだが)
「えーい! これがクラリス・ド・カリオストロの金的蹴りじゃーい!
えーい! えーい!」
「逃げろぉー! 金玉を蹴られるぞー! いったん退けぇーっ!」
「うわー! お止め下さいましクラリス様ぁー!
淑女が金玉とか言うてはなりませぬ~っ! どうかお取り止めを~っ!!」
よいしょー! よいしょー! とばかりに次々と金的を入れていくクラリス姫。
――――長くねぇなこの国。近いうちに滅ぶな。
私の脳裏には、ふとそんな予感が浮かんだりしていたのだが。まさかそれが半分当たってしまう事になるとは。この時はまだ知る由も無かった。
「うおっ!? 駄目だぁーっ!
いくら押さえつけても、諦めずに金玉狙ってくるぅー!」
「なんと屈強なご意思! なんと剛直な戦い! なんと執拗な金的!
まさかそんなにもまっすぐに、金玉だけを狙うとはっ!
流石はカリオストロ家の公女で御座いますッ!!」
「わああああああ!(島〇須美ボイス)」
いやしたらアカンやろ。クラリスさま女の子やで? 金玉アカンやろ。
いま彼女は、例え組み伏せられようが羽交い絞めにされようが、その傍から〈キーン!〉と金的を叩き込み、のらりくらりと衛兵たち相手に立ちまわっている。
時に足で、手で、頭突きで。五体のありとあらゆる箇所を駆使し、蛇を思わせる変幻自在な動きで、相手の金玉だけを的確に捉えていくのだ。
どうでも良いけど、何その動き? 何その高度な技術?
最近の修道院では、かような戦闘技術をも教えているのだろうか。セキセイインコにはもはや知る由も無い。別にどうでも良いとも言う。
「淑女がッ! 淑女が頭突きで金玉を!?!?
カリオストロの姫、恐るべし也!!!!」
「ロケットみたいに突っ込んで来るっ!
一直線に! 金玉目掛けて! 頭突きで突っ込んで来るっ!!!!」
「きぃえええぇぇぇーーいッ!!(島ボ)」
もうやめて――――やめてあげて。
流石に従者とはいえ、衛兵さん達が可哀想になって来た。もう許してあげて。
そんな私の心の叫びが届いたのかは分からないが、今この場に、どこからともなく“不二子さん”が現れ、クラリス様の身体をひょいっと持ち上げた。
まるで親が子供にするみたいに。いわゆる「高い高ぁ~い!」というヤツだ。
「おぉ! 不二子どのは
「勝てる! 勝てるぞこの
我らの勝利に御座るぞ!! あっぱれぃ!!」
うるせぇよ馬鹿共。もう黙ってなさい。
そんな私のため息と、この場の者達の拍手喝采の中で、姫様は「やーん!」とばかりにジタバタ暴れる。陸揚げされた魚みたいに。
不二子どのがクラリス様を小脇に抱えたまま、スタスタとこの場から立ち去っていく。
「離してぇぇーーッ!! 不二子さんのいじわるっ! いじわるぅぅーーッッ!!
こうなったらもう、代々カリオストロ王家に伝わる、秘密の自爆ボタンを押すしかッ……!」
「はいはい、いいから大人しくなさいな。今日はもうおしまいよ。
……また今度、ちゃんと手を貸してあげるから」
ボソリと、そう呟かれた言葉――――
きっとこれは、この場の衛兵たちには聴こえなかっただろう。
小鳥(セキセイインコ)である私だからこそ、聞き取れる大きさの声だった。
◆ ◆ ◆
その後、あえなく“自由への逃走”に失敗したクラリス様は、伯爵が強いた結婚式(これは国をあげての大規模な物だ)の準備に追われ、とても多忙な日々を送る事となる。
だがその狂乱めいた忙しさで、城の者達がみんな目を回す中……、その隙を突くようにしてクラリス様は、見事に城からの脱走を果たす。
花嫁、それも王族たる者が着る、清楚ながら華やかな純白のドレス。その仮縫いをおこなっている最中、そこから逃げ出して見せたのだ。
あの夜に約束した通り……峰不二子どのがさりげなく用意してくれていた、シトロエン・2CVという名のレトロな自動車に乗って。
まぁクラリス様は未成年だし、運転などした経験が無く、聞く所によれば途中でえらい目にあってしまったと言うが……。だがそれにより、なにやら
恐らく、きっとここらへんは、これを読んでいる人間諸君の方が、ずっと詳しいのではなかろうか?
「
それはどうでも良いが、この度いっしょに我らと暮らす事になった、このカールという犬は、なんとかならない物でしょうかクラリス様?
この駄犬めは、隙あらば私を喰おうとするのです。野蛮にも噛み付こうとするのです。
いつも貴方や、あのご老体の前では、年老いた老犬を装っているくせに。私を見つめる瞳はもう、野生の獣のそれなのです。
もう何度もこの檻をこじ開け、空に向けて“自由への逃走”を敢行しようかと思いましたが、なれどこの身はセキセイインコに御座います。人の子の庇護の下でなくば、生きては行けぬ哀れな存在なのです。
ゆえに、ここはクラリス様を信じ、もう少しばかり辛抱する事といたしましょうぞ。
なんでも、町の人々の噂する所によれば……あの傲慢で好色だった“伯爵”という男は、クラリス様に
彼女を助け出す気マンマンだった怪盗ルパンなる御仁は、出番というか手柄を奪われてしまったらしく、あの美しい古代遺跡を仲間達と共に眺めながら、暫しのあいだ黄昏れていたそうな。
怪盗たる者が
なれど、それほどまでに頼もしき主であるのなら、我が生涯の忠誠を捧げるのも、やぶさかでは無し。
あの警部とかいうダンディな男のセリフを借りれば、こんな所だろうか?
彼女はとんでもない物を盗んでいきました――――怪盗ルパンの手柄と、私の心です。
それでは、この言葉を締めとし、私の愛しい主との思い出語りを、いったん締めくくろうと思う。
我が名は“ちょんまげ”。
王女という身分、そして塔という檻に囚われし小鳥を見守る、小さな
今は違う。もう羽ばたいたから。