「――――私は人間をやめるぞぉ! ハム太郎ぉぉぉおおおーーッッ!!!!」
春名ヒロコこと、ロコちゃんが叫ぶ。
親の仕事の関係で、こんな田舎町に引っ越してきたものの、ぜんぜん友達が出来なかったロコちゃんは“筋トレ”に没頭し、ついには頭をおかしくしちゃったのだ。へけっ♪
「フゥー♪ 見てよハム太郎、この鍛え上げられた肉体を!
岩みたいにゴッツゴツだよ! 鋼のような固さだよっ!
ねっ? ゾックゾクするでしょう……?(身震い)」
メロンみたいに大きくなった肩。富士山みたいに隆起した上腕二頭筋。板チョコのようにバキバキに割れた腹筋。まるで鬼でも宿ってるかのような背中。
まだ小学五年生で、しかも女の子なのに、ロコちゃんはいったいどこへ向かっているの? そんなオリバみたいになって、いったいどーするの?
そのプリティフェイスと、筋骨隆々な肉体が、すごくミスマッチなのだ。
今もロコちゃんは、ケージの中にいるぼくに対し、見せつけるようにして自らの筋肉を誇示しているけれど、ぼくの瞳はとってもコールド。氷点下だよ。
このゴミクソ娘がやってる、ボディビルダーよろしくの「にったぁ~♪」とした笑顔と、ぼくの心底冷めた顔との対比が、もうとんでもない事になってるのだ。
「今日は足トレをやるわ! 200㎏のバーベルを担いだままスクワットしてみる! ついに200㎏の大台にチャレンジよ!
私のフォームが崩れてないか、しっかり見ててねハム太郎☆」
ぼくハムスターなのだ。そんなこと言われたって、分からないのだ。
ちゃんと背筋が伸びているか~とか、足を肩幅より広めに開く~とか、しっかり前を向いてゆっくりおしりを降ろしていくイメージで~とか、きっとそーゆうのがあるんだろうけれど、ぼくにとっては全部クソなのだ。
関係ないけど、ぼくしか見せる相手がいないの? こんな10㎝くらいしかない小動物を相手に、君はいったい何をやってるの?
筋トレとかしてないで外に出るとか、どっか遊びに行くとかして、たくさん友達を作る努力をすべきなのだ。ロコちゃんは間違ってるのだ。
人見知りだからって、部屋に引きこもってたらいけない。安易な道に逃げ込んだらいけないのだ。
人付き合いってゆーのは、どんな人だって苦労してる。誰だってそーなのだ。
それでもみんな、自分を成長させていくために、そしてより良い実りある人生を歩んでいく為に、必死にがんばってるのだ。
なにか特別な理由があるわけでもなく、ただ怖いからって人と関わる事から逃げ出すのは、卑怯者のする事だよ。そんなこれ見よがしの逆三角形ボディをしていたって、自らの弱さを覆い隠すことは出来ないのだ。
「 あァアあ゛ァァあ゛ァッ!!!! ……へへあぁ~! へへあぁ~!
あァアあ゛ァァあ゛ァッ!!!! ……へへあぁ~! へへあぁ~! 」
筋トレ時の独特な息遣いをしながら、ロコちゃんがバーベルスクワットに打ち込んでる。
このくそざこメンタル娘には一人も友達いないから、当然“補助”を受け持ってくれる人もいない。もし疲労で後ろにひっくり返ったり、高重量を支え切れずバーベルに圧し潰されたりしたら、とても危険だと思う。
そもそも、こんな木造二階建ての一軒家で、家族への迷惑も顧みずに筋トレをするだなんて、ロコちゃんはおかしいのだ。イカれてるのだ。
お小遣いを全てホエイプロテインやサプリメントにつぎ込み、お年玉や親戚からのお小遣いまで、筋トレ用具を買うことに使ってるし。
そんな小学生5年生の女の子、ダメなのだ。一度きりの青春を謳歌する事なく、暗い部屋で一人ベンチプレスやデッドリフトをこなすロリっ子とか、そんなの嫌すぎるよ。
せっかく可愛く産んでくれたのに。お母さんが泣いてるよ。
ロコちゃんはクソッタレなのだ。腐れロリポップなのだ。へけっ♪
「ああっ! 私の大腿四頭筋がパンプアップしてる! すごく喜んでるっ!!
このまま続けていけば、きっとシュワちゃんみたくなれるよね? 楽しみだねハム太郎♪」
黙るのだ。その汚い口を閉じるのだ。
君は学校から帰っても、なにもする事がなくて、仕方ないから筋トレをしてる人。「身体をイジメている時だけは、何も考えずにいられる」とばかりに。
お坊さんが修行をするみたいに、ある種の“被虐”を受ける事によって、何かが許される気がしてるんでしょう?
でもその鋼の肉体は、“逃避”の産物なのだ。
寂しさや弱さを糧にして育ってく筋肉なんて、たとえどれほど美しくたって、悲しいだけだよ。
臆病者には、素晴らしい明日など、決して訪れないのだ。
逃げ出した先に、楽園なんてありはしないのだ。
君はそれを分かってない。そんな君を見ていたくはないよ。へけっ♪
「さって、ホエイプロテイン飲まなきゃ♪
筋トレ後20分以内がゴールデンタイムよハム太郎!
破壊された筋繊維の修復に、摂った栄養がまわされるの♪」
ロコちゃんが「ぜぇぜぇハァハァ」言いながら、プロテインを作る。
シェイカーをシャカシャカやってから、満足そうな顔で美味しそうにごぎゅごぎゅと飲み干す。
最近のロコちゃんは、ふとももの筋肉が発達しすぎてて、「穿けるズボンが無いよぉ~♪」と言うのが日課になってる。
大円筋が大きいから“きをつけ”出来ないとか、二の腕や大胸筋がデカすぎて私に合うシャツが無いとか、そんなしょーもない事で筋肉の成長を実感しては、ニッコニコしながら「こまったな~♪」と言う。正に自己満足の世界なのだ。
たかだか二千円くらいのお手頃さで買えて、飼育も簡単だから誰でも飼えるような小動物であり、誰かの庇護なしでは生きていけないようなか弱いペット。
そんなぼくに対してしか、彼女はその肉体を誇ることが出来ないのだ。もう見てらんないよ。
「私ばっかり栄養補給するのもアレだし、ハム太郎にも
たくさん食べて、一緒にシュワちゃんを目指そ♪ ドゥザマッソーだよ♪」
ロコちゃんがゲージに近付き、扉を開ける。
エサを持った手を中に差し入れようとした、その時……。
「――――のだぁッッ!!!!!!!」
「!?!?!?」
飛び出す! ゲージから!!
弾丸のような速度を以って、侵入してきたロコちゃんおててと入れ違いに、ぼくは外へ出た!!
「のだのだのだのだのだのだ! へけっッッ!!!!」
「 !!!??? 」
駆ける! ロコちゃんの腕を! 橋の上を渡るように!
そのままぼくは、ロコちゃんの顔面に向かって突進! “とっとこ”なんて言わせない猛烈な速さで一気に駆け、彼女の頬をハムスターシザーズで切り裂く!
掛け声と共に、一閃ッ!!
「ぐっ……ぐぎゃあああぁぁぁーーーーっっ!!!???」
ロコちゃんが絶叫。血が噴き出すほっぺを押さえならが、天井を仰ぐ。
その暴れ狂う腕に巻き込まれないよう、ぼくは即座にピョーンと飛び、スチャッと勉強机の上に着地。
けど決して油断する事なく、そこから注意深く、ロコちゃんの様子を観察する。
「ロコちゃん、覚悟は良いかい? ぼくは出来てる――――」
きっとぼくの言葉は、人間であるロコちゃんには届かないのだ。
それでもキッと彼女を睨み、ぼくは宣言してみせる。
「なっ! 何をするだァーーッ!! ゆるさんッ!!
許さないよぉハム太郎ぉぉーーッ!?」
片手でほっぺたを庇いながらも、もう片方の手をこっちに伸ばして来る。
今ロコちゃんの顔は驚愕、そしてペットの小動物風情に歯向かわれたという怒りに染まってる。人としての尊厳を傷付けられ、我を忘れているのが見て取れる。
でもぼくは、震えながら伸ばされるその手をスッと躱し、すり抜けざまに一撃。
可愛らしいハムスターのおててを横薙ぎにし、ロコちゃんの指を切り付けた。
「くうっ……!! ハム太郎、貴方ッ……!!??」
ワケも分からないまま、さらに傷を負う。
鋭い痛みを感じたロコちゃんは、おめめをまん丸にしながら、ヨロッと一歩後ずさる。
対してぼくは、その場で仁王立ち。「どうしたのだ? ぼくはここにいるよ?」と示すようにして。堂々と。
「ロコちゃん、目を覚まして。
あの日の愛らしかった君に、戻ってほしいのだ」
戸惑いが見える。
始めての反逆、始めて見せるぼくの顔に。
けれどもう、迷わないよ。ぼくは戦うと決めたのだ。君の性根を叩き直すのだ。
「ぼくがこれから見せるのはッ! 代々受け継いだ未来に託すペット魂だ!!
――――ハムスターの魂なのだッ!! へけっ♪」
覚悟とはッ! 暗闇の荒野にッ! 道を切り開くことッ!!
このクソッタレで軟弱な飼い主を、正しい方向へ導くためには、ぼくも覚悟を決めなくてはならない!
ロコちゃんをやっつけるのだ! ぶっコロなのだ! ふんすっ!
「そう……私のこと嫌いなんだ?
ハム太郎もみんなと一緒。私から離れてくんだね? へぇ……」
ゆらゆら。ロコちゃんの身体が左右に揺れてる。
俯き加減で、こちらに顔を見せないまま、悲しそうに何かを呟いてるのだ。
信じていた物に裏切られた途端、その愛情は一転して“憎悪”に変わる。
想いが強ければ強いほど、大きな憎しみになる。
ぼくたちが今まで築き上げてきた信頼が、そのまま強大なまでの悪意となって、この身を襲うだろう。へけっ♪
「――――そんなこと許さないよッ!? ハム太郎はずっと私といるのッ!!
たった一人の友達なんだからぁぁぁあああーーッッ!!!!」
無駄に鍛え上げた脚力を以って、ロコちゃんが突進してくる。
木造二階建ての床は、ドドドドっと音をたて、今にも穴が空きそうなのだ。ロコちゃんの凄まじい力に耐えかねてる。
関係ないけど、それを言うなら“一匹”だよ。
ぼくは小動物なんだから、“一人”という呼称はオカシイのだ。ちゃんと小学校で習ったでしょう?
「ハム太郎! ハム太郎!! ハム太郎ッ!!!! ハム太郎ぉぉぉおおおーーーッッ!!!!」
両手を付きだしながら、飛びかかってくる。
弾丸ライナーに飛びつく遊撃手のように!
「いっしょーけんめー鍛えた筋肉も、宝の持ち腐れなのだ。
そんなんじゃ、ネズミ一匹捕まえられないよ?」
「 ッ!!?? 」
ロコちゃんが勉強机に突っ込み、ドゴォーーン! という大きな音を立てた。
電気スタンドが落ち、本棚は倒れ、カーテンがビリビリになる。
けれど、その手の中に、ぼくの姿は無いのだ。
闘牛士のようにひらっと躱し、崩れて来る家具に紛れて、その場から姿を消したから。
「よくもまぁ、今まで筋肉を見せつけてくれたね?
ぼくはボディビルになんて興味ないのに……さんざん付き合わせてくれたね?」
吐き気を催す邪悪とはッ! 何も知らぬ無知なる者を、利用する事だッ!(ババーン!)
身勝手な飼い主に付き合わされるペットの苦しみを、思い知るがいいのだ! ロコちゃん!
「ど……どこ? どこへ行ったのハム太郎!? 居ないわっ!!」
「ふははは、こっちなのだロコちゃん。上を見てみるのだ」
キョロキョロと辺りを見回す、有り得ないくらい屈強な女の子に、ぼくは声をかける。
まぁハムスターの言葉なんて、分かりはしないだろうけど。天井にある照明の上に立ちながら。
「喰らえロコちゃんッ! ――――のだぁぁッッ!!!!」
「 ふんぎょっ???!!! 」
ぼくが投げつけた“車輪”が、天井を見上げていた彼女の顔面にヒット!
それを顔にめり込ませたまま、ロコちゃんがバターン! と床に倒れる。
「ハムスターホイールだッッ!!(ロードローラーだ! のテンションで)
のだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだ!!!!」
ハムスターのケージに備わっている、カラカラまわして遊ぶための道具。いわゆる“回し車”。それにピョイーンと飛び乗ったぼくは、ホイールごしにあるロコちゃんの顔面めがけて、拳を連打。
それにより、どんどんホイールが顔にめり込んでいく。本家ジョジョの敵キャラみたく、ロコちゃんもめっちゃブサイクになってるのだ。
「――――のだぁッッ!!!!」バッキャア!
渾身の力を込めたフィニッシュブローによって、ぼくの大事なホイールが粉々になる。もう遊べなくなる。
確かにこれは大きな損失だけれど、今はそんなこと言ってられないのだ。
ロコちゃんは人見知りの引きこもりで、親にドロドロに甘やかされて育った軟弱者。この子を叱る者なんでいるハズもなく、今まで好き勝手に生きてきたバカ娘。
だから――――ぼくが裁くッ!!
「 のだだだだ! のだぁッ!! 裁くのはぼくのマウント(パンチ)だッー!! 」
「ほんげぇぇ~~っ!!??」
ハムスターのちっちゃい手で、ペチペチおでこを叩く。
ロコちゃんは「ふぎゃー!」と情けない声を出してるけど、とても小学生のロリっ子が上げる悲鳴じゃない気がする。ツインテなのにモヒカンみたいなのだ。
「さぁタップするのだロコちゃん!
君がッ! ゴメンするまでッ! 殴るのをやめないッ!!」
「痛い痛い痛い! いたいよハム太郎ぉ!」
「弱者を切り捨てる世の中の仕組みがッ! 優しさと甘さを取り違えた大人達がッ! 子供に対する無関心がッ! 君をこんなにも哀れな存在に堕としたッ!!
ぼくの悲しみを思い知るといいのだ! 人間なんてクソなのだっ!!
それでも人間は凄いと! 素晴らしいと謳うのならッ! それを示してみせろッ!!
このぼくに! このハム太郎に対してッ!!!! へけっ♪」
やがて、全力だったぼくの攻撃は、終わりを告げる。ロコちゃんの手によって。
きっとぼくを気遣っての事だろう。あんまり強く握ったら、プチっといっちゃうと思ったんだろう。
ロコちゃんはそっと優しい手つきで、おててを振り下ろし続けるぼくを掴み、そのままゆっくりと床に置いてくれた。
小動物とは比べようもない程の、人間の強靭さ、そして頑強さを示しながら、ぼくのマウント攻撃から逃れてみせたのだ。流石はロコちゃんなのだ。
「こんな本気のハム太郎、見た事ない……。
こんなに荒ぶってるハム太郎、はじめて……」
ペットの反逆というより、頑張って戦ってるぼくの姿に、きっと思うところがあったんだと思う。ロコちゃんは横たえていた身体を起こし、おでこを押さえながらヨロヨロとだけど、しっかり立ち上がってみせたのだ。
さっきまでのオロオロした顔じゃない。しっかりと目に光が宿った、真剣な表情で。
「分かるよハム太郎……、怒ってるんだね?
友達も作ろうせず、いつもハムスターやダンベルに話しかけてる私に『しっかりしろ』って。そうハム太郎は叱ってくれてるんだね……」
ずっと一緒だった。ぼくに物心がついた時には、もうロコちゃんが傍にいたのだ。
ぼくの友達、ぼくのおかーさん、ぼくの一番大切な人。
だからこそ、ロコちゃんにはぼくの気持ちが分かる。言葉なんかなくったって、通じ合ってるのだ。
まぁ最近は、ぼくの他にも“ダンベル”という無機物の友達も出来て、いつもおはようの挨拶とか、しょーもない悩み相談とかをしてるみたいだけど。
鉄の塊にブツブツ話しかけるのは、気持ち悪いからやめて欲しいんだけど。まぁそんな事は今どーでも良いのだ。
「うん、やるよ。私ハム太郎と戦うね……?
向かい合うのが“友達”だから。しっかり受け止めるのが“家族”だもん――――」
ロコちゃんがスッと両腕を上げ、まるで範馬勇次郎みたいなポーズを取る。
それによって鍛え上げられた大円筋肉が隆起。ロコちゃんの見事な逆三角形があらわになる。たとえキッカケは、一人っきりの寂しさだとしても、これはまごう事なきロコちゃんの“努力の結晶”なのだ。すごい筋肉なのだ。
「
矮小な小動物め! 人間が一番強いんだもんっ! 分からせてあげるよっ!! 」
なんて良い顔をしてるのだロコちゃん……。こんな生き生きとした顔、久しぶりに見たのだ。
「捻り殺してやるっ!
プチッて潰して、そのまま食べてやるっ! この筋肉の栄養にしてやるっ!
それが私の友情だよハム太郎っ! 私たち親友だもんっ!!」
サイコパスなのだ――――コイツは動物を虐待するクソ野郎なのだ。
まぁ世間一般から見たら、そんなふーに見えるんだろうけど。でもこれがぼくらの形なのだ。
戦わなければ、生を実感出来ない……。そんな度し難い存在なのだ。ぼくとロコちゃんは。
「いくよぉロコちゃん! ――――のだのだのだのだのだのだのだのだッ!!!!」
「ラッシュの速さ比べね? そんなちっちゃいくせに、人間様に挑もうだなんて笑止だよ!
――――ロコロコロコロコロコロコロコッ!!!!」
ドガガガ! バッキャー! みたいな音が鳴る。
ぼくらが放つ衝撃波によって、壁に貼ってあるシュワちゃんのポスターが吹き飛び、窓ガラスが粉砕する。
一進一退。五分と五分。筋トレで鍛えたマッスルなんて、きっと使えない筋肉なんだろうって思い込んでたけど……やっぱりロコちゃんは凄いのだ。とっても強い女の子なのだ。
「くっ……!!」
「ぬぅッ……!!??」
ラッシュの速さ比べは決着が着かず、ぼくらはバシィィ! っと破裂音を鳴らしならが、お互いに後方へ吹き飛んだ。
「 いやあァアあ゛ァァ!!!! くたばれぇハム太郎ぉッ!!!!
ゴミと潰れろWRYYYYYYYYYYYYYYYYッッ!!!!!! 」
そしてすぐさま、岩のように筋肉を隆起させたロコちゃん(小学5年生)が、えいやとばかりに300㎏のバーベルを持ち上げる。
食いしばった歯の隙間から、血の混じった泡を吹き、額にビキビキと血管を浮かせながら。渾身の力でそれを投げつける。
彼女の眼下、ぼくが立っている床を目掛けて!
なんという強い目だろう。なんという眩しい姿だろう。
ようやく自分の内側に引きこもるのを止めて、小動物とはいえ誰かと向かい合うことを決めた少女。その姿のなんと尊いことか。
これほどまでに彼女は、ぼくのことを好きでいてくれた。これはその証でもあると思うのだ。
でも、
ハムスターの寿命は、長くて2年くらい。いつまでも傍にいてあげる事は、出来ないのだ。
なら……残さなきゃいけない。“ぼくの意思”を。
君の中に、ぼくという存在が強く残るように。ぼくの気持ちがしっかり伝わるように。
一人っきりになったとしても、君がしっかりと、歩いて行けるように。
「
長い爪の生えたぼくの足が、ギュッとしっかり床を掴む。
「そしてッ! 君を“道具”にしている者をッ!
虐げ、抑圧し、子供の自由意志を奪い、
そして、飛ぶ。
力強く床を蹴り、一直線に。
解き放たれた矢の如く、ビュンと音を立てて。残像だけをその場に残し。
まっすぐッ! ロコちゃんのおでこを目掛けて! 貫くような速度で!!
「 ――――絶 対 に な の だ ッ!!!! 」
ハムスター・ロケットが炸裂する。
閃光のような速度を以って、ぼくはロコちゃんにツッコんだ。
簡単にゆーと、おでことおでこを“ごっつんこ☆”したのだ。
その衝撃によって、筋骨隆々なロコちゃんの身体は大きく仰け反り、やがて〈ずぅぅん……!〉と音を立てて倒れていった。
いまロコちゃんは、グルグルおめめをまわして、気を失ってるみたい。
でもその表情だけは、どこか満足気……。
一生懸命に戦った者だけが抱く、そんな充実感が見て取れたのだ。へけっ♪
「見事だったのだロコちゃん。まさか300㎏を上げてみせるなんて。
まだ小学生なのに……(どんびき)」
愛すべき女の子をじっと見つめながら、ぼくは一人、ボソッと呟く。
この子を飼い主に持ったという誇らしい気持ちが、自然とぼくの胸から押し出されてるみたいな感じ。想いが溢れ出てるのだ。
「君の敗因はひとつ。たったひとつのシンプルな答えだよ、ロコちゃん。
テメェはぼくを怒らせた――――のだ」
君が引きこもるせいで、それに付き合うぼくもお日様を浴びれない。お散歩が出来ないよ。
それにこの部屋は、
流石のぼくも、堪忍袋の緒が切れるのだ! くさい!
ぼくの健康のため、そしてより良いハムスターライフの為にも、ロコちゃんには立ち直ってもらわなくっちゃ困るのだ。
ぼくだってお庭にいるドンちゃんと遊びたいし、外に出てたくさん友達を作りたいのだ。冒険がしたいのだ。
だから君の手を取って……いや
ぼくたちはいつも一緒だよロコちゃん。へけっ♪
◆ ◆ ◆
「――――優勝はエントリー№35番! 春名ヒロ子選手ですッ!!!!」
ワーワーという歓声と、「ナイスバルク!」みたいな声援が、洪水みたく辺りに響いている。
今ぼくは、ボディビル大会が行われている会場の客席にいる。
応援にきたロコちゃんのママの手のひらで、一緒に喜んでいるのだ。
「やったよハム太郎っ! わたし優勝出来たよっ! やったぁぁーーーっっ☆」
観客席にいるぼくに向けて、おっきなトロフィーを抱えたロコちゃんが、ぶんぶん手を振っている。
あれから一念発起して引きこもりを止め、そして駅前にある
そして半年後の今日この日、初出場&最年少で優勝という、ボディビル業界に激震が走るほどの偉業を成し遂げてみせたのだ。すごいよねロコちゃん。
「けれど……ロコちゃんに出来た友達は、ムキムキのお姉さんとか、ジムのインストラクターさんとか、そんな人ばかりなのだ。
クラスの女の子たちや、同じ年頃の子供達は、ラオウみたいになっちゃったロコちゃんを怖がって、ぜんぜん寄って来てくれないのだ……」
でもまぁ、見事に優勝という栄冠を掴んだのだし、これきっと学校の朝礼とかで表彰されるだろう。いっぱい褒めて貰えるのだ。
だから皆の見る目も変わるだろうし、これからは怪しげなマッチョの女の子じゃなくて、頼りがいのある凄い女の子として、友達も出来るハズなのだ。めでたしめでたしなのだ。
「けれど、脂質や糖質を摂りたくないからって、友達からの誘いを断っちゃうのは、どうかと思うのだ。
喫茶店とか、駄菓子屋さんとかにも、ちゃんと行くべきだと思うのだ……」
まだ小学生なのに、蒸した鶏肉とかブロッコリーばっかり食べてるのは、やっぱりイケナイと思う。ロコちゃんはもっと“人生の喜び”を知るべきなのだ。青春は一度きりなんだから、子供らしく遊ぶのも大事だと思うよ?
「ハム太郎のおかげで、優勝できたの! ハム太郎だいすきーっ☆
私達ずーっと友達だよね! ハム太郎♪」
そりゃあ「あと3回! あと三回いけるのだ!」とか筋トレ中に発破をかけたり、ベンチプレスの時にチョコンと重りの上に乗ってあげたりしたけど……、それだけでこんな劇的に効果が出るものなのかな?
もう半年前とは別人ってくらいに、大人と子供くらい成長しちゃったんだけど。ロコちゃんの身長って、いま185㎝だよ? しかもまだまだバリバリの成長中なんだよ?
そして……ロコちゃんに付き合わされてるぼくも、ヒマワリの種の他にもガッツリたんぱく質を摂ってるので、もうゴールデンハムスターとは思えないくらいの体格。
きっとモルモットとか、そこいらの子ウサギよりも、身体がおっきくなっちゃったのだ。
ものすごく健康になっちゃったし、たぶん2年とかじゃなく、もっともっと長生き出来るんじゃないかと思ってる。ハムスターの長寿記録を更新せんばかりの勢いで。
「今日もいっぱい筋トレしたね♪ 明日はもっとムキムキになるよ♪
ねっ、ハム太郎☆」
まったく、やれやれなのだ――――
もう頭部と一体化しちゃった帽子のつばを、クイッとやりながら、ぼくは嬉しそうに笑うロコちゃんに苦笑を返したのだ。へけっ♪