「はぅ~♡ 今日はとっても楽しかったですわ♪」
自室の窓の前。
マリアンヌがお星さまを見つめながら、優しくギターを奏でる。
「こんなにもあたたかな気持ち、いままで感じた事がございません。
お友達って、すごいですわ。一人じゃないって、すごいですわ――――」
今日の出来事を、何度も繰り返し思い出す。
ずっと憧れていた、友人達との語らい。誰かと一緒にいるというぬくもり。安らぎ。
「まぁカンタ君は、だいぶ渋ってましたけれど……。
あの様子なら、陥落は時間の問題ですね。きっと仲間に加わって下さいますわ」
バンドを結成しますわよ! と告げた時に、一番ブーブー言っていたのは彼だ。
以前カンタ君は「ベースなんてカッコ悪い」と言っていたし、そのポジションを押し付けられてしまった事にも、大いに不満だったのだろう。
けれど、試しに【Pantera】の曲を聴かせてみた所……カンタ君の目の色が変わった。
気付いたのだ、“重低音”のカッコ良さに。
身体の芯にドンと迫って来る、心臓を直接叩かれるような、ベース音の迫力に。
確かに、ギターは花形だ。きっとサッカーでいうフォワードのように、誰もがやりたがるポジションに違いない。
だがカンタ君は、今日生まれて初めて“リズム隊の大切さ”を学んだ。
腹まで響く重低音があるからこそ、演奏に“厚み”が出る。凄い演奏になる。
ただギターをテロテロやってるだけじゃ、決して得る事が出来ないカッコ良さ。
重厚感、迫力、音の説得力――――
Panteraが奏でる圧倒的な演奏の前に、言葉を失くし、口を開けて呆けていたカンタ君。
だがその瞳には、隠し切れない“光”が宿っていた。
お星さまのキラキラした輝きのような。
「どこか、懐かしい心地でしたわ。
わたくしにも経験がありますもの。ハッキリ分かったのです」
今カンタ君が――――ROCKの洗礼を受けた。
メタルという物を知り、己の中で、なにか大切な物に目覚めた。
Panteraというバンドから、まるでバトンを手渡されるみたいに、“夢”を受け取ったのだ。
この記念すべき瞬間に、ああして立ち合う事が出来たことを、マリアンヌはとても嬉しく思う。
曲が終わった頃合いを見計らい、そっと手渡してあげたATELIER Zを、彼がまるで宝物に触れるように受け取っていたのが、とても印象的だった。*1
まぁぶっちゃけた話……、彼がポォ~っと呆けていた所にマリアンヌが言い放った、「ロックやるとモテるよぉ~?」の洗脳術めいた一言が、実質的なトドメだったのかもしれないけれど……。
重低音のド迫力に魅せられ、オモチャなんかよりもずっとカッコいいエレキベースを握らされて、その上で「モテるよ~?」とか言われちゃったらば、抗える男の子など居ようハズもない。
今日のカンタ君は、ツンデレよろしくのプリプリした顔で、「ふーん!」とばかりに家に帰って行ったのだが……。
でもその手にはしっかりとベースが握られ、隠す事の出来ない高揚感が表情に滲んていたように思う。
これにて、めでたくベーシストGET! 頼りになる男手の加入だ。
「あのお二人も、嬉しそうでしたわ。目がキラキラしていましたもの……」
ちなみにだけど、もちろんメイとサツキの二人は、「おもしろそう! やるやる!」と二つ返事で了承してくれた。実に純粋な子達である。
実質的なプレゼントなのだが、貸してあげたエレキやマイクスタンドを、「ほくほく♪」と抱えながら帰宅して行ったし、とても喜んでくれてるのが、もうアリアリと見て取れた。
彼女らは歌が大好きだし、音楽への興味も深々。
きっと言われずとも練習に打ち込み、メキメキと上達していく事だろう。
いつまでもこの時間が続けばと、本当に名残惜しかった、今日の別れ際……。
マリアンヌが高らかにメロイックサインを掲げながら告げた「Keep on Rockin'!」*2
それにサツキ達は大きな声で返事をし、両手をブンブン振りながら、家に帰っていった。
その愛おしい後ろ姿を、マリアンヌはいつまでも見つめ続けた。
もう見えなくなっても。執事のカルロスさんに「お身体が冷えますので」と、車に乗るよう促されるまでの間、ずっと。
「……はっ! こうしてはいられませんわっ。
早速わたくし達の曲を書かなくては。
トキハ、カネナリー!」
窓際を離れ、いそいそと勉強机の方へ。
高貴さが窺える椅子に腰かけたマリアンヌは、「かきかき!」と一生懸命えんぴつを握り、どんどんノートに文字を書き込んでいく。
このたび結成された、我らがヘヴィメタルバンド【GO・EN・DAMA!】
その記念すべき一曲目――――その名も“
正直、「これをメイに歌わせる気か」という問題が発生するのだが、そんな事も気にせずに、マリアンヌは幸せそうな顔。
米国のスラッシュメタル・バンド【Slayer】、その名曲である“Angel of Death”*3からの影響を、そこはかとなく匂わせる歌詞を書きつつ、ご満悦の様子だ。
けれど……、この幼き少女の微笑ましい笑顔を、一瞬にして壊してしまう音が、とつぜん背後から響いた。
◆ ◆ ◆
「――――マリアンヌ! いるのかマリアンヌ!」
大きな音を立てて、扉が開かれる。
マリアンヌはビクッと身体を震わせ、慌ててそちらへ振り向く。
先ほどまでとは裏腹、哀れなほどに身体を縮こまらせて。
「今日のレッスンはどうした!? なぜ出なかった!?
バレエも、書道も、護身術も、語学も!
先生方が心配していたぞ! あれだけ真面目だったお前が、レッスンに来なかったとッ!!」
鬼気迫る顔。まるで般若のような。
その怒鳴り声が、マリアンヌの部屋に反響し、さらに幼い彼女を委縮させる。
「理由があるのなら言ってみろ! 恥をかかせおってッ!
何を考えているマリアンヌ! それでもHAMADA家の娘かッ!!」
いま声を挙げているのは、マリアンヌの父。
見上げるように大きな身体と、有無を言わせない迫力が、マリアンヌを苛む。
というか……今マリアンヌパパは、ウェスタンよろしくのテンガロンハットを被り、ホットドッグをモグモグしながら喋っている。
その恰幅の良さも手伝い、まるでアメリカの保安官のような風貌なのだ。
こいつ生まれは日本のクセしやがって、なんでそんな米国人に寄せてるんだ。
高名な実業家だというのに、スーツも着ないでそんな恰好してるし。いつも車じゃなくて、馬に乗って出勤してくのだ。カウボーイみたいなブーツまで履いてからに。テキサス気取ってんのか。
先ほどパパは「何を考えている!」と怒鳴ったが、お前が何を考えとんねんと言い返したいマリアンヌである。
「I'm sorry dad. But I never…」
「おっと、英語は止めなさい。ちゃんと日本語で話すんだ。
この国に来ると決めたのはお前だろう? たとえ家にいても、練習を怠るな」
しゅんとしながら頭を下げるマリアンヌに、今度は親としての真剣さを以って、言い付ける。
これは決して、パパが英語下手くそだからでは無い。10年もNYに住んでおいて、ロクに話せなかったからでは無いのだ。
マリアンヌが「日本に住みたい」と言った時、やったぜヒャッホーと喜んだりもしてない。
「ごめんなさいですわ、お父さま……。
今日はじめて、お友達が出来たのです。
どうしても、何をおいても……彼らと遊びたかったんですの」
「なぬっ!? 友達だとっ……!! お前にかっ!?」
パパのグラサンがキラーン! と光り、咥えているパイプからボハァ! と煙が噴き出す。
関係ないけど、マッカーサーみたいだ。どこで見つけてきたんだそのパイプ。
「ぐぬぬ……。ならば仕方ない。今回ばかりは目を瞑るとしよう。
だが今後は、ちゃんと前もって予定を立てなさい。
先生方に失礼だ。不義理は許さんぞマリアンヌ」
「はい、ありがとう存じますわ、お父さま。
わたくし、しかと心得ましてよ」
「しかし、友達か……。
口を開けばヘヴィメタルのお前が……。にわかには信じ難いな」
ここは普通、もっと怒る所かもしれない。
HAMADA家の令嬢ともあろうものが! 下々の者と馴れ合いおって! どこの馬の骨だ!
……とかなんとか言われ、めんどくさい事になっちゃう~というのが、上流階級のテンプレだろう。
しかしながら、マリアンヌのパパは堅物ではない。自分が金持ちだからといって、一般的な人達を見下すような真似はしなかった。
むしろ若き日の自分自身が、言葉も話せないのに見知らぬアメリカへと渡り、そこに住む心ある人達に、大変世話になったという、決して忘れ得ない恩義がある。
ゆえにマリアンヌパパは、「人との関わり」を何よりも大切にしており、その人脈を以って財を築いた人物でもある。
日本という見知らぬ土地で暮らそうという、まだ幼い愛娘の苦労を、誰よりも理解しているのだ。
マッカーサーみたいなパイプを咥え、難しそうな顔で眉間に皺を寄せてはいても、この子に「友達ができた」と言われて、喜ばないハズが無い。
親としても、異国の地で暮らす先達としてもだ。
とはいえ、この事態は流石に予想外だったのか、いま心底驚いている様子ではあるが。
「確かに、日本人のおおらかな国民性に期待し、ここへ越して来た経緯はある。
だがこれほどまでに早く、受け入れて貰えるとは……。
メタルなどという、
「……」
じっと、押し黙る。
マリアンヌは下を向き、ただその場で立ち尽くすのみ。
「NYでの生活は、憶えているだろう?
お前は器量が良く、心優しく、人に愛される類まれな資質を持つ、自慢の娘だ。
だがそんなお前が、ただROCKが好き……それもヘヴィメタルなんて物を愛するがゆえに、友達を作ることが出来なかった」
「……」
「マリアンヌ、お前に非があるのではない、
全てはクソださい時代遅れな音楽、ファッキンなヘヴィメタルのせいだ」
静かな声。理不尽に怒鳴り散らすでもなく、我が子を諭すための言葉。
だがマリアンヌは、それに頷くことが出来ない。
ギュッと白くなるくらい拳を握りしめ、口を一文字にして耐える。
「一体どこが良いんだ? メタルなんてファッキンな物。
ノリが良いだけのファッキンな演奏に乗せて、軽薄でファッキンな言葉をがなり散らしてるだけの、低俗でファッキンな音楽だ。
ファッキンな連中が、ファッキンな観客に向かい、ファッキンなライブハウスに籠って、ファッキンな音を鳴らす。
まるで騒音だ、ファッキン理解に苦しむ。ああ実にファッキンだよ、ヘヴィメタルは」
ファッキンなエレキを鳴らし、ファッキンなベースを弾き、ファッキンなドラム叩きやがって。
実に不愉快極まる! ファッキン極まるな! とマリアンヌパパは語る。
ホットドッグ片手にファッキンファッキン言う。
「だいたい何だ? トランスメタルぅ? ミクスチャーロックだぁ?
デジタルサウンドや、ラップなんぞ取り入れておいて、何がROCKだ。
私はシンセすら許せないタチなのに。ヒップホップとROCKの精神は真逆だろうに。
いったい何を考えているんだ! 近年のメタル界は! ギターで表現せんかぁ馬鹿者がぁ!!」
「えっ、お父さま……なんで知ってるんですの?」
マリアンヌが「きょとん?」とするが、パパの怒りはとどまる事を知らない。
「軽いんだよヴォーカルが! 近年のジャパメタはっ! THE冠さんを見習えッ!!
お上品に
ただ上手ではいけない! いけないのだッ!!
上手くて当然! だってプロなのだから! 大前提だ!
その上で“凄く”なくてはならないっ! 聞き手を圧倒する力を見せつけなければならん!
――――それこそがメタルの精神だろうが!! 力を証明し、己を見せつけろよ!!」
「あれ? お父さま? あれれ?」
「いいじゃないか! メロスピ聴いたって! メロデスを聴いてもぉ!
そんな『マズい野菜ジュースほど栄養がある。臭いチーズを食えるヤツが偉い』みたく、聴きやすいメタルを馬鹿にするような風潮を、私は許せんのだッ!!
そりゃーゴリゴリにハードなスラッシュメタルとか、ダークでおどろおどろしいデスメタルとか、退廃的な雰囲気のグランジとか、おしゃれなプログレとかも良いと思うよ? 理解できるよ?
でも何より“カッコいい”が真ん中にガツーン! とあるのがROCKってモンじゃないのか!?
ストラトのティモ・コティペルトが放つ、あの透き通るように清涼なハイトーンボイスに心を奪われたあの日の私は、決して間違ってなどいない!!
ドラフォを馬鹿にするなクソがぁぁぁッ!! 私はメロスピが好きだぁぁぁあああッ!!!!」
「なんで知ってるのパパ? ねぇ何で知ってますの? ねぇねぇ」
関係ないけど、マリアンヌパパは結構タカ派のようだ。
きっと長年の鬱憤とか、分かって貰えない悔しさとかあったのかもしれない。
メタル博愛主義者のマリアンヌとは、また違う形で悲しみを背負っていた。
ライトメタラーなの?*4
「ところでマリアンヌよ? 今日はお前の為に、新しいテレビを買ってきたぞぅ。
すーぐお前は壊しちゃうからな! ハッハッハ!」
「Oh! 何事もなかったかのよーに。Holy shit!」*5
マスタードをブリブリかけたホットドッグを齧りつつ、マリアンヌパパがいったん退出。その後すぐに大きなダンボール箱を抱えて戻って来る。
「今度のヤツは凄いぞぉ~マリアンヌ? ボタンひとつで色々な機能を使えるんだ。
たとえば、この青いのを押すとだな! ……ん?」
配線をし終えたマリアンヌパパが、娘に向かって自慢気にNEWテレビの説明。
だがどうした事だろう。目の前にあるテレビはリモコンを押しても、ウンともスンとも言わない。
「おかしいな、ちょっと待ていろよマリアンヌ。
確かこれを押せば……あれ? ん? んんッ……?!」
リモコンをグイッと突き出したり、高橋名人よろしくボタンを連打したり。
でもテレビ画面に変化は無い。いくらやっても砂嵐を映し続けている。
「――――ファァァアアアック!!!!!」ガッシャーン!
奇声を挙げて、テレビをブン投げる。
マリアンヌパパによる豪快なスローイングで、新品のテレビが豪快に窓を突き破り、外へ飛び出していく。
「――――Get the fuck out asshole!*6 Don’t fuck with me scrap!*7
Fuck you bastard! Fuck you!!*8 Fuuuuuuck!!!!*9」
中指を立てながら罵詈雑言。無機物に対して。
ファンシーな子供部屋、しかも自分の娘の部屋で、「ピーピーピー!!」と禁止音が鳴りそうなFワードを連呼。
どうでも良いが、ものすっごい流暢な英語だ。罵り言葉だけは。
あー、この人の血をひいてるんだなー。わたくしー。
妙に納得するマリアンヌ(10才)だった。