hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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83 ふよふよエイプー 【中編その2】

 

 

 

 その後、なんやかんやでラインアークのホワイト・グリントは倒れ、“乙なんとか”さんも海中に没する。

 

 クレイドルで最も優れたリンクス達(?)の戦いは、ショタっ子+その保護者だけが生き残って終わり。

 ラインアークは、その最も重要な戦力を、コジパン一発で失った。

 

 クレイドル、および【ショタっ子を見守る淑女の会】は安定期に入った。

 クヌギきゅんは私のだ、抜け駆けすんなよこのアマ、死なすぞ。

 誰もがそう考え、荒んだ地上暮らしで他に趣味らしい趣味もないショタ愛好家のお姉さま方は、来たるべき正妻戦争の激化に備え始める。

 

 

 だが、正にこの時――――濁り水はゆっくりと流れ始めていたのだ(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

―6―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当に良いのでしょうか……。私なんかが……」

 

 クヌギくんに手を引かれ、トコトコ歩きます。

 こんな小さな子に引っ張られている女など、通行人の方々にはどんな風に見えているんだろうと、少しばかり気になります。

 大人のクセにと情けなく映っているのか、それとも微笑ましい光景なのか。どちらにしろ恥ずかしい事には変わりありません。

 

 けれど、今クヌギくんは「プンプン!」と擬音が聞こえてきそうな程、いわゆる“おこ”でございますので、逆らうワケにもいかず。私は成すがままと言った状況。

 殿方を立てる淑女の鑑……という事にはならないでしょうね。きっと。 

 

「やっぱり、やめませんかクヌギくん?

 贅沢は敵です、心の贅肉です。

 昼ごはんであれば、私お弁当を持って来てますし……」

 

「いいの! 食べにいくのっ!

 きょうはおねぇさんと、おいしいもの食べるって、きめたのっ!」

 

 もう綱引きみたく「んーっ!」と引っ張られます。

 時に前から、時に後ろからお相撲さんのようにグイグイ押され、私には抗う術がありません。

 だってこの子、一生懸命すぎるんですもの。勢いが凄いです。

 

「おべんとうってゆったって、アレでしょ!? ぜったいダメ!

 あんなもの食べてたなんて、しんじられない! エイプーおねぇさんのばかっ!」

 

「うっ」

 

 いつもホワホワなクヌギくんらしからぬ、強い口調。

 私はたじろぐ他ありません。

 

「ぼくの目の黒いうちは、そんなのゆるさないからねっ!

 なんなの“しょーみきげん切れのゴマ”って! しかも2年!」

 

「……」

 

「それをサプリメントみたく、ザザーっと食べてるおねぇさんを見た時の、ぼくのキモチわかる!? ゼックだよゼック!」

 

 ムキャー! 言っちゃってます。クヌギくんスパーキングです。

 せ、せめてお茶碗に入れるべきだったでしょうか? 袋から直にというのは、流石にお行儀が悪かった気も(そういう問題じゃない)

 

「カレーは2日目がおいしいってゆーけど、1しゅーかんも前のヤツはダメでしょ!

 元々くさってるからって、カビのはえたナットウ食べるなんて、どうかしてるよっ!」

 

「で……でも私、()()()()()()()()

 まがりなりにも食べ物ですし、粗末にするというのm

 

「――――なにかゆった!? おこるよおねぇさんっ!!」

 

 もう怒ってるじゃないですかヤダー。とか言おうものなら火に油ですので、私は黙するのみ。

 それにしても、失態でした。やはりアレを食べている所を、クヌギくんに見せるべきでは無かったかもしれません……。

 

 

 実を言うと、最近よく食べ物を貰う機会がありまして。

 以前はユニオンからのご厚意(?)のみでしたが、近頃は知り合いのリンクス達が、頻繁に差し入れを下さるようになったのですよ。

 カレー作り過ぎちゃったの~とか、わたし納豆食べられないから~とか言って。

 ちなみに、何故か()()()()()()の人ばかり、のように思いますね。

 

 弾薬費問題の事もあり、彼女達と話すのは本当に稀。私は煙たがられていますからね。

 まぁ同僚であるウィンDお姉ちゃんを始めとし、GA所属ながら僚機仲間として良くして下さっているメイさんや、なんだかんだと人の良いダン・モロさんなどもいますし。

 私の方も、めげずに営業をしておりますので、会話自体はそこそこあるのですが。

 

 でも最近は私ではなく、何故か向こうの方から声をかけて下さるようになったのです。

 これもクヌギくんの僚機をやっている効果かな~と、なんとなしに思っている次第。

 

 彼女らは、いつも腐った食べ物やら、虫などの異物が混入している物やら、恐らくは何かしらの薬物が入っているであろう料理を持って来ては……。

 またその翌日には、「ねぇどうだったぁ~? あれ美味しかったぁ~?」と、妙にニヤニヤしながら、話しかけて下さるのでした。

 

 私はおバカな子ですので、難しいことは分りません。

 ただ、動物的な本能として、ひとつだけ分かっている事がある。

 

 そう――――食べ物をくれる人は“良い人”です。

 たとえリンゴが下から上に落ちようと、ソルディオス砲がダン・モロさんに単独撃破される事があろうとも、これだけは間違い無いのです。

 

 なので私は満面の笑みで、「ありがとう御座いました。()()()()()()()()()()()()()()」と感謝を告げました。

 けれど、その度に彼女らは「ギョッ!?」とした顔で私を見ては、何故か足早にその場を立ち去ってしまうのです。

 

 一体どうしてなのでしょう?

 私は彼女らと仲良く出来て、とても嬉しいのに……。

 

 余談ですが、私の胃腸はきっと“全人類で一番”というくらい強靭です。

 生まれてこのかた、一度も腹痛を起こした事がありませんし、たとえそれがどんな物であれ、咀嚼さえ可能ならば問題なく食することが出来ます。

 

 これも丈夫に産んでくれたお母さんのおかげですね。

 ありがとうお母さん♪ 大好きです♪

 

 

「なにお空をみてニコニコしてるの!?

 ほら、行くよおねぇさんっ!」

 

 おっと、自分の世界に入ってしまっていました。

 これでは、一緒にいるクヌギくんに失礼ですね。いけないいけない。

 私は頭をふよふよさせるのを止め、しっかりクヌギくんの顔を見ます。まぁ今もグイグイ手を引っ張られてますので、とても無視できる状況では無いですが。

 

「クヌギくん、私はお金がない……ことも無いのですが。

 でもあまり散財するというのは、どうも気が引けてまして」

 

 クヌギくんと出会ってから、早3カ月ほど経過しています。

 流石にこれだけ依頼をこなしていれば、私にあった借金も、綺麗サッパリ完済出来ました。

 

 ヴェーロノークの弾薬費や修理費の事もありますので、まだまだ予断を許さない感じではありますが、けれど私達リンクスにとって、衣食住にかかる程度のお金など、本来“はした金”と言っても過言ではないのです。

 

 考えたら恐ろしい話ですが、クヌギくんのコジパン一発にかかる費用は“4500C”。これは私達が普段使う貨幣の価値に換算すれば、普通に家が建ってしまう位のお金なのですから。

 

 そしてミッションの報酬金の相場は、大体40~50万C。これを私達は折半しているワケです。

 私達二人の場合、既にネクスト用の武器も内装も、買い替える必要がありませんので、お金はドンドン溜まっていく一方。

 

 たとえばですが、仮にあと1度でもミッションをこなせば、それだけで私の懐には、一生遊んで暮らせるだけの蓄えが出来るでしょう。

 そんなつもりはサラサラ無いにしても、金銭的には「もういつ引退しても良い」という位に。

 この汚れ切った地上じゃなく、クレイドルに移り住み、優雅で快適なお空での生活を得ることも、可能だったりするのです。

 

 しかしながら……これまでずっと清貧を是として生きて来ましたので、“外食”などという贅沢は、どうも忌避感が湧いてしまいます。

 もちろん、いつもの酒場でしているように、営業の為とか、お仕事の話をするとかの、特別な理由があれば別ですが。

 

 でも正直、食事に必要以上のお金をかけるという感覚が、どうも私には理解出来なくて。

 ごはんなんて、自分で作ればいいし。なんだったら「どれだけ食費を切り詰める事が出来るか?」という挑戦こそが、我が人生そのものと言っても過言ではありません。

 そうやってウンウン知恵を絞り、自分なりに頑張るのが楽しいのですよ。

 きっと私は、たとえどれほど裕福になったとしても、自炊や自給自足をする生活を、止めないと思います。

 

 わざわざ無駄にお金を使うだなんて、私やお母さんにとっては、とんでもない事。

 こちとらPFCバランスをかなぐり捨て、貧乏を改善するのではなく()()()()()()()()()()()のです。

 少ない栄養でも生きていけるよう、それに特化した燃費のよい身体となっているのですよ。奇しくも私のヴェーロノークのように。いくらでもQBバシュバシュ出来ますよ。

 

「――――ならぼくがゴチソウするよ! なんでもすきなのゆって!」

 

 てな事を思ってたら、なにやらエライ事になっちゃった感。

 

「え? いや私は大人ですし、クヌギくんに奢ってもらうワケには……」

 

「なんで!? いつもおねぇさん、ゴチソウしてくれるもん!

 ならぼくもかえさないと、おかしいよ! パートナーだもんっ!」

 

 これまでより更に強く、顔を真っ赤にして引っ張られます。

 もう何がなんでも、私にご飯を食べさせないと、気がすまないご様子。

 

 言っては悪いのですが、こんな小さな子に施しを受けるなど、“迷惑”でしかありません。

 もしこの事を他のリンクス達に知られでもしたら、今度こそあの酒場に、私の居場所は無くなるでしょう。

 けれどクヌギくんは、そういうのを理解できる年頃でもありません。また、なにやら得も知れない義憤に燃えているようで、まったく聞く耳を持っては貰えませんでした。

 

 まぁ……今回ばかりは仕方ないかと。

 この子も言っていた通り、私達はまがりなりにもパートナー。時には相方の顔を立てる事も必要ですから。

 

 もしこの件で、何かあったとしても、それはそれで良いかな? とも思いますし。

 あの綺麗な粉雪が舞っていた夜、私達の“別れ”について想いを馳せたものですが……それが少しばかり早まるというだけの話。

 

 私的には、まったく問題ない事。覚悟など、とうの昔に出来ているのですから。

 突然この子に「すきです」と言われた、あの始まりの日から……。

 

 思えば最近は、クヌギくんとの別れの事ばかり、考えているような気がする。

 いったい私は、何を指折り数えているのか。何を怯えているのでしょう?

 私の人生など、既に終わっている物。こんなのどうでも良い事のハズなのに――――

 

 

 

「あれ? ()()()()()()()()()()()()()()()()。こんにちは」

 

「どーしたのお兄さん? こんなトコロで」

 

「ッ!!??」

 

 そして、すったもんだあった後、やって来ました吉野家。

 私の「出来るだけ安い物を」という想いから来たチョイスでしたが、そこに牛丼食ってる乙ダルさんの姿が。

 

 ひとりカウンター席に座り、モリモリ紅ショウガを取っていた乙ダルさんは、私達が声をかけた途端、もう飛び上がるくらい驚いてました。

 牛丼ひっくり返しそうでしたもん。

 

「ち、違う! 私はマクシミリアン・テルミドールだ! オッツダルヴァなどではないッ!」

 

「なに言ってるんですか乙ダルさん。どうかしちゃったんです?」

 

「乙ダルさんも、ぎゅうどん食べるんだね~。

 しかもふつうの並」

 

 慌てふためく彼と、のほほんとした私達。対比が凄い。

 関係ないですが、なんかイメージと違いますねぇ。乙ダルさんもけっこう庶民派というか、キャラ作ってたのかもしれません。

 

「違うと言っているだろうがァーッ!

 私は貴様らなど知らん! 消えろッ!」

 

「あ、乙ダルさんって、卵も七味もかけない派なんですね。

 お味噌汁すら付けてないです」

 

「シンプルだね~。

 いーと思うよ乙ダルさん。やすいし」

 

「――――やめろ! 見るんじゃないッ! やめろォ!!(必死)」

 

 自分の丼を、ガバッと両腕で覆い隠してます。

 そんな事しても、後の祭りなのですが、どうやらよっぽど恥ずかしかったご様子。

 

 重ねてになりますが、なんか乙ダルさんのイメージが……。

 いくらタダだからって、アホみたいに紅ショウガ盛ってますし。特盛や牛すき焼き定食とかじゃなく、一番安い並って。小庶民って感じです。

 

「さて、私達も頼みましょうか。よっこいしょ」

 

「うん、すわろすわろ。うんしょっと」

 

「なぜ私の両隣に座る?! 向こうへ行けッ!!」

 

 何食わぬ顔で席に着いてみたら、おもいっきり怒鳴られました。けれど気にする私達ではありません。

 

「ぼく特盛たのんじゃおっかなー。おなかすいたしー」

 

「では私は、ミニ牛丼と(ぎょく)とお味噌汁で。

 あっ……うっかり乙ダルさんより高くなっちゃいました」

 

「馬鹿にしてるのか貴様ら!?!?」

 

 お昼時のリーマンみたく、煤けた背中をしていた乙ダルさんでしたが、私達が来てあげたので、もう寂しくないです。こんなにも元気になってくれました。

 私もクヌギくんも「キャッキャ☆」と笑いながら、烈火の如く怒鳴り散らす乙ダルさんのお相手をします。一日一善。

 

「そういえば乙ダルさんって、()()()()()()()()()()()()()()()

 てっきり亡くなったものとばかり」

 

「ゾンガイ、深くもぐれるんだね~。よかったよ乙ダルさん」

 

「ッ!?!?!?」

 

 冷や汗。もう滝のようにダーダー流してます。

 私達って、あのラインアークのミッションでは僚機でしたし、乙ダルさんが死んじゃった事に心を痛めていたんですよ。よかったよかった

 

 まぁ正直な所……、「たった20秒で墜ちた!?」と思わず口走ってしまい、あの時はクヌギくんとの間に、気まずい空気が流れたものですが。

 でも生きてたんだから結果オーライですよね?

 

「ねぇねぇ、なんでやられたんです? 元ランク1位なのに」

 

「グリントおじちゃんより、ずっとランク上だよね? なんでまけたの?」

 

「黙らんか貴様らッ!! 色々あるのだ私にもォォーーッッ!!!!(泣)」

 

 おしえておしえて♪ と二人でウザ絡みを敢行。

 乙ダルさん、もう涙目です。ちょっとカワイイ。

 

「わ、私の数少ないホーリーランド*1が……。

 馬鹿な、もう牛丼屋には行けんと言うか!

 認めん、認められるか! こんな事ッ!!」

 

「店員さぁーん、紅ショウガの補充お願いしまぁーす!

 乙ダルさんが取り過ぎたせいで、もう空なんですぅー!」

 

「こんなヤマモリにする人、ぼくみたことないっ。

 乙ダルさんは、紅ショウガだいすきなんだね♪」

 

「やかましいッ! いいか貴様ら、よぉく聞け!?

 食事というのは自由で! なんというか、救われてなきゃ駄目なんだ!

 独りで! 静かで! 豊かでェェーーッ!!」

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛!! と頭を抱えて、机に突っ伏す乙ダルさん。

 何気なしに隣に座ってみましたが、喜んで頂けたようで嬉しいです。

 私もクヌギくんと出会って、改めて実感したのですが、やっぱりごはんというのは、誰かと食べてナンボですし。胸がポカポカしますよね。

 

 ちなみに、なんか乙ダルさんが「く、クローズプランに支障が……」とかワケ分かんないこと言ってましたけど、アレは何だったのでしょう? 謎です。

 

「――――おいオッツダルヴァじゃねーか。何してんだこんなトコで」

 

「ホントだ、なんで居るの乙ダルさん?」

 

「 ふんぐぉ!?!?!? 」

 

 ふと見れば、いま大勢のリンクス仲間たちが、ゾロゾロと列を成して入店してくる姿が。

 みんな顔見知り。もちろん誰もがオッツダルヴァさんの事を知っています。

 

「あっ! 王子だ王子だ!」

 

「王子ちーっす!」

 

「王子元気か?」

 

「“王子”と“玉子”って、なんか似てる感じするよね」

 

「でもこいつ、ケチッて注文してねーじゃん。素の牛丼だけかよ」

 

「何してんだよ乙ダル。ガッカリだよお前」

 

 勢 ぞ ろ い ☆

 きっとカラード中のリンクス達が、この場に集結しているでしょう。

 恐らくは、「偶然を装ってクヌギくんとランチを御一緒しよう!」という女性リンクス達の差し金だったのでしょうが、奇しくもこの場に居合わせた乙ダルさんが、みんなに見つかってしまうという事態に。

 

「つかアンタ、死んだんじゃないのかよ!? どーいう事だ!?」(ダン・モロ)

 

「そうだよ! なんで生きてんだテメェ! おかしいだろうよ!」(カニス)

 

 私達はのほほんとしていましたが、そりゃー普通は怒鳴りますよね。

 死んだと思ってた乙ダルさんが、普通に牛丼食ってたワケですから。

 

「もしかして、わざとやられたフリを? それ敵前逃亡じゃないの!!」(シャミア)

 

「まだ小さいクヌギ君に、ヤツの相手をさせ、自分はトンズラ?

 女性であるエイ=プールさんですら、果敢に戦ったというのに。

 信じられん……、誇りは無いのか君は?」(ジェラルド)

 

「最低です。貴方を軽蔑します、オッツダルヴァ様」(リリウム)

 

「あれだけ偉そうなことを言っておきながら……。

 見下げ果てたぞ、天才坊や」(ローディ)

 

「なんと惨めな……。

 プランD、いわゆるピンチですねwww」(CUBE)

 

「今日はお前さんの払いだ。この二人に奢れ。

 異存はねぇよな? トップリンクスさんよ」(おすもうさん体型のロイ・ザーランド)

 

「……」(オッツダルヴァ)

 

 

 

 その後、みんなで王子とごはんを食べました。

 とっても楽しかったです♪

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ふぅ、大体こんなものですか♪」

 

 狭いながらも貧しい我が家(?)って感じの、私のお部屋。

 今日はミッションも何もない休養日ですので、久方ぶりに掃除やお洗濯に勤しんでいます。

 といっても、お昼が過ぎた頃には、もう全て終わってしまいましたけれど。

 私のお部屋って、バリバリの四畳一間ですし、あんまり掃除する所も無かったりしますから。

 

「エイプー洗濯機3号の調子も、良好ですね。

 この分なら、あと3年は使用できるでしょう」

 

 改良に改良を重ね、()()()()()()()

 これは、話に聞く昭和初期の日本で使われていたという、手回し式の洗濯機に着想を得て開発した物です。

 私自身がハンドルをグルグルする事によって稼働しますので、電気代はゼロ。ついでに程よく身体も鍛えられるという優れモノ。

 

 以前はギザギザの付いた洗濯板を使い、一枚一枚、手洗していましたが、これを作ってからというもの、お洗濯が劇的に捗るようになりました。

 私、リンクス引退したら、クリーニング屋さんでも始めましょうかね?

 アイロンとかも、意外と簡単に作れますから。電気ではなく“熱湯”を利用する、簡単な構造でOKなのです。

 

 さて、家事はこのへんにして、家庭菜園の様子でも見に行きましょうか。

 私のおネギやプチトマトの様子は、どんなものでしょう?

 そう思っていた矢先……。

 

「ん?」

 

 トントン、とノックの音。

 ちなみに我が家には、〈ピンポーン♪〉と音が鳴るヤツは備わっていませんので、来客の方々には素手で頑張って頂いています。

 

 それはそれとして、どうやらお客さんのようです。

 私は手早くエプロンを外し、軽く手櫛で髪を整えてから、玄関へ向かいました(3歩で到着しますが)

 

「およ? メイさんじゃないですか、どうしたのですか?」

 

「あはは……こんにちはエイプップ」

 

 扉を開けた途端、目に飛び込んで来たのは、新緑を思わせるグリーンのワンピースを来た、胸の大きな女性。

 長いポニーテールの髪や、スラッと伸びた足をタイトに包むジーンズが、健康的で活発な雰囲気を演出しています。

 

 もう絵に描いたような美人! 声だって素敵!

 きっと男の人は、このような女性を好むんだろうな~と素直に想わせる、圧倒的な説得力がそこにありました。

 

 けれど、そんなメイさんが今、なにやら申し訳なさそうな声。

 いつもの彼女らしからぬ、苦笑いなんか浮かべているのです。

 

「たまたま打合せで、近くに来たもんだからさ。

 いきなりでごめん。いま大丈夫かな……?」

 

「ええ、今日はオフですから。

 ささ、どうぞ中へ。自家製のタンポポコーヒーをお出ししますよ」

 

 あぁ、アレかぁ……。初めて飲んだ時はビックリしたけど、意外とイケるのよね……。

 そんな風に微妙な顔をしつつも、メイさんは促されるままに、中へ入って下さいました。

 

「これ、途中で買ってきたんだけど、ホントにこんなので良いの?

 別に遠慮しなくても……。ドーナツとかケーキとかさ?」 

 

「いえ、これが一番嬉しいです。

 いつもありがとう御座います、メイさん。

 かたじけない、かたじけない」

 

 ビニール袋に入った“グラニュー糖”を受け取ります。

 彼女はここへ遊びに来る時、いつもこれを手土産として持って来てくれるのです。

 もちろん、私のリクエストで。貴重な糖分ゲット。

 

「もしケーキなんて食べようものなら、()()()()()()

 一度でも人からエサを貰ったら、獣はもうやっていけないのです――――」

 

「なに言ってるか分からないけど、喜んでもらえて嬉しいわ。

 なんて不憫な子なの……」ボソッ

 

 エイプップ、すごく可愛いのに、なんでこんな生活を……。

 そうため息を付く声が聞こえますが、私はグラニュー糖を貰ってホクホクですので、さして気になりませんでした。やったぜ☆

 

「今日はお酒を飲まないのですか? 何も持って来ていないようですが」

 

「あ、うん……。たまにはシラフでお喋りするのも、いいかなって」

 

 こう見えて結構な酒豪であるメイさんは、いつもチューハイやハイボールが入ったコンビニの袋を、2つ分も持って来ます。

 けれど今日に限っては、グラニュー糖のみ。

 関係ないですが、スーパーで大量の酒&グラニュー糖を購入する女って、人から見たらどうなんでしょうかね? 「何するつもりだアンタ……」みたく思われてるかも。

 

 そして、いつものようにタンポポコーヒーを淹れ終わった私が、メイさんの対面の席に着きます。

 小さな丸いちゃぶ台を挟んで、女が二人。狭い部屋ではありますが、心なしか場の雰囲気が華やかになったような気がします。

 

 しかし、相変わらずメイさんは、どこか浮かない顔。

 落ち着かない様子で目線を彷徨わせたり、膝をモジモジ動かしたり。

 私と彼女は長い付き合いですし、一方的な物かもしれませんが“親友”と思わせて頂いている、そんな間柄。

 なので、玄関でひと目メイさんを見た途端、彼女の様子がおかしい事は、気付いていましたが。

 

「ここに来るの、もう三か月ぶり位よね?

 ちゃんと言っときたかったんだけど、いつもクヌギの面倒見てくれて、ありがとね」

 

「いえいえ。私の方こそ感謝しています。

 知っての通り、清貧を地で行く生活でしたから。

 おかげさまで、なんとか食べられるようになりました」

 

 せ、清貧……? これってそんなレベルじゃ……。

 そう何か言いそうになったメイさんですが、「う゛うんっ!」と咳払いをひとつ。表情を戻します。

 

「あの子がエイプップに声かけた時は、ホント驚いた……。

 でもアンタだったら安心だし、それはあの子を見てても分かるの。

 リンクスになってから、毎日楽しそうでね? いっつもニコニコしてる」

 

「ふむ、そう言って頂けるのは嬉しくもあり、お恥ずかしくもあります。

 メイさんやクヌギくんに比べたら、私はヘッポコですから」

 

「――――そんな事ないっ! アンタ以上の僚機なんて、どこ探したって居ないわ!

 あの子、家ではエイプップの話ばかりしてるのよ!?

 おねぇさんは凄い、ヴェーロノークはカッコいいって!」

 

 突然、少し強い口調。

 必死に何かを伝えようしているような。

 

「確かに、私も僚機稼業やってるし、そこそこ評判は良いかもしれない……。

 けど、それはあくまで、()()()()()()()()()()()

 いつも後衛に徹して、必要以上に出しゃばらずに」

 

「……」

 

「前に一度、勢い余って、私がAFにトドメを刺しちゃった事がある。

 下手くそな相方がちんたらやってる間に、私が作戦目標を片付けちゃったのよ。

 そしたら……後でおもいっきり怒鳴られたわ。()()()()()()()()()()()

 

 それ以降、私は後衛に徹するようになった。

 重量機に乗り代え、バズでノーマルやMT()()を狙う。

 それが終わったら、遠くから垂直ミサイルを撃って、さりげなくAFのAPを削るの。雇い主にバレないようにね?

 そう真剣な顔で、メイさんが心の内を語ります。

 

「私が戦場で考えてるのは、常に『どう雇い主に気分よく戦って貰うか』だけよ。

 雑魚の露払いも、援護も、無線でのちょっとした“ヨイショ”も。

 私は大したこと無い、貴方のおかげね、また味方で会いましょうってね。

 そして、もしミッションが失敗したら、『私のせいね』ってひと言添えるの……」

 

「けど、アンタは違うでしょ? いつも全力で敵を掃討する。

 弾薬費が重もうが、赤字になろうが、それで雇い主に怒られようが、お構い無し。

 いつも()()()()してるアンタが、ミッションでは鬼神かってくらい、苛烈に動く。

 自分たち二人以外の、全てを焼き払う」

 

「お金はロクに貰えず、雇い主の面子も丸潰れ。僚機の仕事すら無くなっていく。

 けど……アイツらが依頼を達成できたのは、間違いなく()()()()()()()()

 もしエイプップがリンクスやってなかったら、あの酒場にいるリンクスの3分の1くらいは、既にこの世に居ないんじゃない?」

 

「これまで、私が僚機をやったミッションで死んだリンクスの数は、ゴニョゴニョ……よ。

 でもアンタは、()()()()()()()()()()()()? 10年やってて、ゼロなのよ。

 それがどんなに凄い事か、誰も、何も、全然分ってない……!!」

 

 ギリッ! と歯を食いしばる音。

 自分の事ではないのに、メイさんがとても悔しそうな顔で、ちゃぶ台を睨んでいます。

 

「まっ! 正直アンタの場合は、ズレてると思うけどさ。

 依頼じゃなくランクマの方で、気分よく戦って貰えるように、相手を立ててるでしょ?

 僚機の時は、()()()()()()()()()()()()()()()()。バレてんのよ馬鹿♪」

 

「んぐっ!?」

 

「私から見たら、それ何の意味があるの? なんで上に行かないの? って感じなんだけどさ。

 けど、それがアンタなんだし、仕方ないかな~って思ってる。

 だってアンタは……、()()()()()()()なんだもん」

 

 きっと、優しいのね。それが変な風に出ちゃってるんだわ。

 アンタの戦い方は、相手を教え導く物。

 本気を出すのは、いつも【誰かと寄り添う時】だけ――――

 そう優しい顔で、メイさんが笑ってくれます。

 

「もし昔みたく“タッグ”のオーダーマッチがあれば、ランク1位はぶっちぎりでアンタよ。

 ダン・モロ君が相方でも勝てる。ホワグリ&ステイシス組なんて目じゃ無いわ。

 残念だったわね、エイプップ♪」

 

「い、いえ……流石にそれは過大評価というか。恐れ多いというかですね……」

 

「あら、ホントよ? だからこそ、アンタで良かったって思ってるの。

 改めて、クヌギと居てくれてありがとう。感謝してる」

 

 まさか、あのエイプップが、こんなにも面倒見が良いなんてねー。

 自家栽培のプチトマトだけが友達かと思ってたのにー。

 そうカラカラ笑いながら言われますが、「では今ここに居る貴方は何なんですか?」と問いたい。

 親友だと思っているのは、やはり私だけだったようです。チクショウ。

 

 とりあえず、タンポポコーヒーをヤケ飲みしつつ、暫しお喋りに興じます。

 お互いの近況や、社会情勢の事、また「誰々がこんなミッションを~」というリンクストークなど。

 こうして話すのは三か月ぶりという事もあり、話題は尽きません。

 

「それで……話は変わるけどさ。

 最近どうかな? その……“稼ぎ”とか」

 

 けれど、ふいに。

 

「聞きづらいけど、アンタ借金あったんでしょ?

 それ、もう返済出来たのかな……?」

 

 場の空気が、変わりました。

 

「ええ、既に。

 おかげさまで、債務者リンクスの汚名は、返上しましたよ」

 

「そっか! いやぁー良かったよエイプップ!

 ずっと気がかりでさぁ!」

 

 心底安心したように、ホッとした顔。

 どこか不可解で、不自然な反応。

 

 ちなみに、私は友人とお金の話をするのは、あんまり好きじゃないです。

 金の切れ目は縁の切れ目、とも言いますし、これまで知人にお金を借りたりした事は、一度もありません。もちろんメイさんにも。

 だから、彼女が突然お金の話を持ち出したのには、少しだけ面喰いました。

 

「ありがとう御座います、メイさん。

 でも、仲間に心配をかけてしまうとは。不甲斐ないです」

 

「えっ……、いやそんなんじゃなくてさ!?

 ただ、その……」

 

 下を向き、言いよどんでいるような雰囲気。

 今日の彼女は、本当にらしくない。そう思います。

 けれど……まぁ仮にも大人ですし。メイさんが次に何を言うのかは、大体察しが付くのですが。

 

 

「あの、エイプップはさ……?

 どのくらいクヌギの僚機を、続ける気なのかなって……」

 

 

 その言葉と共に、今度こそメイさんは、完全に俯いてしまいました。

 

「あの子は『ずっと』って言ってる。

 カラードが決めた13才までじゃなく、ずっとエイプーさんと一緒に居るんだって。

 けど……」

 

 これが、メイさんが今日ここに来た理由。

 もう会ってから2時間近く経ちましたし、ずいぶん遠回りをしたものですが、ついに本題に入ったという事でしょう。

 

「……さぁ? 考えてはいませんでしたね」

 

 嘘。毎日そればかりのクセに。

 

「まぁ、しいて言えば“出来る限り”でしょうか。

 私という僚機が、必要なくなるまでの間は、こうしていられたらと」

 

 今度は逆に、思ってもいなかった言葉。

 あれだけ「どうでも良い」と自分に言い聞かせていたクセに、何を今になって、追いすがるような真似を……。

 これは、私をしても意外だったんです。

 

「でもさ、もうお金は要らないんだよね?

 借金も無いし、ヴェーロノークはアセンの必要も無いんだし。

 クヌギの僚機を辞めたって、もう困ったりしないよね……?」

 

 力の無い口調。けれど芯を食っている。

 初めて他者の口から、客観的に告げられたのです。「もうクヌギは必要ない」と。

 

「的を射ないですね、メイさん。

 先ほどまでは、あんなに褒めて下さっていたというのに。

 まるで、私が僚機をやっていたら、何か不都合でもあるように聞こえます」

 

 そんなの理解してる。駄目に決まってる。

 でも、なぜ私は、わざわざそれを口に出したのか。

 

 今日ここに来るまでに、私と会うまでに、メイさんがどれほど勇気を振り絞ったのか、理解できない年でも無いでしょうに。

 言いたくて言っているワケじゃない事くらい、むしろ“私の為”を思ってしてくれている事くらい、充分に分かっているでしょうに。

 

 いま彼女は、哀れなほどシュンとし、私と目を合わせられずにいるじゃないか。

 なぜ私は、この人を責めるような真似を? 何故いま、メイさんを“敵”のように認識している?

 こんなにも優しい人に対して……。

 

 モゴモゴ、モジモジ、煮え切らない態度の彼女。

 それにイラつくのではなく、氷のような冷たさで、メイさんをじっと見つめる。

 誤魔化しは許さないという意思を込め、ただ次の言葉を待ち続ける。

 

「あのね? これヤバいヤツだから、あまり口外できない事なんだ……。

 でも信じて欲しいの。アンタは今、()()()()()()()()

 

「アンタが悪いんじゃない。さっきも言った通り、ホント感謝してるの。

 けど、クヌギの僚機をやってるせいで、アンタ酷い目に合うかもしれない……」

 

 覚悟を決めた顔。これはメイさんの誠意だ。

 先ほどは「私だけか」なんて思いましたが、とんでもない。

 本当に彼女は、私のことを大事に思ってくれてるんだ。

 

「そのヤバい奴等だけじゃない……、企業だってそう。

 裏でアンタをどうするか、どう利用するかって、頭を捻り始めてる」

 

 きっと、ランク1位だけじゃなく、グレートウォールやホワイトグリントを墜としちゃったのが、決定打だったのでしょう。

 名実共に、企業らの主力AF以上の……いえこの世界で最高クラスの戦力なんだって、天下に知らしめたのですから。

 

 この子がいまどこの企業にも属さず、またなんの思想も持たず、ただ“私”に言われるままに依頼を受けているだなんて、お偉いさん達からしたら、もうとんでもない事。

 是が非でも何とかしなければ、明日には滅ぼされかねない。

 これは比喩でも冗談でもありません。リンクス戦争時の確固たる前例が、二つもあるのですから。

 

 しかもこれ、「全てはこちらの気分次第」という危うさなんです。

 どこかの誰かが、お金をちらつかせるなり、大げさに情に訴えるなり、何かで脅迫するなりして私を誑かせば、それだけで事足りる。

 

 傍から見れば、今の私は“核ミサイルのボタン”を所持しているのと同じ。

 そんなの許しておく馬鹿が、一体どこにいるというのでしょうか。

 

「欲しいのはクヌギのハズなのに……。

 でもあの子じゃなくて、パートナーのアンタをどうにかしようって。

 そう我先にって感じで、奴等は躍起になってるのよ」

 

 友として、そして姉として。

 メイさんは真っすぐに、私の目を見た。

 そのあまりの眩しさに、私は……。

 

 

「ウジウジしてごめん、もうハッキリ言う。

 今すぐクヌギの僚機やめて――――暫く身も隠して欲しい」

 

 

 

 この上ない惨めさと、()()を悟りました。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「本当はね……もう帰っちゃいたかった。

 玄関開けて、ひと目アンタを見た途端……クルッと回れ右して」

 

 ポタリ、水音がしました。

 メイさんが零した涙が、私の部屋の床に、吸い込まれていく。

 

「それ、クヌギがあげたんでしょう?

 アンタがそんなの付けてるトコなんて、見た事なかったもん。

 あれだけオシャレに無頓着だったのに……」

 

 いま私の頭にくっ付いている、“飛行機のデザインの髪留め”。

 まだ小さな子が好むような、玩具その物の髪留めですが、私はそれを使っていました。

 

 お空という物が好きで、飛行機みたいなヴェーロノークに乗る私には、とてもピッタリだと思ったから。

 そして、初めて誰かから貰った、誕生日プレゼントだったから。

 きっとクヌギくんが、ウンウン悩みながら選んでくれたであろう事が、もう手に取るように分かったから。

 

「ぶっちゃけ、エイプップはドライだって思ってたの……。

 みんなに邪険にされてても、気にしてないし。

 ひとりで居ることを、苦にしてないように見えてた」

 

「だから、一生懸命お願いしたら、きっと言うこと聞いてくれるって。

 あの子の僚機を、辞めさせられるって。

 でも……、その髪留めをしてるのを見た時、膝から崩れ落ちそうになったよ……」

 

「いい子なのは、知ってたつもり。

 けど私が思ってたよりも、ずっとずっとアンタは、情が深かった。

 本当にクヌギを、大事に想ってくれてた……」

 

「つか、それ玩具だよ? 分かるよね?

 間違っても、私達が付けるようなヤツじゃないよ?

 そんなのしてたら、馬鹿にされるって……」

 

「なのにエイプップ、使ってくれてるんだもん。

 家なのに、クヌギ見てないのに、ちゃんと付けてるんだもん。

 勘弁してよ……。どんだけ優しいのよ、アンタは……」

 

 めそめそ、スンスン。

 私はメイさんに、ティッシュの箱を渡してあげます。

 それを受け取った途端、もう彼女は遠慮なくサササッと何枚も引っ張り出し、トドメとばかりにチーン!

 

 人の家のヤツだと思って、好き勝手に使いやがって……。資源を大事にしろこの野郎。

 状況が状況ですし、流石にそうは思いませんが、いつかクヌギくんが言っていた「お姉ちゃんは、家ではばいきんまんみたいな感じ」という言葉が、頭をよぎりました。

 綺麗な人かと思えば、意外と豪快というか。

 

「ごめん、もう何を言ってくれても良い。でも聞き入れて欲しいの。

 私エイプップの事、ぜったいに守るから……。何とかしてみせるから……」

 

 化粧グチャグチャです。ITのペニーワイズみたくなってます。

 けれど……そのマヌケな姿を見ている内に、らしくもなく高ぶっていた私の心が、いつもの平静さを取り戻しました。

 

 静かで、波打たず、無頓着。たとえ何ががあっても()()()()

 私という存在が現実感を無くし、身体をその場に残したまま、心がどこかへ飛んでいくのを感じる……。

 

「私が辞めた後、クヌギくんはどうなりますか?」

 

 ふいに、勝手に私が喋りました。

 自らの意思では無い。まるで映画でも観ているかのように、第三者が喋っている感じ。

 

「うん……ロイさんがね? 俺が引き受けても良いって。

 実は、私がクヌギの僚機やるのも、拙くてね?

 お姉ちゃんだってのに、マジで情けないけど……、同じ男であるロイさんに僚機を頼むことにした」

 

 独立傭兵のロイ・ザーランドさん。

 私も彼とミッションに出た事がありますし、そのお人柄は充分に知っています。

 カラードや企業からは「信用のおけない男」と称されているそうですが、彼らの目が節穴なんです。

 きっと、これ以上ないという位に、適任かと。

 

 加えてメイさんは、「アンタが僚機じゃなくなれば、あの子はリンクスに興味を無くすかもしれない」とも。

 最初はただ「ネクストに乗りたい」ってだけで、クヌギくんの望みはランクマッチのみ。依頼まで請け負うつもりはサラサラ無かった。

 けれど、私のヴェーロノークと出会ってしまったことで、突然「まだリンクスをやりたい」と言い出したそうな。

 

 これには、すぐに辞めると高を括っていたメイさんも驚き、説得を試みましたが、いくら言っても聞き入れてはくれなかった。

 むしろ、この姉弟ゲンカめいた一件のせいで、クヌギくんは頑なになってしまったと。

 

 姉である彼女の願いとしては、「これだけ存在が大きくなっちゃったら、すぐに引退するのは無理。いまネクストを降りるのは逆に危険だわ。どこかの反企業組織に狙われるかもしれない。けどクヌギには、出来るだけ早く傭兵稼業から足を洗って欲しいと思っている」との事。

 

 既に、ありとあらゆる意味において……私はクヌギくんの傍に居ては、いけない人間なのでした。

 

「この事を、あの子は?」

 

「いえ、まだ伝えてない……。なんとか説得しないとね。

 でもこれは、私が責任を以ってやるよ。

 これ以上エイプップに、いやな想いなんかさせない」

 

 もちろん、これからも会ってくれて良いからね? ランチでも何でもしてあげて欲しい。

 あの子から引き剥がすとか、そーいうのとは違うの。ただパートナーが拙いっていうのと、今は身を隠して欲しいってだけ。

 そもそもの話、“近しい人”がアウトだっていうなら、私なんて同じ家に住んでるんだから。

 

 そう必死な気持ちが伝わってきて、なにやら申し訳ない気持ち。

 こちらこそ、これ以上メイさんに苦労をかけてはいけない。そう強く思います。

 ただ……。

 

「――――いえ、私が言いましょう。

 そちらの方が、手っ取り早いです」

 

 自然と、私という第三者が、メイさんに告げました。

 

「たとえ姉であるメイさんから伝えたとしても、きっと後で、私に問い正しに来るでしょう。

 それなら、最初から私がハッキリ言った方が良い。

 なにより、仮にも相方であった身です。筋も通りますから」

 

 そんな事、アンタにさせられないわ……。周りの都合なのに……!

 メイさんはそう気遣ってくれますが、私が情ではなく道理を以って説得している内に、やがて頷いてくれました。

 ありがとうと、心からの感謝と共に。

 

「理由も言わず、好き勝手な事を言っておいて、こんなの虫唾が走るかもだけど……。

 エイプップは、何か望むことはある?

 あれだけクヌギが世話になったのに、酷いお願いをしたんだもの。

 私に出来ることなら、もうなんだって……」

 

 自動的、でした。

 今の私は、頭や感情でするのではなく、ただただ「人間であればこうすべきなのだろう」という知識と判断を以って、メイさんへ受け答えをしていました。

 

 しかし、今この瞬間だけは、私という人格が顔を出す。

 すっこんでれば良いのに。凍っていれば、ただ流されていれば、よっぽど楽なのに。

 でも、あたかも発車間際の電車に駆け込むように、慌てて口を開いたんです。

 

 

 

「明日ミッションがあるんです。

 最後にもう一度だけ、あの子の僚機をさせては貰えませんか?

 そうすれば私は、クレイドルに乗れる。

 後腐れなく、ここを去ることが出来ます」

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
心の住処、魂の居場所の意

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