―再び某所―
01-1897 : SELEN HAZE
01-6652 : LILIUM WOLCOTT
01-1106 : MRS THERESIA
01-1284 : WYNNE D FANCHON
01-4552 : SHAMIR RAVIRAVI
01-5876 : LISIRE
01-2871 : STILETTO
01-5690 : MAY GRINFIELD
「――――妊娠しました(確信)」
「おおっとォ、今日も絶好調だな貴様ァ。近寄りたくない感じだぞォ~」
「あまり朝から脂っこいのは、勘弁して欲しいのだけど……。
何があったのか説明してくれる? リリウム・ウォルコット」
「いいえ、私は【腹に赤ちゃん・オルコット】です。お間違えの無きよう」
「駄目だコリャ。
私では処理できん、誰かあの緑のヤツを……、いや辞めたんだったか」
「みんなでボコッたリザ。ヤツは今、入院中リザ」
「
あんなガチガチのGAマンで、私の【カリオン】に挑むだなんて……。
プラズマとコジミサで『ふぎゃー!』言うてたわよ」
「とにかく、一体どうしたと言うのだ貴様ァ。尋常ではない様子だがァ?」
「はい、セレン会長。
先日リリウムは、クヌギきゅんにコジパンを叩き込まれましたね?」
「ええ、瞬殺だったわね……。
多少は時間稼ぎ出来るかと踏んでたけど、あの子にはECMなんて、関係なかったのよ」
「あの緑色の光に包まれ、凄まじい衝撃を腹部に受けた時、確信したのです。
あぁ……孕んだと。
リリウムは今、
「こんなヤツばっかりリザ。淑女の会は」
「仕方ないでしょ? 世界が終わってるんだもの」
「人類など、どこにも居ないさ。私は悪くないぞ」キッパリ
「……ふむ。コジパンで受精とは、新しいアプローチだなァ。
存外、悪くないやもしれん」
「あの子に負けたら、孕ませられるって事?
それなんてドリーム?」
「どれほど逃げようが追いかけまわされた挙句、無理やりショタっ子に
なるほどなるほど、胸が熱くなるな(アヘ顔)」
「リリウムは幸せです。この子と共に生きてゆきます。お腹さすさす」
「そんな全身に包帯巻きながら言う事?
2日も意識不明だったクセに」
「それを言うなら、この場の全員がそうリザ。
ひとり4秒でコジパンされたリザ」
「本当、ギリッギリだったわね。
エイプーを倒し切るのと同時に、私達も全滅させられたもの……」
「機体スクラップになった」
「コジパン恐るべし」
「こわい」
「でも孕むんでしょ?」
「そうだッ! リリウムだけでは無いぞォ!
我々は既に、
「えっ……宿ってるの?(おめめグルグル)」
「私達のお腹に?(グルグル)」
「ショタっ子にバックからされた?(意味深)」
「これは既成事実ッ!
コジマも精子も、似たような物だァ(暴論)」
「やぁクヌギきゅん、責任を取ってもらえるかな?(にじり寄り)」
「バカばっかりリザ。生きてるの嫌になるリザ」
「名前はコジ男にします。お腹さすさす」
あれから数日後。
私は今、幸福の絶頂にいました。
「病人食うめぇw 病人食うめぇw」
料理名すら定かではない、謎の野菜炒め。塩気というモノをどこかで忘れてきたような、味気無い煮物。そして春雨だかマロニーの、給食とかで出て来そうな和え物。
その全てが、愛おしい。
品数、栄養、食べ応え。どれを取ってもパーフェクトゥ!
私がいつも食べてる物に比べたら、こんなの王様のごはんです。
なにより……。
「味があるっ! ちゃんと味がしますっ!」テッテレー
噛みます。ひたすら。一口100回くらい。
やがて来る別れを惜しむように、大事に大事に食べます。
あぁ、この時がいつまでも続けば良いのに。ゴックンしたくない……。
天国のお母さんにも、食べさせてあげたいくらいです。きっと大喜びです。
「これ持って帰れませんかね? 冷凍保存したいのですが」
「そんな病院の飯をありがたがるヤツ、初めて見たぞ」
ぜんぶ食べてしまうのすら、勿体ないです。
私はいつも、この1/3程度の量でやっていますからね。栄養の過剰摂取になってしまいます。
それはともかく、いま私の隣のベッドに腰かけているのはジュリアス・エメリーさん。先のミッションで交戦した敵リンクスです。
彼女も今スプーンを握っておりまして、切なそうにため息をつきながら、こちらに話しかけてきました。
「そんなに美味いのなら、くれてやっても良いのだがな。
どうせ取っておいても、痛んでしまうのがオチだ。やめておこうか」
「おや、残念です。
まぁ当分の間は、入院生活ですからね。貴方もしっかり食べなければ」
「いや、私は出られる。今すぐにでも。
まったく……医者どもめ、私を誰だと思っているんだ。
このような怪我、何ともないというのに」
退屈で仕方ない、とごちるエメリーさん。
打撲、骨折、捻挫、臓器損傷。その五体のどこにも無事な所はない、という程だったのに、もう事ある毎に「外に出たい」と言ってばかり。
流石は元アスピナ機関のリンクス。モノが違うというか、とても強靭です。
「私は幸せですけどね。
のんびり出来る上に、ちゃんとしたごはんを食べられる。
出来るなら、ずっとここに居たい位です」
「おいおい、眠たい事を言ってくれるなよ?
お前はこの私に勝った女だぞ。
このような場所で、腐らせておけるものか。“時代”が許さんよ」
ニコリと、なにやら男前な笑み。
宝塚の女優さんのように凛々しい、ジュリアスさんらしい自信に満ち溢れた顔。
彼女はいったんスプーンを置くと、スタスタとこちらへ。
そしてポスンと可愛い音を立てて、私とピッタリ肩をくっつけるようにして、隣に腰かけました。
「早く退院したいなぁ。これから忙しくなるぞ
なんと言っても、この世界の根底をひっくり返すのだからな」
「近い近い近い。
何を言っているのですかジュリアスさん。私はお断りしたハズですよ?」
ふふん♪ と機嫌良さげに笑ってます。
なんか知りませんが、ここ最近のジュリアスさんって、ずっとこうなんですよ。
負傷を負ったのが同じ現場という事で、私達は同じ病院に担ぎ込まれ、しかも集中治療室から出た後は、同じ病室となったワケなのですが……。
すると意外な事に、ジュリアスさんがとても朗らかというか、“好意的”に私に接して下さっている。
先のミッションで見せた、機械的で冷淡な口調(※一部を除く)
それを思えば、これは非常に意外でしたが。
しかし曲がりなりにも、自分を討ち果たした者として、こちらを認めて下さっているのかも。
とても柔らかな、人間味のある態度で、私と話して下さるのでした。
「言い忘れていたが、私はバイだ(キッパリ)
ショタもお前も、どっちもイケるので、安心してくれ」
「離れてもらって良いですか? ナウ、イッツナウ」
恐ろしい事を、サラッと言われます。
竹を割ったような性格というか、唯我独尊というか。ほんとタチ悪いです。
「それはともかくとして……どうだ、
お前もリンクスならば、この現状に思う所はあるだろう」
死に場所は用意してやるぞ? ひと花咲かせてみろよ。
お前がいてくれるなら、心強い。共に戦おうエイ=プール――――
そう「にぱー☆」と子供みたいに笑われ、私はなんとも言えない気分に。
やだこの子、純粋。テロリストなのに。
喪女のコミュ障が、一度心を開くと、こんな風になりますか(辛辣)
なんというか、眼差しに宿る“親愛”が凄いんです。
それって本来、絶対に部外秘のハズでしょうに、もう同室になった初日に「一緒に来い」と言われましたからね私。
今だって、「パーソナルスペース? 知らんな」とばかりに、私の隣で機嫌良くチョコンと座ってますし。
有り体に言って、お姉ちゃんに懐いてる妹って感じ。
その凄まじいリンクスとしての腕とは裏腹、とっても良い子なんですよ、この人……。
「私より、クヌギくんの方に声をかけそうな物ですが……。
あの子はランク1位ですし、名実ともにクレイドルの最高戦力ですよ?」
「駄目だな、幼過ぎる。
いくら強かろうと、何の思想も持たぬ者に、戦士は務まらん」
同志、という言葉があるだろう? 我々は志しを同じくしていなければ。
そうふいに、ジュリアスさんが真剣な表情。
共通の目的や想いがあるからこそ、みんなの為に死ぬ事が出来るし、死んだヤツらの想いを継げるのだと。
「強い気持ちがいる。己の命や、人生を賭けられる程。
仲間の死すらも、耐えられる位のな。
たとえお前が入ろうとも、あの子を連れて来させたりはせんよ」
それに、と……。
「きっとあの子は、世界などではなく、
誰かへの追従や、洗脳めいた説得で、人を殺させてはならん」
とてもじゃないが、あの子には背負えんよ。我々の
ジュリアスさんの強い瞳が、私を射貫きます。
「その点、お前なら大丈夫そうだ。
メンタルは鋼だし、腕は確かだし、
それに雑草でも食ってりゃ、生きていけるんだろう?」
「刺しますよ? フォークで」
金も未来も無いときた。軽い命だなぁお前。
そう朗らかに言われ、衝動的にプスッといっちゃいそうになりました。医療施設で。
「私を倒し、クヌギくんを手に入れようとした人が、何を言っているのやら」
「ハハハ! 家に連れ帰り、個人的に保護しようとはしたがな?
だがそれも叶わなかった。続きは事を成してからにするさ」
まだ諦めてはいない、という事ですか……。
けれど邪気なく言ってのけるジュリアスさんに、私はもう怒る気も失せまして。
「まぁ考えておいてくれ。
状況はすでに手遅れだが、同時に緩慢だと、うちの参謀が言っていた。
悩む時間くらいはあるだろうさ」
「おーい、食事が終わったのなら、こっち入って下さ~い」
「そうよー。二人でババ抜きするのも、そろそろ限界なんだからー。
4人で麻雀でもしましょ~」
向こうのベッドの方から、PQさんとフランソワさんの声。
ちなみに彼らも同室です。どうなってるんですかこの状況は。
「分かった、いま行こう。
私達に身ぐるみ剥がされる覚悟はあるか?」
「ちょ、お金賭ける気!? 前のアレ、タダ働きだったのよ?!」
「私も素寒貧ですよ。鎧土竜の修理費すら怪しいというのに……」
私とコンビ打ちする気満々なジュリアスさんが、「ふんす!」とこちらの手を引いて、ズンズン歩いて行きます。
まぁゲームくらい別に構わないのですが、病院で賭け事をするのは、如何なものかと。
(旅団、ですか。
しかし私には、もう……)
そんな事を考えながら、追従。
今日も、退屈でのんびりとした私達の一日が、始まります。
◆ ◆ ◆
組織におけるショタっ子は、Common ownershipをその第一の要件とし、雌猫……もとい代替不能な個人にこれを委ねることは、厳に慎まれるべきである――――*1
クレイドルの開発により、既に人類の過半が空へと移ってしまった今、それは地上に住むお姉さま方すべての共通認識であり、その結果として裏で気色悪いほど猫可愛がりされているのが、超絶げぼかわ美少年こと“クヌギきゅん”であった。
あたかも演歌界における氷川きよし氏の如く、プリンスとして喪女達から圧倒的な支持を受ける存在。
代替可能な多数のお姉さま方によって保護・監視・寵愛され、この荒んだ地上暮らしにおける唯一無二の癒しとして、盲目的な狂信性すら伴う魔性を発揮する。
クヌギきゅんは、正に喪女達の望むソリューションであり、
事実としても、その類まれな愛らしさと、強烈なまでにそそられる抗い難い庇護欲は、平均的な一般男性の魅力を遥かに凌いでいた。
物量とパワーの戦争――――
貢物や、コネや、組織力といった、ありとあらゆる物を駆使して行われる、喪女たちの醜い争い。ショタ本人の預かり知らぬ所で頻発する、不毛な足の引っ張り合い。
ただそこに居てくれるだけで良い……。尊い(ホッコリ)
なれどその裏で渦巻く、ドス黒い怨念、狂気、策謀。
大多数のお姉さま方にとって
◆ ◆ ◆
「……クヌギくんが?」
院内に限りますが、ようやく自由に動き回ることが許可された、ある日の昼下がり。
「ええ、お見舞いに来たいって言ってる。
これまでは面会謝絶だ~って、突っぱねてたんだけど……」
けど、あれからもう2週間でしょ? そろそろ我慢の限界みたい。
そうメイさんが苦い顔。心なしか肌の色も良くない気がします。
当然ですね、彼女も私たち同様、ずっと入院しているのだから。
むしろ怪我の度合いでいえば、私より酷かった位です。よほど必死にヤツらを止めようとしてくれたのでしょう。
その優しさ、気遣い。本当に彼女には、頭が上がりません。
「せめて、エイプップの体調が良くなってから、と思ってたんだけどね。
でもこれ以上は、あの子の不安が爆発しちゃいそうで……。
申し訳ないけど、会ってあげてくれるかな?」
「クヌギがそうなるのも、無理はねぇさ。まだ子供なんだ。
それに、あんな事があったんだからな。責任感じてるのかもしれねぇ」
私達と同じテーブルにいるロイさんも、難しそうな顔で腕組み。
ここは病院の地下1階にあるレストラン。そこで私達三人は語らっている感じです。
別に病室でも構わないのですが、私の所にはジュリアスさん達が居ますし、メイさん達の方にも別の患者さん達がいらっしゃいますし。
あの件から暫く経ちましたが、一度落ち着いて三人で話そうと、ご提案を頂いた次第。
ちなみに、ここの払いはロイさんが持ってくれました。
別に男だからとか、メイさんのポイントを稼ぐとか、そういうのじゃなくて、「それくらいはさせてくれ……」という切実な想いから来た行為だとか。
俺が付いていながら、なんて様だ。今すげぇ死にたい気分なんだ――――
きっと私を危険に晒した事、ヴェーロノークが大破した事を気に病んでいらっしゃるのでしょう。でもアレはどうしようも無かったと思います(確信)
そして責任を感じているのは、きっとクヌギくんも同じ。
心優しいあの子の事です、きっと「おねぇさんを守れなかった」という風に、自分を責めてしまっているかもしれません。
意識不明でしたので、記憶は無いのですが……私がこの病院に担ぎ込まれた時も、ずっと寄り添ってくれていたそうですし。
けれど、あの件の事後処理だったり、メイさんのやんわりとした制止だったり、面会謝絶という状態だったり。
また『一日でカラードランカ―の1/3にあたる数のネクストが大破』という前代未聞の出来事により、とても見舞いなどに来られる現状では無かったでしょう。
まあそのウチの8人を病院送りにしたのは、
余談ですが、まだ幼いクヌギくんは「自分があの時、誰をやっつけたのか?」という事を、よく理解していないそうな。
あのトンガリ覆面……もとい変な頭部パーツを装着していたおかげで、あの怪しいお姉さま方は、身バレをせずに済んだ模様です。
私からしたら「マジか」って話ですが。役に立っちゃったよと。
「あの子、最近ごはんも食べてないって。ずっと塞ぎ込んでるみたいなのよ。
おねぇさんに会いたい、
「なんてこった。お前さんのせいじゃないってのに……クッソ!」
突然襲い掛かって来たネクストの集団を、ひとり頭4秒ほどで沈めておいて、「ぼくに力がたりなかったからだ」と……なるほどなるほど。
それはともかくとして、どうやらクヌギくんが心を痛めているのは、間違いないようです。
それに加え、彼の憧れの象徴であり、あんなにカッコいいと言ってくれていたヴェーロノークが、目の前で無惨にもバラバラになってしまったのですから。
あの子が受けた心の傷は、いったい如何ばかりでしょうか。
「会うのはともかく、今のクヌギに“あの話”をするのは、少し酷だな。
コイツが僚機を降りる事すらも、『ぼくのせいだ』って事にしちまいかねない」
「うん、絶対そうなっちゃう。傷口に塩を擦り込むみたいなものよ……」
最悪のタイミングだ。そう二人がギリリと歯ぎしり。
「時間を置かないか? 僚機うんぬんの事は、また落ち着いてから話せばいい。
先延ばしでしかねぇってのは、重々承知だがよ」
「せめて、エイプップが元気になってからの方が、良いでしょうね。
それまでは“なぁなぁ”っていうか……。
確かにクヌギの事もあるけれど、今はエイプップの身体のことが第一なワケだし。
いったん、先の事はさ?」
お互いに「うん」と頷き合い、話が纏まった雰囲気。
けれど、
「――――いいえ、ここですよ。今話すべきです」
私の無機質な声に、二人が振り向きます。
「丁度いい、利用出来る。
ただ理由も告げずに『辞める』ではなく、この件によって僚機を降りる事にしましょう」
感情の無い、氷のような印象の響き。
近頃は久しく耳にしていませんでしたが、本来私の声というのは、こういう物だった。ずっとこんな話し方だったハズだ。
それを、ふと思い出していました。
「例えば、怪我でネクストに乗れなくなったとか。後遺症とか。
その方がずっと自然ですよ、辞める理由としては。
きっとクヌギくんにも納得してもらえる。
あの子がどう思うかなど関係なく、なし崩し的にパートナーを解消出来る――――
そう聞き間違えようのない程、ハッキリと告げます。
いま目を見開き、驚いたように私を見つめている二人に。
「企業だの、組織だの、闇の部分だの、そういった事を理解できる年頃でも無いでしょう?
もし下手に事情を話せば、見当違いな義憤を燃やし、よくあるヒーローのように単騎で出撃しかねません。ぼくが悪い奴等をやっつけるんだって」
「それに、やはり引き延ばしは良くないです。
期待させておいて、治った途端に「やはり辞めます」というのは、流石の私も心苦しい。
あの子に“嘘”をつくのは、一度きりにしたいんです――――」
なら、この方が良い。こっちの方が良い。
たとえ、ひと時ばかり気に病もうとも、その無邪気で比類なき牙が、他者に向くことだけは無いのだから。
泣くかもしれない、悲しい想いをさせるかもしれない。あの子の真心を踏みにじるような、酷い嘘をつく事になる。
けれど最終的には、きっと丸く収まるハズだから……。
「ご心配なく。前にも言った通り、私からクヌギくんに話しましょう。
それが筋ですから」
知らぬ間に、握りしめていた拳。
それからゆっくりと力を抜き、コップを手に取りました。
何食わぬ顔して。
◆ ◆ ◆
海が、綺麗です。
ここからも海が見えるんだって、嬉しくなりました。
病院の屋上。頭上には澄み渡るような晴天。少し強めの風が身体を吹き付ける場所。
ここが、私の選んだ“戦場”。一世一代の舞台です。
古来のレイヴン達は、アリーナでどうしても勝てない相手がいる場合に、地下駐車場へと呼び出して戦ったそうですが……。せっかく選べるのだから、私はこちらの方が良い。
院内とは比べるべくもない美味しい空気と、ポカポカの陽気が、私の心を穏やかにしてくれる。
加えて、眼前には海。
あの日、クヌギくんと共に駆けた海を思い出して、なにやら懐かしい心地です。
つい数か月前の事のハズなのに、今はもう遠い昔のよう。
「――――おねぇさんっ!!」
私の安物のパジャマが、風によってパタパタ音を鳴らすのを、何気なく聞いていた時。
ふと振り向けば、そこには息を切らせているクヌギくんの姿。
きっと、急いでここへ来たのでしょうね。エレベーターが昇っていく速度すら、もどかしく感じる程に。
額に光る汗を見て、それを察しました。
「クヌギくん……」
肩の高さに合わせて、自分で切り揃えた、ボブカットちっくな髪。
風に揺れるそれを、手で押さえながら、あの子の方へゆっくり向き直る。
「……っ!!」
途端、意外なほど強い衝撃。
タタタと走ってきた勢いのまま、クヌギくんが私の胸に飛び込む。
まだ小さな子なのに、私は少しだけ「おっとっと」とよろけます。
そして、私の腰の辺りにまわされた幼い腕に……この子の想いの強さを感じるのでした。
「クヌギくん、お久しぶりですね。
ご無沙汰しておりました」
「……っ! ……っ!!」
言葉なく、必死に抱き着く。
私のお腹に、グリグリと顔を押し付けて。
私はなにげなく、その肩を抱こうと。この子を抱きしめ返そうとしました。
けれど、すぐに思い直し、上げた腕を元に戻します。
「あぁ……泣いてはいけませんよ? 男の子なのですから。
ほら、拭いてあげます。いったん離れて下さい」
「やた゛っ!!」
グジグジ、グジグジ。
その声を聴きつつ、暫しの間、この子のぬくもりに身を委ねました。
赦して、欲しかった。
……
…………
……………………
「綺麗ですねぇ、クヌギくん。
見渡す限り、地平線の彼方まで、海です」
やがて、クヌギくんの嗚咽がようやく止んだ頃。
私達は隣り合わせで座り、二人で海を眺めていました。
「あの時はネクストに乗っていましたが、やはりこちらの方が良い。
私はのんびり海を見るのが、性に合っているようです」
何気なしに三角座りしながら、隣にいるクヌギくんに微笑みかける。
いま目が真っ赤っかになっていますが、この子もコクンと頷き、私に同意してくれます。
「でもね、前はも~っと綺麗だったんですよ?
昔とかじゃなく、ほんの20年くらい前までは……」
少なくともリンクス戦争の頃には、まだ緑もあったし、大地も生きていました。
けれど、辛うじて残っていたそれすらも、今は資料映像の中で見るのみ。
企業が、私達が、全て破壊し尽くしてしまったから。
なんて綺麗なんだろう。
穢れ、壊れ、もう終わりつつある世界なのに。
既に人類の過半は、この大地を見限り、空へと移ったのに。
これが“まだ”綺麗なことを、どこか不思議に感じます。
これを愛おしく思う自分を、変に思うんです。
クヌギくんは、ギュッと私の腕にしがみ付きながら、こちらの声に耳を傾けています。
散々泣いたから、もう精魂尽き果てたのかもしれません。きっとここへ来るまでにも、ずっと辛い気持ちでいたでしょうし。無理もない事かと。
「なぜ……戦うのでしょうね?
こんな風に、誰かとのんびり景色でも眺めている方が、よっぽど幸せなのに……。
クヌギくんも、そう思いませんか?」
ふぅ、とひとつため息。
それと共に、私は意識して、出来るだけ優しい顔を作る。
さぁ、覚悟の時だ。
「ネクストを、降りようと思います。
なんだかもう……、嫌になっちゃいまいまして♪」
◆ ◆ ◆
先日の、いわゆる“騙して悪いが”的な依頼。
それがメールで送信されてきた時点で、もう私の居場所など、どこにも無いんだという事を、悟りました。
たとえクヌギくんの僚機を辞め、この子から離れたとて、もう私にネクストを駆ることは出来ない。
ユニオンも、他のどんな企業も、私が傭兵として生きる事を、決して許しはしないでしょう。
まさか、と心のどこかで思っていましたが、それほどまでに私達を取り巻く状況は、重かった。想像していたよりも、ずっと。
メイさんは「会ってあげて」と言ってくれましたが、私がこれ以上クヌギくんと関われるハズも無い。
今こうして生きている事すら、僥倖という他ないのですから。
まぁ、半分死んでいるような私ですし、その言葉が適応されるかどうかは、置いといて。
ヴェーロノークは、既に私の手を離れました。
大破したので修理に、という事ではなく、本当の意味で
ずっと借金まみれであった私です。所有権など主張できるワケも無い。
ただ一言、アレの本来の持ち主である企業が「返せ」と言えば、それでお終い。
つい先日、ヴェーロノークの差し押さえと、修理に伴う莫大な費用を請求するとの通知が、私のもとへ届いたばかり。
それに抗う術や、ネクストを買い取るお金なんて、私にはありません。
もし仮に、先日受けたのが全く別の依頼であり、それに見事成功していたのなら、話は別だったやもしれませんが。
これまでの4カ月で蓄えていた、傭兵という稼業から見れば、ほんの些細な貯金。
それを全てユニオンに支払い、足りない分は借金という事になりましたが、あの何十万Cというお金を、果たして払い切れる物なのか。
リンクスを続けるのならいざ知らず、もう一般人たる私には、その術すら思いつきません。
前に、ジュリアスさんに「ずっとここに居たい位です」と言いましたが……意外とそれもアリかもしれませんね。
生命の保証はともかく、少なくともごはんは貰えるのですから、一考の価値はあるかもしれません。今の私にとっては。
まぁ、そんなこんなにボケーっと考えを巡らせていたワケなのですが……。
やがて、これまでずっと押し黙っていたクヌギくんが、ようやく口を開いてくれました。閑話休題です。
「ぼくの……せい?」
ボソリと、力の無い声。
それどころか、精気すら感じられない、弱々しさ。
「いえいえ、クヌギくんには感謝していますよ?
なんと言っても、私は貧乏人でしたから。お仕事を貰えたのは有難い。
あれだけあった借金だって、綺麗サッパリ返せましたし」
15%ではなく、折半。
そのお心遣いと真心を、私は決して忘れることは無いでしょう。
これは偽りの無い、本当の気持ちです。
まぁ、それとはまた別の借金が、出来てしまったワケですが。いま言うことでも無いので。
「ただ、怪我をしちゃいましたのでね。
お医者さまにも言われたのですが、もうネクストに乗ることは、出来ないのだそうです。
いま生きているだけで、ラッキーガールらしいですよ? 凄いでしょう?」
それに、先ほども言った通り、もう嫌になってしまいました。
戦場に出るのも、ネクストに乗るのも。
ズルズルと続けては来ましたが、向いていなかったのかもしれませんね?
そうのほほんとした口調で、ひとり喋り続けます。
「けれど、構わないんです。
ガッポリ稼げましたし、貧乏からも脱却出来ました。
わざわざネクストに乗り、危険極まりない傭兵稼業を続ける理由など、もうどこにも」
「身体が治ったら、これからは気ままに生きていこうと思っています。
美味しい物を食べ、好きな所へ行き、心に良いものをたくさん見るんです。
美術館の絵とか、星とか、海とか……空とか」
一瞬、不覚にも言い淀みました。
“空”と言おうとした途端、ピキリと私の身体が固まり、口が動かなくなったんです。
けれど、すぐにその想いを振り解き、言い切ってみせました。
なぜこれを言い淀んでしまったのか、私には分かりませんし、考えるのも面倒だ。
「それが出来るのも、君が雇ってくれたからなんです。
だからどうか、変な風に思わないで欲しい」
「というか、潮時だったのだと思います。
うだつの上がらない下位ランカーに、この待遇は過ぎたる物でした。
正直、君に付いていくだけで、私は精一杯だったのですから。
この怪我も、無理をしていたツケを払う事になった、というだけの話です」
「もう新人では無くなり、これからドンドン高みへ昇って行く。
そんな君のお供をするには、私では役者不足。
ちょうど良い機会だったんですよ、これは」
「ありがとうクヌギくん、君のおかげです。
私はいま、
私は、しっかりと目を見る。
目線を逸らすことも、泳がせることもせず、まっすぐに告げる。
「では一足お先に、足を洗わせて頂きます。
クヌギくんも、傭兵稼業は程々に。
ランク1位ですし、たくさんミッションにも出たのです。
もう気は済んだのでは無いですか? どうかご自愛下さい」
きっと、冷たい瞳。人形の目のような。
けれど、これが私。本当はずっとこうだったのだから。
これまでの方が、むしろおかしかった。
「おねぇ、さんは……」
まん丸になったクヌギくんの瞳が、私を見つめている。
「たのしく……なかった?
ぼくといっしょに、いるのは……」
無垢。
穢れの無い、吸い込まれそうな目。
けれど、そこには精一杯の真剣さが籠っていて。決して逃げることを許さない。
「ヴェーロノークに、のるのも。
ぼくと、いてくれたのも。
おかね、なの……? ホントは、すきじゃなかっ……た?」
ぼくをみて――――そう言外に言われているような。
私はガラス玉になった目で、彼を見つめ返す。
「
もっとも、既に不要となったワケですが――――
そう付け加える。
「リンクスになった日から、私はお金のことしか考えていません。
傭兵稼業をやるのに、それ以外の理由がありますか?
貴方の僚機を引き受けたのも、また然りです」
なぜ好き好んで、戦場に出る。人を殺す。
ネクストに乗るのが楽しいなどと、そんな事を思うのは“異常者”です。
誰しもが譲れない想いを胸に、戦場へ出る。それが私にとって、お金だったというだけの話。
そんな私の言葉を、クヌギくんは暫し、黙って聴いていました。
けれど、一度だけ静かに目を閉じた後……、改めてその顔を上げ、私に向き直った。
「てるみどーる、ってゆー人がね……? メールをくれたの。
私のもとへ来い、道を示してやるって」
このままでは、君達は潰される。
その僚機の為にも、君はカラードを抜けるべきだって――――
そうクヌギくんが、今度は震える声で。
「もういっかい、いってほしい。
ぼくに、さっきのことばを……」
でも、私は。
「――――お金の為に、僚機をやりました。
ヴェーロノークなど、好きでもなんでも無い」
◆ ◆ ◆
「 馬鹿ッ!! 」
あれから、1分ほど後。
「エイプップの馬鹿っ! ほんとアンタって子はっ……!!」
何も言わず……とはいきませんが、メイさんはギュッと私を抱きしめてくれました。
「メイさん……、何者かが、あの子に接触を……。
どうか、クヌギくんのこと……」
「いい! もういいからッ!! お願いよッ!!」
彼女が、泣いている。
ガラス玉みたいな目になった私の代わりに、メイさんが泣いてくれてるって、そう感じました。
「なんてツラだお前さん。そんなになっちまいやがって……」
きっと、二人で見守っていてくれたのでしょう。
ロイさんも今、悲痛なくらい心配そうな顔で、私を気遣ってくれてます。
あの一言を聞きいた後、何も言わずに去って行ったクヌギくんと入れ替わりに、彼らが駆け寄って来ました。
なにやら頭がボーっとし、崩れ落ちそうになった私を、こうして抱き留めてくれたんです。
「メイ、気持ちは分かるが、お前はクヌギの所へ。
コイツのことは、俺にまかせとけ。後で連絡しろ」
「う、うん! ごめんねエイプップ……また土下座しに来るからっ!!」
メイさんは、私の両手を慈しむように握り、それを名残惜しそうに離した後、この場を駆けて行きました。
ぬくもりという支えを失った事で、ストンと腰が落ちそうになりましたが、大丈夫。
ロイさんナイスキャッチです。
「わ……ワンタッチ5ドルです、よ?」
「意外と大丈夫そうだなぁ、安心したよ」
セクハラですよ、と冗談めかすつもりが、この期におよんでお金。しかもドルって。
「病室に戻す……と言いたい所だが、あそこにはややこしい連中が居るからなぁ。
ベッドが無くて悪いが、レストランにでも行くか?」
「お、奢りですか?」
「もちろん、なんでも食えよエイ=プール。食えるんならな」
よっと! という掛け声と共に、ロイさんが私を担ぎます。
お姫様だっこではなく、子供にするようなオンブであるのは残念ですが、仕方ないでしょう。
「お疲れさん、後は俺達の仕事だ。
なんにも気にせず休め。全部なんとかするから」
クヌギのことも、お前さんのこともだ――――
自分だって怪我をしているのに、ロイさんはそう言って、笑ってくれました。
……
…………
……………………
◇ ◇ ◇
「――――クヌギッ!」
縋り付くように、後ろから抱きしめる。
メイはあの子に追いついた。包帯だらけの身体に鞭を打ち、決して離すまいと腕に力を込める。
その後、虚ろな目をした弟を連れて、院内のロビーへ。
とりあえず座れる場所へ、という意図からの強引な物だったが、彼にはもう抵抗する気力など残っておらず、手を引かれるまま黙ってついて来た。
「ほら、アンタこれ好きでしょ? 飲みなさい」
傍にあった自販機で、二人分のジュースを購入。
自分が金を払うのだからと、有無を言わさず選び、押し付けるようにして手渡す。
けれど、義理とはいえ姉なのだ。この子の好みなど熟知しているし、そのチョイスには何の問題も無かった。
今それを飲むかどうかは、彼自身の問題だが。
「正直、もうなんて言って良いか、私には分からないんだけど……。
アンタからは、何かある? 愚痴でも罵詈雑言でも、なんでも聞いてやるわよ」
ただ、傍に寄り添うだけでもいい。
それだけで気持ちが救われる事も、きっとあるハズだ。
メイはそう信じ、ただ無言の時間を嫌うかのように問うた。別に答えが返って来なくとも構わないと。
思えば、この子がネクストに乗るのを黙認したのも、ミッションを請け負う事を止められなかったのも、自分だ。
その上、あんなキツイ役目を、友達であるエイ=プールに押し付けてしまった。
メイの罪悪感は、ここに極まる。何が姉だと自己嫌悪の嵐だ。
ゆえに、せめてこの子が怒ってくれたなら、というある種の贖罪のつもりで、勝気な彼女が普段絶対言わないような事を、口にしたワケなのだが……。
「なんで……、お金ほしいのかな?」
しかし、この子から返ってきたのは、期待していたのとは全く別の物。
「いつも、モヤシとかたべてた。
ふくとか、オシャレとかも、別にきょうみないって。
なのに……、なんでお金がほしいの? 何につかうのかな?」
きっと、彼女のことを言っているのだろう。
先の二人の会話を見守っていたメイは、それを察する。
「おかあさんの教えだって。
清貧? をムネとしてるって。
ゼイタクなんてしたら、おかあさんにおこられる~って、ゆってたけど。
でもそれなら、お金なんてなくても……」
ひとり呟くように、思い悩むように。
だが、いま隣にはメイが居た。彼女はそれを聞き、何気なく告げる。
「えっ、あの子のことを言ってるのよね?
エイプップって、
捨て子かなにかで、ずっと孤児院暮らしだった、って聞いてるよ?」
デリケートな話題だし、直接あの子から聞いたワケじゃないけどね。
けれど職業柄、リンクスの経歴の話は、よく耳にするのよ。
出生なんて調べたら分かるものだし、これは間違い無いわよ?
そうメイが、不思議そうな顔をした。