hasegawaさん、炎の短編集。   作:hasegawa

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連載しようと思ったが、そんな事は出来なかったぜ! 続きが思いつかんッ!

仕方ないのでこちらに載せておきます。







9、グラップラー梢江

 

 

 東京都某所、徳川邸の一室。

 そこに現在、刃牙の恋人であり、同シリーズのヒロインを務める女子高生“松本梢江“が通されていた。

 至極、ワケの分からぬままに。

 

「…………えっと。……あの、徳川さん?」

 

 今目の前には、美味しそうに煙管から煙を吹かす光成おじいちゃんの姿。緊張してガチガチになっている梢江に対し、リラックスした様子で座っている。とても機嫌が良さそうに見えた。

 

「……えっと私、何でここに呼ばれたのかな~って……」

 

 そうなのだ。梢江さんは今日、光成に呼び出されてここへとやって来たのだ。刃牙くんではなく、何故か私が。

 

「お話があるなら、直接刃牙くんにすれば良いんじゃないかな~って……。

 あの……、ほら私と刃牙くんって、まだ夫婦ってワケでもないし。

 別に私に話すような事って……」

 

 徳川のおじいちゃんに呼び出されるような事に、まったく心当たりは無い。

 別に連絡事項があるなら直接刃牙に言えば良いし、梢江は格闘技の事など知らない。まったくわからんのだ。

 別に刃牙が怪我をしたとか、病気にかかったとかいう大変な話でも無いのだろう。おじいちゃんは今ものほほんと煙を吹かしているし、今日も刃牙くんは私と一緒に、山盛りのキャベツをモシャモシャと食べていた。まったくの健康体である。

 

「――――梢江さん」

 

 コーンという音を立てて、光成おじいちゃんが灰を下へ落とす。

 そして笑顔を浮かべ、それでいて真剣な声色で梢江に問いかける。

 

「“最愛に比べれば、最強なんて“と…………君は言うたそうじゃな」

 

「……えっ」

 

「刃牙に対し……、あの花山や勇次郎を前にしてもなお……、

 君は言ってのけたそうじゃな」

 

 徳川家十三代目当主。そして世界トップクラスの財力を持つ傑物。

 老いてなお、その圧倒的な威厳は健在だ。思わず怖気づきそうになる梢江。

 

「……えぇ、言いました。 戦う為の強さなんか、“愛“に比べたらって」

 

 しかし己の信念、そして揺るぎない乙女の矜持を持って。その目を真っすぐに見返しながら、松本梢江は返答する。

 その姿を見て、光成が笑う。心底愉快だと言うように。

 

「 …………素晴らしいッ! 流石はあの刃牙が惚れ込んだおなごじゃッ!! 」

 

 こんなにも愉快な事は無い。自分の長い人生の中で、こんなにも胸が高鳴ったのは一体いつ以来の事だろう。

 そう言わんばかりに、光成が笑う。この松本梢江という少女を絶賛している。

 

「……えっ。えっと……光成さん?」

 

「いやッ! 皆まで言うな! 言わんでもええッ!!

 その心意気ッ、乙女の矜持ッ! この徳川が、しかと受け止めたッッ!!」

 

 手を叩いて「わっはっは!」と笑う光成おじいちゃん。

 お年寄りが喜んでくれているのは大変嬉しい事ではあるのだが、正直ちょっと戸惑ってしまう感じの梢江。

 いや……まぁ愛ですよ。その通りなのよおじいちゃん。私間違ってないわ?

 

「 ならば梢江さんッ!

  その矜持……、ひとつ皆の前で、証明してみんかッ!? 」

 

 目を見開き、グイッと顔を寄せ、まるで初めてジャンボジェットを見た少年のように目をキラッキラさせる、徳川のおじいちゃん。

 

「ワシに任せぃ! 全てワシに任せぃ梢江さんッ!!

 この十三代目徳川がッ! アンタの願いッ、しかと聞き届けたぞぃ!!」

 

 

 おじいちゃんが手を叩いて使用人を呼びつけ、そして今はどこかに電話しているのが見える。恐らくは“何か“のセッティング。何かの準備を急ピッチで進めている様子が見て取れる。

 その姿を、ただただボケ~っと見つめる梢江。

 この状況に頭がついていかない。物凄い速度で“何か“の話が進んでいくこの状況。

 

 思えば私は、縋りついてでもそれを止めるべきだったのだ。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

『 青龍の方角よりッ! 松本梢江ッ、入場ぉぉぉーーーーうッッ!!!! 』

 

 

 和太鼓の〈ドーン!〉という音が鳴り響き、そしてこの“地下闘技場“に集まった観客たちの声援が聞こえる。

 

「「「 こっずっえっ!! こっずっえ!! 」」」

 

 神心会空手の皆さん、中国拳法家の皆さん、そして指定暴力団花山組の皆さんの声援が聞こえる。

 

『そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)』

 

 神心会、末堂厚(すえどうあつし)指導員の号令の下、この場に集まった空手家たちが一斉に正拳突きを行う。

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

 中国拳法家の皆さんが、よくわからない声援を梢江にくれている。

 

『姉御ッ、おふらぁぁんすッ!!』(お疲れ様です)

 

『『『おふらぁぁーんすッッ!!!!』』』

 

 そして木崎さんを始めとする花山組のヤーさん達が、膝に手を当てた極道式の礼で、頭を下げている。

 

 そして地鳴りのような歓声、眩いばかりの照明、それを一身に受けながら今、梢江が戦いの舞台へと歩みを進めていく。

 

『 最愛こそ最強ッ! 愛こそが至高の強さッ!!

  今、松本梢江がぁ~、地下闘技場へと降り立ったぁ~~~ッッ!!!! 』

 

 やかましい程のアナウンス。やかましい程の大歓声。そして悪乗りする大人達。

 

――――そんな中、松本梢江は思う。

 手首と足首に巻いたテーピング。試合用ズボン。

 上半身がタンクトップな事以外は、全て恋人である刃牙と同じコスチュームに身を包んだ彼女が、眼前の光景を目にして思う――――

 

 

(…………えっ。……何これ?)

 

 

『そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

『姉御ッ!!』

『『『姉御ぉぉーー!!』』』

 

(………………何これ?)

 

 

 私、一回でも中国拳法やった? 空手やった? 盃もらった?

 

 そんな事を思うも、まずその前に「なんで私、戦う事になってるの?」

 それに疑問を持つべきだったと思う。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「……ほう、炭酸抜きのコーラですか」

 

 

 試合前、控室にて梢江が、必死こいてコーラを飲んでいた。

 

「彼女、分かっていますね。

 ……炭酸を抜いたコーラは、即エネルギーに変換される」

 

 遠くの方で栗谷川さんがこちらを見てなにやら呟いているも、今の梢江はそれどころではない。

 

(刃牙くんがこうやってたっ! ……確か刃牙くんがこんな事やってた!!)

 

 そう思い、必死こいて1.5ℓのコーラを腹に詰め込んでいく梢江。

 意味などは知らん。ただ試合をする前には、ブンブン振ったコーラをこうやって飲むもんなんだ。梢江にとって、格闘技で知っている事といったらその位なのだ。

 

(あとは柔軟体操とかを刃牙くんやってたけど……、

 私あんなのよくわかんないよ!)

 

 そう思い、とりあえず以前テレビで観た事のある“ダイエットヨガ“のポーズをやってみる梢江。無駄に身体は柔らかかった。

 

(これ終わったら、とりあえず寝るっ!

 なんか刃牙くんもグースカ寝てたもん! 私の膝まくらで!)

 

 本当は刃牙に膝まくらをして貰えれば良いのだが、というか刃牙に全部教えて貰えれば一番良いのだが……、残念ながらあのアンチキショウはこの場には居ない。

 可愛い彼女が戦いへ挑むというのに、あの腐れマザコンの坊主は今、補習の真っ最中だ。なんとお勉強なぞをしてやがるのだあの小僧は! ブルシットなのだ!!

 

「……キャン……ディ……。あのね? ぼくキャンディがね?」

 

「うるさいのよドリアンさん! とりあえず膝かして!!」

 

 とりあえず唯一暇そうにしていた髭ヅラのオッサンをサポートに付けてもらったが、コイツは飴を食うばかりで、もう何の役にも立たない。

 良いからお前はじっとしてろと、ドリアンの膝を借りてグースカ寝に入る梢江。

 こんなワケの分からない所に連れてこられ、そしてこんなワケの分からないオッサンの膝まくらで眠る。

 梢江の心は今、もう張り裂けそうだった。

 

 この怒りを試合にぶつけられれば良いなぁと思うも、そんな事私に出来るとも思えない。そもそも何でこんな事になっているのか、誰か私に教えて欲しかった。プリーズテルミーである。

 

 ひたすら飴をコロコロしているドリアンの膝に、梢江の涙がポタリと落ちる。地下闘技場の控室に、シクシクと乙女の泣く声が響く。

 

 今日は朝から徳川家のリムジンに(無理やり)乗っけられ、ここ東京ドームに着くなり独歩さんだのオリバさんだのジャックハンマーさんだのという、なんかどっかで見た事のある人達に矢次に激励され、そして「とりあえず~」みたいな感じで克己さんに正拳突きの仕方だけをササッと教わり、この控室であろう場所に連れてこられた。

 

 さっきヤクザの花山さんがここに激励に訪れ、「こいつを着ていきな」と試合用パンツ、そしてテーピングを渡してくれた。

 これは花山さんが刃牙くんの部屋に入り、勝手にタンスから取ってきた物らしい。

 流石はヤクザ。不法侵入だのなんだのという日本の法律なんてなんともないぜ!

 お心遣いは大変ありがたいのだけれど、大家の娘としては、出来ればそういった事は控えて欲しい。

 

 ついでに「腹に巻いとくか?」とばかりにサラシと、「飲んどくか?」とばかりにお酒のビンを渡されたが、それは丁重にお断りした。

 そして花山さんは「あまりダチのスケ(女)と二人で会っているのは仁義に反する」というなんか男前な理由から、用事だけを済ませてスタコラと去って行った。

 

 そして花山さんと入れ替わりに烈海王さんがここにやってきて、「分からない事があれば彼に訊くと良い」と言い、このドリアンさんをサポートに置いてってくれたワケだ。大量の飴玉の袋と一緒に。

 なんで死刑囚やねん、なんでドリアン海王やねんとは思ったが、居ないよりは遥かに良いので素直にご厚意に甘えておく事とした。

 ……関係ないけど、生きてらっしゃったんですね烈海王さん。刃牙道なんて無かったんですね。

 

 そして先ほど加藤さんに買ってきてもらったコーラをガブ飲みし、見様見真似のダイエットヨガをおこない、現在に至るというワケだ。

 

 今梢江の頭の上からは、「オトワラヴィ~♪」というドリアン海王の無駄に綺麗な歌声が聞こえてくる。その歌声に不覚にも涙が溢れてきた。梢江の心は大分と参っているようだ。

 エグエグと泣きながら眠る私。ドリアン氏のズボンが私の涙を吸い、しだいに重みを増していく。

 

「………………ぐぅえ~っぷ!!」

 

 そしてコーラの飲み過ぎで、お腹もパンパンなのであった。 

 見栄を張らず500ミリにしとけばよかったかしらん?

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「どう思われますかな渋川老。勝てますか梢江さんは?」

 

「そうじゃなぁ独歩よ。あの様子ならば何の問題あるまいて。

 “地上最強のガキ“……の女。相手はもう、立っては帰れんじゃろう」

 

「ふむ………………一致しましたな」

 

――――なにがやねん。梢江は心の中でつっこむ。

 

 そして時は戻り、現在地下闘技場に降り立ち、ライトを浴びている梢江。

 観客席では見た事ある人達が、なにやら好き勝手な事をゴチャゴチャ言っている様子が分かる。だが梢江は今それどころでは無い。

 

(何なのよこの人達……。何で私の戦いなんて見たいのよ……)

 

 もう観客席にいる者達がニッコニコしているのが分かる。老いも若きも目をキラッキラさせて梢江を見ているのだ。なんなんだアンタ達。

 

「 みんなぁ~~! “地上最愛“がッ、見たいかぁ~~~ッ!! 」

 

「「「 オオオオオォォォォーーーーーーー!!!! 」」」

 

「 ――――ワシもじゃ! ワシもじゃみんな!! 」

 

 今徳川のおじいちゃんが、マイクを握り、元気に観客を煽っている。梢江は今「やかましいわ」という想いで一杯だ。大人達の悪ノリが凄い。

 なんだ? 地上最愛て。私そんなん言うた事ないわ。

 そして観客席からは「最! 愛ッ! 最! 愛ッ!」というワケの分からんコールが聴こえてくる。やめんかお前ら。恥ずかしいわ私。

 

 どうでもいいけれど、この地下闘技場に敷き詰められた砂にも凄い不快感を感じる。

 もう歩きにくいわ、爪だの歯だのが大量に混じってて痛いわ。バイキンでも入ったらどうしてくれるのか。まともに戦わせる気があるのかと問いたい。

 

 こんな所で、刃牙くんはいつも戦っているのね……。

 手首足首にテーピングを巻き、そして刃牙と同じパンツを穿いた梢江は思う。ちなみに髪はポニーテールである。

 

(やったろうじゃないのよ……。いいわよ、やってやるわよ……。

 さっさと済ませて……、帰ってお風呂入って寝るわよ!)

 

 ちなみにあのドリアン海王の膝は、ゴツゴツしすぎて眠れたモンでは無かった。筋肉の塊だ。

 あのオトワラヴィの歌は心地よかったが、おんなじ部分のエンドレスリピートだったのですっかり歌詞も憶えてしまった。カラオケとかには入っているのかしらん?

 そんな事を考えつつ、梢江が手のひらに拳を打ち付ける。パンパンという子気味良い音を鳴らし、気合充分といった様子だ。

 

 

『――――それでは白虎の方角よりッ……“範馬勇次郎選手“のぉ! 入場d……

 

「 うおぉぉおおーーーいッッッ!!!! 」

 

 

 ――――ツッコんだ。梢江はおもいっきりツッコんだ。

 突然の叫び声に、アナウンスの声もいったん止まる。

 

「…………ちょっと。徳川さんちょっと」

 

「ん? なんじゃいな梢江さん?」

 

 そして近くに居た徳川のおじいちゃんを、こちらに呼び寄せる。

 

「……あのね、おじいちゃん? 私、おんなのこ」

 

「あぁそうじゃな。梢江さんは、女の子じゃ!」

 

「……それでね? 範馬勇次郎っていうのはね?

 男の人なの。地上最強の人なの」

 

「そうじゃ! 勇次郎は、地上最強じゃッ!!」

 

 おじいちゃんは、まるで少年のように目をキラキラさせている。

 

「………………無理でしょ、おじいちゃん?

 わたし無理でしょ? 範馬勇次郎とか」

 

「……えっ」

 

 おじいちゃんは、心底意外そうな声を上げる。

 

「えっ……。でも地上最強と、地上最愛を……」

 

『 無理でしょ!? わかるよね!? わかるでしょおじいちゃん!!!! 』 

 

 まるで般若のように、梢江がおじいちゃんへと詰め寄る。

 

「 なんなのよ地上最愛って!

  アンタの“愛“に対する信頼感、一体どうなってんのよ!!!!」

 

「 !?!? 」

 

 ホワット イズ ラーヴ!! 梢江は英語で叫ぶ。

 

「 なんでイケると思うの! なんでイケると思うのよコレで!

  私10キロのお米だってひとりで持てないのよ!? どうすんのよコレ!! 」

 

「 !?!?!? 」

 

 おじいちゃんは、驚愕の表情を浮かべる。

 

「 アンタのマッチメイク、いったいどうなってんのよッ!!!!

  謝りなさいよみんなに! 謝って来なさいよ勇次郎さんに!! 」

 

 いま白虎の方角では、「もう入っていいのかな~?」みたいな感じで、ヒョッコリと勇次郎が顔を覗かせている。大丈夫なのかな~みたいな感じで。

 

「 ――――はやく! はやく謝って! 

  勇次郎さんすいませんでしたって! ごめんなさいして来なさいッッ!! 」

 

「お……おぉ~……」

 

 

 梢江に怒られ、スゴスゴと白虎の方へと向かって行くおじいちゃん。

 観客席にも「今の無しで」という説明アナウンスが入る。

 心底すまなそうな様子の徳川さんに、「あ~。ホンマっすか~」みたく謝罪を聞く、勇次郎であった。

 

 

………………………………………………

 

 

 あービックリしたぁ~。心臓が止まるかと思ったぁ~。

 そんな事を想いながら、梢江がグイグイとストレッチを行う。

 

 まぁなんやかんやあったけれど、おじいちゃんは「すぐ代わりの相手を用意する」と言っていた事だし、梢江はそのまま、ここで待っていた。

 

『 え~、皆さま長らくお待たせしましたぁ~。

  改めまして、ただいまよりぃ~! 選手入場を行いますぅ~! 』

 

 ワーワーと歓声を上げる観客たち。

 梢江もストレッチを止め、向かい側の入場口に目を向ける。 

 

『 白虎の方角よりぃ~! “ホッキョクグマ選手“のぉ! 入jy…………

 

「 ちょおおおおぉぉぉぉーーーーーいッッッッ!!!! 」

 

 

 ――――叫んだ。再び梢江は絶叫した。

 会場アナウンスの声も、またしてもいったん止まる。

 

「 徳川ッ! アンタッ!! アンタこっち来なさいッ!!!! 」

 

「……えっ」

 

 心底意外そうな顔をしながら、近くにいたおじいちゃんが梢江に寄って行く。

 

「……おじいちゃん、あのね? 何回もごめんね? でもね、おじいちゃん?」

 

「お……おぉ」

 

「おかしいよね? ホッキョクグマって。

 “白虎“で“ホッキョクグマ“って、なんかおかしいよね?

 おんなじ白かもしれないけどね?」

 

「……えっ。でもホッキョクグマって、強いし。

 勇次郎もジャックも、昔戦ってたって言って…………」

 

 梢江が何を言っているのか分からない。心底そんな顔をしながら、おじいちゃんは言う。

 

「それで……あ~やっぱホッキョクグマ強いんじゃな~って、思って。

 そんじゃあワシ、梢江さんとやらせてみたらええんじゃないか~と思って……」

 

「いや、おかしいでしょ? わかるよね?

 そんで“ホッキョクグマ選手“っていうのも、何かおかしいよね?

 無いよねそんな言葉? わたし初めて聞いたよ?

 付けないよね“選手“って? クマには付けないよね?」

 

 子供に語り掛けるようにして、懇切丁寧に梢江は説明していく。

 それでもおじいちゃんは「……えっ」という表情を変えない。

 

「あの実況の人も初めて言ったと思うよ? “ホッキョクグマ選手“って。

 長いアナウンサー人生でね? そんでもう、二度と言う機会無いと思うよ?

 なんでか分かる、おじいちゃん? ……そう、選手じゃないもんねクマは?」 

 

「いや……でも“最愛“じゃし。

 最愛と戦うのであれば、やっぱクマぐらいは……」

 

「 だからどーなってんのよアンタの愛ッ!!

  言ってみなさいよソレ! 紙に書いてよここで!! 」

 

 闘技場が揺れる程、梢江の怒りの声が木霊する。

 

 

「 今思ってるヤツ、全部書いてみなさいよッ!!

  私それ、全部バツつけてやるわよッッ!!!! 」

 

 

 紙とペンもってきなさいよ! 早くしなさいよ!!

 徳川の従業員たちに羽交い絞めにされながらも、梢江の怒りは留まる事を知らない。

 しまいには「もうアンタで良いわよ! アンタかかってきなさいよ!」と、従業員に喧嘩を売りだす始末だ。

 

 やがて場内アナウンスで「今のも無しで」という放送がされ、おじいちゃんがスゴスゴと白虎の方角へと歩いていく。

 ホッキョクグマの飼育員さんは「あ~。ホンマすか~」みたいな感じで、トボトボと奥へ引き返して行った。

 

「アンタいい加減にしときなさいよアンタ?

 一回でもホッキョクグマと戦ってる女、見た事あんのアンタ?」

 

 関係ないけれど、老人が若い娘さんにガチ説教されているという光景。これは格闘家の面々をしても、結構ツライ物があった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 とりあえず一旦控室へと帰ってきた梢江さん。観客たちは今、トイレ休憩中である。

 

 もうこのまま家に帰ってやろうかとも思ったのだが、曲がりなりにもみんな朝早くから集まってくれたのだし、それも気が引ける。

 徳川のおじいちゃんも「ちゃんと相手を用意する」と言っていたので、今はまたコーラを飲んで、英気を養っている最中だ。怒鳴り過ぎてなにやら喉も乾いた事だし。

 

『出来るのねおじいちゃん? ちゃんとした人連れて来れるのね!?』

 

『ハイッ! 出来ますッ! 今もう出ました!!』

 

 先ほどそんなソバ屋の出前みたいなやり取りを5分ばかり繰り広げたが、今は集中力を高める事に専念している。

 特におじいちゃんを信用しているワケじゃないが、なんなら次に変なの用意してきたらもう帰ってやれば良いのだし。私はもう知らんのだ。知った事ではないのだ。

 股割りと呼ばれる脚関節の柔軟をしつつ、梢江は試合開始の時を待つ。

 

(知ってるかい? ボクシングのヘビー級チャンプってのは、

 世界最強の男の事を言うんだぜぇ~?)

 

 

 ……なにやら今、見知らぬオッサンの幻影が見えた気がしたが、梢江はヘビー級のチャンプでも無ければ、ボクシングをやった事すら無い。

 

 なんで出てきたのよ。アンタ誰なのよ?

 梢江は特には、気にしない事にした。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

『 青龍の方角よりッ、松本梢江選手のぉ~入場ですッッ!!!! 』

 

 

『そうりゃッ!!(ビシィッ!)

 そうりゃッ!!(ビシィッ!)』

 

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

『――――烈士ッ、梢江海王ッ!!』

 

 

 だからもう海王とか知らないし、正拳突きとかしなくて良いのだが、梢江は黙って入場門をくぐっていく。

 

「 みんなぁ~~! “地上最愛“がッ、見たいかぁ~~~ッ!! 」

 

「「「 オオオオオォォォォーーーーーーー!!!! 」」」

 

「 ――――ワシもじゃ! ワシもじゃみんな!! 」

 

 そっからやり直すんかいとは思いつつも、梢江は黙って集中力を高めていく。

 

(えっと……刃牙くんてどうやってたっけ?

 ピョンピョンしたり、手首グネグネしてたら良いのかな?)

 

 思い浮かべるのは、恋人である範馬刃牙の姿。彼もいつも、こんな気持ちで闘技場へと立っていたのだろうか?

 自分は客席で見守るばかりで、戦いの事などまったく知りはしなかった。しかし今回この場に立つ事により、少しでも彼の事を知る事が出来たら良い。

 しぶりつつも、嫌がりながらも、それでも結局この地下闘技場へと立つ事にした理由。それがこの“刃牙に対する想い“であったのだ。

 

 梢江は誰にも言わなかった。誰にも言う事無く、ここに立つ事に決めた。

 もし刃牙がそれを知れば惚れ直しもするだろうが、そんな事はどうだって良い。

 今この時だけは、私も闘士。グラップラー梢江として、この場に立つ!

 

 

『 続きまして白虎の方角よりッ、“春日野さくら“選手のぉ!

  入場ぉぉーーーーですッッ!! 』

 

 

 そして入場してくる今日の対戦相手、春日野さくら選手。

 正直、梢江は拍子抜けする。だってクマだのなんだのの次は、セーラー服を着た可愛らしい女の子が現れたのだ。

 心の中で「おじいちゃん、疑ってゴメン」と詫びるも、なにやらどよめいている様子の観客席を不信に思う。

 

「…………渋川老、彼女は……」

 

「あぁ独歩よ。この試合……、きっと荒れよるぞ」

 

 今も目の前で、観客席に手を振り愛想を振りまいているさくら選手。その弾けんばかりの笑顔を見ても、梢江の不安は消える事は無い。なにやら嫌な予感がするのだ。

 

『 両者、中央へ! 』

 

 アナウンスに従い、両者が歩み寄る。そして試合前の握手を交わす。

 

「梢江さん! お会い出来て嬉しいです! ずっとファンだったんです!!」

 

 満面の笑みを浮かべ、両手で梢江の手を握るさくら選手。それに曖昧な笑みを返す梢江。

 

「“バキSAGA“読みました! すんごく面白かったです!!」

 

「 きぃいいいいやぁぁぁああああーーーーーーッッッ!!!! 」

 

 

 梢江の叫びが、会場に響き渡る。

 

――――精神攻撃は基本。そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「――――えぇ、飛んだんです。まるで竜巻みたいに回転しながら、

 彼女が空を飛んでたんです」

 

 後日、当日観客席で試合を観戦していた柔術家、本部以蔵氏は語る。

 

「あれは“蹴り“なんでしょうね。弓なりの軌道で空を飛びながら、

 梢江さんへと襲い掛かって行った」

 

「あんな蹴り技は、どんな流派にだってありませんよ。

 私だってあんな事は出来ない。誰にも出来ません。

 完全に物理法則を無視してしまっているから……」

 

 両手を組み、あの時感じた衝撃を追想しながら、本部氏が語る。

 

「――――春風脚。確かそう言っていたように思います」

 

 

 頭部、肩、脇腹。

 試合開始直後にさくら選手の放った春風脚。それは連続してヒットし、梢江の身体はきりもみしながら吹き飛んだ。

 

「凄く嫌な音がしましたよ。もうパシとかペシとかじゃない。

 ゴッ! とかゴシャッ! という重い音が、こちらまで聞こえてきたんです」

 

「あんなものを喰らったら、普通はその時点で終わりだ。

 しかし梢江さんは、壁に寄りかかりながらも、

 なんとか倒れず持ちこたえていたんですね」

 

 眉をしかめる本部氏。まるで自分がその蹴りを喰らったらどうなるかという事を、想像しているかのように。

 

「思えば、そのまま“倒れていれば良かった“かも、しれませんね――――」

 

 抱き着くようにして壁に寄りかかり、倒れる事を拒んだ梢江。

 そこに向かい、即座に態勢を立て直したさくらが襲い掛かる。

 

「今度はね? ロケットのように飛んだんですよ彼女」

 

 一足飛びに間合いを詰め、そして梢江の顎を拳で跳ね上げる。

 

「大きく身体を伸ばし、天に拳を突きあげ。

 まるで竜が天に昇っていくように……、

 梢江さんの身体ごと、高く上へ飛んだんです」

 

「――――咲桜拳。そう叫んでいたと記憶しています」

 

 吹き飛ばされ、背中から地面に落ちる梢江。それでももんどりうちながらも、即座に手を付いて態勢を起こす。

 

「重ねて言いますが……、そのまま倒れていれば良かったのにね」

 

「…………もう構えに入っているんですよ、彼女は。

 両手を腰だめに構え、まるで“かめはめ波“でも撃つような感じでね」

 

 バチバチッという音が客席まで聞こえてきた。

 その身に雷を纏うように、さくら選手の身体が光を放っているように見えた。

 

「あんな物はもう……漫画の中でしか見た事が無い……。

 あるんですねアレ。話には聞いていましたが……」

 

 そして大きな雄たけびを上げながら、さくら選手がその両手を一気に前へと突き出した。

 

「――――波動拳。彼女は確かに、そう言っていましたよ」

 

 今度こそ梢江の身体は吹き飛び、そして地面に横たわったその身体から、シュウシュウと煙を上げているように見えた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 客席から、汚い男共の悲鳴が聞こえてくる。

 こちらの気も知らない「立て」という身勝手な応援。そしてどこかの顎が立派なプロレスラーの「シャイッ! シャイッ! シャイッ!」という手拍子の音も聞こえてくる。

 寂海王は目を伏せ、柴千春は歯を食いしばり、そしてピクルが両手を重ねて祈っている。

 

 そんな中、梢江がゆっくりと身体を起こし、脚を震わせながらも立ち上がる。

 

(…………有利だ)

 

 焦点の合わない瞳。未だダメージの抜けない身体。

 

(思い違いなんかじゃ、ない……)

 

 それでも梢江は目の前の相手を見据え、その瞳にしっかりと、意志の光を宿す。

 

(――――――“私が“、有利だッッ!!!!)

 

 

 砂にまみれ、汚れた身体。それでも目を見開きこちらを見つめる梢江。その姿に、一瞬さくら選手がたじろいだように見えた。

 

(…………ふふ、まるでダンプカー……)

 

 梢江は、先ほど自分が受けた打撃の衝撃を追想する。

 

(立ち上がれる身体に産んでくれた母……。

 立ち上がれる心を育んてくれた父……。)

 

 梢江がゆっくりと腰を落とし、そして右の拳を脇に添える。

 その構えには、どこかの誰かの面影が見て取れる。

 

(そして、立ち向かえるイメージをくれた刃牙くんに――――感謝したいッッ!!)

 

 正拳突き? 否。“剛体術“だ。

 これは刃牙の得意技、剛体術を行う時の構えだ。

 

「…………ほぅ、堂に入っている」

 

 その姿を見つめ、さくら選手が呟く。

 

「しかし……、貴方にとって絶望的戦力を持つ、私です」

 

 半身で構え、そして軽くステップを踏むさくら選手。

 

「――――終わらせましょう、この戦いを。

 私に勝つなどという幻想…………その夢を、永遠の物とする為に……」

 

 謝りたいと……感じている。

 梢江は、この場にいる観客の皆……そして刃牙くんに、謝りたいと感じている。

 

――――だから“感謝“と言うのだろう!! これを感謝を言うのだろうッッ!!!!

 

「 来いやぁぁーー小娘ぇぇぇーーッッ!!

  私はバキシリーズの、リーサルウエポンだぜぇぇ~~~ッッ!!!! 」

 

 さくら選手の両腕が、再び雷を纏う。

 それに対し、梢江は真っ向から迎え撃つ。

 

 腕がひん曲がった刃牙くんを、見た事がある。

 口から血ヘドを吐き、それでも立ち上がる刃牙くんを、見た事がある。

 もっと凄い相手と戦っている刃牙くんを、見た事がある――――!!!!

 

「 真空ぅぅぅ~~っっ! 波動拳ぇぇぇええええーーーーんッ!! 」

 

 ――――――だったらイケるぜッッ!!!!!!!!!

 

 

『 ――――邪ッッッ!!!!!!! 』

 

 

 

 閃光――――

 そして衝撃音――――

 

 さくらの両腕、そして梢江の拳。

 眩い光の中……、それが交差したように見えた―――― 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 

「ずずず…………。うん、美味しい」

 

 

 某病院の一室。

 現在梢江はベッドの上、お茶をすすっていた。

 

「おばさんが持たせてくれた玉露なんだ。

 紅茶とかコーヒーもいいけど、俺には物足りない」

 

 その傍で、魔法瓶からお茶を注ぐ範馬刃牙。高校生ながら、彼の趣味は意外と渋いようだ。

 

「美味いコーヒーや紅茶、私が入れてあげるわ」

 

 苦笑しながら好みを語る少年に、梢江が言い放つ。

 

「コーヒーも紅茶も炭酸抜きコーラも……、味は違えども、みんな美味しい」

 

 水筒のコップを片手に、梢江がニコリと笑みを浮かべる。

 

「…………梢江、こんな事を言うのもなんだけど……」

 

 その様子をみて、言いよどむようにして刃牙が告げる。

 

「剛体術は無理だよ……。まずはちゃんと、拳を作る訓練をしなきゃ」

 

「 分かってたわよそんなの! 言わないでよッ!! 」

 

 

 あの時、奇跡的に先に届いた梢江の拳は……、さくら選手の腹に打ち込んだ瞬間、手首がグニャッっといった。

 観客席にいても、梢江の手が〈ボキィ!〉と折れる音が聞こえたと言う。そのせいで梢江は今、腕にギブスを付けている。

 

「仕方ないじゃない! あんなのやった事なんかないもん!!

 しょうがないじゃない! やるしか無かったんだから!!

 ほかにどうしろって言うのよ!!」

 

「……いや、まぁそうは思うんだけどさ?」

 

 刃牙はこの病室を訪れた時、梢江に「こんなんなっちゃった……」とばかりにギブスを見せられた。名誉の負傷だというのは認める。

 

「まぁ、それでも勝ったんだからいいんじゃね?

 ……よく勝てたよ梢江。烈さんに聞いたけど、一撃だったんだってな」

 

 それでも根性で腕をねじ込み、なんと梢江はさくら選手の意識を刈り取ったのだという。格闘家である刃牙にしても、これは信じられない出来事だ。

 

「あ……うん。まぁ私も必死だったし……。破れかぶれでさ……」

 

「それでもスゲェって。人を倒すってのは、簡単な事じゃないもの」

 

 気迫、根性、矜持。人はその拳に様々な想いを込め、力に変える。

 人を倒す拳――――梢江は確かに、それを放ったのだ。

 

「“最愛こそ最強“か……。 ありがとう梢江、テーマが出来た」

 

「 やめてよ刃牙くん! 研究しないでよ!! 」

 

 強くなる為、真面目に研究しようとする恋人の少年。もうどんだけ格闘馬鹿なんだと問いたい。

 その前に、まずは私を心配しろ。いい子いい子してくれ。

 

「あ、そうだ。あれからバキSAGAけっこう売れてるらしいよ?

 売店でも売ってたって花山さんが……」

 

「 バキSAGAの話はしないでよっ!! もういいのよアレはッッ!!!! 」

 

 闘士たちの間では、今ことある毎に『危ッ!!』と言うのが流行っているらしい。これもバキSAGAの影響か。

 

「もうこりごりよ! あんな思いするのは!

 普段刃牙くん達が頑張ってるんだっていうのは

 よく分かったけど、私は二度とゴメ……

 

「――――お~梢江さ~ん! 具合はどうじゃ~!」

 

 

 その時病室に、花束を持った徳川おじいちゃんが現れた。

 

「いやぁ~実にいい戦いじゃったのぉ~今日の試合は!!

 あ、それとな梢江さん? 今度ワシ、地下闘技場で

 “地上最愛トーナメント“というのを開催しようと思うての?

 もちろん梢江さんには現チャンピオンとして、大会に参加を…………

 

 

………………………………………………

 

 

 ――――後に、当時の様子を見ていた範馬刃牙は語る。

 

 

「いや、正直嬉しかったスよ?

 梢江はホントによく、俺達の戦いを見てくれてたんだなって」

 

「即座に梢江が駆け出したんですよ。じっちゃんのトコに。

 俺が気が付いた時にはもう、組み付いちゃってましたもん」

 

 梢江の雄姿が誇らしいのか、どこか照れ臭そうにしながら刃牙は語る。

 

「腕が折れちゃってんのにどーすんのかな~と思って見てたんですけどね?

 そこはほら、アレです。あるじゃないですか俺と烈さんの技」

 

「“転蓮華“です。ほらアレ、腕とか関係ないし。脚しか使わないし」

 

「……ゴキゴキィって凄い音したなぁ~。

 あっ、じっちゃんの首、あれ大丈夫だったんですか?」

 

 

………………………………………………

 

 

 白目を剥き、口から泡を吹く徳川光成。

 その肩に乗り、まるで菩薩のような顔で静かに佇む梢江――――

 

 

「……やはり君は天才だッ!」(やはり君は天才だッ!)

 

 

 それを影から見ていた大陸の人が、人知れず目を見開き、梢江を絶賛した。

 

 

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