【疾風】に助けられるのは間違っているだろうか 作:マルセイエーズ
「それじゃあ神様、行ってきます」
返事はない。今は午前五時、神様はまだまだ寝ている時間だ。神様が起きるのに後二時間はかかるだろうし、それまで待ってから出発してもいいんだけど、僕には今日に限って早く出発する理由があった。身支度を整え、教会を出たあと、メインストリートを小走りで進んでいると目の前に小さなお店が見えた。
「やった!今日は一番乗りだ!」
西のメインストリートに佇む小さな店。ここでは、サンドイッチなどのご飯を売っていて、朝早くから開いていることもあり、早朝から冒険者や一般の人が集まってくるのだ。
非常に美味しいと評判で、もちろん一つ一つ手作りなので、開店と同時に行かないと僕の食べたい『カツサンド』がなくなってしまうのだ。
また、ご飯の量もそこそこあるのでお値段がお高くなっている。だから、毎日はこれを食べに来るわけにはいかず、一週間に一回の僕の楽しみとなっている。……これを食べるために少しでもお金を浮かせようと、たまに昼ご飯を少なめにしたり朝ご飯を食べなかったりしているのは神様にも秘密だ。バレてるかもしれないけど。
無事に『カツサンド』を手に入れた後、僕は意気揚々として道を歩いていた。お財布は少し軽くなったが、これは自分に必要なものだと言い聞かせる。今度稼ぎが多かったら神様にも買ってあげようと密かに決意を固めていると。
「すいませーん、これ――」
「……っ!?」
「ひゃあ!!」
「あ、す、すいません、大丈夫ですか!?」
背後から急に声をかけられて思わず飛び退いてしまった。振り向いた先にいる薄鈍色の髪を持つ女性が僕の反応に驚いて、可愛らしい声を出して肩をビクリと跳ねさせた。
なんだろう、今誰かから強烈な視線を向けられたと冒険者としての勘が告げているような気がしたけど、辺りに人影らしきものはこの目の前のお団子頭の少女しか見当たらない。
僕の思い違いだろうか。……そもそも冒険者になって一ヶ月も経っていない僕に冒険者としての勘とかはまだまだ早かったな。うん。
「ふふっ、いきなり声をかけちゃってごめんなさい」
「い、いえ、こちらこそごめんなさい……」
「はーい。……これ落としましたよ?」
彼女はそう言って僕に『魔石』を渡してきた。おかしいなぁ、ちゃんと全部換金したはずなんだけど……冒険者じゃない人が持つものじゃないから、きっと僕が換金し忘れたんだろう。
「すいません、ありがとうございます」
「いえいえ、今からダンジョンに行くんですか?」
「はい、少しやりたいことが出来たので」
彼女からの質問に答える。そうなのだ、あの出来事があってから僕には少しやりたいことが出来た。
ある程度言葉を交わしたら出発しようと思っていたら、ある事をすっかり忘れている事に気づいた。
「あ、僕、ベル・クラネルと言います。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「そうでしたね、まだ名乗ってなかったですね。私、シル・フローヴァです」
よろしくお願いします、と微笑んでくる女性――シルさんに僕は目を奪われてしまい、しばらく真っ赤になって頷くことしか出来なかった。
「よし、着いた」
あの後、シルさんと少しの間会話を続け、今日の稼ぎが良かったらシルさんが働いているというお店に伺うと約束し、僕はダンジョンの上層、一階層に足を運んでいた。
僕の戦闘方法は基本的に敵に一撃を与えたらすぐにその場を離れ、また攻撃を仕掛けるというヒットアンドアウェイだ。確かにこの戦い方は僕に向いていると思うけど、だからこの戦法をとっている訳では無い。
単純に僕に戦闘方法を教えてくれる人が居ないのだ。他の【ファミリア】なら先輩がいて教えてくれるのだろうけど、僕の【ファミリア】は眷属一人の零細【ファミリア】。神様が教えてくれる事なんてないから必然的に我流になっている。
だけど、昨日、転機が訪れた。あの女性は一人きりで『ミノタウロス』を圧倒していた。体術を使い、フェイントで撹乱し、はたまた相手に動きがあればそれを事前に封じ、冒険者で言うところの『技』と『駆け引き』を彼女は持ち合わせていた。
一分に満たない戦闘に加え、あまりにも速かったため、僕が見えたものもそう多くはない。それでも、あの戦いが僕の頭から離れない。だから、それをしっかりと覚えているうちに自分で試してみようと思ったのだ。
頭の中で彼女の動作を反復する。まだまだ僕の技術では再現不可能な事も多いけれど、このまま漠然と我流で続けていくよりは遥かに僕のためになる気がした。
しばらくの間そのまま真っ直ぐ広い通路を歩いていくと、ダンジョンが蠢き、異形の怪物が多数、僕の目の前に出現した。
『『『ギャアア!!』』』
「『コボルト』が八体、いけるかな……」
僕には幸いにも冒険者としての才能――少なくとも駆け出しの時点で冒険者家業を諦める必要がある程、才能に見離されていない――があった。
だから、『コボルト』程度の相手ならば時間と労力に目を瞑れば無傷で討伐出来る。
しかし、それも『コボルト』たち怪物が単独の場合や二、三体など、少数の場合だ。エイナさんから常々言われているけど、僕は一人だから敵に囲まれてしまうのはあまりよろしくない。
『冒険者は冒険してはいけない』。その為にもある程度敵を分散させて、その隙に素早く敵を倒す必要がある。
他の個体と違って、少し離れたところに誕生したものを一先ず倒してしまおうと、意識を戦闘状態へと切り替え、足に力を込めて勢いよく地面を蹴って詰め寄ろうとした、その瞬間。
「――え?」
『ギャア!?』
いつもより遥かに速いスピードで『コボルト』に接近した。あまりの速度に驚きながらも、同じく驚愕しているのか、動きが止まっている『コボルト』の胸にナイフを押し入れ、核を破壊する。
(確かに敏捷は昨日に比べて上がったけれど、こんなに速くなるものなのか……?)
思わずそんな疑問が湧いてくる。ホームに帰ったら神様にしっかり聞いてみようと思うけど、この状況でこの成長はありがたい。
これでより戦いやすくなるだろう。最後の数体は言い方は悪いけれども、あの人がやっていた技術を習得するための練習台になってもらおう。そんな事を考えながら残りの『コボルト』を見て、僕は走り出した。
▷▷
「ふっ!」
『グギャァッ!?』
二階層。すっかり絶好調になっていた僕は『ゴブリン』に勢いをつけた蹴りをお見舞していた。まだナイフを使った攻撃と体術を組み合わせて戦うのは慣れないけれど、だいぶ戦術の幅が広がった気がしてやりやすくなった。
まだまだ探索を続けようとしたところ、お腹がぐうっ、となったのでその場に立ち止まる。
朝早くからダンジョンにこもり、昼ご飯を食べたのは体感だけど四、五時間前くらい。正確な時間を確かめるために時計が欲しくなってきたこの頃だけど、まだ金銭的余裕はないし、他に買いたいものもあるので我慢する。
これ以上続けていたら集中力が切れちゃうし、そういう時が一番危ないってエイナさんは言っていたから、そろそろ帰ろう。
僕は『魔石』と『ドロップアイテム』で一杯になった袋を手に持ちながら帰路についた。
「ここが『豊穣の女主人』……?」
ギルドでエイナさんに今日の報告をした後、換金場所に行って今日の成果を確かめてもらうと、信じられない事が起こった。
僕の普段の稼ぎを遥かに上回るお金が手に入ったのだ。探索時間はいつも通りの筈なのに稼ぎは三倍以上。ドロップアイテムがたくさん手に入ったおかげだろうか。
なんにせよ、これでシルさんとの約束も守れそうだと、ほくほく顔でホームに戻り、身だしなみを整えたあとシルさんが働いているという『豊穣の女主人』にやってきた。
中にはヒューマンの他にも猫人や 狼人、プライドが高くて取っ付きにくいといわれるエルフまでいて、少しびっくりした。
まあ、エイナさんはエルフの血を継いでいるけれど、面倒見がいいというか世話焼きというか、あまりそのような事を感じさせないので、ここにいるエルフの人もそうなんだろうと思う。
酒場になんて一人で来た経験が全くといっていいほどないので、僕が中々入れずにいると。
「ベルさん、来てくれたんですね!」
僕が入り辛そうにしているのが見えたのか、シルさんが入り口を開けて僕のところにやって来てくれた。
「シルさん!はい、今日はたくさん稼ぎがあったんで」
「ふふっ、じゃあ今日はご飯たくさん食べられるって言ってきますね!」
「え、ちょっとシルさ――」
「一名様ご案内でーす!」
元気の良いシルさんに圧されておずおずとお店の中に入っていく。そのままカウンター席まで案内された僕は端っこの席に座る。すると、奥から威圧感を放っている店長らしき女傑が僕のもとにやってきた。
「アンタがシルの言ってた客かい?ずいぶんと大食漢らしいね。可愛い顔してやるじゃないか」
「え」
誰がそんな馬鹿げた噂を流したんだ!?……いや、一人しかいない。確信を持って横でニコニコしている犯人――シルさんに目を向ける。すると、シルさんがウインクをして、舌をペロッ出した。可愛いけど、許さん。それと可愛い顔は余計だ、少し気にしてるんだから!
「ごめんなさいね、ベルさん。つい……」
「何が『つい……』ですか!?変な噂流さないでくださいよ!?」
お料理持ってきますね、と僕の悲鳴を無視して厨房に消えてしまうシルさん。まあ、そんなにたくさんシルさんも料理を持ってくることは無いだろうから、大丈夫だろうけど……。
……少し心配になってきた。そんな不安に襲われていると、店長の女傑――皆にミア母さんと呼ばれている――が僕の前にドンッ、と料理を置いた。
「はい、今日のおすすめだよ!まだまだあるからしっかり食べなよ」
「いや、これだけで十分ですって!?」
山育ちで、よくおじいちゃんが川で魚を取ってきてくれていたけど、このサイズの魚はほとんど食べたことがないと断言出来るほど大きかった。これだけあればお腹も十分膨れるだろう。
なんとかこれ以上は要らないとミアさんを説得した後、魚を切り分けて一口。
「おいしい……」
自然と手が料理に伸びてしまう。この味でこのボリューム、なるほど、この店がこんなに人気なわけだ、と納得した。おまけにお店の従業員はかわいい女の子が多い、男性冒険者からしたらここは楽園だろう。もちろん、僕を含めて。
「楽しまれてますか?ベルさん」
「はい、今日はありがとうございます」
「私も少し休憩を貰ったんでお酒でもお注ぎしますよ」
シルさんが魅力的なことを言ってくる。僕はまだ一度もお酒を飲んだことがないけど、周りで楽しくお酒を飲んでいる人を見ていたら、ちょうど自分も飲みたくなっていたのだ。
「あはは……じゃあお願いします」
「はい、少し待っていてくださいね」
そう言ってシルさんがお酒を取りに席を外した時、猫人の元気な声が僕の耳に届いた。
「ご予約のお客様いらっしゃいニャ!!」
ふとそちらに目を向けると、ヒューマンからエルフまで様々な種族の男女がお店に入って来ていた。その人たちの顔を見て目を見張る。
まだまだ『オラリオ』に来て浅い僕でも知っている超有名人。
(アイズ・ヴァレンシュタイン……。【ロキ・ファミリア】の一員)
女神様にさえ引けを取らない程の美貌と類い稀なる戦闘力を有した彼女に与えられた二つ名は【剣姫】。
他にも【
席についた彼らは、主神と思われる赤髪の女性の号令で宴を開始した。ざわざわとした喧騒がより一層店を包み込む。そんな彼らを見ていると、シルさんが何やら大きな酒瓶をグラスと共に持ってきた。
「お待たせしました。このお酒、美味しいんですよ」
「ありがとうございます、シルさん」
「いえいえ、じゃあ飲みましょうか」
シルさんが僕のグラスにお酒をなみなみと注ぐ。自分のものにもお酒を注いだ彼女はグラスを手に取ると、笑顔で僕の方を向いて口を開いた。
「「かんぱーい!!」」
ぐいっ、と お酒を口に運ぶ。すると、体がふわふわとしてくる。お酒は初めてなので、これが『酔う』という感じなのかと軽く感動していると。
「あれ、シルさんが二人……?」
「ベルさん、酔うの早すぎですよ!?これお店で一番弱いお酒……あれ、これ一番強いやつじゃ……」
視界がぼやけてきた。なんだろう、少し疲れちゃったのかな。少し休もうと思っていると。
「ちょっとリュー!?なんで嘘ついたのよー!」
「すいません、シル……。つい……」
「何が『つい……』なのー!?」
シルさんと話している女性が何処と無く僕に既視感を持たせたけれど、そのまま睡魔に身を任せて目を閉じた。
◆❖◇◇❖◆
ベルが寝てから数時間が経過し、【ロキ・ファミリア】主催の宴も酣であった。どんどん人が減ってきて、やがてこの場に残っているのは従業員とベルだけになっていた。
(あの時のシルは恐ろしかった……)
先程のシルの剣幕は、かつて名の知れたリューをして恐怖を抱かせるほどであった。
彼との語らいを中断されたからだろうか、あれ程まで怒りを見せたシルはいつ以来か。今も笑顔を見せているものの、目は全くといっていいほど笑ってない。
だが、あのまま二人が仲睦まじく会話しているのを見ているのは、リューにとって言葉にはしにくいものの、嫌だったというか、少し気に食わなかったのだ。先に出会ったのは自分だったのに、後から盗られたような気がして。
(あの少年……ベル・クラネル、ですか)
先日『ミノタウロス』に襲われていたところを助けた少年。お礼こそ言われたものの、最後には逃げられてしまった。そんなにあの時の自分は恐ろしかったのだろうか、と暗い気分になる。
一時はこの『オラリオ』を震撼させた彼女であったが、ベルのように純粋そうな者に逃げられるのは少し堪えた。
シルとベルの会話を長い耳をピクピクさせながら聞いていた彼女はベルが今日もダンジョンに赴いていたと聞いて、驚きを隠せなかった。
初心者があの怪物に襲われ、生還したとはいえトラウマになってもおかしくなかった出来事のはずだ。
それでも彼はまたダンジョンに挑んだ。それはつまり、彼には辿り着きたい何かが――目標があったからだろう。
未だにぐっすりと眠っている彼に近づく。そろそろ閉店時間も近い、彼を起こそうとすると。
「えいっ!」
「なっ!?シ、シル何を!」
シルが背後から接近し、リューをベルに向けて押した。思わずふらついてしまい、ベルに覆い被さるような体勢になる。
彼の背中が近い――というか、自分と接触している――事実に顔が一気に赤らみ、そして驚愕した。
ほとんど知らない人物に触れているのに、嫌悪感が全く湧いてこない。リューたちの過失とはいえ、触れるのを許し、果てにはそのまま離れず体勢を保つなどリューにはありえないことであった。
ふと後ろにいるシルに目をやると、リューがこの現状に拒否感を示していないことに驚き、口を大きく開けていた。周りにいるアーニャやクロエたちもそうだ。
気恥ずかしさでいたたまれない気持ちになったリューは、ベルから離れたあと、肩を揺すって声をかけた。
「クラネルさん、起きてください」
【ロキ・ファミリア】との遭遇を寝ることで躱していくスタイル