【疾風】に助けられるのは間違っているだろうか   作:マルセイエーズ

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怪物祭

『クラネルさん、起きてください』

 

 僕を誰かが揺さぶっている。心地良い眠りについていた僕を可憐な声で目覚めさせようとしている人がいる。

 ゆっくりと瞼を開け、体を起こす。すると、目の前には薄い緑色の髪に空色の瞳を持った美しい女性がいた。

 

『起きましたか、クラネルさん』

 

 はい、と僕が言うと彼女はそうですか、と言って口元を綻ばせる。

 

『クラネルさん、貴方に言いたいことがあります』

 

 彼女が僕の手にそっと触れ、包み込んでくる。周りを見れば、いつの間にか室内から変化し、満天の星空が見渡せる川沿いの森、そんな幻想的な場所に立っていた。

 

『ベル、私は貴方を――』

 

 彼女の口がその言葉を紡ぎ終えると、僕の顔が真っ赤になる。彼女もつられて顔を赤らめ、はにかむように笑った。

 僕も彼女の手を握り返す。目の前の彼女に想いを伝えようと口を開く。

 

『僕も――あなたのことを――』

 

 

 ▷▶

 

 ガバッと、ベッドからはね起きる。すぐさま辺りを見渡すけれど、神様が心地よさそうに隣で寝ているだけだった。

 破裂するんじゃないかと思うほど高鳴っていた心臓が落ち着きを取り戻してくる。目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 

「はぁ、夢か……」

 

『豊穣の女主人』での食事から一夜明けた。そうだ、あの時僕はお店の中ですっかり寝てしまって、店員さんに起こされたのだ。

 

 あの時、僕を起こしてくれたエルフの店員さんに僕が思わず見とれてしまっていると。

 

『こらーっ!!ベル君、いつまで帰ってこない気だ!!』

 

『か、神様!?す、すいませぇん……!』

 

『君たちもすまないね、しっかりベル君には言い聞かせておくから!!』

 

『か、神様、引っ張らないでくださいー!?』

 

『あっ……』

 

『ベルさんー!?』

 

 全く帰ってくる気配がない僕を探し回っていた神様が、僕がこの酒場に居たという情報を聞きつけ、急いで駆けつけたらしい。

 よっぽど心配していたのか、あの時の神様の怒りようといったら、僕を縮み上がらせるには十分だった。

 

 神様に引っ張られながらその場を後にした僕は、無銭飲食だけは避けようと昨日稼いだお金を袋ごと全て置いてきてしまったので、手元に今お金はない。かなり惜しいことをしたと思う。

 今更、お金を返して貰いに行くなんて事は僕にはとても出来ないので、しょうがないと諦める。

 

 それより、夢の中でも寝ているなんて僕はどれだけ眠たかったんだ。それに、あんな夢を見てしまうなんて。……あれ、どんな夢を見ていたんだっけ。夢というのは往々にして忘れやすい。先程まで見ていたのに遠い昔の出来事のようだ。誰かと二人きりで何かを話していた気がしたんだけど……。うーん、思い出せない。

 

「あ、そうだ。神様、神様起きてください」

 

「うーん、なんだいベル君?」

 

「おはようございます、【ステイタス】の更新をしてもらえませんか?」

 

「別に構わないけど、急にどうしたんだい?」

 

「少し知りたい事があって……」

 

 僕の言い分にどこか思い当たる節があるのか、神様がビクッとする。大きくため息をついた神様は僕をベッドの上に寝かせ、【ステイタス】の更新を始めた。

 ほどなくして更新が終わると僕に紙を渡してくる。

 

 

 ベル・クラネル

  Lv.1

 力 :I82→H110

 耐久 :I13→I28

 器用 :I89→H115

 敏捷 :H172→G203

 魔力 :I0

 

 《魔法》

【】

 《スキル》

疾風追求(クレロス・アクシィ)

 ・戦闘時に敏捷値の超高補正

 

 

「はい、これが君の今の【ステイタス】だよ」

 

「か、神様……ついに僕にも『スキル』が……!ってそうじゃなくてどういう事ですかこれ!?」

 

 渡された用紙を見て絶句する。【ステイタス】の上昇率が異常すぎる。耐久の項目なんてほとんど攻撃を受けた覚えがないのに十八も上昇している。敏捷は三十以上だ。

 

 初めの方はかなり『アビリティ』は上昇するらしいし、実際僕もそうだった。だけど、その頃でさえこれ程の上昇はなかった。

 こんな事が有り得るのだろうかと、神様の方を見つめると、口笛を吹きながら横を向いていた。

 

「なんと言うか……そうだ!今の君は成長期みたいなものなんだよ!噂じゃロキのところの子も成長期のおかげですぐに『ランクアップ』した子どももいたみたいだし!!」

 

「そう、なんですかね……」

 

 神様の勢いに押されて頷く。確かに、あのアイズ・ヴァレンシュタインさんは初めての『ランクアップ』に要した時間はたった一年だとエイナさんから聞いていたし、普通の人は何年もかけてようやくなので、それを考えたら一年という期間はおかしい。しかもその時の彼女は十歳に満たなかったと聞く。

 なるほど、成長期ということも納得出来る。

 では、今の僕はあの【剣姫】と同じ状態にあるということなのだろうか。

 

「じゃあ、この『スキル』は何ですか?」

 

「それはそのままだよ。戦闘時にベル君がめちゃくちゃ速くなるってスキルだ」

 

「でもこれが発現したの今ですよね?昨日のダンジョンで僕このスキルを体感したんですけど」

 

「うぐっ……!」

 

「まさか神様、隠してたんですか!?なんでそんな事するんですかー!?」

 

「しょ、しょうがないだろ!そうするしかなかったんだよー!」

 

 涙目で反論してくる神様。ぷりぷりとしている神様はとても可愛いけど、何でそうするしかなかったのか。謎である。

 

「わかりました、次からはこういうのは無しにしてくださいよ。神様」

 

「うっ……わかったよ、たぶん。……どこか行くのかい?」

 

「はい、ダンジョンに行ってきます!夜には戻るんで!」

 

 今が成長期だというならばここでじっとしている訳にはいかない。今頑張ればそれだけあの人に追いつく時が早くなるのだ。

 身支度を整えた後、高揚感に身を任せて僕は教会を飛び出した。

 

 ▷▷

 

 神様が用事があると言って出発してから二日。その間、僕はホームに一人きりだった。一人はやっぱり寂しいし、神様に【ステイタス】の更新もしてもらえないので、成長期だという僕の『アビリティ』の伸びも確かめられない。

 

 神様は帰るのがいつになるかは分からないと言っていたし、帰ってきた時に更新はしてもらうとして、神様を迎えるためにちょっと豪華なご飯でも買ってこよう。この二日間である程度のお金は稼ぐことが出来た。

 そんな事を考えながらメインストリートを歩き回っていると。

 

「おおーい、そこの白髪頭こっちこいニャ!」

 

 底なしに明るそうな声が聞こえてきて、立ち止まる。周りを見渡すと、『豊穣の女主人』の店の前で猫人(キャットピープル)の少女が僕に向かって手を振っていた。

 僕は彼女は近づき、お互いに挨拶を交わした後、彼女に尋ねた。

 

「どうしたんですか?ア、……アーニャさん?」

 

「少し詰まったのは頂けニャいがまあいいニャ。これを渡しておくニャ」

 

 そう言ってアーニャさんが僕に財布を渡してくる。商業系の【ファミリア】が作ったらしく、中心にエンブレムの刺繍がされていた。

 だけど、これをどうしろと?そんな気持ちを込めてアーニャさんの目を見つめると、アーニャさんはため息をついて、口を開いた。

 

「はぁ、これをシルに渡すのがお前の仕事ニャ。あのおっちょこちょい、怪物祭(モンスターフィリア)に行くのに金も忘れて行ったのニャ。今頃あたふたしてるニャ」

 

 こんニャ事すぐにわかるニャ、と呆れながら言ってくるアーニャさん。正直、今の説明が無かったら全く分からなかったんだけど……ここで働いている人なら分かるのかな?

 

「いいですけど……怪物祭(モンスターフィリア)って何ですか?僕まだ『オラリオ』に来たばっかりで……」

 

「まったく、そんニャ事も知らニャいのニャ?モンスターを調教したりする見世物ニャ」

 

「ち、調教?」

 

 彼女の口から出た言葉に思わず聞き返してしまう。

 そういえば、昨日のダンジョンの帰りに大きな籠を運んでいる冒険者をちらほら見かけた気がする。

 しかし、どうしてそんな祭りをやろうと思ったのだろうか。……まあ、どうせ、いつもみたいに神様たちの気まぐれで始まったのだろうけど。

 

「わかりました、僕も少し行ってみたいのでシルさんの事は任せてください」

 

 この『オラリオ』に来て初めてのお祭り。それがどのような催しなのかと今から期待で胸をふくらませた。

 

 ▷▷

 

 メインストリートを進むこと暫く、僕は怪物祭が行われているコロシアム近くに到着した。祭りのため、通りには飲食店などが連なり辺りは喧騒に包まれていた。雑踏を踏み分け、通りを進んでいこうとしてると。

 

「ここに居ましたか、クラネルさん」

 

「うわぁっ!?」

 

 不意に背後から声をかけられて、素っ頓狂な声を上げてしまう。後ろに振り向くとあのお店で働いていた女性――シルさんがリューと呼んでいた――がいた。緑を基調としたウェイトレスの格好をしていて、よく彼女に似合っていた。こんにちは、と彼女が頭を軽く下げたので、僕も倣って頭を下げる。

 

「えっと……リューさん、どうしたんですか?」

 

「貴方に渡したい物があります」

 

 そう言ってリューさんが僕にお金の入った袋を手渡してくる。一瞬、これを渡される意味が分からなかったけど、すぐに理解する。

 

「これってもしかして……」

 

「はい、先日の食事代のお釣りです。渡す前にお帰りになってしまったので」

 

「す、すいません。ありがとうございます」

 

 いえ、と言って薄く笑う彼女を見て、一気に顔が赤くなる。

 

 改めて彼女を見てみると、やっぱりどこか似ている。あの時、僕を助けてくれた人に。鈴のなるような声も、空色の瞳も、綺麗な薄緑の髪も、なにもかもがあの人の事を想起させる。

 いっそ彼女に尋ねてみようか、そんな考えが頭に浮かぶ。

 疑問をそのまま言葉にしようと思った時、辺りがにわかに騒がしくなってきた。先ほどの喧騒とはまた違った、恐怖や動揺が人々に伝播しているようだった。

 

「何かあったんですかね?」

 

「そうですね、事情を把握してそうな方に話を聞いてみましょうか」

 

 リューさんに先導され人通りが少ない道を進んでいく。コロシアムのすぐ近くまでやってきたところ、何やらギルド職員が慌ただしく動き回っていた。話を聞こうと近寄っていくと、こちらに気づいたのか冒険者や職員に指示を出していたエイナさんが小走りでやって来る。

 

「エイナさん、何かあったんですか?」

 

「う、うん。実は――」

 

 エイナさんが少し焦ったように事情を掻い摘んで説明してくれる。なんでも、【ガネーシャ・ファミリア】が籠に捕らえておいたモンスターがつい先程、街に逃げ出してしまったらしい。それを見た街の人がパニックを起こしてしまったそうなのだ。モンスターは瞬く間に移動をし、何匹かは見失っているという。

 

「街にいる人にも避難するように呼びかけてはいるんだけど……」

 

「リューさん!もしかして……」

 

「ええ、シルに何かあっては……。クラネルさん、二手に分けてシルを探して頂けませんか?」

 

 僕が頷くと彼女は素早くこの場を離れてシルさんを探しに向かった。僕もリューさんとは反対方向に向かって駆け出した。

 

「シルさーん、いませんかー!」

 

 メインストリートを南に進みながら声をかける。こちらにもモンスターが逃げ出したと言うことが広まっているのか、住民はほとんど家の中に入ってしまい、街は閑散としていた。

 さらに進んでいった時、怪物の雄叫びが街中に響き渡った。

 

「っ!モンスター!」

 

 すぐさま怪物の叫声がした方に急行すると、巨大な体躯を持ったモンスターが建物の隙間に向かって手を伸ばそうとしていた。

 まさか、誰か襲われているのでは、と嫌な思考が頭を掠める。

 

 だけど、僕はあのモンスターを知識として知っていた。エイナさん主催の座学で教えて貰ったことがあったのだ。

 ――シルバーバック。ダンジョン『上層』に出現するモンスターの中でも最上位に位置する力を持つ大猿。ダンジョンで出会うのは『中層』一歩手前のため、遭遇したことは無かった。つまり、その階層まで到達したことのない僕より強いということだ。

 

 僕が一瞬、どうするべきか躊躇った時、大猿の奥から声が聞こえてきた。

 

「なんなんだ君は!?どうしてボクを追いかけてくるのさー!!」

 

 その声を耳が拾った瞬間、僕はシルバーバックに向かって突貫した。勝てる勝てないの問題じゃない。僕はこれ以上何も失いたくないのだ。背後から疾走してシルバーバックを斬りつける。ほとんど傷はつかなかったけれど、相手が僕に気づいてこちらを振り向く。その隙に小さな通路に入ってすっかり腰が抜けてしまっている神様の手を掴む。

 

「神様、大丈夫ですか!?」

 

「ベ、ベル君……!ありがとう!!」

 

「いいから早くここから逃げましょう!」

 

「逃げるって、何処に行くんだい?」

 

 神様の問いに思考を巡らす。僕じゃあの怪物には勝てない。それは先程の攻撃でほとんど傷も付いていないことから証明されている。では、どうするべきか、逃げるしかない。逃げてこいつを倒せる冒険者がやって来るまで待つ、これが一番現実的な策だ。

 

「神様、『ダイダロス通り』に行きましょう。あそこなら他の場所よりも見つかりにくい筈です」

 

 ▷▷

 

「はっ、はっ……ここまで来れば大丈夫かな……?」

 

 神様を抱えて『ダイダロス通り』に向かい、しばらく走り続けた僕は難解な迷路のような道を曲がった後、大きく息を吐いた。

 

「ベル君、大丈夫かい?」

 

「はい……さっきからモンスターの足音とかも聞こえませんし、逃げ切れたんじゃないでしょうか」

 

 辺りを見渡すけれど、モンスターの来る気配は無い。助かったのかと考えると、どっと疲労感が押し寄せてきた。

 そして、この状況を改めて確認する。狭い通路に神様と二人きりで密着している。汗をかいた神様は妙に色っぽく、たわわな双丘が僕の体に当たっていて、僕の理性を削ってくる。

 

「か、神様っ……!一旦広い所に出ましょう……!」

 

「うーん、ボクはこのままでもいいんだけど……」

 

 神様を連れて開けた場所に出る。ようやく安心できる、そう思って空を見上げた時、音が聞こえてきた。

 

「っ……!」

 

 ドン、ドンという音からドガン、という音に変化してくる。ナニカが近づいてくる。見える範囲には何もいないのに、音だけが反響して、より一層不気味な雰囲気を醸し出す。

 

「べ、ベル君……う、上……!」

 

 神様が僕の手を震えながら取ってくるけど、神様の柔らかい手の感触を楽しむ余裕は今の僕にはない。

 そうか、足音がしなくなっていたのは屋根に登っていたからなのか。そこで僕達を探し、発見して向かってきたということか。

 

 相変わらず助けは来ない。まるで()()()()()()()()()()()ような錯覚を覚える。どうしてこんなにも執拗にあの怪物が狙ってくるのか、疑問は尽きないけれど、そんな事が分かってもこの現実は変わらない。

 恐る恐る上を向く、白い体毛に覆われた怪物と視線を交わす。

 腕が震える、足が竦む、逃げてしまいたいと心が叫んでいる。この化物に今から僕は挑まなればならない。手に持ったナイフを血が出る程にぎゅっと握りしめた。

 

 

 

 

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