【疾風】に助けられるのは間違っているだろうか   作:マルセイエーズ

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激突

「神様……ここから離れてください」

 

 カラカラになった喉から掠れた声をだす。すると、神様が驚いたように僕の顔を見つめてくる。

 

「な、何言ってるんだいベル君! 君はどうするのさ!?」

 

「このまま逃げてもアイツはずっと追ってきます。僕が時間を稼ぐので、神様は早く逃げてください」

 

 ――そして、出来ることなら助けを呼んできてください。

 そんな情けない言葉を今にも漏らしてしまいそうな口を閉ざす。弱音を吐いてしまったら、きっと神様はここを離れることが出来なくなるだろう。

 今の僕ではアイツにはたぶん勝てない。だけど、僕の『敏捷』なら、僕の足なら相手の攻撃を躱し続けることが出来るかもしれない。

 僕がそんな事を考えていると、神様が大きく深呼吸して僕の手を強く握った。

 

「ベル君、ボクはもう逃げないよ」

 

「……え?」

 

「そんな顔をしている君を置いていけるわけないだろう。……ベル君、君がここでアイツを倒すんだ」

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

「む、無理ですよ……僕の攻撃じゃ全然効きません……」

 

 ヘスティアの言葉にベルが力なく返答する。確かに、先程のベルの攻撃はシルバーバックに全く通用していなかった。普通の冒険者ならそこで撃破を諦めて逃げるだろう。

 

 だが、ベルは違う。成長速度に干渉する反則じみた『スキル』を持っているベルなら、ここからあのモンスターを討つことが可能かもしれない。それに――

 

「ベル君にこれを渡しておくよ。ボクからのプレゼントさ」

 

「これは……?」

 

「君の新しい武器だよ。これでアイツに攻撃が通るようになるはずさ」

 

 ヘスティアが神友であるヘファイストスに頼み込んで作ってもらった刀身まで黒いナイフをベルに渡す。すると、ナイフに刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)が蒼く光る。それを見届けた後、ヘスティアがまた口を開いた。

 

「いいかい、ベル君。君の速さならアイツも簡単には君を捕まえられないだろう。だから、ベル君には少しの間アイツの視界からボク達が居なくなるような状況を作って欲しい。それが出来たらボクの所に一度帰ってくるんだ」

 

「そんな事、僕には――」

 

 今にも泣き出しそうな顔でこちらを見てくるベルに、ヘスティアは恐怖を押し殺して優しく微笑んだ。

 

「――ベル君、ボクを信じてほしい」

 

「――神様」

 

 ボクのことは信じられないかい?と笑みを浮かべたまま聞いてくるヘスティアを見て、ベルの中から恐れの感情はすっかり消えていた。

 

 信じない訳がない。少しおっちょこちょいで威厳なんて有るとは思えず、高いカリスマ性も持っていないヘスティアであるが、それでも自分の神様なのだ。

 誰からも見向きもされず、途方に暮れていた自分を救ってくれた(ひと)。楽しい時も辛い時もそばにいてくれた彼女を、どうして自分が信じないでいられようか。

 

「行けるね、ベル君?」

 

「はい! 大丈夫です!!」

 

 ベルが黒いナイフをしっかりと握り、改めて怪物を見上げる。ベルの視線に、怪物は醜悪な笑みをもって応える。それが契機となって、怪物が大きな音を立てて屋根から飛び降り、一人と一頭は一斉に相手に向かって走り出した。

 

 ▷▷

 

「ふっ!」

 

 ベルが『疾風追求』の効果によって自らの『ステイタス』を遥かに超える速度で接近する。

 

『グォォォッッ!!』

 

 ベルが足元に迫ってきたのを確認したシルバーバックは腕を大きく振りかぶり、ベルにめがけて振り下ろす。

 しかし、ベルは横に避けることで躱し、すかさず足を斬りつける。

 

『グォォッ!?』

 

「――これはっ」

 

 シルバーバックの体から血が滲み出た。僅かだが攻撃が通用している、その事実に驚きながらも、一度シルバーバックから離れて体勢を立て直す。そして、一撃離脱(ヒットアンドウェイ)を繰り返して浅い傷を白い巨躯に刻み込んでいく。

 

 斬る。躱す。斬る。躱す。速度で勝るベルが一方的に攻撃を続けていると、ベルの心の中にある思いが生まれた。

 

 ――神様は相手の注意を逸らしたら戻ってこいと言っていたけど、もしかしたらこのまま……。

 

『グォォォォォ!!』

 

「――がっ!?」

 

 だが忘れてはならないのは、シルバーバックがベルの到達階層よりも下の階層に生息している――格上であること。油断か驕りか、その隙を怪物は見逃さない。

 ナイフで斬りつけられた瞬間を狙い、腕を横薙ぎに払いベルを吹き飛ばし、積まれていた木箱の山に叩きつける。

 自らの不覚を呪いながら、そう簡単にいくわけないよな、とすぐさま飛び起きる。そして、ベルは当初の作戦であった相手の視界から外れる、という事を実行しようと辺りを見渡して頭を回す。

 

(どうにかしてアイツの視界を塞がないと……)

 

 ふと自分が激突した木箱を見ると白い粉――恐らくは石灰だろう――が中に入っていることがわかった。

 

(これを使えば……いける!)

 

 この粉を使えば相手の視界から外れることが出来ると考えたベルは木箱の前に立ち、シルバーバックを見据えた。シルバーバックもずっと動き回っていた敵が立ち止まってこちらに目を向けたのを見て、咆哮しながらベルに向かって突貫する。

 

『ガァァァッッ!!』

 

「はあっ!!」

 

 木箱の前まで迫ってきたのを確認したあと、ベルは上に跳躍し、シルバーバックはそのまま木箱に激突し粉を大量に撒き散らす。トドメとばかりに上に積まれていた木箱を持ち上げて、現状を把握しきれていないシルバーバックに向けて落とす。

 辺り一面が白世界になったのを見て、ベルはヘスティアがいる所に急いで向かった。

 

「神様!」

 

「分かってる! こっちだベル君!」

 

 ヘスティアに連れられ建物の裏に隠れたベルは、ここでようやく大きな息をついた。

 

「よく頑張ったね、ベル君! さあ早く背中をこっちに向けるんだ!」

 

「何をするんですか……?」

 

「『ステイタス』の更新だよ。言っただろう?今の君は成長期だって」

 

 ベルが背中をヘスティアに向けて上半身をインナー以外脱いだのを確認すると、ヘスティアはすぐに神血を背中に落とし、更新を始めた。ヘスティアが更新していなかったここ数日と先程の戦いでどれほど伸びたのか。一分にも満たない時間でも、今のヘスティアには永劫に感じる。祈るような気持ちで背中に成長の証を刻み込んでいく。

 

 ベル・クラネル

  Lv.1

 力 :H110→G254

 耐久 :I28→H134

 器用 :H115→G289

 敏捷 :G203→E446

 魔力 :I0

 

 《魔法》

【】

 《スキル》

疾風追求(クレロス・アクシィ)

 ・早熟する

 ・想いの丈により効果増減

 ・戦闘時に敏捷値の超高補正

 

 

 絶句した。常軌を逸した成長速度。ありえない数値にともすれば畏怖を覚える。だが、これなら――!

 

「終わったよベル君。これでアイツに勝てる」

 

「か、神様……」

 

 戦ってる時はあんなに凛々しかったのに、とヘスティアは不安そうに見つめてくるベルを見て笑みがこぼれる。そのままベルの背中に額を当て、口を開いた。

 

「そのナイフは生きている。君が強くなればなるほどナイフも一緒に成長していく。そのナイフが君の力、君の夢を叶えるための糧になる」

 

「――――」

 

「信じるんだ。自分を、ボクを。君の目指すものをしっかりと見るんだ!」

 

 目指すもの――憧れとは自分にとって何だろうかと自問し、答えを探す。

 

 ――そうだ、僕はあの人のように。みんなを救える◼◼のように!

 

「いけるね、ベル君!」

 

「はい!」

 

「よし、行ってこい!!」

 

 背中を強く押す。ベルが走る。未だに煙が舞う怪物のもとに突貫する。

 ヘスティアに戦いの才などない。しかし、この戦いに限っては確信を持って言えることがある。

 

 ベルは必ず勝てる。もはや別人と言っても差し支えないほどに急激な成長を遂げた彼ならば――!

 

 ▷▷

 

 少年が先程の速度を遥かに超える移動と攻撃で次々と怪物に傷をおわせる。

 それを屋根の上から見つめていたエルフの少女――リューは安堵したのか大きく息を吐いた。そして、目の前にいるフードを被った大男を睨みつける。

 

「何故、私の邪魔をする」

 

「それはこちらの台詞だ。あの小僧は自らの力で殻を破らねばならない。そこにお前が入ってしまえば、その障害になる」

 

 お前なら一撃で仕留めてしまうからな、と男は淡々と言葉を続ける。男は自分の素性を把握している。また、自分より遥かに強い存在だと自らの本能が訴えかけている。

 リューもこの男の素性には覚えがある。顔は見えないが、これ程までに強大な威圧感を放ち、2Mはあろうかという巨躯。この男が動いているということは、その上が動いているということだ。

 

「貴方は――貴方の主神(かみ)の目的はなんだ」

 

「それは俺の預かり知らぬ所だ。我々はあの方の手足となり動くのみ」

 

 それ以上話すこともないと判断したのか、男が戦いに目を向ける。リューも戦場を見つめ、未だに戦っているベルを見る。

 戦況はベルが圧倒的に有利だった。怪物の傷もどんどん深くなっていき、ベルの速度についていけていないため、ひたすらベルに翻弄されていた。血を流しすぎたのか、少しずつ動きが鈍くなってきたシルバーバックは格好のカモだった。

 そして、

 

「はあああぁぁっ!!」

 

『ガ、グォッ……』

 

 ベルがシルバーバックの胸の中心――魔石めがけてナイフを突き刺した。そしてシルバーバックは灰へと姿を変え、ベルは安心したのかその場にへたり込んだ。

 途端、周りから大きな歓声が起こる。ベルが驚いて辺りを見回すと家の中に隠れていた人達がベルを見ていた。ヘスティアもベルの下にやって来てお祭り騒ぎになっている。

 

 リューがその様子を微笑ましく思っていたら、いつの間にか横にいた大男は居なくなっていた。あの男はまず間違いなくこのオラリオの頂点に位置している者だろう。ならば、ベルと別れて別方向に向かっていた自分に、シルは保護してあると伝えて去っていった男もあの【ファミリア】に所属する者だろう。

 あの女神の神意はわからない。だが、だからといってベルを見捨てることなど出来はしない。

 リューは静かに覚悟を決め、ベル達に近づいた。

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 僕が終わらない拍手喝采に少し恥ずかしくなり、頭をポリポリとかいていると、僕の知っている人がゆっくりと歩いてきた。

 

「リューさん、無事だったんですね!」

 

「はい、クラネルさんこそよくぞご無事で」

 

「あはは……。あ、そういえばシルさんは!?」

 

「シルも無事です。もうお店に戻っているでしょう」

 

 もともとシルさんを探しに来たのにすっかり忘れてた……。また今度シルさんに謝っておこう。すると、僕に抱きついている神様がリューさんのことをじっと見つめていた。

 

「君はあのお店のエルフ君か。ほぼ初対面だから自己紹介をしておくよ。ボクの名前はヘスティア、ベル君の主神さ」

 

「私の名前はリュー、よろしくお願いします神ヘスティア」

 

「言っておくけど、ベル君は僕の眷属(ファミリア)なんだからな!君たちには絶ッ対渡さないんだからな!!」

 

「は、はぁ……」

 

「か、神様……何言ってるんですか!?」

 

「ベル君、ボクは疲れたんだ。是非ともボクを背負って連れて帰ってくれ!」

 

 そう言って神様が僕の背中に乗ろうとしてくる。そして、神様がリューさんをどこか勝ち誇ったような目で見るけど、リューさんは気づかなかったのか、口を開いた。

 

「それでは、私たちの店へどうぞいらしてください。シルも心配しているでしょうし」

 

「いいんですか? ありがとうございます」

 

「うがぁぁ!! 言ったそばからぁ!!」

 

 神様が背中で暴れだした。

 

 ▷▷

 

「ありがとうございます、リューさん。お部屋まで貸してもらって」

 

「いえ、今の彼女には休息が必要でしょう」

 

 神様はよっぽど疲れていたのか、お店の部屋を貸してもらいベッドにたどり着いた途端に寝てしまった。神様の睡眠を邪魔するのも悪いので僕達は部屋の外に出て話をしていた。

 

「クラネルさんはまだ冒険者になって日が浅いと言っていましたね」

 

「はい、まだ一月も経っていません」

 

「そうですか……では、誰かに師事したことは?」

 

「ありませんけど……」

 

 そう、僕に戦闘方法を教えてくれる人が一人も居ないのが目下の課題だ。でも、そう都合よく教えてくれる人なんて居ないのが現実だ。

 今日は勝てたけれど、次はどうなるか分からない。すると、そんな僕の様子を見ていたリューさんが口を開いた。

 

「でしたら……」

 

「でしたら?」

 

 リューさんが口を開いたかと思えば閉じて、また開いたかと思えばまた閉じた。

 ……なんて言うか、口をもごもごさせているリューさんすごいかわいい。

 

「……でしたら私が少しお教えしましょうか? 私も少しは腕に覚えがあるので」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

 

 

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