【疾風】に助けられるのは間違っているだろうか   作:マルセイエーズ

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白兎と妖精

 早朝、僕はこのオラリオを取り囲んでいる市壁の上にやって来て、リューさんと訓練をしていた。バベルは依然として高々とそびえ立っているけれど、ほかの建物はこの市壁よりも低いから、いつも見るオラリオとはまた違った感じがしてなんだか胸が高鳴ってくる。

 

 そういえば、このオラリオには色々な呼び方があると聞いたことがある。

 曰く、ダンジョンを内包した迷宮都市。

 曰く、神々でさえ何が起こるか分からない、世界一気まぐれな都市。

 曰く、同じ人間とは思えないほど強い人が集まる人外魔窟。

 そんな都市に住んでいて、腕に覚えがあると言った人が弱いなんてこと有るわけ無かった。

 

 リューさんと訓練するのは今日で四日目となる。初日は武器の持ち方や戦闘における心構えなど基本的な事を教えられた。二日目になると、実戦形式での訓練をした。

 初日こそ大して苦でもなかったので、単純にリューさんと二人きりで訓練が出来ると浮かれていたけれど、痛みに慣れた方がいいとリューさんが言い、僕がそれを安易に了承してしまったため、二日目からはどんどん攻撃され、何度も気絶してしそうになってしまった。

 気絶なんかした日には、気まずくなることは確定してるようなものなので、なんとか耐えれて良かった。

 四日目の今日も昨日と変わらず実戦形式でリューさんと戦い、彼女の容赦ない攻撃で僕の体はダンジョンに入る前にも関わらずボロボロだ。

 

 リューさんとの訓練で、僕はあの人の正体がはっきりと分かった気がした。リューさんもとっくに僕が気付いたことくらいは分かっていると思うけど、そのことに関して触れてこないのは、大したことでもないと思っているのか、はたまた、僕にその事を聞かれたくないのか。訓練後に少し雑談した時、過去の話は余り詮索して欲しくないと言っていたので、恐らく後者が正解だろう。

 あんなに強いのに冒険者として動いていないのは、きっと何かが過去にあったからで、そして、それは僕が気軽に聞いてもいいことでは無いとも思った。

 今の僕に出来るのは、教えてくれているリューさんに報いるためにも、彼女に追いつくためにも、一日も早く強くなることだ。

 

 大きく息を吸ってまた歩き出す。見上げた空は一段と蒼く澄み渡っているような気がした。

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

「ななぁかいそぉ〜?」

 

「ひぃっ……!」

 

 ダンジョンから帰ってきて、ギルドに到着したベルを待っていたのはエイナだった。

 ふと、エイナが到達階層のことを聞くと、七階層まで到達したとベルが上機嫌に語り、それを聞いたエイナは怒髪天を衝く勢いでベルを叱った。

 

「なんでベル君はそう無茶な事ばっかりするの!もう前の事忘れちゃったの!?」

 

「お、落ち着いてくださいエイナさん!」

 

「落ち着ける筈ないでしょ! 今日という今日はもう許してあげないんだから!」

 

「待ってください! 別に一人で問題なく攻略出来てるんですよ、エイナさん!」

 

 ベルの言い分を聞いて、エイナは一瞬停止し、また柳眉を釣り上げ始めた。

 

「そんな嘘通用しないんだからね。そんなすぐに強くなるわけないでしょ!」

 

「ほ、本当なんですって!!」

 

 そこでエイナはまた停止した。

 ベルの担当になってから日は浅いといっても、エイナとて仕事柄よく人と接するため、ある程度は嘘をついているかなどは見抜ける自信があり、なにより、ベルが嘘をつくという事が苦手だというのをエイナは知っていた。

 彼の目をじっと見ても涙目になっているだけで嘘をついているようには見えない。

 だが、それはおかしい。一人で七階層を攻略するには基本アビリティが少なくともF、出来ればEは欲しいところだ。しかし、冒険者になって一月も経っていないベルは一つでもHがあれば上出来と言ったところで、とてもじゃないが、それ程までの急激な成長は見込めないはずだ。

 

「……ベル君。もしよかったら、君の『ステイタス』を見せてくれないかな?」

 

「……えっ?」

 

 

 

 

 ベル・クラネル

  Lv.1

 力 :F386

 耐久 :F332

 器用 :E428

 敏捷 :E496

 魔力 :I0

 

「うそ……」

 

 受付から人気の無い場所に移動し、上半身の服を脱ぎ去ったベルを背後から見ていたエイナは、思わず息を漏らした。

 アビリティが軒並み新人にしては異常とも取れる数値になっている。

 敏捷に至ってはDに差し掛かろうとしており、もうすぐ『ランクアップ』してもおかしくない所まで来ている。

 スキル欄などエイナでは読めないところもあるものの、ベルはギルドの基準でも七階層を攻略しても問題ない『ステイタス』を有していた。

 

「エイナさん……あのー……」

 

「あ、ごめんベル君。もういいよ」

 

 その言葉を待ってましたとばかりにベルが服を着ていく。肌を見られて恥ずかしがるのは女の子がやることではないか、とエイナは思ってしまうが、それはそれでベルらしいと笑みがこぼれる。

 

「……確かに、この『ステイタス』なら七階層は攻略できると思うけど、本当に大丈夫? ベル君は一人なんだから、もし囲まれちゃったりしたら……」

 

「大丈夫ですよ。実は、僕『スキル』が発現したんです!」

 

「――え、『スキル』?」

 

「はい! 詳しくは言えないんですけど、戦闘中にアビリティに補正をかけるので、七階層の敵なら大丈夫です」

 

 ベルの言葉を聞きエイナは思案した。

『スキル』は『神の恩恵』を刻まれた者なら誰にでも発現する可能性があるもので、多くのスキルはアビリティの上昇など戦闘を補佐するものである。ベルの『スキル』もその例に漏れずアビリティを上昇させるものらしい。

 

 それにしても、一部とはいえ自らの生命線である『スキル』の情報を開示するとは、主神から何も注意をされなかったのかと小言を言いたくなるが、ベルとて『スキル』の重要性は理解しているだろうし、それを打ち明けてくれたということは、自分を信用していてくれたという事であるので、嬉しさが無い訳では無い。

 

 実は、『スキル』についてはベルの急速な成長を見たヘスティアが、少しだけなら話しても良いと許可を出していたのである。

 ベルの成長速度に気づいた神々や親しい者にベルが尋ねられた際、普通にダンジョン攻略をしているだけと言い張るのは無理があるし、隠し通すのも限界があるので、それならばいっそ自分から話してしまえば、相手もそれ以上の追求はしてこないだろうというヘスティアの苦肉の策である――『ステイタス』を見せてからじゃ意味がないだろうと言うのは、後に話を聞いた竈の女神の談だ――。

 

「じゃあ、明日からも七階層を探索してもいいですか?」

 

「そうだね……でもなぁー」

 

 煮え切らない態度でベルの問いにエイナが答える。いくら『ステイタス』が基準を満たしていても万が一があるのがダンジョンなので、単純にベルが心配というのもあるが、それ以前にベルの装備が七階層に赴くには少し頼りなく見えた。

 武器は支給品とは違った漆黒のナイフなので大丈夫だとしても、防具は依然としてあってないような軽装である。

 このままダンジョンに行かせていいのかと考えを巡らせ、はたと思いついた。

 

「ベル君、明日って空いてる?」

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

「手伝って貰っちゃってごめんね、リュー。やっぱりリューがいてくれると助かるね」

 

「いえ、気にしないでください、シル。私も暇を持て余していたので」

 

「ありがと。ほら、リンゴ食べる?」

 

 ベルとの訓練を始めて五日目、ベルとの朝の訓練をいつもより少し早く終え、『豊穣の女主人』に帰ったリューは、身体を清めた後に夕餉の買い出しに出ていた。

『豊穣の女主人』は夜には冒険者たちが押し寄せてくるため、彼らの食事を用意するための食材もかなりの量を必要とし、シル一人では運びきれないという事でリューに白羽の矢が立ったのだ。

 屈託のない笑みを浮かべながらリンゴを渡してくる同僚に、リューは頬が緩むのを自覚しながらそれを受け取る。

 

「――そういえば、リュー。ベルさんと二人きりの訓練は楽しい?」

 

「シ、シル……何故それを……」

 

「教えなーい。あ、大丈夫だよ、皆にはまだ話してないから」

 

 大丈夫だと言われてもリューは全く安心できない。いくら自分が先に出会ったとはいえ、シルが気にかけていた――少なくともリューにはそう見えた――少年と、シルを出し抜いて二人きりで訓練を行っていたのだ。

 一体何を言われるのかと体を縮めながら、じっと見つめてくるシルの方へ目を向ける。

 

「ふふっ、そんなにビクビクしなくても何もしないよ」

 

「シル……?」

 

「リューも覚えてる? 初めて私たちが会った時のこと」

 

「……はい」

 

 忘れる筈がない。あれはリューの人生の大きな転機となった日だ。

 復讐を終え、そのまま自らの命も途絶えてしまうだろうと思っていた自分に居場所をくれたのは、他でもないシルだ。

 

「あの日の事は一生忘れません。シルには――『豊穣の女主人』には感謝してもしきれないほどです」

 

「……リューは初めに比べたら、だいぶ元気になったよね」

 

「それも皆のおかげです。アーニャもクロエも、ルノアもミア母さんも、一人でも欠けていたら、私はきっとここにこうしては居ないでしょう。もちろんシルも」

 

「……そうだね。でも、最近は特にリューは嬉しそうだよ。きっと楽しいのかな」

 

 シルの言葉を聞き、リューは少し目を見開く。

 確かに、ベルとの訓練はリューにとって苦ではない。むしろ、シルの言う通り楽しいと言ってもいいのかもしれない。

 

 Lv.1の新人(ルーキー)にしては、異常だと言わざるを得ない程の敏捷、そして技術の習得の早さ。ベルの成長には毎日驚かされてばかりだ。昨日教えたことを次の日には概ね理解し、習得しているため、今度は何を教えようかと考えることがリューの日課になりつつあった。

 また、厳しい訓練にめげずに頑張っているのも、教える側としては好感が持てる。

 

「……そうですね。クラネルさんとの訓練は私にとって好ましい時間です」

 

「ふーん、ちょっと妬けちゃうなぁ。……ねぇ、リュー。私のことは気にしないでやりたい事をやっていいんだよ?」

 

「……」

 

「私はね、やっぱりリューには笑っていて欲しいんだ」

 

 あんなに頑張ったんだからね、そう彼女は締めくくった。そして、自分が言ったことに恥ずかしくなったのかシルは、はにかむように笑った。

 リューも顔を少し赤らめた後、ありがとう、と感謝の言葉を述べた。くすぶっていた思いが晴れたような気がして。

 

「んんっ、リュー、あれベルさんじゃない?」

 

 妙な雰囲気を払拭しようとシルが咳払いして、リューに問いかけた。リューがシルの指す方目を向けると、ラフな格好をした白髪の少年が飲食店で食事をしていた。

 

「そうですね。お一人のようですし声をかけますか?」

 

「そうしよっか……あ、そうだ! 明日から朝にお弁当作るからベルさんに渡してきてよ!」

 

「構いませんが……大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫だよ、おーい、ベルさーん!」

 

 シルが大きな声でベルを呼びながら店へ走り、リューもシルを追いかけていく。ベルもそれに気がついたらしく、二人の方を向いて手をふろうとした、その時。

 

「ごめん、ベル君! 待たせちゃったかな?」

 

「あ、大丈夫ですよ、エイナさん」

 

 店の奥から一人の女性がベルの下に歩いてきた。女性を見ると、耳が尖っており、エルフの血を持っていることが窺える。

 

「べ、ベルさん……? その人は……」

 

「あ、えーっと……僕がよくお世話になっている人です」

 

「よく……お世話に……」

 

 ベルの下にやってきたシルが声を震わせながら尋ねると、ベルがあっけらかんと答え、リューたちが固まる。そんな三人を一瞥した後、ベルと行動を共にしていたハーフエルフはリューたちに向かって口を開いた。

 

「初めまして。ギルドの受付嬢をしているエイナ・チュールと言います。よろしくお願いします」

 

 エイナがお辞儀をしたので二人もそれに倣って頭を下げ、シルがまた口を開いた。

 

「ギルドの方だったんですね。……ちなみに今日は何をしていらっしゃるんですか?」

 

「今日はお仕事を休んでベル君と買い物に来ています」

 

 その言葉を聞いた瞬間リューに衝撃が走った。

 二人で買い物に来ている――まさか、これは世にいう『デート』では……?

 別に自分がベルの行動をどうこう言える立場ではないことは承知しているが、知らず知らずのうちに手に力が入り、先程シルに手渡されたリンゴを自分の手跡が付きそうなほど握ってしまう。

 それを見たシルが小さく悲鳴をもらした。

 

「シル」

 

「リ、リュー? どうしたの?」

 

「ミア母さんも心配しているでしょう。早く戻りましょう」

 

「リューさん……? だ、大丈夫ですか……?」

 

「ご心配なく、クラネルさん。では、また明日」

 

 そう矢継ぎ早に言葉を述べた後、リューはシルの手を引いて帰路へと進み、そして、同時に決めた。

 

 ベルはみるみるうちに強くなっていっているし、手加減の程度の調節も難しい。だから、きっと明日は加減を間違えてベルを気絶させてしまうかもしれない。

 でも、何事も一度は経験しておかないと、それに対する心構えも必要なので気絶してしまうのは仕方がないことだ。

 

 そんな事を考えながら、リューはさらに足を速めた。

 天気は今日も快晴。雲一つない青空に陽が燦々と降り注いでいる。




原作と多少イベントが起きる時期が変わってるけど、そこはあまり気にしないでください。
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