【疾風】に助けられるのは間違っているだろうか 作:マルセイエーズ
リューは目の前の状況に混乱していた。
場所は『豊穣の女主人』。一人の
「前はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。ベル様に助けて貰ったので、これからよろしくお願いします」
「は、はぁ……」
「本気ですか? クラネルさんに金目当てで近づいた人を信用しろと?」
「ヘスティア様からも許可は貰いました。これからは誠心誠意ベル様のお手伝いをしようと思います」
そう言って頭を下げてくるリリに、二人は口を噤んだ。
事情を知らぬ他の従業員は何事かと聞き耳を立てている。
「どうするの、リュー?」
「他ならぬクラネルさん達が決めた事です。私たちが口を挟むことは無いでしょうが……」
確かに、リューたちが口を挟んでいい問題ではなかった。しかし、そうだといって、「はい、分かりました」とも言えたものでは無い。
目の前の少女には前科があり、いつ寝首を搔くかわからないのだから。
それに、大した事ではないが、リリがサポーターとしてベルに付き従うのであれば、必然的にダンジョン内では二人きりとなる。あの少年のことだ、何かをしでかす事は無いだろうが、それでも気になるというものだ。
それはシルも同じ気持ちのようで、リリを見てはソワソワとしている。何やら様子がおかしい二人を目にしたリリは、どうしたものかと疑問を抱いたものの、すぐにニヤリと笑った。
「そういえば、ベル様のお弁当はいつも個性的なお味をしていますけど、慣れるとあまり気になりませんね」
「うっ……。……ちょっと待ってください、私のお弁当食べたことあるんですか?」
リリの何気ない、しかし、破壊力の高い発言にシルが戦慄き、新たに生まれた疑問を口にする。
「はい、ベル様がお弁当を食べている時に涙目になっていたので、少し興味が湧いてしまいました」
「うぅっ……リュー」
「シル……料理はまたミア母さんに教えて貰ってください」
助けを求めるシルをリューはあっさりと流す。リューも人の事を言えたものでは無いが、シルは、ともすれば自分を上回る程の料理の
レシピ通りに作ればいいものを、敢えて隠し味を入れるのはシルのよくやる手だ。なお、少女の料理の隠し味は隠れた試しが無い。
「ベル様はかわいいんですよ? リリに『あーん』をしてくれた時なんて顔を真っ赤にしてましたから」
「なっ……!」
ニヤニヤと笑いながら話すリリに、リューは思わず絶句した。リューもリリの言うところの『あーん』が何かは理解している。
しかし、それをあの少年がやったことにとてつもない衝撃を受けた。
リリとしても、この状況は想定外だった。少しからかうだけのつもりが、ここまで効果を与えるとは。
この二人――特にリューには浅からぬ因縁がある。と言っても、自分が少年のナイフを盗んだ時に痛い目にあわされただけだが。
それでも、この二人を手玉に取れるとはベル様
もちろん、少年がそんな事を容易に許すはずもなく、顔を真っ赤にしてリリの頼みを断ったというのが真相だ。
悲しみに暮れるシルと衝撃を受け固まったリューを横目に、リリは店を後にした。
なるほど、なるほど。少年の周りは実に愉快な人が多い。
◇◇
「はぁッ!」
『グォォッ……』
繰り出された攻撃を左手のナイフで受け流し、右手に持った神様のナイフでモンスターの魔石を穿つ。モンスターがそのまま灰になるのを見届けて、僕は大きく息を吐いた。
「はぁ……疲れた……」
軽く壁をナイフで抉ってから、腰を下ろす。壁を破壊することでダンジョンが壁の修復を優先し、そこの周りでモンスターが発生しないようにするためだ。
今の僕のようにソロでダンジョンに潜っている身としては、少しの休憩で体力をしっかり回復しないといつか危険なことになってしまう。
今日はリリがいない。なんでも『豊穣の女主人』に用があるらしい。
リリとの間にいざこざはあったものの、無事に解決し晴れて僕も一人でダンジョンに行かなくてもよくなった矢先にこれである。
リリは僕なんかよりもずっとダンジョンについて詳しいから、戦うのが基本的に僕だけだけど、リリがいるかいないかでは大きな違いがある。
「――来る」
突如、音が鳴った。ダンジョンの壁がひび割れる音だ。
次いで僕を襲うのは刺すような敵意。間違いなくモンスターだろう。
すぐさま立ち上がって、音のした方を向く。ここは七階層、エイナさんから探索許可は貰ったものの、依然としてLv1の僕がソロで挑むには危険が伴う階層だ。
『――――ッ!』
「あれは……『パープル・モス』?」
現れたのは小型の蛾。小型といっても、僕が今までに見た蛾の中では一番と言っていい大きさだ。しかも一匹ではなく、数匹の群れとなってこちらに飛んできている。それだけでも恐怖、というよりは嫌悪の感情が湧き上がってくる。
加えて、あのモンスターはエイナさん主催の座学でも口を酸っぱくして言われた要注意モンスターだ。
『よく聞いてね、ベル君。パープル・モスに出会ったら迂闊に近づかないこと。ベル君はソロなんだから、万が一毒を貰ったら大変なんだからね!』
確かエイナさんはそんな事を言っていた。
『パープル・モス』は毒の鱗粉を撒き散らしてくる。少し吸っただけで致命的な被害を被るわけではないけど、凶悪なモンスターであることに変わりはない。
「……よし」
少し前までの僕なら逃げる場面だけど、今の僕は違う。ソロの僕が安全にあれを倒すには、
「【ストームボルト】!」
魔法名を唱えた瞬間、風の砲撃が雷鳴を轟かせながら放たれる。
凄まじい速度でモンスターに直撃し、断末魔も無くモンスターが魔石を残し、灰に変わった。
「〜〜っ、やった!」
思わずガッツポーズをしてしまう。あの『魔法』が僕の放ったものだと思うと、顔がニヤける。未だに夢を見ている気分だ。
『豊穣の女主人』にあった魔導書を読んでしまった時、一時はどうなるかと思ったが――いや、今でも思ってるけど――、そのおかげで僕は遠くの敵を倒す手段を手に入れたのだ。
聞いたところによると、僕の『魔法』は特殊らしい。みんなが持つ『魔法』は詠唱を必要とする。詠唱にも長文、短文と違いがあるものの、僕のように無詠唱というのは無いそうなのだ。
これもまた聞いた事だが、『魔法』は使い過ぎると『
改めて僕に知識と知恵を授けてくれる人たちに感謝をしながら、魔石を回収して帰路についた。
◇◇
「ふふふ……本当にかわいい子」
万人を魅了する美貌に扇情的な肢体をした彼女は、熱を孕んだ銀の瞳で一人の少年を見つめる。
その視線を敏感に察知した少年が空高くそびえ立つこの塔を見上げ、それに気を良くした彼女は顔に笑みを浮かべた。
「お願いね、オッタル? あの子の輝きをもっと強く……」
ここにいない自らの眷属に向かって呼びかける。
少年は少女達の力を借りて、ますます強くなっていった。それに伴い、白い輝きも強さを増していく。
女神が向ける感情は酷くいびつで歪んでいたが、それは紛れもなく愛であった。
女神は笑う。少年が『試練』を乗り越えることを。いつか自らのもとにやって来ることを願いながら。
ところ変わって、ダンジョンの中。大柄の
大きなリュックに大剣を無造作に詰め込んだ大男は、本来の実力に見合わない上層で女神の神意を達成せんとしていた。
「……来たか」
男が敵の接近を察知し、音のする方角を向く。
不気味な音を鳴らしながら現れたのは、2Mを超える巨躯を持つ男よりも巨大な人型のモンスター。
ダンジョンに生息する怪物の中でも、ゴブリン等と同等の知名度を誇る『ミノタウロス』だ。
先程、戦闘でも行ったのか体と武器に赤い液体が付着しており、目を血走らせながら男を見つめる。
そんな見る者が見れば恐怖に陥っても不思議ではない光景を男は無感動に流し、息を吐いた。
「……よし、お前に決めた」
男が『ミノタウロス』めがけて大剣を投擲する。大剣は『ミノタウロス』の足下に刺さり、鈍い光を放っている。
『ヴォッ……!』
「拾え」
『ヴォォォォォッ!!』
「……そうだ、かかってこい」
男の上からの物言いに神経を逆撫でされたのか、怪物が咆哮を上げながら接近する。
大振りに振り下ろされた大剣。Lv1はおろか、Lv2の冒険者でもただでは済まない程の力をもって男の命を奪おうとする。
『ヴォッッ……!?』
「この程度か」
しかし、大剣は男に片手で受け止められた。並の冒険者なら一撃、されど、この男は違う。『オラリオ』を――世界を見渡しても二人しか存在しないLv7。『
それがこの男――オッタルである。
繰り出される攻撃をひたすらに防ぎ、時おり反撃する。まるで技術を授けるように。
肌を切り、角を折り、怪物の『必殺』をも軽く受け止め、地面に倒れ伏している『ミノタウロス』にオッタルは目を遣った後、小さな袋を投げた。
『ヴォォ……』
「道中で手に入れた物だ。これで多少は変わるだろう」
袋から零れた『石』が妖しげな光を宿していた。
それが『ミノタウロス』には救いの光に見え――袋ごと口にソレを放り込んだ。
『ヴォォォォォォォォォ!!』
怪物が歓喜を表すように雄叫びを上げた。
魔法は読者様の意見を参考(パクリ)にさせてもらいました。ありがとうございます。