【疾風】に助けられるのは間違っているだろうか   作:マルセイエーズ

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英雄願望

 武器と武器のぶつかり合う音がオラリオに響き渡る。

 抜けるような青空に見守られながら、少年と少女は訓練を行っていた。

 

「はぁッ!」

 

 少年がスピードをのせ、風を切りながら少女めがけて一直線に駆けていく。

 少年の持つナイフが太陽の光を反射し、閃く。ナイフは寸分違わず正面にいる少女に向かっていくが、少女はそれを難なく回避し、勢い余って前のめりになった少年へ蹴りをお見舞いする。

 

「ぐッ……!」

 

 すぐさま少年は背後に跳びのき、蹴られた腹部を押さえ大きく息を吐く。それを合図とし、少女は纏っていた緊張を解いた。

 

「……今日はここまでにしましょうか」

 

「……はいぃ」

 

 訓練が終わった途端、白髪の少年――ベルは地面の上に座り込んだ。

 早朝で自分たち以外に誰も居ない市壁は沈黙を守っており、常に賑わっているオラリオの中でもある種特別と言えた。

 

「クラネルさん、大丈夫ですか?」

 

 ベルに声を掛けてきたのは先程の対戦相手である少女――リューだ。

 ベルがリューを見上げると、彼女は軽装で、ショートパンツでは隠しきれない白い太ももが何故だか眩しく映り、慌てて目をそらす。

 

「はい、今日はなんとか」

 

 ベルが答えると、そうですか、とリューの口元が薄く笑みの形に描かれる。普段であれば、微笑んだリューに顔を赤らめるところだが、汗一つかいていないリューとボロボロの自分を見比べて、ベルは唐突な不安に襲われた。

 

「リューさん。……僕は強くなれるんでしょうか?」

 

 リューの目がやや見開かれる。それはベルの純粋な疑問だった。

 訓練が始まってから既に三週間近くが経過している。ベルとて自らのステイタスの急激な上昇は理解している。しかし、それでもなお、リューには全くといっていいほど敵わない。

 

 冒険者登録をした時期を踏まえると、ベルはまだまだ新人――初心者と言っていい。彼我の実力差をハッキリと理解するには経験が足りていなかった。なので、ベルから見ればリューの実力は『とてつもなく強い』ということしか分からない。故にベルは不安だったのだ。この調子でリューに追いつくことなど出来るのかと。

 リューは少し逡巡したものの、ベルの横に腰掛け、やがて口を開いた。

 

「……ええ、安心してください、クラネルさん。貴方は強くなっている。貴方は痛みを耐えられるようになった。敵に立ち向かう術を得た」

 

「リューさん……」

 

「まだまだ気になる所はありますが、今の貴方なら『上層』のモンスターに遅れをとることは無いでしょう。私が保証します」

 

 貴方は強くなれる、リューはそう締め括った。

 冒険者として大成するには才能が不可欠である。それがリューを含め冒険者の中での常識だ。

 ひとえに才能といっても様々であるが、成長速度という点で見ると、ベルの才能は異常と言ってもいい。それほど凄まじい勢いでベルは成長している。無論、それを手放しで褒める事は急成長におけるデメリットも多くあるため出来ないが、このまま行けば、ベルは強くなるとリューは確信していた。

 

「リューさん、ありがとうございます」

 

「……いえ」

 

 憑き物が取れたようにベルが屈託の無い笑みを浮かべる。ベルの顔を見て胸が強く波打った事を自覚したリューはぷいっ、と顔を逸らし訓練の講評をしようと再び口を開いた。

 

「クラネルさん」

 

「なんですか?」

 

「以前にも伝えましたが、貴方は戦闘中に周りが見えなくなる嫌いがある。戦闘中だからこそ落ち着いてください」

 

「……」

 

「貴方の最大の武器は脚だ。そして、()()()()()も脚であることを忘れないように」

 

「はい!」

 

 そうは言ったものの、まだそれが大事に至るような事は無いだろうとリューは考えていた。先程リューが述べたように、『上層』のモンスターでベルを真っ向から打ち倒す敵など居ないのだから。

 

 ――しかし、ここはオラリオ。神と人とモンスターが三者三様のやり方で運命という名の糸を握って行動する。

 三本の糸が交わる所は目の前までやって来ていた。

 

 

 ◇◇

 

 

 ベル・クラネル

  Lv.1

 力 :S990→SS1011

 耐久 :S979→SS1005

 器用 :SS1012→SS1025

 敏捷 :SS1078→SSS1100

 魔力 :C688→B726

 

 《魔法》

【ストームボルト】

 ・速攻魔法

 

 《スキル》

疾風追求(クレロス・アクシィ)

 ・早熟する

 ・自身の想いの丈により効果増減

 ・戦闘時に敏捷値の超高補正

 

(ウソダロ)

 

 ベルがダンジョンに向かう前の日課であるステイタスの更新を行うと、ヘスティアは思わず頭を抱えそうになった。

 魔力以外のアビリティの値がとうとう『SS』を突破し、中には『SSS』の値まで到達してしまった項目がある。

 夢かな? と目を瞑り、大きく深呼吸してからもう一度用紙に目を通す。そこには駆け出しにふさわしいアビリティの値が記してあって――なんて言うことは無く、夢であって欲しいような馬鹿げた数値が煌々と輝いている。

 

(というか、いくらなんでも早すぎるだろ! なんだよ『SSS』って! いや、『SS』も十分意味わからないんだけど!!)

 

 ヘスティアも日々を無為に過ごしている訳では無い。ヘファイストスの仕事場に行く度に下界の子についての情報収集を怠ってはいないのだ。

 全ては純粋なベルを説得(だま)し、ヘスティアが言う所の成長期という理論(こじつけ)を信じ込ませるために。

 

 ヘファイストス曰く、最高評価値は恐らく『S999』。また、一度にステイタスが十も二十も上がるのはアビリティの値が『I』や『H』などの初期だけ。ランクアップする子供でもアビリティの最高値が『C』や『B』で終わるのはざらにあり、全ての項目が満遍なく伸びることなど有り得ない、と。

 

 ところがどうだ。ベルはヘファイストスが述べた事全てをガン無視して成長しているではないか。

 ヘスティアは神友であるヘファイストスを信頼している。だから、彼女が嘘をついているということは無いと考えた。

 よって、ここから導き出される結論は――。

 

(全部このスキルが原因か……!)

 

疾風追求(クレロス・アクシィ)】。規格外の特大スキルを愛憎入り交じった瞳で見つめる。

 ヘスティアとしても、ベルが強くなる事についての文句は一切ない。それだけ少年の生存率が増す事に繋がるのだから。

 だが、そうは言っても物には限度がある。このまま一月ほどの期間でランクアップした日には目も当てられない。

 

「あのー、神様……?」

 

「――っ、ああ、終わったよ」

 

 自分の下にいるベルの声によって思考の海から引き戻されたヘスティアは用紙をベルに手渡す。用紙に目を通し一通りのリアクションを済ませた後、ベルはダンジョンに向かった。

 

(まぁ、でも大丈夫かな……?)

 

 ランクアップには『偉業』が必要――らしい。ベルが挑むのは今日も『上層』。『偉業』を成し遂げるには少し弱い。

 

 ――そうだ! ベル君がランクアップするのなんてまだまだ先さ!

 

 ヘスティアはそう思う事にした。

 

 

 ◇◇

 

 

「ベル様……?」

 

 ダンジョンの『上層』。

 地上の広場でリリと合流したベルは九階層まで足を運んでいた。

 

「リリ、何かおかしくない?」

 

 太陽の光が届かない洞窟の中をわずかな光源が照らしている。普段とは異なり、静謐さを残したダンジョンはまるでこれから何かが起こる事に恐れ (おのの)いているようで、ベルにえも言われぬような恐怖を感じさせた。

 リリもそれを感じ取っているようで、ベルの発言に対して首肯する。

 

「ええ、今日はモンスターが静かすぎる気がします。……どうなさいますか? このまま地上に帰還するという手もありますが」

 

「……そうだね」

 

 時間としては普段であればまだ探索を行っている頃だが、胸騒ぎの原因が判明しない限りはこれ以上の探索はすべきでないとベルは考えた。

 なので、

 

「今日はもう――」

 

 帰ろうか、そう口にしようとしたベルは、ダンジョンの奥深くから聞こえてきた音に動きを止めた。

 

(今のは……モンスター? それとも人?)

 

 風に運ばれてきた微かな音を敏感に察知し、精神を集中させる。

 

「――――――――ぇ」

 

 間違いない。聴こえる。――人の悲鳴だ。

 

「――リリッ!!」

 

「はい、リリにも聴こえました。十階層への階段の方です! ――って、ベル様待ってください!」

 

 一も二もなく駆け出そうとしたベルを何とかリリが捕まえる。手を握られたベルは、どういう事だと言わんばかりにリリの顔を見る。

 

「どうして!?」

 

「他派閥とダンジョン内で無闇に接触するべきではありません。良からぬことが起こるかもしれません」

 

 冒険者は基本的に自己責任。何が起こるか分からないのだから、他派閥との接触は控えるべきだ。リリがそう暗黙の了解を告げる。

 しかし、ベルは納得していないのか焦りを滲ませた表情で反論する。

 

「冒険者だって緊急事態では助け合うべきだよ!」

 

 これはリリが教えてくれた事だとベルの瞳が語る。

 人の善性に従って行動する、強い意志を秘めた瞳だった。

 ベルが折れないと理解したリリは大きくため息をつく。

 

「全く……危なくなったらリリを連れて素早く避難してくださいね!」

 

「――うん!」

 

 依然として、冒険者として培ってきた経験から感じ取れる違和感は拭えないが、幸いにもここは『上層』。ベル一人でなんとかなるモンスターの質と量だ。彼が加勢に入れば危機を乗り越えることは可能だろうとリリは考えた。

 

 

 

 結論から言うと、その考えは甘かった。

 

 

 

 

『ヴォォォォォォォォォッッ!!』

 

「クソがッ!!」

 

 声のする方へ直行した二人を待ち構えていたのは巨大な一体のモンスター。天然武器(ネイチャーウェポン)ではなく大剣を携えた『ミノタウロス』。

 正面で向かい合っているのは長刀を構えている赤髪の青年。青年の傍らには『ミノタウロス』にやられたのであろう冒険者が二人地面に倒れ伏している。

 

「そんな……ありえません!」

 

 リリが顔面を蒼白にして叫ぶ。モンスターが本来の階層から移動して上に登ってくることはありえないと。

 同時に、自分が見誤ったことを悟った。

 

「ベル様、逃げましょう! ベル様!」

 

 そして、ベルも血の気の引いた表情で怪物を見つめる。あの時の恐怖を思い出した少年の手足は凍ってしまったかのように動かなくなった。

 横で叫んでいる少女の声も遠く、爆音を上げる心臓の鼓動が全てをかき消していた。

 

『ヴォォッ……』

 

 怪物が新たな侵入者に気付いたのか、視界を青年からこちらに向ける。ベルを見つめる戦意を孕んだ瞳は根源的な恐怖を教えてくるようだった。

 

「――ぁ」

 

 漏れた悲鳴は誰のものであったのか。

 ただ、一つ言えることは、少なくとも今も『ミノタウロス』に対抗して戦意を纏っている青年のものでは無いという事だ。

 

「何してる!? お前ら――早く逃げろ!」

 

「――――」

 

 青年がこちらに向かって叫ぶ。

 ベルを捕らえていた氷が炎によって溶かされていく。自分を庇おうとする背中が憧憬と重なった。

 青年は今、「助けてくれ」ではなく「逃げろ」と口にした。

 

「こいつは俺が食い止める! 地上に帰ってギルドに伝えろ! この『ミノタウロス』はヤバい――『強化種』だ!!」

 

「なっ……!」

 

 リリが絶句する。この場の誰よりもダンジョンについての造詣が深い彼女だからこそ、事の重大性がハッキリと分かってしまった。

 ただでさえ相手は格上なのに、その中でも特別な存在である『強化種』。事実上の死刑宣告であった。

 

 リリの心は屈した。

 もはや『緊急事態だから協力し合おう』等と言っている場合ではない。誰かが生き延びねばこの絶望はオラリオ全体に伝播する。今ならまだ間に合う。

 あの青年を見殺しにしてでも生きて帰らねばならなかった。

 

「リリッ」

 

 だが、

 

「僕がアイツの気を引くから、その間にあの人たちを連れて逃げて……!」

 

「――ベル、様?」

 

 ベルは立ち上がった。

 あれほど震えていた手を強く握りしめ、足で強く地面を蹴り、『ミノタウロス』に向かっていく。

 

(――あの人なら逃げないッ)

 

「【ストームボルト】!」

 

『ヴォッ……!?』

 

 轟、と雷鳴と共に暴風が直進する。

 幾発も放たれた風の砲撃が煙を巻き上げ『ミノタウロス』の視界を封じる。その隙に驚愕している青年のもとに駆けつけ、ナイフを構えた。

 

「おい、あんた! 話聞いてたのか!?」

 

「『ミノタウロス』とは僕が戦います、あなたはそこの二人を連れてあの子と一緒に逃げてください!」

 

「無理だ、死にたいのか!?」

 

 青年が言っていることは正論だった。今の自分たちでは勝てるはずがないのだ。この戦いは初めから『誰がどうやって倒すか』ではなく、『誰がここで死んで、その代償に誰が生還するか』というものであった。

 それでも、ベルは言った。

 

「――僕が、倒します」

 

「――――。……すまねぇ」

 

 ベルと青年が視線を交差させる。

 身を焦がすほどの激情を、歯を食いしばることで押さえ込んで、倒れた二人の装備を放棄し、左右に抱えると青年はリリのもとへ走った。

 

「ベル様、ベル様ぁ!」

 

「おい! 逃げるぞ!」

 

「駄目です! まだベル様が……!」

 

「――俺たちが逃げなきゃあいつが戦う意味が無いだろうが!!」

 

 互いが互いに自身の感情を爆発させる。

 少女は目に涙を浮かべながら叫び、青年は悲痛な面持ちを隠そうともせずに声を荒らげる。

 

「――っ! ベル様、助けを呼んできます! どうかそれまで……!」

 

 そう口にしてリリたちはベルに背を向けて走り出した。

 舞い上がっていた煙も既に消え去り、広間は完全に一人と一匹のための戦場(リング)へと様変わりしていた。

 

『ヴォォォォォォォォッッ!!』

 

 怪物が咆哮を上げる。あれ程の啖呵をきったにも関わらず、心が折れそうになる。

 通常、Lv1の身では『ミノタウロス』に勝つことなどありえないのだ。Lv1では勝てないからギルドではこの怪物はLv2にカテゴライズされている。それが先人と神の作り上げた規則である。

 それに反抗するというのは、圧倒的な力に、世界が定めし道理に歯向かうことだ。

 即ち、世界への反逆に他ならない。

 

 心が悲鳴を上げている。無理だ。ベル・クラネルはそれを成し遂げるような大それた人物では無い。それを可能にするのは『英雄』と呼ばれるような者だと。

 

「英雄……」

 

 消えそうなほど小さな声でベルが呟く。

『英雄』とは強者を指す言葉ではない。では、何か。大切な人を守る者、それもあるだろう。しかし、それはあくまで一側面に過ぎない。

 ベルが祖父から教わった『英雄』とは――己を賭した者だ。

 己を賭して何かを成し得た者を人は『英雄』と呼ぶのだ。

 ならば、この場はベル・クラネルの戦場ではなく『英雄』としての器を試す儀式の間。

 

 いや、それすらもベルの中ではただの建前に過ぎない。

 

 ――僕はなりたい

 

 みんなを助けるため、神様を悲しませないため、あの人に恥じないくらい、追いつけるくらい強くなるため。

 その想い全てがたった一つの願望に直結する。

 とどのつまり、ベル(ぼく)はなりたいのだ。

 

 ――英雄になりたい




次回:ベル・クラネルの冒険

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