この世に正義が蔓延る限り、悪は滅びない。
だってそれが正義の存在理由だから。正義がいるのは悪のおかげだ。
持ちつ持たれつ。お互いに支え合って正義と悪は共存している。いや、どちらかと言えば共依存だ。
どちらかが消えてしまえばもう片方も消えてしまう。だからお互い心のどこかで相手を思いやっている。
これを言葉にするのなら、正しく愛というやつだろうか。
両想いで素敵じゃないか。ロマンチックじゃないか。
なんて素晴らしいんだろう。素晴らしく平和だ。
「――とまあ、ここで生徒を襲えば批判は雄英にしか目が行かない。面白いだろう?」
「……なるほど、な。そりゃ面白い。……乗った。あんたは信用できないがその考えは馬鹿馬鹿しくて俺好みだ」
「ありがとう。君とは趣味が合いそうだ」
そう言ってスケアクロウと彼、死柄木弔は笑う。
スケアクロウは死柄木とその部下である黒霧を事務所に入れ、これからについて話し合っていた。
片や私利私欲のためにヴィランを集めた男、片や革命を起こすべくヴィランを集めた男。
これからのヴィランの運命は彼らの手にかかっているのである。是非とも頑張ってもらいたいものだ。
「で、こいつは誰だ……? 後ろで突っ立って――護衛のつもりか?」
そう言って死柄木は僕を指さす。
別に護衛になったつもりはない。スケアクロウにそこに突っ立っておけと命令されたから彼の後ろに立っているだけだ。いざとなったら守ろうだとかそんなことは考えていない。彼なら僕などいなくとも対処するし、それで死ぬのであればその程度の人間だったというだけだ。だから彼を守るつもりなんてさらさらない。
「そう、護衛だ。彼は強力な個性を持っていてね、いずれ君も必要になる時が来るだろう」
「はぁ、必要な時か……」
ふぅん、と品定めするようその顔に付けた手の隙間からおどろおどろしい目を僕に向ける。
僕は何も言わず、ただ突っ立って彼を見ていた。
「――面白い」
唐突に彼はスケアクロウに飛び掛かる。
――間に入った僕が彼を突き飛ばし、彼は壁に叩きつけられた。
彼の顔から付けていた手が床に落ちる。
「見せてもらおうか。その強力な個性とやらを――まあ、手遅れかもしれないが……なぁ」
にぃ、と歪んだ笑みと憎しみに満ちた目がはっきりと僕の目に入る。
と、腹部に激痛が走る。
――身体が崩れている。
ボロボロと、僕の身体から砂のように零れ落ちていく。
その崩壊していく様はどこか奇妙な魅力があり、少し見惚れてしまった。
ああ、なんて酷いことをする。死んでしまうではないか。
日頃スケアクロウが言っているだろう。暴力は良くないと、対話こそが人間の取るべき行動であると。
悲しいことだ。嘆かわしい。
しょうがない。と、僕は近くにあったそれに”手を伸ばした”。
「酷いなぁ。どうして無関係の僕がこんな目に合うんだろう」
「それは君が突然間に割り込んでくるからだよ厭士」
「そうですね。対談の邪魔をして申し訳ありません。スケアクロウ」
「気にしてないからいいよ別に。じゃあ彼にも謝ろう。人をいきなり吹っ飛ばすなんて、そんな暴力的な人間に育てた覚えはないよ」
「それもそうだ。ごめんね、えーっと、死柄木くんだっけ? 大丈夫? ああ、怪我してるね」
――じゃあ治そう。
僕は彼に触れ、その怪我を治した。
「――治癒系の個性か」
「そう、でもただ回復するだけじゃなくてね――ああ、これは企業秘密だった。聞かなかったことにしてくれ」
「――――」
その時の死柄木の目は、侮蔑ではなく、同類を見るような眼をしていた。
その瞳の奥底で、笑っているような、奇妙な笑みを見せつつ彼は黒霧に一声かけ、その場を立ち去った。
ただ、彼は近くにあった観葉植物が枯れてボロボロとその葉を落としている様が気になったらしく、しばらく見ていたが、どこか納得がいったらしくふん、と鼻で笑った。
……ばれたかな。まあ、ばれても問題はない。
彼はヴィラン。味方なのだ。味方にばれたところで、問題ないだろう。
まあ敵になれば別なのだけれど、ね。
◆
ヒーロー科にはヒーローになるための教科が用意されており、その中の一つである救助訓練の最中を狙うのがヴィラン連合の狙いだった。そこでスケアクロウは僕が集めた資料と狙うタイミング、そしてメリットを考え、どう転んでもヒーロー側の負担が大きいことを伝えると作戦は実行されることになった。
スケアクロウは必要ない部下、使えない者をヴィラン連合に派遣し、ヴィラン連合は人員を増やすことに成功。お互いにメリットのある形で落ち着いた。
死柄木はオールマイトに致命傷を負わせると奮起していたが、スケアクロウは不可能だと考えていた。
理由は完全なる力不足。
彼の力は下手な小細工さえもゴリ押しできてしまうほどの理不尽だ。それを黒霧、死柄木の個性だけで対応するのは難しい。何やら隠し玉も用意しているみたいだが、圧倒的に戦力が不足しているので成功率は良くて五パーセントといったところだろう。
けれど五パーセントでも十分に可能性があるので純粋に力を貸したのである。
それと、彼はもう一つ、彼の背後に大きな存在がいるだろうと考えていた。
それも大きな存在。オールマイトと同等、いやそれ以上の理不尽がバックにいると理解し、スケアクロウは乗っ取りという最初の路線を変更し、出来る限り協力することにしたのだった。
彼が最初の計画から変更するということはそれほど強大で手を付けれない何かがいるのだろう。
なので基本的に彼らには逆らわず、僕やトガちゃんを派遣するという可能性も出てきた。
まあ、出来る限り仲良く、平和的に終わりたいものだ。
「――とまあ、そんなわけでオールマイトのおかげで何とかなったらしいよ」
「……詳しいな。どこでそんな情報仕入れてくるんだ?」
「そいつはちょっと企業秘密でね。教えられないかな」
僕は情報源が気になっている”心操”にそう答えた。
あれから少しずつ偶然を装い、彼に近づき、ヴィランに引き入れた友達を使い上手く彼と友人になることが出来たのである。
洗脳という個性を持っているので人を従わせる願望でもあるのかと思いきや、意外や意外、何とも普通……いや、立派な正義感を持った少年だった。
僕から言わせてみれば、個性は中身だ。
個性がわかればその人物がどういう人なのかがわかる。
好きな人になりたいトガちゃんは”変身”、人のトラウマが見たいスケアクロウは”フラッシュバック”。
そして僕は……まあ、この話はどうでもいいか。
そんなわけで、個性を見ればその人の中身がある程度わかるというのが僕の考えだったのだが。
どうやら改めなければならないようである。
「いいなぁヒーロー科は。オールマイトとの接点があって」
「心操くんもオールマイトのファンだっけ」
「ああ、ってか大体のやつがそうだろ。ファンじゃないお前が珍しいよ」
「ははは」
ヴィランですし。
「変わってるよなお前も。治癒系の個性だったら医者でも目指しているのかと思ったけど、そうじゃないんだろう?」
「そうだね。僕がなりたいのは――」
――ヒーローだ。
そう言って僕は心操の顔色を伺う。
彼はそんな僕をどこか羨まし気に見ていた。
「お互いに編入を目指す者同士、頑張ろう心操くん」
「あ、ああ……そうだな」
心操は不安そうに答える。
――個性のコンプレックス。彼の個性は強力であるが、ヒーロー向きではない。
ヒーローは人々に安心を与えなければならないのに、洗脳という個性はやはりヴィランを連想させてしまい、快く思わない者も多く出てしまうだろう。
なんて面倒なんだヒーロー。守るべき大衆のご機嫌も伺わなければならないなんて、面倒だなヒーロー。
なのにヴィランはどんな個性でも無個性でも大歓迎。守るべき者なんて自分の身ぐらいだ。気楽すぎる職種。
そんなわけで天職であるヴィランに誘いたいのだが、どうも彼のヒーロー願望は強すぎる。
ここでヴィランに誘えば通報されておしまいだ。
なので少しずつ彼のヒーローへの道をへし折っていかなければならない。
選ばれた者しかヒーローになれない。努力は無意味で、正義感も無駄。表舞台には立てないのだと希望を一つ一つ砕いていく必要がある。
その時、彼はどんな顔をするのだろうか。
楽しみだ。
「じゃあ雄英体育祭狙いってことだね」
「そうだな。そこでいい成績を残して――」
――俺はヒーロー科へ編入する。
彼の決意は固く、冗談で口にしているのではないことがはっきりとわかる。
が、結局はヒーロー科への僻みの延長上。彼はただの嫉妬ではないよう振舞っているが、ヒーロー科への編入を考えているにも関わらず身体を鍛えることもせず、個性一つで乗り切ろうとしている。
初見殺しのような能力一つでそこまで進めるのだろうか。
まあ、僕も初見殺しなのだから人のことは言えないのだが。
そう思うも、僕はアドバイスしない。だって彼が強くなって勝ち進んだら本当にヒーロー科に編入してしまうかもしれない。そんな可能性の芽は摘むに限る。
僕は彼の友達として、彼が活躍できる場を提供するだけだ。
なので頑張ってヒーローになる可能性を消していこう。
心のどこかでヒーロー科に入れるのを期待してかそわそわしている心操を横目に、僕は持っていたシェイクで抑えきれない笑みを隠した。
◆
「そんなわけでトガちゃん。洗脳の個性の人を見つけてさ、今口説いてるとこだよ。堕とすまでにはしばらく時間がかかりそうかな」
「いいねぇ、洗脳! 自分の思い通りに相手を操れるんだよね! 相手を自分色に染めれるんだよね! それってとってもロマンチックでファンタスティックだよね厭士くん!」
「ははは。わけわかんねえ」
心操との放課後マックの帰り、偶然出会ったトガちゃんと一緒に帰ることにした。
トガちゃんは一仕事終えた後らしく、頬っぺたに返り血が付いていた。
これでよく捕まらないよなぁ、と思いながら僕は彼女の血をハンカチでふき取りつつ、心操のことを話した。
「でも私は相手の色に染まりたいタイプだからちょっと違いますねぇ」
「そうだね。トガちゃんとは真反対だ」
「けど、洗脳っていいね! お仕事が捗りそうで、便利そう!」
おお、トガちゃんが仕事の話をするとは。今日は槍でも降るのかもしれない。
好き勝手する猫みたいな子だと思っていたので仕事への意識なんてないと思ってたのでわりと衝撃的である。
彼女にも何かしらの変化があったのだろうか。そう、仕事に興味を持つ切っ掛けのような相手でも現れたのだろうか。……ううむ、嫉妬してしまう。娘のように接してきたのでちょっと悲しい気持ちだ。
「トガちゃんは仕事熱心だね。関心関心。仕事熱心なトガちゃんにはそこのクレープでもプレゼントしよう」
「あ、じゃあイチゴのやつがいいです! ホイップたっぷりのやつ!」
トガちゃんはこの前初任給を貰ったばかりだったのでこれは僕からの初任給祝いだ。
祝いにしては安すぎるが学生という身分なので許してほしい。
「ん~~~!! クレープ美味しいね厭士くん!」
「うん、なんか甘くて……べたべたしてて美味しいね」
「……厭士くんって本当食事に無関心ですよね」
トガちゃんは僕を憐れむような目で見ながらそう言った。
……今度からはもう少し食事に関心を持とうと誓った。