結局は力だ。
相手を認めさせるには力が必要だ。
だからヒーローにおいて必要なものは正義心ではなく、強さであると僕は考える。
自分を守れない者が他人を守れるわけがない。
どれだけ綺麗ごとを言っても結局は力に頼らざるを得ないのだ。
つまりは、個性の強さ、有無によって大きな格差が生まれる。
いかに正義の美学を語ろうとも、その結論には変わりない。
持たざる者はどうすればいいのか。ヒーローになる資格はないのか。
そんな疑問にいくつ返答があろうと、結論は変わらない。
そして見て見ぬふりを続ける。誰にでも慣れたらヒーローなんて必要ないのだと言い訳し、嫌なものから逃げて逃げて、人々から感謝される甘い話に食いついて。
なんということだ。ヴィランより悪いじゃないか。
最高だ。世の中皆悪人だらけ、不平等。
でもそんな不平等な人にも手を差し伸べるのがヴィランだ。
どん底で、上を見上げ続けるより、傷を舐め合いながら勝ち組の足を引っ張ろう。
退屈な人生を、華やかに。
◆
僕はヒーローになりたかったのかもしれない。
嘘だ。どうして僕があんな不自由な職に就かなくちゃならないんだ。
どうかしてる。と思いつつも僕はヒーローへの道に近づいていた。
というのも、ヒーローが自分を売り込む場である雄英体育祭のトーナメントまで残ってしまったからである。
スケアクロウの命令であるのだから仕方ないが、ここまで目立っていいものかと思ってしまう。
これだけの人数に僕の個性がばれる危険性がある。
この個性はばれてもそこそこ強いのだが、弱点さえわかれば簡単に対処されてしまう。
なのであまりばれたくはないのだ。
――僕の個性は『回復』ということになっている。
知原厭士は回復、自分か相手を回復させる。そして過剰に回復させると体力を削ることが出来るという能力になっている。
まあ、殆ど近いし、答えのようなものだ。
ただ、根本的な部分、弱点は隠しているので個性は使い放題だ。
けれども、”体力を削る程度”で抑えなければならないというのは中々難しい。
どれだけの人に被害が及ぶのだろうか。こんな力比べのために、何人の犠牲者が生まれるのだろうか。
馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。いつだって不平等だ。けれども仕方ない。
いつだってヒーローには犠牲が付き物だから、しょうがない。
『さあさあ次の試合を紹介するぜ! まずはヒーロー科、芦戸三奈!!』
ピンクの肌で黒い目の少女、芦戸がプレゼント・マイクの実況に応えるよう観客席に手を振る。
彼女は確か、酸を使う個性だった筈だ。僕の”おともだち”が先日調べた情報なので確証はないが、おともだちなので信じよう。
人格は個性に現れる理論でいくと、過激で凶悪な一面があるというのが予想だが、彼女の雰囲気からしてそのような凶悪さは感じられない。
なるほど。環境が良かったのか。
幸せ者なのだろう。とても元気があって、暗い部分が見えない愛らしい少女だ。
けれど、その個性はヒーローよりもヴィラン向けではないか?
人を簡単に殺めてしまいそうな個性だ。
ヒーローとするからには相手にぶちまけるといった危険な真似は出来ない。
勿体ない。その個性は他人に迷惑をかけるのに持って来いの個性なのに、勿体ない。
個性の無駄遣いだ。
『そしてまさかの二人目の普通科! 知原厭士!』
当然ながら期待なんてされていないので観客の反応は良くない。
それでいい。別にヒーローに憧れてはいないのだから。
「正々堂々、いい勝負をしよう」
そう言って僕は彼女に手を差し出す。
「うん! お互い頑張ろうね!」
彼女はそう返しつつ、僕の手を握る。
なんて明るくて元気な子なのだろう。こういった子はどこでも有利で、人生が上手くいくんだろうな。
元気な子は好きだ。幸せな子を見るのが好きだ。
でもそういう子が普段しない顔を見るのはもっと好きだ。
「普通科だからって手加減はしないよ!」
「はははっ、出来ればハンデとか欲しいんだけどね」
彼女は自身の腕から酸を出し、僕の足を止めるよう当たる寸前で酸の塊を投げる。
酸はジュ、と床を溶かす。
なるほど、強力な個性だ。
威力は申し分ない。万が一、万が一だが人に当たると大変なことになってしまうだろう。
まあ、彼女も使い慣れているからギリギリ当たらないラインを把握しており、相手もその酸に怯えて動けないという前提の攻撃をしてくる。その隙を付いて体術やら何やらで相手を場外にでも出すのだろうか。
勿体ない。決定力のある個性を持ちながら使わないなんて勿体ない。
心操も欲しいが彼女の個性も欲しい。
けれども、ヒーロー科に所属するような正義感が強すぎる者はヴィランという名前を出しただけで即アウトだ。
すぐさま暴力で解決してしまうだろう。
ああ、欲しいなその個性。
必要な破壊力だ。
この個性を手に入れられないなんて、悲しい話だ。
だから迷惑をかけよう。そう思った。
「ほらほら! 動くと当たっちゃうよ!
そう言って彼女は酸を投げる。
彼女は僕を心操と同じ、決まると強い一撃必殺的な個性だと踏んで近寄らせないようにしているのだろう。
間違っていない。彼女の推測は正しい。優秀だ。
しかし、彼女は正々堂々の精神で失敗してしまった。
それと、自身の攻撃は当たらないという前提で放っていることが失敗だ。
「――っぐ」
僕は彼女の言葉を聞く前にすでに前に踏み込んでいた。
当然、彼女は動かないものであると考えていたため、僕に当たらないよう調整したいのだが。
それらは全て、僕に被弾する。
「――っ、がっ……! うぐ……」
酸に近寄らせないよう威力も上げていたのだろう。威力を上げ、床に落ちた酸を見て相手は戦意喪失するに違いないとでも考えていたのだろう。
それが仇となった。
強酸は僕の肌を焼く。鋭い痛みと異常なまでに感じる熱さに僕は悶え苦しむ。
「――えっ」
芦戸は素っ頓狂な顔で僕を見ていた。
現状が把握できてないようだ。酷い話だ。僕はこうやって彼女の個性に苦しめられているのに、他人事みたいだね芦戸ちゃん。可愛いなぁ。
「嘘……! どうして……!」
「き、君は悪くないよ……ぐぅ……僕が勝手に飛び出したから……僕が悪いんだ……」
「――――」
下手な芝居も状況次第ではお涙頂戴の劇になる。
本当にダメージを受けているからこそ人々に大きく印象を与えることが出来る。
芦戸って子の個性は――危険だ。
観客席からもちらほら芦戸の危険性や個性の暴力性についての声が聞こえる。
が、彼女はそれよりも僕を傷つけた方がショックだったようで、声も出ないと言わんばかりの素振りを見せ、わなわなと震えている。
可哀想に……。あれだけ元気一杯だった彼女がどうしてこんな目に合っているんだ。
ああ、僕のせいか。いやでも傷つけたのは君のせいだ。
なら両成敗ってことでお互い悪いことにしよう。
ヒーローとヴィラン、どっちもどっちで決着をつけよう。
「だから――しょうがない」
彼女の袖の中で、僕の”手”が伸びる。
完全に戦意喪失した彼女から僕のダメージ分の生命エネルギーを吸収する。
一気に吸うとばれてしまうので、ゆっくりゆっくりと、じわじわ奪っていく。
精神的なショックが原因だと思うように、ゆっくりとゆっくりと。
そして彼女はゆっくりとその場で倒れ伏した。
すかさず僕は彼女の元に近づくと彼女を回復させる。
僕は叫ぶ。救護班を呼び、彼女に謝りながらその場で彼女に声をかけ続ける。
簡単な悲劇の出来上がりだ。
自分の個性の凶悪さを知らなかった少女と、被害者で偶々回復持ちの個性だった少年。
疑おうにもこちらはこちらは一切手を出していない。実際には手を出したが、彼らには僕が何もしていないようにしか見えない筈だ。
僕がそう立ち回ったと批判しても問題ない。
そうすればわざわざ威力を上げた彼女も批判することになるのだ。
どうなっても彼女の株は下がる。
あーあ、ヒーローへの道が遠ざかってしまった。
可哀想に。
けど、僕も半数以上に嫌われるのだから平等だ。
お互い、嫌われながら生きていこうな。
まあでも安心してほしい。
君がヒーローになれなかった時は僕を頼ってほしい。
君にぴったりの職業があるんだ。
ヴィランって言うんだけどね。
ははは。馬鹿みたい。
◆
「と言うわけで奇しくも一回戦勝ちましたよ」
『ああ、テレビで見てたよ。君の演技は下手だったけど、彼女の演技はとても良かった。そう、初めて親に殴られた少女のような、あり得ないという表情が実に良かった』
「悪趣味ですね」
『悪趣味は君の方だろう? いたいけな少女を悪者に仕立て上げて、それを庇うように振舞い、全国に配信って君は悪魔か何かかい?』
「まあ、ヴィランですし」
『……そういえばそうだったね!』
ははは、と電話越しのスケアクロウと笑い声がはもる。
あれから試合は一時中断、テレビも内容が内容から放送を一時中止しているようだ。
芦戸は精神的ショックによる疲労として扱われ、今は保健室でリカバリーガールが看病している。
彼女はもう回復させた。だから彼女が倒れた本当の理由は誰にもわからない。
彼女には酷いことをした。
僕はその能力の危険な部分を身体で証明しただけなのに、彼女が自身の個性を把握していないと普通科の皆は憤怒していた。
そんなわけないだろう。一番その個性の危険さをわかっていたのは彼女だ。
ただ、皆が避けてくれるからという考えのまま使ってしまったのが悪かっただけで、彼女は悪くない。
だから僕だけでも彼女の味方になろうと思う。
彼女は差し出した僕の手を握るほどの優しい人物だ。
被害者だろうが関係ない。僕は彼女の味方をしよう。もしかしたら僕の思い通りにいくかもしれない。
いやあ、悪いなぁ、と思いつつもこれがお仕事だから恨むならスケアクロウを恨んでほしい。
最低だなスケアクロウ。最低だ。
『じゃあもう後はどうでもいいから、好きな時に負けなさい』
「わかりました。次の試合で負けます」
ぶつん、と通話が終わると、僕はテレビをつける。
一年のトーナメントを放送していた番組は一時的に中断され、それを誤魔化すかの如く、ニュースが放送されていた。
『先日、またもヒーロー殺しが現れました――』
ヒーロー殺しか。
それってただのヴィランじゃないのかと思ったが、どうやら違うらしい。
彼は彼の基準でヒーローの名を汚すと判断したものを攻撃しているらしい。
そして彼はヒーローだけではなく、凶悪犯を多く攻撃しているようだ。
なので彼が現れた街の治安が良くなるという現象も起きているようである。
人を殺して得る平穏は幸せかはたまた不幸か。
僕はどちらでもいいけれど、こういった思想を持つ人とは関わりたくない。
頭空っぽなやつが好きなんだ。何も考えてなくて、脳と行動が直結してるようなやつが好きなんだ。
だから変な思想を持っているであろう彼とは仲良くなれそうにない。
僕には正義や悪なんてどうでもいいのだ。
どうでもいいことして、馬鹿馬鹿しく笑って。
最後は人様に迷惑がかかるような、華やかな死に方がしたい。
くたばってしまえ。
けれどもまだ、もう少しだけ自分の欲望通りに動こう。
それがヴィランだけが得られる、自由なのだから。