この世界は酷く不自由だ。
個性を悪用する者のためにヒーローは個性を使用できるが、それ以外の者は使用することを禁じられている。
つまり、ヒーロー以外凶暴なヴィランを捕獲する手立てはない。
個性を尊重するというのに個性の使用を禁じてしまうのだ。
個性の誕生により今まで保たれてきた規律が崩壊してしまったのである。
この個性の使用も規律を守るために作られたもののようだが、それが隙と化している。
誤魔化すようにヒーローを大量に増やしているが、完全にヴィランが生まれる前提、そしてヒーローに頼る前提というのは中々の賭けではないかと思う。
それこそ平和の象徴たるオールマイトが折れた時、どうなるのだろう。
持ち上げられた者が落ちた時が一番恐ろしい。
スケアクロウはオールマイトが近々消えるだろうと考えていた。
彼に頼りすぎたツケを返す時は近いのかもしれない。
◆
人間、誰しも敵に回したくない者がいる。
僕の場合、スケアクロウという男がそうだ。
彼は純粋な悪人だ。
悲しい過去も大きな切っ掛けもない。ただただ趣味が高じてヴィランになった男だ。
なのでヒーローへの恨みもなければヴィランへの思い入れもない。
どこにでもいる一般人のような男だ。
だからヒーローへの恨みもないので一般人を中心に狙ったり、ヒーローへ協力したりする。
そして自分に都合が悪ければ同じヴィランであろうとも潰したりする。
そんな彼はろくでもないことばかり考える。
先日は自分が使えないと思ったヴィラン、邪魔なヴィランをこれといってぱっとしないヒーローに掴まえさせ、その際に貰う懸賞金の何割かを貰うというマッチポンプを行っていた。
ヒーローは大量にいる。が、その中でも活躍し、満足な給料を得れるのはほんの一握りだ。
公務員ではあるものの、歩合制であるため、ぱっとしないヒーローの給料はその仕事に見合っていない額になる。そういう者は大体サイドキックになるのが主流であるが、サイドキックに戻ることも出来ず、引退するしか道が残されていない者も少なからずいるのが現実だ。
スケアクロウはそういった後がない者に適当なヴィランを与え、満足いく収入が得られるようにした。
そして自分も上手い具合に処分、一定額の金が手に入るのでお互いに良いこと尽くしという平和なビジネスを行っていた。
が、当然彼の目的はそんな金稼ぎではなく、憧れでヒーローになったのにヴィランに利用されているという現状に絶望しながらも生活が豊かになっていくという事実を知るヒーローの顔が見たいというものだった。
なのでスケアクロウは出来る限りヒーローへの願望が強い者を中心に選んでいた。
当然、彼を裏切る者は出てくる。が、そういった者も上手く利用した。
『今日は不幸な日だ。私の友人である彼がどうやら事故に巻き込まれたらしいんだ。そう、彼はヒーローという職業でね、君のように僕に協力してくれた男なんだが……即死だったようでね、私も最善は尽くしたが、駄目だった。しかし――』
そう言って彼は集めたヒーローたちの前にその包みを置いた。
『何とかそれだけは持って帰ることが出来た』
ごとり、と置かれたその包みはちょうどサッカーボールぐらいのサイズだろうか、にしては中々の重量感があり、そして包みの底が赤く染まっている。
そして自然に包みが開けられ、辺りは恐怖に包まれる。
『暴力は嫌いだ。――けれど、好き嫌いは良くない。大人なんだから、好き嫌いは無くさないといけない』
――君たちもそう思うだろう?
その時のスケアクロウの顔はとても満足気で、幸せに満ちていた。
僕は彼に恐怖を抱いていたのだろうか。彼に逆らいたくないというのは怯えからなのだろうか。
まだわからない。
今はただ、彼に従うだけだ。
それが例え最悪な選択肢だとしても、僕はそれを選ぶことしか出来ない。
指示待ち人間だ。あはは。駄目なやつだな僕は。
ずっと指示を待って楽に生きよう。何かあれば彼のせいにしよう。
誰かに押し付けるのが一番楽なんだ。楽でいいじゃないか。楽して生きよう。
◆
そして第二試合が始まる。
芦戸の傍にいたからわからなかったが、一度会場が崩壊したため、一時的に中断されていたらしい。
恐らく轟の仕業だろう。彼の力ならこれぐらい出来て当然だ。
ただ……彼にこれだけの力を出させた相手は一体……。
確か……緑谷だっけか。彼も後で調べないとな。
『さあて、次の試合は――ヒーロー科、常闇踏陰! そして対するは――第一試合波乱を巻き起こした男、もう放送事故はやめてくれ! 普通科、知原厭士!』
そんなこを考えながらも、試合が始まる。
僕はよろしく頼むよ、と握手を求める。どうせ消化試合なのだ。僕の株は上げるだけ上げておこう。
彼は何か考える素振りをしながらも僕の握手を返した。
そして、僕にしか聞こえないような声でぼそりと囁く。
「お前――芦戸がああなるよう仕向けたのか――?」
……優秀なの引いちゃったかな。
「やめてくれよ……僕は後悔してるんだ。僕がこんな個性を持たなければ彼女は傷つかなかったのかもしれなかったのに……」
「……その目は真実を語っているように見えない。お前からは何かどす黒いものを感じる。そう、自分の思い通りにいくためにはどんな手段でも使ってやるという、禍々しい意志が――な」
「……酷いなぁ」
鋭いのか、僕が隠し事が下手なのかはわからないが、どうやら彼には僕が彼女をあんな目に合わせたのではないかと疑っているようだ。
酷い話だ。身内びいきか。……いや、彼には見えていたのだろう。僕が故意的に彼女の酸に向かう姿が、見えていたのだろう。そして彼は心操を見て普通科である僕はどんな手段を使っても勝ち上がろうとしてくると考え、僕の様子を探っている。
「僕は純粋に、個性を上手く使っただけだよ常闇くん」
「だからその使い方が――」
「悪かったとでも言いたのかい? つまり、回復能力の僕は下手な小細工せず、ひっそり自分の怪我だけ治してさっさと負けろとでも?」
「いや……そういうわけではない。ただ、もっと正々堂々と出来ただろう! ――障害物競走の際、お前の動きを見たが、身体能力は芦戸並にある。そう、もう少しフェアプレーが出来た筈だ!」
「……常闇くん。結構熱血なんだね。尊敬しちゃうよ。……でもさ、ちょっと求めすぎだと思うんだ」
「求めすぎ……だと?」
常闇は少し困惑しながらも僕に聞き返す。
彼は利口すぎる。そして個性も強力だ。
欲しいなぁ。彼のようなお友達がいっぱい欲しい。けれど、今そんな素振りを見せるともっと怪しまれるので隠しつつ、僕は答える。
「君の考えは正しい。皆が皆、正々堂々と戦うのが正しいに決まってる。でもね、それってどうしても不幸になる者が出ると思うんだ。まあ、僕は偶然彼女の攻撃に当たったのだけれど、ここでは僕が故意的に当たったことにしよう。で、そうしなければ僕はどうなっていた? 無様に負けていただろうね。身体能力が五分だとしても彼女の個性が加われば僕なんか一捻りだ。つまり、君の言っていることは真正面からの戦い以外認めないってことだよね? 攻撃に特化した個性以外は下手な小細工せずに負けろってことなんだね。ははは」
随分差別的だね、と僕は笑った。
常闇は何も言わず、ただ俯いていた。
僕の言葉は結局、屁理屈である。
正々堂々戦うことがこのトーナメントのルールであるにも関わらず、故意的にあのような真似をした。
なので彼の言っていることは間違いではない。
しかし、僕が故意的にやったという証拠がない。
いや、実際に彼は見たようだが、それが偶然でない証拠もない。
後は水かけ論だ。やったかやってないか言い合うだけ。
目がどうだの意志がどうだの言っても、僕が彼女の攻撃に当たった理由も明確ではないのでこの言い合いは終わらないのである。
「堂々巡りだね常闇くん。お互いどこかで妥協しないと終わりそうにない」
「……妥協か。すまない。俺の決めつけでこんな事言ってしまって……」
「気にしないでよ。僕も君に酷いことを言ったこの話はこれでおしまいだ」
僕は謝る彼に言葉を返す。
優しいなぁ、常闇くん。
こんな怪しい奴に謝るだなんて、とても心が綺麗だね。
甘いなぁ。差別だろうと何であろうと、とことん僕を怪しめばいいのに。
そんな酸の嵐に突っ込む馬鹿はいないだろと言えばいいのに。
全部わかってて言葉を飲み込んだのだろう。僕を信じて、批難しなかったのだろう。
ああ、どうしよう。負けようと思ったけど――。
彼の負ける姿が見たくなった。
「じゃあ戦おうよ常闇くん。フェアプレイで、お互いの全力を出し合おう」
「――ああ、全力で来い」
常闇は自身の個性『
彼の個性は伸縮自在の影のようなモンスターに指示を出し、戦わせることが出来るという珍しい個性だ。
「黒影――奴とは一定の距離を取る。俺に近づけないよう攻撃しろ」
『アイヨ!』
そう言って常闇は離れ、黒影は僕を場外へ出そうとその大きな手を伸ばす。
僕は後ろに下がり攻撃を避け、そのまま彼に近づこうとするが、黒影は彼の邪魔をする。
彼はまだ僕の個性を把握していないようだ。
先ほど芦戸に見せたように回復の個性であるとは理解しているが、万が一のことを思い、一定の距離を置きつつ、そのまま黒影で場外に出そうと考えているようである。
「凄いね君の個性。僕の個性と違って戦闘向きだ」
スケアクロウに戦闘系の個性のヴィランと戦わされることがよく合ったが、その中でも優れた個性である。
自分と一定の距離で戦わせることが出来るという点も非常にいい。
ただ、何かしらの弱点があるだろう。別に今は見極めなくてもいいが、弱点があるのであればそれも見てみたい。
そして黒影の手が僕の頬を掠める。
傷口からだらり、と血が流れ、ぽたりと床に落ちた。
「それに中々の威力だ。流石ヒーロー科。優れた個性の人がいっぱいいるね」
僕は彼に見せつけるよう頬の傷を治す。
治すほどの怪我ではないが、彼が望むよう治癒系の個性であるというのを理解させる。
「やはり治癒系の個性か……」
「安心した? 僕が攻撃出来ない個性だから、安心した?」
「…………」
「別に悪いことではないと思うよ。個性なんて人それぞれだし、今は勝つための勝負だ。相手への同情は二の次だぜ常闇くん」
どこか不安気な彼に僕は彼が欲しがっている言葉を投げかける。
今頃彼は自分が言った言葉を後悔しているのだろう。
本当に回復することしか出来ない個性の持ち主に、正々堂々戦えだの言った自分を強く非難しているのだろう。
優しいなぁ、常闇くん。
とっても正義感が強くて、ヒーローらしいや。
「手加減なんていらないよ。本気で来てくれ、常闇くん」
「――黒影」
そして黒影が僕に攻撃を仕掛ける。が、僕は場外に出ないよう粘る。
避ける暇さえ与えないような追撃に僕はただただ耐えることしか出来ない。
常闇は早く終わらせようと僕が場外に出るような攻撃をするが、僕はその攻撃に抗うよう耐える。
ダメージは蓄積されていく。少しずつ少しずつ僕は後退していく。
「そう、加減なんていらない。――僕も手加減しないから」
刹那、常闇は崩れ落ちるように床に倒れた。
「な……にっ……」
常闇は必死に身体を動かそうとするが思い通りに動かないらしく、寝そべったまま指先一つ動かせないでいた。
黒影も連動しているようで、彼が倒れた途端、黒影は消えた。
「僕の個性は『回復』。僕は君を回復させたんだ。無傷な君を回復させ、無駄に体力を使わせた。少しずつ少しずつ気づかれないように、君から体力を奪った。体力切れだよ」
と、嘘を吐く。
本当は僕の身体を少しずつ回復させ、彼からゆっくり生命エネルギーを奪っていただけなのだが、設定上そういう個性にしているので適当にそれっぽい嘘を吐いた。
まあ、八割方合っているのだから嘘ではない。
「疲れただろう? こういう個性だからね、あまり使いたくなかったんだよ」
「……なるほど、な。……この勝負……俺の、負け……だ」
と、彼は最後の力を振り絞り、そう言った。
……勝ってしまった。あーあ、負ける予定だったのに。
でも彼の満足気に、僕を信じて負けた姿を見るのは中々良かった。
これで彼からの信頼も得ただろう。自分の個性に苦悩している少年だと、思っただろう。
もしかすると、任務を大きく変えるべきなのかもしれない。
普通科だけではなく、ヒーロー科からもヴィランに引き込めるかもしれない。
もっともっと、友達が増やせるかもしれない。
なら目立った方がいいだろう。目立った方が引き込みやすい。
心操のように、ヒーロー科に憧れていた少年を演じよう。
そうすればきっと――。
明るい未来が待ってる筈だ。
僕は倒れた彼を運びながら心の中で笑っていた。